2015-11-28

憲法9条に埋葬された日本人の誇り/『國破れて マッカーサー』西鋭夫


『ある明治人の記録 会津人柴五郎の遺書』石光真人
『守城の人 明治人柴五郎大将の生涯』村上兵衛

 ・憲法9条に埋葬された日本人の誇り
 ・アメリカ兵の眼に映った神風特攻隊

『日本の戦争Q&A 兵頭二十八軍学塾』兵頭二十八
・『日本永久占領 日米関係、隠された真実』片岡鉄哉
日本の近代史を学ぶ

 スタンフォード大学フーバー研究所出版から出た本のタイトルは Unconditional Democracy 日本の「無条件降伏(unconditional surender)」と「民主主義」をかけたもので、「有無を言わさず民主主義化された」という強い皮肉を含んだタイトル。アメリカでは、このタイトルだけでも有名になった本だ。
 この本は、アメリカで公開された生(なま)の機密文書を使って書かれた最初の本である。出版されたのは1982(昭和57)年。1991(平成3)年、廣池学園出版部からもペーパーバック版が刊行された。
 私が翻訳したのではないが、大手町ブックスから『マッカーサーの犯罪』として、1983年に出版されたのはこの本だ。その直後から、日本からもアメリカ国内からも、学者たちから電話や手紙が沢山あった。占領関係の資料についての「教えを請(こ)う」ものだった。
『國破れて マッカーサー』は Unconditional Democracy と『マッカーサーの犯罪』を基(もと)に、戦後日本の原点、「占領」という悲劇をさらに明らかにしようと、私自身が全面的に書き改めたものである。(「はじめに」)

【『國破れて マッカーサー』西鋭夫〈にし・としお〉(中央公論社、1998年/中公文庫、2005年)以下同】

 わかりにくい出自である。ひねくれた自慢が話を更にややこしくしている。しかも『マッカーサーの犯罪』は西の名前で刊行されているのだ。本書は確かに良書である。良書なんだが時折行間から嫌な匂いが放たれる。もともと保守とは穏健さに裏打ちされた政治姿勢であり、革新は暴力性を秘めた急進性を伴う性質のものだった。その意味から申せば西は保守ではない。右翼というべき人物だろう。真の保守とは武田邦彦のような人物である。

 ダイレクト出版株式会社で講演録を販売しているが、「無料」と謳っていたので注文したところ、届いたのは音声CDであった。しかも申し込みをした時点でサイトから動画をダウンロードできるため、多分「送料550円」で利益を出しているのだろう。動画を見れば一目瞭然だが時折大声を張り上げる虚仮威(こけおど)しともいうべき講演スタイルで、怒りっぽい年寄りにしか見えない。話しっぷりからも右翼であることが伝わってくる。

 我々の「誇り」は第9条の中に埋葬(まいそう)されている。

 確かにそうだ。民族としての誇りは既にない。GHQの占領政策で埋め込まれた戦争の罪悪感は、戦後教育を通して子供たちの血となり骨と化した。現在の国際情勢にあって日本は歴史的事実を開陳することも許されない立場となっている。従軍慰安婦捏造や南京大虐殺捏造に対して事実究明の反論をすることもできなければ、怒ることすら躊躇(ためら)われる雰囲気に覆われている。

 日本の文化から、日本の歴史から、日本人の意識から「魂」を抜き去り、アメリカが「安全である」と吟味したものだけを、学校教育で徹底させるべし。マッカーサー元帥の命令一声で、日本教育が大改革をさせられたのは、アメリカの国防と繁栄という最も重要な国益があったからだ。
 アメリカが恐れ戦(おのの)いた「日本人の愛国心」を殺すために陰謀作成された「洗脳」を、日本は戦後五十余年の今でさえ「平和教育」と呼び、盲目的に崇拝し、亡国教育に現(うつつ)を抜かしている。(中略)
 あの口五月蠅(うるさ)いアメリカ、自動車部品を1個、2個と数えるアメリカが、コダック、富士フイルムを1本、2本と数えるアメリカが、日本の「教育」に文句を言わない。一言も注文を付けない。
 日本の教育は今のままで良いと思っているからだ。アメリカは日本教育改革がここまで成功するとは思ってもいなかった。

 本書は前半が占領政策、後半が教育行政を描く。単なる機密文書の紹介にとどまらず、しっかりと構成されている。日本の近代史を知るためには不可欠の一書といってよい。ただし、マッカーシズムについて書きながらもヴェノナ文書(『ヴェノナ』ジョン・アール・ヘインズ、ハーヴェイ・クレア)に関する記述がないのは腑に落ちない。またマッカーサーについては兵頭二十八〈ひょうどう・にそはち〉著『日本の戦争Q&A 兵頭二十八軍学塾』を併せて読むと理解が深まる。

