2014-08-16

癌治療の光明 ゲルソン療法/『ガン食事療法全書』マックス・ゲルソン


 私の治療法は主として、肉体の栄養状態の改善を武器とする治療法である。この領域で発見されたこと、およびその応用法の具体的な内容の多くは、すでに科学的な研究によってその確かさが確認されている。

【『ガン食事療法全書』マックス・ゲルソン:今村光一訳(徳間書店、1989年)以下同】

 原書が刊行されたのは1958年(昭和33年)のこと。マックス・ゲルソン(1881-1959年)は1946年にアメリカ議会の公聴会で自身の研究を発表したが耳を貸す人はいなかった。きっと半世紀以上も時代に先んじていたのだろう。

 その後、様々な技術が進展することで、農業・畜産業は工業と化した。土壌のバクテリアを死滅させ、農薬をまき散らし、現在では遺伝子をも操作し「自殺する種」(『自殺する種子 アグロバイオ企業が食を支配する』安田節子)が世界中に出回っている。

 家畜には成長を促進するためのホルモン剤や抗生物質が大量に投与されている。加工食品には防腐剤や得体の知れない食品添加物がてんこ盛りだ。市場に出回る食料品はそのすべてが微量の毒に侵されているといっても過言ではあるまい。

 公認の治療法とは別のガンの治療法を世間に公表することには、大きな困難が伴う。また非常に強い反応が起きることもよく知られている。しかし慢性病、とくにガンの治療に関して、多くの医者が持っている根深い悲観主義を一掃すべき時期はもう熟したはずである。
 もちろん何世紀にもわたってきたこの悲観主義を、一挙に根こそぎにするのは不可能である。医学を含む生物学の世界が、数学や物理学の世界のように正確なものでないことは、誰でも知っている。
 私は現代の農業や文明が、われわれの生命に対してもたらしてきた危機を全て一掃し、修復するこはすぐには不可能だろうと心配している。私は人々が人間本位の立場から一つの考えにまとまり、古来のやり方によって、自分の家族と将来の世代のためにできるだけ自然で精製加工していない食品を提供するようになることこそが、もっとも大切なことだと信じている。
 一般的な退化病やガンの予防、そしてガンの治療に必要な有機栽培の果物や野菜を入手することは、今後は今までよりなお難しくなりそうである。


「大きな困難」「非常に強い反応」とは医学界の保守的な傾向もさることながら、製薬会社の利権に関わってくるためだ。世界1位のファイザー(米国)の売り上げは500億ドル前後を推移している(世界の医薬品メーカーの医薬品売上高ランキング2013年)。国内トップは武田薬品工業で157億ドル弱となっている。

 薬漬けにされる精神疾患の場合が特に酷い。エリオット・S・ヴァレンスタイン著『精神疾患は脳の病気か? 向精神薬の化学と虚構』を読めば、病気そのものがでっち上げられていることがよくわかる。しかし溺れるものが藁(わら)を掴(つか)むように病者は薬を求める。医療は現代の宗教であり呪術でもある。我々は医師の言葉を疑うことが難しい。ひたすら信じるだけだ。よく考えてみよう。医者は裁判官のようなものだ。彼らは過去の例に基づいた発想しかできない。しかも西洋医学は対症療法である。患部を切除あるいは攻撃する治療法が主で、身体全体に対する視線を欠いている。患者はまな板の上の鯉みたいなものだ。

 私の基本的な考えは、当初から次のようなものであり、これは今もまったく同じである。
 ノーマルな肉体は、全ての細胞の働きを正常に保たせる能力を持っている。だから、この能力は異常な細胞の形成やその成長を防ぐものでもある。したがってガンの自然な療法の役割とは、肉体の生理をノーマルなものに戻してやるとか、できる限りノーマルに近いものに戻してやることに他ならない。そして次に、代謝のプロセスを自然な平衡状態の中に保たせるようにするのだ。

 自然治癒力の発揮と言い換えてもよい。病は身体が発するサインなのだ。マックス・ゲルソン博士は友人であったアルベルト・シュバイツァーの糖尿病とシュバイツァー夫人の肺結核をも食事療法で完治させている。

