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2022-01-17

コネクターがハブになる/『新ネットワーク思考 世界のしくみを読み解く』アルバート=ラズロ・バラバシ


『新版 人生を変える80対20の法則』リチャード・コッチ

 ・天才オイラーの想像を絶する記憶力
 ・コネクターがハブになる

『複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線』マーク・ブキャナン
『急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則』(旧題『ティッピング・ポイント』)マルコム・グラッドウェル
『歴史は「べき乗則」で動く 種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学』マーク・ブキャナン

 大好きな玩具をばらばらにしてしまった子供を見たことはあるだろうか? 元通りにできないとわかって、その子供は泣き出したのではないだろうか? ここで読者に、決して新聞記事にならない秘密の話を教えてあげよう。それは、われわれは宇宙をばらばらにしてしまい、どうやって元に戻せばいいのかわからないでいるということだ。前世紀、われわれは何兆ドルもの研究資金を注ぎ込んで自然をばらばらに分解したが、今はこの先どうすればいいのか手がかりのない状況なのである――何か手がかりがあるとすれば、さらに分解を続けていくことぐらいだ。

【『新ネットワーク思考 世界のしくみを読み解く』アルバート=ラズロ・バラバシ:青木薫訳(NHK出版、2002年)】

 不勉強を恥じておこう。既に紹介した『複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線』は本書のパクリだった。ただし、読みやすさではマーク・ブキャナンに軍配が上がる。いずれにしてもこの2冊の作品は、グローバリズムを避けられない現代にあっては不可欠のテキストとなることだろう。それにしても、世界には恐るべき才能が存在するものだ。著者のアルバート=ラズロ・バラバシ氏は1967年生まれというのだから驚かされる。

 1990年代には「要素還元主義」という批判のための用語があった。まだコンピュータの黎明期で科学の動きがどんよりと鈍っていたこともあったのだろう。「バラバラにしても宇宙の仕組みがわかるわけはないぜ」というわけだ。ところがその後、量子力学と複雑系が歩幅を一気に伸ばした。更に脚の回転が増すに連れて、要素還元主義という言葉は聞かれなくなった。

「どんな社会階級にも、友人や知人を作る並はずれたコツを身につけた人が少数存在する。そういう人たちがコネクターなのだ」

 昔だと町の顔役、世話好きのおかみさんなど。友達を作るのが上手い人って必ずいるよね。私の周囲だとイガラシとか太郎先輩など。コネクターがハブ(車軸)となってスモールネットワークは六次元に収まる(六次の隔たり)。

 ネットワークのノードはどれも平等であり、リンクを獲得する可能性はどのノードも同じである。しかしこれまで見てきた実例が教えているように、現実はそうなっていない。現実のネットワークでは、リンクがランダムに張られたりはしないのだ。リンクを呼び込むのは人気である。リンクの多いウェブページほど新たにリンクを獲得する可能性が高く、コネの多い俳優ほど新しい役の候補に挙がりやすく、頻繁に引用される論文はまた引用される可能性が高く、コネクターは新しい友だちを作りやすい。ネットワークの進化は、優先的選択という、デリケートだが情け容赦のない法則に支配されている。われわれはこの法則に操られるようにして、すでに多くのリンクを獲得しているノードに高い確率でリンクするのである。

 ツイッターだとフォロワー数の多い人ほどフォロワーが増え、少ない人ほど変化が乏しい。ブログの記事も同様だ。はてなブックマークを見るとよくわかる。

 恐ろしい実例もある。性感染症を拡大させるのはモテ男とモテ子なのだ。「お前ら、何人とヤッてるんだよ?」ってな話である。美男美女は子孫を残せる確率が高いということだ。もう一歩突っ込むと、美形という事実が進化上の優位性を示していると人々は判断するのである。

 コネクターがハブになり、ティッピング・ポイント(閾値〈いきち〉)を超えると流行現象があらわれる。病気だと感染拡大。宗教や文化もこうして広まったのだろう。人々の間で怒りや憎悪が伝染すると戦争につながる。その背景には寒冷化や空腹などが絡んでいる。戦争と平和は単なる政治次元の問題ではないのだ。

 何かを流行させようと目論んでいる人はコネクターを探すのが手っ取り早い。それで失敗したのがタレントを使ったステルスマーケティングだった。大衆の欲望は移ろいやすく当てにならない。だが、テレビやメディア、はたまたネット上を覆い尽くす広告を眺めていると、何が嘘で何が真実かが見えなくなる。実際の人間関係よりもネット上のつながりの方が多く、動きも軽い。新時代の教祖はウェブ上に現れると予想する。

2022-01-16

天才オイラーの想像を絶する記憶力/『新ネットワーク思考 世界のしくみを読み解く』アルバート=ラズロ・バラバシ


『新版 人生を変える80対20の法則』リチャード・コッチ

 ・天才オイラーの想像を絶する記憶力
 ・コネクターがハブになる

『複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線』マーク・ブキャナン
『急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則』(旧題『ティッピング・ポイント』)マルコム・グラッドウェル
『歴史は「べき乗則」で動く 種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学』マーク・ブキャナン

 スイスに生まれたオイラーは、ベルリンとサンクトペテルブルグで研究を行い、数学、物理学、工学のあらゆる領域に絶大な影響を及ぼした。オイラーの仕事は、内容の重要性もさることながら、分量もまた途方もなく多い。今日なお未完の『オイラー全集』は、1巻が600ページからなり、これまでに73巻が刊行されている。サンクトペテルブルグに戻ってから76歳で世を去るまでの17年間は、彼にとっては文字通り嵐のような年月だった。しかし、私的な悲劇に幾度となく見舞われながらも、彼の仕事の半分はこの時期に行われている。そのなかには、月の運動に関する775ページに及ぶ論考や、多大な影響力をもつことになる代数の教科書、3巻からなる積分論などがある。かれはこれらの仕事を、週に1篇のペースで数学の論文をサンクトペテルブルグのアカデミー紀要に投稿するかたわらやり遂げたのだ。しかし何より驚かされるのは、彼がこの時期、一行も本を読まず、一行も文章を書かなかったことだろう。1766年、サンクトペテルブルグに戻ってまもなく視力を半ば失ったオイラーは、1771年、白内障の手術に失敗してからはまったく目が見えなかったのだ。何千ページに及ぶ定理は、すべて記憶の中から引き出されて口述されたものなのである。