國破れてマッカーサー (中公文庫)

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2015-11-27

会津戦争の悲劇/『ある明治人の記録 会津人柴五郎の遺書』石光真人


『逝きし世の面影』渡辺京二
『明治維新という過ち 日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト』原田伊織
『龍馬の黒幕 明治維新と英国諜報部、そしてフリーメーソン』加治将一
『武家の女性』山川菊栄
・『覚書 幕末の水戸藩』山川菊栄
・『武士の娘』杉本鉞子

 ・会津戦争の悲劇

『守城の人 明治人柴五郎大将の生涯』村上兵衛
・『日本人の底力 陸軍大将・柴五郎の生涯から』小山矩子
『國破れてマッカーサー』西鋭夫
日本の近代史を学ぶ

 いくたびか筆とれども、胸塞がり涙さきだちて綴るにたえず、むなしく年を過して齢(よわい)すでに八十路(やそじ)を越えたり。
 多摩河畔の草舎に隠棲すること久しく、巷間に出づることまれなり。粗衣老軀を包むににたり、草木余生を養うにあまる。ありがたきことなれど、故郷の山河を偲び、過ぎし日を想えば心安からず、老残の身の迷いならんと自ら叱咤(しった)すれど、懊悩(おうのう)流涕(りゅうてい)やむことなし。
 父母兄弟姉妹ことごとく地下にありて、余ひとりこの世に残され、語れども答えず、嘆きても慰むるものなし。四季の風月雪花常のごとく訪れ、多摩の流水樹間に輝きて絶えることなきも、非業の最期を遂げられたる祖母、母、姉妹の面影まぶたに浮びて余を招くがごとく、懐かしむがごとく、また老衰孤独の余を憐れむがごとし。
 時移りて薩長の狼藉者も、いまは苔むす墓石のもとに眠りてすでに久し。恨みても甲斐なき繰言(くりごと)なれど、ああ、いまは恨むにあらず、怒るにあらず、ただ口惜しきことかぎりなく、心を悟道に託すること能わざるなり。

【『ある明治人の記録 会津人柴五郎の遺書』石光真人〈いしみつ・まひと〉編著(中公新書、1971年)以下同】

 柴五郎は会津藩の上級武士の家に生まれた。会津戦争に敗れ、斗南(となみ/下北半島)の地で少年時代を極貧のうちに過ごした。その後12歳で単身上京。陸軍幼年学校、陸軍士官学校で学ぶ。士官学校の同期に秋山好古〈あきやま・よしふる〉がいる。柴はフランス語・シナ語・英語に堪能。北清事変(義和団の乱)で8ヶ国の公使館連合で抜きん出たリーダーシップを発揮し世界各国から絶賛される。これがきっかけとなって日英同盟(1902-23年)が結ばれる。そして1919年(大正8年)に陸軍大将となる。

 冒頭「血涙の辞」はこう締め括られる。

 悲運なりし地下の祖母、父母、姉妹の霊前に伏して思慕の情やるかたなく、この一文を献ずるは血を吐く思いなり。

 それは単なる形容詞ではなかった。柴五郎は大東亜戦争の敗北を見届け、85歳で割腹自殺を図る。だが衰えた力は止(とど)めを刺すに至らなかった。その怪我によって死亡したことを思えば自決は成功したと見るべきか。

 村上兵衛〈むらかみ・ひょうえ〉の批判について一言書いておこう。

 少年時代の五郎の自筆回顧録は、ほとんど同じ内容の和綴じの3冊が遺されていることが判った。その1冊が底本となって、『ある明治人の記録』(石光真人著)もすでに出版されているが、潤色がある。私はそれには拠らなかった。(「あとがき」)

【『守城の人 明治人柴五郎大将の生涯』村上兵衛〈むらかみ・ひょうえ〉(光人社、1992年/光人社NF文庫、2013年)】

「潤色」との一言が嫌な匂いを放つ。せめて石光本人に確認すべきではなかったか。そもそも石光は「この書は柴五郎翁が、死の3年前に、私に貸与されて校訂を依頼された、少年期の記録である。その折、特に筆者保存を許され、さらに内容については数回お話をうかがった」(「本書の由来」)と記し、重ねて「内容があまりにもショッキングなものであったために、たびたびお会いして多くの補足的説明をしていただかねばならなかった。したがって本書は、草稿に、さらに聞きとったものを補足して整理したものである」と断っている。村上は「拠らなかった」としているが、実際読んでみると大きな相違は感じられない。私が気づいたのは犬の肉で父親に叱咤される場面くらいである。「潤色」は批判というよりも自著を高みに引き上げる宣伝文句と考えてよかろう。

