2012-10-27

都税を湯水のように使った挙句、都政を放り出した石原慎太郎


宮城谷昌光


 61、62冊目『奇貨居くべし 黄河篇』(中央公論新社、1999年/中公文庫、2002年)、『奇貨居くべし 飛翔篇』(中央公論新社、2000年/中公文庫、2002年)/第3~4巻。1日1冊ペースだ。他の本がまったく読めない。『中央公論』誌に連載されたようで、サービス精神からか時折冗長な文章が紛れ込んでいる。やはり、『重耳』『介子推』『晏子』『孟嘗君』『楽毅』、そして本書の順で読むのが好ましい。『奇貨居くべし』は一つの山頂ともいえる傑作だ。宮城谷作品の特徴は、言葉の力、人と人との出会い、生きる所作を晴朗に描き出すところにある。さながら青空に白雲で景色を描くような趣がある。『史記』に対する眼差しも鋭く、ときおり厳しい批評を加えている。『孟嘗君』の続篇ともいえる内容だが、呂不韋の物語というよりは「筍子の思想」を表すところに著者の意図があったと見る。

2012-10-25

イランに仕掛けられたサイバー戦争~フレーム


ウイルス「フレーム」サイバー戦争の表と裏
サイバー空間における戦争の位置付け
「世界を3日で破壊する方法」を、アメリカ政府が試し始めた

パレスチナ ガザの詩節 イスラエル軍ガザ攻撃の証言

スマートフォンの支配網とオンラインプライバシー


現在をコントロールするものは過去をコントロールする/『一九八四年』ジョージ・オーウェル

米政府が過去10年間に無人攻撃機で殺害した民兵と民間人の総人数は、まもなく3千人を超える


「軍需工場爆発はイスラエルによる空爆」、報復辞さない構え スーダン


 スーダン政府は24日、首都ハルツーム(Khartoum)のヤルムク(Yarmouk)軍需工場で起きた爆発・火災について、イスラエルの空爆によるものという見方を示した。スーダンのアフメド・ビラル・オスマン(Ahmed Bilal Osman)文化・情報相は記者会見で「われわれはイスラエルが空爆したと考えている」「時と場所を選んで報復する権利を留保する」と述べた。

 文化・情報相によると、24日午前0時(日本時間同6時)ごろ、レーダーに探知されにくい航空機4機が軍需工場を爆撃した。爆発物の残骸からイスラエルの関与を示す証拠が見つかったという。

 イスラエルの軍部と外務省はコメントを出していない。イスラエルは、パレスチナのイスラム原理主義組織ハマス(Hamas)の戦闘員に活動拠点を提供しているとしてスーダンを非難してきた。

 スーダンは、2011年4月に同国南部のポート・スーダン(Port Sudan)で、イスラエルの攻撃ヘリコプターがミサイルと機関銃で車を攻撃した証拠を持っているとしている。イスラエルはこの件についてコメントを拒否したが、イスラエル当局者はスーダンを経由した武器密輸への懸念を示していた。2009年1月にも、スーダン東部で武器を積んでいたとされるトラックの車列が外国の航空機によって同様の攻撃を受けたことがある。

AFP 2012-10-25

2012-10-24

宮城谷昌光


 1冊読了。

 60冊目『奇貨居くべし 火雲篇』宮城谷昌光(中央公論新社、1998年/中公文庫、2002年)/第2巻。呂不韋〈りょ・ふい〉の波乱に満ちた旅は続く。なんと晩年の孟嘗君〈もうしょうくん〉が登場。オールスター戦の趣あり。胸というよりは、頬を打たれるほどの感動がある。心の振れは言葉にならない。ただ沈黙の中で深い内省に浸(ひた)るのみ。

2012-10-23

イーヴァル・エクランド、森巣博、宮城谷昌光


 1冊挫折、2冊読了。

偶然とは何か 北欧神話で読む現代数学理論全6章』イーヴァル・エクランド:南條郁子訳(創元社、2006年)/横書きであった。興味のあるテーマだけに残念。文章に独特の淡さがあり、これに馴染めず。

