2014-01-04

「牛首を懸けて馬肉を売る」(羊頭狗肉)の故事/『晏子』宮城谷昌光


言葉の正しさ
正(まさ)しき道理
・「牛首を懸けて馬肉を売る」(羊頭狗肉)の故事
不当に富むとそれが不幸のもとになる
社稷を主とす

 霊公〈れいこう〉が禁令を出したにもかかわらず男装はとどこまることなく女たちは丈夫の飾りを身につけた。思い余った霊公は足斬りや鼻を削(そ)ぎ落とす刑まで考えた。思考は錯綜するばかりで眼差しも虚(うつ)ろになった。それもそのはずで霊公は自分の周囲の女性たちには男装を認めていた。解決策をもたぬ臣下たちは霊公を避けるようになる。そこへ晏嬰〈あんえい〉が通りかかる。

 霊公は険しさを含んだ声で「その賢明さでわが足下を明るめ、汝の知恵でわが威令を回復させよ」と命じる。晏嬰〈あんえい〉は「いかなる儀についてでございましょう」とすっとぼけてみせた。霊公は丈夫の飾りを禁じたにもかかわらず守らないのはなぜか、「意見を申せ」と言い募る。

 霊公〈れいこう〉は口調を荒だてた。自分をおさえきれぬらしい。室外の臣は不安げに晏嬰〈あんえい〉をながめている。晏嬰の頭がわずかにあがった。
 が、晏嬰の顔をのぞきみることができる者がいたら、このときの表情に凛乎(りんこ)たる信念があることに、おどろいたであろう。晏嬰はむしろこのときを待っていたのである。
「恐れながら申し上げます」
 重苦しい空気をやぶるように溌剌(はつらつ)と声があがった。奇妙な明るさをふくんだ声で、それはいかにもこの場における霊公の心の情状にそぐわないものであったので、霊公は春の光をまぶしげにみていたときと同じ目つきをして、晏嬰をみた。
 晏嬰の澄明(ちょうめい)な声が霊公の耳にふたたびとどいた。
「丈夫の飾りにつきましては、君はこれを内におゆるしになり、外に禁じておられます。そのことをたとえてみますと、牛首(ぎゅうしゅ)を門にかけて、じつはなかで馬肉を売っているようなものです。なにゆえ君は、内において丈夫の飾りをお禁じになりませぬ。さすれば、外のことは、なんらご心配をなさることはございません」
 霊公の眼底が光った。
 鮮烈なことばが霊公の胸をよぎった。
 ――牛首を門にかけて、馬肉を内に売る。
 とは、これにまさる皮肉はなく、これにまさる諫言(かんげん)もない。霊公は詐欺(さぎ)をおこなっている肉屋にたとえられたのである。

【『晏子』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(新潮社、1994年/新潮文庫、1997年)以下同】

 本書の白眉(はくび)をなす場面だ。誠とは唯々諾々(いいだくだく)と主(あるじ)に従うことではない。

「誠」という漢字は「言」+「成」で、「言」は「言葉」、「成」は「仕上げる・出来上がる・固める」です。自分の言葉を固く守って動くことのない心を「誠」と言います。

「まこと」は、「真」(ま)+「言」「事」(こと)で、「真」実である「事」・「言」葉(とそれを守る事)を意味します。

「誠・まこと」の意味と語源教えてください

 晏嬰〈あんえい〉は礼を尽くして単刀直入に真実を語った。簡にして要を得た言葉に感情の臭みはない。諫言の難しさはここにある。積もりに積もった感情があれば怒気や怨嗟(えんさ)となって主の人格を攻撃しかねない。晏嬰〈あんえい〉の心は晴朗(せいろう)であった。それにしても、まさか羊頭狗肉の故事が諫言に由来しているとは思わなかった。

 晏嬰〈あんえい〉は一言にして人情というものをつかんでみせ、霊公の矛盾を衝(つ)いた。
 霊公は怒りで全身がふるえたであろう。
 が、怒声を発する前に、吸いこんだ空気がさわやかであった。それが晏嬰の気というものであることをさとった霊公は、からりと晴れた口調で、その通りである、といった(中略)

 晏嬰のことばは、その日のうちに宮中にひろまり、半月後には国内で知らぬ者がいないほど人口に膾炙(かいしゃ)した。これが晏嬰の歴史への登場のありかたであった。驚嘆すべきあざやかさであった。
「これほどの勇者をみたことがない」
 と、賛辞を呈した晏父戎〈あんほじゅう〉は、晏嬰のとなりにすわっている晏弱にむかって表情をくずしてみせ、(後略)

 それからひと月も経たぬうちに男装をする女性はいなくなった。

 晏嬰〈あんえい〉の言葉に雷電が重なる。

時代の闇を放り投げた力士・雷電為右衛門/『雷電本紀』飯嶋和一

 本物の人物は何と似通っていることか。晏嬰〈あんえい〉は霊公に続いて荘公〈そうこう〉、景公〈けいこう〉の三代にわたって仕える。彼の諫言は終生止むことがなかった。

晏子〈第1巻〉 (新潮文庫)晏子〈第2巻〉 (新潮文庫)晏子〈第3巻〉 (新潮文庫)晏子〈第4巻〉 (新潮文庫)

宗教の社会的側面/『宗教を生みだす本能 進化論からみたヒトと信仰』ニコラス・ウェイド

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