【『新ネットワーク思考 世界のしくみを読み解く』アルバート=ラズロ・バラバシ:青木薫訳(NHK出版、2002年)】

スモール・ワールド現象」、「六次の隔たり」に息を吹き込んだ一冊である。パソコンが普及した背景もあり、この分野の著作が一気に花開いた。

 レオンハルト・オイラー( 1707-1783年)の全集はデジタル・アーカイブで2020年までの完成を目指しているとのこと(Wikipedia)。「ニコニコ大百科」のエピソードを読めば天才の片鱗が我々凡人にも理解できる。

 人類の課題はオイラーとガウスを超える天才数学者を輩出できるかどうかである、と言いたくなるほどこの二人の業績は他を圧倒している。

2019-03-12

自己組織化、適応的、ダイナミズム/『複雑系 科学革命の震源地・サンタフェ研究所の天才たち』M・ミッチェル・ワールドロップ


 ・自己組織化、適応的、ダイナミズム

『歴史は「べき乗則」で動く 種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学』マーク・ブキャナン
『複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線』マーク・ブキャナン
『急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則』(旧題『ティッピング・ポイント』)マルコム・グラッドウェル

必読書リスト その三

 たとえば、
(中略)
● 1987年10月のある月曜日、たった1日で株式市場が500ポイントも急落したのはなぜか。コンピュータ化した株取引に原因があったとする説が多い。だがすでにコンピュータが登場して何年も経っていた。はたして、急落がその特定の月曜日に起こった特別な理由はなかったか。
● 太古の種やエコシステムが、しばしば、化石の記録中に何百万年間と安定した姿をとどめているのはなぜか。その後それらが、地質学的には一瞬のうちに死滅するか新しいものに進化するのはなぜか。恐竜の絶滅は小惑星の衝突によるものかもしれない。だが、当時それほど多くの小惑星は存在しなかった。何かほかのことが進行してはいなかったか。
(中略)
● アミノ酸などの単純な分子からなる最初の液体は、約40億年前、どのようにして最初の細胞にその姿を変えたのか。分子がランダムに組み合わさってそうなったとは考えられない。特殊創造論者が好んで指摘するように、それが起こる確率はばかばかしいほど小さい。では、生物の創造は奇跡だったのか。それとも原初の液体の中でわれわれの理解を超える何かが起きていたのか。
(中略)
● つまるところ、生命とはなにか。それは特別に複雑な炭素化合物にすぎないのか。それとも、もっと精妙なものか。またコンピュータ・ウイルスのような創造物を、われわれはどう解釈したらよいのか。人騒がせな生命の模倣にすぎないのか。それともある根本的な意味で、本当に生きているのか。
● 心とは何か。脳という3ポンドのただの物質の塊はどのようにして感情、思考、目的、自覚といった、言葉にしがたい特質をもたらすのか。
● そしておそらくもっとも根本的なことだろうが、なぜ無ではなく何かが存在するのか。宇宙はビッグバンという無形の爆発体からはじまった。そしてそれ以来、熱力学第二法則が説くように、宇宙は無秩序、崩壊、衰退へと向かう無情な傾向に支配されつづけている。にもかかわらず、宇宙はさまざまな規模の構造を生み出してもいる。銀河、恒星、惑星、バクテリア、植物、動物、脳。いったいどのようにして? 無秩序への宇宙の欲求は、秩序、構造、組織への同じぐらい力強い欲求と釣り合っているのだろうか。もしそうなら、どうしてその二つのプロセスは同時に進行し得るのか。

 一見すると、これらの問いに共通する唯一のことは、答えはみな同じ、「だれにもわからない」ということであるように思える。中にはまったく科学的とは思えないような問いさえある。しかし、少しくわしく見てみると、じつはそこに多くの共通点がある。たとえば、これらの問いのすべてが〈複雑な〉システムと関連しているということ。(中略)
 さらに、どの場合も、まさにこうした相互作用の豊穣さが、システム全体の自発的な自己組織化を可能にしているということ。(中略)
 さらに、こうした複雑な自己組織化のシステムは〈適応的〉である。(中略)
 最後にもう一つ、こうした複雑で自己組織的な適応的システムには一種のダイナミズムがあり、それによってそのシステムは、コンピュータ・チップや雪片のようにただ複雑であるだけの静的な物体とは質的にちがったものになっている。複雑系(Complex System)はそうしたものより、より自発的、より無秩序的、そしてより活動的である。

【『複雑系 科学革命の震源地・サンタフェ研究所の天才たち』M・ミッチェル・ワールドロップ:田中三彦〈たなか・みつひこ〉、遠山峻征〈とおやま・たかゆき〉訳(新潮文庫、2000年/新潮社、1996年『複雑系 生命現象から政治、経済までを統合する知の革命』改題)】

 著者の名前は英語だと「M. Mitchell Waldrop」となっている。「M」は何なのだろう。気になるが判明せず。

 複雑系といえば、自己組織化や非平衡、散逸系、非線形、カオス理論といった専門用語で行き詰まりやすいが、大雑把にエントロピー増大則を理解すればそれでよろしい。「覆水盆に返らず」である。そしてコーヒーに入れたミルクは広がってゆく。更に風呂のお湯は時間が経つと冷める。形あるものは必ず滅びる。宇宙全体で見ればエントロピーは増大しているのだが、ミクロレベルでおかしな現象が生じる。生命体だ。生物は外部からエネルギーを取り込み平衡状態を保つ。これが自己組織化である。

 フレッド・ホイルは単細胞がランダムな過程で発生する確率は「がらくた置き場の上を竜巻が通過し、その中の物質からボーイング747が組み立てられる」ようなものだと言った。批判を目的とした極言ではあるが自己組織化を巧く言い表している。

非線形非平衡系の物理学 非平衡統計力学から見る生命現象

 複雑系ではゆらぎが未来を大きく変える。「ブラジルの1匹の蝶の羽ばたきはテキサスで竜巻を引き起こすか?」(エドワード・ローレンツ)。ビッグバンも生命誕生もゆらぎから生まれた。何もないところから何かが生まれる時、相転移というダイナミズムが働く。

