2016-03-13

比類なき日本文明論/『日本文明の主張 『国民の歴史』の衝撃』西尾幹二、中西輝政


『国民の歴史』西尾幹二

 ・比類なき日本文明論
 ・400年周期で繰り返す日本の歴史

『三島由紀夫の死と私』西尾幹二
『国家と謝罪 対日戦争の跫音が聞こえる』西尾幹二

日本の近代史を学ぶ

《中西》このほど西尾さんが、『国民の歴史』という【大きな】本をお書きになられました。それはボリュームや「部数が何十万部売れた」といった量的なインパクトの大きさだけではなく、日本人の知性や歴史への視線に与えた影響という点で、非常に大きなものがあったという意味です。(中略)
 結局この本で何が一番「大きい」かというと、私は内容が突きつけているものだと思うのです。この本はいくつかのテーマを合わせたテーマ論集のようになっていますが、それぞれの論点をつなげると、一つの体系を持った日本文明論が見えるという、何よりも論としてのスケールの大きさを持っています。いい換えると、日本史をタテに貫く一つの大きな史観が、はっきりと提示されているのです。
 こういう類の本は、戦後はおろか、戦前の史学書などを見ても、あまり例がないように思います。戦前にも日本文明論はいくつも出ていますが、観念的に書かれたものばかりです。とくに最近の研究成果や史観の変化という動向を踏まえつつ、多くの論点を併せ持ちながら、全体として独自の明確な史観をこれだけのスケールをもって展開した本は、ほかになかったと思います。
 とくに最近の斬新な歴史研究の成果を積極的に取り入れ、大きな観点の提示とともに十分に実証的専門研究者として仕事をしてきた学者たちが、ずいぶん狼狽(ろうばい)しているようです。あちこちで激しい議論が起こるのも、そうしたことの表れでしょう。

【『日本文明の主張 『国民の歴史』の衝撃』西尾幹二、中西輝政(PHP研究所、2000年)以下同 】

 人はどうしても見掛けで判断されやすい。西尾の風貌と話しぶりには傲然としたところがある。私は何となく「嫌なオヤジ」くらいにずっと思い込んできた。その見方が変わったのは福島の原発事故を巡るディスカッションの動画を見た時のことだった。西尾は推進派から脱原発派に宗旨替えをした。その率直な態度が私の心に何かを響かせた。もちろん逆の立場があってもいい。事故という現実と学問的な裏づけによって持論に固執しないことが重要なのだ。その意味で私は武田邦彦にも敬意を払う。西尾と武田はインターネットを駆使しているところまでよく似ている(西尾幹二のインターネット日録武田邦彦(中部大学))。

 西尾と中西は保守派論壇を代表する人物と目されているが、実は初めての対談であったという。普通の対談本とは異なり、議論の応酬ではなく長い主張を交互に行っている。これは中西のスタイルのようだ。冒頭では上記のように中西の絶賛から始まるが、途中から全く遠慮のない意見がぶつけられている。3日間に渡って12時間行われた対談を編集したもの。

 西尾は文学者である。歴史家ではない。その西尾がペンを執らざるを得なくなったのは、やはり日本人の歴史意識に危機感を抱いたためだろう。戦後教育はバブル崩壊まで一貫して戦前の日本を否定的に扱ってきた。まずGHQが巧妙に日本文化を破壊し、その後を日教組と進歩的文化人が引き継いだ格好だ。

 その流れを変えたのが1996年に設立された「新しい歴史教科書をつくる会」であった。西尾は設立人の一人で、初代会長に就任した。その当時は誰もが眉をひそめた。私も「何を今更」と思った。1995年には小林よしのり作『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論』(扶桑社)が出ていた。渡部昇一や谷沢永一が右旋回した。世間の見方は冷ややかであった。ところが北朝鮮による拉致被害や中国・韓国での反日運動が激化するに連れて流れが変わっていった。戦後体制に疑問を抱けば自ずと敗戦時に目が向く。誘拐同然でさらわれた同胞を救い出すこともできない国家は国家たり得るのか? この国はどこかおかしい。そんな疑問が国民の間に少しずつ浸透していったように思う。

