2016-03-12

新版『パリは燃えているか?』ラリー・コリンズ、ドミニク・ラピエール:志摩隆訳

パリは燃えているか?〔新版〕(上) (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)パリは燃えているか?〔新版〕(下) (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

沢木耕太郎氏推薦「現代ノンフィクションにおける叙述スタイルの革命は、この著者の、この作品から始まったのだ」

柳田邦男氏「戦後70年の間に世界で書かれてきたすぐれた戦史ドキュメントの中で十指に入る作品だ」(本書解説より)

 第二次大戦末期、敗北を重ね追い詰められたヒトラーは命じた。「パリを敵の手に渡すときは、廃墟になっていなければならない!」。この命令を受けたコルティッツ将軍により、ドイツ占領下のパリの街なかには、至る所に爆薬が仕掛けられた。エッフェル塔、凱旋門、ノートル=ダム寺院、ルーヴル美術館……世界が愛する美しい街並みは、灰燼に帰してしまうのか? 1944年8月のパリ攻防をめぐる真実を描いたノンフィクション。

2016-03-11

ジェームズ・リカーズ


 1冊読了。

 28冊目『ドル消滅 国際通貨制度の崩壊は始まっている!』ジェームズ・リカーズ:藤井清美訳(朝日新聞出版、2015年)/難しかった。SDR(特別引出権)の意味を初めて理解できた。タイトルに難あり。原題は「THE DEATH OF MONEY」である。「FRBがドルを捨てる方向に動いている」というのが真意である。SDRは事実上、世界通貨であり、ゆくゆくはSDR建てでアメリカの大型株が発行される可能性を示唆する。ゴールドの価値は不変であり、価格の上下はドルの価値が動いているに過ぎない、との指摘に目から鱗が落ちる。アベノミクスについても触れており、アメリカ経済の今後を日本の金融政策(金融緩和)が占うという。基本的には緩和マネーが資産バブルを形成し、首が回らなくなるという見立てである。ドル基軸通貨体制崩壊後に関しては三つのシナリオが描かれているが、ゴールドを裏付けとするSDR基軸通貨が実現するような気がする。デフレという化け物に紙幣が敗れる日はそう遠くない。必読書入り。水野和夫著『資本主義の終焉と歴史の危機』の後に読むのがいいだろう。挫折した『通貨戦争 崩壊への最悪シナリオが動き出した!』も読み直す予定だ。

東京大空襲


 この季節、きまって脳裏をよぎる五行歌がある。〈霊能者という人に/本当に霊が見えるなら/東京なんて/一歩も歩けないと/東京大空襲の生き残りの父〉(唐鎌史行、市井社『五行歌秀歌集2』)◆火炎と熱風をのがれて水辺に逃げた人の多くは酸欠死し、溺死し、凍死した。遺体からにじみ出た脂で隅田川が濁ったという。米軍機B29がおびただしい数の焼夷弾を東京上空から降らせたのは71年前のきょうである◆約10万人が…いや、命に切り捨てていい端数のあるはずがない。「東京大空襲を記録する会」の調査によれば、9万2778人が死亡した◆日本政府は戦後、無差別の大量虐殺であるこの東京大空襲を指揮したカーチス・ルメイ将軍に、勲一等旭日大綬章を贈っている。東京五輪の年、1964年(昭和39年)のことである。「自衛隊育成の功労者」という名目だが、霊は泣いただろう。〈東京なんて/一歩も歩けない…〉のは道理である。復興を成し遂げて、世紀の祭典に酔ったのか。いまもって理解しがたい◆人はときに、心弾む階段をのぼりながら堕落していく。ほろ苦い歴史の教えである。

【編集手帳 2016年3月10日】

2016-03-09

ジム・アル=カリーリ、ジョンジョー・マクファデン、他


 1冊挫折、1冊読了。

「欲望」と資本主義 終りなき拡張の論理』佐伯啓思〈さえき・けいし〉(講談社現代新書、1993年)/二度目の挫折である。1993年刊だから、まだ保守の肩身が狭かった時代だ。言葉や表現に対する慎重さが読みにくさの原因となっている。

 27冊目『量子力学で生命の謎を解く 量子生物学への招待』ジム・アル=カリーリ、ジョンジョー・マクファデン:水谷淳〈みずたに・じゅん〉訳(SBクリエイティブ、2015年)/流麗な筆致に驚く。訳文も実に読みやすい。がしかし、それでも尚難解である。この手の本はとにかくスピーディーに読むのがコツである。あまり理解しようと努めない方がよい。原始スープからどのようにして生命が誕生したのかはまだわからない。最先端の知は「わからない」手前まで果敢にアプローチする。この不可能に対して何度も何度も挑戦する営みこそが生命誕生の縮図と思えてならなかった。知識が追いつかなくて理解できなくても、確実に昂奮し得る稀有な一書。フランク・ウィルチェック著『物質のすべては光 現代物理学が明かす、力と質量の起源』の後に読むのがいいだろう。

2016-03-06

目撃された人々 66

2016-03-05

ジム・ロジャーズ氏:「確率100%」で米国は1年以内にリセッション入り


 ロジャーズ・ホールディングスのジム・ロジャーズ会長は、米経済が1年以内にリセッション(景気後退)に陥ると確信している。

 同氏はブルームバーグテレビジョンのインタビューで、米経済が1年以内にリセッション入りする確率は100%だと言明した。

 ロジャーズ氏は「米国が前回リセッションを経験してから7ー8年が経つ。歴史的に見ても、理由はどうあれ4ー7年ごとにリセッションを経験してきた。少なくともこれまではずっとそうだった」とし、「必ずしも4-7年ごとというわけではないが、債務を見れば分かる。膨大な額だ」と続けた。

 米経済が1年以内にリセッション入りする確率については、大抵のウォール街のエコノミストは33%未満と予想しており、ロジャーズ氏よりずっと低い。

 ロジャーズ氏は無秩序なレバレッジ解消やリセッションを引き起こし得る要因について具体的には説明しなかったが、中国や日本、ユーロ圏で景気が沈滞・減速している状況は、米国に悪影響をもたらし得る経路が数多くあることを意味していると指摘した。

 その上で、投資家が正しいデータに注目すれば、米経済の回復が既に腰折れしつつある兆候が読み取れると説明した。

 ロジャーズ氏は「(米国の)給与税を見れば、既に横ばい状態なのが分かる」とし、「政府が発表する数字ではなく、現実の数字に注意を払うべきだ」と述べた。

 また将来に経済的混乱が生じるとの自身の予測に基づき、同氏はドルをロング(買い持ち)にしている。

 ロジャーズ氏はドルについて、「バブルの状態になる可能性さえある」と指摘。「世界的に市場が急落するというシナリオが現実になったとしよう。そうすれば誰もがドルに資金を振り向け、バブル状態になる可能性はある」と述べた。

 円については、通常はリスクオフの環境で買われる通貨とされているが、日本銀行のバランスシートが膨大かつ引き続き拡大していることから、逃避需要が発生した際に恩恵を受けなくなると分析。2月26日に自身の円のポジションを解消したと説明した。

 原題:Jim Rogers: There’s a 100% Probability of a U.S. Recession Within a Year(抜粋)

Bloomberg 2016-03-05

2016-03-04

ピアノを弾く特攻隊員/『月光の夏』毛利恒之


『国民の遺書 「泣かずにほめて下さい」靖國の言乃葉100選』小林よしのり責任編集
『大空のサムライ』坂井三郎
『父、坂井三郎 「大空のサムライ」が娘に遺した生き方』坂井スマート道子
『新編 知覧特別攻撃隊 写真・遺書・遺詠・日記・記録・名簿』高岡修編
『今日われ生きてあり』神坂次郎