 サンタフェ研究所そのものが天才たちが織りなす複雑系に見えてくる。

複雑系―科学革命の震源地・サンタフェ研究所の天才たち (新潮文庫)
M.ミッチェル ワールドロップ Mitchell M. Waldrop 田中 三彦 遠山 峻征
新潮社
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2015-05-10

限られた資源をめぐる競争/『複雑で単純な世界 不確実なできごとを複雑系で予測する』ニール・ジョンソン


『歴史は「べき乗則」で動く 種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学』マーク・ブキャナン

 ・限られた資源をめぐる競争

 現実世界に見られる複雑性は、多くの場合、系の構成要素が限られた資源――たとえば、食べ物、空間(スペース)、エネルギー、権力、富――をめぐって互いに競争を繰り広げているという状況がその核心をなしている。このような状況では、群集の出現が非常に重要な実際的影響を及ぼすことがある。金融市場や住宅市場を例にとると、手持ちの金融商品や物件を売りたい群集――彼らは互いに買い手を求めて競争している――が自然に形成されると、暴落につながって市場価格が短期間のうちに劇的に下がってしまうことがある。同じような群集現象は、同じ時間帯に通る道路上の空間をめぐって競争している車通勤者たちでも生じる。その結果が交通渋滞で、これは市場の暴落の道路交通版なのだ。このほかの例としては、インターネットにおける過負荷、停電をあげることができる。前者は利用者のアクセスが一時に集中したために特定のコンピューター・システムが使えなくなった状況だし、後者もやはり電気の利用が一時的に集中して、電力網による供給が追いつかなくなった状況なのである。戦争やテロさえも、異なる勢力どうしの暴力的な集団行動であり、同じ資源(たとえば、土地や領土や政治的権力)の支配をめぐって競争が繰り広げられていると見なせる。

 複雑性科学の究極の目標は、こうした創発現象――とりわけ重要なのは、恐ろしい結果をもたらしかねない市場の暴落、交通渋滞、感染症の世界的流行、癌をはじめとする病気、武力衝突、環境変化など――を理解し、その予測と制御を行なうことである。これらの創発現象の予測は可能なのだろうか。それとも、これらの現象は何の前触れもなく、どこからともなく姿を現わすのだろうか。さらに、いったん生じてしまったとき、われわれはその現象を制御したり操作したりできるのだろうか。

【『複雑で単純な世界 不確実なできごとを複雑系で予測する』ニール・ジョンソン:阪本芳久訳(インターシフト、2011年)】

 1+1が2+αというよりは、2xになるような事象を創発という。「がらくた置き場の上を竜巻が通過し、その中の物質からボーイング747が組み立てられる」(フレッド・ホイル)確率と似ている。分子を並べただけでDNAはできないし、同じ数の細胞を並べただけで人体とはならない。創発という概念は自己組織化散逸構造非線形科学などとセットになっている。

 生命も宇宙も熱力学第二法則に従う。エントロピーは増大するのだ。コーヒーの中に落としたミルクは拡散し、風呂の湯は必ず冷める。逆はあり得ない。時間の矢は過去から未来へ向かう。やがて人は死に、宇宙も死ぬ。分子は乱雑さを増し、一切が平均化してゆく。

 群集現象による創発は人文字を思えばよい。一人ひとりは色のついたパネルをめくっているだけだが、全体で見ると文字や絵が浮かぶ。先に書いた1+1=2xがおわかりいただけるだろう。

 交通渋滞と戦争やテロを同列に見なす視点が鋭い。特定秘密保護法や集団的自衛権に関する安倍政権批判は相変わらず「古い物語」を踏襲していて、平和を賛美する叙情的な文学のようにしか見えない。中華思想に弾圧されるチベットやウイグルの問題を正面から見据えれば、武力の裏づけを欠いた外交が実を結ぶとは思えない。戦争もできないような国家は国家たり得ない。そんな当たり前のことがこの国では忘れられているのだ。拉致問題が進展しないのも憲法の縛りがあるためだ。

 戦争はない方がいいに決まっている。だからといって反戦・平和を叫べばそれで済むというものではない。人類は数千年にわたって戦争を行ってきたわけだから、まず戦争は起こるという前提で考えるべきだろう。そして戦争に至る要因や条件を科学的に検証することで、戦争回避の手立てが見えてくるに違いない。

 複雑系科学は仏教の縁起を立証しているようで実に面白い。阪本芳久が訳した作品は外れが少ない。

複雑で単純な世界: 不確実なできごとを複雑系で予測する

2010-10-16

歴史が人を生むのか、人が歴史をつくるのか?/『歴史は「べき乗則」で動く 種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学』マーク・ブキャナン


『複雑系 科学革命の震源地・サンタフェ研究所の天才たち』M・ミッチェル・ワールドロップ
『新ネットワーク思考 世界のしくみを読み解く』アルバート=ラズロ・バラバシ
『複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線』マーク・ブキャナン
『急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則』マルコム・グラッドウェル

 ・歴史を貫く物理法則
 ・歴史が人を生むのか、人が歴史をつくるのか?
 ・政治とは破滅と嫌悪との間の選択
 ・地震はまとまって起こる

必読書リスト その三

 歴史とは物語である。より多くの人々に影響を与えた出来事を恣意的につなぎ、現代へと至る道筋を解き明かす記述である。で、誰が書くのか? それが問題だ。

 歴史を綴るのは権力者の役目である。それは権力を正当化する目的で行われる。だから都合の悪い事柄は隠蔽(いんぺい)されてしまう。削除、割愛、塗りつぶし……。歴史は常に修正され、書き換えられる。

