2015-12-31

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2016年に読んだ本ランキング

 数日前からピックアップしたところ、たちまち60~70冊ほどになってしまった。今年は読了本が多かったため、1/3ほどのヒット率と見てよい。思い切って10冊に絞ろうとしたのだが、やはり無理であった。20冊にするのも難しかった。順位はつけているがそれほど大差があるわけではない。心に受けた衝撃度を基準にした。何か書こうかと思ったのだが、腱鞘炎がぶり返してきているので読書日記へのリンクのみとした。一年間ご愛読いただき誠にありがとうございました。伏して御礼申し上げる次第です。それでは皆さん、よいお年を。

 20位『生ける屍の結末 「黒子のバスケ」脅迫事件の全真相』渡邊博史
 19位『龍馬の黒幕 明治維新と英国諜報部、そしてフリーメーソン』加治将一
 18位『明治維新という過ち 日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト』原田伊織
 17位『平成経済20年史』紺谷典子
 16位『パール判事の日本無罪論』田中正明
 15位『言挙げせよ日本 欧米追従は敗者への道』松原久子
 14位『記憶喪失になったぼくが見た世界』坪倉優介
 13位『休戦』プリーモ・レーヴィ
 12位『決定版 国民の歴史(上)』『決定版 国民の歴史(下)』西尾幹二
 11位『父、坂井三郎 「大空のサムライ」が娘に遺した生き方』坂井スマート道子
 10位『創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史』輪島祐介
 9位『インテリジェンス戦争の時代 情報革命への挑戦』藤原肇
 8位『日本人のための憲法原論』小室直樹
 7位『F機関 アジア解放を夢みた特務機関長の手記』藤原岩市
 6位『逝きし世の面影』渡辺京二
 5位『日本の戦争Q&A 兵頭二十八軍学塾』兵頭二十八
 4位『消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』高橋和巳
 3位『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』岸見一郎、古賀史健
 2位『人間科学』養老孟司
 1位『ある明治人の記録 会津人柴五郎の遺書』石光真人

ある明治人の記録―会津人柴五郎の遺書 (中公新書 (252))

中央公論新社
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2015-12-30

勝海舟


 1冊読了。

 178冊目『氷川清話』勝海舟:江藤淳〈えとう・じゅん〉、松浦玲〈まつうら・れい〉編(講談社学術文庫、2000年)/再読。あと50ページほど残しているが明日には読み終えるだろう。会津戦争を知った今となっては驚くほど勝の言葉が響いてこない。原田伊織著『明治維新という過ち 日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト』の影響が予想以上に大きいと見える。原田は「ただの法螺吹き」と勝を断じているが、確かに言葉の軽さは否めない。その剽軽(ひょうきん)さを除けば、どこか佐藤優と似ている。肝心なことは隠し通して、言葉で煙に巻いてしまうタイプだ。教養に名を借りた情報戦略といったところか。松浦のせせこましい脚注も自らの正しさを声高に主張しているようでみっともない。明日は今年のランキングを書く予定なので、読書日記はこれにて打ち止め。皆さん、よいお年を。

ネルソン・マンデラは「世界の警察」を拒否/『アメリカの国家犯罪全書』ウィリアム・ブルム


『人間の崩壊 ベトナム米兵の証言』マーク・レーン
『動くものはすべて殺せ アメリカ兵はベトナムで何をしたか』ニック・タース
・『だれがサダムを育てたか アメリカ兵器密売の10年』アラン・フリードマン
『9.11 アメリカに報復する資格はない!』ノーム・チョムスキー
『エコノミック・ヒットマン 途上国を食い物にするアメリカ』ジョン・パーキンス
『アメリカ民主党の崩壊2001-2020』渡辺惣樹

 ・ネルソン・マンデラは「世界の警察」を拒否

『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く』ナオミ・クライン
『人種戦争 レイス・ウォー 太平洋戦争もう一つの真実』ジェラルド・ホーン

必読書リスト その二

ネルソン・マンデラ 1997年

 なぜ傲慢にも、どちらへ行くべきか、どの国と友好関係を結ぶべきか、われわれに指図できるのだろう。カダフィは私の友人だった。われわれが孤立していたときに、支援の手をさしのべてくれた。一方、今日、私がここに来ることを阻止しようとした人々は私の敵だ。そうした人々は何の道徳ももっていない。一つの国が世界の警察としてふるまうことを、われわれは受け入れることはできない。
(Wahington Post, November 4, 1997, p.13,)

【『アメリカの国家犯罪全書』ウィリアム・ブルム:益岡賢〈ますおか・けん〉訳(作品社、2003年)】

【ワシントン西田進一郎】オバマ米大統領はシリア問題に関する10日のテレビ演説で、「米国は世界の警察官ではないとの考えに同意する」と述べ、米国の歴代政権が担ってきた世界の安全保障に責任を負う役割は担わない考えを明確にした。

 ただ、「ガスによる死から子供たちを守り、私たち自身の子供たちの安全を長期間確かにできるのなら、行動すべきだと信じる」とも語り、 自らがシリア・アサド政権による使用を断言した化学兵器の禁止に関する国際規範を維持する必要性も強調。 「それが米国が米国たるゆえんだ」と国民に語りかけた。

 大統領は、「(シリア)内戦の解決に軍事力を行使することに抵抗があった」と述べつつ、8月21日にシリアの首都ダマスカス近郊で化学兵器が使用され大量の死者が出たことが攻撃を表明する動機だと説明した。「世界の警察官」としての米国の役割についても「約70年にわたって世界の安全保障を支えてきた」と歴史的貢献の大きさは強調した。

【毎日新聞 2013年9月11日】

 ソース(オバマ大統領の演説のトランスクリプト)だと「アメリカは世界の警察ではない」となっている。わざわざ「同意する」を付け足した西田進一郎の狙いは何だったのか? しかも「the world's policeman」だから「世界の警察官」とすべきだろう。


「世界の警官」は「世界の暴力団」でもあった。警察は公権力だがアメリカの場合は単なる武力(暴力)に過ぎない。大統領となったネルソン・マンデラがどれほどアメリカに苦しめられたかは、ナオミ・クラインの『ショック・ドクトリン』に詳細がある。

 約半年後の2014年4月、オバマ大統領が来日した。それ以降、安倍政権がやったことといえば、特定秘密保護法と集団的自衛権の行使容認を含む安全保障関連法の成立である。きっと「自分の国は自分で守れや」とでも言われたのだろう。で、当然のように中国が前へ出てくる。かつて核保有国同士が戦争をしたことはないから、アメリカとしては日本を中国にぶつけるつもりだろう。南シナ海か尖閣諸島あたりで。

 アメリカが警官をやめたのはカネがないからだ。アメリカの国防予算は2012-2021年まで削減が義務づけられている。とすれば世界は多極化か極のない世界に向かわざるを得ない。アメリカが一歩下がることでヨーロッパの地政学的リスクが高まれば、たぶん中国・ロシアが台頭する。

 そして米国の利上げ政策によって新興国マネーはアメリカに集まる。どこをどう考えてみても「世界は沈む」と結論せざるを得ない。「沈める」ところにアメリカの戦略があるのだろう。2016年は「暴落の年」と考えてよい。

アメリカの国家犯罪全書
ウィリアム ブルム
作品社
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ヒロシマとナガサキの報復を恐れるアメリカ/『日本最後のスパイからの遺言』菅沼光弘、須田慎一郎
誰も信じられない世界で人を信じることは可能なのか?/『狂気のモザイク』ロバート・ラドラム

坂井スマート道子、フランツ・カフカ、他


 5冊挫折、2冊読了。

市民政府論』ロック:鵜飼信成〈うかい・のぶしげ〉訳(岩波文庫、1968年)/加藤節〈かとう・たかし〉訳の方がよい。

2000円から始める!! ふるさと納税裏ワザ大全』金森重樹〈かなもり・しげき〉監修(綜合ムック、2014年)/単なるカタログ。手抜き編集。参考にならず。

偽のデュー警部』ピーター・ラヴゼイ:中村保男訳(ハヤカワ文庫、1983年)/冒頭でチャップリンが登場する。文体が合わず。

化城の昭和史 二・二六事件への道と日蓮主義者(上)』寺内大吉(毎日新聞社、1988年/中公文庫、1996年)/血盟団事件~五・一五事件~二・二六事件を日蓮主義というテーマで描く。しかも主人公の「改作」という渾名(あだな)の記者が左翼の尾崎秀実〈おざき・ほつみ〉という趣向を凝らす。3/4ほどで挫ける。事件そのものがあまり面白くない。寺内大吉は浄土宗の僧侶。