 女子は祖母つね(81歳)、母ふじ(50歳)、太一郎妻とく(20歳)、姉そい(19歳)、妹さつ(7歳)の5名なり。これら女子の始末は、それぞれの家にまかせあり、去るもよし、籠城するもよしとのことなり。

 五郎少年は大叔母に誘われてキノコ狩りへ出掛けた。それが女家族との永訣となる。会津戦争(1868年)が勃発したのだ。

 戦闘に役立たぬ婦女子はいたずらに兵糧を浪費すべからずと籠城を拒み、敵侵入とともに自害して辱めを受けざることを約しありしなり。

 会津では男児に武士道を教えるのは女性の役割だった。「江戸時代は200年以上にわたって 戦乱のない世界史上では ミラクル・ピースと言われる 平和な時代だった」(『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論』小林よしのり)。それゆえ武士道は「生きる規範」として伝えられた。死を覚悟する生きざまは日常的に教えられた。

 清助翁まず奥の部屋より難民を去らしめてのち、余を招き身じまいを正して語る。
「今朝のことなり、敵城下に侵入したるも、御身の母をはじめ家人一同退去を肯(き)かず、祖母、母、兄嫁、姉、妹の5人、いさぎよく自刃されたり。余は乞われて介錯いたし、家に火を放ちて参った。母君臨終にさいして御身の保護養育を委嘱されたり。御身の悲痛もさることながら、これ武家のつねなり。驚き悲しむにたらず。あきらめよ。いさぎよくあきらむべし。幼き妹までいさぎよく自刃して果てたるぞ。今日ただいまより忍びて余の指示にしたがうべし」
 これを聞き茫然自失、答うるに声いでず、泣くに涙流れず、眩暈(めまい)して打ち伏したり。幾刻経たるや知らず、肩叩かれて引きおこさるれば、すでに夜半なり。

 これが8歳の子供に起こった現実であった。『セデック・バレ』そのものである。会津藩はルワンダと化した。

 あれは何時のことだったろう……? 二人だけのとき、【さつ】が懐ろからそっと懐剣を出して見せ、
「いざ大変のときは、わたしもこれで黄泉路(よみじ)に行くのよ」と、誇らしげに五郎に言ったことがあった。
「ふん、生意気な……」
 五郎は、そんなことが起ころうなど、だいいち現実のこととは思えなかった。いや、はるかに遠い、遠い夢のできごと……といった感じで、妹の「たわごと」を聞いたような気もする。しかし、いま大叔父からの報知に接して、あのときの妹の顔が、【うっとり】とあどけない表情で、まざまざと脳裏に立ち戻ってくるのであった。

【『守城の人 明治人柴五郎大将の生涯』村上兵衛〈むらかみ・ひょうえ〉(光人社、1992年/光人社NF文庫、2013年)】

 さつは7歳だった。村上本によれば母親が胸を突いたという。功成り名を遂げた柴五郎は晩年に至って書くことで再び会津戦争を生きたのだろう。「この一文を献ずるは血を吐く思いなり」――。その思いを肚(はら)で受け止めようと渾身の力で踏みとどまる。「勝てば官軍」の陰にはこれほどの悲劇があった。とてもじゃないが西郷隆盛を尊敬する気は起こらない。

ある明治人の記録―会津人柴五郎の遺書 (中公新書 (252))

日英同盟を軽んじて日本は孤立/『日本自立のためのプーチン最強講義 もし、あの絶対リーダーが日本の首相になったら』北野幸伯

2015-11-26

幕末会津の生活誌/『武家の女性』山川菊栄


『逝きし世の面影』渡辺京二
『明治維新という過ち 日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト』原田伊織
『龍馬の黒幕 明治維新と英国諜報部、そしてフリーメーソン』加治将一

 ・幕末会津の生活誌

・『覚書 幕末の水戸藩』山川菊栄
・『武士の娘』杉本鉞子
『ある明治人の記録 会津人柴五郎の遺書』石光真人
『守城の人 明治人柴五郎大将の生涯』村上兵衛
『國破れてマッカーサー』西鋭夫