現在をコントロールするものは過去をコントロールする/『一九八四年』ジョージ・オーウェル

 果たして歴史が人を生むのか、それとも人が歴史をつくるのか? このテーマに複雑系をもって立ち向かったのが本書である。

 では第一次世界大戦を見てみよう。

 1914年6月28日午前11時、サラエボ。夏のよく晴れた日だった。二人の乗客を乗せた一台の車の運転手が、間違った角で曲った。車は期せずして大通りを離れ、抜け道のない路地で止まった。混雑した埃(ほこり)まみれの通りを走っているときには、それはよくある間違いだった。しかし、この日この運転手が犯した間違いは、何億という人々の命を奪い、そして世界の歴史を大きく変えることとなる。
 その車は、ボスニアに住む19歳のセルビア人学生、ガブリロ・プリンツィプの真正面で止まった。セルビア人テロリスト集団「ブラック・ハンド」の一員だったプリンツィプは、自分の身に起こった幸運を信じることができなかった。彼は歩を進め、車に近づいた。そしてポケットから小さな拳銃を取り出し、狙いを定めた。そして引き金を二度引いた。それから30分経たないうちに、車に乗っていたオーストリア=ハンガリー帝国の皇子フランツ・フェルディナンドと、その妻ソフィーは死んだ。それから数時間のうちに、ヨーロッパの政治地図は崩壊しはじめた。

【『歴史は「べき乗則」で動く 種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学』マーク・ブキャナン:水谷淳〈みずたに・じゅん〉訳(ハヤカワ文庫、2009年/早川書房、2003年『歴史の方程式 科学は大事件を予知できるか』改題)以下同】

 一つの偶然と別の偶然とが出合って悲劇に至る。こうして第一次世界大戦が勃発する。1発の銃弾が1000万人の戦死者と800万人の行方不明者を生んだ。

 物事の因果関係はいつでも好き勝手に決められている。不幸や不運が続くとその原因を名前の画数や家の方角に求める人もいる。あるいは日頃の行いや何かの祟(たた)り、はたまた天罰・仏罰・神の怒り。

人間は偶然を物語化する/『人間この信じやすきもの 迷信・誤信はどうして生まれるか』トーマス・ギロビッチ

 第一次世界大戦を起こしたのは運転手と考えることも可能だ。あるいは皇子のサラエボ行きを決定した人物や学生テロリストの両親とも考えられるし、サラエボの道路事情によるものだったのかもしれない。

「歴史とは偉人たちの伝記である」と初めて言ったのは、イギリスの有名な歴史学者トーマス・カーライルである。そのように考える歴史学者にとって、第二次世界大戦を引き起こしたのはアドルフ・ヒトラーであり、冷戦を終わらせたのはミハイル・ゴルバチョフであり、インドの独立を勝ち取ったのはマハトマ・ガンジーである。これが、歴史の「偉人理論」だ。この考え方は、特別な人間は歴史の本流の外に位置し、「その偉大さの力で」自分の意志を歴史に刻みこむ、というものである。
 このような歴史解釈の方法は、過去をある意味単純にとらえているために、確かに説得力をもっている。もしヒトラーの邪悪さが第二次世界大戦の根本原因だというなら、我々はなぜそれが起こり、誰に責任を押しつけたらよいかを知ることができる。もし誰かがヒトラーを赤ん坊のうちに絞め殺していたとしたら、戦争は起こらず、数え切れない命が救われていたかもしれない。このような見方を取れば、歴史は単純なものであり、歴史学者は、何人かの主役たちの行動を追いかけ、他のことを無視してしまえばいいことになる。
 しかし多くの歴史学者はそうは考えておらず、このような考え方は歴史の動きを異様な形で模倣(もほう)したにすぎないととらえている。アクトン卿は1863年に次のように記している。「歴史に対する見方のなかで、個人の性格に対する興味以上に、誤りと偏見を生み出すものはない」。カーもまた、歴史の「偉人理論」を、「子供じみたもの」で「歴史に対する施策の初歩的段階」に特徴的なものだとして斥けている。

 共産主義をカール・マルクスの「創作物」と決めつけてしまうのは、その起源と特徴を分析することより安易であり、ボルシェビキ革命の原因をニコライ2世の愚かさやダッチメタルに帰してしまうことは、その深遠な社会的原因を探ることより安易である。そして今世紀の二度の大戦をウィルヘルム2世やヒトラーの個人的邪悪さの結果としてしまうのは、その原因を国際関係システムの根深い崩壊に求めるよりも安易なことである。

 カーは、歴史において真に重要な力は社会的な動きの力であり、たとえそれが個人によって引き起こされたものであっても、それが大勢の人間を巻き込むからこそ重要なのだと考えていた。彼は、「歴史はかなりの程度、数の問題だ」と結論づけている。

 歴史がパーソナルな要素に還元できるとすれば、その他大勢の人類はビリヤードの球である。こうして歴史はビリヤード台の上に収まる──わけがない(笑)。

 1+1は2であるが、3になることだってある。例えば1.4+1.3がそうだ。幸福+不幸=ゼロではないし、太陽+ブラックホール=二つの星とはならない。多分。

 このような事実から歴史学者がどんな教訓を引き出したとしても、その個人にとっての意味はかなりあいまいだ。世界が臨界状態のような形に組織化されているとしたら、どんなに小さな力でも恐ろしい影響を与えられるからだ。我々の社会や文化のネットワークでは、孤立した行為というものは存在しえない。我々の世界は、わずかな行為でさえ大きく増幅され記憶されるような形に、(我々によってではなく)自然の力によって設計されているからだ。すると、個人が力をもったとしても、その力の性質は、個人の力の及ばない現実の状況に左右されることになる。もし個人個人の行動が最終的に大きな結果を及ぼすとしたら、それらの結果はほぼ完全に予測不可能なものとなるはずだ。

 臨界状態とは高圧状態における沸点のことで、ここではエネルギーが貯まってバランスが崩れそうな情況を表している。砂粒を一つひとつ積み上げてゆくと、どこかで雪崩(なだれ)現象が起こる。雪崩が起こる一つ手前が臨界状態だ。この実験についても本書で紹介されている。

 つまりこうだ。多くの人々に蓄えられたエネルギーが、一つの出来事をきっかけにして特定の方向へ社会が傾く。これが歴史の正体だ。山火事は火だけでは起こらない。乾燥した空気と風の為せる業(わざ)でもある。

 熱した天ぷら油は発火する可能性もあるし、冷める可能性もある。次のステップを決めるのは熱量なのだ。

 とすると19歳のテロリストが不在であっても第一次世界大戦は起こっていたであろうし、大量虐殺は一人の首謀者が行ったものではなく、大衆の怒りや暴力性に起因したものと考えられる。