憲法と平和を問いなおす』長谷部恭男〈はせべ・やすお〉(ちくま新書、2004年)/先般、国会に参考人として招かれた人物。文章がよくない。で、たぶん左翼。政教分離(66ページ)、愛国心(69ページ)、天皇制(93ページ)に関する記述からそう判断した。例えばドイツでは税金が教会に渡っている。また愛国教育をしていないのは世界でも日本くらいだ。肝心なことを世界と比較せずに道徳的な次元で批判するのが左翼の常習性である。

 176冊目『絶望名人カフカの人生論』フランツ・カフカ:頭木弘樹〈かしらぎ・ひろき〉編訳(飛鳥新社、2011年/新潮文庫、2014年)/『生ける屍の結末 「黒子のバスケ」脅迫事件の全真相』といい勝負だ。昔、「可不可」というペンネームを思いついたことがあったが、どうやら実際のご本人は「過負荷」であった模様。渡邊博史はカフカになれる可能性を秘めていると思う。

 177冊目『父、坂井三郎 「大空のサムライ」が娘に遺した生き方』坂井スマート道子(産経新聞出版、2012年)/親父の本より面白かった。娘をもつ親は必読のこと。零戦エースパイロットの凄まじいばかりの注意力が遺憾なく子育てに発揮されている。坂井三郎は「生きる不思議」を悟っていたのだろう。型破りな教えの数々が「生命の危険回避」を旨としている。リスク管理の見事な教科書。坂井を半死半生の目に遭わせた米軍パイロットとの邂逅も感動的だ。「必読書」入り。

2015-12-28

脳卒中が起こった瞬間/『奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき』ジル・ボルト・テイラー


『壊れた脳 生存する知』山田規畝子
『46年目の光 視力を取り戻した男の奇跡の人生』ロバート・カーソン
『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』テンプル・グランディン
『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ
『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ
『脳はいかにして〈神〉を見るか 宗教体験のブレイン・サイエンス』アンドリュー・ニューバーグ、ユージーン・ダギリ、ヴィンス・ロース
『悟りの階梯 テーラワーダ仏教が明かす悟りの構造』藤本晃
『未処理の感情に気付けば、問題の8割は解決する』城ノ石ゆかり
『マンガでわかる 仕事もプライベートもうまくいく 感情のしくみ』城ノ石ゆかり監修、今谷鉄柱作画
『ザ・メンタルモデル 痛みの分離から統合へ向かう人の進化のテクノロジー』由佐美加子、天外伺朗
『無意識がわかれば人生が変わる 「現実」は4つのメンタルモデルからつくり出される』前野隆司、由佐美加子
『ザ・メンタルモデル ワークブック 自分を「観る」から始まる生きやすさへのパラダイムシフト』由佐美加子、中村伸也
『左脳さん、右脳さん。 あなたにも体感できる意識変容の5ステップ』ネドじゅん

 ・脳卒中が起こった瞬間

ジル・ボルト・テイラー「脳卒中体験を語る」
ジャッギー・ヴァースデーヴからサドグルへ転身したストーリー
『脳は奇跡を起こす』ノーマン・ドイジ
『脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線』ノーマン・ドイジ
『ザ・ワーク 人生を変える4つの質問』バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェル
『人生を変える一番シンプルな方法 セドナメソッド』ヘイル・ドゥオスキン
『わかっちゃった人たち 悟りについて普通の7人が語ったこと』サリー・ボンジャース
『悟り系で行こう 「私」が終わる時、「世界」が現れる』那智タケシ
『二十一世紀の諸法無我 断片と統合 新しき超人たちへの福音』那智タケシ
『覚醒の炎 プンジャジの教え』デーヴィッド・ゴッドマン

悟りとは
必読書リスト その五

 集中しようとすればするほど、どんどん考えが逃げて行くかのようです。答えと情報を見つける代わりに、わたしは込み上げる平和の感覚に満たされていました。わたしを人生の細部に結びつけていた、いつものおしゃべりの代わりに、あたり一面の平穏な幸福感に包まれているような感じ。恐怖をつかさどる脳の部位である扁桃体が、こうした異常な環境への懸念にも反応することなく、パニック状態を引き起こさなかったなんて、なんて運がよかったのでしょう。左脳の言語中枢が徐々に静かになるにつれて、わたしは人生の思い出から切り離され、神の恵みのような感覚に浸り、心がなごんでいきました。高度な認知能力と過去の人生から切り離されたことによって、意識は悟りの感覚、あるいは宇宙と融合して「ひとつになる」ところまで高まっていきました。むりやりとはいえ、家路をたどるような感じで、心地よいのです。
 この時点で、わたしは自分を囲んでいる三次元の現実感覚を失っていました。からだは浴室の壁で支えられていましたが、、どこで自分が始まって終わっているのか、というからだの境界すらはっきりわからない。なんとも奇妙な感覚。からだが、固体ではなくて液体であるかのような感じ。まわりの空間や空気の流れに溶け込んでしまい、もう、からだと他のものの区別がつかない。認識しようとする頭と、指を思うように動かす力との関係がずれていくのを感じつつ、からだの塊はずっしりと重くなり、まるでエネルギーが切れたかのようでした。

【『奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき』ジル・ボルト・テイラー:竹内薫〈たけうち・かおる〉訳(新潮社、2009年/新潮文庫、2012年)】

2012年に読んだ本ランキング」の第3位である。出版不況のせいで校正をしていないのかもしれない。「なんて、なんて運が」が見過ごされている。

 急激な脳血管障害(脳梗塞、脳出血、くも膜下出血)の総称を脳卒中という。ジル・ボルト・テイラーは浴室で倒れた。フラフラになりながらも何とか電話まで辿り着き、同僚に連絡するも既に呂律(ろれつ)が回らなくなっていた。

 論理や思考から解き放たれた豊かな右脳世界が現れる。それは自他が融(と)け合う世界だった。左脳は分析し序列をつける。

「科学者は、体験談を証拠とはみなさない」(『なぜ人はエイリアンに誘拐されたと思うのか』スーザン・A・クランシー)。しかし脳科学者の体験であれば一般人よりも客観性があり有用だろう。

 神は右脳に棲む(『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ)。ただし注意が必要だ。教祖の言葉も、統合失調症患者のネオ・ロゴス(『死と狂気 死者の発見』渡辺哲夫)も右脳から生まれる。右脳にも裏と表があるのだろう。ジル・ボルト・テイラーの体験を普遍の位置に置くのは危険だ。

 それでも傍証はある。

「閉じ込め症候群」患者の72%、「幸せ」と回答 自殺ほう助積極論に「待った」

 文学的表現ではなく、本当にただ「いる」だけ、「ある」だけでも幸せなのだ。「比較と順応がないとき、葛藤は姿を消します」(『キッチン日記 J.クリシュナムルティとの1001回のランチ』マイケル・クローネン:高橋重敏訳)。左脳の特徴である論理・分析・体系化が「悟り」を阻んでいるのだろう。我々が願う幸福の姿は左脳的で、社会における位置や他人からの評価に彩られている。

 悟りとは「世界を、生を味わうこと」だ。ジル・ボルト・テイラーの体験は本覚論の正当性(『反密教学』津田真一)を示す。なぜなら悟るべきタイミングは「今、ここ」であり、彼岸は此岸(しがん)の足下(そっか)に存在するからだ。悟りとは山頂に位置するのではない。現在の一歩にこそ求められるべきものである。

 次に戒律というテーマが見えてくるわけだが私の手には余る。




序文「インド思想の潮流」に日本仏教を解く鍵あり/『世界の名著1 バラモン教典 原始仏典』長尾雅人責任編集、『空の思想史 原始仏教から日本近代へ』立川武蔵
病気になると“世界が変わる”/『壊れた脳 生存する知』山田規畝子