 おじいさんは十二、三から十四、五くらいのあどけない娘たちが、一日ろくに口もきかずにせっせと針を動かしているのを見て、いじらしくて堪(たま)らなくでもあったのでしょう。そして何とかしてくつろがせ、慰めてやりたくて堪らなかったのでしょう。ときどき余興を始めます。
 「ねえお師匠さん、いいでしょう、あれを出して下さいよ、ね、お師匠さん」
と、大きなおじいさんが小さなお師匠さんのそばに来て、何かしきりにせがみます。
 「まあ今日はおやめになった方がようございましょう」
とお師匠さんは相手にならず、針を放そうともしません。おじいさんは赤ん坊のようにお師匠さんの傍ににじりよって、おねだりして離れません。
 「まあそんなことをいわないで、あれを出して下さいよ、ねえお師匠さん、ねえ」
いつまでもやめないので、お師匠さんも仕方なしに立っていって、奥の長持をあけて何やら出す様子です。やがておじいさんは、郡内(ぐんない)の表にお納戸甲斐絹(なんどかいき)の裏をつけた客夜具(やぐ)を着て――それがうちかけのつもりなのです――右の手には用心棒という六尺の樫(かし)の棒を杖につき、猟にでもいく時のものでしょう、大きな竹の皮の笠(かさ)を左手にもち、一生懸命細い、かわいらしい声を出して、
 「もうしもうし、関を通して下さんせ」
と関寺の小町姫になって現われます。裃(かみしも)に大小でもささせたら御奉行様くらいには見えそうな、目の大きな、鼻の高い、立派な顔だちの人ではありましたが、何しろ酒やけの赤ら顔で、頭は禿げ上がり、紫色の大きな厚い唇をした大入道のこと、それが半幅の袖口のついた郡内縞の大夜着(やぎ)を着て、精一杯かわいらしい声を振りしぼって小町姫を踊るのですから、若い娘たちは、お腹を抱えて笑わずにはいられません。座敷中、仕立物もそっちのけにして、笑いどよめくのを見ておじいさんは大得意、嬉しくて堪らないのでした。

【『武家の女性』山川菊栄〈やまかわ・きくえ〉(三国書房、1943年/岩波文庫、1983年)以下同】

「おじいさん」は石川富右衛門という老藩士、「お師匠さん」は細君である。水戸藩士青山延寿〈あおやま・のぶとし〉の娘・千世(ちせ)が山川菊栄の母。幕末会津の生活誌を生き生きとした筆致で綴る。当時、「自分の着物を自分で縫えるようになること」が女性の嗜(たしな)みであったという。

 それにしても、まるで実際に見てきたような描き方である。母が語る過去の鮮やかな精彩が読者にまで伝わってくる。菊栄は婦人問題研究家、夫の山川均はマルクス主義者であった。初版は戦時中に刊行されており思想色は見られない。藤原正彦がお茶の水女子大の読書ゼミで採用し、広く知られるようになった(『名著講義』2009年)。

 石川富右衛門があずかった少女たちを可愛がる様子は、それこそ目に入れても痛くないといった風で微笑ましい。娘たちが縫った着物に少しでもケチがつくと大変な剣幕で抗議をしたという。何も知らない千世のもとに客が詫びを入れにわざわざ訪れたことが書かれている。

 この石川さん夫婦は烈公以前の哀公時代、すなわち文化文政の、のんびりした華やかな時代に青年期を送り、芝居も遊芸も自由に楽しめた時代に育った人でした。したがって芸ごとにも明るく、人柄ものびのびしていました。とはいってもこのおじいさんはただの好々爺(こうこうや)ではなく、きかん気で有名な人だったのです。この人がまだ若い自分たいそう尿やで意地悪の役人があり、新参の下役をコキ使ったり、苦しめたりして嫌われていました。その人の下役にこのおじいさんがなった時には、さてあのきかん気の石川が無事にすむだろうか、とみな心配しました。間もなく、その意地悪の上役と石川さんとが一所に御殿に宿直することになりましたが、翌朝、上役は例の通り、いばりくさって、石川さんに洗面のお湯をもってこいと命じました。持ってきたお湯は、いつもやかましくいうことですから、熱からず、ぬるからず、ちょうどいい加減のものと思ったのでしょう、上役はいきなり両手を突込みました。ところがグラグラ煮立っていたのですから堪りません。
 「アツツ」
と叫んで取り出した両手はただれたように赤くなっています。すると傍で見ていた石川さんは、
 「ヤアやけどか、やけどなら灰がいい」
というかと思うと、いきなり火鉢の灰をパッとかぶせました。居合わせた者は気をのまれて声も立てず、やけどの上に灰まみれになった相手も、大男で力持ちの石川さんが仁王立ちになっているのを見て、刀をぬこうともしませんでした。その上役にはみな困りぬいていたこととて、一人の同情者もなく「石川はよくやった」、「石川でなければああはできない」などという者ばかり。石川さんは何のお咎(とが)めもなく他の役に転勤を命ぜられて、その意地悪の上役とは無関係の地位におかれただけ、儲(もう)けものをしたのでした。このことがあってから、身分はいたって低いのでしたが、石川富右衛門といえば誰知らぬ者もなくなったそうです。
 石川さんに会っては、さすがの藤田東湖もこっぱみじんです。
 「何あの古着屋が」
と、てんで問題にしません。