 すべての歴史的事柄に対する「説明」は、必ずそれが起こった【後で】なされるものだということは、心に留めておく必要がある。

 人生における選択行為も全く同様で、トーマス・ギロビッチが心理的メカニズムを解き明かしている。

 宇宙は量子ゆらぎから生まれた。そして自由意志の正体は脳神経の電気信号のゆらぎであるとされている。物理的存在は超ひもの振動=ゆらぎによる現象なのだ。

 ゆらぎが方向性を形成すると世界は変わる。人類の歴史は戦争と平和の間でゆらいでいる。



「理想的年代記」は物語を紡げない/『物語の哲学 柳田國男と歴史の発見』野家啓一
コジェーヴ「語られたり書かれたりした記憶なしでは実在的歴史はない」
歴史とは何か/『世界史の誕生 モンゴルの発展と伝統』岡田英弘
歴史とは「文体(スタイル)の積畳である」/『漢字がつくった東アジア』石川九楊
エントロピーを解明したボルツマン/『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ
必然という物語/『本当にあった嘘のような話 「偶然の一致」のミステリーを探る』マーティン・プリマー
歴史の本質と国民国家/『歴史とはなにか』岡田英弘
読書の昂奮極まれり/『歴史とは何か』E・H・カー
物語の本質〜青木勇気『「物語」とは何であるか』への応答
若きパルチザンからの鮮烈なメッセージ/『イタリア抵抗運動の遺書 1943.9.8-1945.4.25』P・マルヴェッツィ、G・ピレッリ編
無意味と有意味/『偶然とは何か 北欧神話で読む現代数学理論全6章』イーヴァル・エクランド
『ヒトラーの経済政策 世界恐慌からの奇跡的な復興』武田知弘

2010-05-02

歴史を貫く物理法則/『歴史は「べき乗則」で動く 種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学』マーク・ブキャナン


『複雑系 科学革命の震源地・サンタフェ研究所の天才たち』M・ミッチェル・ワールドロップ
『新ネットワーク思考 世界のしくみを読み解く』アルバート=ラズロ・バラバシ
『複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線』マーク・ブキャナン
『急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則』マルコム・グラッドウェル

 ・歴史を貫く物理法則
 ・歴史が人を生むのか、人が歴史をつくるのか?
 ・政治とは破滅と嫌悪との間の選択
 ・地震はまとまって起こる

・『複雑で単純な世界 不確実なできごとを複雑系で予測する』ニール・ジョンソン

必読書リスト その三

 べき乗(冪乗)とは、ある数字を掛け続ける操作のことをいう。累乗(るいじょう)といった方がわかりやすいだろう。様々な現象にべき乗の法則があるそうだ。

 地震の代わりにジャガイモの破片を使うと、グーテンベルク=リヒターの法則と同様の、特徴のない曲線が得られる。ブドウの種くらいの微小な破片は膨大な数あり(ママ)、破片が大きくなっていくにつれて、その数は徐々に少なくなっていく。実際注意深く調べていくと、破片の数は、大きさに応じてきわめて規則正しく減少していくことが分かる。重さが2倍になるごとに、破片の数は約6分の1になるのだ。グーテンベルクとリヒターが発見したべき乗則と同様のパターンである。一つ違うのは、重さが2倍になるごとに、この場合には6分の1になるが、地震の場合には4分の1になるという点である。

【『歴史は「べき乗則」で動く 種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学』マーク・ブキャナン:水谷淳〈みずたに・じゅん〉訳(ハヤカワ文庫、2009年/早川書房、2003年『歴史の方程式 科学は大事件を予知できるか』改題)以下同】

 ジャガイモを硬い壁や床に叩きつけると粉々になる。何個ぶつけようと大きなかけらよりも小さなかけらの方が多い。同様に大きな地震よりも小さな地震の方が数は多い。これがべき乗になっているというのだ。

 世界各国が地震予知のために巨額の予算を投じているが、今まで予知できた例(ためし)はない。そもそもどうしてプレート(岩盤)が動くのかが判明していないのだ。最近の研究では宇宙線がトリガーになっているという説もある。

 本書で明らかにされているのは、「大地震の後は、しばらく大地震がこない」という事実のみである。

 あなたがナシの大きさだったときには、自分と同じ重さの破片一つに対して、その半分の重さの破片は約6個あった。ところが自分が縮んだ後でも、まったく同じ規則を発見する。再び、自分と同じ重さの破片一つあたり、その半分の重さの破片が約6個あるのだ。どんな大きさでもまわりの景色はまったく同じに見えるので、もし自分を何回縮めたか忘れてしまうと、まわりを見ただけでは自分の大きさがまったく分からなくなってしまう。
 これがべき乗則の【意味】するところである。

 大きさこそ違っても、同じ世界が広がっているというのだから不思議な話だ。多分、世界は入れ子構造になっているのだろう。マトリョーシカ人形のように。

 人それぞれの幸不幸もきっと同じような構造になっているに違いない。大きさの異なる幸不幸が一人ひとりの人生に彩(いろどり)を添えているのだろう。

 ここからが本書の白眉となる。物理世界に適用できるべき乗則が果たして人間の歴史にも応用可能なのかどうか?

「応用可能」というのが本書の答えである。つまり歴史を動かしているのは偉人や悪人といったパーソナルな要因ではなく、ある方向に時代が揺り動かされる時に臨界点を左右する人物が登場するということになる。

 詳細についてはまた後日。それなりの科学知識が必要で、一度読んだだけでは中々理解が深まらない。それでも面白い。



信じることと騙されること/『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』内山節

2009-05-10

ティッピング・ポイント/『急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則』マルコム・グラッドウェル


『新ネットワーク思考 世界のしくみを読み解く』アルバート=ラズロ・バラバシ
『複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線』マーク・ブキャナン

 ・ティッピング・ポイントの特徴と原則
 ・ティッピング・ポイント
 ・高い地位にある階層の人口が5%を割ると青少年の退学率と妊娠率が跳ね上がる

『歴史は「べき乗則」で動く 種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学』マーク・ブキャナン

 ネットワーク理論の秀逸な教科書本。ティップ(tip)は「傾く」で、ティッピング・ポイントは「大きな転換点」という意味。防波堤が決壊するイメージ、といえばわかりやすいだろう。

