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2020-01-26

過去世と来世/『死後はどうなるの?』アルボムッレ・スマナサーラ


『出家の覚悟 日本を救う仏教からのアプローチ』アルボムッレ・スマナサーラ、南直哉
『希望のしくみ』アルボムッレ・スマナサーラ、養老孟司

 ・過去世と来世

『沙門果経 仏道を歩む人は瞬時に幸福になる』アルボムッレ・スマナサーラ
『怒らないこと 役立つ初期仏教法話1』アルボムッレ・スマナサーラ
『怒らないこと2 役立つ初期仏教法話11』アルボムッレ・スマナサーラ
『心は病気 役立つ初期仏教法話2』アルボムッレ・スマナサーラ
『苦しみをなくすこと 役立つ初期仏教法話3』アルボムッレ・スマナサーラ

 インドの社会では宗教に励む人が精神的な修行をして、認識の範囲をものすごく広げてみたのです。居ながらにしてその場所にないものを見たり聞いたりする能力を開発して、認識の次元を伸ばしたのです。現代風に言えば超能力です。普通の人間の能力を超越したのです。それは修行によって、訓練によって得たものです。そういう人々が初めて、死後の世界、というよりは過去の世界について語り始めた。それはほとんど自分自身の過去のことなのです。「自分は過去世でこんなふうに生きていました」と。そこで過去世があるのだから、推測によって未来世もあるだろうと言い出したのです。

【『死後はどうなるの?』アルボムッレ・スマナサーラ(国書刊行会、2005年/角川文庫、2012年)以下同】

 この件(くだり)を読んで私はスマナサーラに疑問を抱き、南直哉〈みなみ・じきさい〉との対談を読んで性根を垣間見た。もともと彼の声が好きになれなかった。ティク・ナット・ハンは見るからに誠実だがスマナサーラには隠しきれない胡散臭さがある。

 認識は脳で行われる。「居ながらにしてその場所にないものを見たり聞いたりする能力」は確かにある。夢は目をつぶっているのに「見る」ことができる。幻聴・幻覚も同様だ。イマジネーションとは像を想い描く力である。ユヴァル・ノア・ハラリはその像が実は「虚構」であると指摘した(『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』)。認知は歪み記憶は錯誤する。事実は脳によって解釈される。ヒトは幻想を生きる動物なのだ。

 お釈迦さまのことばを伝えているパーリ経典では経典を5種類に分けて編集していて、その第一は長部経典(ディーガニカーヤ)といいます。その町歩経典に収められた最初のお経は『梵網経(ぼんもうきょう/ブラフマジャーラスッタ)』です。この長い経典のなかで、お釈迦さまは古代インドにあったとされる62種類の宗教哲学を分析しています。その経典では62種類の宗教哲学を大きく分けて、過去を超能力で見て宗教哲学を論じる人々と、未来を考えて宗教哲学を論じる人々との二つのカテゴリーに分類してあります。過去を見て宗教哲学をつくったものだけで44種類あります。面白いことに、お釈迦さまはこの62種類の教えが正しいとは言わないのですが、頭から間違っているとも言ってはいません。
 お釈迦さまは、行者たちがさまざまな行をして、超能力を得て過去を観察して、このような教えを話しているのだとおっしゃいます。一度も「これはインチキだ」とは言っていないのです。確かに彼らは何劫年(こうねん)も自分の過去を見るのだとおっしゃいます。(中略)お釈迦さまは、彼らが発見したものが正しいと認めるけれど、それを哲学的に語る部分だけを批判します。(中略)
 お釈迦さまの批判は少々ややこしいのです。仙人たちの超能力はすべて認めたうえで、超能力から導き出した結論だけはよくないと言う。

 梵網経の六十二見はティク・ナット・ハン著『小説ブッダ いにしえの道、白い雲』で知った。六十二見 - 古今宗教研究所のページが参考になる。

 過去世については『スッタニパータ』に「六四七 前世の生涯を知り、また天上と地獄とを見、生存を減し尽くすに至った人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ」とある。ただし直前では「六三四 現世を望まず、来世をも望まず、欲求もなくて、とらわれのない人、──かれをわたくしはバラモンと呼ぶ」とも言っている。形而上学的な疑問には無記で臨むのが正しい。厳密に読めば「前世の生涯を知り」とはあるが、「前世が存在する」とまでは言っていない。カーストは過去世をもって現世を支配するシステムである。つまり与奪(よだつ)の「与える」立場(容与)で教えたものと私は考える。過去世と昨日に大差はない。

 私はかつて仏教徒であった。現在は違う。ブッダの古い言葉は真理への梯子となるのは確かだが、訓詁注釈の罠にはまるとブッダが指し示すものが見えなくなる。スマナサーラの言葉はよき参考書であるが全てを鵜呑みにするつもりはさらさらない。

 死者を仏と呼ぶのは案外正しいのかもしれない。死の瞬間に脳は永遠を体験する(『スピリチュアリズム』苫米地英人)。一生が走馬灯のようにありありと見え、身口意(しんくい)の三業(さんごう)まで感じることだろう。そこでたぶん凡夫は深い悔悟の中で悟りに至るのだ。その後はない。深い眠りが永遠に続く。

2020-01-20

一切皆苦/『苦しみをなくすこと 役立つ初期仏教法話3』アルボムッレ・スマナサーラ


『怒らないこと 役立つ初期仏教法話1』アルボムッレ・スマナサーラ
『怒らないこと2 役立つ初期仏教法話11』アルボムッレ・スマナサーラ
『心は病気 役立つ初期仏教法話2』アルボムッレ・スマナサーラ

 ・一切皆苦

『無(最高の状態)』鈴木祐

 では、仏教が生きることを研究して出た答えはなんでしょうか?
 それが「苦」という答えなのです。「生きることはとても苦しい」ということです。
 ヨーロッパ人は、形而上学的な立場で生きることについて、命について、いろいろ考えています。一方、仏教はとても具体的に合理的にこの問題を考えます。どちらかというと、経験論に基づいて生きるとは何かと発見するのです。それで「生きるとは感じることである」と語っています。それは感覚のことです。感覚があることが生きることです。物事を感じたり考えたりすることは生きることです。人は「感じては動く、感じては動く」ということです。
 ではなぜ動くのでしょうか? それは、感じることが苦しいからです。
 ずっと立っていると苦しくなるから歩く。ずっと歩いていると苦しくなるから座る。ずっと座っていると苦しくなるから寝る。ずっと寝ていたら苦しくなるからまた起きる。お腹が空くと苦しくなるから食べる。食べると苦しくなるから止める……。これが生きることなのです。息を吸うだけだと苦しいのです。だから吐くのです。吐いたら苦しいから吸うのです。
 このように感覚はいつでも「苦」なのです。
 だから必死に動いています。生きることは「動き(モーション)」でもあります。こう考えると、我々が思っている「生きる」という単語は曖昧で正しくありませんね。

【『苦しみをなくすこと 役立つ初期仏教法話3』アルボムッレ・スマナサーラ(サンガ新書、2007年)】

 スマサーラを初めて読んだのは2012年のこと。私が受けた衝撃は大きい。日本仏教の欺瞞が暴かれたような心地がしたものだ。クリシュナムルティを知ったのが2009年で仏教に対する熱はかなり冷めていた。しかしながら仏教とブッダの教えは違った。南伝仏教(上座部、テーラワーダ)は生き生きとしたブッダの言葉を伝える。

 日本の仏教界が私ほどの衝撃を受けたかどうかは知らぬが、今や仏教系信徒でスマナサーラを読まぬ者は田舎者(←差別用語)と蔑まれても致し方ない。仮にもブッダを師と思うのであれば胸襟を開いて傾聴すべきだ。

 スマナサーラ本を読んで私は初めて四法印の「一切皆苦」(いっさいかいく)がわかった。しかもパーリ語のドゥッカに「不完全」というニュアンスがあるとすれば、それこそ「満たされない」状態を示しているのであろう。苦と苦の合間を我々は快楽と錯覚するのだ。夢や希望が苦からの逃避であるケースがあまりにも多い。

 生の実相が苦であることは病院や老人ホームに行けば誰もが理解できよう。誰の役にも立てなくなった時、人は絶望を生きるしかない。

 現実の苦に対する無自覚こそが現代人の不幸なのだろう。だからこそ病んで死を宣告された時に命の尊さを知り、残された時間を嘆くのだ。我々は漫然と「永久に生きられるかのように生きている」(セネカ)。

 苦は欲望という油を注がれて深刻の度合いを増す。日蓮は「苦をば苦とさとり、楽をば楽とひらき、苦楽ともに思ひ合はせて、南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ。これあに自受法楽にあらずや」(「八風抄」真蹟は断簡のみ)と書いているがそれは自受法楽ではない。わかりやすい教えには落とし穴がある。

 苦しみをなくすためには欲望の火を消す他ない。これを涅槃(ねはん)とは申すなり。(amazonの価格が1880円になっているのはどうしたことか?)

2017-05-14

仏教における「信」は共感すること/『出家の覚悟 日本を救う仏教からのアプローチ』アルボムッレ・スマナサーラ、南直哉


『知的唯仏論』宮崎哲弥、呉智英
『日々是修行 現代人のための仏教100話』佐々木閑

 ・仏教における「信」は共感すること

『希望のしくみ』アルボムッレ・スマナサーラ、養老孟司
『死後はどうなるの?』アルボムッレ・スマナサーラ

(※上座部仏教に魅惑されながらも)では、なぜ、再出家を実行しなかったのか。
 道元禅師に帰依したが故、と言えば格好がつくのだろうが、実は最大の理由はそれではない。そうではなくて、私自身の仏教に対する身構えの問題である。
 この対談でもふれているが、私は仏教、釈尊や道元禅師の教えが「真理」だと思って出家したのではない。私は、自分自身に抜き差しならぬ問題を抱えていて、これにアプローチする方法を探し求めた果てに、仏教に出合ったのである。つまり、仏教は問題に対する「答え」としての「真理」ではなく、問題解決の「方法」なのだ。

【『出家の覚悟 日本を救う仏教からのアプローチ』アルボムッレ・スマナサーラ、南直哉〈みなみ・じきさい〉(サンガ選書、2011年)以下同】

 言葉に哲学的な明晰さがあるのは南が病弱で幼い頃から死を凝視してきたためだろう。自分がよく見えている文章だ。

 今回のスマナサーラ長老との対談で、話が噛み合わないところが見えるとしたら(見えるはずだが)、その理由は、我々の民族・文化・宗教の違いだけではない。多数派における、ほとんど完璧な論理と実践を体得した指導者と、足もと覚束ないままに開き直った少数派修行僧の間の、懸隔であろう。
 今、私は忍耐強く私との対談に付き合ってくださった長老に深く感謝申し上げたいと思う。
 私たちの間には、今述べたような身構えの違いが厳然とあった。それは、対談開始直前に、
「さあ、何でも質問してください。答えますから」
 と言われた瞬間にわかったことだった。長老は「真理」の教師であり、私は「問題」に迷う生徒だったのだ。

 私はたちどころに卑屈の匂いを嗅ぎ取った。しかも怜悧な卑屈である。だが注目すべきはそこではない。数十年の修行を経ても尚且つ保ち得た「率直さ」が侮れないのだ。南は自分に対して正直に生きてきたのだろう。ここには名の通った僧侶にありがちな見栄や傲岸さは微塵もない。スマナサーラの言葉に悪意はなかったことだろう。そして私は南の率直さを通してスマナサーラの傲慢が見えた。南のことを「先生」とは呼びながらも、養老孟司の対談とは全く違った態度を取っている。仏教に対するアプローチが異なる二人の対談が噛み合うわけもない。

スマナサーラ●「『信じる』とはどういうことですか?」と尋ねられたとき、「共感することです。それしかないのです」と答える。それが、仏教の言う「信」――「信仰」ではなくて「信」なのです。

ブッダは信仰を説かず/『原訳「法句経(ダンマパダ)」一日一話』アルボムッレ・スマナサーラ

「信仰」とは一神教の神を仰ぐ姿勢である。日本の仏教だと「信心」だ。「信じる」とは何も考えないことである。疑えば信は生じない。鎌倉仏教で信心を説いたのは法然(浄土宗)・親鸞(浄土真宗)と日蓮だ。いずれもマントラ仏教といってよい。信じる→呪文を唱える→悟る、との三段論法である。

 法華経に信解品第四があり、涅槃経には「信あって解(げ)なければ無明を増長し、解あって信なければ邪見を増長する。信解円通してまさに行の本(もと)と為る」とある。法華経の成立年代については諸説あるが西暦40~150年である。ブッダ滅後400~550年となる。三乗(声聞・縁覚・菩薩)を否定的に捉え一乗を説いたのは初期仏教(上座部)に対する後期仏教(大乗)の政治的な戦略であろう。そのためにわざわざ「信」を強調したとしか思えない。三乗を悟っていない存在に貶め、人智の及ばぬ高み(一仏乗)を設定した上で「信」を勧めるのである。日蓮は信解(しんげ)・理解(りげ)と分けたがそうではあるまい。信と理の対立よりも「解」に重みがあると私は考える。