 烈公とは徳川斉昭〈とくがわ・なりあき〉(1800-60年)で最後の将軍・慶喜〈よしのぶ〉の実父。哀公は斉昭の養父・徳川斉脩〈とくがわ・なりのぶ〉(1797-1829年)である。藤田東湖は斉昭の腹心で明治維新を染め抜いた水戸学の大家。

 会津には名君・保科正之(1611-73年)が定めた「会津家訓(かきん)十五箇条」が伝わる。また10歳未満の子弟には「什(じゅう)の掟」が脈々と叩き込まれる。「ならぬことはなならぬものです」というあれだ。寄り合いでは必ず前日に「掟を守ったかどうか」を確認し合う。そして破った者には制裁が加えられる。「什」はきわめて民主的に運営されており、判断が難しい場合は年長者に知恵を借りた。陪審員裁判の先駆か。現在は「あいづっこ宣言」として児童が唱える。

 石川の大暴れには「卑怯な振舞をしてはなりませぬ」「弱い者をいぢめてはなりませぬ」の精神が垣間見える。悪を許さぬ激情と少女たちへの愛情は表裏一体だ。石川の真剣さは明確な殺意となって相手に伝わったことだろう。

 私が幼かった頃はまだ「弱きを助け強きを挫(くじ)く」気風が残っていた。陰湿ないじめを見たことがない。やがて戦後教育の成れの果てが校内暴力・家庭内暴力を引き起こす。長幼の序は崩壊した。1970年代後半のことである。

 社会におけるタテの関係がズタズタになったまま日本はバブル景気へ向かう。バブルが弾けた後、オウム真理教によるテロ事件や女子中高生による援助交際が露見した。かつての日本にはあり得ない変化であった。

 千世刀自(とじ)のように生き生きと語るほどの過去が私にあるだろうか? 豊かな時代になればなるほど些末な人生を生きる羽目に陥る。都会で育てば「兎追ひし彼の山」も「小鮒釣りし彼の川」もない。祖国を思う心を否定した挙げ句、郷土を愛する気持ちすら失いつつあるような気がしてならない。

武家の女性 (岩波文庫 青 162-1)

2015-11-25

【佐藤優】くにまるジャパン 2015年11月20日(金)

小林よしのり


 1冊読了。

 160冊目『国民の遺書 「泣かずにほめて下さい」靖國の言乃葉100選』小林よしのり責任編集(産経新聞出版、2010年)/靖国神社で販売されている『英霊の言乃葉』の第1~9輯(しゅう)の選集。産経新聞出版社が小林に選者を依頼した。一気に読むこと能(あた)わず。私は北海道で生まれ育った。北海道民の多くは移住者や引揚者で住んでから4世代ほどしか経っていない。先祖や家という概念が稀薄で、離婚率が高い理由もそこにあるのだろう。その私が生まれて始めて「父祖の思い」を知った。靖国神社に祀られている英霊は国事に殉じた人々で、ペリー来航から大東亜戦争までの期間に及ぶ。これすなわち日本の近代化に殉じた人々と言い換えてもよかろう。私は敢えて本書を薦めない。特攻隊や死刑となった人々の生きざまが台風のごとく読み手の感情を翻弄する。その激しい風に耐え、両足を知性という大地に下ろすことのできる者のみが読むべきであろう。まして本書の言葉を声高に吹聴する輩など断じて信用すべきではない。飽くまでも自分が向き合う言葉なのだ。併せて読むべきは『きけ わだつみのこえ 日本戦没学生の手記』日本戦没学生記念会編、『今日われ生きてあり』神坂次郎、『月光の夏』毛利恒之、『新編 知覧特別攻撃隊』高岡修編、『保守も知らない靖国神社』小林よしのり、『イタリア抵抗運動の遺書 1943.9.8-1945.4.25』P・マルヴェッツィ、G・ピレッリ編など。

