2013-06-08

被災小学生が発行した壁新聞/『宮城県気仙沼発! ファイト新聞』ファイト新聞社


 2011年3月11日――東日本大震災は日本人の時間概念を変えた。時計が止まってしまったような感覚を覚える人も多いのではあるまいか。その後の管政権の対応を見て「ああ、日本は国家として終わったな」と私は感じた。人の命や苦しみを軽んじる国家が国家として成り立つわけがない。震災は今もなお原発問題などの形で日本を揺らしている。

 五十近いオヤジが日本に愛想を尽かしていた頃、被災地の宮城県で壁新聞を発行した小学生がいた。

 わたしは 手がみや えをかくことが大すきです。
 パパやママにかくとよろこんでくれます。
 ひなん所の人にも、あげたかったけど
 かわいいびんせんがありません。
 みんなしらない人だし、元気がないです。
 白い、大きな かみがあったので、
 新聞みたいに4コママンガや、ニュースをかいて、みなさんに、元気になってほしいとおもいました。
 さいしょは吉田新聞にしよーとおもったけど
 元気が出るよーに、ファイト新聞にきめました。
 よんだ人から、ほめられたり、えがおではなしをしてくれたら、わたしも元気になりました。

 吉田 りさ

【『宮城県気仙沼発! ファイト新聞』ファイト新聞社(河出書房新社、2011年)以下同】

 偉いっ! 私はキリスト教を信じないが君こそ天使だと思うぞ。思わず頬ずりしたくなるほどだ。初代編集長のりさちゃんは当時7歳。きっと親御さんの心掛けがいいんだろうね。ファイト新聞の実物については以下を参照されよ。

宮城県気仙沼発!ファイト新聞:河出書房新社
こどもの日なので…気仙沼小学校体育館の「ファイト新聞」

 しかし凄いよね、ネーミングが。目にした人々は心の中で「ファイト!」と読んでしまうわけだから。りさちゃんの一念が読者を通して次々と反響していったに違いない。「気合い」じゃダメだ。「根性」にも無理がある。「頑張ろう」だと暗い。どう考えても「ファイト」以外の適切な言葉が見つからない。「ファイト!」と呼び掛けられれば、「オー!」と応えるのが道理だ。「ファイト!」という文字を読めば、自然に自分が「オー!」と応じてしまう。

 18日付で発行された紙面は翌日付から何とカラーになる。

 昨日、えのもとかな子さまや大魔神で有名な佐々木さんなどが気小(※気仙沼小学校)に来ました。いっぱい写メをとったり、サインをもらったり、あくしゅをしたりしました!!(3月30日付)

 なかなか本格的な記事である。時にはローカルねたも書かれている。

 昨日の西村さん

・酒をのむ
・たくさんのむ
・さわぐ
・顔が赤い
・しつこい
・「しょせん おやじってそんなもんか」
・「○レ○チ学園」をすすめる

※酔いがさめたら ぜったいに こうかいする(4月13日付)

 西村さんの赤面が目に浮かぶ。

 編集部員の中には親御さんを喪った子供もいた。それでも尚、誰かのために何かを為したいという心に救われる思いがする。

 君たちは多くの大人に勇気と希望を与えた。否、君たちの存在こそ希望そのものである。どうか日本を救ってください。お願いします。私は君たちについてゆきます。

 子供たちの顔を見てもらいたいので大きな画像を貼りつけておく。

宮城県気仙沼発! ファイト新聞

大川小の行方不明者捜索自衛官に勇気を与えた小学生の手紙

0 件のコメント:

コメントを投稿