 何かが流行する現象――商品、言葉、文化、病気など――には必ずティッピング・ポイントが存在する。その意味でSB文庫(※ソフトバンクね)のタイトルは、飛鳥新社版(2001年)『なぜあの商品は急に売れ出したのか 口コミ感染の法則』を踏襲しており、本書の価値を単なるビジネス書に貶(おとし)める愚行を犯している。

 ティッピング・ポイントの特徴は次の通り――

 感染とは、換言すればあらゆる種類の事象に備わっている予期せぬ特性のことであり、伝染病的変化というものを理解し、診断するうえでは、まずこのことを念頭に置いておく必要がある。
 伝染病の第二の原理――小さな変化がなんらかのかたちで大きな結果をもたらすということ――もまたたいへん重要だ。

【『急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則』マルコム・グラッドウェル:高橋啓訳(SB文庫、2007年/飛鳥新社、2000年『ティッピング・ポイント いかにして「小さな変化」が「大きな変化」を生み出すか』改題)以下同】

 これら三つの特徴――第一は感染的だということ、第二は小さな原因が大きな結果をもたらすこと、第三は変化が徐々にではなく劇的に生じるということは、小学校での麻疹(はしか)の蔓延や冬のインフルエンザの伝染の仕方と同じ原理に基づいている。この三つの特徴のうち、第三の特徴――すなわち感染の勢いはある劇的な瞬間に上昇したり下降したりすることがありうるという考え――がもっとも重要である。というのも、この第三の特徴こそが最初の二つの特徴を意味あるものにし、現代における変革がなぜこのようなかたちで生じるのか、その理解を深めてくれるものだからである。

 なんらかの感染現象において、すべてが一気に変化する劇的な瞬間を、本書ではティッピング・ポイントと呼んでいる。

 先月から、豚インフルエンザ(※食肉業界からの圧力は私に及んでいない)の世界的な感染が懸念されているが、感染症(エピデミック)がアウトブレイク(感染爆発)して世界中に広がることをパンデミックという。現在、WHO基準ではフェーズ5だが、これがフェーズ6になるとパンデミック期となる。ここでいうアウトブレイクがティッピング・ポイントに該当する。

 そういや、「百匹目の猿」という話がありましたな。今、調べたところ、ライアル・ワトソンによるインチキ話だったことを知った。くそっ、筆を折られた思いがする。

百匹目の猿現象:Wikipedia

 結局のところ、隣の家で風呂を沸かしても、私のところの風呂は熱くはならないって話だな。とすると、ティッピング・ポイントの鍵は情報の伝播(でんぱ)ということに落ち着きそうだ。

 文明の発達は、人や物の移動、そして情報伝達のスピードを加速させた。グローバリゼーションによって、アメリカのインチキ債券(※サブプライムローンね)が世界各国の経済にダメージを食らわせた。文字通り「世界は一つ」だ。風が吹けば桶屋が儲かり、米国が戦争をすると日本が儲かるってな仕組みだ。

 よくよく考えてみると、文明の発達とは権力保持のための武器だったのかも知れない。我々が受け取る大半の情報は新聞・テレビ・ラジオによるもので、まず自分で確認することがない。各社が発信する情報を鵜呑みにした上で、職場の同僚や友人と情報交換をしているのだ。メディアは大脳だ。そして国民が末梢神経。

 最も恐ろしいことは、高度に情報化された社会が権力者によってコントロールしやすいという事実である。人間という動物は実のところ、情報の真偽にはとんと関心がない。いつだって嘘の情報を信じることができる。歴史上の虐殺は正義の名の下に行われてきたが、いずれも権力者がでっち上げた正義であった。

 人類全体にとって、よりよいティッピング・ポイントを望むのであれば、我々は「正義を疑う」ことから始めなければならない。今日は母の日。カーネーションを贈る風習は、平和に献身したミセス・ジャービスの葬儀で娘のアンナが白いカーネーションを参列者に配ったことに由来している。だが、これもまた商業主義によって捻じ曲げられてしまった。「乗せられる」人々が多いほど、悪しきティッピング・ポイントはなくならない。

2008-05-12

ティッピング・ポイントの特徴と原則/『急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則』(旧題『ティッピング・ポイント』)マルコム・グラッドウェル


『複雑系 科学革命の震源地・サンタフェ研究所の天才たち』M・ミッチェル・ワールドロップ
『新ネットワーク思考 世界のしくみを読み解く』アルバート=ラズロ・バラバシ
『複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線』マーク・ブキャナン

 ・ティッピング・ポイントの特徴と原則
 ・ティッピング・ポイント
 ・高い地位にある階層の人口が5%を割ると青少年の退学率と妊娠率が跳ね上がる

『歴史は「べき乗則」で動く 種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学』マーク・ブキャナン

 何という安直なタイトルか。せっかくの名著復刊が台無しだ。ま、テレビCMを大量に流す「マーケット覇権主義」企業の出版部門だから仕方がないか(ソフトバンク文庫)。

「読書は昂奮だ!」というエキサイティングな日々を過ごすようになったのも、元はと言えばネットワーク理論によるところが大きい。『複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線』→『新ネットワーク思考 世界のしくみを読み解く』→本書という順番で読んできたが、多分私は天才になっていることだろう(笑)。と、錯覚するほど面白い。やはり、本を読めば世界が広がる。固定概念の一角が破壊されて、青空が見えるような感覚がある。

 何かを広めたい人、広がるさまに興味がある人は必読。マーケティング+心理学+メディア+社会事象で、流行の原因を鋭く分析している。ユニークな発想、多様な事例、洗練された思考に圧倒される。本書そのものが、ネットワーク理論のティッピング・ポイントとなっていることは疑問の余地がない。

ティッピング・ポイントの特徴

・感染的だということ。
・小さな原因が大きな結果をもたらすこと。
・変化が徐々にではなく劇的に生じる。

ティッピング・ポイントの原則

 少数者の法則――いかに社交的か、いかに活動的か、いかに知識があるか、いかに仲間うちで影響力があるか。

 媒介者(コネクター)、通人(メイヴン)、セールスマン。

・一見すると些細なことが大きな違いにつながる。
 ・何かを語るときにそれを取り巻いている状況のほうが語られた内容よりも重要になる場合がある。
  ・説得というものが自分たちの与(あずか)り知らないところで作用する。
  ・感情や気分を上手に表現できる人は、他の人よりもはるかに感情の感染力が強い。