上野正彦、周東寛、他


 2冊挫折、2冊読了。

金融世界大戦 第三次大戦はすでに始まっている』田中宇〈たなか・さかい〉(朝日新聞出版、2015年)/ウェブサイトの記事をまとめたもの。恐ろしく読みにくい。ページ下の余白も気になる。

ありふれた祈り』ウィリアム・ケント・クルーガー:宇佐川晶子〈うさがわ・あきこ〉訳(ハヤカワ・ポケット・ミステリ、2014年)/「もしもし」(13ページ)は致命的な翻訳ミス。翻訳というよりは日本語の問題である。「もしもし」は電話を掛けた人が使う言葉で、受けた人が言うのは誤り。「もしもし、道をお尋ねしますが」のもしもしと一緒だ。もともとは「申し申し」。早川書房の校正の甘さを嗤(わら)う。

 158冊目『糖尿病・高血圧・脂肪太り ぜんぶよくなるタマネギBOOK』周東寛〈しゅうとう・ひろし〉監修(GEIBUN MOOKS、2010年)/芸文社の月刊誌『はつらつ元気』から派生したムック本。画像とフォントのバランスがよい。記事も及第点。最近読んできたタマネギ本の中では一押し。周東寛は南越谷健身会クリニック院長。書籍タイトルや体験談が薬事法を踏み越えているが、ま、ご愛嬌ということで。

 159冊目『自殺の9割は他殺である 2万体の死体を検死した監察医の最後の提言』上野正彦(カンゼン、2012年)/良書。ラストメッセージの味わいあり。上野は1929年生まれ。もの言わぬ死体のメッセージを上野が翻訳する。いじめ自殺に寄り添う心が胸を打ってやまない。

2015-11-23

朝倉慶、落合莞爾、井上章一、他


 3冊挫折、2冊読了。

つくられた桂離宮神話』井上章一(弘文堂、1986年/講談社学術文庫、1997年)/批判のあり方としては王道を歩む本である。「桂離宮の発見者」と目されているブルーノ・タウトだが、その前後の美術界における言動を詳細に検証する。この手法は歴史や宗教にも応用されてしかるべきだ。中ほどまで読むも、同じような話の繰り返しが目立つ。併読する書籍が少なければ読み終えたことだろう。

フライパンでつくる 美腸 グラノーラ』小林暁子〈こばやし・あきこ〉(角川SSCムック、2014年)/本の構成が悪い。判型も妙に横幅が長い。テキストのバランスが悪く読むに堪えないクソ本である。やたらと店の紹介をするのもおかしい。立ち読みで十分だ。

堕ちた庶民の神 池田大作ドキュメント』溝口敦(三一書房、1981年)/『池田大作 「権力者」の構造』の増補版であった。池田の会長辞任を巡って再商品化したのだろう。

 156冊目『逆説の明治維新』落合莞爾監修(別冊宝島、2015年)/なかなか面白かった。明治維新の全体的な流れがよくわかった。落合は徳川慶喜を高く評価する。戊辰戦争(1868-69)については薩長土の低い身分の者どもを士族に引き上げる報奨を与える目的があったと指摘。いくばくかの疑問あり。

 157冊目『もうこれは世界大恐慌 超インフレの時代にこう備えよ!』朝倉慶〈あさくら・けい〉(徳間書店、2011年)/この人の情報は部分的に読むのが正しいと思われる。とにかく芸風が酷い。ひたすら投資家の不安を煽る手口で怪文書並みの文体となっている。「奥さん、大変ですよ!」ってな感じだ。その軽さが信用ならない。まして巻末で船井幸雄を持ち上げるに至っては何をか言わんやである。炎上商法の亜流か。

歴史という名の虚実/『龍馬の黒幕 明治維新と英国諜報部、そしてフリーメーソン』加治将一


『逝きし世の面影』渡辺京二
『明治維新という過ち 日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト』原田伊織

 ・歴史という名の虚実

『武家の女性』山川菊栄
『ある明治人の記録 会津人柴五郎の遺書』石光真人
『守城の人 明治人柴五郎大将の生涯』村上兵衛
『國破れてマッカーサー』西鋭夫

 私はこの世に歴史はないと思っている。
 電車は通過しても線路の上に存在するが、事象は通過したとたんに消えてなくなる。残るのは、怪しげな書簡と危うい遺跡と心許(こころもと)ない口伝(くでん)だけだ。それもごくわずか、米粒のごときである。国の支配者はそれをいいことに好き放題料理する。虚を実にし、実を虚にして都合よく造っていくのだ。小説家もまたしかりだ。その陽炎(かげろう)にも似た米粒を拾い集めて、自分の歴史などというものを描くのである。