 たとえば、唯物史観が退潮したあと、今度は奇妙な偏向姓を持つ「ボーダレス史観」のようなものが現れ、戦前の「皇国(こうこく)史観」の逆をゆくものならどんな行きすぎでも許されるとばかりに、「日本」など存在しなかったかのような極限的な修正史観にまで行き着いています。つまり、一つの間違いを修正するのに、それよりはるかに悪い方向へ向かって修正しようとする。つまり、「真ん中」に寄せるのではなく、マイナスのベクトルにばかり向かっているのです。
 しかも、戦前の歴史を一括して、「皇国史観」とか「軍国主義史観」という言葉で語ってしまう。彼らにとって戦前というのは、昭和20年以前すべてを指します。だから、私はこれを本質的な意味を込めて「戦後史観」と呼ぶのですが、彼らは戦前までの日本のあり方のすべてを否定的に捉えるという偏見から出発していますから、それまでよしとされたものを批判しあらゆる歴史上の「偶像破壊」をしなければ実証史学でない、という強迫観念にとらわれつづけています。これは歴史への本来の姿勢ではありません。とくに彼らのいう「皇国史観」にとらわれすぎているから、それこそ何百年、何千年と遡(さかのぼ)る日本人の本来の歴史意識やトータルな歴史像をすべて否定してしまおうとしてきたのです。

 世界中どこの国でも愛国教育を行っている。そんな当たり前の事実すら我々は見失ってしまった。「第二次世界大戦が終わってから世界は平和になった」と錯覚しているのは日本人だけであろう。アフガニスタンやイラクが戦火に見舞われても他人事である。北朝鮮がミサイルを発射しても目を覚ますことがない。日本が仮にも平和を享受できたのは日米安保のおかげであり、アメリカの核の傘に守られてきたからだ。そのアメリカが今衰亡しつつある。国力が衰えればアメリカが「自分の国は自分で守ってくれ」と言い出すに決まっている。きっと昨年のオバマ来日で言われたに違いない。その後安倍首相がやったことといえば、特定秘密保護法の制定と集団的自衛権の行使で、現在は憲法改正を表明している。

 国民が自国の歴史を見失えば国家は大国に依存する。敗戦という精神的空白を経て日本はアメリカに身を委ねた。アメリカがダメになったら、今度は中国に身を擦り寄せるのだろうか? その可能性を否定できないところにこの国の悲しさがある。

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新装版『深代惇郎の天声人語』正続

深代惇郎の天声人語 (朝日文庫)続・深代惇郎の天声人語 (朝日文庫)

 朝日新聞1面のコラム「天声人語」。この欄を70年代に3年弱執筆、この短い期間に読む者を魅了し続け、新聞史上最高のコラムニストとも評されながら急逝した記者がいた。その名は深代惇郎――。氏の天声人語から特によいものを編んだベスト版が新装で復活!

2016-03-12

新版『パリは燃えているか?』ラリー・コリンズ、ドミニク・ラピエール:志摩隆訳

パリは燃えているか?〔新版〕(上) (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)パリは燃えているか?〔新版〕(下) (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

沢木耕太郎氏推薦「現代ノンフィクションにおける叙述スタイルの革命は、この著者の、この作品から始まったのだ」

柳田邦男氏「戦後70年の間に世界で書かれてきたすぐれた戦史ドキュメントの中で十指に入る作品だ」(本書解説より)

 第二次大戦末期、敗北を重ね追い詰められたヒトラーは命じた。「パリを敵の手に渡すときは、廃墟になっていなければならない!」。この命令を受けたコルティッツ将軍により、ドイツ占領下のパリの街なかには、至る所に爆薬が仕掛けられた。エッフェル塔、凱旋門、ノートル=ダム寺院、ルーヴル美術館……世界が愛する美しい街並みは、灰燼に帰してしまうのか? 1944年8月のパリ攻防をめぐる真実を描いたノンフィクション。

2016-03-11

ジェームズ・リカーズ


 1冊読了。

 28冊目『ドル消滅 国際通貨制度の崩壊は始まっている!』ジェームズ・リカーズ:藤井清美訳(朝日新聞出版、2015年)/難しかった。SDR(特別引出権)の意味を初めて理解できた。タイトルに難あり。原題は「THE DEATH OF MONEY」である。「FRBがドルを捨てる方向に動いている」というのが真意である。SDRは事実上、世界通貨であり、ゆくゆくはSDR建てでアメリカの大型株が発行される可能性を示唆する。ゴールドの価値は不変であり、価格の上下はドルの価値が動いているに過ぎない、との指摘に目から鱗が落ちる。アベノミクスについても触れており、アメリカ経済の今後を日本の金融政策(金融緩和)が占うという。基本的には緩和マネーが資産バブルを形成し、首が回らなくなるという見立てである。ドル基軸通貨体制崩壊後に関しては三つのシナリオが描かれているが、ゴールドを裏付けとするSDR基軸通貨が実現するような気がする。デフレという化け物に紙幣が敗れる日はそう遠くない。必読書入り。水野和夫著『資本主義の終焉と歴史の危機』の後に読むのがいいだろう。挫折した『通貨戦争 崩壊への最悪シナリオが動き出した!』も読み直す予定だ。

東京大空襲


 この季節、きまって脳裏をよぎる五行歌がある。〈霊能者という人に/本当に霊が見えるなら/東京なんて/一歩も歩けないと/東京大空襲の生き残りの父〉(唐鎌史行、市井社『五行歌秀歌集2』)◆火炎と熱風をのがれて水辺に逃げた人の多くは酸欠死し、溺死し、凍死した。遺体からにじみ出た脂で隅田川が濁ったという。米軍機B29がおびただしい数の焼夷弾を東京上空から降らせたのは71年前のきょうである◆約10万人が…いや、命に切り捨てていい端数のあるはずがない。「東京大空襲を記録する会」の調査によれば、9万2778人が死亡した◆日本政府は戦後、無差別の大量虐殺であるこの東京大空襲を指揮したカーチス・ルメイ将軍に、勲一等旭日大綬章を贈っている。東京五輪の年、1964年(昭和39年)のことである。「自衛隊育成の功労者」という名目だが、霊は泣いただろう。〈東京なんて/一歩も歩けない…〉のは道理である。復興を成し遂げて、世紀の祭典に酔ったのか。いまもって理解しがたい◆人はときに、心弾む階段をのぼりながら堕落していく。ほろ苦い歴史の教えである。

【編集手帳 2016年3月10日】

2016-03-09

ジム・アル=カリーリ、ジョンジョー・マクファデン、他


 1冊挫折、1冊読了。

「欲望」と資本主義 終りなき拡張の論理』佐伯啓思〈さえき・けいし〉(講談社現代新書、1993年)/二度目の挫折である。1993年刊だから、まだ保守の肩身が狭かった時代だ。言葉や表現に対する慎重さが読みにくさの原因となっている。

 27冊目『量子力学で生命の謎を解く 量子生物学への招待』ジム・アル=カリーリ、ジョンジョー・マクファデン:水谷淳〈みずたに・じゅん〉訳(SBクリエイティブ、2015年)/流麗な筆致に驚く。訳文も実に読みやすい。がしかし、それでも尚難解である。この手の本はとにかくスピーディーに読むのがコツである。あまり理解しようと努めない方がよい。原始スープからどのようにして生命が誕生したのかはまだわからない。最先端の知は「わからない」手前まで果敢にアプローチする。この不可能に対して何度も何度も挑戦する営みこそが生命誕生の縮図と思えてならなかった。知識が追いつかなくて理解できなくても、確実に昂奮し得る稀有な一書。フランク・ウィルチェック著『物質のすべては光 現代物理学が明かす、力と質量の起源』の後に読むのがいいだろう。

2016-03-06

目撃された人々 66