 58冊目『賭けるゆえに我あり』森巣博〈もりす・ひろし〉(徳間書店、2009年)/若干、言い回しの重複が見受けられるが、この人の箴言力(=コピーライティングの力)は侮れない。ギャンブラー特有の乾いた剽軽(ひょうきん)さを表に出しながらも、確かな見識がある。唯一の瑕疵(かし)は年甲斐もなく下ネタ自慢を披瀝しているところ。下劣の自覚よりも自慢に酔う性根が透けて見える。

 59冊目『奇貨居くべし 春風篇』宮城谷昌光(中央公論新社、1997年/中公文庫、2002年)/秦の始皇帝の父ともいわれる呂不韋〈りょ・ふい〉の生涯を描いた作品。全5冊。春風篇は不韋の少年時代を劇的に描く。名文、美文のオンパレード。「黄金の気」のエピソードが『介子推』を思わせ、黄歇〈こうけつ〉への苦言に『晏子』(あんし)を見る。やはり著作は順番で読むのが正しい。胸が張り裂けるほどの感動を覚える。

2012-10-22


 青黒い闇の中に焔(ほのお)が走り、火の粉が舞う。柔らかな火の粉の軌跡に目を奪われる。肉眼で捉えれば一瞬の出来事である。宇宙的スケールの時間から見れば、人の一生は火の粉みたいなものだろう。そうであれば、やはり生を燃え上がらせることが自然の摂理にかなっている。いつか、ではない。今燃えているかどうかだ。夢に向かって生きるのもおかしい。直ちに目を覚まして今を生きるのだ。くすぶっている人生は煙に包まれている。

Day 263/365 "Fire!" (Explore 20th oct #282)

ティク・ナット・ハン 2003年 リトリート

ワクチンとフッ素による大衆管理

まちがいだらけの小沢判決報道

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商品の仕様

 お召し上がり方:一日小さじ一杯を目安にお召し上がり下さい。ビタミンC特有の酸っぱさがありますので、ジュース等に溶かしてお召し上がりいただくと美味しくいただけます。ビタミンCは水に溶けると分解を始めるので、お早めにお召し上がり下さい。

 当店のビタミンCは、国内外の医療機関・食品会社等へ供給されているものです。業務用のL-アスコルビン酸原末をそのままパックしました(チャック付きのスタンドタイプアルミ袋に充填しました。そのまま食用としてご利用いただけます。)毎日のビタミンC補給に、美容と健康維持にお役立て下さい。ビタミンCの正式名称はL-アスコルビン酸といい、水溶性のビタミン類で白色から白黄色かかった結晶、または結晶性の粉末です。

 ビタミンCは健康には欠かせません:人間の体にあるコラーゲンという種類のたんぱく質は、体の細胞どうしをくっつける働きをしている重要な物質です。そしてビタミンCは、このコラーゲンを作るのに欠かせません。ビタミンCが不足すると、体が弱くなり、色々な困ったことがおきます。例えば、元気がなくなったりいらいらしたり、体中がだるくなったり、皮膚の色が悪くなったりします。歯ぐきから血が出たりするのも、ビタミンC不足の場合が多くあります。逆にビタミンCをしっかり摂ることで、貧血気味が治ったり、風邪をひきにくくします。ビタミンCは私たちの健康に欠かせない物質なのです。

 人の体ではビタミンCはつくられません:イヌやネコは野菜や果物をほとんど食べません。実はウシやウマも含めて、哺乳類のほとんどは、自分の体の中でビタミンCを合成することが出来ます。それが出来ないのは、ヒトとサルの仲間とモルモットだけだといわれています。ゴリラなとサルの仲間が果物が大好きなのは、必要なビタミンCを補給しているためなのです。

 ビタミンCで残留塩素を除去!:飲料水には浄水器を取り付けたり、ミネラルウォーターを摂取されていますが、お風呂のお湯に浄水器をつけることはなかなか出来ません。残留塩素が残ったままのお湯に入浴剤を入れてませんか? ビタミンCは残留塩素を中和しお湯をやわらかくします。食品添加物として許可されているビタミンCですので、入浴中など万が一小さなお子様のお口にお湯が入っても安心。他の入浴剤と一緒に使用可&残り湯でお洗濯にも使用可!(入浴時に浴槽へスプーンで1杯入れてください)

