2013-12-03

オスの子孫に危険を「警告」する遺伝メカニズム、マウスで発見


 特定の匂いを恐れるように訓練されたオスの実験用マウスは、精子内のあるメカニズムを介して、その匂いに関連して受けた衝撃を後に生まれるオスの子孫に伝えることができるとする研究論文が1日、英科学誌「ネイチャー・ニューロサイエンス(Nature Neuroscience)」に掲載された。

 動物は祖先の心的外傷(トラウマ)の記憶を「継承」し、あたかも自分がその出来事を体験したかのような反応を示すという説に証拠をもたらすものだと論文は主張しているが、これは後成遺伝学(エピジェネティクス)研究の最新の発見だ。エピジェネティクスでは、遺伝子の基礎情報であるDNAの塩基配列に何の変化がなくても、遺伝子が異なる振る舞いを始める要因として、環境要因が挙げられている。

 論文の共著者の一人、米エモリー大学医学部(Emory School of Medicine)のブライアン・ディアス(Brian Dias)氏は「祖先の経験が子孫の世代にどのように影響するのかを知ることで、継世代的な神経精神疾患の発症に関する理解を深めることができるだろう」と話す。また将来的には、トラウマとなる記憶の「継承」を軽減できる心理療法の開発につながるかもしれない。

子孫は少量の匂いでも感知

 ディアス氏と論文共著者のケリー・レスラー(Kerry Ressler)氏のチームは、マウスの足に電気ショックを与えることで、サクラの花に似た匂いを恐れるように訓練し、その後、このマウスの子孫が同じ匂いを嗅がされた時にどの程度おびえた反応を示すかを調べた。

 子孫のマウスたちは、元のマウスの訓練時にはまだ母親マウスの胎内にもおらず、また今回の実験前に同じ匂いを嗅いだ経験は一度もなかった。しかし、レスラー氏はAFPの取材に対し、訓練を受けたマウスの子孫は「はるかに少量の匂いでも感知して反応することができた。これは子孫が(その匂いへの)感受性が高くなっていることを示唆している」と語った。

 子孫マウスは、訓練を受けていないマウスの子孫に比べ、サクラの花の匂いに対して約2倍強い反応を示した。一方で、別の匂いには同様の反応を示さなかった。

 次に訓練を受けたマウスの精子から子孫に受け継がれた遺伝子「M71」を調べた。「M71」は鼻の中でサクラの花の匂いに特に反応する嗅覚受容体の機能を制御する遺伝子だが、子孫マウスの「M71」においてDNAの塩基配列には何も変化はなかった。ただし、この遺伝子には後成遺伝的な痕跡があった。ディアス氏によれば、この痕跡が遺伝子の振る舞いを変化させ、子孫の代になって「さらに発現する」原因となる可能性があるという。

 またこの後成遺伝的な痕跡が今度は、訓練を受けたオスマウスやそのオスの子孫の脳に物理的変化を生じさせ、脳の嗅覚部位にある嗅覚糸球体が大きくなっていた。「これは鼻の中で、より多くのM71神経細胞が、さらに多くの軸索(神経突起)を伸ばすようになるからだ」とディアス氏は説明する。

 脳内での同様の変化は、サクラの花の匂いを恐れる父親の精子を用い、人工授精で受胎した子孫でも観察された。また子孫マウスの精子中でも、遺伝子発現に変化がみられた。

 レスラー氏は「このような情報継承は、子孫たちが将来の環境で遭遇する可能性が高い特定の環境特性の重要性について、親が子孫に『知らせる』ための有効な手段の一つと思われる」と述べた。

 英国の遺伝学者マーカス・ペンブレイ(Marcus Pembrey)氏によると、今回の研究成果は、恐怖症、不安障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの研究に役立つ可能性がある。

AFP 2013-12-03



 エピジェネティック効果や母性効果の不思議について、ニューヨークの世界貿易センターとワシントン近郊で起きた9.11テロ後の数か月のことを眺めてみよう。このころ、後期流産の件数は跳ね上がった――カリフォルニア州で調べた数字だが。この現象を、強いストレスがかかった一部の妊婦は自己管理がおろそかになったからだ、と説明するのは簡単だ。しかし、流産が増えたのは男の胎児ばかりだったという事実はどう説明すればいいのだろう。

 カリフォルニア州では2001年の10月と11月に、男児の流産率が25パーセントも増加した。母親のエピジェネティックな構造の、あるいは遺伝子的な構造の何かが、胎内にいるのは男の子だと感じとり、流産を誘発したのではないだろうか。

 そう推測することはできても、真実については皆目わからない。たしかに、生まれる前も生まれたあとも、女児より男児のほうが死亡しやすい。飢餓が発生したときも、男の子から先に死ぬ。これは人類が進化させてきた、危機のときに始動する自動資源保護システムのようなものなのかもしれない。多数の女性と少数の強い男性という人口構成集団のほうが、その逆よりも生存と種の保存が確実だろうから。(1995年の阪神大震災後も同様の傾向が出ている)

【『迷惑な進化 病気の遺伝子はどこから来たのか』シャロン・モアレム、ジョナサン・プリンス:矢野真千子訳(NHK出版、2007年)】

迷惑な進化―病気の遺伝子はどこから来たのか

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