 マックス・ゲルソンは2冊目となる著書の出版を準備していた時に急死する。そして跡形もなく原稿も消えていた。毒殺説が根強い。その死を悼(いた)んでシュバイツァーは次のように語った。

「ゲルソン医師は、医学史上もっとも傑出した天才だと思う。いちいち彼の名は残っていないが、数多くの医学知識のなかに、じつは彼が考え出したというものが多くある。そして、悪条件下でも多くの成果を出した。遺産と呼ぶにふさわしい彼の偉業が、彼の正当な評価そのものだ。彼が治した患者たちが、その証拠である」(マックス・ゲルソン医師について

 尚、本書は医学書のためかなり難解な内容となっている。関連書と私がゲルソン療法を知った動画を紹介しておこう。具体的な食事療法については「ゲルソン療法とは」のページを参照せよ。一人でも多くの人にゲルソン療法を知ってもらえればと痛切に願う。

ガン食事療法全書決定版 ゲルソンがん食事療法ゲルソン療法―がんと慢性病のための食事療法あなたのがんを消すのはあなたです 厳格なゲルソン療法体験記


『迷惑な進化 病気の遺伝子はどこから来たのか』シャロン・モアレム、ジョナサン・プリンス
筋肉と免疫力/『「食べない」健康法 』石原結實

2014-08-15

魔女狩りは1300年から激化/『魔女狩り』森島恒雄


『思想の自由の歴史』J・B・ビュァリ:森島恒雄訳

 ・魔女は生木でゆっくりと焼かれた
 ・魔女狩りの環境要因
 ・魔女狩りの心情
 ・魔女狩りは1300年から激化

『聖書vs.世界史 キリスト教的歴史観とは何か』岡崎勝世

 フランスのジェルベールは、中世における科学ルネサンスの最初の曙光として科学史の上で記念される人物であるが、当時は呪術師として有名であった。しかしそれにもかかわらず、シルヴェステル2世(999-1003年)としてローマ法王の位にすらつくことができたのである。「呪術師」は、魔女裁判時代では「魔女」となる。もう500年後だったら、法王どころでなく、焼かれたかも知れなかった。

【『魔女狩り』森島恒雄(岩波新書、1970年)以下同】

 呪術と科学の親和性は、錬金術から化学が生まれたことを思えば別に不思議ではない。「化学を英語でケミストリー(Chemistry)というのが、この語源となっているのが錬金術を英語で指す言葉のアルケミー(Alchemy)なのである。近代になるまで化学と錬金術は同一視されていたのだ」(『世界の「聖人」「魔人」がよくわかる本』一条真也監修、クリエイティブ・スイート編)。中世は宗教から科学へと向かう季節であった。ヨーロッパでは教会が学問を支配していた。グーテンベルク革命(1439年)の後も識字率はまだ低かったことだろう。当時、科学的な発見は神の絶対性を証明するものだった。

 ともあれ、以上で明らかなことは、魔女は12~13世紀ごろまではまだ安泰であったと結論できることである。
 ところが、1300年を境として事態は一変する。魔女に対する教会の態度が、にわかに硬化するのである。魔女の歴史は、ここで、平穏だった古い魔女時代を終えて、不安動揺の時代に入ることになるが、その転機は「新しい魔女」の大量出現であった。

 環境史的に見ればちょうど小氷期に当たっている。戦争を始めとする人類の混乱は寒さに由来すると考えてよさそうだ。

 しかし、教会のこの寛容さはしだいに失われていき、12世紀の終りごろ、にわかに態度は逆転し、13世紀に入れば異端者の処罰は火刑が通則となり、審問には拷問も法皇によって許可されることになるのである。
 この教会の態度の急変は、12世紀に勃発した大規模でラディカルな異端運動が教会当局に与えた深刻な衝撃、危機感であった。

 様々な研究によって現在では魔女狩りの規模を縮小する傾向が強く、「近世の魔女迫害の主たる原動力は教会や世俗権力ではなく民衆の側にあり、15世紀から18世紀までに全ヨーロッパで推定4万人から6万人が処刑された」(Wikipedia)と考えられている。歴史とは現在を正当化するものゆえ、常に書き換え・更新が繰り返される。ナチスによるホロコーストの歴史ですら定かではないのだ(『ホロコースト産業 同胞の苦しみを「売り物」にするユダヤ人エリートたち』ノーマン・G・フィンケルスタイン)。

