2013-01-29
佐々木正人
1冊読了。
4冊目『アフォーダンス 新しい認知の理論』佐々木正人〈ささき・まさと〉(岩波科学ライブラリー、1994年)/前々から気になっていたアフォーダンスに取り組む。アフォーダンスとは認知科学やAI技術に決定的な影響を与えた「生態学的認識論」であるが、ちょっと捉えにくい概念だ。環境が動物に「与える」(=アフォードする)可能情報といったところか。座ることが椅子のアフォーダンスである。同時に立つことも振り回すことも椅子のアフォーダンスである。AIのフレーム問題に関する例がわかりやすいのだが、なかなか自分の言葉で説明できない。私のテーマである「見る」ことについて不可欠の概念だ。
2013-01-27
ドル基軸通貨における米国の借金棒引きシステム
アメリカの友人が1ドル貸してくれという。それくらいの余裕はあったので1ドル=92円を貸してやった。1年後に1ドル=80円が返ってきた。アメリカの友人は頭がよい。これがドル基軸通貨における米国の借金棒引きシステムだ。TPPを目前にしてドル高へ誘導するのは当然である。
— 小野不一さん (@fuitsuono) 2013年1月27日
2013-01-20
2013-01-19
デヴィッド・ボーム、トマス・ウルフ、E・T・ベル、スタニスラス・ドゥアンヌ、山本周五郎
7冊挫折。
『犯罪』フェルディナント・フォン・シーラッハ:酒寄進一訳(東京創元社、2011年)/話題の本。友人のシンマチも勧めていた。ドイツ人作家の短篇集。暴力的な匂いが立ち込めている。それはいいのだが物語の結構が勝手すぎるように思う。「タナタ氏の茶盌」まで読んでやめる。
『考えることの科学 推論の認知心理学への招待』市川伸一(中公新書、1997年)/ある、ないが混在して文章がわかりにくくなっている。
『ダイアローグ 対立から共生へ、議論から対話へ』デヴィッド・ボーム:金井真弓訳(英治出版、2007年)/満を持して読んだつもりだが最悪だった。この手の内容であれば『集合知の力、衆愚の罠』の方が断然いい。
『汝再び故郷に帰れず』トマス・ウルフ:鈴木幸夫訳(荒地出版社、1968年)/大冊すぎた。これは後回し。レイ・ブラッドベリが『とうに夜半を過ぎて』でオマージュを一篇書いている。
『数学をつくった人びと I』E・T・ベル:田中勇、銀林浩〈ぎんばやし・こう〉訳(東京図書、1997年/ハヤカワ文庫、2003年)/冗長。若いうちに読んでおくべきだった。
『数覚とは何か? 心が数を創り、操る仕組み』スタニスラス・ドゥアンヌ:長谷川眞理子、小林哲生訳(早川書房、2010年)/冗長。これは類書が少ないためだろう。値段は良心的だ。
『青べか物語』山本周五郎(新潮文庫、1963年)/よもや周五郎を挫折するとはね。主人公である作家の目線に嫌なものを感じた。
国家予算の6分の1しかわからぬ不可解な仕組み
国民がわかる部分は、日本の214兆円のわずか6分の1という仕組みになっているのです。無駄なダム、無駄な公共事業、(中略)こうしたことに利害のある「族議員」の暗躍する結果なのです。この仕組みを一掃しない限り、日本は変わらないでしょう。http://bit.ly/afeaPB
— 小野不一さん (@fuitsuono) 7月 4, 2010
・5分でわかる日本の国家予算 2009年2月号|環境レポート|NPO法人ネットワーク『地球村』
2013-01-18
D&Mサポーター
48歳を過ぎてから身体のあちこちがガタガタになり始めた。そこで転ばぬ先の杖ならぬ、痛まぬうちのサポーターってことで、私が使っているものを紹介しよう。サポーターも色々あるが、やはりD&Mが一番優れている。毎日使用するので安物だとすぐヨレヨレになってしまう。その点でもD&Mはコストパフォーマンスが高い。マッサージ代と比べてみるとよい。
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自転車用に買ったのだが、あまりにも足が軽くなるので毎日使っている。
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これは昨日購入したもの。マジックベルト三点留めのを買ったのだが激しく動くと膝裏が痛くなってくる。バイクに乗る時も多分こちらの方がいいだろう。
その他は以下のリンクから。尚、保温用サポーターは締め付けが弱い。
・D&Mサポーター
2013-01-16
学校のトイレで7歳女子児童が強姦被害、インド
インドのゴア(Goa)州バスコダガマ(Vasco da Gama)市にある学校のトイレで、休み時間中に7歳の女子児童が強姦(ごうかん)される事件が起こり、管理責任を果たさなかったとして女性校長が逮捕された。警察が15日、発表した。
事件は14日に明らかになった。容疑者は20代前半とみられるがまだ見つかっていない。事件が起きたのは小学部がある高校で、警察関係者がAFPに明かしたところによるとトイレは校長室の隣にあったという。
住民は大規模な抗議行動を起こし、14日夜には数千人が学校を取り囲んで校長と容疑者の逮捕を求めた。被害児童の身元が明らかになることを防ぐため、校長の氏名は公表されていない。
インドでは先月、首都ニューデリー(New Delhi)のバスで女学生が集団強姦される事件が発生し、全国規模の抗議行動が起きている。
【AFP 2012-01-16】
2013-01-14
蛇の毒/『ブッダのことば スッタニパータ』中村元訳
・『日常語訳 ダンマパダ ブッダの〈真理の言葉〉』今枝由郎訳
・『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元訳
・『原訳「法句経(ダンマパダ)」一日一話』アルボムッレ・スマナサーラ
・『原訳「法句経」(ダンマパダ)一日一悟』アルボムッレ・スマナサーラ
・『法句経』友松圓諦
・『法句経講義』友松圓諦
・『阿含経典』増谷文雄編訳
・『『ダンマパダ』全詩解説 仏祖に学ぶひとすじの道』片山一良
・『パーリ語仏典『ダンマパダ』 こころの清流を求めて』ウ・ウィッジャーナンダ大長老監修、北嶋泰観訳注→ダンマパダ(法句経)を学ぶ会
・『日常語訳 新編 スッタニパータ ブッダの〈智恵の言葉〉』今枝由郎訳
・犀の角のようにただ独り歩め
・蛇の毒
・所有と自我
・ブッダは論争を禁じた
・『スッタニパータ [釈尊のことば] 全現代語訳』荒牧典俊、本庄良文、榎本文雄訳
・『原訳「スッタ・ニパータ」蛇の章』アルボムッレ・スマナサーラ
・『怒らないこと 役立つ初期仏教法話1』アルボムッレ・スマナサーラ
・『慈経 ブッダの「慈しみ」は愛を越える』アルボムッレ・スマナサーラ
・『怒りの無条件降伏 中部教典『ノコギリのたとえ』を読む』アルボムッレ・スマナサーラ
・『小説ブッダ いにしえの道、白い雲』ティク・ナット・ハン
・『ブッダが説いたこと』ワールポラ・ラーフラ
・『ブッダとクリシュナムルティ 人間は変われるか?』J・クリシュナムルティ
・ブッダの教えを学ぶ
第一 蛇の章
一 蛇の毒が(身体のすみずみに)ひろがるのを薬で制するように、怒りが起ったのを制する修行者(比丘〈びく〉)は、この世とかの世をともに捨て去る。――蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。
【『ブッダのことば スッタニパータ』中村元〈なかむら・はじめ〉訳(岩波文庫、1984年/岩波ワイド文庫、1991年)】
数え50歳にしてスッタニパータと取り組む。実は数年前に一度読んでいるのだが、その時は「フーン」としか思わなかった。46歳でクリシュナムルティと巡り会った。その後ブッダの言葉は一変した。自分でもびっくりした。乾いたスポンジが水を吸うようにスーッと染み込んできた。
ルワンダ大虐殺を知り、私は変わった。むしろ思想的に行き詰まったといった方が正確だろう。45歳になった直後のこと。それまでに築いてきた価値観がまったく通用しなかったのだ。1年ほど煩悶と懊悩の間を行ったり来たりしていた。そんな私にとってクリシュナムルティの言葉は光明となった。
『スッタニパータ』は最古の経典である。このため原始仏教と称されることもあるが、「原始」という表現は誤解を生じかねない。それゆえ私は初期仏教と表記する。また、古いことそれ自体に価値があるわけではなく、「より正確なブッダの言葉」を探るべきだと考える。飽くまでも「誰か」が伝えた言葉で、「誰か」が翻訳した言葉である事実を念頭に置く必要があろう。テキストを真に受けることはブッダの姿を人影に隠してしまうようなものだ。
スッタとは縦糸のことで「経」と訳される。スマナサーラ長老は「式=フォーミュラ」としている。縦に時間を貫くのが経であれば「理」(ことわり)すなわち理法と考えてよかろう。ナンバーが打たれているのは一つ一つが独立した式であるため。
蛇の毒は脈動によって波のように押し寄せ、波紋を広げ、余韻を伸ばしてゆく。「よくも俺を馬鹿にしたな」「私に恥をかかせたわね」――怒りは痛みから生まれる。まさしく蛇に噛まれたようなものだ。だがその毒は自分の内側に拡大してゆくのだ。そして我々は毒を吐き捨てる機会を虎視眈々と窺う。