2015-12-25

菅沼光弘、ヨハン・テオリン、他


 6冊挫折、2冊読了。

会津落城 戊辰戦争最大の悲劇』星亮一〈ほし・りょういち〉(中公新書、2003年)/テレビマンの性(さが)はそう簡単に変わらぬようだ。星亮一は会津宣伝マンか。今後読む予定なし。

神々の明治維新 神仏分離と廃仏毀釈』安丸良夫〈やすまる・よしお〉(岩波新書、1979年)/細部にこだわりすぎて全体が見えない。キリスト教と日蓮宗不受不施派の禁止~寺請制度といった前提が描かれていないため廃仏毀釈事件簿の印象が強い。

地獄の虹 新垣三郎 死刑囚から牧師に』毛利恒之(毎日新聞社、1998年/講談社文庫、2005年)/『月光の夏』に感動した勢いで毛利恒之の著作に手をつけたのだが、パッとしない。テレビなんぞで真実を伝えられるわけがない(14ページ)。

占領下の言論弾圧』(現代ジャーナリズム出版会、1969年/増補版、1974年)/参照資料。松浦総三は共産党員らしい。「天皇の軍隊」などと書いている。左翼の言論が信用ならないのは人々を誘導するプロパガンダ性にある。彼らは天皇制打倒や社会主義化という目的を伏せながら、もっともらしい善意を振りかざして破壊活動を行う。人間を自由にしない思想・宗教はすべてイデオロギーと化す。そしてイデオロギーが人間を手段化する。

江戸時代』大石慎三郎〈おおいし・しんざぶろう〉(中公新書、1974年)/主要な大型治水工事の大半は戦国時代に行われたという。社会のグランドデザインを重視した内容。50ページほどしか興味が続かず。

冬の灯台が語るとき』ヨハン・テオリン:三角和代〈みすみ・かずよ〉訳(ハヤカワ・ポケット・ミステリ、2012年)/労多き作業にケチをつけるのは心苦しいが翻訳が悪すぎる。

 174冊目『黄昏に眠る秋』ヨハン・テオリン:三角和代〈みすみ・かずよ〉訳(ハヤカワ・ポケット・ミステリ、2011年/ハヤカワ文庫、2013年)/一度挫けている。とにかく翻訳がわかりにくい。軽く100ヶ所以上はあるだろう。リライトするだけでベストセラーになることだろう。老人たちが捜査をするという設定に無理があり、しかも登場人物の殆どが愚か者ときている。それでもラストのどんでん返しには度肝を抜かれた。次作の『冬の灯台が語るとき』にも直ぐ手を伸ばしたが、とても読めた文章ではない。

 175冊目『日本人が知らない地政学が教えるこの国の針路』菅沼光弘(KKベストセラーズ、2015年)/ウクライナ政変とイスラム国に関する情報を中心に米中の動きを解説する。例の如く語り下ろし。後藤健二さん殺害の裏側にMI5の暗躍ありとしている。中国が対日感情を和らげたのは、既に日本を格下国家と見なしているため。

2015-12-22

宗教学者の不勉強/『21世紀の宗教研究 脳科学・進化生物学と宗教学の接点』井上順孝編、マイケル・ヴィツェル、長谷川眞理子、芦名定道


岡野潔「仏陀の永劫回帰信仰」に学ぶ
『業妙態論(村上理論)、特に「依正不二」の視点から見た環境論その一』村上忠良

 ・宗教学者の不勉強

『身心変容技法シリーズ① 身心変容の科学~瞑想の科学 マインドフルネスの脳科学から、共鳴する身体知まで、瞑想を科学する試み』鎌田東二編

【衣服を着た神の姿】最近の研究は思わぬところから人間の身体や生活洋式の変化の過程を推測するようになっている。たとえば人類が体毛を失ったのは300万年ほど前で、服を着るようになったのが7万年ほど前という推測がある。これはシラミの研究から導かれたもので、陰部に棲むケジラミと頭部に棲むアタマジラミのDNA分子解析と、アタマジラミから分かれたコロモジラミの分子解析による。
 つまり人類の体毛がなくなったので、ケジラミとアタマジラミは分離され、別々の進化をした。また服を着るようになったので、アタマジラミからコロモジラミが分化し、もっぱら衣服に棲むようになったということである。衣服着用は、出アフリカした人類の寒冷地への進出を可能にしたと考えられる。そうすると、神とか霊的存在の表象において擬人化がいつ始まるかは不明にしても、それらが衣服をまとった姿で表象されるのは、7万年より新しくなければならないという推測が成り立つ。

【『21世紀の宗教研究 脳科学・進化生物学と宗教学の接点』井上順孝〈いのうえ・のぶたか〉編、マイケル・ヴィツェル、長谷川眞理子、芦名定道〈あしな・さだみち〉(平凡社、2014年)】


枕には4万匹のダニがいる/『人類が知っていることすべての短い歴史』ビル・ブライソン

 狙いはよいのだが勉強不足だ。井上は「あとがき」で肩をそびやかしているが、とてもそんなレベルではない。ESS理論ミラーニューロンなどが目を惹いた程度。リチャード・ドーキンス、アンドリュー・ニューバーグ、ジル・ボルト・テイラーを横断的に紹介している。

神経質なキリスト教批判/『神は妄想である 宗教との決別』リチャード・ドーキンス
脳は神秘を好む/『脳はいかにして〈神〉を見るか 宗教体験のブレイン・サイエンス』アンドリュー・ニューバーグ、ユージーン・ダギリ、ヴィンス・ロース
ジル・ボルト・テイラー「脳卒中体験を語る」

 なんとジル・ボルト・テイラーの書評もまだ書いていなかったとは(涙)。

 各人による各章がバラバラで統一感を欠く。季刊誌にするような代物といってよい。科学から宗教に対するアプローチと比べるとその浅さに驚愕の念すら覚える。

 中野毅〈なかの・つよし〉の論文「宗教の起源・再考 近年の進化生物学と脳科学の成果から」の方が有益である。この分野の書籍については以下に一覧を示す。

宗教とは何か?

ユーザーイリュージョン 意識という幻想』や『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』、『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』を押さえていない宗教学者は不勉強の誹(そし)りを免れない。また、ジル・ボルト・テイラーの『奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき』は、必ずジュリアン・ジェインズ著『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』から考証する必要があるのだ。

 そしてこのテーマは「情報とアルゴリズム」に向かう。科学と宗教は時間を巡る地平において肩を並べ得る。教義といえども情報である。すなわち宗教とは人類が発明した最も古い形のアルゴリズムなのだ。

2015-12-20

菅沼光弘、北芝健、池田整治


 1冊挫折、1冊読了。

映像のポエジア 刻印された時間』アンドレイ・タルコフスキー:鴻英良〈おおとり・ひでなが〉訳(キネマ旬報社、1988年)/ツイッターで知った一冊。1/3ほど飛ばし読み。本の作りが立派で重厚。菊判でありながら、何とページの余白が1/3を占める。そういう勿体の付け方が文章にも見られる。時間と記憶に関する記述は大変参考になった。尚、タルコフスキー作品は1本も観たことがない。

 173冊目『NIPPON消滅の前にこれだけは知っておけ! サバイバル・インテリジェンス』菅沼光弘、北芝健〈きたしば・けん〉、池田整治(ヒカルランド、2015年)/菅沼も賞味期限切れか。松本サリン事件の被害者となった河野義行さんについて、「宗教団体Sの信者で、奥さんも婦人部長かなにかやっていたんです。ところが、あのころ、組織がD寺と分かれて」(185ページ)との菅沼発言は大丈夫なのだろうか? Sは創価学会としか読めないし、D寺は大石寺〈たいせきじ〉を「だいせきじ」と誤読したのだろう。婦人部長との役職名もそれを補強する。菅沼と北芝の話は面白いのだが、池田が極端な陰謀論者のため鼎談の出来はよくない。定価1750円は高すぎる。巻末には「刊行記念講演会」のお知らせがあり料金は7000円となっている。

