・『生きぬく力 逆境と試練を乗り越えた勝利者たち』ジュリアス・シーガル
・『往復書簡 いのちへの対話 露の身ながら』多田富雄、柳澤桂子
・『逝かない身体 ALS的日常を生きる』川口有美子
・病苦への対処
・老人ホームに革命を起こす
・『失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織』マシュー・サイド
・『アナタはなぜチェックリストを使わないのか? 重大な局面で“正しい決断”をする方法』アトゥール・ガワンデ
・『悲しみの秘義』若松英輔
・必読書リスト その二
トーマスはチェイスの管理事務所に相談に行った。革新的サービスに対するニューヨーク州の小規模援助金を申請できると提案した。トーマスを雇った所長のロバート・ハルバートはトーマスのアイデアを基本の部分では気に入った。何か新しいことをやってみるのは楽しそうだった。(中略)
トーマスは自分のアイデアの背景を説明した。彼が言うには、この目的は彼が命名したナーシング・ホームに蔓延する三大伝染病を叩くことである――退屈と孤独、絶望である。三大伝染病を退治するためには何かの命を入れる必要がある。ホームの各部屋に観葉植物を置く。芝生を剥がして、野菜畑と花園を作る。そして動物を入れる。
おおよそ、この程度ならば大丈夫なようにみえる。衛生と安全の問題があるので、動物は場合によっては微妙である。しかし、ニューヨーク州のナーシング・ホームに対する規制は、1匹の犬と1匹の猫だけを許可している。ハルバートはトーマスに、過去に2~3匹犬を入れようとしたが、不首尾に終わったことを説明した。動物の性格が悪かったり、動物にきちんとした世話をするのが難しかったりした。しかし、ハルバートはもう一度試す気はあると話した。(中略)
みなで申請書を記入した。まあ、おそらく無理だろうとハルバートは踏んだ。しかし、トーマスは作業チームを引き連れて州議会議事堂に行き、担当官を相手にロビー活動をした。そして、補助金申請が通り、規制についても必要な特例措置がすべて認められた。
【『死すべき定め 死にゆく人に何ができるか』アトゥール・ガワンデ:原井宏明〈はらい・ひろあき〉訳(みすず書房、2017年)以下同】
2匹の犬、4匹の猫、そして鳥100羽、更にスタッフは自分の子供を連れてきた。ただ死を待つばかりだった老人ホームに生そのものが吹き込まれた。ナーシング・ホームとは看護師つきの老人ホームなのだろう(ナーシングホームとは)。日本の場合、介護や医療は7~9割を保険報酬に負っている。経済的に余裕のある人であれば自費でサービスを受けることも可能だが、普通の人は国が決めた基準のサービスしか受けられない。対価を支払う内容は細かく決められており、有無を言わさず見直しされる。施設を経営するのは営利企業だから優しさや親切が過剰なサービスとなっていないかどうか厳しく管理している。「余計な真似をするな」というルールに貫かれている。
植物や動物、そして子供は自然そのものだ。管理しようと思って管理できる対象ではない。それこそが「生きる」ということだ。管理された人生は「死んだ生」だ。老人ホームは死を待つバス停でしかない。
一人の男性が老人ホームに革命を起こした。環境を一変させたのだ。誰もが思いつくようなことだが、いざ実行となれば話は別だ。施設のスタッフは上を下への大騒ぎとなった。
このプログラムの効果を知るために、2年以上にわたってチェイスの入所者と近くの他の施設の入所者を研究者がさまざまな指標を用いて比較した。研究の結果、非各群と比べると一人当たりに使われた薬の数が半分になったことがわかった。興奮を鎮静させるために使うハロベリドールのような向精神薬の減少が特に大きかった。薬剤費のトータルが他施設と比べて38パーセント減少した。死亡は15パーセント減少した。
見事な結果が出た。生きる希望を与え、生きる気力を奮い立たせたと言ってよい。元気になるお年寄りの姿を見てスタッフも充実感を覚えたことだろう。
社会全体が子供と老人をどのように扱うかでその国の命運は決まる。子供は国家の未来そのものであり老人は伝統を現す。革命を標榜する政党がいつまで経っても国民の支持を得られないのは伝統に対する敬意を欠くためだ。左翼は革新の名の下に伝統の破壊を試みる。進歩を標榜したソ連が崩壊したにも関わらず。
かつて長寿は幸福を意味した。それが今、不幸に変わりつつある。厳しい戦後を生き抜き、日本の高度経済成長を支えてきた人々が、老人ホームで何もすることがない日々を黙って生きている。
・サンセベリアの植え替え/『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』ヴァイバー・クリガン=リード