果たして毒蛇に噛まれた人が毒蛇を追い掛けるだろうか? 蛇を打ちのめし、切り刻んだところで毒が消えるわけでもない。しかし我々が日常で行っているのはこういうことである。国家や民族も同様だ。人類全体が毒=怒りに駆られて行動している。
怒りを制するためには怒りをただ観察する。否定するのはダメだ。否定は抑圧となるため怒りの根が深まってしまう。「あの野郎、俺のことを馬鹿にしやがって」「今度会ったら何か言い返してやろう」「一発殴ってやろうかな」「仲間を集めて袋叩きにするか」「いざという場合に備えてサバイバルナイフでも買っておくか」「あんな奴は生きている価値がないな」「いっそのこと……」――私は怒りやすい方なのでよくわかるが、怒りは常に殺意をはらんでいる。怒りは大なり小なり相手の死を願っているのだ。
今日、愛については誰も語っている。誰が怒について真剣に語ろうとするのであるか。怒の意味を忘れてただ愛についてのみ語るということは今日の人間が無性格であるということのしるしである。
切に義人を思う。義人とは何か、── 怒ることを知れるものである。
【『人生論ノート』三木清(創元社、1941年/新潮文庫、1954年)】
不正を憎み、社会を改革してゆくことは正しい。敗戦後の混乱から学生運動に至るまでの時期は「怒りの季節」であった。それで何かが変わったのかもしれないし、変わらなかったのかもしれない。社会の制度や仕組みが変わっても、そこにはいつも変わらぬ人間の姿があった。
正義から発せられた怒りが正しければ、人類が行ってきた革命はもっと上手くいってしかるべきではないか? 共産主義だって成功したはずだろう。真正なる怒りは必ず暗殺に向かう。その意味では革命もテロも一緒だ。
「殺したい」との願望をありのままに見つめる。私は殺人鬼だ。あいつとこいつと、そうだあの野郎も殺してしまいたい。あんな人間を育てた親も殺そう。近所に住んでいた連中も同罪だ。あいつと同じ民族も絶滅させるべきだ。同じ種を滅ぼすべきかもしれない……。殺意は巡り巡って自分に向けられる。
これが数千年間にわたって繰り返されてきた人類の歴史だ。脱いでしまえば旧(ふる)い皮に価値はなくなる。
実際にやってみると至難ではあるが、修行と心を定めて行っていると怒りが静まる時間が短くなる。怒りっぽい私が言うのだから本当だ。
2013-01-13
『みさおとふくまる』伊原美代子(リトル・モア、2011年)
いつも一緒のおばあちゃんと猫。日々、畑仕事に精を出すみさおおばあちゃんと、猫のふくまるの日常を写し取った写真集。季節ごとに色彩を変える、表情豊かな風景のなか、一人と一匹が、寄り添い、見つめ合いながら暮らしています。
「お日様の下を生きる事ができれば、すべてが好日。今日もいい日だね、ふくまる」。
12年前、著者の伊原美代子さんは、みさおおばあちゃんを撮影しはじめました。おばあちゃんの生きた証を残したい、という思いだったそうです。そんなある日、家の納屋で、おばあちゃんは一匹の子猫と出会いました。
「ふくまる」という名前には「福の神様が来て、すべてが丸く治まるように」というおばあちゃんの願いが込められています。87歳になった今も、毎日畑へでかけるおばあちゃん。そして、それにお伴するふくまる。青々とした田んぼ、咲き誇る花々、丸々と実る果実……。色鮮やかに、豊かな表情をみせる風景のなか暮らす、一人と一匹の姿が写真で綴られていきます。気づけばおばあちゃんとふくまるが出会って8年。すっかり耳の遠くなってしまったおばあちゃんと生まれつき耳が不自由なふくまるは、いつも見つめ合い、お互いを感じ合っています。
青い空に白い雲がプカプカと浮かぶ頃、おばあちゃんとふくまるは今日も畑へ出かけます。
日常の尊さ、美しさ、かけがえのなさが詰まった一冊です。
2013-01-12
デイヴィッド・リンドリー
1冊読了。
3冊目『そして世界に不確定性がもたらされた ハイゼンベルクの物理学革命』デイヴィッド・リンドリー:阪本芳久訳(早川書房、2007年)/参った。読み物としては『宇宙をプログラムする宇宙』よりこちらの方が上。天体物理学の博士号をもつサイエンスライターだけあって一筋縄ではゆかない。時に堂々と批判を加える。不確定性原理そのものが科学界の量子的存在として誕生した模様がドラマチックに描かれている。アインシュタインvsボーアの論争が圧巻でハイゼンベルクの影が薄れてしまうほどだ。そしてプランク、ゾンマーフェルト、ボルン、パウリ、シュレーディンガー、ド・ブロイ、ディラックといった豪華キャストが脇を固める。彼らの人間臭さを描写することで読者は不確定性原理の呼吸と汗を感じることができる。晩年のアインシュタインは実に性格が悪い。阪本芳久の訳はどれも素晴らしい。2000円以下に抑えたところに早川書房の気合いが感じられる。尚、関連書は既に紹介済みだ。
2013-01-10
スリランカ女性を斬首処刑=雇い主の子殺害の罪問う-サウジアラビア
サウジアラビアで9日、スリランカから家政婦として出稼ぎに来ていた女性が、雇い主の赤ん坊を殺したとして、斬首により処刑された。スリランカのラジャパクサ大統領は繰り返し助命を嘆願し、代表団をサウジに派遣する矢先に無視され、激怒している。
国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチによると、事件発生は2005年。処刑された家政婦は当時まだ17歳で、「脅迫され自白を強要された。赤ちゃんはミルクを飲んでいて窒息した事故死だった」と訴えていた。
【時事ドットコム 2013-01-10】
2013-01-09
デイヴィッド・リンドリー、デヴィッド・リンドリー、デヴィッド・リンドレー
早川書房から発行された近著はデイヴィッド・リンドリーという表記になっている。『そして世界に不確定性がもたらされた ハイゼンベルクの物理学革命』があまりにも素晴らしいので、全部読む予定だ。
物理学の果て 統一理論という神話
2013-01-08
財源の話
IMFに4.8兆円、東電に3兆円、ミャンマーに0.5兆円。これだけで8.3兆円。年間の税収全体の20%だ。このカネの支出を報道するとき、マスコミは絶対に財源の話をしない。借金の山の話をしない。社会保障の話をするとき、財政赤字だの現役世代がどうだのを喚き散らし、増税が必要だと言う。
— 世に倦む日日さん (@yoniumuhibi) 1月 6, 2013
2013-01-06
2013-01-05
セス・ロイド
1冊読了。
2冊目『宇宙をプログラムする宇宙 いかにして「計算する宇宙」は複雑な世界を創ったか?』セス・ロイド:水谷淳〈みずたに・じゅん〉訳(早川書房、2007年)/情報と宇宙を「計算」という概念で読み解いた一書。2013年の1位は本書でほぼ決まりか。「初めにビットありき」――「あ」と思った瞬間、陸続と「!」が脳内を駆け巡った。少々難しい内容も含まれるが、「宇宙は量子コンピュータである」という展開は非上にわかりやすい。つまり生命とは「情報処理の当体」と考えることが可能だ。
色心を開くと色受想行識(五蘊)となる。これが更に唯識へとつながる。世界は目の前にあるわけではなく知覚の中に存在する。とすれば生命機能の本質は「情報処理」といえそうだ。
— 小野不一さん (@fuitsuono) 1月 5, 2013
関連書
・脳は宇宙であり、宇宙は脳である/『意識は傍観者である 脳の知られざる営み』デイヴィッド・イーグルマン
「冬、未来へ」福嶋由記
日本子ども虐待防止学会第16回くまもと大会テーマ曲。作詞:内田良介、作曲:上村宏樹。
それはきみのせいじゃない
夢を描けないとしても
最初見たはずの光
喉の渇きと飢え
遠い愛の砂漠で
刃物のような言葉に
いつも血を流しながら
恐怖と怒りと不安の中で
きみは生きてきたのだから
そのままでいてかまわない
それはきみのせいじゃない
優しくなれないとしても
通り過ぎる他人(ひと)しか
信じられなくとも
冬の王子のように
凍った傷を抱いて眠る
私たちは忘れない
この世界に生きていたはずの
過ぎ去った未来のことを
消え去った希み(のぞみ)のことを
父や母のせいだけじゃない
乏しい孤立の鎖に
さよならをするために
手を差し伸べ合おう
きみの笑顔のために
つなげられた愛がある
それぞれの違う場所で
ひとつの命を支えている
空や風や海のように
懐かしい言葉のように
2013-01-03
アルボムッレ・スマナサーラ
1冊読了。
1冊目『原訳「スッタ・ニパータ」蛇の章』アルボムッレ・スマナサーラ(佼成出版社、2009年)/クリシュナムルティを手掛かりにしてブッダを探ることが私のライフワークだ。その意味においてスマナサーラ長老の書籍は最高の参考書となる。願わくは本格的な仏典の新訳に取り組んでもらいたいところ。眼からごっそりと鱗が落ちた。
2013-01-01
紙の本には顔がある
紙の本は所有の欲望を満たしてくれる。デジタル書籍は情報であって所有物ではない。人の欲望は重量と大きさを求めてやまない。ゆえに、本が減ることはあっても無くなることはあり得ない。本には紛(まが)うことなき顔がある。デジタル書籍には性格しかない。
— 小野不一さん (@fuitsuono) 4月 14, 2010