・両親の目の前で強姦される少女
・『不可触民 もうひとつのインド』山際素男
・必読書リスト その二
読んだのは二度目だ。三度目は多分ないだろう。私は確かにプーランの怒りを受け取った。胸の内に点火された焔(ほのお)が消えることはない。私が生きている限りは。
若い女性に読んでもらいたい一冊である。できることなら曽根富美子の『親なるもの 断崖』と併せて。女に生まれたというだけで、酷い仕打ちにあった人々がどれほどいたことか。
プーラン・デヴィは私よりも少し年上だと思われる。つまり昭和30年代生まれだ(Wikipediaでは私と同い年になっている)。少なからず私は同時代を生きたことになる。しかし彼女が生きたのは全く異なる世界であった。
わたしは読むことも書くこともできない。これはそんなわたしの物語だ。
【『女盗賊プーラン』プーラン・デヴィ:武者圭子〈むしゃ・けいこ〉(草思社、1997年/草思社文庫、2011年)以下同】
本書は口述筆記で編まれたプーラン・デヴィの自伝である。ガンディーの説いた非暴力がたわごとであったことがよくわかる。どこを開いても凄まじい暴力に満ちている。たとえ親戚であったとしても、カーストが違うというだけで大人も子供も殴られる。
プーランは両親の目の前で複数の男たちから強姦される──
だれかがわたしの毛布を引き剥がした。声を出す間もなく、手がわたしの口をふさぐ。
「待て、ムーラ。動くな」と、声がする。「そこにいて、俺たちがおまえの娘をどうするか、ようく見ていろ」
若い男の一団だった。手にライフルをもったサルパンチの息子と、前に見たことのある男がいた。だが暗くて、ほかの男たちの顔はわからなかった。わたしは怖くて目を閉じた。
ひとりがわたしの両手を押さえつけ、別の男たちが脚を開かせる。母が殴られ、しっかり見るんだと言われているのが聞こえた。それから父の泣きながら懇願する声……。
「お願いです。勘弁してください。娘を連れて、あした出て行きますから。もう、この村は出て行きますから。お願いです、それだけは……」
蝋燭の最後の輝きのように、わたしの気力は一緒戻ったが、すぐにまた潮がひくように消えていった。泣き叫ぶ声も懇願も、罵声もののしりも遠くなった。二つの肉体、二つのあわただしいレイプだった。わたしは目を固く閉じ、歯茎から血が出るほど強く、歯を噛みしめていた。
まだ、10代そこそこの時であった。その後、父と共に拘留された警察署内でも10人ほどの警官からレイプされた。
インドは滅ぶべきだ。ブッダもクリシュナムルティも関係ない。とっとと世界地図から抹消した方がいい。心からそう思う。そもそもカースト制度自体が暴力そのものなのだ。
プーランは盗賊にさらわれ、彼らと一緒に生きる道を選んだ。若いリーダーと恋に落ち、結婚。だが愛する夫は仲間の裏切りによって殺される。プーランは夫亡き後、リーダーとして立ち上がった。
プーランの復讐に怯える男たちの姿が浅ましい。彼らは村に戻ってきたプーランを女神として敬った。
わたしを尊重し、心を開かせ、愛してくれた男はたったひとりだった。そのひとは教えてくれた──台地が川の流れを遮ることはないということを、この国がインドという国であり、貧しく低いカーストに生まれたものにもほかの者と同じ権利があるということを。
だが彼は、わたしの目の前で殺された。その瞬間に、あらゆる希望がついえ去った。わたしにはもう、一つのこと──復讐しか考えられなかった。それだけが、生きていく目的になった。わたしは戦いの女神ドゥルガとなって、すべての悪魔を打ち負かしたいと願った。そして闘ってきた。そのことにいま、後悔はない。
彼女はカーストにひれ伏して、ただ涙に暮れる父親とは違った。復讐することをためらわなかった。圧倒的な暴力が支配する世界で、他の生き方を選択することが果たして可能であっただろうか?
私からすれば、まだ生ぬるい方だ。やるなら徹底的にやらなくてはいけない。道徳も宗教も関係ない。求められるのは生のプラグマティズムであって、言葉や理屈ではないのだ。
プーランは甘かった。親戚を始末することができなかった。インドのしきたりに負けたのだ。
投降後、刑務所で勉強をしたプーランは1996年5月、インド社会党から立候補し見事当選。盗賊の女王が国会議員となった。
そして2001年7月25日、自宅前で射殺された。暴力によって立った女神ドゥルガは暴力によって斃(たお)れた。
悠久の大地から陸続と第二、第三のプーランが生まれ出ることを願わずにはいられない。
・プーランデヴィ講演会 京都精華大学創立30周年記念事業
・不可触民の少女になされた仕打ち/『不可触民 もうひとつのインド』山際素男
・強姦から生まれた子供たち/『ルワンダ ジェノサイドから生まれて』写真、インタビュー=ジョナサン・トーゴヴニク
・常識を疑え/『小説ブッダ いにしえの道、白い雲』ティク・ナット・ハン
・自由は個人から始まらなければならない/『自由とは何か』J・クリシュナムルティ
・王者とは弱者をいたわるもの/『楽毅』宮城谷昌光
・「何が戦だ」/『神無き月十番目の夜』飯嶋和一
・少女監禁事件に思う/『父、坂井三郎 「大空のサムライ」が娘に遺した生き方』坂井スマート道子
・死ぬ覚悟があるのなら相手を倒してから死ね/『国家と謝罪 対日戦争の跫音が聞こえる』西尾幹二