【『龍馬の黒幕 明治維新と英国諜報部、そしてフリーメーソン』加治将一〈かじ・まさかず〉(祥伝社文庫、2009年/祥伝社、2006年『あやつられた龍馬 明治維新と英国諜報部、そしてフリーメーソン』改題)以下同】

 E・H・カーが「すべての歴史は『現代史』である」とのクローチェの言葉を挙げ、「歴史とは解釈である」と言い切る(『歴史とは何か』1962年)。また「歴史は武器である」(『歴史とはなにか』2001年)という岡田英弘の指摘も見逃せない。つまり「歴史は勝者によって書かれる」(『中国五千年』陳舜臣、1989年)のだ。

 偽勅と偽旗(錦の御旗の偽造)によって成し遂げられた明治維新は薩長なかんずく長州の歴史といってよい。その後「陸の長州、海の薩摩」といわれ日本は戦争へ向かう。

 明治維新を決定づけたのが薩長同盟であり、その立役者が坂本龍馬であった。本書では龍馬暗殺についても驚くべき想像を巡らせている。龍馬を英雄に持ち上げたのは司馬遼太郎であるが、最近の明治維新ものでは極めて評価が低い。「グラバー商会の営業マン」「武器商人」といった見方をされている。余談になるが勝海舟もさほど評価されていない。

「薩摩藩など新政府側はイギリスとの好意的な関係を望み、トーマス・グラバー(グラバー商会)等の武器商人と取引をしていた。また旧幕府はフランスから、奥羽越列藩同盟・会庄同盟はプロイセンから軍事教練や武器供与などの援助を受けていた」(Wikipedia)。苫米地英人は「もっとはっきりいえば、当時の財政破綻状態のイギリスやフランスの事実上のオーナーともいえたイギリスのロスチャイルド家とフランスのロスチャイルド家が、日本に隠然たる影響力を行使するため、薩長勢力と徳川幕府の双方へ資金を供給したと見るべきなのです」(『洗脳支配 日本人に富を貢がせるマインドコントロールのすべて』2008年)と指摘する。

「ヨーロッパに銀行大帝国を築いたロスチャイルド家の兄弟の母は、戦争の勃発を恐れた知り合いの夫人に対して『心配にはおよびませんよ。息子たちがお金を出さないかぎり戦争は起こりませんからね』と答えたという」(『嬉遊曲、鳴りやまず 斎藤秀雄の生涯』中丸美繪〈なかまる・よしえ〉、1996年)。戦争の陰にロスチャイルド家あり。

 本書はロスチャイルド家については触れていないが、イギリス諜報部が青写真を描き、フリーメイソンが志士たちをバックアップした様子が描かれる。

 この時代、すなわちボストン茶会事件からフランス革命までの間に、ゲーテが『若きヴェルテルの悩み』でドイツ人のハートをつかみ、ハイドンが「交響曲ハ長調」を発表。イギリスの歴史家ギボンが、かの勇名な『ローマ帝国衰亡史』を著(あらわ)し、モーツァルトが「交響曲39、40、41番」で、ヨーロッパの貴族たちを酔わせている。
 一見、なんの関係もない歴史的事実の羅列のようだが、そこにはある共通した結社が一直線に駆け抜けている。
 フリーメーソンである。
 ボストン茶会事件は、大勢のフリーメーソンが「ロッジ」と呼ばれる彼らの集会場から飛び出して引き起こしたものだし、意外かもしれないが、ゲーテ、ハイドン、ギボン、モーツァルト、彼らはみなまぎれもない、フリーメーソンである。
 アメリカの独立戦争、およびフランス革命。
 世界の二代革命の指導者層には、圧倒的多数のメンバーが座っており、ジョージ・ワシントンはフリーメーソン・メンバーの栄(は)えあるアメリカ初代大統領である。こう述べれば眉に唾を付ける人がいるが、私がフリーメーソンだという裏付は公式文書である。それ以外の人物は断言しない。

 ブログ内検索の都合上「フリーメイソン」と表記する。フランス革命のスローガンである「自由・平等・博愛」は元々フリーメイソンのスローガンであった(『エンデの遺言 「根源からお金を問うこと」』河邑厚徳〈かわむら・あつのり〉、グループ現代、2000年)。