 信が共感であれば、クリシュナムルティが説く「理解」と一致する。

南●人間が、何かを考えるときに、必ず言語を使うでしょう? 私が思ったのは、無明というのは、人間が言語を使うときに、必然的に引き起こすある作用だろう、と思ったのです。
スマナサーラ●ああ、なるほど、それもそれで正しいとは思います。しかし、私は認識のほうに行くのです。(中略)そこで、分析してみると、我々の認識全体に、欠陥があることが発見できるのです。
南●私もそう思います。
スマナサーラ●その欠陥が、無明なのです。
南●ああ、わかりました。

 南直哉は僧侶の格好をした哲学者である。彼が仏法に求めたのは『方法叙説』(デカルトの主著。刊行当時の正確なタイトルは『理性を正しく導き、学問において真理を探究するための方法の話(方法序説)。加えて、その試みである屈折光学、気象学、幾何学。』1637年)の「方法」であろう。

 南は最も世間に広く届く言葉を持った宗教者であり、深き思考が世相の思わぬ姿を照射する。私は本書を読んで南を軽んじていたのだが、『プライムニュース』(BSフジ)を見て評価が一変した。

『プライムニュース』動画

 普段は軽薄なフジテレビの女子アナが思わず話に引き込まれ、素の表情をさらけ出している。

 南直哉と友岡雅弥の対談が実現すれば面白い。司会はもちろん宮崎哲弥だ。

2017-05-08

日本の仏教は祖師信仰/『希望のしくみ』アルボムッレ・スマナサーラ、養老孟司


『出家の覚悟 日本を救う仏教からのアプローチ』アルボムッレ・スマナサーラ、南直哉

 ・日本の仏教は祖師信仰

『死後はどうなるの?』アルボムッレ・スマナサーラ

――日本の仏教とテーラワーダがもっとも違うのは、どこでしょうか。
スマナサーラ●違いはたくさんありますが、いちばんはやはり日本の仏教がいわゆる祖師信仰だという点でしょうね。祖師信仰では、その宗派を開いた祖師さんの言うことは何でも、自分ではちょっとどうかなと思っても、信仰しなさいと強要します。つまり、祖師の色に染まるんですね。

【『希望のしくみ』アルボムッレ・スマナサーラ、養老孟司〈ようろう・たけし〉(宝島社、2004年/宝島SUGOI文庫、2014年)以下同】

 スマナサーラ本の書評はページ末尾のラベルをクリックのこと。養老孟司と編集者の鼎談(ていだん)である。誰に対しても媚びることがない養老に、スマナサーラが低姿勢に出ているのが面白かった(笑)。

 端的な日本仏教批判が本質を鋭く衝(つ)いている。「自らをたよりとして、法をよりどころにせよ」(『ブッダ最後の旅 大パリニッバーナ経』中村元訳)というのがブッダの遺言であった。後期仏教(大乗)の思想的な飛翔が無意味なものであるとは思わないが、ブッダの前に立ちはだかる夾雑物と化している側面が確かにある。

 日蓮宗日興門流の一部では日蓮本仏論を唱えており、ブッダよりも日蓮を上位としている。こうした思想の背景には日本特有の本地垂迹(ほんぢすいじゃく)論があり、神を仏の化身と捉えることで神仏習合を可能たらしめた。つまり日本仏教は父がブッダで母が神道という混血なのだ。

 鼎談の続きを紹介しよう。

――日本の仏教は祖師を信仰しますが、テーラワーダはお釈迦さまを信仰するんですね。
スマナサーラ●いえ、そうじゃないんです。むしろ「お釈迦さまの説かれた教えを信じて実践する」と言ったほうが正しいですね。
 それに、そもそもお釈迦さまは、信仰には断固として反対していたんですよ。私を拝んでどうなるのかと。
――どうして信仰に反対なのですか?
スマナサーラ●お釈迦さまが説いたのは、「真理」です。真理は、誰が語っても、いつの時代でも変わらないものです。お釈迦さまは真理を提示して、「自分で調べなさい、確かめなさい、研究しなさい」という態度で教えたんです。「私を信じなさい」とは、まったく言っていません。

ブッダは信仰を説かず/『原訳「法句経(ダンマパダ)」一日一話』アルボムッレ・スマナサーラ

 西洋で宗教一般を批判する際、仏教を除外するのはこのためである。仏教は宗教というよりも哲学に近いとの見解からだ。その妥当性は不問に付しても仏教の際立った独創性を示す証左にはなるだろう。

 ブッダが悟ったのは「法」である。空海(774-835年)は宗教的天才であったが大日如来を本尊として立てた。やはり異流儀と言わざるを得ない。あれこれ考えると日本仏教で目ぼしいのは道元(1200-1253年)くらいではないだろうか。「ゼン」(禅)が西洋世界に広まったのも思想の普遍性を示しているように思われる。


序文「インド思想の潮流」に日本仏教を解く鍵あり/『世界の名著1 バラモン教典 原始仏典』長尾雅人責任編集、『空の思想史 原始仏教から日本近代へ』立川武蔵
「私」という幻想/『悟り系で行こう 「私」が終わる時、「世界」が現れる』那智タケシ

2016-06-08

たとえノコギリで手足を切断されようとも怒ってはならない/『怒りの無条件降伏 中部教典『ノコギリのたとえ』を読む』アルボムッレ・スマナサーラ


『日常語訳 ダンマパダ ブッダの〈真理の言葉〉』今枝由郎訳
『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元
『原訳「法句経(ダンマパダ)」一日一話』アルボムッレ・スマナサーラ
『原訳「法句経」(ダンマパダ)一日一悟』アルボムッレ・スマナサーラ
・『法句経』友松圓諦
・『法句経講義』友松圓諦
・『阿含経典』増谷文雄編訳
・『『ダンマパダ』全詩解説 仏祖に学ぶひとすじの道』片山一良
・『パーリ語仏典『ダンマパダ』 こころの清流を求めて』ウ・ウィッジャーナンダ大長老監修、北嶋泰観訳注→ダンマパダ(法句経)を学ぶ会
『日常語訳 新編 スッタニパータ ブッダの〈智恵の言葉〉』今枝由郎訳
『ブッダのことば スッタニパータ』中村元訳
『スッタニパータ[釈尊のことば]全現代語訳』荒牧典俊、本庄良文、榎本文雄訳
『原訳「スッタ・ニパータ」蛇の章』アルボムッレ・スマナサーラ
『怒らないこと 役立つ初期仏教法話1』アルボムッレ・スマナサーラ
『慈経 ブッダの「慈しみ」は愛を越える』アルボムッレ・スマナサーラ

 ・たとえノコギリで手足を切断されようとも怒ってはならない

『小説ブッダ いにしえの道、白い雲』ティク・ナット・ハン
『ブッダが説いたこと』ワールポラ・ラーフラ
・『ブッダとクリシュナムルティ 人間は変われるか?』J・クリシュナムルティ
ブッダの教えを学ぶ

 本書で取り上げる『ノコギリのたとえ』というお経は『鋸喩経』とも訳される中部経典のお経ですが、読んでみるとその豊かな物語性とともに、私たちの心に直接訴えかけてくる迫力に驚かされます。

【『怒りの無条件降伏 中部教典『ノコギリのたとえ』を読む』アルボムッレ・スマナサーラ、日本テーラワーダ仏教協会出版広報部編(日本テーラワーダ仏教協会、2004年)以下同】

 で、長部と中部の違いについては以下の通り。

 長部経典は、哲学的なものもありますが、ほとんどは仏教の一般的な教えです。それに対して中部経典は、哲学的なところを、きめ細かく、項目を厳密に、論理的に話しているお経が集めてあります。

 最初に巻末の経典テキストを読むのがいいだろう。

「比丘たちよ、また、もし、凶悪な盗賊たちが、両側に柄のあるノコギリで手足を切断しようとします。その時でさえも、心を汚す者であるならば、彼は、私の教えの実践者ではありません。
 比丘たちよ、そこでまた、まさにこのように、戒めねばなりません。すなわち、――私たちの心は、決して、動揺しないのだ。また、悪しき言葉を、私たちは発さないのだ。また、こころ優しい者として、慈しみの心の者として、怒りのない者として、私たちは生きるのだ――と。また、その人とその対象に対しても、すべての生命に対しても、増大した、超越した、無量の、怨恨のない無害な慈しみの心で接して生きていきます――と。比丘たちよ、まさしくこのように、あなたたちは戒めねばなりません。
 比丘たちよ、そして、あなたたちは、この、ノコギリのたとえの教戒を、つねに思い出すのであれば、比丘たちよ、あなたたちは、耐え忍ぶことのできない、微細もしくは粗大な、言葉を見出だせますか」
「尊師、見出せません」
「比丘たちよ、それ故に、この、ノコギリのたとえの教戒を、つねに思い出しなさい。それは、長きにわたり、あなたたちの利益のため、安楽のためになるでしょう」と。

 ノコギリの歴史は古く紀元前1500年前からあった(エジプト)という。ブッダが喩(たと)えたのは暴力的な極限状況だ。どのような目に遭っても慈しみを持ち、怒りを捨て、恨みから離れなければならない。

「怒りの毒」はかくも恐ろしいのだ。「たとえノコギリで手足を切断されようとも怒ってはならない」との一言は単なる教訓ではない。「絶対に怒らない」という覚悟が問われるのだ。

 弟子の中には私のようにブッダの言葉を軽く考える者もいたに違いない。「なるべく怒らないようにしよう」「少しずつ怒りを克服しよう」などと。だがこの経典を読むと意識が一変する。一瞬でも怒りに汚染されてしまえば自らが不幸になるのだ。

 感情は関係性から生まれる。「私を怒らせたあんたが悪い」というのが我々の言い分だ。つまり「私は悪くない」。私は正しい。だから私は恨みを抱いて仕返しをする。私は罵る。私は殴る。そして私はノコギリであんたの手足を切断する。

 生きることは苦である(四諦苦諦四法印一切皆苦)。苦の原語(パーリ語)「dukkha」(ドゥッカ)には空しいという意味もある。脳は意味(≒物語)を求める。所詮、何をどうしたところで無意味であることを思えば、人生はやはり苦であろう。苦と苦との束(つか)の間に楽を求めてさまよう人生に過ぎない。

 輪廻(りんね)の本質も苦である。ブッダは菩提樹の下で悟った後にそれを十二支縁起(十二因縁)として確認した。要するに輪廻して苦しみ続ける主体(自我)のメカニズムが解き明かされたのだ。

 ま、あまり勉強していないのでここからは適当に書いておく。まず「無明(むみょう)に縁りて行(ぎょう)が起こる」。行の原語はサンカーラ(パーリ語)・サンスカーラ(サンスクリット語)である。行は行為・業(ごう)のこと。無明は「迷い」とされるが、私はむしろ「錯誤」と考える。すなわち我々は世界をありのままに正しく認識することができない。これが無明である。十二支縁起は苦という反応を瞬間に即して解いたものだろう。行は志向性や潜在的形成力などという小難しい言葉で説明されるが、「反応の発動・起動」である。無明を無意識、行を意識としてもいいように思う。意識した瞬間にカルマ(業)が定まるのだ。

 簡単に述べよう。無明によって怒り(感情)が湧く。無明を滅すれば怒りは湧かない。無明を滅し涅槃に達した人はノコギリで手足を切られても怒らない。だからノコギリで手足を切られても怒らないほどの自分自身を築け。きっとそういことなのだろう。怒りという猛毒の恐ろしさが伝わってくるではないか。

 日蓮の遺文(いぶん)に似た文章がある。

 縦(たと)ひ頚(くび)をば鋸(のこぎり)にて引き切りどうをばひしほこを以てつつき足にはほだしを打ってきりを以てもむとも、命のかよはんほどは南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経と唱えて唱へ死に死(しぬ)るならば釈迦多宝十方の諸仏霊山会上にして御契約なれば須臾(しゅゆ)の程に飛び来りて手をとり肩に引懸けて霊山へはしり給はば二聖二天十羅刹女は受持の者を擁護し諸天善神は天蓋を指し旛(はた)を上げて我等を守護して慥(たし)かに寂光の宝刹へ送り給うべきなり、あらうれしやあらうれしや。(日蓮『如説修行抄』:真蹟はないが日尊による写本がある)

 手紙の末尾には「此の書御身を離さず常に御覧有る可く候」と添えてある。より一層の残虐性が加えられ、しかも南無妙法蓮華経という題目を唱えよという信仰の次元に内容が変質している。換骨奪胎というよりは改竄というべきか。日蓮は「当(まさ)に知るべし瞋恚(しんに)は善悪に通ずる者なり」(「諌暁八幡抄」真蹟曽存)と怒りを容認していた。政治にコミットしたのも日蓮の怒りの為せる業(わざ)であった。日蓮系教団が分裂に分裂を繰り返してきたのも頷ける話である。

