2012-05-21

孤なる魂をもつ者/『千日の瑠璃』丸山健二


『メッセージ 告白的青春論』丸山健二

 ・20世紀の神話
 ・風は変化の象徴
 ・オオルリと世一
 ・孤なる魂をもつ者

『見よ 月が後を追う』 丸山健二

必読書リスト その一

 私は野良犬だ。
 昼夜の別なくまほろ町をうろつくせいで、少年世一と出くわすことがどこの誰よりも多い野良犬だ。躰は小さく、従って餌代も安くつき、無駄吠えも少ないというのに、結局私は飼い犬になれなかった。つらつら惟るに、白と黒という毛の配色が、どうしても不吉な印象を与えてしまうのだろう。もっともそのおかげで私は、人間に飼われている犬や、犬を飼っている人間の何倍もの自由を手に入れることができたのだ。
 そうはいっても、私の自由の大きさを真底わかってくれているのは、世一ただひとりでしかなかった。少なくとも私のほうは、世一のそれを充分理解しているつもりだった。ほかの人間は皆人間以外の何者でもなかったが、しかし世一だけは違って見えた。彼は人間でありながら、同時に人間以外のすべてでもあった。そして私たちはいつも、互いに意識するあまり、無言ですれ違っていた。たまに眼と眼が合ったりすると、私たちは眩いばかりの自由な身の上にあらためて気づき、大いに照れてしまい、卑下さえもしたくなり、足早に立ち去るのだった。
 ところがきょうの私たちは、葉越しに見える月の力を借りて、声を交した。私は、所詮見限られた者同士ではないかという意味をこめて、「わん」とひと声吠えた。すると世一はぴたっと歩みをとめ、振り向きざまにこう言った。「されど孤にあらず
(11・5・土)

【『千日の瑠璃』丸山健二(文藝春秋、1992年/文春文庫、1996年)】

 数日前から何となく手にとってはパラパラとページをめくっている。初めて読んだのは1998年のこと。丸山のエッセイは数冊読んでいたものの小説は初めてだった。物語性には欠けるが濃密な文体と千の視点に圧倒された。私は仏法で説かれる一念三千の法理が何となくわかったような気になった。智ギ(天台)によれば、己心の一念に三千の諸法が具(そな)わっているという。

 まほろ町という小宇宙を千の視点から物語る。その中心に位置するのは身体の不自由な少年・世一〈よいち〉である。丸山は田舎町を嘲笑し、作家という職業をも愚弄(ぐろう)する。世一の役回りは神ではなく鏡だ。本書で名前を付与されているのは世一ただ一人である。つまり世一以外は類型(モデル)にすぎない。

 知的障害をもつ世一が時折、言葉を放つ。ひょっとしたら我々の周囲にいる障害者や病人はそうした役を演じているだけなのかもしれない。私はいささか介護の経験があるのだが、本当に力がある人間はボディビルダーのような人々ではなく、身体障害者であると思っている。腕や脚、はたまた半身が鉛のような重さとなっているのだ。リハビリの苦しさは筋肉トレーニングの比ではないという話も聞いたことがある。

 仏法では人間が生きる世界を「世間」と名づける。出世とは「出世間」の略である。世間の本質は差別だ。社会は必ずヒエラルキーを形成し、大半の人々は部下・奴隷・兵士の役目を押しつけられる。そして出自・学歴・スキルによって報酬が異なる。

 我々は人間の価値を「いくら稼いでいるか」で判断する。だが野良犬と世一は違う。

【付記】久々に『千日の瑠璃』を調べたところ、何とガジェット通信で全文が配信されることを知った。

ガジェット通信:丸山健二
丸山健二

 
 

2012-05-20

軽減措置のない日本の消費税は現行の5%でも欧米の基準でいえば20%に相当


介護殺人や介護自殺、日本で社会問題に


 長い介護生活に疲れて親や配偶者を殺害する、いわゆる「介護殺人」事件が日本で年間40-50件ほど発生している。だが、裁判所は大半の場合、介護の苦痛を理由に執行猶予を付けるなど、比較的軽い刑を科している。昨年、日本の裁判所は寝たきりだった92歳の母親を殺害した長男(66)に対し、懲役3年、執行猶予5年の判決を言い渡した。裁判官は情状酌量の理由について「献身的な介護を10年以上続けており、被害者に対し、深い愛情をもって接していたことに疑いの余地はない」と説明した。被告は法廷で「回復が見込めない母親をこれ以上苦しませたくなかった」と証言した。

 介護殺人を犯した人の大半は警察に自首するか、自殺を図る傾向にある。今月10日には東京で、10年間寝たきりだった妻(64)の首を絞めて殺害した容疑で、夫(68)が逮捕された。自殺しようとしたが失敗して自首した夫は、警察で「介護に疲れた。何もかも早く終わらせたかった」と供述した。

 介護に疲れて自ら命を絶つ「介護自殺」も、日本で年間300件を超える。終わりの見えない介護でうつ病などを患い、自殺するケースだ。芸能人も例外ではない。2009年には、かつて歌手や女優として活躍した清水由貴子さん(49)が父親の墓前で自殺しているのが見つかり、人々に衝撃を与えた。遺体の横では、車いすに座った母親が意識を失っていたという。清水さんは一人暮らしをする母親の面倒を見るため、06年に芸能界を引退して面倒を見てきたが、いつ終わるとも知れない介護生活に耐えられなかったようだ。

 日本で先ごろ、親や配偶者の介護をしている8500人を対象に調査した結果、4人に1人はうつ状態で、65歳以上の30%は自殺したいと答えた。

 親の介護で結婚をあきらめ、独身のまま暮らす人も急増している。その中には、会社勤めが難しいため、アルバイトなどで生計を立てている人もいる。また、自由になる時間がないため、異性と出会うチャンスもない。こうした人々は、貧困と介護、孤独という三重苦にさいなまされ、自殺に追い込まれる可能性が高い、と専門家たちは警鐘を鳴らしている。

 日本政府は2000年4月、高齢者の介護を支援するための介護保険を導入し、在宅介護、施設での介護など高齢者福祉に取り組んでいる。だが、急速な高齢化で高齢者が急増し、施設入所待機者も大幅に増えている。日本政府は介護問題による社会的損失を防ぐため、一定額を払えば回数や時間の制限なく訪問介護を受けられる制度を4月から導入した。だが、ヘルパーの人材不足に加え財源の捻出も難しいため、制度の適正な運営態勢が十分に確保されていない。

 東京=車学峰(チャ・ハクポン)特派員

朝鮮日報 2012-05-20