 ヨーロッパの歴史は血塗られている。十字軍(1096-1272年)、百年戦争(1337-1453年)、三十年戦争(1618-1648年)、そしてレコンキスタ(718-1492年)。帝国主義・植民地主義を生んだのもキリスト教であった。アングロサクソンが第二次世界大戦で勝利を収め、キリスト教世界は今尚延命している。

 一神教を深く問い直す学問が必要だ。そうでなければ人類はいつまでも戦争に向かうことだろう

魔女狩り (岩波新書)

欽定訳聖書の歴史的意味/『現代版 魔女の鉄槌』苫米地英人

2014-08-13

合理性を阻む宗教的信念/『思想の自由の歴史』J・B・ビュァリ:森島恒雄訳


『科学と宗教との闘争』ホワイト:森島恒雄訳

 ・自由とは良心に基いた理性
 ・合理性を阻む宗教的信念

『魔女狩り』森島恒雄

 普通の人の心の世界は、自分が文句なしに容認し固く執着している信念から成り立っている。このなじみ深い世界の既成の秩序を覆(くつがえ)すようなものに対しては、普通の人は本能的に敵意をもつものである。自分のもっている信仰の一部分と矛盾するような新しい思想は、その人の頭脳の組替えを要求する。ところがこれは骨の折れる仕事であって、脳エネルギーの苦しい消耗が強要される。その人と、その仲間の大衆にとっては、新しい思想や、既成の信仰・制度に疑惑を投げかけるような意見は不愉快であり、だからそれは彼らには有害な意見に見えるのである。
 単なる精神的なものぐさに原因する嫌悪感は、積極的な恐怖心によってさらに増大する。そして保守的本能は、社会機構をも少しでも改変すると社会のよって立つ基盤が危うくなるとの保守的理論へと硬化する。国家の安寧(あんねい)は強固な安定と伝統・制度の変わりない維持とに依存するものだという信仰を人々が放棄しはじめたのは、ようやく最近のことである。その信仰がなお行なわれているところでは、新奇な意見は厄介視されるばかりでなく、危険視される。公認の原則について「何故に」とか「何のために」というような面倒な疑問を発するような人間は、有害な人物だとみなされるのである。
 保守的本能とそれに由来する保守的理論とは、迷信によってさらに強化される。慣習と見解の全部を包含する社会機構が、もしも宗教的信仰と密接に結びつき、神の比護のもとにあると考えられているような場合には、社会秩序を批判することは涜神(とくしん)を意味し、また宗教的信仰を批判することは超自然的神々の怒りに対する直接の挑戦となる。
 新しい観念を敵視する保守的精神を生み出す心理的動機は、既成の秩序やその土台となっている観念を維持するのに利害を共にする階級、カースト、祭司というような、地域社会の有力な諸階層の積極的な反対運動によってさらに強化される。

【『思想の自由の歴史』J・B・ビュァリ:森島恒雄訳(岩波新書、1951年)】

 人類にパラダイムシフトを促してきたのは常に冷徹な科学的視点であった。現実を鋭く見つめる科学者の頭の中から世界は変わり始める。それは緩やかに知の積み重ねを通して人々に広がってゆく。かつて地球は平面であると考えられていた。天動説や魔女の存在を信じていた時代もあった。

 科学の世界とて例外ではない。アインシュタインは一般相対性理論から宇宙が収縮するケースが導かれることを見出し、宇宙定数を方程式に盛り込むことで帳尻を合わせた。それから12年後、エドウィン・ハッブルの観測によって宇宙が膨張している事実が判明した。アインシュタインは宇宙定数を「生涯最大の過ち」と悔いた(『エレガントな宇宙 超ひも理論がすべてを解明する』ブライアン・グリーン)。彼は定常宇宙を信じていたのだ。

 信念が相関関係を因果関係に書き換える。脳を支配するのは物語だ。その最たるものが宗教であろう。

宗教の原型は確証バイアス/『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』テンプル・グランディン、キャサリン・ジョンソン