 ノコギリの喩えを思えば、それ以外のことはいくらでも我慢のしようがある。小さないざこざから小さな怒りが生まれ、社会の中で怒りは支流となり、やがて大きな流れを形成する。原発反対デモもナショナリズムも同じ顔をしているのは怒りが原動力となっているためだ。私は生来、物凄く短気なのだが、今日からは頭に来ることがあったら「ノコギリ! ノコギリ! ノコギリ!」と心の中で三度唱えようと思う。

怒りの無条件降伏―中部教典『ノコギリのたとえ』を読む (「パーリ仏典を読む」シリーズ)
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鋸の復原を通して古代人と対話/『森浩一対談集 古代技術の復権 技術から見た古代人の生活と知恵』森浩一

2016-06-07

「スッタ」とは「式」(フォーミュラ)/『原訳「スッタ・ニパータ」蛇の章』アルボムッレ・スマナサーラ


『日常語訳 ダンマパダ ブッダの〈真理の言葉〉』今枝由郎訳
『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元
『原訳「法句経(ダンマパダ)」一日一話』アルボムッレ・スマナサーラ
『原訳「法句経」(ダンマパダ)一日一悟』アルボムッレ・スマナサーラ
・『法句経』友松圓諦
・『法句経講義』友松圓諦
・『阿含経典』増谷文雄編訳
・『『ダンマパダ』全詩解説 仏祖に学ぶひとすじの道』片山一良
・『パーリ語仏典『ダンマパダ』 こころの清流を求めて』ウ・ウィッジャーナンダ大長老監修、北嶋泰観訳注→ダンマパダ(法句経)を学ぶ会
『日常語訳 新編 スッタニパータ ブッダの〈智恵の言葉〉』今枝由郎訳
『ブッダのことば スッタニパータ』中村元訳
『スッタニパータ[釈尊のことば]全現代語訳』荒牧典俊、本庄良文、榎本文雄訳

 ・「スッタ」とは「式」(フォーミュラ)

『怒らないこと 役立つ初期仏教法話1』アルボムッレ・スマナサーラ
『慈経 ブッダの「慈しみ」は愛を越える』アルボムッレ・スマナサーラ
『怒りの無条件降伏 中部教典『ノコギリのたとえ』を読む』アルボムッレ・スマナサーラ
『小説ブッダ いにしえの道、白い雲』ティク・ナット・ハン
『ブッダが説いたこと』ワールポラ・ラーフラ
・『ブッダとクリシュナムルティ 人間は変われるか?』J・クリシュナムルティ
ブッダの教えを学ぶ

『スッタ・ニパータ』は、初期経典が結集(けつじゅう)される前、サーリプッタ尊者など偉大なる阿羅漢(あらかん)たちが活躍されていたときから知られていた経典です。もちろん、きちんと編集されたのはブッダが般涅槃(はつねはん)に入られてからですが、ブッダが直々に説法をなさっていた頃から伝えられている詩集なのです。そのゆえに、古い経典として大変重んじられています。
 スッタ(sutta)は「糸」という意味ですが、それよりも英語のフォーミュラ(formula)という言葉の意味のほうがふさわしいかもしれません。フォーミュラは数学でいえば「式」という意味です。哲学や文法を語る場合も、まず「式」を作ってから語ることは、インドではよくあるやり方なのです。

【『原訳「スッタ・ニパータ」蛇の章』アルボムッレ・スマナサーラ(佼成出版社、2009年)以下同】

 小部の『スッタ・ニパータ』は最古層の経典として知られる。中でも第4章が最古と目され、ブッダの直説(じきせつ)と見なされている(PDF「最古層の経典の変遷 スッタニパータからサムユッタニカーヤへ」石手寺 加藤俊生)。

 サーリプッタ(舎利弗)は十大弟子の筆頭で智慧第一と称された人物でブッダよりも年上だった。二大弟子の一人モッガラーナ(目連)と共にブッダよりも先に逝去した。小部にはサーリプッタの註釈とされる『義釈』が収められている。

「縦糸」の義から「スッタ」を「経」と訳す。


「式」との表現が絶妙だ。「スッタ」の一語が仏教の公式を宣言しているのだ。小部十八経の中で他に「スッタ」は見当たらない。

 体に入った蛇の毒をすぐに薬で消すように、
 生まれた怒りを速やかに制する修行者は、
 蛇が脱皮するように、
 この世とかの世をともに捨て去る。

 この「蛇」の経典では、ずっと蛇の脱皮を譬(たと)えに使っています。蛇という単語には、「毒」という意味も入ってきますが、蛇の特色といえば「脱皮」という生態です。蛇はデパートに行って服など買わなくとも、古くなったら捨てればいいのです。だから他の動物と比べると、蛇はいつでも体がきれいです。あれほど体がきれいな動物は他にいないと思います。他の動物は臭くて、体が汚くて、ノミやらいっぱいいて大変でしょう。蛇の皮膚はビニール製のようなものですから、体には虫も何も付いていません。蛇の皮が古くなると色が変わってきます。すると、蛇は皮ごと全部捨ててしまう。細い枝の間などに体を入れて進むと、古い皮だけが引っかかり、脱皮してきれいになった蛇だけが出て行ってしまうのです。

 革命というよりは変容が相応(ふさわ)しい。「この世とかの世をともに捨て去る」とは、此岸(しがん)にも彼岸(ひがん)にも執着しない中道の姿勢である。ただし「この世もあの世も捨てろ」とは言っていない。生きることは死ぬことである。我々は死ぬために生きている。生命とは死ぬ存在だ。そう達観できれば、この世とあの世の虚妄(きょもう)が見抜ける。脱皮とは虚妄の皮を捨てることだ。欲望の充足こそ幸福だと錯覚する感覚から抜け出ることだ。諸行無常である。不幸も幸福も長く続かない。不幸な時に幸福を願い、幸福な時に不幸を恐れるのが人の常であろう。人生は瞬間の連続であるが、こうした生き方は瞬間が疎(おろそ)かとなってゆく。

 今さえよければ後はどうなっても構わない(この世)という生き方も、将来のために現在を犠牲にする生き方(あの世)も誤っている。

努力と理想の否定/『自由とは何か』J・クリシュナムルティ

 怒りは「我」(が)から生まれる。「よくも俺を馬鹿にしたな!」というのが怒りの正体だ。「自分は凄い」と思っているから頭に来るのだ。「私は愚かだ、馬鹿だ」と自覚すれば怒ることもない。我々は自分が平均以上であると思い込むからダメなのだ。思い切って今後はブッダやアインシュタインと比較しようではないか。確かに馬鹿です。100%馬鹿(笑)。

 人間が一般的に、自分には色々なトラブルがある、問題がある、と思ったら、それは99%が怒りによるものなのです。金銭トラブル、社会関係のトラブル、精神的なトラブル、そういったトラブルは、ほとんど「怒り」が原因になっています。

 何ということか。怒(おこ)らなければ幸せになれる――ただそれだけのことだったとは。まずは怒らないこと。次に怒りっぽい人から遠ざかること。そして怒りを喚起する映画や小説に触れないことである。最後のやつはスマナサーラからの受け売りだ。

 ルワンダ、パレスチナ、インディアンといった歴史の悲劇を思うと私の五体は怒りに打ち震える。全神経を殺意が駆け巡り、血が逆流する。私の願いは虐(しいた)げた側の連中を皆殺しにすることだ。それが実現すれば平和になるだろうか? 悲劇を防ぐための殺人は正当化し得るだろうか? どんな理由をつけようとも「殺した」という事実は残る。暴力の結果は次の暴力の原因となり連鎖は果てしなく繰り返されることだろう。

 諸法無我が真理であれば「私」はない。ただ現象だけがある。「私」という中心から感情が生まれ、物語が形成される。「この世」「あの世」という物語が。

原訳「スッタ・ニパータ」蛇の章

2016-06-05

非難されない人間はいない/『原訳「法句経」(ダンマパダ)一日一悟』アルボムッレ・スマナサーラ


『日常語訳 ダンマパダ ブッダの〈真理の言葉〉』今枝由郎訳
『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元
『原訳「法句経(ダンマパダ)」一日一話』アルボムッレ・スマナサーラ

 ・非難されない人間はいない

・『法句経』友松圓諦
・『法句経講義』友松圓諦
・『阿含経典』増谷文雄編訳
・『『ダンマパダ』全詩解説 仏祖に学ぶひとすじの道』片山一良
・『パーリ語仏典『ダンマパダ』 こころの清流を求めて』ウ・ウィッジャーナンダ大長老監修、北嶋泰観訳注→ダンマパダ(法句経)を学ぶ会
『日常語訳 新編 スッタニパータ ブッダの〈智恵の言葉〉』今枝由郎訳
『ブッダのことば スッタニパータ』中村元訳
『スッタニパータ[釈尊のことば]全現代語訳』荒牧典俊、本庄良文、榎本文雄訳
『原訳「スッタ・ニパータ」蛇の章』アルボムッレ・スマナサーラ
『怒らないこと 役立つ初期仏教法話1』アルボムッレ・スマナサーラ
『慈経 ブッダの「慈しみ」は愛を越える』アルボムッレ・スマナサーラ
『怒りの無条件降伏 中部教典『ノコギリのたとえ』を読む』アルボムッレ・スマナサーラ
『小説ブッダ いにしえの道、白い雲』ティク・ナット・ハン
『ブッダが説いたこと』ワールポラ・ラーフラ
・『ブッダとクリシュナムルティ 人間は変われるか?』J・クリシュナムルティ
ブッダの教えを学ぶ

 アトゥラよ、これは昔からのことだ。
 きょうだけのことではない。
 人は黙っている者を非難し、多くを語る者も非難する。
 節度をもって語る者さえ非難する。
 この世において、非難されずにいた者は、
 どこにもいない。(ニニ七)

【『原訳「法句経」(ダンマパダ)一日一悟』アルボムッレ・スマナサーラ(佼成出版社、2005年)以下同】

 単純に言えば、この偈の要点は「ばかは相手にするなよ」ということなのです。
 非難する人の話というのは、まじめに研究して調べて、客観的に判断して話しているものではありません。ただ何かを話しているだけなのです。話さずにはいられない病気にかかっているのです。だから、それほど気にすることはありません。「この世の中で非難されない人間はいません」と理解すれば、どこから言葉の矢を撃たれても平気です。


 インターネットは有象無象の劣情に満ちている。普段はおとなしく、上司に向かって意見すらできないような連中が、殺伐とした書き込みを繰り返す。激越な調子で攻撃を加える引きこもりや、理詰めで他人の足を引っ張るキモオタが各所にいる。溜まりに溜まったストレスや行き場のない不平不満の矛先を虎視眈々と狙う。コメント欄の炎上に油を注ぎ、祭りと称して誹謗中傷することに生き甲斐を感じるような手合いがいるのだ。そして彼らは変わらぬ日常に引き戻される。

 現代のもっとも大きな詐欺の一つは、ごく平凡な人に何か言うべきことがあると信じさせたことである。(ヴォランスキー)

【『世界毒舌大辞典』ジェローム・デュアメル:吉田城〈よしだ・じょう〉訳(大修館書店、1988年)】

 テレビコメントの受け売りを、さも一家言(いっかげん)であるかのように語る人々は多い。ヴォランスキーがいうところの「現代」とはメディア(書物・新聞・ラジオ・テレビ)後の時代を指すのだろう。

 なかんずく特定のイデオロギーを支持する人々や宗教に生きる人々は世界を敵と味方に分けて考える傾向が強い。非難中傷は彼らの十八番である。そのための理論武装までしている。

 ブッダもソクラテスも孔子もテキストを残さなかったのには理由がある(イエスは実在したかどうか疑問)。書かれた言葉は死んだ言葉である。豊かな音や響きを失って無味乾燥な活字となる。枢軸時代の柱ともいうべき彼らが対話を重んじたのは非難や反論を受け入れることのできる開かれた精神の持ち主であったからだろう。多くの人々が納得したのは言葉だけではなかった。目の輝きや立ち居振る舞いに自ずと現れる何かが心をつかみ激しく揺さぶったに違いない。

 バッシングとは叩くの意である。誰かを袋叩きにする時、一人ひとりの罪の意識は低い。その低い意識が社会に暴力を蔓延させる温床となる。

 ゴシップ誌の類いを好む連中がいることを思えば、少々の非難は恐れるに足らない。「自ら反(かえり)みて縮(なお)くんば、千万人と雖(いえど)も、吾往かん」(孟子)。ま、相手が百人くらいのキモオタだったら俺は往くよ(笑)。

