2016-05-14

マーティン・J・ブレイザー、サリー・ボンジャース、西山俊彦、カルロス・ルイス・サフォン、片田敏孝、他


 7冊挫折、8冊読了。

風水先生 地相占術の驚異』荒俣宏(集英社文庫、1994年)/文章が悪くてびっくりした。

検屍官』パトリシア・コーンウェル:相原真理子訳(講談社文庫、1992年)/文章が全く頭に入らず。他数冊も全部挫ける。

企業指揮官のための戦争の原則』ウイリアム・E・ピーコック:小関哲哉〈おぜき・てつや〉訳(二見書房、1986年)/オペレーションズ・リサーチといえなくもないが底の浅い内容。

U理論 過去や偏見にとらわれず、本当に必要な「変化」を生み出す技術』C・オットー・シャーマー:中土井僚〈なかどい・りょう〉、由佐美加子〈ゆさ・みかこ〉訳(英治出版、2010年)/「U理論」というネーミングがよくない。狙いはいいのだが専門用語が多すぎて読む気が失せる。わかりにくい理論を信じる必要はない。真理は単純なものだ。

ホールシステム・アプローチ 1000人以上でもとことん話し合える方法』香取一昭、大川恒(日本経済新聞出版社、2011年)/全く読めず。別世界の話である。この手の「恊働の仕組み」みたいな本は面白いのが見当たらないね。

リラックスと集中を一瞬でつくる アイスブレイク ベスト50』青木将幸(ほんの森出版、2013年)/見知らぬ人が集まった際に緊張を和らげるアトラクションの紹介本。幼稚園でやるようなものばかりで参考にならず。

魂の脱植民地化とは何か』深尾葉子(青灯社、2012年)/「叢書 魂の脱植民地化 1」。amazonレビューの「議論が足りていない」と似た印象を私も抱いた。この文章を安冨歩が解析したのが「『魂の脱植民地化とはなにか』へのアマゾンのコメントに示された魂の植民地化の構造」である。冒頭で安冨は「気持ち悪い」と書いているが、これでは批判の応酬にしか見えない。「知性の脱植民地化」ではなく「魂の脱植民地化」を目指すのであれば、宗教的な深度が求められると思う。なぜなら最終的には家族や自分自身に対しても懐疑する態度が必要となるためだ。仮に安冨の「プロファイリング」が当たっていたとしても好ましい文章とは思えない。

 59冊目『教科書には載っていない! 戦前の日本』武田知弘(彩図社、2009年/文庫化、2016年)/一部飛ばし読み。雑誌のような代物でスイスイ読める。岩波書店の小僧たちによるストライキの話が目を惹いた。

 60冊目『血の咆哮』ウィリアム・K・クルーガー:野口百合子訳(講談社文庫、2014年)/一部飛ばし読み。インディアンが登場するので何とか読み終えることができた。主人公一家の娘を巡るトラブルが必要とは思えない。出てくる女性が皆美しいのも妙だ。

 61冊目『人が死なない防災』片田敏孝(集英社新書、2012年)/片田の仕事は東日本大震災で「釜石の奇蹟」として広く知られている。強いメッセージ性が胸を打ってやまない。山村武彦著『新・人は皆「自分だけは死なない」と思っている』の後に読むのが望ましい。必読書。

 62、63冊目『風の影(上)』『風の影(下)』カルロス・ルイス・サフォン:木村裕美訳(集英社文庫、2006年)/『ユゴーの不思議な発明』→『ぼくと1ルピーの神様』→本書→『香水 ある人殺しの物語』の順に読むことをお勧めする。物語まみれ。『風の影』という稀書を巡る物語で劇中劇の趣がある。過去と現在が錯綜し、同じ音色を奏でる。舞台はスペインであるが、インディアン虐殺や闘牛文化に連なるような暴力性が垣間見える。

 64冊目『カトリック教会と奴隷貿易 現代資本主義の興隆に関連して』西山俊彦(サンパウロ、2005年)/西山は現役のカトリック司祭である。その勇気に敬意を表して最後まで読んだ。最終章で教会のあるべき理想の姿を書いていることに愕然とした。どのような事実があろうとも人は神を信じることができるのだ。振り上げた拳は過去に向かって放たれるが、神には向かわない。運命を司る神を疑うべきではないのか?