ウッドハウス暎子


 1冊読了。

 172冊目『北京燃ゆ 義和団事変とモリソン』ウッドハウス暎子(東洋経済新報社、1989年)/柴五郎ものに必ず引用される文献で、論文にエピソードを盛り込んだ労作。満州人名や清国の地名が読みにくいのだが、柴五郎が登場すると俄然読む速度がはやまる。主役はタイムズ紙特派員ジョージ・アーネスト・モリソンだが、中身はモリソンの目を通した日本人讃歌といってよい。何にも増して当時の国際関係における虚々実々の駆け引きがよくわかった。現在に至る日本外交の主体性喪失は三国干渉にあったのだろう。義和団事変(北清事変)で既に日露の衝突は避けられない命運にあったことも理解できた。前著『日露戦争を演出した男 モリソン』も読まねばなるまい。

輪島祐介、アーナルデュル・インドリダソン、他


 11冊挫折、2冊読了。

やせる!血糖値が下がる!「タマネギ」レシピ』(マキノ出版、2013年)/「タマネギ氷」が目新しい。要ミキサー。薬効強調路線。マキノ出版はオカルト健康系で知られる。悪い本ではないが少し離れた位置から読むべきだろう。

山川 詳説日本史図録』詳説日本史図録編集委員会編(山川出版社、2013年)/良書。

山川 詳説世界史図録』詳説世界史図録編集委員会編(山川出版社、2014年)/良書。世界地図の移り変わりが面白い。地球環境の変化も視点がよい。

オルタード・カーボン(上)』リチャード・モーガン:田口俊樹訳(アスペクト、2010年)/文庫本。造語センスについてゆけず。田口の訳文はもたもたした感じがあってあまり好きではない。

詳説世界史研究』木下康彦、木村靖二、吉田寅編(山川出版社、2008年)/微妙。冴えがない。面白味のない参考書といった体裁。

変見自在 スーチー女史は善人か』高山正之(新潮文庫、2011年)/著者名の正字は「はしご高」。声の悪さ、話しぶりの不透明さがとにかく好きになれない人物である。エッセイの主題は歴史の真実よりも朝日新聞を叩くところにある。それでも世界各国に身を置いてきただけあって時折、優れた知見を光らせる。

業務スーパーに行こう!』株式会社エディキューブ編(双葉社、2013年)/ほぼカタログ。知らない商品がいくつもあった。ま、店の規模にもよるのだろう。自社生産の多さには驚いた。

流れ図 世界史図録ヒストリカ』谷澤伸、甚目孝三、柴田博、高橋和久編(山川出版社、2013年)/図録は人によって好き嫌いが分かれる。安い(929円)とはいえ、使わぬ物を買うのは愚かである。図書館で参照してから選ぶとよい。

最新世界史図説タペストリー』桃木至朗監修、帝国書院編集部編、川北稔(帝国書院、2015年)/『ヒストリカ』よりはこちらが好み。

ホームには誰もいない 信念から明晰さへ』ヤン・ケルスショット:村上りえこ訳(ナチュラルスピリット、2015年)/ノンデュアリティ(非二元)という言葉を調べるために読む。具体的なワークの件(くだり)で挫折。スピリチュアリズムというスタイルから離れる必要があるように思う。

日本の軍閥 人物・事件でみる藩閥・派閥抗争史』(別冊歴史読本、2009年)/写真と図のみ評価。記事はバラバラでまとまりを欠く。柴五郎は不遇な時期が長かった、とある。薩長閥についてもよくわからず。

 170冊目『緑衣の女』アーナルデュル・インドリダソン:柳沢由実子訳(東京創元社、2013年)/単行本で出すだけの価値あり。CWAゴールドダガー賞とガラスの鍵賞受賞。半世紀前の事件を巡って現在と過去が交錯する。それにしても暗く重々しい。アイスランドの気候もさることながら、破綻の中で辛うじて踏みとどまる家族の姿がのしかかってくる。主人公のエーレンデュルにもさほど魅力はない。っていうか魅力的な人物は見当たらない。で、そこにリアリズムを感じるかといえばそれほどでもないんだな、これが(笑)。それでも読ませる。ぐいぐい読ませる。一日半で読み終えた。

 171冊目『創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史』輪島祐介(光文社新書、2010年)/いやはや面白かった。戦後の風俗を巡る書籍で本書に並ぶものはない。井上章一著『つくられた桂離宮神話』を軽々と凌駕する。渡辺京二著『逝きし世の面影』、水野和夫著『資本主義の終焉と歴史の危機』に伍するレベルである。批判の鋭さにおいても一級品だ。しかも嫌味がない。「之を知る者は之を好む者に如(し)かず。之を好む者は之を楽しむ者に如かず」(『論語』)の手本といってよい。該博な知識がオタク性をまといながらも、恐るべき下半身の力で学術性を堅持している。輪島は1974年生まれでありながら、左翼勢力が文化を通してプロパガンダを行ってきた事実をも穿(うが)つ。恐れ入りました。「必読書」入り。

2015-12-11

紺谷典子、山崎正友、他


 2冊挫折、2冊読了。

骨風』篠原勝之(文藝春秋、2015年)/第43回泉鏡花文学賞受賞作品。あまりピンと来なかった。父親に虐待された過去と見舞いに行った現在とが混沌としていてわかりにくい。「オレ」とか「ゲージツ」という言葉も耐え難い。

声に出して読みたい日本語 1』齋藤孝(草思社、2001年/草思社文庫、2011年)/良書。センスがよい。飛ばし読みで終わったが半分以上は読んでいる。齋藤はプレゼンテーション能力が高い。

 168冊目『闇の帝王、池田大作をあばく』山崎正友(三一新書、1981年)/著者は元創価学会顧問弁護士。矢野絢也著『乱脈経理』を軽々と超える内容だ。こなれた文章で自分が携わってきた汚れ仕事を赤裸々に暴露している。創価学会の政治力は集票力もさることながら、池田の札束攻勢にあることがよくわかる。宗教団体というよりは手口が広域暴力団に近い。毎日新聞の内藤国夫が池田にインタビューしている事実を初めて知った。

 169冊目『平成経済20年史』紺谷典子〈こんや・ふみこ〉(幻冬舎新書、2008年)/やっと読み終えた。新書ながら400ページのボリューム。専門家の矜持が静かな怒りの焔(ほのお)となってメラメラと燃え上がる。小泉政権時代にテレビから抹殺された一人である。小泉・竹中コンビによる日本経済破壊の失政に鉄槌を落とす。日本の政治とマスコミの現状を知るための教科書といってよい。住専問題については私も当時、総合雑誌の特集号などを読んでフォローしているつもりであったが、まるでわかっていなかった。明治維新から小泉政権に至る近現代史の解明が待たれる。「必読書」入り。

兵頭二十八


 1冊読了。

 167冊目『「日本国憲法」廃棄論 まがいものでない立憲君主制のために』兵頭二十八〈ひょうどう・にそはち〉(草思社、2013年/草思社文庫、2014年)/いやはや勉強になった。『日本人のための憲法原論』小室直樹と『日本の戦争Q&A 兵頭二十八軍学塾』を先に読んでおくのが望ましい。憲法改正はマッカーサー偽憲法の肯定につながるため、直ちに廃棄するのが正しいと主張。本書に注目したのは「マッカーサー証言の『セキュリティ』を安全保障とするのは誤訳」という兵頭の指摘を確認するためだった。第二次世界大戦において日本が国際法を無視した姿も『日本の戦争Q&A』以上に詳しく解説。具体的にヒトラーやスターリンの論理を駆使した演説を紹介する。日本は「自衛」という概念を理解できなかった。兵頭の高い視点はリアリズムに貫かれている。ただし時折文章の揺れが目立ち、「軍学者」を自称しているが、やや「軍事オタク」の印象が強い。「必読書」入り。

【追記】なかなか難しいのだが読む順番は、『國破れてマッカーサー』『日本の敗因』『日本の戦争Q&A』『封印の昭和史 戦後50年自虐の終焉』『日本国民に告ぐ 誇りなき国家は、滅亡する』『日本人のための憲法原論』『「日本国憲法」廃棄論』としておく。