原訳「法句経」(ダンマパダ)一日一悟原訳「法句経(ダンマパダ)」一日一話原訳「スッタ・ニパータ」蛇の章世界毒舌大辞典

2016-06-03

ブッダは信仰を説かず/『原訳「法句経(ダンマパダ)」一日一話』アルボムッレ・スマナサーラ


『日常語訳 ダンマパダ ブッダの〈真理の言葉〉』今枝由郎訳
『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元

 ・ブッダは信仰を説かず

『原訳「法句経」(ダンマパダ)一日一悟』アルボムッレ・スマナサーラ
・『法句経』友松圓諦
・『法句経講義』友松圓諦
・『阿含経典』増谷文雄編訳
・『『ダンマパダ』全詩解説 仏祖に学ぶひとすじの道』片山一良
・『パーリ語仏典『ダンマパダ』 こころの清流を求めて』ウ・ウィッジャーナンダ大長老監修、北嶋泰観訳注→ダンマパダ(法句経)を学ぶ会
『日常語訳 新編 スッタニパータ ブッダの〈智恵の言葉〉』今枝由郎訳
『ブッダのことば スッタニパータ』中村元訳
『スッタニパータ[釈尊のことば]全現代語訳』荒牧典俊、本庄良文、榎本文雄訳
『原訳「スッタ・ニパータ」蛇の章』アルボムッレ・スマナサーラ
『怒らないこと 役立つ初期仏教法話1』アルボムッレ・スマナサーラ
『慈経 ブッダの「慈しみ」は愛を越える』アルボムッレ・スマナサーラ
『怒りの無条件降伏 中部教典『ノコギリのたとえ』を読む』アルボムッレ・スマナサーラ
『小説ブッダ いにしえの道、白い雲』ティク・ナット・ハン
『ブッダが説いたこと』ワールポラ・ラーフラ
・『ブッダとクリシュナムルティ 人間は変われるか?』J・クリシュナムルティ
ブッダの教えを学ぶ

 お釈迦さまは人びとにたいして「これはよくないから、やめなさい」としかることもなく、「ああしなさい、こうしなさい」と命令することもありません。もちろん「地獄に堕ちる」「罰が当たる」などといって、人びとを脅し束縛することもありませんでした。たとえ、説法に疑問を投げかける人がいたとしても、それをとがめるようなことはけっしてされませんでした。お釈迦さまには、その場でただちに人びとを苦しみから解き放ってしまうほどの力があったのでしょう。
 では、お釈迦さまは「なにかを信じなさい」というように「特別な信仰」を人びとに伝えたのでしょうか。いいえ、そうではありません。つねに「客観的な事実」を説かれたのです。まるで弁護士のように、「これはどう考えますか。では、こういうことはどう思いますか」と相手に訊くのです。その問いに答えていくうちに、相手は「ああ、なるほどそういうことか」と真理をつかんでしまうのです。すると相手はみずからの意志で「じゃあ、やってみよう。これをためしてみよう」と決めて実行するわけです。実践するか否かはあくまで個人の意志にまかされるのです。

【『原訳「法句経(ダンマパダ)」一日一話』アルボムッレ・スマナサーラ(佼成出版社、2003年)以下同】

「地獄に堕ちる」「罰が当たる」というのは創価学会を始めとする日蓮系教団への皮肉か。その一方でスマナサーラはまるで見てきたかのようにブッダを語る。邪(よこしま)な底意を感じるのは私だけではあるまい。古い経典(パーリ語経典)がブッダの輪郭を捉えているのは確かだと思うが、それをそのまま信じるのは危険だ。飽くまでも人伝に語られたブッダの言葉である。誤っている可能性を考慮すべきだろう。

 大切なのはブッダが説得と無縁であったことだ。相手を改宗させようとか、自分の教団に引き込もうといった教勢拡大の野望はこれっぽっちもなかった。僧の語源となっているサンガ(僧は僧伽〈そうぎゃ〉の略)は組合や共和制を意味する言葉で、ピラミッド型の組織ではなかった。

 逝去したブッダを慕う弟子たちの心が信仰を生んだのだろう。遺骨(仏舎利〈ぶっしゃり〉)は塔(ストゥーパ)に安置された。これが日本における卒塔婆(そとば)の元型である。人間ブッダは仏となった。旧字の佛(ほとけ)は「人に非ず」との謂いで超人や神を示すようになった。

 仏教は宗教ではないという指摘は現在でもある。厳密にいえば「仏教は信仰ではない」という意味合いなのだろう。その仏教が仏像やらマンダラを次々と開発する不思議を考える必要があるだろう。

 じつにこの世においては、
 怨みにたいして怨みを返すならば、
 ついに怨みの鎮まることがない。
 怨みを捨ててこそ鎮まる。
 これは普遍的な真理である。(五)

 怒りは、自分も他人も破壊してしまいます。いやなことをされて、「憎しみをもつのは当然だ」といって怒りをいだけば、その怒りによって、さらに自分が苦しくなります。腹を立てたとき、いちばん最初に怒りに汚染されるのは自分自身です。腹を立てて、だれが不幸になるかというと、憎しみに満ちている自分自身なのです。心は汚れ縮んで、悪い報いをまず自分が味わってしまうのです。怒って相手を攻撃しようとしても、相手はそれによって困ることもあるし、まったく困らないこともあるでしょう。しかし、自分が怒りで汚染されることだけはたしかなことです。

 スマナサーラがアトランダムに紹介しているところを見ると、中村元訳にそれほど極端な誤訳はないのだろう。「いちばん最初に怒りに汚染されるのは自分自身です」との言葉が重い。怒りという感情が放射能のように思えてくる。持続した怒りはやがて怨みとなる。その半減期は決して短くない。折に触れて思い出しては、怒りの焔(ほのお)を燃え上がらせ、我が身を焼き尽くす。

 人類の歴史は奪い合い、殺し合いの連続である。現在は政治・経済という名でスマートに行われているが、所詮は食糧・エネルギー・社会資源の奪い合いである。ゲームの得点はマネーに換算される。争うことが正当化される社会の中で、我々は怨みを捨てることができるだろうか? 弱肉強食の現実を達観して怒りを手放すことは可能だろうか?

 実際、仏教はインドで滅んだ。

 インドの宗教史は、おおよそ以下の6期に分けることができる。

 第1期 紀元前2500年頃~前1500年頃 インダス文明の時代
 第2期 紀元前1500年頃~前500年頃 ヴェーダの宗教の時代(バラモン教の時代)
 第3期 紀元前500年~紀元600年頃 仏教などの非正統派の時代
 第4期 紀元600年頃~紀元1200年頃 ヒンドゥー教の時代
 第5期 紀元1200年頃~紀元1850年頃 イスラム教支配下のヒンドゥー教の時代
 第6期 紀元1850年頃~現在 ヒンドゥー教復興の時代

【『空の思想史 原始仏教から日本近代へ』立川武蔵〈たちかわ・むさし〉(講談社学術文庫、2003年)】

 仏教がインドで滅亡したのは13世紀頃のことである(立川武蔵)。内省的な教えが社会を変革するには至らなかったということか。ティク・ナット・ハンが主導する「行動する仏教または社会参画仏教(Engaged Buddhism)」はそうした反省から生まれたものと察する。

 誰もが「よりよい社会」を望む。だが「よりよい自分」になろうとはしない。一生という限られた時間の中でできることは自らが真理に生きることだけであろう。もっと簡単に言おう。他人を救おうとする前に自分を救うべきだ。幸不幸よりも目覚めるかどうかが問われるのだ。目覚めていない人が他人を案内することはできない。そして目覚めた瞬間に全ては解決する。

   

仏教における「信」は共感すること/『出家の覚悟 日本を救う仏教からのアプローチ』アルボムッレ・スマナサーラ、南直哉

2016-04-27

仏教分裂の歴史/『慈経 ブッダの「慈しみ」は愛を越える』アルボムッレ・スマナサーラ


『日常語訳 ダンマパダ ブッダの〈真理の言葉〉』今枝由郎訳
『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元
『原訳「法句経(ダンマパダ)」一日一話』アルボムッレ・スマナサーラ
『原訳「法句経」(ダンマパダ)一日一悟』アルボムッレ・スマナサーラ
・『法句経』友松圓諦
・『法句経講義』友松圓諦
・『阿含経典』増谷文雄編訳
・『『ダンマパダ』全詩解説 仏祖に学ぶひとすじの道』片山一良
・『パーリ語仏典『ダンマパダ』 こころの清流を求めて』ウ・ウィッジャーナンダ大長老監修、北嶋泰観訳注→ダンマパダ(法句経)を学ぶ会
『日常語訳 新編 スッタニパータ ブッダの〈智恵の言葉〉』今枝由郎訳
『ブッダのことば スッタニパータ』中村元訳
『スッタニパータ[釈尊のことば]全現代語訳』荒牧典俊、本庄良文、榎本文雄訳
『原訳「スッタ・ニパータ」蛇の章』アルボムッレ・スマナサーラ

 ・仏教分裂の歴史

『怒りの無条件降伏 中部教典『ノコギリのたとえ』を読む』アルボムッレ・スマナサーラ
『小説ブッダ いにしえの道、白い雲』ティク・ナット・ハン
『ブッダが説いたこと』ワールポラ・ラーフラ
『怒らないこと 役立つ初期仏教法話1』アルボムッレ・スマナサーラ
・『ブッダとクリシュナムルティ 人間は変われるか?』J・クリシュナムルティ
ブッダの教えを学ぶ

 お釈迦さまの教えを忠実に守り実践する人々は、お釈迦さまの教えより優れた道はないと、自らの体験から確信しています。テーラワーダの長老方はただ一心に、お釈迦さまの教え、お釈迦さまの道を守ることを何より大切にし、ブッダの教えに自分の解釈を加えることは、いっさい拒否してきました。お釈迦さまが亡くなられた当時でも、そういう長老方の態度を「保守的だ」と批判する人々がいました。それらの人々は後にテーラワーダ仏教から離れ、大衆部と呼ばれる宗派をつくりました。その大衆部も、いくつもの分派ができ、お釈迦さまの入滅後200年くらい経つと18もの宗派に分裂しました。これらはまとめて部派仏教と呼ばれます。
 お釈迦さまの入滅後500年ほど経つと、部派仏教を批判する新しい動きが現れました。そして「我らこそ優れている」という意味を込めて、自分たちを大乗仏教と称し、部派仏教のことを小乗仏教と呼びました。日本でテーラワーダ仏教を小乗仏教と呼ぶ人々がいますが、インドの大乗仏教が小乗仏教と呼んでいたのはテーラワーダではありません。実際に小乗と呼ばれていた部派仏教は、現在ではひとつも残っていません。

【『慈経 ブッダの「慈しみ」は愛を越える』アルボムッレ・スマナサーラ(日本テーラワーダ仏教協会、2003年)】

 適当に書こうと思っていたのだが、昨夜検索し始めたところドツボにはまってしまった。ま、いつものことである。

 仏教分裂の歴史は根本分裂から始まる。ブッダの訃報を知った「スパッタダは、『悲しむことはない。ブッダが涅槃に入られたので、我々は苦しみから開放された。ブッダがおいでの時は、あれも駄目、これも良くないと禁止されるばかりだったが、これからは何でも自分の好きにできる。誰も禁止する人はいない』と発言した」(第一章 初めての結集 ブッダ入滅の四か月後、タンマの編纂をする)。この発言を問題視したマハーカッサパ(マハーカーシャーパ、大迦葉、摩訶迦葉)が仏典編纂(へんさん)を決意する。十大弟子のうち、モッガラーナ(目連、目犍連)は集団暴行で殺害され、サーリプッタ(シャーリプトラ、舎利佛)は病没していた。

 上記ページによれば第一結集(けつじゅう)はブッダ逝去から4ヶ月後とされている。この日にアーナンダ(阿難)は阿羅漢果を得た。これについては異論もある。

仏教夜話・25 仏弟子群像(12) マハーカッサパ(上)
仏教夜話・26 仏弟子群像(13) マハーカッサパ(中)
仏教夜話・27 仏弟子群像(14) マハーカッサパ(下)

 確かに結集に合わせて悟れるならば、もっと早く悟れよと言いたい気持ちになる。また最も近侍(きんじ)したアーナンダをブッダがどのように教導したのかという疑問も生じる。

 第一結集では記憶力の抜きん出たアーナンダがブッダの教えを唱え、参加した500人の出家全員が承認するまで続けられた。この時点でもまだテキスト化はされていない。

 第二結集が行われたのは仏滅後100年頃のことである。この直後に根本分裂という事件が起こる。通説によれば大衆部(だいしゅぶ)と上座部(じょうざぶ)の二つに分かれ、部派仏教の時代に入るとされる。これに分別説部を加えた三つに分派したという見方もある。Wikipediaでは分別説部は上座部に含まれるとしているが、スマナサーラ説は異なることに留意する必要がある。またWikipediaでは上座部上座部仏教が別項目となっている。

