2011-10-18
境界を生きる:性分化疾患・決断のとき(上) 「男子と女子、どっちがいい?」
思春期に男性化する疾患の長女、小4で告知受け混乱
染色体やホルモンの異常により男性か女性かの区別がはっきりしない「性分化疾患」。医学的には未解明な部分が残り、男性と女性の枠組みしかない社会で生きる難しさも伴う。性の選択を迫られた時、治療方針を決める時――。当事者と家族、医療者のそれぞれの決断の場面を追った。
昨年7月、大阪市の大阪警察病院。夏休みに入った小学4年の長女(当時9歳)に付き添い、関西地方の夫婦が小児科を受診した。「そろそろ私から本人に説明しましょうか」と切り出した望月貴博医師に、夫婦は顔を見合わせ黙ってうなずいた。病気のこと、受けることになるかもしれない性器の手術のことを話した後、医師は長女に尋ねた。
「男の子にもなれるし、今のまま女の子を選ぶこともできる。どっちがいい?」。しばし流れる沈黙。父は「男と言ってくれ」と祈ったが、長女は消え入るような声で「女の子がいい」と答え、しくしく泣いた。
父が「男」を願ったのには理由がある。
夫婦には2人の子がいる。いずれも女の子と思っていたが5年前、陰核(クリトリス)の肥大などをきっかけに性分化疾患の一つ「5α還元酵素欠損症」とそろって診断された。性染色体はXYの男性型だが、ホルモンの異常が原因で男性器が発達せず生まれ、大半が出生時に女性と判定される。しかし2次性徴期になると、程度の差はあれ確実に男性化する特徴がある。
日本では下腹部に隠れている精巣を摘出して女性ホルモン剤を服用する治療が行われてきたが、欧米では女性として育った人の多くが性別の違和感に悩み、約6割が男性に性別変更したとのデータもある。
長女が思春期を迎えた時、声も体形も男性化し、小さめの陰茎(ペニス)ほどに陰核が育っていったら……。本人の驚きと戸惑いを想像すると胸が痛んだ。
病気がわかったとき、望月医師から「将来、妊娠はできない。男性としてなら子を作れる可能性はある」と言われた。小学校入学が目前に迫り、ピカピカの赤いランドセルも準備していた。夫婦は入学を心待ちする長女を男の子に変える気持ちにはなれなかった。
翌年、今度は次女の幼稚園入園が迫った。望月医師は「性別を変えるなら、新しい社会に入り人間関係も変わる今のタイミングがいい」と促した。1年前から悩み抜いてきた夫婦は、長女の時とは逆の決断をした。「出生時の性別判定は間違い」との診断書を家庭裁判所に提出し、入園直前に次女の戸籍は「長男」となり、名前も変わった。
男の子になった弟はとても陰茎が小さく、立ち小便ができないため個室トイレしか使えない不便はあるが、学校生活を楽しんでいる。夫婦の心配は長女だ。制服以外はスカートをはかず、野球やサッカーが大好きで、遊び相手も男の子だ。
父は「男性化が進んでも女の子でいたいというなら、人格を無視してまで性別を変えることなどできない。男の子を望むなら、誰も何も知らない町に転居して、再スタートする覚悟はできている」と唇をかむ。
主治医の望月医師にとっても、治療方針の決定は容易ではない。
次女の入園が迫った時、性別をどうすべきかを症例の豊富な医師たちに尋ねたが、男の子に変えるのは反対だというメールが次々返ってきた。「ちんちんがあまりに小さく、将来コンプレックスになる」という率直な意見もあった。診断にかかわった藤田敬之助・大阪市立総合医療センター元副院長も「思春期にどれだけ男性化するかは個人差がある。本人に性別を選ばせたいので、留保してはどうかと伝えた」と振り返る。
望月医師は「絶対的な答えがあるわけではないが、私はより新しい国際的な知見を重視した。時代は変わってきているのです」と胸を張る。長女については、男性的な2次性徴が始まったら薬でいったん止め、本人に考える猶予を与える治療法を検討している。
「どちらの性別で育てますか?」
東海地方の主婦(28)は2年前に長男を出産してから医師に「選択」を迫られ続けてきた。性器の発達が不十分だった。産院を退院してすぐ、大学病院にかかりさまざまな検査を受けた。「断定はできないが、染色体は男性型だから男で大丈夫では」。あいまいな言葉でも医師を信じるしかなく、2週間の期限ぎりぎりに長男として役所に届けた。性別を保留できることは当時は知らなかった。
その後、別の医師からは「精巣がなく、子宮がある可能性がある。女の子として生きる方がいいのでは」と言われた。迷い続けてたどり着いた小児専門病院でも、男性の外性器の形成手術が難しいことを理由に、女の子を勧められた。「心も女の子になるんですか」と尋ねても明確な答えはなかった。
この春、詳しい検査で子宮や卵巣のないことが分かり、男の子として育てていく気持ちがやっと固まった。まずは陰茎を大きくする。将来子どもを持つのは難しいが、声も体も大人の男性になれるよう、定期的に男性ホルモンを注射していく。
「来年はスカートかも」。少し前は子ども服を買うのもためらったが、いま、性別そのものへの迷いは晴れた。
関西地方の夫婦が次女の性別選択で考慮した点(望月医師の説明による)
◇女性の場合
・子宮と卵巣はなく膣(ちつ)も不完全
・外陰部や膣の形成は男児にする場合より容易
・妊娠できない
・精巣を放置すれば思春期に男性化する可能性
・乳房の発達などのため女性ホルモンの内服が生涯必要
◇男性の場合
・精巣はある
・外陰部の形成は女児にする場合より難しい
・子どもが作れる可能性
・思春期に自然に男性化する可能性
・陰茎が小さいままの可能性
「境界を生きる」とは
連載「境界を生きる」は09年9月にスタート。近年まで医療界でさえタブー視されてきた性分化疾患や、心と体の性別が一致しない性同一性障害の子どもたちの苦悩を追い、社会の無理解などを問いかけてきた。
【毎日新聞 2011年10月17日 東京朝刊】
・境界を生きる:性分化疾患・決断のとき(中) 「自分でなくなる」投薬中止
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