 65冊目『わかっちゃった人たち 悟りについて普通の7人が語ったこと』サリー・ボンジャース:古閑博丈〈こが・ひろたけ〉訳(ブイツーソリューション、2014年)/一気読み。7人が全く同じことを語っている。仏教では無色界の非想非非想処(ひそうひひそうしょ/有頂天)と涅槃を峻別するが、彼らはどこに位置するのだろうか? その辺の宗教者よりはずっと高みにいるように思われる。やたらとトニー・パーソンズの名前が出てくる。長年に渡る疑問の一つが本書を読んで氷解した。

 66冊目『失われてゆく、我々の内なる細菌』マーティン・J・ブレイザー:山本太郎訳(みすず書房、2015年)/あらゆる生き物は膨大な数の細菌と共にマイクロバイオームを構成している。人体においては細胞の数よりも細菌の方が多いそうだ。人類と長らく進化を共にしてきたその細菌が抗生物質などによって破壊されている。ピロリ菌は潰瘍の原因とされるが、同時に喘息やアレルギーを防ぐ役割があることを著者は突き止める。またヒトは母胎にいる時は無菌状態だが産道で母親から細菌を譲り受ける。帝王切開だと細菌の受け渡しができない。これが様々な現代病の原因になっている可能性が高いと指摘する。自信をもってお勧めできるが250ページで3200円は高い。紙質も悪く、原注が巻末にあるのも不親切だ。

2016-05-12

パナマ文書と世界経済の行方


 関岡英之の冒頭の指摘が重要である。SDRについてはドル基軸体制からSDR基軸体制に向かうとの指摘もある。

強欲な人間が差別を助長する/『マネーロンダリング入門 国際金融詐欺からテロ資金まで』橘玲


 ・強欲な人間が差別を助長する

『タックスヘイブンの闇 世界の富は盗まれている!』ニコラス・ジャクソン
『タックス・ヘイブン 逃げていく税金』志賀櫻
税金は国家と国民の最大のコミュニケーション/『消費税は民意を問うべし 自主課税なき処にデモクラシーなし』小室直樹

【マネーロンダリング Money Laundering】
 資金洗浄。タックスヘイブンやオフショアと呼ばれる国や地域に存在する複数の金融機関を利用するなどして、違法な手段で得た収益を隠匿する行為。テロマネーやトラフィッキング(麻薬・武器密売・人身売買など“人道にもとる”犯罪)にかかわる資金が「マネロン」の主な対象となる。法的には脱税資金の隠匿はマネーロンダリングに含まれないが、広義には所得隠しなど裏金にかかわる取引を総称することもある。
【タックスヘイブン Tax Haven】
 租税回避地。金融資産の譲渡益や利子・配当所得に課税されず、相続税・贈与税がなく、国外(域外)で得た所得に対して所得税・法人税が課されないなど、富裕な個人や企業・機関投資家に多大の便宜を提供している国や地域。モナコ、リヒテンシュタインなどヨーロッパの小国、ケイマン諸島などカリブ海の島々、バヌアツなど南太平洋の島々がよく知られている。
【オフショア Offshore】
 国内金融機関(オンショア)から隔離され、税制などの優遇措置を与えられた国際金融市場の総称。狭義にはタックスヘイブンを指す。
【オフショアバンク Offshore Bank】
 オフショアに設立された銀行。国外(域外)の個人・法人を顧客とし、ドル・ユーロ・ポンドなど主要通貨の外貨口座を持ち、現地通貨は扱わない。