礼節の意味




2012-10-21

布施の精神/『小説ブッダ いにしえの道、白い雲』ティク・ナット・ハン


・『シッダルタ』ヘルマン・ヘッセ

 ・等身大のブッダ
 ・常識を疑え
 ・布施の精神
 ・無我

『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元訳
『ブッダのことば スッタニパータ』中村元訳
『怒らないこと 役立つ初期仏教法話1』アルボムッレ・スマナサーラ
『ブッダが説いたこと』ワールポラ・ラーフラ
ブッダの教えを学ぶ

「昼食はすみましたか」
「いえ、まだです」
「それなら、これをいっしょに食べましょう」

【『小説ブッダ いにしえの道、白い雲』ティク・ナット・ハン:池田久代訳(春秋社、2008年)以下同】

 ブッダは常に言葉づかいが丁寧であった。インドでは現在にあっても不可触賤民が触れた食器をバラモン階級が使用することはない。「穢(けが)れ」に対する迷信はかように深い。そうであるにもかかわらずブッダは不可触賤民であるスヴァスティ少年に食事を勧めた。

 シッダールタはふたりの子どもに微笑んで、「みんなでいっしょにわけあって食べよう」と言ってから、白いご飯の半分をとりわけて、それにゴマ塩をつけてスヴァスティに渡した。

 少女スジャータと3人で慎ましい食事を摂(と)る。後年、ブッダが苦行を極めて死に瀕した際、乳粥(ちちがゆ)を与えてブッダの命を救った少女である。めいらくグループのコーヒーフレッシュもこの少女に因(ちな)んでいる。乳つながり。

 ブッダは静かに沈黙の中で食事を終える。

「きみたちは、どうして私が黙って静かに食事をしたのかわかりますか? いまいただいたお米やゴマの一粒一粒は、とてもありがたいものです。静かにいただくと、十分にそれを味わうことができるでしょう」

 これが「食べる瞑想」である。食事とは「他の生命」を摂取することだ。その意味で生は多くの死に依存している。植物の生を有り難いものとして押し頂く。香りを味わい、口に入った食感を意識し、咀嚼(そしゃく)に注意を払い、唾液と溶け合い、胃に収まり、臓腑に行き渡る様相を味わう。「他の生命」を体内に取り込む事実を明らかに客観的に見つめる。深く味わうことが供養にもなる。日常の食事は瞑想であり荘厳な儀式でもあった。

 会話を楽しみながら食事をするのが西洋の文化だが、生命に対する畏敬の念を欠いているように思われる。やはり日本で現在にまで伝わる「いただきます」の精神が正しい。

「きみが持ってきてくれたひとかかえの香草は、すばらしい瞑想の敷物になりました。昨夜と今朝、私はその上に坐って、平和に満ちた瞑想のなかで、すべてのものがはっきりと見えた。きみは私に大きな助けをくれたのですよ、スヴァスティ。私の瞑想行がもっと進んだら、その成果をきっときみたちとわかちあうことにします」

 ブッダは粗食を分かち合い、そして悟りの成果をもスヴァスティと分かち合うと告げる。ここに布施の精神があるのだ。アルボムッレ・スマナサーラの文章を読むと、より一層理解が深まることだろう。

 たとえばビデオをレンタルして一人で見るよりは、二人でわいわい見たほうが楽しいでしょう? たとえ自分がレンタル料を払っていても友達と見ればレンタル料以上の楽しみを得ているはずです。本当の楽しみは共有することで生まれます。いわゆる「布施」の精神です。幸福はそこから生まれます。物惜しみは布施の反対で、すごく苦しいのです。(中略)
 相手が求めようが求めまいが、ある程度のところで知らず知らずにわれわれはいろいろ共有します。幸福になりたければ、ものは「共有」するものなのです。

【『怒らないこと 2 役立つ初期仏教法話 11』アルボムッレ・スマナサーラ(サンガ新書、2010年)】

 ブッダは自らの振る舞いを通して教える。「教義に従え」などという姿勢は微塵もない。人間を型に嵌(は)めて矯正する思想とは一切無縁であった。ただ、しなやかに生の流儀を示した。

 寄付や供養を募る寺社仏閣・教団は多いが、彼らが分け与えるのを見たことがない。

小説ブッダ―いにしえの道、白い雲怒らないこと―役立つ初期仏教法話〈1〉 (サンガ新書)怒らないこと 2―役立つ初期仏教法話〈11〉 (サンガ新書)