2016-02-28

鉄ちゃんのうどん/『今日われ生きてあり』神坂次郎


『国民の遺書 「泣かずにほめて下さい」靖國の言乃葉100選』小林よしのり責任編集
『大空のサムライ』坂井三郎
『父、坂井三郎 「大空のサムライ」が娘に遺した生き方』坂井スマート道子
『新編 知覧特別攻撃隊 写真・遺書・遺詠・日記・記録・名簿』高岡修編

 ・特攻隊員たちの表情
 ・千田孝正伍長
 ・鉄ちゃんのうどん

『月光の夏』毛利恒之
日本の近代史を学ぶ

 知ってますか、焼夷弾(しょういだん)ちゅうのは空中で一ぺん炸裂(さくれつ)し、1発の焼夷弾は70発の焼夷筒に分裂して地上に叩(たた)きこまれてくるのです。それも、前の爆撃機がまず油を撒(ま)いて飛ぶ、そのうしろからB公(B29)の大編隊がぐるっと市街地を包み囲んでその外側から焼夷弾を落していく……無差別のみなごろし爆撃ですわ。
 それに、焼夷弾は叩けば消えるから必ず消せ、と軍や役所からきびしく教えこまれていました。みんな必死でその通りにした。気がついたときは、1000度を超える高熱の、逃げ場のない焔(ほのお)の壁にとり巻かれていたのです。こんな殺生(せっしょう)なはなしがおますか。まるで、B29と日本の軍・官が共謀して大阪市民をなぶり殺しにしたようなもンでしょう。

【『今日われ生きてあり』神坂次郎〈こうさか・じろう〉(新潮社、1985年/新潮文庫、1993年)以下同】

 日本人は焼き殺された。沖縄戦では洞窟という洞窟を火炎放射器が襲った。これらの武器はナパーム弾白リン弾へと進化する。「焼き殺す」のは、やはり魔女の火刑に由来するものであろう。つまり罪深き者として神の火で焼かれるのだ。

 原爆を落とされた広島・長崎、そして大空襲のあった東京を除くと、1万人以上殺されたのは大阪府15784人、愛知県13359人、兵庫県12427人となっている(日本本土空襲 > 都道府県別被害数)。

 この章は一人の人物の証言が続く。関西弁の「語り」という文化の底力が哀切をまとって口を突く。

 分隊長をしていたのは新子(あたらし)鉄男という名のうどん職人の倅(せがれ)だった。当時14歳。大阪一のうどん屋になるのが夢だった。

 鉄ちゃんのはなしになると、どうしても受け売りのうどん話になって恐縮ですが、もうすこし辛抱して聞いてやってください。すみません。……わたしもこうして鉄ちゃんからよう聞かされましてね。(中略)
「うどんづくりは水も粉ォも大事やけど、一番むつかしいのンは塩の加減や」
 上手な料理人のことを、塩を上手につかうひと“塩番”(じょうばん)ちゅうのやぜ、と鉄ちゃんは何処(どこ)で聞いてきたのか、大人びた口ぶりでよう言うてました。また、
「うどんを打つときは何も考えず、無心で打つこと。それがコツや」
 でないと、喰(た)べおわってから“ああ美味(うま)かった”というほんののうどんは出来へんのや。

 鉄ちゃんのうどんの師匠である老舗(しにせ)松葉家の主人夫婦が疎開することになった。主は「この松葉家の焼跡で鉄ちゃん、お前(ま)はんの打ったうどんを食べて、お別れの会を盛大になりまひょ。そやさかい、お友達はナンボでも呼んで来なはれ」と伝える。

