2012-11-23

鹿野武一の沈黙


 鹿野武一はつねに列の外に立っていた。もっと正確に言うなら、彼はみずから進んでいつも、いちばん外側の列に身を置いていた。

 囚人たちが作業現場の行き帰りに組まされる隊列は五列。行進中にもし一歩でも隊伍を離れる者がいれば、逃亡と見なしその場で射殺してよい規則になっている。囚人たちがしばしば射殺されたのは、逃亡を試みたからではなく、その大部分は、氷のように固く凍てついた雪の上を行進していて蹟くか足を滑らせて列外へよろめいたからにすぎない。ことに、実戦の経験の少ないことに劣等感を持っている少年兵が警備に当たっている場合、彼らは「きっかけさえあれば、ほとんど犬を射つ程度の衝動で発砲」した。

松浦寿輝〈まつうら・ひさき〉


「鹿野武一」関連資料集
菅季治、鹿野武一、石原吉郎
究極のペシミスト・鹿野武一/『石原吉郎詩文集』~「ペシミストの勇気について」
ナット・ターナーと鹿野武一の共通点/『ナット・ターナーの告白』ウィリアム・スタイロン
言葉を紡ぐ力/『石原吉郎詩文集』石原吉郎
「棒をのんだ話 Vot tak!(そんなことだと思った)」/『石原吉郎詩文集』石原吉郎

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