2015-12-10

藤原岩市、権徹


 2冊読了。

 165冊目『F機関 アジア解放を夢みた特務機関長の手記』藤原岩市〈ふじわら・いわいち〉(バジリコ、2012年/原書房、1966年『F機関』/原書房、1970年『藤原機関 インド独立の母』/番町書房、1972年『大本営の密使 秘録 F機関の秘密工作』/振学出版、1985年『F機関 インド独立に賭けた大本営参謀の記録』)/大東亜戦争の真実がここにある。藤原は33歳(当時少佐)でマレー(イギリス領マレーシア)、北スマトラ(オランダ領インドネシアの州)の民族工作を命じられる。わずか数名の部下を率いて、現地住民に国家独立を促し、白人のもとで戦う現地兵士を寝返らせることが任務であった。「F」とはフリーダム、フレンドシップ、藤原の頭文字からとったもの。藤原の熱情が胸を打ってやまない。ハリマオこと谷豊も藤原のもとに参じた。シーク族(シーク教徒か?)の秘密結社IILと連携し、次々と人心をつかみシンガポールを中心にマレイ、タイ、ビルマ、スマトラの広大な地域に拡大。遂にはインド独立の機運をつくり、チャンドラ・ボースにバトンを渡す。藤原は大東亜共栄圏の理想に生きた。だが大本営はそうではなかった。シンガポールでは日本軍が華僑を虐殺している。藤原は歯噛みをしながら上官に意見を具申する。高名な山下奉文〈やました・ともゆき〉陸軍大将の振る舞いもスケッチされている。英軍探偵局長(階級は大佐)の取り調べに対して藤原は堂々とアジア民族の共存共栄を語る。局長はイギリスが人種差別感情を払拭できなかった本音を吐露する。昭和36年(1961年)、F機関の慰霊祭が初めて挙行された。巻末の「慰霊の辞」を涙なくして読むことのできる者はあるまい。

 166冊目『てっちゃん ハンセン病に感謝した詩人』権徹〈ゴン・チョル〉(彩流社、2013年)/良書。異形(いぎょう)をありのままに撮(と)っている。読み手に突きつけられるのは「目を背けたくなる現実」だ。てっちゃんの顔はアシッド・アタックの被害女性と変わらない。目も不自由だ。そうでありながらも彼は自由だ。権徹〈ゴン・チョル〉の写真はどれも素晴らしい。モノクロが光と影を見事にとらえている。日本の社会はハンセン病の実態がわかった上でも尚、彼らを隔離し続けた。親と会うことも許されなかった。ハンセン病患者を罪人扱いしてきた我々には、彼らの姿を記憶する義務がある。

2015-12-09

真珠湾攻撃の宣戦布告が遅れた真相/『日本の戦争Q&A 兵頭二十八軍学塾』兵頭二十八


『明治維新という過ち 日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト』原田伊織
『國破れて マッカーサー』西鋭夫

 ・黒船の強味
 ・真珠湾攻撃の宣戦布告が遅れた真相

『「日本国憲法」廃棄論 まがいものでない立憲君主制のために』兵頭二十八

日本の近代史を学ぶ

Q●宣戦布告を定めた国際法はどのようなものでしたか。

A●「開戦に関する条約」といい、日本の代表は1907年10月18日に、オランダのハーグ会議の場で署名をした。欧州の主だった国々の間で効力を発生したのは、1910年1月26日からである(これ以前は、まだどの国も義務を負わされない)。日本は、1911年12月13日に批准書を寄託し、日本に関しては、条約の効力は、1912年2月11日から発生した。それに先立つ1912年1月13日に、政府が日本国民に向けて公布している。
 条約が国際法として有効になるためには、出席した代表者のサイン(調印)だけではだめで、本国の国会の批准が必要である。アメリカ合衆国であれば、連邦議会上院の外交委員会で審議の上、上院が批准する。日本でも、貴族院や枢密院が反対すれば、批准はできないようになっていた。
「開戦に関する条約」は、「戦争は予告なくして之を開始せざるべし。また、戦争状態は遅滞なく之を中立国に通告すべし」と謳(うた)い、これが主な趣意である。

【『日本の戦争Q&A 兵頭二十八軍学塾』兵頭二十八〈ひょうどう・にそはち〉以下同】

 1907年は明治40年。1912年は明治45年で7月30日以降は大正元年となる。19世紀末、多くの国々が普仏戦争(1870-71年)に勝ったドイツ軍の動員奇襲に学ぶべくドイツ軍人を招聘(しょうへい)した。日本陸軍はメッケルを教官として受け入れた。本書はQ&Aの体裁となっているが、陸軍参謀の兒玉源太郎が動員奇襲によってロシアを防ぎ、満州国を最初に発想し、それが後に不良資産となってゆく様を詳述する。

 兵藤は真珠湾奇襲を「卑劣」と断じている。日米開戦の情況について再確認しておこう。

 アメリカ東部時間午後2時20分(ハワイ時間午前8時50分)野村吉三郎駐アメリカ大使と来栖三郎特命全権大使が、コーデル・ハル国務長官に日米交渉打ち切りの最後通牒である「対米覚書」を手交する。日本は「米国及英国ニ対スル宣戦ノ詔書」を発して、米国と英国に宣戦を布告した。この文書は、本来なら攻撃開始の30分前にアメリカ政府へ手交する予定であったのだが、駐ワシントンD.C.日本大使館の井口貞夫元事官や奥村勝蔵一等書記官らが翻訳およびタイピングの準備に手間取り、結果的にアメリカ政府に手渡したのが攻撃開始の約1時間後となってしまった。そのため「真珠湾攻撃は日本軍の騙し打ちである」と、アメリカから批判を受ける事となった。

Wikipedia

 事務上の責任が問われる井口・奥村の罪は切腹ものだ、と指摘する声も少なくない。ところが実際はこの二人、戦後になって重用(ちょうよう)されているのである。対米覚書の手交が遅れた模様については、以下の説明が一般的だ。

【外務省の本性】“日米開戦”という国難において『自国破壊行為』を行った2名の在米キャリア外交官はどう処分されたか

 ところが2012年に新事実が判明する。

真珠湾攻撃の通告遅れ 大使館の怠慢説に反証/通信記録を九大教授発見 外務省の故意か

 1941年12月8日の日米開戦をめぐる新事実が明らかになった。最後通告の手直しが遅れ、米国に「だまし討ち」と非難された問題で、修正を指示する日本から大使館への電報が半日以上を経て発信されていたことを示す傍受記録が米国で見つかった。これまで不明だった発信時刻が判明。「在ワシントン大使館の職務怠慢による遅れ」とする通説に一石を投じそうだ。

 米メリーランド州にある米国立公文書記録管理局で9月末、記録を発見したのは九州大学の三輪宗弘教授。外務省が東京中央電信局からワシントンの大使館に向けた電報の発信時刻や、米海軍がそれを傍受した時刻などを記録した資料だ。
 開戦直前に外務省が大使館に送った公電は901号に始まり、911号まである。中核となる電報は902号で、米政府が戦争回避のための条件を日本に突きつけた文書、いわゆるハル・ノートに対し、これ以上の交渉を打ち切るとした覚書がその中身である。それ以外の電報は、誤字訂正や暗号解読機の破壊を命じた訓電などだ。

■誤字など175カ所

 902号電報は長文のため14部に分かれ、第1部から第13部までほぼ予定通りの時刻に発信された。しかし、12月7日午前1時(日本時間)までに発信するはずの14部は15時間以上遅延した。

 しかも902号電報には多くの誤字脱字があり、外務省は175カ所に及ぶ誤字などの訂正を903号、906号の2通に分けて大使館に送信した。
 外務省は戦後に、この2通の原本を紛失したとして、発信時刻に関して謎が残ったままだったが、三輪教授が今回の調査で2通の発信時刻を突き止めた。前に送った電報に誤りなどがあれば直ちに訂正電報を打つのが通例だが、調査結果によって、2通の発信時刻は前の電報(902号第13部)から十数時間後と大幅に時間がたっていることがわかった。

 当時は文書の清書にタイプライターを使っていた。ワープロと違って、字句の修正や挿入、削除があると最初から打ち直さなければならない。つまり訂正電報が届かない限り、大使館は通告文書を清書できないが、この2通の遅れが、最終的に米政府に通告文書を手交する時刻が遅れる大きな要因となった。

 なぜ2通は遅れたのか。訂正電報2通の発見は、通告遅延の真相解明に大きな意味を持つが、三輪教授は「発信の大幅遅れは、陸軍参謀本部のみならず外務省も関与していたことを示す証拠」と語り、外務省が故意に電報を遅延させた可能性が高いという。