【『マネーロンダリング入門 国際金融詐欺からテロ資金まで』橘玲〈たちばな・れい〉(幻冬舎新書、2006年)以下同】

 オフショア企業の設立・管理および資産管理サービスの提供をしてきたモサック・フォンセカ法律事務所の機密情報が漏洩(ろうえい)した。ご存じ、パナマ文書である。WikiLeaksのデータ量が1.7GBであったのに対し、パナマ文書は2.6TBと伝えられる。およそ1500倍という桁外れの情報量だ。

 マネーは意志を持っている。金融マーケットに流れ込むマネーは基本的に剰余資金である。今、なぜダウ平均株価が上昇しているのか? マーケットにマネーが集まっているからだ。債券であれ通貨であれコモディティ(商品)であれ原理は一緒である。マーケットを動かすのはマネーの量である。

 そしてマネーは増殖を求めてリターンの大きいマーケットを目指す。確かな意志を持って。

 多くの人が誤解しているが、プライベートバンクは本来、「個人のための」銀行ではなく「個人所有」の銀行のことである。(中略)伝統的プラベートバンクの特徴は、オーナー一族が自らの財産で設立し、無限責任によって運営されていることだ。経営に失敗すればオーナー自身が破産するというこの仕組みが、資産の保全を臨む顧客の信用の源泉になっている。

 プライベートバンクといえばスイスが有名である。しかしながら9.11テロ以降、アメリカが断固たる態度を示し、プライベートバンクやタックスヘイブンに情報開示を迫った。もはやスイス銀行やプライベートバンクに優位性はない。テロ資金を断つために世界は共同歩調をとったかに見えた。

 マネーはグローバルな金融市場を自由に行き来するが、それを管理するのは「国家」という地理的な枠組みでしかない。プライベートバンクは市場と国家のこの制度的な矛盾を利用し、国内の法制度に穴を穿(うが)ち、司法・行政権の及ばない擬似的なタックスヘイブンをつくり出していく。

 アメリカはあろうことか自国にタックスヘイブンを用意した。デラウェア州である(世界最悪のタックスヘイブンはアメリカにある)。タックスヘイブンといえばケイマン諸島やバミューダ諸島が知られているが、いずれもイギリス領だ。で、世界最大のタックスヘイブンはロンドンのシティ(シティ・オブ・ロンドン金融特区)といわれる。結局、アングロサクソン主導で好き勝手な真似をしているわけだ。

 富裕層や大企業はなぜ租税を回避するのだろう? ハハハ、政府が愚かだからだよ。政治家は利権に基いて予算を組む。富の再分配は阻害される。政府は常に無駄な予算を組み、天下りを容認し、他方では国民に増税を求める。

 優れた国家があれば、高額な税負担は誇りとなるはずである。強い者が弱い者を助けるのは当たり前だ。チンパンジーの世界ですら利益分配は行われている(『共感の時代へ 動物行動学が教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール)。


 ――いまの離職率が高いのはどう考えていますか。
「それはグローバル化の問題だ。10年前から社員にもいってきた。将来は、年収1億円か100万円に分かれて、中間層が減っていく。仕事を通じて付加価値がつけられないと、低賃金で働く途上国の人の賃金にフラット化するので、年収100万円のほうになっていくのは仕方がない」

 ――付加価値をつけられなかった人が退職する、場合によってはうつになったりすると。
「そういうことだと思う。日本人にとっては厳しいかもしれないけれど。でも海外の人は全部、頑張っているわけだ」

「年収100万円も仕方ない」ユニクロ柳井会長に聞く/朝日新聞DIGITAL 2013年04月23日

 それ(経営者としての仕事)ができないのであれば、当然ですけど、単純労働と同じような賃金になってしまう。

甘やかして、世界で勝てるのか ファーストリテイリング・柳井正会長が若手教育について語る/日経ビジネスONLINE 2013年4月15日

 二つ目のインタビューでは「『ブラック企業』という言葉は、これまでの旧態依然とした労働環境を守りたい人が作った言葉だと思っています」とも語っている。ユニクロの離職率は3年で5割、5年で8割を超える(ユニクロ 「離職率3年で5割、5年で8割超」の人材“排出”企業)。

