・『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』)ユヴァル・ノア・ハラリ
・『がん 4000年の歴史』シッダールタ・ムカジー
・ナチス・ドイツに先んじたアメリカの優生政策
・『ゲノムが語る23の物語』マット・リドレー
・『双子の遺伝子 「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける』ティム・スペクター
・『遺伝子は、変えられる。 あなたの人生を根本から変えるエピジェネティクスの真実』シャロン・モアレム
・『生物進化を考える』木村資生
・『遺伝子「不平等」社会 人間の本性とはなにか』池田清彦
・『若返るクラゲ 老いないネズミ 老化する人間』ジョシュ・ミッテルドルフ、ドリオン・セーガン
・必読書リスト その五
エマとキャリーは惨めな暮らしをしており、施しや、食料の寄付や、間に合わせの仕事で貧しい生活を支えていた。噂(うわさ)によれば、エマは金のために男の客を取り、梅毒に感染し、週末には稼いだ金を酒につぎこんでいるとされていた。その年の3月、彼女は町の通りで捕まり、浮浪罪か、あるいは売春をおこなったかどで登録され、地方裁判所に連行された。1920年4月1日にふたりの医師がおこなったぞないな精神鑑定によって、エマは「知的障害者」と判定され、リンチバーグのコロニーに送られた。
1924年、「知的障害者」は最重度の白痴(idiot)、より軽度の痴愚(imbecile)、そして最軽度の魯鈍(ろどん/moron)の三つに分類された。白痴は最も分類しやすく、アメリカ合衆国国勢調査局によれば、「精神年齢が35カ月以下の精神障害者」と定義されているが、痴愚と魯鈍の分類はあいまいだった。論文上はより軽度の認知障害と定義されているが、そうした言葉は意味論の回転ドアのようなもので、内側に簡単に開いたかと思えば、売春婦、孤児、うつ病患者、路上生活者、軽犯罪者、統合失調症患者、失語症患者、フェミニスト、反抗的な若者といったさまざまな男女(精神障害をまったく患っていない者まで)をどっさり通した。要するに、その人物の行動、欲求、選択、外見が一般的な基準からはずれいる者ならば誰でも、痴愚や魯鈍に分類されたのだ。
知的障害をもった女性たちは隔離のためにバージニア州立コロニーに送られた。女たちがこれ以上子供を産みつづけて、その結果、さらなる痴愚と魯鈍で社会を汚染することがないようにするためだった。「コロニー」という言葉は目的を表しており、そこは病院でもなければ、保護施設でもなく、最初から隔離施設として設計されていた。
【『遺伝子 親密なる人類史』シッダールタ・ムカジー:仲野徹〈なかの・とおる〉監修、田中文〈たなか・ふみ〉訳(早川書房、2018年/ハヤカワ文庫、2021年)以下同】
冒頭のエピグラフに村上春樹の『1Q84 BOOK1』が引用されていて驚いた。とにかく文章が素晴らしい。ポピュラーサイエンスが文学の領域にまで迫りつつある。私はかねてから論理的な解説や表現は日本人よりも白人の方が優れていると考えてきたがどうやら違った。シッダールタ・ムカジーはインド人である。すなわち論理の優位性は英語にあったのだ。私の迷妄を打ち破ってくれただけでも今年読んだ中では断トツの1位である。
キャリー・バックは1924年1月23日にコロニーへ送られることになり、3月にヴィヴィアンという女の子を産んだ。精神疾患はなく、読み書きもでき、身だしなみもきちんとしていたが、なぜか「魯鈍」と判定された。コロニーの監督者はアルバート・ブリディという町医者だった。彼は「知的障害者には優生手術を受けさせるべきだ」という政治運動を展開していた。バージニア州の上院は優生手術を受ける人物が「精神科病院委員会」の検査を受けるという条件つきで州内での優生手術を許可した。ブリディは証人を集めてキャリーを知的障害者に仕立て上げた。卵管結索手術についてキャリーは「皆さんにお任せします」と答えた。ブリディはこれを裁判所に認めさせれば一気に悪い種を殲滅できると考えた。バック対ブリディ裁判はブリディの死後ジョン・ベルが引き継バック対ベル裁判として歴史に名をとどめた。1927年、アメリカの連邦最高裁判所は知的障害者に不妊手術を強制するバージニア州の法律を8対1で合憲と判断した。この最高裁の判断が7万人の断種に道を開いた。ナチス・ドイツがユダヤ人をゲットーに閉じ込めたのは1940年代のことである。
「民族自滅」や「民族荒廃」という神話に対置していたのは、民族と遺伝子の純粋さという神話だった。20世紀初頭に何百万人ものアメリカ人が夢中になって読んだ人気小説のひとつがエドガー・ライス・バローズの『類猿人ターザン』だ。孤児となり、アフリカのサルに育てられたイギリスの貴族を主人公とする冒険小説である。サルに育てられても、主人公は両親から受け継いだ白い肌や、ふるまいや、体格を保っていただけでなく、清廉さや、アングロサクソン人の価値観や、食器類の直感的な正しい使い方までも忘れていなかった。「非のうちどころのないまっすぐな姿勢と、古代ローマ最強の剣闘士のような筋肉」の持ち主であるターザンは「育ち」に対する「生まれ」の究極の勝利を体現していた。ジャングルのサルに育てられた白人ですらフランネル・スーツに身を包んだ白人の品(ひん)を保つことができるなら、民族の純度というのはまちがいなく、どんな環境においても、保持することができるはずだった。
インディアンを殺戮(さつりく)し、黒人を奴隷にして栄えたのがアメリカという国家である。ナチス・ドイツに先んじたアメリカの優生政策は人種差別大国であることの証で、アメリカ国民全員がクー・クラックス・クラン(KKK)であったといってよい。イエロー・モンキーが住む日本に原爆2発を落とした程度で反省するわけがない。
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