 問題を整理しよう。第二結集で分裂があった。理由については大衆部と上座部双方の言い分(五事・十事)がある。二つに分かれたとする説と三つに分かれたとする説とがある。

 次に各派呼称の問題がある。テーラーワーダを直訳すると「長老の教え」で長老派と呼んでも構わないと思われるが、上座部が意味するのも同じ内容だろう。上座(かみざ)に座っているのは長老に決まっている。

 2000年以上前の事実を確認する術(すべ)はない。昨夜あれこれ考えながら一つの結論に達した。スマナサーラ説を採用すれば、テーラワーダ(長老派)を初期仏教、大衆部と上座部を中期仏教、自称大乗を後期仏教とすれば呼称の問題は解決できる。更にインドでは根本分裂に至るが、初期仏教はスリランカ、ミャンマー、タイに伝わった(南伝)と考えれば整合性はとれる。

 もちろんテーラワーダ対する批判(例えば「枝末分裂 部派仏教」)もあるが、検証のしようがないため考えるだけ無駄だ。

 常識的に考えてもいかなる宗教であれ、教えを忠実に守ろうとする人々が存在する。それが行き過ぎると教条主義となり、やがて原理主義が生まれる。インド上座部は原理主義化した仏教と考えてよいのではあるまいか。そして教義をもって自分を飾る出家者が増えたのだろう。

 スマナサーラの指摘によれば中期仏教は滅んだことになる。

 余談となるが、根本分裂の理由は大衆部が五事を挙げ、上座部が十事を否定する。前者は夢精に関することで、後者は戒律の緩和(食事、金銀授受)である。つまりセックスと飯とカネを巡る問題だったのだ。ったく煩悩そのものだよ(笑)。ただし謂われがある。

293 かれらのうちで勇猛堅固であった最上のバラモンは、実に婬欲の交わりを夢に見ることさえもなかった。

【『ブッダのことば スッタニパータ』中村元〈なかむら・はじめ〉訳(岩波文庫、1984年/岩波ワイド文庫、1991年)】

 金銀授受については、ブッダが土地の寄進(祗園精舎)を認めたことから導かれたような気もする。

 彼は、大衆部の中には、仏陀や菩薩を超世間的な存在として考える理想的な考え方を持っていた学派もいた反面、人間化された菩薩の概念を主張し、Stupa崇拝と結合した献身的実践を低く評価する学派もあったことを指摘している。そして、後者は阿羅漢果よりは菩薩行を実践することを重要視した可能性を述べている。

PDF 根本分裂の原因に関する一考察:李慈郎(Lee, Ja-rang)1998年3月20日

 昨夜の検索情報で最も有益だったのがこれだ。文章がすっきりとせず要旨もわかりにくいのだが、重要なのは最後の指摘である。「阿羅漢果より菩薩行の重視」こそが大衆部から後期仏教の流れを決定づけたと考えてよさそうだ。

小乗 自己の煩悩を絶ち、解脱を得て、阿羅漢となる。
大乗 他者を済度する「利他」の修行(菩薩行)を経て、自らの悟りが達成できる。

IV.インド仏教史(インド宗派)

 初期仏教と後期仏教の違いもここにある。大乗が「大きな乗り物」を自称したのはヒンドゥー教から流入した信者が多かったためと推測できる。種々雑多な人々が混成する中から戒律緩和の流れが出てきたのだろう。一種のプラグマティズム化であったと私は考える。すなわち大乗とは仏教の社会化であり運動化であった。

158 先ず自分を正しくととのえ、次いで他人を教えよ。そうすれば賢明な人は、煩わされて悩むことが無いであろう。

【『真理のことば(ダンマパダ)』中村元〈なかむら・はじめ〉訳(岩波文庫、1978年/ワイド版、1991年)】

 まず自分を正しくととのえ、ついで他人を教えなさい。
 そのようにする賢明な人は、
 煩わされて悩むことがない。(158)

【『原訳「法句経」(ダンマパダ)一日一話』アルボムッレ・スマナサーラ(佼成出版社、2003年)】

 菩薩行とはボランティアでありサービスである。阿羅漢果を得る人がどんどんいなくなり、苦し紛れに編み出したのが化他行だったのではないか? 奉仕や福祉活動を通して一定の自己実現がかなえられる。

 答えは簡単だ。ダンマパダに明らかである。そもそもブッダは化他行で悟りを開いたわけではないのだ(←ここ重要)。思想の系譜を重んじるのであれば、それは学問レベルの哲学であり、文化といっても差し支えあるまい。

 尚、説一切有部(上座部)の「三世実有・法体恒有」に対する批判としては龍樹の『中論』が有名だが、何かを述べるほどの知識が私にはない。ただし、何となくではあるがダルマの捉え方が異なっているような印象を受ける。

【追記】角川文庫から『ブッダの「慈しみ」は愛を越える』が出ているが、値段がそれほど変わらない上、日本テーラワーダ仏教協会版にはCDが付いているのでお得。

慈経―ブッダの「慈しみ」は愛を越える (「パーリ仏典を読む」シリーズ (Vol.1))ブッダの「慈しみ」は愛を超える (角川文庫)

「慈悲の瞑想」アルボムッレ・スマナサーラ
アルボムッレ・スマナサーラの朗唱
慈経







2015-01-20

生きるとは単純なこと/『ブッダの教え一日一話 今を生きる366の智慧』アルボムッレ・スマナサーラ


『怒らないこと 役立つ初期仏教法話1』アルボムッレ・スマナサーラ
『怒らないこと2 役立つ初期仏教法話11』アルボムッレ・スマナサーラ
『心は病気 役立つ初期仏教法話 2』アルボムッレ・スマナサーラ

 ・何も残らない
 ・生きるとは単純なこと

『未処理の感情に気付けば、問題の8割は解決する』城ノ石ゆかり
『マンガでわかる 仕事もプライベートもうまくいく 感情のしくみ』城ノ石ゆかり監修、今谷鉄柱作画
『ザ・メンタルモデル ワークブック 自分を「観る」から始まる生きやすさへのパラダイムシフト』由佐美加子、中村伸也

1月1日 生きるとは単純なこと

 生きるとは、複雑なようであって、じつはとても単純です。
 歩いたり座ったり喋(しゃべ)ったり、寝たり起きたり。それ以外、特別なことは何もありません。
 この単純さを認めないことが、苦しみの原因のもとなのです。
 この単純さ以外に、何か人間を背後から支配している「宇宙の神秘」のようなものがあると思うのは、妄想です。
 人生とはいともかんたんに、自分で管理できるものなのです。

【『ブッダの教え一日一話 今を生きる366の智慧』アルボムッレ・スマナサーラ(PHP研究所、2008年/PHP文庫、2017年)】

 本年より書写行を開始。セネカ著『人生の短さについて 他二篇』を終えて、本書と取り組む。新書サイズで上下二段。1ページに2日分の内容となっている。何の解説もないのだが、たぶんスマナサーラ本からの抄録であろう。このエッセンスを理解するには、ある程度スマナサーラ本を読む必要あり。手軽に読んでしまえばかえって理解から遠ざかることだろう。

 業(ごう)とは行為を意味する。日本だと悪業の意味で使われることが多いが善業も含む。その基本は歩く・座る・寝るの三つである。言われてみると確かにそうだ。健康の最低限の定義は「歩ける」ことだろう。身体障害の厳しさは歩くことを阻まれている事実にある。

 悩みがあろうとなかろうと、幸福であろうと不幸であろうと、人間の行為がこの三つに収まることは変わりがない。

 一方には豪華なソファに座る人がいて、他方には擦り切れた畳の上で胡座(あぐら)をかく人がいる。資本主義というマネー教に毒された我々は所有でもって人を測る。だが「座る」ことに変わりはない。つまり「座る」という姿こそが真理なのだろう。

 後期仏教(いわゆる大乗)は絢爛(けんらん)たる理論を張り巡らせ、「宇宙の神秘」を説くことでヒンドゥー教再興に抵抗したというのが私の見立てである。結果的にブラフマンアートマンを採用した(梵我一如)ことからも明らかだろう。

 この神秘主義はなかなか厄介なもので、スピリチュアリズムと言い換えてもよいだろう。後期仏教を密教化と捉えれば神秘主義が浮かび上がってくる。そこには必ずエソテリズム(秘伝・秘儀)の要素が生まれる。

 人間の脳は論理で満足することがない。どこかで不思議を求めている。ミステリーがマジックと結びつくと人は容易に騙される。宗教・占い・通販の仕組みは一緒だ。「物語の書き換え」によって人間を操作する。大衆消費社会を維持するのは広告なのだ。

 歩く、座るといった振る舞いに何かが表れる。颯爽と歩く人には風を感じるし、猫背でとぼとぼと歩く人には暗い影が見える。小学生の歩く姿をよく見てみるといい。悩みがある子は直ぐにわかるものだ。

 これに対して幼児はほぼ全員が歩くこと自体を喜びと感じている節(ふし)がある。だから見ているだけでこちらまで楽しくなってくる。きっと立った瞬間に、また歩いた瞬間に脳は激変している。そりゃそうだ。「見える世界」が変わったのだから。二足歩行を始めた人類の歴史が窺える。

「人生とは単純なものだ」と決めてしまえば、心の複雑性から解き放たれる。怒り、嫉妬、憎悪を生むのは心である。そこに宗教や思想が火をつけ、油を注ぐことも珍しくはない。

 我々は「自分の人生」を失ってしまった。他人に操作された人生を送るがゆえに争いの人生を強いられている。決して心が安らぐことがない。絶えず不安の波が押し寄せる。

 今、大事だと思っていることが、年を重ねるに連れてそうでもないことに気づく。手放せるものはどんどん捨ててしまえ。不要な物を捨て、不要な欲望を捨て、最後は自我まで捨ててしまえというのがブッダの教えである。

【追記】竹内敏晴は「人間が生きている、ということは、基本的には『立って』動いていることである」と指摘している(『ことばが劈(ひら)かれるとき』)。とすれば、人の行為は大別すれば、寝るか・起きるかに分けることができそうだ。

2014-11-30

欲望と破壊の衝動/『心は病気 役立つ初期仏教法話2』アルボムッレ・スマナサーラ


『怒らないこと 役立つ初期仏教法話1』アルボムッレ・スマナサーラ
『怒らないこと2 役立つ初期仏教法話11』アルボムッレ・スマナサーラ

 ・欲望と破壊の衝動

『苦しみをなくすこと 役立つ初期仏教法話3』アルボムッレ・スマナサーラ
『ブッダの教え一日一話 今を生きる366の智慧』アルボムッレ・スマナサーラ

 ある人に「この世の中を支配している主人は誰ですか?」と聞かれたとき、お釈迦さまは「神様です」とは言わず、いとも簡単にこう答えました。

(※以下原文略)チッテーナ・ニーヤティ・ローコー

 チッテーナとは「心に」「心によって」という意味です。「心が行っているのだ」ということです。
 ニーヤティとは「導かれる」という意味です。
 ローコーというのは「衆生」、つまり「世界や世の中」「生けるもの」ということで、人々や生命を意味します。
 全体では「心が衆生を導く」「衆生は心に導かれる」という意味になります。
 つまりお釈迦さまは、「生命は心に導かれ、心に管理されている。心に言われるままに生命は生きていて、心という唯一のものに、すべてを握られている」と答えたのです。
 私たちは結局、「心の奴隷」なのです。私にはなんの独立性もないし、自由に生きてもいません。
 ですから、「仏教の神はなんですか?」と聞かれたら、私なら「心です」と答えます。「逆らえない」という点では、心は一神教的な神と同じだからです。

【『心は病気 役立つ初期仏教法話 2』アルボムッレ・スマナサーラ(サンガ新書、2006年)以下同】

 世の中とは人々の心の反応がうねる大河のようなものなのだろう。心は鏡であり、鏡に映ったものが世界であると考えてよい。各人の鏡は曇り、汚れ、ひん曲がっている。一人ひとりの価値観・執着・個性によって。世界とは目の前に存在するものではなくして世界観なのだ。それゆえ我々には見えていないものがたくさんある。優れた教えに触れると、曇りが除かれ心に光が射(さ)し込む。

 心の特徴を、もうひとつ紹介しましょう。
 心は、思い通りにならないと、反対の行動をします。好きなもの、欲しいものに向かって走ることを邪魔されたら、ものすごく破壊的になって、恐ろしいことをするのです。
 人間はいつも何かしら希望や目的があって、それを目指して生きています。
 でも、突然その目的が達成できなくなることもよくありますね。そうすると心はものすごいショックを受けて、破壊の道に走ってしまうのです。「得られないんだったら、いっそぜんぶ壊してやろう」という気持ちです。

 片思いがストーカー行為に変貌する。紙一重のところで愛憎が入れ替わる。陳列棚の前で駄々をこねる子供だって、欲しい物を買ってもらった途端、親に愛情を示す。人間の心は欲望と破壊の衝動に支配されている。ここをよく考える必要がある。考えるというよりも見つめることが相応(ふさわ)しい。瞑想だ。

