2020-08-17

宇宙と素粒子のスケール/『宇宙は何でできているのか 素粒子物理学で解く宇宙の謎』村山斉


『人類が知っていることすべての短い歴史』ビル・ブライソン
『本当にあった嘘のような話 「偶然の一致」のミステリーを探る』マーティン・プリマー、ブライアン・キング

 ・宇宙と素粒子のスケール

・『宇宙は本当にひとつなのか 最新宇宙論入門』村山斉

 もちろん、物質を原子レベルまでバラバラにするのは容易ではありません。たとえば直径10センチメートルのリンゴをバラバラにすると、ざっと1026個ぐらいの原子になります。どんなに鋭いナイフで刻んでも(その刃は必ず原子より大きいので)無理ですね。
 ちなみに、リンゴ1個と原子1個の大きさの比は、天の川銀河と地球の軌道の大きさの比と同じぐらい。天の川銀河がリンゴだとすると、地球の軌道は原子1個程度の大きさしかないということです。
 さて、原子1個の直径は10-10メートル。かつては、これが「この世でいちばん小さいもの=素粒子」だと考えられていました。
 しかし、やがて原子にも「内部構造」がある――つまり「もっとバラバラにできる」ことが判明します。原子の中心には「原子核」と呼ばれるものがあり、そのまわりを「電子」がくるくると回っている。先ほどの「原子の直径(10-10メートル)」とは、電子が回る軌道の直径だったわけです。
 そして、電子の軌道から原子核までの距離は、決して近くありません。地球と人工衛星ぐらいの距離感をイメージする人が多いと思いますが、原子核の直径は電子の軌道よりはるかに小さく、10-15メートル。電子の軌道の10万分の1です。もちろんミクロの世界の話ですから、私たちの目から見ればどちらも同じようなものですが、実際は5桁も違う。富士山の標高と地球の直径でさえ、4桁しか違いません。原子核から見ると、電子ははるか彼方を飛び回っているのです。
 この原子核の発見によって、「素粒子」のサイズは一気に小さくなりました。ところが、話はそこで終わりません。原子核にも「陽子」や「中間子」といった内部構造があり、その陽子や中間子も、いくつかの粒子によって形づくられているのです。
 その粒子が「クォーク」と呼ばれるもの。いまのところ、クォークこそが真の「素粒子」だと考えられています。その大きさは、どんなに大きく見積もっても10-19メートル。かつて「素粒子」だと思われた原子とは9桁、その真ん中にある原子核とも4桁違うのです。
 さらに重力と電磁気力、そしてあとで説明する強い力と弱い力も統一すると期待されている「ひも理論」では、素粒子の大きさは10-35メートルだと考えられています。

 宇宙は1027メートル、素粒子は10-35メートル。この途方もないスケールが、私たちが存在する自然界の「幅」ということになります。その両端にある宇宙研究と素粒子研究のあいだには62桁もの距離がある、と言ってもいいでしょう。

【『宇宙は何でできているのか 素粒子物理学で解く宇宙の謎』村山斉〈むらやま・ひとし〉(幻冬舎新書、2010年)】

 するってえと1万メートルを基準にすればべき乗は31で釣り合うことになるわけだな。1メートルを基準にするのはヒトの身長に合わせたもの。あるいはヒトの視力と言ってもいいだろう。1メートルの大きさなら、かなり離れてもよく見える。

 一番驚かされたのはミクロ世界の方が8桁もの奥行きがあることだ。真に広大なのは外なる宇宙ではなく微小な宇宙とは俄(にわか)に信じ難い。しかもその全てが、物質もエネルギーも光も性質も性格も本を正せば一点から生じたのである。これに優る不思議はない。

 宇宙の営みは素粒子の移動とエネルギーの変換といえよう。その壮大さを思えば歴史や心理の意味も色褪せる。諸行は一瞬もとどまることなく移ろい、常ならざる様相を展開する。感情は人生に重みを与えるが進化の産物であり、集団内部で生存率を高めるところに本来の目的がある。



2乗や3乗などのn乗(べき乗)をHTMLで表示する方法 | DEVRECO

2020-08-15

手洗いを拒否した医師たち/『医師は最善を尽くしているか 医療現場の常識を変えた11のエピソード』アトゥール・ガワンデ


『予期せぬ瞬間 医療の不完全さは乗り越えられるか』アトゥール・ガワンデ

 ・手洗いを拒否した医師たち

『アナタはなぜチェックリストを使わないのか? 重大な局面で“正しい決断”をする方法』アトゥール・ガワンデ
『死すべき定め 死にゆく人に何ができるか』アトゥール・ガワンデ

 1847年、ウィーン在住の弱冠28歳の産科医、イグナーツ・センメルヴェイス産褥熱の原因は医師自身の手洗い不足にあることを証明した。医師ならばだれでも知っている有名な話である。感染症の原因は病原体にあることがわかり、抗生物質が発見される前までは、産褥熱は妊婦の死因のトップだった。産褥熱は細菌感染症であり、溶連菌が原因のトップである。溶連菌は急性咽頭炎の原因でもある。センメルヴェイスが働いていた病院では、毎年3000人のお産があり、そのうち600人以上がこの病気のために亡くなっていた。お産で2割が死ぬと聞けばだれでも怖くなるだろう。一方、当時、自宅でのお産では1パーセントしか亡くならなかったのである。センメルヴェイスはこの差の原因は、医師自身が菌を患者から患者に運んでいるからだと結論した。彼は自分が働く病棟では、医師も看護師も一人の患者の処置が終わるごとに爪の間までブラシと塩素でこすり洗いするようにさせた。病棟での産褥熱による死亡は1パーセント以下になった。これだけでも動かしがたい証拠のように見える。しかし、それでも医師の習慣は変わらなかった。同僚の産科医の中には、センメルヴェイスの主張を批判するものもいた。医師が菌を運んで患者を殺しているという考え自体が受け入れられなかったのである。センメルヴェイスは結局、賞賛を受けるどころか、病院での職を追われることになった。

【『医師は最善を尽くしているか 医療現場の常識を変えた11のエピソード』アトゥール・ガワンデ:原井宏明〈はらい・ひろあき〉訳(みすず書房、2013年/原書、2007年)以下同】

 当時、産褥熱の原因は瘴気(しょうき)と信じられていた。日本だと疫病の原因は「鬼」(き)と考えられてきた。節分の「鬼は外」も感染症の原因を祓(はら)う目的があった。鬼に関しては面白い話がたくさんあるのだが以下のページを紹介するにとどめておく。

鬼と呼ばれたもの
PDF:「鬼」のもたらす病―中国および日本の古医学における病因観とその意義―(上)/長谷川雅雄・辻本裕成・ペトロ・クネヒト

 話はこれで終わらない。センメルヴェイスは動物実験で証明することや論文を書くことを求められたが激しく拒んだ。理由は不明である。彼は侮辱されたとして激越な個人攻撃で応じた。病院スタッフにも厳しく当たるようになった。天才は狂信者に変貌した。

 病院とは患者の集まる場所である。時に医師や病院が感染を拡大させることがある。現場では基本である手洗いの励行すら難しいという。

 通常の石けんでもていねいに洗えば、感染症をそこそこ防げる。表面活性作用によってはほこりやあかが取り除かれる。しかし、15秒間洗ったとしても、菌の数はひと桁減る程度である。通常の石けんでは不十分であることをセンメルヴェイスは知っていて、だからこそ塩素水を感染症予防に使うようにした。今日の殺菌性石けんは菌の細胞膜と蛋白を破壊する塩化ヘキシジンのような薬品を含んでいる。このような石けんを使ったとしても、正しい手洗いを行うためには、厳密なやり方に従わなければならない。最初に、時計や指輪などの装飾品を取り外さなければならない。これらは細菌の住処として悪名高い。次に蛇口からのお湯で手を濡らす。石けんを出し、前腕の3分の1を含む手の皮膚全体につけ、15秒から30秒間(石けんによって異なる)洗いつづけなければならない。そして、すすぎを30秒間続ける。綺麗な使い捨てタオルで完全に乾かす。最後に、使い捨てタオルを使って蛇口を閉める。患者に触れるたびにこれを繰り返す。
 だれもこの通りにはやっていない。事実上不可能だ。朝の回診では、一人のレジデントが1時間あたり20人の患者を診て回る。集中治療室の看護師も同じくらいの密度で患者と接しており、そのたびに手洗いが必要である。手洗い1回に要する時間をなんとか1分以内に納めたとしても、それでも労働時間の3分の1は手洗いに使っていることになる。そして、何度も手を洗えば、皮膚が荒れ、結果的に皮膚炎を引き起こし、それがさらに細菌の数を増やす。

 感染症拡大の最も大きな原因は都市化による過密な人口だが、病院そのものが患者を過密化するシステムとして作動する。人類が目指した効率はウイルスや細菌にとって絶好の機会となった。

 結論は自ずと導かれる。都市化をやめるか、妥協をするかである。都市化をやめるのは政治決断である。通信技術は電話~FAX~オフィスオートメーション~インターネットと進展してきたが労働時間は決して短くならない。「OAによって事務が効率化したにもかかわらず、ジャパニーズビジネスマンの超過勤務がたった半時間でも減ったわけではない」(『仏の顔もサンドバッグ』小田嶋隆)。霞が関の官僚が国会対策で深夜まで残業を強いられているわけだから、民間の効率化が進むことはまず考えにくい。まずは自民党が経団連の顔色を窺うことをやめて、霞が関改革と労働改革を推進する必要がある。

 日本の手洗い文化は神道の手水(ちょうず)に端を発する。元々は川で身を清めていた禊(みそぎ)を簡略化したのが手水の始まりとされる(手洗い、うがいの歴史は2500年続く | 一般社団法人京すずめ文化観光研究所)。西洋に2000年先んじていたといえば自慢が過ぎるが、国土に河川が多い地の利も見逃せない。水が豊富な国は存外少ない。

2020-08-03

命のつながり/『きみが来た場所 Where are you from? Where are you going?』喜多川泰


・『賢者の書』喜多川泰
・『君と会えたから……』喜多川泰
『手紙屋 僕の就職活動を変えた十通の手紙』喜多川泰
『心晴日和』喜多川泰
『「また、必ず会おう」と誰もが言った 偶然出会った、たくさんの必然』喜多川泰

 ・命のつながり

・『スタートライン』喜多川泰
・『ライフトラベラー』喜多川泰
『書斎の鍵  父が遺した「人生の奇跡」』喜多川泰
『株式会社タイムカプセル社 十年前からやってきた使者』喜多川泰
『ソバニイルヨ』喜多川泰
『運転者 未来を変える過去からの使者』喜多川泰

 秀平は自分の命の重み、そしてつながりを感じていた。
 自分の人生は、自分以外のものに生かされてきた歴史だ。
 祖父の代が、命をかけてつないでくれた命を、両親がまた命をかけてつないでくれた。そして、それは子供たちのために自分の命をかける決意をしてくれた人たちの歴史でもあった。
 秀平は電車の中にいる見ず知らずの人たちの顔を見た。
 そこにいつもの顔ぶれはなく、多くは、お盆休みに入り、買い物に出かけるカップルや帰省のために大きなリュックをしょった小学生らしき子供を連れた家族連れだった。
 思わず、平壌に帰る汽車に乗っている、俊子を膝に抱えた正一と理津子と千鶴子、そして義雄、浪江の姿が脳裏に浮かんだ。
「ここにいる一人ひとりも一緒だ。俺のじいちゃんたちのように命をつないでくれた先人たちがいたからこそ、今ここにいるんだ」
 自分が知るはずもない時代の空気を吸うことによって肌で感じたのは、秀平が見た自分の家族の過去の歴史は、この国に住む、すべての家族の過去でもあるということだった。
 あの時代に、命をかけて家族の命を守り、命を捨てて家族の命を守ろうとしたのは、義雄や浪江、英司だけではない。
 あの時代のすべての人たちがそうだったのだ。
 誰一人として、安全なところにいて難を逃れた人などはいない。
 秀平は、見知らぬ人一人ひとりの肩をたたき、
「なあ、お互い、よくここまで命をつないでもらったよな。本当にありがたいよな」
 と言って回りたいほどの感動が波のように何度も押し寄せてきた。

【『きみが来た場所 Where are you from? Where are you going?』喜多川泰〈きたがわ・やすし〉(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2017年/大和書房、2011年『母さんのコロッケ 懸命に命をぐなぐ、ひとつの家族の物語』改題・新作短篇)】

 2冊読む羽目になった。出版社の意向もあるのだろうが古い作品がわからなくなる改題には問題がある。タイトルに英文を入れるのも妙に気取った印象があって好きになれない。ゴーギャンのパクリっぽい。しかも新作短篇の出来があまりよくない。

 喜多川の小説は当たり外れがはっきりしているのだが本書は当たりだ。私塾を立ち上げる主人公には喜多川自身の経験が反映されていることだろう。

 キヨスクで偶然買った「ルーツキャンディ」を舐(な)めると祖父や父の体験が目の前で繰り広げられる。最初はわけがわからなかったが主人公は徐々に「自分がどこから来たか」を知る。歴史を学ぶと全てを知った気になるが実はそうではないことがわかる。我々は自分の父や祖父の感情の軌跡すら知らないのだ。自分の誕生をどれほどの喜びで迎えてくれたか。家族のためにどのような思いで戦争に臨んだか。そうした感情の一つひとつが人類の歴史を織り成しているのだ。

 命はつながり、そして流れる。人々の思いは確かな痕跡となって大河の方向を決めるのだろう。