2014-06-08

大英帝国の没落と金本位制/『新・マネー敗戦 ――ドル暴落後の日本』岩本沙弓


『円高円安でわかる世界のお金の大原則』岩本沙弓

 ・大英帝国の没落と金本位制
 ・日本の資産がアメリカに奪われる理由
 ・ドル基軸通貨体制とは

『あなたの知らない日本経済のカラクリ 対談 この人に聞きたい!日本経済の憂鬱と再生への道』岩本沙弓

 自然界の中で、弱者であるシマウマと強者であるライオンの数を見た場合、シマウマの数の方が圧倒的に多い。つまり、ライオンとシマウマのこの数の差が存在すればこそ、食物連鎖を維持できるわけである。
 では、獲物となるシマウマの数が少ないとどうなるのか? 弱者が絶滅するまで強者の側が食べ尽くすようなことをすると、均衡を保っていた食物連鎖が崩れ、結局のところは強者も共倒れとなってしまう。これが自然界の掟である。
 現代金融において、強者はこの自然の論理をよく理解している。彼らは、金融・経済活動の中での弱者の数が減りすぎないように「生かさず殺さず」を心がけているようなものだ。上前を撥ねる相手がいなくなれば、自分の稼ぎもなくなる。これがいわば、金融界の掟である。

【『新・マネー敗戦 ――ドル暴落後の日本』岩本沙弓〈いわもと・さゆみ〉(文春新書、2010年)以下同】

 岩本沙弓の名前を知ったのは金融機関のレポートであった。テクニカル分析に関する指摘に目を瞠(みは)った。それもそのはずで彼女は米系銀行の為替ディーラーを務めた人物であった。今私が最も注目する一人だ。タイトルは吉川元忠著『マネー敗戦』に由来。

 岩本はまず姿勢がよい。真っ直ぐで嘘がない。どの著作を開いても好感が持てる。それでいて鋭い。日経新聞を1年間購読するよりも岩本の本を1冊読んだ方がずっと勉強になる。

 イギリスは18世紀に産業革命が起こり「世界の工場」として圧倒的な経済力を手に入れることになった。世界の工場としてモノを作り、世界中にモノを得ることで世界経済を一手に収めたのだ。しかしそれは長い目でみれば一時的なことにすぎない。というのも、経済大国となるがゆえにやがては国内の生産コストが上がってくるのは当然のことであるし、加えて、技術や産業形態は国境を超えて伝播していくものであるから、それを模倣し、あるいは改良したより安価な製品を作り出してくる新興国が出現するのである。すると大国の国際競争力は低下し、海外の安い商品が大量に大国に入ってくることとなる。実際、19世紀の半ばにはすでにイギリスの輸出は輸入を大幅に下回っていることからも、かなり早い段階から製造業の国際競争力が低下していたことがうかがえる。
 当時のイギリスには2つの問題が発生した。他国のモノをイギリスが購入すれば、その分基軸通貨ポンドを世界中にばら撒くということになる。金本位制を採用していると、海外に出て行ったポンドは、相手国が金に換えて欲しいと言えば、イギリスはそれに応じなければならない。その結果、イギリスから大量に金が流出することになったのが第一の問題。そして2つめとして、国際競争力低下に歯止めをかけるには、米国がプラザ合意で断行したように自国通貨の切り下げを行い、自国産業を守るという手段もあったのだが、そうはしなかった。そのため「世界の工場」は新興国の米国へと移り、イギリスの国内産業は空洞化したのである。国内産業が低迷すれば国内金利は低下するので、海外との金利差が発生する。いつの時代も一緒だが、金利差に着目した投資資金はイギリスから海外へと向かっていった。
 そのような状況での第一次世界大戦勃発だったため、イギリスには物資と戦費調達をしなければならなくなった。物資の購入は金の流出を招いた。戦費調達のために保有していた債券を売却し、米国からの多額の借り入れをしたことで、イギリスの債券国家としての立場は終わりを告げた。第一次大戦後、一時停止されていた金本位制が復活する際には、経済が弱体化していた各国は為替レートを切り下げたものの、イギリスだけは国の威信にかかわるとして旧平価にこだわったことも更なる金流出を招き、米ドル覇権への移行に拍車をかけたといえるだろう。

 近代以降の歴史は金融を理解せずして読み解くことはできない。カネがなければ戦争もできないのだ。人類が6000年かけて掘り出したゴールドの量はオリンピックサイズ・プール(長さ50m、幅22m、深さ2m)の3杯分しかない(埋蔵量は1杯分あるとされている)。中世のイギリスにおける決済手段はゴールドであった。人々は貴重品であるゴールドを金細工商(ゴールドスミス)に預けた。彼らが最も頑丈な金庫を持っていたためである。そしてゴールドスミスが発行した預り証(金匠手形)が取引に用いられるようになる。これが紙幣の原型である。

学校の先生が絶対に教えてくれないゴールドスミス物語

「世界の工場はやがてその座を新興国に奪われる」。これは岩本の著作で何度となく指摘されている。実際、イギリス~アメリカ~日本~中国と世界の生産拠点は移動してきた。そして今中国から近隣アジア諸国へと雇用の流出が始まっている。注目を集めているのは東南アジアとアフリカだ。

 20世紀の初頭、覇権を掌握するまでに米国は、大英帝国ののこのような隆盛と没落を淡々と眺めていたに違いない。イギリスに限らず、どの国でも「世界の工場」となって覇権を握ったときから最後はデフレの問題が出てくるのは歴史の必然である。それをいち早く認識して、米国はたとえ「世界の工場」となってもそれは一時的なことであると認識して(※「認識して」が重複しているがママ)、やがては登場してくる新興国への対応を着々と準備していたのではなかろうか。
 国力の差があれば、安い輸入商品が流入してくるのはどうしても避けられない。それを防ぐ手段はいったい何か。イギリスを反面教師として利用するならば、国同士の取引に不可欠な為替レートを操作して輸入品の値段を押し上げる、ということになる。

 金本位制における紙幣はゴールドと等価であった。そして1929年の世界大恐慌を経て各国は金本位制をやめた。第二次世界大戦後はブレトン・ウッズ体制となる。そして1971年のニクソン・ショックで紙幣は何の裏づけもないペーパーマネーへと転落した。(固定相場制以前、固定相場制時代、変動相場制時代の主な出来事

 ドル基軸通貨体制をいいことにアメリカはやりたい放題の限りを尽くしてきた。ドル決済に水を差す連中はイラクのフセイン大統領のように殺された(『超マクロ展望 世界経済の真実』水野和夫、萱野稔人)。

 長期的に見ればドルは価値を下げ続けてきた。サブプライム・ショック~リーマン・ショックを経たのち量的緩和に次ぐ量的緩和でドルは湯水の如く印刷された。その穴埋めをさせられているのが日本と中国だ。米大統領が変わるタイミングでドル高騰は反転することだろう。米ドル最大の保有国である中国と日本が戦争にでもなれば、アメリカの借金はチャラになる可能性が大きい。

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