 自分の希望や願望をひたと見つめる。なぜそれが必要なのか。それが無理だとわかったら自分はどう変わるのか。我々が求めてやまないのは結局のところ「成功」である。「他人からの評価」と言い換えることも可能だ。

「人間が生きる」ということは、「好きなものを得るために行動する」「得られないものや邪魔するものはぜんぶ壊す」のいずれかです。我々の日常生活は、この二つのエネルギーに支配されているのです。

 ああ、これが欲望の正体なのだな。犯人は「自我」である。グラデーションの濃淡はあれども我々の行動はここに収まる。そして人間の生き方を集約する国家もまた同様のエネルギーに支配されている。戦争こそは欲望の最たるものだろう。

 世にある犯罪のほとんどは、希望がかなわないときに起こる破壊的なエネルギーが原因です。

 絶妙な指摘だ。高齢者の万引きも破壊的な衝動と考えれば腑に落ちる。

 心理学の世界では、破壊的なエネルギーで動くことを「病気」とはいいません。「あの人はいろいろなところで負けたけれど、よく闘って頑張っている。行動的で偉い」と、むしろほめるのです。
 ですが仏教的に見れば、それも結局は危ない病気です。「闘う心」は、「ある意味では勝利への希望に満ちた状態」ともいえるのですが、もし闘えないときはどうなるでしょうか?
 他人を害する破壊的な行為には、力が必要です。力が足りない場合は、力が内向きになって、ひきこもりになったり、自殺願望を引き起こしたりすることになります。「嫌な状況をぶち壊したい。他人を破壊したい。でも、できない」というとき、人間は自分自身を破壊してしまうのです。手榴弾を相手に投げようと安全ピンを外したものの、そのまま持っているようなものです。10秒後くらいには自分が死んでしまいます。
 うつ病とか統合失調症とか、いろいろな言葉で表される精神的な病気も、もとをたどればぜんぶ「怒りのエネルギー」です。自分の心でつくった毒で、自分を殺しているのです。

 資本主義は自由競争を旨(むね)とする。競争とは戦いであり他人を蹴落とすことでもある。この社会では「より多くの他人を蹴落とした人物」が勝利者と見なされる。文武の二道は競争ではない。力や技の優劣よりも心の姿勢が問われる(『一人ならじ』山本周五郎)。これに対してスポーツは完全な競争である。

 会社も学校も人々を競争に駆り立ててやまない。なぜなら、競争すればするほどあいつらは儲かるからだ。今時は文化や宗教だって競争だよ。売れてなんぼの世界だ。

 スマナサーラの言葉は深遠な仏教哲理に貫かれているがこの部分は危うい。特に統合失調症については鵜呑みにしてはならない。かような「軽さ」を見極めた上でスマナサーラ本を読むべきだ。ま、精神科医が信用できるかといえば、決してそうではないわけで、どっちもどっちというレベルと考えればよい。完璧な人間はいない。大目に見てやれ。


統合失調症への思想的アプローチ/『異常の構造』木村敏

2014-10-07

「六師外道」は宗教界の革命家たち/『沙門果経 仏道を歩む人は瞬時に幸福になる』アルボムッレ・スマナサーラ


『死後はどうなるの?』アルボムッレ・スマナサーラ

 ・「六師外道」は宗教界の革命家たち

 これらの先生方は「六師外道」といわれる人たちです。仏教では、六師外道を「仏教以外の教えを説いている6人の先生」という程度の意味で使っています。でもここに登場する人々は、外道という蔑称で簡単に切り捨てられるものではありません。本当は、インドの当時の宗教世界の革命家として、厳密に考えなくてはいけない人々だったのです。
 その先生方の教えは、我々がインドの宗教として知っているヒンドゥー教のような生ぬるい教えではありませんでした。ヒンドゥー教のもとであるバラモン教は、当時の人々の生活に深く浸透していました。土台であって、かなり根深いものだったのです。そんな中で大胆な教えを説いて宗教革命を起こしたのが、これらの人々です。バラモン教の悪弊に縛られて苦しんでいた社会に天才たちが現れ、とてつもないことを言って人々の目を覚ましてしまったのです。

【『沙門果経 仏道を歩む人は瞬時に幸福になる』アルボムッレ・スマナサーラ(サンガ、2009年)】

 仏教が内道であるのに対し仏教以外の教えを外道という。これが敷衍(ふえん)して「道に外れた者」を外道と呼ぶに至った。現在ではプロレスラーの名前にまでなっている。私の印象では鎌倉仏教も六師外道を異端として扱っているように思う。

 ヒンドゥー教の六派哲学六師外道が対応しているならば、ヒンドゥー教をテーゼとして正反合が成り立つのだろうか? ブッダの場合は当然、止揚ではなく中道だが。

 もちろん私も本書で初めて六師が宗教的天才であり革命家であったことを知った。ただしスマナサーラの筆は勢いあまって「生ぬるい」とか「とてつもない」などと軽々しく余計な表現を盛り込んでいることに注意する必要がある。大体「人々の目が覚めた」ならばブッダの登場は不要だ

 大いなる懐疑の時代を経てブッダが誕生したと考えればよかろう。諸学説を六十二見にまとめて説いたのが梵網経である。

梵網経の検索結果

 ティク・ナット・ハン著『小説ブッダ いにしえの道、白い雲』で私は六十二見を知った。近いうちに紹介しよう。

2014-05-30

何も残らない/『ブッダの教え一日一話 今を生きる366の智慧』アルボムッレ・スマナサーラ



『怒らないこと 役立つ初期仏教法話1』アルボムッレ・スマナサーラ
『怒らないこと2 役立つ初期仏教法話11』アルボムッレ・スマナサーラ
『心は病気 役立つ初期仏教法話 2』アルボムッレ・スマナサーラ

 ・何も残らない
 ・生きるとは単純なこと

『未処理の感情に気付けば、問題の8割は解決する』城ノ石ゆかり
『マンガでわかる 仕事もプライベートもうまくいく 感情のしくみ』城ノ石ゆかり監修、今谷鉄柱作画
『ザ・メンタルモデル ワークブック 自分を「観る」から始まる生きやすさへのパラダイムシフト』由佐美加子、中村伸也

1月22日 何も残らない

 人類の文明そのものが、「私は死なない」というウソを前提にしてできています。
「死なない」という思いから、名誉や財産を自分のものにしようとします。他国を征服した指導者は、自分の銅像を建てたりして、永遠に自分が存在し続ける気持ちになるのです。しかし、栄華を極めたローマ帝国と同じで、何ひとつ残りません。
 名誉や財産をたくさんもっていても、みじめに死んでしまう。最期は墓場です。
 事実を認めて、「みんな死ぬ」という前提で生きれば、日々美しく平和に暮らそうということになります。

【『ブッダの教え一日一話 今を生きる366の智慧』アルボムッレ・スマナサーラ(PHPハンドブック、2008年/PHP文庫、2017年)】

 仏教には南伝と北伝がある。日本に伝わったのは北伝ルートで大乗を標榜する(大衆部〈だいしゅぶ〉)。これに対して南伝ルートでスリランカ・タイ・ミャンマーなどの出家教団に受け継がれたパーリ語経典の教えをテーラワーダ仏教(上座部〈じょうざぶ〉)と呼ぶ。

 日本などいわゆる大乗仏教の諸国では、お釈迦様の初期経典に説かれたヴィパッサナーなどの実践方法が伝わってきませんでした。そのために思弁哲学の学問仏教、あるいは現世利益信仰や儀式儀礼の呪術的宗教になってしまった面もあります。テーラワーダ仏教はいわゆる「小乗」とも「大乗」とも無縁です。ただお釈迦様の説かれた教えとその実践方法の一つ一つを、当時のまま、今日まで伝えてきた純粋な体系なのです。

テーラワーダ仏教とは?:日本テーラワーダ仏教協会

 スマナサーラ長老の言葉は平易である。理屈をこね回すような姿勢がどこにもない。大衆部の教義が絢爛(けんらん)を目指して複雑化したのに対して、上座部は初期経典に忠実であることに努め、極めてシンプルな教えだ。日本の仏教界に必要なのは初期経典に照らして大衆部の政治的欺瞞を取り除くことであろう。

 キリスト教には永遠という概念がある。スケールは異なるが日本では「名を残す」という考え方が根強い。「最期は墓場です」とあるが、墓そのものが死後にも名を残そうと企てる人間の哀しい所業だ。我々は誰かに思い出される存在であることを望み、より多くの人々に死を悲しんでもらいたがる。自分はいないのに。

 文明の発達は個々人の欲望を掻き立て、人間の細断化を促した。そして私は死んでも私の所有物は残る。文字の発明によって生前の経験や思考をも記録として残せるようになった。今では音声や映像まで残せる。アメリカの非営利団体アルコー延命財団では遺体の冷凍保存を行っている。子孫を残すのも自分の分身と考えればわかりやすい。文明は不老不死を目指す。死んだ人々を置き去りにしながら。

 多くの人々が望む地位・名誉・財産も一緒であろう。極めるとピラミッドや古墳に落ち着きそうだ。

 スマナサーラは我が身を飾る一切のものを「かぶり物」だと本書で指摘している。何ということか。我々の人生そのものがコスプレと化していたのだ。大事なのは何をやったかよりも、勲章であり賞状でありメダルなのだ。功成り名を遂げて周囲の連中を睥睨(へいげい)しながら黒い満足感に浸っている中で死を見失ってゆく。彼の幸福とおもちゃやお菓子を与えられた子供の幸福に違いはあるだろうか?

 100年後を思え。今生きている人の99%は死んでいることだろう。そう考えると道で擦れ違う見知らぬ人にも親切な気持ちが湧いてくる。争っている時間などないはずだ。

2014-05-26

上座部を体系化したブッダゴーサ/『上座部仏教の思想形成 ブッダからブッダゴーサへ』馬場紀寿


『原始仏典』中村元

 ・上座部を体系化したブッダゴーサ

『初期仏教 ブッダの思想をたどる』馬場紀寿

 上座部仏教では、「ブッダの言葉」として認められた三蔵が〈正典〉とされ、パーリ語が〈正典の言葉〉である。パーリ語は、サンスクリット語と同様、インド=ヨーロッパ語族に分類される古代インド語の一つだが、上座部仏教の拡大にしたがって、スリランカと東南アジアに伝えられ、正典の言葉として当該地域に多大な影響を与えた。

【『上座部仏教の思想形成 ブッダからブッダゴーサへ』馬場紀寿〈ばば・のりひさ〉(春秋社、2008年)以下同】

 馬場紀寿の博士論文を改稿したもの。気魄がこもっている。ただし読みにくい。相応の知識も必要だ。小乗というネーミングは大乗側がつけた貶称(へんしょう)で上座部とするのが正しい。大乗は大衆部(だいしゅぶ)という。ブッダが死去して100年後に仏教教団は二つに分かれた。これを根本分裂と称する。

 上座部仏教が他の仏教とは異なる固有の性格を帯びて、その〈原型〉を形成したのは、5世紀前半の上座部大寺派においてなのである。

 大寺はスリランカの僧院でマハーヴィハーラともいう。スリランカ上座部の総本山と考えてよかろう。

 因みに龍樹が2世紀に、無著が4世紀に登場する。

 大寺では、紀元前後から三蔵に対する註釈が作成されるなど、思想活動が続けられていたと考えられるが、5世紀初頭にブッダゴーサという学僧が登場し、これらの古資料を踏まえて、上座部大寺派の教学を体系化した。現存資料を見る限り、「上座部」や「大寺」の伝統を掲げて作品を著し、思想を体系化したのは、ブッダゴーサが初めてであって、彼以前に遡ることはできない。

 私はブッダゴーサ(仏音〈ぶっとん〉、覚音)の名を本書で初めて知った。「5世紀初頭」というタイミングを見れば、初期大乗経典への対抗意識があったと考えてよさそうだ。

初期大乗
初期大乗仏教 (広済寺ホームページ)

 根本分裂が「大衆部離脱」であったとすれば、上座部は律に傾きすぎていたことだろう。そしてその流れは5世紀にまで及んだに違いない。しかもちょうどインドで仏教が弾圧された時期と重なっている。インド仏教は13世紀に滅ぶ。

 上座部大寺派の成仏伝承は、経典では主に四諦型三明説だったが、遅くとも5世紀初頭までには縁起型三明説に変化した(本篇第一章)。インドにおける諸部派の成仏伝承にも同様の変化が確認できた。経典や律蔵では四諦型三明説だったが、独立した仏伝作品では三明説に縁起を組み込み、縁起型三明説が成立している(本篇第二章)。縁起型三明説は上座部大寺派に固有の伝承なのではなく、部派を超えて、南アジアに広く流布した成仏伝承なのである。
 縁起型三明説の成立は、遅くとも、上座部大寺派では5世紀初頭なのに対し、北伝の仏伝作品では2世紀である。下限年代から見る限り、縁起型三明説の形成は、上座部大寺派よりも他部派がはるかに古い。おそらく、上座部大寺派は縁起型三明説をインド本土から導入したと考えられる。