 経営の才能はあるのだろうが人間としての魅力は全く感じられない。強欲な人間が差別を著しく助長する。使い切れないほどのおカネを持つ連中が更に稼ごうと人件費を抑制する。租税を回避するのは最高の節税対策となる。

 世界各国の金融緩和でジャブジャブになったマネーがマーケットに集まり、貧富の差を極限化している。今年から来年にかけて緩和マネーバブルも崩壊へ向かうことだろう。

 富める者を支えているのはネットカフェ難民やホームレスかもしれない。彼らの存在があればこそ低賃金労働は成り立つ。極度の貧困は国家を毀損(きそん)する。富の再分配ができないのであれば、国家というコミュニティは不要だろう。

マネーロンダリング入門―国際金融詐欺からテロ資金まで (幻冬舎新書)

2016-05-10

歌詞の乱れに歌を解く鍵がある/「ホームにて」中島みゆき


 中島みゆきの「ホームにて」を繰り返し聴いている。「わかれうた」のB面だったとは知らなかった。上島竜兵が号泣しながら歌い、有吉弘行が思わず声を詰まらせる曲でもある。

 どうも腑に落ちなくて歌詞を調べた。私はずっと「もうやる瀬ない」だと思い込んでいたのだが、実際は「燃やせない」だった。で、もっとびっくりしたのは帰郷の歌ではなかったことだ。これは実に複雑な歌詞である。

巨大ターミナル上野駅で駅長が自らホームにて呼びかけることはないと思います」との疑問が湧くのも当然だ。同じような質問が他にもある(駅長はなぜ街なかに叫ぶ?)。そこで不詳わたくしが解説を試みる。

 実は歌詞の乱れに歌を解く鍵がある。シングルが発売されたのは中島みゆきが25歳の時だ。

 先ほど紹介した二つ目の質問にある「乗れる人」という言葉は当初、北海道に多い「ら抜き言葉」かと思ったがそうではない。明らかにおかしな言葉である。この冒頭で早くも自分が「乗れない人」であることを示唆しているのだ。

「やさしい声の駅長」が「叫ぶ」のもおかしい。駅のアナウンスを主観で捉えた表現なのだろう。「振り向けば」――主人公はこの期に及んでも汽車に背を向けている。車内が明るいのは「灯り」のせいではない。家族の元に向かう人々の浮き立つような心境によるものだ。

「かざり荷物」とは田舎に帰れば必要ではないものだろう。

 変則的な歌詞で1番の後半が2番の前半となっている。「白い煙」で汽車が蒸気機関車を意味していることに気づく。北海道では国鉄を汽車と称する。Wikipediaの3番目に該当する。地方では珍しくないようだ(鉄道の呼称としての汽車・電車・列車)。

「ネオンライト」も正しくは「ネオンサイン」だろう。しかしながらライトに照らされた乗車券の存在感が伝わってくる。なぜ「燃やす」のか? なぜ千切って捨てないのか? まだ、くすぶっている思いがある。やり残した何かがある。それを成し遂げるまでは、やみ難い望郷の思いを「燃やし尽くす」必要があるのだ。ただ単に帰りたくても帰れない事情があるのではなく、「まだ帰らない」との覚悟を静かに歌っているのだ。だからこそ「乗れない」し、乗らなかったのだ。それでも尚、心はふるさとへ向かう。

 ふるさとには自分の居場所がある。都会には職場しかない。心を許せる友達もそう簡単には見つからない。そんな寄る辺ない孤独な青春の心情を歌い上げているのだ。

 最後に秀逸なレビューを紹介しておく。

「ホームにて」あれこれ (1): 今ゆくべき空へ
「ホームにて」あれこれ (2): 今ゆくべき空へ



あ・り・が・と・う