 粘りの要素――発信するメッセージが「記憶に粘りつく」強い印象があるか。

・余白に小さな工夫を加える。  ・「セサミ・ストリート」と「ブルーズ・クルーズ」。

 背景の力――環境の条件や特殊性。

・感染は、それが起こる時と場所の条件と状態に敏感に反応する。
 ・「割れた窓」理論。
 ・犯罪を解決するには大問題を解決する必要はない→ニューヨークの地下鉄。
 ・スタンフォード大学で行われた模擬監獄の実験。(※映画「es[エス]」)

 ざっとまとめてみたが、この本の魅力を示すことは困難極まりない。その辺の本の10冊分の面白さと言っておこう。

 付箋だらけになっている中から出血大サービスで一ヶ所だけ紹介しよう。

 残る唯一の結論は、ジェニングズ(ABCのニュースキャスター)はレーガンに対する「意図的かつ顕著なえいこひいきを顔の表に」出したということになる。
 さて、この研究はここから佳境に入る。ミューレンの心理学チームは、3大ネットワークの夜のニュースをいつも見ている全米各地の有権者に電話をかけ、どちらの候補者に投票したかをアンケート調査した。すると、ヘニングズによるABCのニュースを見ている人でレーガンに投票した人の数は、CBSやNBCを見ている人よりもはるかに多いことが判明した。
 たとえばクリーヴランドではABCの視聴者の75%が共和党を支持したのに対し、CBSやNBCの視聴者は61.9%にとどまった。マサチューセッツ州のウィリアムズタウンでは、ABC視聴者の71.4%がレーガン支持で、他の二つの全国ネット視聴者は50%だった。ペンシルヴァニア州のエリーでは、この格差は73.7%対50%とさらに開いた。ジェニングズの顔に出た巧妙なレーガンびいきの表情は、ABC視聴者の投票行動に影響を与えたようである。(中略)
 信じがたい話だ。多くの人は直感的に因果関係を逆にすることができるのではないかと思うかもしれない。つまり、もともとレーガンを支持している人がジェニングズのえこひいきに惹かれてABCを見ているのであって、その逆ではないだろうと。だがミューレンは、それは妥当性を欠くと明言する。
 というのも、他のもっと明白なレベル――たとえばニュース原稿選択のレベル――では、ABCは他局よりも反レーガン色の濃いテレビ局であることが明らかであり、筋金入りの共和党支持者ならABCなど見向きもしないことが十分想像されるからだ。
 さらには、この調査結果が偶然にすぎないものかどうかに答えるために、4年後のジョージ・ブッシュ対マイケル・デュカキスの選挙戦でもミューレンは同じ実験を繰り返し、まったく同じ結果が出ているのだ。
「ジェニングズは共和党候補に言及するとき、民主党候補に対するよりも多く笑顔をつくった」とミューレンは言う。「そしてふたたび電話調査をしたところ、ABCの視聴者はブッシュにより多く投票したという結果が出た」
 さてここで、説得の機微に関するもう一つの例をお目にかけよう。
 ハイテク・ヘッドフォンの製造会社による市場調査だという名目で、大人数の学生が招集された。学生たちはヘッドフォンを渡されると、使用者が動いているとき――たとえばダンスしたり、頭を振ったりしているとき――どんな影響が出るかを調べるのが目的だと言われた。
 まずべすての学生にリンダ・ロンシュタットとイーグルスの歌を聴いてもらい、それから自分たちが所属する大学の授業料を現在の587ドルから750ドルに上げるべきだと主張するラジオの論説を聞かせた。
 ただし、論説を聞くにあたっては、3分の1の学生にはたえず頭を上下に振るように、次の3分の1の学生は頭を左右に振るように、残る3分の1は頭を定位置に保つように指示が出された。
 これが終わると、歌の音質と頭を振ったときにどんなふうに聞こえたかを問う短い質問票がすべての学生に配られ、その最後にこの実験の本当の目的である質問が添えられた。「学部の妥当な授業料の額についてどう思いますか?」
 この質問に対する返答は、ニュース番組の世論調査に対する返答と同じくらい信じがたい。
 頭を動かさないように指示された学生は番組の主張にも動かされなかった。彼らが適正だと感じた授業料の額は582ドル、ほぼ現行の額に一致した。
 頭を左右に振るように指示された学生は――たんにヘッドフォンの質を試す実験だと言われているにもかかわらず――授業料の増額に反発し、平均すると年間の授業料を467ドルに下げるのが妥当だと答えた。
 ところが、頭を上下に振るように言われた学生は、この論説に説得力を感じたのである。彼らは授業料の増額に賛成し、平均して646ドルに上げるべきだと答えた。建前としては他の理由があるにせよ、たんに頭を上下に振るという行為が、自分たちの身銭を切らされる政策に賛同する結果をもたらしたのである。
 ただうなずくことが、1984年の大統領選挙でピーター・ジェニングズが演じた笑顔と同様、大いに影響を与えたわけだ。

【『急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則』マルコム・グラッドウェル:高橋啓訳(SB文庫、2007年/飛鳥新社、2000年『ティッピング・ポイント いかにして「小さな変化」が「大きな変化」を生み出すか』改題)】

 この後、人が会話をする際、話を聞いてる側がダンスをしている様子が検証されている。つまり、ボディランゲージ。「言葉の始まりは歌だった」という私の持論が補強されたような気がして、ニンマリ。

・六次の隔たり
・相関関係−因果関係
・必須音/『音と文明 音の環境学ことはじめ』大橋力
信じることと騙されること/『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』内山節

2008-05-05

六次の隔たり/『複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線』マーク・ブキャナン


『複雑系 科学革命の震源地・サンタフェ研究所の天才たち』M・ミッチェル・ワールドロップ
『新ネットワーク思考 世界のしくみを読み解く』アルバート=ラズロ・バラバシ