三明知の持つ意味と四聖諦
「三明説の伝承史的研究 部派仏教における仏伝の変容と修行論の成立」馬場紀寿
ブッダゴーサについて 『上座部仏教の思想形成』を読んで:曽我逸郎

 曽我逸郎さんが既に書いていたとはね。詳細については曽我サイトに譲る(笑)。書く気が失せた。

 ひとつお詫びをしておこう。ずっと勘違いしていたのだが、ここに書かれているのは大寺派の教学体系化における時系列が四諦型から縁起型になったというだけで仏教史の時系列を意味したものではない。

「永遠不滅の存在(無為法)に対してあれだけ正しく警戒することのできたブッダゴーサが、縁起については輪廻転生と直結した形で解釈していたことは、私にとって困惑することである」(曽我逸郎)。三明に関する疑問は私も同感だ。ヒントが一つある。

 インドの社会では宗教に励む人が精神的な修行をして、認識の範囲をものすごく広げてみたのです。(中略)そういう人々が初めて、死後の世界、というよりは過去の世界について語り始めた。それはほとんど自分自身の過去のことなのです。「自分は過去世でこんなふうに生きていました」と。そこで過去世があるのだから、推測によって未来世もあるだろうと言い出したのです。

【『死後はどうなるの?』アルボムッレ・スマナサーラ(角川文庫、2012年)】

 始めに過去世ありき、というわけだ。これは輪廻転生を説いたヒンドゥー教の影響だろう。過去世と認識された情報は現在の脳に収まっている。そして記憶は当てにならない。つまりこうしたインド文化に受け入れられやすい形でブッダの悟りを展開したのだろう。仮にブッダ本人が説いたとしても、相手が過去世を信じる人々であれば過去世というアンカーを利用したとしても別におかしな話ではない。

 仏の別名の一つに善逝(ぜんぜい)とある。「善く逝く」とは輪廻からの解脱を意味する言葉で、二度と生まれ変わらないことである。数学的視点に立って時系列を逆転させれば、過去世がないことは明らかだ。過去世や来世があろうがなかろうが、そもそもブッダの教えは「現在を生きよ」という一点に尽きる。

2014-02-23

怒りの終焉/『怒らないこと2 役立つ初期仏教法話11』アルボムッレ・スマナサーラ


『仏陀の真意』企志尚峰
『日常語訳 新編 スッタニパータ ブッダの〈智恵の言葉〉』今枝由郎訳
『ブッダのことば スッタニパータ』中村元訳
『スッタニパータ[釈尊のことば]全現代語訳』荒牧典俊、本庄良文、榎本文雄訳
『原訳「スッタ・ニパータ」蛇の章』アルボムッレ・スマナサーラ
『怒らないこと 役立つ初期仏教法話1』アルボムッレ・スマナサーラ

 ・怒りの起源
 ・感覚は「苦」
 ・怒りの終焉

『心は病気 役立つ初期仏教法話2』アルボムッレ・スマナサーラ
『苦しみをなくすこと 役立つ初期仏教法話3』アルボムッレ・スマナサーラ
『ブッダの教え一日一話 今を生きる366の智慧』アルボムッレ・スマナサーラ

「幸福」「幸せ」「楽しみ」というのは妄想観念です。なぜかというと、「生きることは苦」ですから、「幸福」「楽しみ」は、本当は経験したことがないのです。
 われわれはお腹が空くと苦しいから「嫌だ」と思います。そのとき、おいしいものを食べることが幸福だと思って、食べ物に飛びつきます。あるいは、子どもたちは好きなマンガやゲームを買ったりできれば幸せだと思ったりします。大人になっても同じです。お金に幸せあり。名誉に幸せあり。なにかの記録をつくることに幸せあり。人気があること、有名になることに幸せあり。権力に幸せあり。からだを美しく見せることに幸せあり……限りなく挙げることができます。
 このような生き方を、ブッダは、「それは智慧のない世間が探し求める道である」と説きます。「これがあれば幸せ」というのは、ぜんぶ「嫌だ」という気持ちから出発しているのです。

【『怒らないこと2 役立つ初期仏教法話11』アルボムッレ・スマナサーラ(サンガ新書、2010年/だいわ文庫、2021年)以下同】

 さ、書けるうちにどんどん書いてしまおう。ツイッターにうつつを抜かしている場合ではないぞ(笑)。

 現代人は幸福病に冒されている。我々は不幸を実感しやすい環境にあるのだろう。そもそも幸福という言葉は明治期の翻訳語であると思われる。元々「幸せ」は「仕合わせ」と書き「巡り合わせ」を意味した。すると生命の次元においては苦楽が本質なのだろう。たぶん幸福を産んだのは大量生産だ。

「これがあれば幸せ」というのが前々回に書いた「気分が良くなる条件」である。人は特定の条件下で幸福感を覚える。つまり無条件に怒りを抱えているのだ。「幸せになりたい」との願望が現在の不幸を雄弁に語る。幸せを誓った男女が幸せになることも少ない。限りなく少ないな(笑)。ま、幸せをチラつかせるような相手は最初っから信用しないに限る。

「生きることは苦」であり、人は苦から別の苦へ乗り換えているだけ。一度も幸福になったことはありません。経験していない「幸福」をイメージすることはできません。ですから、勘違いの幸福を求めているのです。
「嫌だ」という怒りから、勝手に自分が「幸福」だと思っているものを求めます。その結果どうなるかというと、幸せになるどころか、逆に苦しみ増えるのです。
 本当なら、求めるものを獲得すれば幸せになるはずですが、世間の幸福を求め続けるなら、どんどん苦しみが増えてしまいます。

「苦から別の苦へ乗り換えているだけ」との指摘が鋭い。チビがノッポになり、ハゲ頭がフサフサになり、出っ歯が矯正され、ブスが美女(あるいはブ男がハンサム)になり、病気が治り、老婆(あるいはジジイ)が若返ることが我々の幸福だ(女性差別とならぬよう配慮をした)。だったら後者は元々幸福なはずだろう。しかしそうは問屋が卸さない。皆が皆、それぞれの幸福を追い求めながら不幸をひしひしと感じているのだ。

 苦しみが増えるとは幸福の条件が増えることだ。幼い頃はキャラメル一粒でも幸せになれた。大人の場合そうはいかない。自動車の運転免許が欲しい、自動車が欲しい、もっと大きな自動車が欲しいと際限なく欲望は肥大する。で、ベンツを買った翌日に誰かをひき殺してしまえば、もう何のための人生かわからない。

「このシステムはなんなのだ?」と、とことん現象のあり方を観察してみると、瞬間、瞬間、ものごとが消えていることに気づくのです。滝のように、泡のようにはじけてはじけて、次々に新しい現象が生まれている。「なんだ、そんなものか」とわかるのです。「それならしがみついたって価値がないだろう」と諦めて、無執着の心が生まれるのです。それを仏教は「覚(さと)り」と呼びます。「覚り」にいたる道こそが、聖なる道なのです。「覚り」に至ることで、一切の苦しみがなくなるのです。それが運命的な怒りの終焉でもあります。

 これが諸行無常であり、である。そして諸法無我と悟れば涅槃寂静となる。怒りから希望へ向かう時、欲望が生じる。三悪趣(地獄、餓鬼、畜生)に三毒を対応すれば、瞋(いか)り→地獄、貪り→餓鬼、癡(おろ)か→畜生である。不幸の構図としてこれにまさる生命の実相はあるまい。

 日蓮は「当(まさ)に知るべし、瞋恚(しんに)は善悪に通ずる者也」(『諌暁八幡抄』)と説いた。日本の中世における個人意識の芽生えと受け止めることも可能だが、私はここに日蓮の限界があったと思う。似たようなことは三木清も言っている(『人生論ノート』)。日蓮が比叡山(延暦寺)で学んだのは天台ルールであった。折伏(しゃくぶく)という言論活動はディベートの様相を呈しており、日蓮は火を吐くように言葉を放った。彼は怒れる人であった。そこに弟子たちが分断・分裂を繰り返す要因があったのだろう。日蓮系教団がいつの時代も混乱に陥るのは日蓮の怒りに由来していると思われる。

 怒りは暴力への扉でもある。大虐殺も小さな怒りから始まる。怒りを正当化する思想を恐れ、忌避せよ。正義の名の下で人類が残虐の限りを尽くしてきた歴史を忘れてはなるまい。

2014-02-22

感覚は「苦」/『怒らないこと2 役立つ初期仏教法話11』アルボムッレ・スマナサーラ


『仏陀の真意』企志尚峰
『日常語訳 新編 スッタニパータ ブッダの〈智恵の言葉〉』今枝由郎訳
『ブッダのことば スッタニパータ』中村元訳
『スッタニパータ[釈尊のことば]全現代語訳』荒牧典俊、本庄良文、榎本文雄訳
『原訳「スッタ・ニパータ」蛇の章』アルボムッレ・スマナサーラ
『怒らないこと 役立つ初期仏教法話1』アルボムッレ・スマナサーラ

 ・怒りの起源
 ・感覚は「苦」
 ・怒りの終焉

『心は病気 役立つ初期仏教法話2』アルボムッレ・スマナサーラ
『苦しみをなくすこと 役立つ初期仏教法話3』アルボムッレ・スマナサーラ
『ブッダの教え一日一話 今を生きる366の智慧』アルボムッレ・スマナサーラ

 立っていても苦痛です。座っていても苦痛です。ちょっと走るのも、走り続ければ苦痛になります。「今日は疲れたから」といって寝たとしても、寝過ぎればやはり苦痛です。
 食事も同じです。ちょっとお腹が空いたら、「空腹」という苦痛を感じます。だからといってごはんを食べ過ぎるとこれまたお腹がいっぱいで苦痛です。
 ですからはっきりしています。感覚は「苦」なのです。

 生きることは「感覚があること」、そしてその感覚は「苦」なのです。そして、この「苦」が消える瞬間はありません。ただ変化するだけです。
 たとえば、1時間ぐらい座っていると腰が痛くなってしまいます。そこで立ったら、立った瞬間は「ああ、楽になった」と思うかもしれませんが、実際に起こっていることというのは「座っている苦」から「立っている苦」への変化です。一瞬、それまでの「座っている苦」が消えますから、幸福に感じるかもしれませんが、それは勘違いです。ただ、新しい「苦」に乗り換えただけのことです。
 私達は瞬間、瞬間に、「苦」という感覚を味わっているのです。

 私たちは、いつも「苦」のなかにいます。しかし、ふだんは「苦」を感じていることに気づいていません。「とても苦しい」という感覚が起こって、はじめて苦痛を感じるのです。たとえば、お腹が空いても、ほんのちょっとの空腹だったら気にしないでしょう? ずっと放っておいて今にも倒れそうだったり、飢え死にするかもしれない状態になったりすれば、かなりの苦痛を感じます。
 それは、私たちに訪れる絶え間ない「苦」は、ある程度、大きくならないと気にならないというだけのはなしです。「苦」のレベルを表示するメーターがあって、そこに苦を認識する赤い水準線が付いているようなものです。絶え間ない「苦」がある程度大きくなって、赤いラインより上に振れたときにはじめて気にする、それまでは気にしないというはなしなのです。実際は「苦」のメーターがゼロになることはありません。

【『怒らないこと2 役立つ初期仏教法話11』アルボムッレ・スマナサーラ(サンガ新書、2010年/だいわ文庫、2021年)以下同】

 多少を問わず仏教の知識がある人ならスマナサーラの卓越した説明能力がわかることだろう。しかも一読すればその説明能力が才覚ではなく、初期仏教(=上座部)の教えから導かれたものであることが理解できる。テーラワーダ仏教シャム派)は和製仏教(平安仏教および鎌倉仏教でありその実体は密教)を揺るがす破壊力を秘めている。


 八正道(はっしょうどう)よりも四諦(したい)の重要性を示したのは馬場紀寿〈ばば・のりひさ〉(『上座部仏教の思想形成 ブッダからブッダゴーサへ』春秋社、2008年)だ。

・苦諦(くたい):この世界は苦しみに満ちていると明らかにする
・集諦(じったい):苦の原因がなんであるかを明らかにする
・滅諦(めったい):苦の原因を滅すれば苦も滅することを明らかにする
・道諦(どうたい):苦の滅を実現する道を明らかにする

Wikipedia

 三車火宅の譬えで知られる法華七譬(ほっけしちひ)も元来は苦諦を示すものであったと推察される。だが大衆部(だいしゅぶ)は自らを「大きな乗り物」(=大乗)と位置づけるために「希望」を語って(=騙〈かた〉って)しまった。希望というプロパガンダは悟り(=自由)から離れて幸福を目指す。仏道修行は幸福実現のための手段と化した。これが和製仏教の実態であろう。