 不幸が祟(たた)りの物語をつくり、僥倖は祝福の物語を形成する。脳は偶然をも必然と捉える。

 ホワイトの指摘は認知科学によって具体的に証明されている。

誤った信念は合理性の欠如から生まれる/『人間この信じやすきもの 迷信・誤信はどうして生まれるか』トーマス・ギロビッチ

 私が不思議でならないのは、なぜキリスト教よりも合理的な仏教から学問的な統合知が生まれ得なかったのかという一点である。これは研究に値するテーマだと思う。

思想の自由の歴史 (岩波新書)

ガザを見よ




AsSalawat:twitter

巨利をむさぼる 精神医療業界


診断・統計マニュアルDSM精神医学による悪徳商法

2014-08-11

武田邦彦:また起こったメディア殺人…笹井さんの自殺と浅田農園の老夫婦の自殺


 旭化成(母体は水俣病を引き起こしたチッソ)にいた武田であればこそメディアバッシングの本質が見えるのだろう。

化物世界誌と対蹠面存在否定説の崩壊/『科学と宗教との闘争』ホワイト:森島恒雄訳


キリスト教を知るための書籍

 ・権威者の過ちが進歩を阻む
 ・化物世界誌と対蹠面存在否定説の崩壊

『思想の自由の歴史』J・B・ビュァリ:森島恒雄訳

 神が保障した法皇の《無過失性》によってこの古い神学的見解はあらためて再確認され、人間は地球の片側だけに存在するものだという説はこれまで以上に正統的となり、教会にとっていっそう尊重すべきものとなった。(8世紀)

【『科学と宗教との闘争』ホワイト:森島恒雄訳(岩波新書、1939年)以下同】

 これを対蹠面(たいせきめん)存在否定説という。対蹠とは正反対の意で、対蹠地というと地球の裏側を指す。当時のヨーロッパではまだ地球が球形であるとの認識はなかった。そのため対蹠【面】との訳語になっているのだろう。ただしギリシャでは紀元前から地球は丸いと考えられていた。

 神が万物を創造したとする思考において世界とは聖書を意味する。つまり聖書に世界のすべてがあますところなく記述されており、あらゆる学問を神の下(もと)に統合した。これが本来の世界観である。決して世界が目の前に開いているわけではなく、価値観によって見える外部世界は大きく変わるのだ。

 当時、神の僕(しもべ)である人間はヨーロッパにしか存在しないものと考えられていた。そしてヨーロッパから離れれば離れるほど奇っ怪な姿をした化け物が棲息していると彼らは想像した。これを化物世界誌という(『聖書vs.世界史 キリスト教的歴史観とは何か』岡崎勝世)。

ヘレフォード図(クリックで拡大)→化物世界誌を参照せよ

 しかし、1519年にいたって、科学は圧倒的な勝利を博した。マゼランがあの有名な航海を行なったのである。彼は地球がまるいことを実証した。なぜなら、彼の遠征隊は地球を一周したからだ。彼は対蹠面存在説を実証した。なぜなら、彼の乗組員は対蹠面の住民を目撃したのだから。だが、これでも戦いは終らなかった。信心深い多くの人々は、それからさに200年の間この説に反対した。

 これが世界観の恐ろしいところだ。ひとたび構築された物語があっさりと事実や合理性を拒絶するのだ。ただしマゼランの世界一周が化物世界誌と対蹠面存在否定説崩壊の端緒となったことは間違いない。

 クリストファー・コロンブスがアメリカ大陸の島に上陸したのは1492年のこと。インディアンと遭遇した彼らが戸惑ったのは、インディアンの存在が聖書に書かれていなかったためであった。

 信心深い人々は妄想を生きる。ニュートンを筆頭とする17世紀科学革命はまだ神の支配下にあった。しかし魔女狩りの終熄(しゅうそく)とともに、科学は神と肩を並べ、やがて神を超える(何が魔女狩りを終わらせたのか?)。

 例外はアメリカで今尚ドグマに支配されている(『神と科学は共存できるか?』スティーヴン・ジェイ・グールド)。世界の警察を自認する国が妄想にとらわれているのだから、世界が混乱するのも当然だ。


「エホバの証人」と進化論