 汗まみれになって松葉家の焼跡まで辿(たど)りつくと、煉瓦(れんが)は石ころで築いた即製のかまどが二つ、その上に釜(かま)がかけられ、傍には戸板の食台、その上に丼鉢(どんぶりばち)が置かれていました。鉄ちゃんが辰一(=主人)さん夫婦に挨拶(あいさつ)をしているあいだに、わたしたちは水を汲(く)み、薪(まき)を集め、早速、湯を沸かしにかかります。うどんはすでに昨晩、鉄ちゃんと辰一さんが打ちあげて、熟(ね)かせています。
 やがて、焼跡に湯気がたちのぼり、いつも空腹で目をまわしたような顔つきをしている少年たちにはこの世のものとは思えぬダシの匂(にお)いがただよいはじめます。
「まだ、あかんぜぇ」
 鉄ちゃんは道化(おどけ)たような顔つきでわたしたちを制して、ぐらぐら沸きたっている湯でうどんをゆがき、鉢にいれダシをいれ、その最初の一杯をまず、地べたに坐りこんでいる辰一さんに、そして奥さんの喜代子さんに、3杯目を大田原軍曹に渡します。
 辰一さんは両手で抱くようにしたうどん鉢を、ちょっと拝むようなしぐさで、鉄ちゃんの差しだした割箸(わりばし)を片手にとり、前歯でぴしっと割って、ダシを一口すすり、うどんを音をたててすすりこみました。しばらくして辰一さんは、鉄ちゃんのほうにうなずき微笑しました。
「うわぁ、よかった」
 いままで、息をつめるように辰一さんの表情を■(目+貴/みつ)めていた鉄ちゃんが、思わず大きな声をだしたので、わたしたちは大わらいしました。
 鉄ちゃんはそんな笑い声は気にせず、
「新子(あたらし)分隊は唯今より、うどん攻撃にうつる」
 いいながら鉄ちゃんは、にやりとします。
「攻撃は各個前進! そうれ行けぇ!」
 箸と丼鉢をもって、いまか今かと待ちかまえていたわたしらは、手に手に見よう見真似でうどんをゆがき、ダシをそそぎ、音をたててすすりこみます。油揚(あぶらげ)もネギもないまったくの素うどんでしたが、わたしは今でも、あれほど美味(うま)いうどんは此の世にないと思うております。

 それから7日後に鉄ちゃんは焼夷弾で火だるまとなり、全身に火傷(やけど)を負って死んだ。享年14歳。大田原軍曹は鉄ちゃんが義兄弟の契りを交わした人物だった。もう一つのドラマが数十年後に判明する。証言者が知ったのは取材を受ける前年であったという。飲み屋で偶然居合わせ、意気投合した相手がなんと大田原の後輩であったという。

 玉音放送に続いて鈴木貫太郎首相が「日本は無条件降伏した」と言うや否や、大田原軍曹は軍刀を抜き払い、「天皇の軍隊に降伏があるか!」とラジオを一刀両断した。そして再び「天皇の軍隊に降伏はない!」と叫んで抗命出撃をするのである。この章は中日新聞の記事で締め括られている。大田原は佐野飛行場の上空で自爆した。

 困難な時代の中で彼らは生き生きと輝き、そして死んだ。戦後、「あの戦争は間違いだった」とGHQが洗脳した。日本人が死者に対する敬意を失った時、国家としての独立の気構えを失った。昭和20年(1945年)8月15日以降、平和が日本を蝕み続けて今日に至る。

今日われ生きてあり (新潮文庫)

1 件のコメント:

  1. うどん屋って、もしかしてイーストウッド監督の「硫黄島からの手紙」で名脇役やってるパン屋のまだ幼さを残す青年兵のモデル造形の一助となってたりするんでしょうかね。殲滅された硫黄島で、ストーリー上は何とか生き残る役でもあるのですが。

    ところで、貴ブログで古くに扱ってた
    >人間は不完全な情報システムである/『なぜ、脳は神を創ったのか?』苫米地英人
    の書籍内の87頁かの記述に、気になるものがあるのですが・・・・。
    エノラゲイには12人が搭乗してたと公式に言われてるが、実はもう一人の人物が同乗していて、それは「カトリックの神父」であった。不吉にもそれは13番目の搭乗者であった。

    という意味のような記載があるようです。後にそれを証言したのは国連総会議長だそうです。
    「不吉にも・・・」はちょっと私が付け加えた描写ですが。

    貴ブログでは、当該書物の書評は、
    >以上で前半の書評を終える。後半はまたいつか。
    で終わってるようですが、そこらについてやその「後半」書評についても聞かせてもらいたいなと勝手な願いをしておきます。

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