 仏法は個人(自分)の苦と向き合うところに基本がある。にもかかわらず大衆部は菩薩道などと称して布教を励行した。悟りから離れた人物の騙る希望が誤ったコースに導くことは避けようがない。

 生の本質は「苦に対する反動」である。何と重い指摘か。我々は「生きたい」から生きているのではなくして、「苦しみたくない」から生きているだけなのだ。何だか急に人生がつまらないものに思えてきた(笑)。

 生きるという仕事は、あらゆることすべてが「苦」と「苦は嫌」という働きで成り立っているのです。
 つねに無常で変化し続ける「苦」という感覚があり、その「苦」の感覚が嫌で、「変えなくちゃいけない」という希望があります。その二つの働きが「生きること」になるのです。
 もし、「苦は楽しい」と思ったら、死んでしまいます。ですから、「苦は嫌だ」と思わないと生きていられません。この「嫌だ」という反応が「怒り」です。これがいちばん基本的な怒りのポイントです。
 つまり、「怒りをもたずに生きることはできない」のです。人は、生命は、本来的にずーっと「怒り」をもち続けているのです。生きるとは、そのように基本的に怒ってしまう構造にはめられていることなのです。

「生きることは反応すること」というのが私の持論ではあるが、それが「怒り」に基いている事実にまでは思い至らなかった。生きとし生けるものは皆苦痛を回避する。釣り針を呑み込んだ魚みたいなものだ。そして溺れる者は藁をも掴み、財布の紐を緩め、高価な壷を買ってしまう。他人の苦に付け込むのがあいつらの手口だ。

 人生は思い通りには運ばない。肚(はら)の底に諸行無常を叩き込む。そうすれば上手くゆかなかったとしても「当然のこと」として受容できる。願ったりかなったりとなっても「単なる偶然に過ぎない」と達観することだろう。

 西洋では仏法が人生に消極的な態度を勧めるニヒリズムの教えと長らく誤解されてきた。最大の犯人はショウペンハウアー(1788-1860年)だ。

神智学協会というコネクター/『仏教と西洋の出会い』フレデリック・ルノワール

 キリスト教を始めとするアブラハムの宗教が天にまします神が軽やかに劇的に言葉を操るのに対し、仏法は生の水底(みなぞこ)に沈潜する。その積極性を見よ。深海のごとき生命の深層にブッダは座る。怒りの波に翻弄される人生を拒むのであれば、我々も海に潜らなければならない。

2014-02-21

怒りの起源/『怒らないこと2 役立つ初期仏教法話11』アルボムッレ・スマナサーラ


『仏陀の真意』企志尚峰
『日常語訳 新編 スッタニパータ ブッダの〈智恵の言葉〉』今枝由郎訳
『ブッダのことば スッタニパータ』中村元訳
『スッタニパータ[釈尊のことば]全現代語訳』荒牧典俊、本庄良文、榎本文雄訳
『原訳「スッタ・ニパータ」蛇の章』アルボムッレ・スマナサーラ
『怒らないこと 役立つ初期仏教法話1』アルボムッレ・スマナサーラ

 ・怒りの起源
 ・感覚は「苦」
 ・怒りの終焉

『心は病気 役立つ初期仏教法話2』アルボムッレ・スマナサーラ
『苦しみをなくすこと 役立つ初期仏教法話3』アルボムッレ・スマナサーラ
『ブッダの教え一日一話 今を生きる366の智慧』アルボムッレ・スマナサーラ

 生命にはかならず怒りがあります。残念ながら例外はありません。なかなか納得できないことだと思います。なぜ生命は怒ってしまうのか、そのしくみをご説明したいと思います。いってみれば「怒りの起源」です。怒りが起こるには、明確な発生原因があります。それは「無常」ということです。ブッダのもっとも根本的な発見が無常です。そして、その無常こそが怒りの原因なのです。
 皆さんも無常という言葉をご存じだと思います。日本人は情緒的、感傷的にとらえているのですが、無常の本当の定義は「ものごとは瞬間、瞬間で変化し、生滅していく」ということです。自分も世界も、けっして一瞬たりとも同じではありません。無常とは、一切のものごとの真理です。私であろうが、他人であろうが、環境であろうが、世界であろうが、宇宙であろうが、すべて無常です。つまり、変わり続けているのです。そしてこの「変わり続けている」ということが、怒りを生む原因なのです。一切のものごとは無常であり、「無常が怒りの起源」だとすると、一切が怒りに通じているように聞こえるかもしれません。しかしその通りなのです。はっきりいってしまえば、実は、生命は基本的に怒りの衝動で生きています。
 怒りの衝動で生きるということは、悪いとか良いとかいえることではなく、われわれの生命はそういう構成になっているのです。

【『怒らないこと2 役立つ初期仏教法話11』アルボムッレ・スマナサーラ(サンガ新書、2010年/だいわ文庫、2021年)】

 怒りと逆の状態を考えればわかりやすいとスマナサーラは続ける。例として「気分が良い」場合を挙げる。色々な場面が想定できるわけだが、結局のところ「なにかの条件によって気分が良くなっている」。だがその状態は長く続かない。なぜなら人生も世界も無常であるからだ。更にもう一つの例として「希望」を挙げる。人は誰もが未来に向かって何らかの希望を抱いている。しかし希望通りに人生が進むことはない。無常は生老病死・成住壊空(じょうじゅうえくう)のリズムを奏で肉体は必ず衰えてゆく。

 スマナサーラは実にやさしい言葉で仏法の深淵を巧みに説く。私は30年近く仏教を学んできたが、怒りの起源が無常にあるという指摘は初耳だ。驚くべき卓見である。

 これは死を思えばもっとわかりやすい。例えば夭折(ようせつ)、事故死、自殺など不慮の死に遭遇した時、我々が覚えるのは怒りであろう。それが神の定めた運命であろうと過去世の宿命であろうと変わらない。理不尽・不条理に対する怒りがムラムラと沸き起こる。

 自分の死を想像してみよう。静かに安祥として息を引き取るわけにはいかない。絶対に。まだやり残したことがいっぱいある。その時になって初めて人生で得たものの貧しさに気づくかもしれない。死ぬ瞬間に怒りのマグマが噴出することだろう。目の前に神が現れたら迷うことなく石打ち刑にするよ。俺は。

 文明の発達や資本主義経済が怒りに拍車をかける。便利さや豊かさは恩恵に与(あずか)れぬ者たちに不幸の影を落とす。不幸とは怒りの異名だ。我々は満たされないから怒るのだ。

 無常を受け入れることは難しい。これにまさる困難はないといってよい。ありとあらゆる不測の事態、人生の荒波、逆境、リスクを引き受ける覚悟が求められるためだ。そこまで考えてやっと気づくのだが、我々は「自分の死」を受け入れていない。先にあることはわかっているのだが、絶対に見つめようとしないし、思ったり、考えたりもしない。だから日常の中で怒りに翻弄されるのだろう。

 怒りの感情が毒であり、戦争の原因であり、人々を不幸にする元凶であることを自覚しながら怒りから離れる。欲望よりも怒りから離れることの方が重要だ。徐々にとか少しずつではダメだ。「今日から怒らない」と決めた者が勝つ。

2014-02-20

正しい怒りなど存在しない/『怒らないこと 役立つ初期仏教法話1』アルボムッレ・スマナサーラ


『仏陀の真意』企志尚峰
『日常語訳 新編 スッタニパータ ブッダの〈智恵の言葉〉』今枝由郎訳
『ブッダのことば スッタニパータ』中村元訳
『スッタニパータ[釈尊のことば]全現代語訳』荒牧典俊、本庄良文、榎本文雄訳
『原訳「スッタ・ニパータ」蛇の章』アルボムッレ・スマナサーラ

 ・「怒り」が生まれると「喜び」を失う
 ・「私は正しい」と思うから怒る
 ・正しい怒りなど存在しない

『怒らないこと2 役立つ初期仏教法話11』アルボムッレ・スマナサーラ
『心は病気 役立つ初期仏教法話2』アルボムッレ・スマナサーラ
『苦しみをなくすこと 役立つ初期仏教法話3』アルボムッレ・スマナサーラ
『ブッダの教え一日一話 今を生きる366の智慧』アルボムッレ・スマナサーラ

 正義の味方になるためには悪人を倒さなければなりませんね。では、人を倒したり殺したりするために必要なのは何かというと、「怒り」なのです。
 ということは「正義の味方」という仮面の下で、我々は「怒り」を正当化していることになります。正義の味方は「悪人を倒してやろう」などと、わざわざ敵を探して歩きまわるのですから、よからぬ感情でいっぱいというわけです。
 正義の味方までいかなくても、そういう「何かと戦おう」という感情が強い人は、すごくストレスが溜まっていて、いろいろな問題を起こします。(中略)
「悪に向かって闘おう」「正義の味方になろう」というのは仏教の考え方ではありません。「正しい怒り」など仏教では成り立ちません。どんな怒りでも、正当化することはできません。我々はよく「怒るのは当たり前だ」などと言いますが、まったく当たり前ではないのです。

【『怒らないこと 役立つ初期仏教法話1』アルボムッレ・スマナサーラ(サンガ新書、2006年)以下同】

 私憤は否定しても公憤を肯定する人は多い。そこに落とし穴がある。そもそも私憤と公憤の間(あわい)は人によって異なり、グラデーションを描いている。ともすれば私憤を公憤に見せかける人もいる。「皆が困っている」と言いながら実は自分が一番困っていたりする。

 私は幼い頃から困っている人を見ると放っておけない。親切といえば聞こえはいいが、困らせている人物に対する怒りがとてつもなく激しい。中年期を過ぎてからは殺意にも似た感情が芽生えるようになってきた。怒鳴って引き下がるような相手ならいいのだが、それでもダメとなればいつでも実力行使をする準備ができているのだ。「感情には『どんどん強くなる性質』がある」とも書かれているが本当にその通りだ。私はゴミをポイ捨てする人を見ただけで「ぶっ殺してやろうかな」と思う。しかも本気で。

 怒りを甘くみてはいけません。怒りが生まれた瞬間に、からだには猛毒が入ってしまうのです。たとえわずかでも、怒るのはからだに良くないとしっかり覚えておいてください。怒りはまず自分を燃やしてしまいます。本当に自分のからだが病気になってしまうのです。
 陽気で、もう底抜けに明るいような人が深刻な病気になったという話はほとんど聞きません。そういう人はたとえ病気になっても、お医者さんとすぐに友だちになったりして治療効果も上がるので、治りが早いのです。入院したのが明るい人だったら、看護師さんたちも楽しくなって親切に面倒を見てくれるし、みんなが治るようにと願ってくれますからね。

 本書でも引かれているが「怒りが猛毒である」というのはスッタニパータ冒頭の指摘である。

蛇の毒/『ブッダのことば スッタニパータ』中村元訳

 つまり正当化された怒りとは毒に酔っている状態なのだ。魯迅は「水に落ちた犬は叩け」(「『フェアプレイ』はまだ早い」)と言った。婦女子だけは生かしておいて、男であれば幼児でも殺してしまう発想と一緒だ。林檎堂との論争でさすがの魯迅も筆の勢いが余ったか。

 相手を滅ぼそうとする怒りが実は自分を滅ぼす。仏法では迷い(≒不幸)の根本的な原因は三毒にあると説く。その筆頭が瞋恚(しんに/=怒り)だ。瞋恚は地獄の門を開く。地とは最低を表し、獄には束縛の意がある。すなわち地獄とは外部環境ではなく自分の生命が最低の境涯にあることを示す。

 怒りには明るさが伴わない。明るさとは智慧の異名だ。老子曰く「人を知る者は智なり、自ら知る者は明なり。人に勝つ者は力有り、自ら勝つ者は強し。足るを知る者は富み、強めて行なう者は志を有す」と。

 スマナサーラは具体的なアドバイスを欠かさない。

 けれどよく考えてください。ただ「お茶を入れなさい」と言われただけなのに、悩んだり苦しんだり、怒って自分の健康まで害したりするなんて、本当にバカげたことですよ。
「お茶を入れて」と言われたら、お茶を入れればいいのです。べつにどうということもありません。会社に行ったらどうせ終業時間まで会社に縛られているのですから、お茶を入れようが、便所の掃除をしようが、すべては給料のうちなのです。仕事をする時間は決まっていますし、その時間にできることも決まっています。ですから、「私にお茶を入れさせるなんて」などと考えずに、自然の流れの中で、できることをやればいいのです。

 確かにそうだ。怒りは合理性を見失わせる。怒りとは狂気なのだ。そして自分を傷つける凶器でもある。

 不殺生戒とは怒りの否定なのだろう。怒りっぽい仏など存在しない。本物の強さは穏やかな表情をしている。


天才博徒の悟り/『無境界の人』森巣博