 元外務官僚で退官後に東海大学などで近現代史を教えた井口武夫氏は、こうした問題を長年にわたり追究、戦後の極東軍事裁判での証言、関係者の手記などを基に902号第14部の遅延は陸軍参謀本部が関与、これに外務省が協力した結果と推定している。今回、見つかった新資料はそれを補完するものとなる。

 米国の通信会社が、日本からの暗号化したこれら電報を大使館に届けたのは7日午前9時前後(米国東部時間)とみられ、大使館が暗号を解読してタイプで清書、コーデル・ハル国務長官の手に渡ったのは真珠湾攻撃が始まった後の7日午後2時20分(同)だった。

 遅くとも真珠湾攻撃の30分前と設定していた最後通告が攻撃の後になったのは、大使館の怠慢によるとされてきた。米国で客死した大佐の葬儀に大使が参列しミサが長引いたほか、届かない公電を待ちくたびれて帰宅、翌朝になって出勤したため、米政府に手交する通告文書作成が遅延したというものだ。
 が、井口氏はそれを否定。「真実を歪曲(わいきょく)した開戦物語が一人歩きして国民に誤った印象を与えている」と指摘する。

■奇襲成功“支援”

 近年の研究によって様々な事実も明らかになっている。開戦直前の緊迫した状況だったにもかかわらず、大使館宛てのこれらの訓電の「至急」の指定が取り消され、「大至急」を「至急」に引き下げたものがあった。
 また、大佐の葬儀も、遅延には無関係だったことが長崎純心大学の塩崎弘明教授の研究によって明らかになった。
 さらに今回とは別に、三輪教授は国立公文書館で「A級裁判参考資料 真珠湾攻撃と日米交渉打切り通告との関係」を発見している。通告文の遅れを在米大使館に責任転嫁するとした弁護方針を記した資料だ。目的は東郷茂徳外相が重い罰を科されないようにするためとされる。
 今回の資料発見について、塩崎教授は「真珠湾の奇襲を成功させるため意図的に電報を遅らせたことがこれで明らかになった。打電時間についての新資料自体は細かなことだが、正確な歴史認識を得るためには、こうした史実を丁寧に掘り起こしていく必要がある」と語る。
 また、東京大学の渡辺昭夫名誉教授は「通告の前に攻撃が始まったという問題の本質は(新資料によっても)変わらないと思うが、隠されていた事実を明らかにし、政策決定における問題を追究するのは学問的に意味がある」と評している。

【日本経済新聞 2012年12月8日付】

 わかりにくい。実にわかりにくい。ストンと腑に落ちるものが一つもない。

 一方では、「宣戦布告の有無など大した問題ではない」「アメリカはベトナムやイラクに宣戦布告していない」との意見も多い。ただし、ベトナムやイラクは軍事制裁であって戦争ではないとの声もある。そもそも「開戦に関する条約」は日露戦争に由来する。日本が宣戦布告なしで戦闘に突入したことを問題視したわけだ(宣戦布告の歴史については「宣戦布告とは何か」を参照せよ)。

 更に二つある。「日本の暗号をアメリカはとっくに解読していたのだから、真珠湾攻撃は事前に知っていたはずだ」との指摘が一つ(真珠湾攻撃陰謀説)。そして「支那事変においてアメリカはフライング・タイガース(アメリカ合衆国義勇軍との位置づけ)を派遣して国民党を支援した時点において日米は戦闘状態に入った」とする説である。

 どの指摘ももっともらしく聞こえる。が、すっきりしない。兵藤は「日本が意図的に遅らせた」と言い切る。

Q●1941年12月の対米開戦前に、野村吉三郎大使がすでに2月からワシントンに赴任していたのに、11月になって、あとからもう一人、来栖大使を二重にアメリカへ送り込んだのは、なぜなのですか? 来栖大使を送って野村大使を呼び戻すというのならばともかく、野村大使はそのまま残り続けて、駐米の特命全権大使が二人も居ることになってしまった。しかも、日米交渉の打ち切りの通告は、元から居た野村大使が、アメリカの外務大臣であるハル国務長官に手交していますよね。だったら来栖大使は、何をしに来ていたのか? これを説明してくれる参考書がみつかりません。

A●二人の大使の帯びていた任務が180度サカサマであったと考えれば、得心がしやすいだろう。簡単に言えば、野村大使の使命は、赴任の最初から、来た(ママ)るべき対米開戦通告をできるだけ遅らせることにしかなかった。つまり米国海軍を奇襲することしか頭にない帝国海軍の利害の、暗黙の代理人だった。それに対して、外務省のプロ外交官である来栖大使は、〈昭和天皇の避戦の意向を、東条内閣としては大いに尊重し、このように動いておりますから〉という、いわば昭和天皇を騙すための芝居をさせられたのだ。
 対米開戦のプログラムはすでに9月から走り始めていて、11月ではもう誰にも止めようがない。来栖大使の派遣は、東条の天皇に対するポーズに過ぎなかっただろう。
 もちろん外務省は、子飼いの来栖の方を重く用いたかったろう。しかし、帝国海軍(海軍省、軍令部、連合艦隊)は、野村を無理に使わせ続けた。
 野村大使は元海軍大将だ。(中略)
 野村にしかできぬと大いに期待された仕事とは、日本海軍の秘密の願望――つまり開戦通告を遅らせて、いざというときに以心伝心で大使館業務のサボタージュ(もし開戦通告が実際の攻撃開始時刻よりも前すぎるなと思われた場合は、それを独断で攻撃開始直後まで遅らせてしまう)をやってのけることだったろう。
 日本外務省としても、外交官出身ではない野村などを駐米大使に発令されるのは、初めから面白くはなかった。大いに不満だったのだが、明治いらい(ママ)、日本外務省は、帝国陸海軍の奇襲開戦に奉仕するのが秘密の使命になっていたので、さいしょから米国に奇襲開戦する意欲に燃えていた海軍省からの露骨な人事要求を呑んでいたまでだ。

 ヘッケルから教わったプロシア式動員奇襲の伝統から日本軍は抜け出すことができなかった。真相はやはり「真珠湾奇襲」であったのだろう。

 確かに真珠湾奇襲は卑劣な行為であった。だが戦争行為そのものが罪とされるわけではない。ナチス・ドイツが第二次世界大戦において殆どの戦争において宣戦布告をしていないにもかかわらず、なぜ真珠湾だけが特筆されるのか? それはアメリカの開戦理由による。フランクリン・ルーズベルトは「アメリカの青少年をいかなる外国の戦争にも送り込むことはない」と公約して大統領になった。だが彼はイギリスがナチス・ドイツに苦戦するのを見て、参戦せずにはいられなかった。アメリカは世論の国である。大統領といえどもこれを無視することはできない。そこでエネルギーや資源の乏しい日本を禁輸で締め上げ、暴発する瞬間を待った。ルーズベルトは真珠湾奇襲を神に感謝したことだろう。モンロー主義を堅持してきたアメリカの世論は完全に引っくり返った。

 近代日本の迷走は明治維新に始まり大東亜戦争で頂点に至り、敗戦以降、東京裁判史観に覆われた挙げ句に国家観を見失った。奇襲は卑劣な行為であったとしても、戦争行為そのものが卑劣とされるわけではない。「戦争とは他の手段をもってする政治の継続である」(クラウゼヴィッツ)。国家には戦争をする権利があるのだ。戦後教育は戦争=悪という図式を児童に刷り込んだ。そんな国民が安全保障や憲法改正を正しく考えることなど不可能だろう。

日本の戦争Q&A―兵頭二十八軍学塾
兵頭 二十八
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2015-12-07

なぜ『ポスト・ヒューマン誕生』を否定的に描いたのか?/『トランセンデンス』ウォーリー・フィスター監督


『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル
『AIは人類を駆逐するのか? 自律(オートノミー)世界の到来』太田裕朗

 ・なぜ『ポスト・ヒューマン誕生』を否定的に描いたのか?

『LUCY/ルーシー』リュック・ベッソン監督、脚本
『Beyond Human 超人類の時代へ 今、医療テクノロジーの最先端で』イブ・ヘロルド
『われわれは仮想世界を生きている AI社会のその先の未来を描く「シミュレーション仮説」』リズワン・バーク

 たった今、見終えた。究極の駄作であるが、アメリカのキリスト教原理主義傾向や反知性主義が透けて見える。なぜ『ポスト・ヒューマン誕生』を否定的に描いたのか? それは神を守るためだ。

「トランセンデンス」は超越の意であり、映画では「シンギュラリティ」よりも上に位置づけている。きっと「神の超越」に掛けたのだろう。

 主人公ウィルの意識を宿すコンピュータがなぜ悪役となったのかがわかりにくい。鍵はいくつかの場面にある。ひとつは不治の病をコンピュータが治すシーンで「イエスの奇蹟」を思わせるゆえ、神への冒涜に当たるのだろう。二つ目は妻エヴリンの詳細なデータ解析を行っている事実がバレるところ。神は全知であっても構わないが、人の全知はご勘弁といったところか。三つ目はウィルの再生で、これはイエスと肩を並べる行為だ。

 レイ・カーツワイルは明るい未来を描いたにもかかわらず、やはり結論が気に食わない連中がアメリカには多いのだろう。カーツワイルは人工知能が全宇宙に広がってゆく様相(エポック6)まで示し、宇宙を満たした意識の連帯が「神」となる可能性にまで言及している。

 永遠は神様の専売特許だ。つまりシンギュラリティ~トランセンデンスは神様の特許権を侵害しているのだ。この映画作品の主張はそこにある。



2015-12-04

中国人民元をSDR構成通貨に採用、IMF理事会が承認


人民元はSDR構成通貨に、時期不明=IMF専務理事

 ・中国人民元をSDR構成通貨に採用、IMF理事会が承認

 国際通貨基金(IMF)は11月30日に理事会を開き、国際通貨の一種「特別引き出し権(SDR)」を算定する通貨に、中国の人民元を来年10月から加えることを正式に決めた。
 米ドル、ユーロ、円、英ポンドに続く5番目の「国際通貨」としてSDRに加わり、構成割合では円を上回り3位になる。ドルを基軸とする国際金融で、人民元と中国の存在感が高まりそうだ。
 人民元はSDRの構成割合で10・92%と、ドル(41・73%)、ユーロ(30・93%)に次ぐ3位になる。円は4位で8・33%。構成割合は、輸出規模や通貨の国際的な利用状況を踏まえて決める。

YOMIURI ONLINE 2015-12-01



 IMFを背後から突き動かしたのは国際金融界である。2008年9月のリーマンショックでバブル崩壊、収益モデルが破綻した国際金融資本が目をつけたのはグローバル金融市場の巨大フロンティア中国である。その現預金総額をドル換算すると9月末で21兆ドル超、日米合計約20兆ドルを上回る。

産経ニュース 2015-12-02



 中国の朱光耀財政次官は1日、米首都ワシントンで講演し「人民元相場が市場での自由な取引で決まるようにしなければならないが、変動相場制への移行は簡単ではない」と述べ、実現に時間がかかるとの認識を示した。

産経ニュース 2015-12-02



 今般の国際通貨入りは、いよいよAIIBにより日米などを除いた圧倒的多数の国を人民元取引に惹きつけ、これまでのドルを基軸とした国際金融体制を、人民元を基軸とした国際金融体制へと移行させていこうという戦略だ。

遠藤誉 2015-12-02



 世界の外貨準備の約97%は現在、ドル、ユーロ、日本円、英ポンドのわずか4通貨で運用されている。これらの通貨を発行する4つの中央銀行はいずれも、量的緩和(QE)を通じた紙幣増刷で準備通貨の地位を乱用している。これは多くの場合、供給主導型の成長に必要な改革を政府が成立させられないために行われている。QEはいずれインフレや通貨安につながり、結果として信頼できる世界の準備通貨の深刻な不足を招くだろう。そうなれば、各国中銀は人民元の早急な採用が促されるだろう。
 人民元は最終的にドルに代わる主要準備通貨となる可能性が高い一方、中国の国債市場は世界の債券市場の主な指標になるだろう。中国の規模を踏まえると、この予想は当然と言える。中国の人口は米国の4倍を上回る。両国の1人当たりGDPが、米国でQEが始まった2011年から15年までの平均ペースで伸び続けた場合、2043年までには中国が米国を追い越す計算になる。

アシュモア・グループの調査責任者、ヤン・デーン氏 2015-11-17

アーナルデュル・インドリダソン


 1冊読了。

 164冊目『湿地』アーナルデュル・インドリダソン:柳沢由実子〈やなぎさわ・ゆみこ〉訳(東京創元社、2012年/創元推理文庫、2015年)/文庫化される。北欧ミステリ。アイスランド人作家としては初の「ガラスの鍵賞」を受賞した作品。一気読みである。年老いた男が殺される。現場には不可解なメッセージが残されていた。男の過去から別の犯罪が浮かび上がってくる。物語全体をアイスランドのどんよりした鉛色の空が覆う。横軸に主役警官のエーレンデュルの破綻した家庭を描く。長らく音沙汰のない元妻から娘を通して全く別の事件の捜査を頼まれる。縦軸は2本の線が螺旋状に連なる。そして娘はドラッグ中毒であった。エーレンデュルを取り巻く人間模様がリアリズムに徹している。単純な出来事から複雑な物語を紡ぐ手法が映画『灼熱の魂』と似ている。難点は馴染みのないアイスランド人の名前である。男女の判別もつかない。それから柳沢訳ということで安心して手を伸ばしたのだが時折妙な文章が見受けられる。今まで気づかなかったのだが柳沢御大は1943年生まれではないか! 出版社は本気で翻訳家の育成に取り組むべきだ。アーナルデュル(アイスランドでファミリーネームは使われないとのこと)の作品は『緑衣の女』『』と続くがいずれも評価が高い。

2015-12-03

黒船の強味/『日本の戦争Q&A 兵頭二十八軍学塾』兵頭二十八


『明治維新という過ち 日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト』原田伊織
『國破れて マッカーサー』西鋭夫

 ・黒船の強味
 ・真珠湾攻撃の宣戦布告が遅れた真相

『「日本国憲法」廃棄論 まがいものでない立憲君主制のために』兵頭二十八

日本の近代史を学ぶ

Q●なぜ徳川幕府は、黒船と戦争しなかったのでしょうか。兵員数では圧倒していたと思うのですが……。

A●(中略)つまり波打ち際から5kmぐらい離れれば、最新鋭の艦砲の直撃も免れることができるのだが、江戸城の周りには武家屋敷が、さらにその周りにはおびただしい町屋が連なっていた。ペリー艦隊にとっては、風上の市街地をまず砲撃で炎上させ、それを江戸城まで延焼させることぐらいは、わけもないのであった。そのような前例としては、ナポレオン戦争中のネルソン艦隊による、コペンハーゲン市の焼き討ちがあった。
 さらにペリー艦隊は、江戸湾の入り口付近で海賊を働き、日本の商船の出入りを完全に阻止することもできた。江戸時代の街道は、荷車すら通れない未舗装の狭い道幅で、陸上の長距離輸送は、馬の背中や牛の背中に物資を載せて運ぶ以外にない。それではとうてい、大坂方面からの廻船による輸送力を、代行できるものではなかった。食料や薪炭の入港が途絶すれば、ひたすら消費するのみの100万都市には、たちどころに飢餓状態が現出するはずであった。そこには旗本の家族や家来だって巻き込まれてしまうのである。
 もしも江戸城が焼かれ、将軍のお膝元が生活物資の欠乏で大混乱に陥るという事態になれば、諸藩が徳川家に対する忠誠をひるがえす好機が、そこに生ずるだろう。大名が勝手に国元に戻ったり、各地から諸藩の軍勢が江戸にのぼってくるかもしれない。外様大名の誰かと、外国軍が結託しないという保証もなかった。(中略)
 幕末の日本には、全国で47万人くらいの武士がいたらしい。しかし戦争では、特定の戦場に、相手より強力な戦力を集中できた者が勝つ。ペリー艦隊は、日本の海岸の好きな場所に、300人の海兵隊を投入することができる。しかも、艦砲射撃の支援火力付きである。日本側が1500人の火縄銃隊をあつめてきたら、こんどは別な場所を襲撃すればよいのだ。有力な親藩の城下町も多くが海岸の近くにあり、焼き討ち攻撃には弱かった。
 この機動力と火力とを、徳川政権が実力で排除するためには、台場ではなく、鉄道か軍艦かの、どちらかが必要なのであった。

【『日本の戦争Q&A 兵頭二十八軍学塾』兵頭二十八〈ひょうどう・にそはち〉】

 長年にわたる疑問が解けた。黒船の強味は火力と機動力にあった。世界中の主要都市が海に接しているのも船を受け入れるためである。それは現在も変わらない。鉄道ではやはり量が劣る。

 大まかな歴史を辿ってみよう。

 1415-1648年 大航海時代
 1434年 エンリケ航海王子の派遣隊がボジャドール(ブジャドゥール、ボハドルとも)岬を踏破
 1492年 クリストファー・コロンブスバハマ諸島に到達。
 1497年 ヴァスコ・ダ・ガマがインドに到達
 1543年 種子島にポルトガル船が漂着。鉄砲伝来。
 1519-22年 マゼランが世界一周。
 1602年 オランダ東インド会社(世界初の株式会社)が設立。
 1620年 ピルグリム・ファーザーズメイフラワー号で北米へ移住。
 1840-42年 第一次阿片戦争
 1853-56年 クリミア戦争
 1853年 黒船来航
 1856-60年 第二次阿片戦争
 1856年 ハリス来日。
 1858年 日米修好通商条約
 1861-65年 北米で南北戦争
 1868年 明治維新
 1894-95年 日清戦争
 1904-05年 日露戦争
 1914-18年 第一次世界大戦
 1939-45年 第二次世界大戦

 大航海時代は植民地化と奴隷貿易の時代でもあった。

 ヨーロッパ人によるアフリカ人奴隷貿易(英語版)は、1441年にポルトガル人アントン・ゴンサウヴェスが、西サハラ海岸で拉致したアフリカ人男女をポルトガルのエンリケ航海王子に献上したことに始まる。1441-48年までに927人の奴隷がポルトガル本国に拉致されたと記録されているが、これらの人々は全てベルベル人で黒人ではない。
 1452年、ローマ教皇ニコラウス5世はポルトガル人に異教徒を永遠の奴隷にする許可を与えて、非キリスト教圏の侵略を正当化した。
 大航海時代のアフリカの黒人諸王国は相互に部族闘争を繰り返しており、奴隷狩りで得た他部族の黒人を売却する形でポルトガルとの通商に対応した。ポルトガル人はこの購入奴隷を西インド諸島に運び、カリブ海全域で展開しつつあった砂糖生産のためのプランテーションに必要な労働力として売却した。奴隷を集めてヨーロッパの業者に売ったのは、現地の権力者(つまりは黒人)やアラブ人商人である。

Wikipedia

大英帝国の発展を支えたのは奴隷だった/『砂糖の世界史』川北稔
奴隷は「人間」であった/『奴隷とは』ジュリアス・レスター

「奴隷を集めてヨーロッパの業者に売ったのは、現地の権力者(つまりは黒人)やアラブ人商人である」には疑問あり。要はビジネスとして成立させたのは誰か、ということが重要だ。ユダヤ人であるという指摘もある(デイヴィッド・デューク)。大航海時代を支えたのはユダヤ資本であり、リスクを債権化するという株式会社の原型を考案したのもユダヤ人だ(『投機学入門 市場経済の「偶然」と「必然」を計算する』山崎和邦)。

 火薬・羅針盤・活版印刷術の三大発明はもともと中国伝来のものだった。これらを戦争および侵略の道具としたところに西欧の強味があった。活版印刷は紙幣(銀行券)を生み、他方では宗教改革の追い風となる。

 年表を見直すと、やはり戦争によって技術革新(イノベーション)が進んできた事実がよくわかる。第二次世界大戦は空中戦となり、スプートニク・ショック(1957年)以降、人類は宇宙を目指す。

 本書で初めて知ったのだがクリミア戦争の戦域はカムチャツカ半島まで及んだという(Wikipedia)。つまりペリー艦隊はヨーロッパ諸国が戦争で手を出しにくい絶好の時期に訪れたわけだ。

 日本の開国は事実上はハリスによる日米修好通商条約だが、そのインパクトによって殆どの日本人が黒船によるものと誤解している。開国した日本は自ら黒船を造ろうと決意。欧米列強に学びながら帝国主義の道を歩まざるを得なくなる。

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日米関係の初まりは“強姦”/『黒船幻想 精神分析学から見た日米関係』岸田秀、ケネス・D・バトラー
泰平のねむりをさますじようきせん たつた四はいで夜るも寝られず/『予告されていたペリー来航と幕末情報戦争』岩下哲典
黒船を歌う江戸時代の人々/『幕末外交と開国』加藤祐三

2015-12-02

小山矩子


 1冊挫折。

日本人の底力 陸軍大将・柴五郎の生涯から』小山矩子〈こやま・のりこ〉(文芸社、2007年)/文芸社といえば自費出版系で知られるが、2008年に草思社を子会社化したのは知らなかった。著者は1930年生まれで小学校教諭、校長を務めた人物。フォントの大きい183ページの小著だが、半分過ぎたあたりでやめた。各所に思い込みの強さが見受けられ、自分の思い通りにならないと気が済まないような性質が露呈している。はっきり言って馬鹿丸出しだ。幼児期に会津戦争を経験した柴は何が何でも平和主義者であらねばならない、との強迫観念にとらわれている。日教組臭さを感じるが教育勅語は評価している。歴史とは現在と過去との対話であるが、この人は現在の価値観でしか過去を見ることができないようだ。少なからず資料的価値はあるものの病的な思考に耐えられず。

坂井三郎、副島隆彦、他


 4冊挫折、2冊読了。

山川 世界史総合図録』成瀬治、佐藤次高、木村靖二、岸本美緒監修(山川出版社、1994年)/843円なのだから、もちろん印刷に期待はしていない。たくさんの図が掲載されているがドキドキワクワクするものが少ない。個人的に図録は体質に合わないようだ。今のところ『ニューステージ世界史詳覧』が最強である。

詳説日本史研究』佐藤信、 五味文彦、高埜利彦、鳥海靖編集(山川出版社、2008年)/図表写真がオールカラーという大盤振る舞い。高校生の参考書といった内容で通史を学ぶにはうってつけだろう。執筆者の一人に加藤陽子の名前がある。彼女は左翼だ。西尾幹二らが『自ら歴史を貶める日本人』批判をしている(※動画)。

スッタニパータ[釈尊のことば]全現代語訳』荒牧典俊、本庄良文、榎本文雄訳(講談社学術文庫、2015年)/読了することあたわず。原典に忠実な翻訳が日本語を滅茶苦茶にしている。それでも尚、本書は必須テキストで参照用の副読本として中村本の隣に置くことが望ましい。

寝たきり老人になりたくないならダイエットはおやめなさい 一生健康でいられる3つの習慣』久野譜也〈くの・しんや〉(飛鳥新社、2015年)/『寝たきり老人になりたくないなら大腰筋を鍛えなさい』の二番煎じ。女性読者層の拡大を狙ったものか。文章もわかりやすく説明も巧みなのだが発展性に欠ける。前著を読んだ人には不要な本だ。

 161冊目『日本の秘密』副島隆彦〈そえじま・たかひこ〉(弓立社、1995年/新版、PHP研究所、2010年)/好著。副島本はおすすめできるものが殆どないのだがこれは例外。吉田茂、安保闘争など。片岡鉄哉と田中清玄〈たなか・きよはる〉の名前を知ったことが最大の収穫であった。

 162、163冊目『大空のサムライ 死闘の果てに悔いなし(上)』『大空のサムライ 還らざる零戦隊(下)』坂井三郎(講談社+α文庫、2001年/光人社、1967年『大空のサムライ かえらざる零戦隊』改題)/一気読み。フィクションありということを知り躊躇していたが読んで正解だった。戦記ものとしては驚くほど悲惨な場面が少ないのも空の男ゆえか。躍動する青春記といってよい。戦闘シーンが単純に堕していない表現力の妙がある。白眉は「あとがき」だ。恐ろしいまでの修練を課してきたことを赤裸々に綴る。零戦が強かったのはその性能もさることながら、パイロットたちの技量によるものであることがよくわかった。