 ・六次の隔たり

『急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則』マルコム・グラッドウェル
『歴史は「べき乗則」で動く 種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学』マーク・ブキャナン

必読書リスト その三

 人や物などのつながりに興味がある人は必読。2200円だが5000円以上の価値がある。

六次の隔たり」とはネットワーク理論の一つで、6段階を経ることによって、世界の現実が「スモールワールド・ネットワーク」となっていることを示したもの。

 なぜこれが逆説的かというと、強い社会的絆はネットワークを一つにまとめるきわめて重要なリンクのように思えるからである。しかし、隔たり次数に関しては、強い絆は実際のところ、まったくといっていいくらい重要ではない。グラノヴェターがつづけて明らかにしたように、重要なリンクは人々のあいだの弱い絆のほうであり、特に彼が社会の「架け橋(ブリッジ)」と呼んだ絆なのである。

【『複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線』マーク・ブキャナン:阪本芳久〈さかもと・よしひさ〉訳(草思社、2005年)】

「広い世界」を「狭い世間」に変えるのは「弱い絆である」というのがポイント。実際に行われた実験を見てみよう。ミシガン州のある中学で、1000人ほどの生徒全員に「親友を8人」親しい順番で書いてもらう。このリストから社会的つながりを明らかにした。まず、1番目と2番目の親友をたどってゆくと、生徒全体の一部にしかならなかった。ところが、7番目と8番目の名前を書き出してゆくと、はるかに大きいネットワークであることが判明した。

 チト、もどかしいので、手っ取り早く何箇所か抜き書きしておこう。

 グラノヴェターは、だれにも騒乱に加わる「閾値(しきいち)」があるという発想から出発した。大半の人は理由もなく騒乱に加わることはないだろうが、周囲の条件がぴったりはまったときは――ある意味で、限界を越えて駆り立てられれば――騒乱に加わってしまうかもしれない。パブのあちこちに100人がたむろしていたとして、そのなかには、手当たり次第にたたき壊している連中が10人いれば騒動に加わる者もいるだろうし、60人あるいは70人が騒いでいなければ集団に加わらない者もいるだろう。閾値のレベルはその人の性格によって、またこれは一例だが、罰への恐怖をどの程度深刻に受け止めているかによっても変わってくる。どんな状況におかれても、また何人が参加していようとも暴動に加わらない人もいるだろうし、反対に、自分の力で暴動の口火を切ることに喜びを覚える人も、ごく少数ながらいるだろう。


「閾値」とは沸点ともいえよう。熱を加える仕事がマーケティングだ。

 このような結果(「金持ちほどますます豊かになる」「有名サイトほどアクセス数が増える」)は、心理学でよく知られた「集団思考」と呼ばれる考え方ともつながりがある。1970年に社会心理学者のアーヴィング・ジェイナスは、何かを決めるとき人々の集団はどのような経緯をたどるのかを調べている。彼の結論は、集団内では多くの場合、集団力学(グループダイナミクス)のために、代替可能な選択肢をじっくり考える力が制限されてしまうというものだった。集団の構成員は、意見が一致しないがゆえの心理的な不愉快さを緩和するため、なんとか総意を得ようと努め、ひとたびあらかたのところで合意ができてしまうと、不満をもっている者も自分の考えを口に出すのが難しくなってしまう。波風を立てたくなければ、じっと黙っているほうがいいのだ。ジェイナスが書いているように、「まとまった集団内では総意を探ることがきわめて突出し、そのため、代わりにどんな行動がとれるかを現実的に評価することよりも優先されるのである」

 集団が個を殺す。

『ティッピング・ポイント(文庫版=急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則)』(マルコム・グラッドウェル著)の中心をなす考えは、些細で重要とは思えない変化がしばしば不相応なほど大きな結果をもたらすことがあるというものだ。そう考えれば、急激に浸透していく変化は多くの場合どこからともなく生じ、産業、社会、国家の様相を一変させるにいたるという事実も説明できるというのである。この考え方の要点は、グラッドウェルが述べているように、「だれも知らなかった本があるとき突然ベストセラーに躍り出るという事実や10代の喫煙の増加、口コミによる広まり、さらには日常生活に痕跡をとどめるさまざまな不思議な変化を理解するいちばんいい方法は、こうした出来事を一種の伝染病と考えることである。アイデア、製品、メッセージ、行動様式は、まさにウイルスと同じように広がっていくのだ」。

 問題は感染力か。

 こうした事実をもとにすれば、疾病管理予防センターの研究者たちが、ボルチモア市での梅毒流行の原因として、社会や医療の実情がほんの少し変化したことをあげた理由がわかる。病気がティッピング・ポイントを越えるには、ほんのわずかな変化が生じるだけで十分なのだ。1990年代の初期、ボルチモア市の梅毒はもはや消滅の瀬戸際にあったのかもしれない。一人の感染によって引き起こされる二次感染者数は平均では1未満であり、したがってこの病気は押さえ込まれた状態になっていたのかもしれないのだ。けれども、このときにクラックの使用が増加し、医師数が減少し、さらに市の一定地域に限定されていた社会集団が広い範囲に転出したために、梅毒は境界を越えてしまった。梅毒をめぐる状況は大きく「傾いた(ティップト)」のであり、こうしたいくつかの些細な要因が大きな差異をもたらしたのである。

 均衡が崩れると、一気に片方へ傾く。

 だれもが知っているように、水が凝固して氷になるとき、実際には水の分子そのものはなんの変化もしていない。この変化は、分子がどのような振舞いをするかによる。水のなかの分子は、ひどい渋滞に巻き込まれてい身動きがとれなくなった自動車のように、ある位置にしっかりと固定されている。一方、水(液体)のなかでは、分子は固体のなかよりも自由に動き回ることができる。同じように、ガソリンが気化して蒸気になるときや、熱した銅線が溶けるとき、あるいは無数の物質がある形態から別の形態に突然変化するときも、原子や分子は同じであり、変化するわけではない。いずれの場合も、変化するのは、原子や分子の集団が作る全体としての組織的構造だけである。

 社会に求められるのは「流動性」であろう。日本がタコツボ社会のままであれば、有為な人材はいつまで経っても埋もれたままだ。



ソーシャルプルーフを証明する動画
信じることと騙されること/『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』内山節