 ・ピアノを弾く特攻隊員

『神風』ベルナール・ミロー
『高貴なる敗北 日本史の悲劇の英雄たち』アイヴァン・モリス

日本の近代史を学ぶ

 彼らは公子にむかって上体を折り敬礼した。
「自分たちは三田川(みたがわ)から来ました。目達原(めたばる)基地の特攻隊のものです」
 公子は息をのんだ。
「あす、発(た)ちます。時間がありません。お願いであります。ピアノを弾(ひ)かせてください。こいつは上野の音楽学校のピアノ科の学生だったんです」
 涼(すず)やかなまなざしの明るい活発な感じの隊員が、長身のやや神経質な面ながの隊員を紹介した。長身の隊員はうなずき目礼した。
「死ぬまえに一度、思いっきり、ピアノを弾かせてください」
 公子は、言いようのない衝撃を受けて、胸がつまった。(中略)
 ふたりの隊員たちは、特攻出撃を間近にひかえて、グランドピアノを探しまわったという。おおかたの学校にはオルガンしかなかった。めずらしく鳥栖の国民学校にグランドピアノがあると聞いて、彼らは三田川から十二、三キロの道のりを長崎本線の線路づたいに走るようにしてやってきたのだった。(中略)
 長身の隊員は椅子にかけると、両の手の細い指を鍵盤に走らせた。音がはずみ、舞い、おどる。これまでピアノにふれることもできず、抑えにおさえてきた気持ちが、音色とともに一気にほとばしり出ているように公子は感じた。
「先生、なにか楽譜はありませんか」
 隊員にいわれて、公子はピアノ曲集をさしだした。
「いまベートーヴェンの『月光』を練習しています。この楽譜しかないのですが」
「では、『月光』を弾きましょう。先生、あなたの耳に残しておいてください」
 隊員は楽譜を開いた。ピアノにむかい、姿勢をただすと、鍵盤に両の手の指をそえる。呼吸をととのえ、宙に視線を止めた。万感の思いをひめた瞳が光をおびた。
 沈んだ音色につつまれた幻想的なメロディーが、ゆるやかに流れでる。ピアノ・ソナタ第14番嬰(えい)ハ短調『月光』第1楽章(アダージョ・ソステヌート)……。
 闇の雲間からもれる月の光のように、ときにほの明るく、あるいは暗く、沈鬱に流れる調べは、熱情を潜めてリフレインし、やがて静かに高揚する。隊員はときおり祈るように瞑目し、ひたむきに弾きつづけた。
(ピアノが歌っている!)
 公子は胸をうたれた。すばらしい、こんな演奏は初めて聴く、と公子は思った。
 もうひとりの隊員が上手に楽譜をめくった。彼もまた、音楽に関係していたのだろう。
(たくさんのひとびとをまえに演奏会をなさりたかったろうに……)
 あすにも死地へ出撃しなければならない、このピアニスト志望の青年の胸中を思うと、公子は悲痛な思いに胸をしめつけられた。

【『月光の夏』毛利恒之〈もうり・つねゆき〉(汐文社、1993年/講談社文庫、1995年)】

 涙が噴き出たのは土田世紀の『同じ月を見ている』以来のこと。実話に基づく小説(ノンフィクション・ノベル)である。たぶん特攻隊員のプライバシーに配慮したのだろう。ある小学校で古いピアノが処分されることとなった。定年を控えた女性教師が「ピアノを譲り受けたい」と申し出た。古ぼけたピアノにはあるエピソードがあった。それは45年も前の話だった。感動的なエピソードが全校生徒の前で紹介され、報道を通して多くの人々が知ることとなった。

 特攻隊員がピアノを演奏している間に教頭が生徒たちを集めてきた。感動した生徒たちは「海ゆかば」を歌って送りたいと申し出た。もう一人の特攻隊員がピアノ演奏を買って出た。

 







 実は本書を通して「海ゆかば」を初めて知った次第である。よもやこれほどの名曲とは思わなかった。『万葉集』に収められている大伴家持〈おおともの・やかもち〉の和歌に、信時潔〈のぶとき・きよし〉が曲をつけたもの。

 本書のテーマは「矛盾」である。メディアと特攻隊の矛盾によってその功罪がくっきりと浮かび上がる。そこに日本社会の縮図を見出すことも可能だろう。特攻隊の恥部(ちぶ)に関する緘口令(かんこうれい)は敗戦から半生記を経ても尚生きていた。「誰がしゃべったんだ?」という元隊員たちの姿に戦慄さえ覚えた。同質性を重んじるこの国で弱い者いじめは、たぶん文化として息づいているのだろう。

 もう一度「海ゆかば」を聴いてもらいたい。




 この映像は「ピアノを弾いた特攻隊員」かもしれない。無限の思いと無言のメッセージを感じずにはいられない。

 エピソードを語った公子もメディア(ラジオ番組)に翻弄される。話したことを後悔するほどであった。しかしその気持ちを引っくり返したのもまたメディア(別のラジオ番組)であった。毛利自身も仮名となっているが、ジャーナリズムの魂を見る思いがした。

 映画化にあたっては、九州を中心とした市民・企業・団体により1億円の募金が集められた(Wikipedia)。