 本書によれば本来の石工組合を実務的メイソン、その後加入してきた知識人たちを思索的メイソンと位置づける。西洋社会を理解するためにはキリスト教と結社の歴史を理解する必要がある。フリーメイソンはキリスト教宗派を超えた結社であったという。となれば当然のようにユダヤ人的国際派志向が窺えよう(『世界を操る支配者の正体』馬渕睦夫、2014年)。キーワードは金融か。

 読み物としては十分堪能できたが、如何せん誤謬がある。本書ではグラバーをフリーメイソンと断定してはいないが、グラバー邸にあるフリーメイソンのマークが刻まれた石柱を傍証として挙げる。ところがこれは後に移設されたものである(Wikipedia)。瑕疵(かし)とするには大きすぎると思う。

龍馬の黒幕 明治維新と英国諜報部、そしてフリーメーソン (祥伝社文庫)

野生動物の自己鏡像認知


 鏡に映った自分を認識できる能力を自己鏡像認知という。これができる動物としてはヒト(2歳児未満を除く)、ボノボ、チンパンジー、オランウータン、バンドウイルカ、アジアゾウ、カササギなど。ブタやイカにもある。マークテストやルージュテストで判断する。眠っている間に顔などへマーキングをし、マークに対する反応を見るもの。「但し、鏡像認知が自己意識の指標であるのか、低次な自己身体の認識の指標であるのかについては議論がある」(森口佑介、板倉昭二、2013年)。私は社会性の上から捉えることが正しいと思う。「鏡に映った自分を認識できる」ことは他人の目を意識できることを示す。ここに学習の可能性があるのではないか? 我々が日常生活の中で鏡を前にして身だしなみを整えるのも社会性の現れである。西洋においては他人の目どころか神の目まで設定した。群れ+学習を社会性といってよいだろう。






人格障害(パーソナリティ障害)に関する私見

2015-11-22

明治維新は正しかったのか?/『明治維新という過ち 日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト』原田伊織


『逝きし世の面影』渡辺京二

 ・明治維新は正しかったのか?

『龍馬の黒幕 明治維新と英国諜報部、そしてフリーメーソン』加治将一
『武家の女性』山川菊栄
『ある明治人の記録 会津人柴五郎の遺書』石光真人
『守城の人 明治人柴五郎大将の生涯』村上兵衛
『國破れてマッカーサー』西鋭夫
『日本の戦争Q&A 兵頭二十八軍学塾』兵頭二十八

 ところが、日本人自身に自国が外国軍に占領され、独立を失っていたという“自覚”がほとんどないのである。従って、敗戦に至る道を「総括」するということもやっていないのだ。ただ単純に、昨日までは軍国主義、今日からは民主主義などと囃し立て、大きく軸をぶらしただけに過ぎなかった。
 実は、俗にいう「明治維新」の時が全く同じであった。あの時も、それまでの時代を全否定し、ひたすら欧化主義に没頭した。没頭した挙句に、吉田松陰の主張した対外政策に忠実に従って大陸侵略に乗り出したのである。つまり、私たちは、日本に近代をもたらしたとされている「明治維新」という出来事を冷静に「総括」したことがないのである。極端に反対側(と信じている方向)へぶれるということを繰り返しただけなのだ。

【『明治維新という過ち 日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト』原田伊織(毎日ワンズ、2012年/歴史春秋出版、2015年1月/毎日ワンズ改訂増補版、2015年)】

 明治維新に一石を投じる内容。司馬史観に物申すといった体裁である。専門家ではないからこそ大胆な見方ができる。ただし「総括」とは左翼用語であることに留意する必要がある。

 岸田秀が吉田松陰の小児的な自己中心性を指摘している(『ものぐさ精神分析』1977年)。原田伊織は松下村塾は私塾ですらなく、吉田松陰と高杉晋作らは単なるテロリスト仲間とまで断じる。

 原田の基調は「会津史観」ともいうべきもので、会津戦争(1868年:慶応4年/明治元年)の悲劇に寄り添う感情に傾く。良し悪しは別にしてその情緒こそ本書の読みどころであろう。

 本書が会津の罪に触れていないことも注意を要する。また左巻きの連中は会津を持ち上げる傾向が強いようだ。

 明治維新という大風は不思議な現象であった。攘夷派は将棋倒しのように開国派へと鞍替えし、西洋から買い入れた武器で内戦を行っていたのである。

 尚、戊辰戦争(1868-69)については薩長土の低い身分の者どもを士族に引き上げる報奨を与える目的があったと落合莞爾が指摘している(『逆説の明治維新』2015年)。

明治維新という過ち―日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト