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2021-12-12

死こそが永遠の本源/『出星前夜』飯嶋和一


『汝ふたたび故郷へ帰れず』飯嶋和一
『雷電本紀』飯嶋和一
『神無き月十番目の夜』飯嶋和一
『始祖鳥記』飯嶋和一
『黄金旅風』飯嶋和一

 ・死こそが永遠の本源

『狗賓童子(ぐひんどうじ)の島』飯嶋和一

キリスト教を知るための書籍

 キリシタンに対する火あぶりの刑は、1本の太柱に手足を後ろで縛りつけ、周囲に薪を積んで、初めは遠火にてあぶり、次第に薪を受刑者の縛られている柱へ寄せていく。後ろ手と両足に縛りつけた藁縄(わらなわ)は1本だけで、それも緩(ゆる)く、背後には薪を積まず、いつでも逃げ出せるように退路を確保してある。燃えさかる灼熱(しゃくねつ)の苦痛に逃げ出せば、それは棄教したことと見なされ、そこで刑の執行は取りやめられる。刑を受ける者にとっては何より殉教への意志が試されることとなっていた。マグダレナはもちろん、6人ともが逃げる素振りも見せず業火に身をよじりながら絶命したと秀助は青ざめた顔で語った。鯨脂を焼いたような臭いが胸に溜(た)まり、突き上げてきた嘔吐(おうと)感を抑えきれず恵舟〈けいしゅう〉はその場でもどした。

【『出星前夜』飯嶋和一〈いいじま・かずいち〉(小学館、2008年/小学館文庫、2013年)以下同】

 島原の乱を描いた時代小説だが天草四郎時貞は脇役である。主役は庄屋の鬼塚甚右衛門と医師の外崎恵舟〈とのざき・けいしゅう〉、そして弟子の北山寿安〈きたやま・じゅあん〉の3人である。

キリシタン4000人の殉教/『殉教 日本人は何を信仰したか』山本博文

 よく言われることだが、「交通事故でさえスローモーション映像にすればホラー映画たり得る」。死は恐ろしい。恐ろしいがゆえに生きる者は想像力を働かせてしまう。そこに罠がある。戦後教育を受けると「生きる権利」という錯覚にとらわれる。生きることが権利であれば、死ぬことはその権利を奪われることになる。だから我々は死を理不尽なものとして受け止める。なぜなら死は「生を奪う」からだ。死は終焉(しゅうえん)であり、不幸であり、悲劇である。そう考えてしまうところに現代の不幸があるのだろう。

「棄教すれば許す」というところに日本的な優しさがある。西洋の魔女狩りとは全く異なる精神風土である。ただし、少ならからぬ人々を殉教に走らせる社会的要因があったのは確かだろう。閉塞感や鬱積が日常から跳躍させるバネとして働く。それが殉教であったり、テロであったり、クーデターであったりするのだろう。

「寿安さん」喜平の幼子が呼んだ声音を思わず真似(まね)ていた。大勢の病んだ子どもらが皆そう呼んだ。今ここにいる「寿安」が、やっと現実(うつつ)のことに感じられた。幼い頃は耐えがたいものを感じていた呼び名は、いつの間にか少しの抵抗も感じられなくなっていた。蜂起でも、傷寒でも、赤斑瘡でも、多くの生命が目の前で消えて行った。死こそが実は永遠の本源であり、生は一瞬のまばゆい流れ星のようなものに思われた。その光芒(こうぼう)がいかにはかなくとも、限りなくいとおしいものに思えた。

 恵舟と寿安は感染症と戦った。飢餓と病気は人類史において最大のテーマである。それは死に直結しているためだ。私からすれば、「死は永遠」というよりも「死は無限」と感じる。既に亡い人は数百億人に及ぶだろうし、動植物や細菌を含めれば天文学的な数字になるだろう。量子世界で時間にはプランク時間という最小単位が切り取り線のように連なっている。信じ難いことだが時間は直線的につながってはいないのだ。ひょっとすると瞬きするたびに我々は生と死を繰り返しているのかもしれない。

2021-12-11

父は悪政と戦い、子は感染症と闘った/『狗賓童子(ぐひんどうじ)の島』飯嶋和一


『汝ふたたび故郷へ帰れず』飯嶋和一
『雷電本紀』飯嶋和一
『神無き月十番目の夜』飯嶋和一
『始祖鳥記』飯嶋和一
『黄金旅風』飯嶋和一
『出星前夜』飯嶋和一

 ・父は悪政と戦い、子は感染症と闘った

『日本の名著27 大塩中斎』責任編集宮城公子

日本の近代史を学ぶ

 奥座敷で供された二つの塗り物膳(ぜん)には、季節の飛び魚の吸い物から黒鯛(くろだい)の刺し身、あわびの膾(なます)、焼き茄子(なす)などが所狭しと並べられ、白米の飯と素麺(そうめん)、清酒まで出して庄三郎がもてなした。
 弥左衛門〈やざえもん〉にすすめられ常太郎〈じょうたろう〉は初めて酒を口にした。陣屋からここまでずっと己(おのれ)の身を案じてついてきた島民達といい、科人(※とがにん)として流されてきた先で思いがけないもてなしを受け、戸惑いばかりが深まっていた。
「……流人の身でありますのに、なにゆえ皆様方がこのように温かくお迎えくだされるのかがわかりません」
「貴殿は何の罪も犯していない。それに西村履三郎〈※にしむら・りさぶろう〉様の倅殿だから」
 常太郎は顔を上げて目を見開いた。はるばる流されてきたこの島の人々が、父親の名を知っていることに驚いたようだった。
「河内随一と言われる大庄屋だったお父上が、大塩平八郎先生とともに、なぜ何もかも捨てて挙兵されたか、それを島の者たちはよく知っています」(中略)
「誰のためにお父上は蜂起に身を投じたのか? 出鱈目な幕政の結果、困窮し飢餓に瀕している民のためだ。お父上は、民のためにすべてを捨てて戦ってくれた。この島の民も同じく困窮している。お父上は、自分たちのために戦ってくれた、言ってみれば恩人なのですよ。そして、それゆえに貴殿がこんな目に遭(あ)うこととなった。お父上に対する感謝と貴殿への申し訳ないとの思いです。大塩先生の檄文はご覧になったことは?」
「いいえ。……存じません」
「もちろん知るはずがない。周りにいた方々も常に監視されて、とても常太郎さんにそれを伝えることなどできなかったはずだ。大塩先生の檄文には、『やむを得ず天下のためと存じ、血族の禍(わざわい)をおかし、この度、有志の者と申し合わせ、下民(かみん)を悩まし苦しめている諸役人をまず誅伐(ちゅうばつ)いたし、引き続き驕(おご)りに増長しておる大坂市中の金持ちの町人どもを誅戮(ちゅうりく)におよぶ』とある。『血族の禍をおかす』すなわち、貴殿や母上、親類縁者にも禍がおよぶことはお父上もわかっていた。貴殿は、当時数え六つ。可愛(かわい)い盛りだ。お父上も断腸も思いだったろう……。(後略)」

【『狗賓童子(ぐひんどうじ)の島』飯嶋和一〈いいじま・かずいち〉(小学館、2015年/小学館文庫、2019年)以下同】

 父親の履三郎は蜂起の後、伊勢から「仙台、江戸へと渡り、江戸で客死」した。幕府は墓所から遺骸を取り出し、大坂の地で処刑した(大塩ゆかりの地を訪ねて④「八尾に西村履三郎の故地を訪ねる」: 大塩事件研究会のブログ)。

10月例会・フィールドワーク「西村履三郎・常太郎ゆかりの地を訪ねる」: 大塩事件研究会のブログ

 御科書(ごとがしょ)には「十五歳」とある。満年齢だと十四歳か。西村家は土地を没収され、一家断絶となる。まだ幼かった常太郎と謙三郎は親戚預かりを経て、15歳で配流(流罪)の処置が下った。

 飯嶋作品は歴史的事実に基づく小説である。言わば事実と事実の間を想像力で補う作品である。それを可能にしてしまうところに作家の創造性が試されるのだろう。

 大塩平八郎の乱が鎮圧され、1か月後に潜伏先を探り当てられて大塩が養子格之助とともに自害した際、火薬を用いて燃え盛る小屋で短刀を用いて自決し、死体が焼けるようにしたために、小屋から引き出された父子の遺体は本人と識別できない状態になっていた。このため「大塩はまだ生きており、国内あるいは海外に逃亡した」という風説が天下の各地で流れた。また、大塩を騙って打毀しを予告した捨て文によって、身の危険を案じた大坂町奉行が市中巡察を中止したり、また同年にアメリカのモリソン号が日本沿岸に侵入していたことと絡めて「大塩と黒船が江戸を襲撃する」という説も流れた。これらに加え、大塩一党の遺体の磔刑をすぐに行わなかったことが噂に拍車をかけた。

Wikipedia

 幕府の恐れと影響力の大きさが窺い知れる。京の都が餓死者で溢れ、流民が大坂へ流れて治安が悪化したという。政治は無策から暴政へ様変わりしていた。大塩平八郎はもともと怒れる人物であった。激怒は憤激と焔(ほのお)を増し、自ずと立ち上がらざるを得なくなったのだろう。英雄とは民の心に火を灯す人物だ。その輝きこそが未来への希望となる。

「最後に言っておきますが、もうあなたが本土の土を踏むことはないと思います。赦免だの何だのを願えば、苦しむだけのことです。そんなことはありえないと、覚悟を決めるしかありません。もちろん全く道理に反することをわたしが申し上げていることもわかります。ただこの島へ来て苦しみ早く死ぬのは、本土へ戻ることばかりを願っている者たちです。それでは生きられない。苦しみしかないのです。本当の人生などどこかにあるものではありません。ここで生きていることが真のあなたの姿であり、あなたの本当の人生だと思ってください。まことに申しわけないことですが。
 もちろん、あなたがこれまで誰にも教えられなかったこと、大塩先生の蜂起に関して、わたしが知っている限りのことはお教えします。あなたには知る権限がある。なぜお父上が蜂起し、なぜあなた自身がここへ流されて、ここで生涯を送ることになったのかを。それを知らなくてはとても生きていけないこともわかります。わたしが知る以上のことを知りたければ、わたしの朋輩(ともがら)に託します。それは約束します」

「淡い期待は持つな」との戒めである。弥左衛門は「幼さを許さなかった」とも言える。つまり大人として遇したのだろう。現実が苦しくなると人の思考は翼を伸ばして逃避する。虐待された子供は幻覚が見える(『消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』高橋和巳)。大人だって変わりはあるまい。苦しい現実から目を逸(そら)して都合のよい妄想に浸(ひた)る。弥左衛門は「生きよ」と伝えたのだ。「ただ、ひたすら生きよ」と。


 常太郎が流されたのは島後島(どうごじま)で、隠岐諸島(おきしょとう)の一つである。常太郎は狗賓童子(ぐひんどうじ/島の治安を守る若衆)としての訓育を受け、更に医学を学んだ。父は悪政と戦い、成長した子は感染症と闘った。

 私が全作品を読んだ作家は飯嶋和一だけである。丸山健二は途中でやめた。『神無き月十番目の夜』以降の作品を読むと、圧政-抵抗という図式が顕著で戦前暗黒史観(進歩の前段階と捉えるマルクス史観)と同じ臭いがする。「ひょっとしてキリスト教左翼なのか?」という懸念を払拭することができない。

2020-10-20

「人間を守るため」という真の目的/『続・人類と感染症の歴史 新たな恐怖に備える』加藤茂孝


『環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』石弘之、安田喜憲、湯浅赳男
『人類史のなかの定住革命』西田正規
『人類と感染症の歴史 未知なる恐怖を超えて』加藤茂孝

 ・「人間を守るため」という真の目的

『感染症の世界史』石弘之
『感染症の時代 エイズ、O157、結核から麻薬まで』井上栄
『飛行機に乗ってくる病原体 空港検疫官の見た感染症の現実』響堂新
『感染症と文明 共生への道』山本太郎
『感染症クライシス』洋泉社MOOK
『病が語る日本史』酒井シヅ
『反穀物の人類史 国家誕生のディープヒストリー』ジェームズ・C・スコット

 リスクマネジメントとして考えてみると、津波の対策として有効なのは、いかなる巨大な津波でも防げる巨大堤防で日本列島を取り囲むことではなく、津波発生の素早い予報・周知と前もって一次避難の場所を設定し、日頃から避難訓練をすることである。「人間こそが人間を守る」。感染症対策もこれと同じであり、病原体は、今後も絶えることなく新たに人間社会に侵入・出現してくる。この侵入・出現を防ぐのは、早期発見のためのシステム・ネットワークを構築し、早期発見・診断に続く早期治療・対策を実施することである。制度や規則は基盤となるものであり重要ではあるが、そこに、デュ・ガールの言う「人の本性」、芥川の言う「人間性」への配慮を大切にした「人間を守るため」という真の目的を失わないようにしないと、制度も基盤も生きたものにはならない。

【『続・人類と感染症の歴史 新たな恐怖に備える』加藤茂孝〈かとう・しげたか〉(丸善出版、2018年)】

 正篇と較べると続篇は私の胸に驚くほど響かなかった。たぶん働き過ぎの影響もあるのだろう。あるいは加齢による体力の低下が原因かも。機会があれば再読する予定だ。

 リスクマネジメントの「人間を守るため」という真の目的については以下の書籍が参考になる。

『新・人は皆「自分だけは死なない」と思っている 自分と家族を守るための心の防災袋』山村武彦
『人が死なない防災』片田敏孝

 昨今のコロナ騒動で感じるのは、各国政府における科学とは無縁の意思決定で、いたずらに国民の不安を煽り、国家への依存度を高めようとしているようにしか見えない。一方の国民はテレビ情報を鵜呑みにして科学者気分に浸っている。国家は帝国を目指し、帝国は覇権を主張する。コロナ騒動は戦争の序曲として静かに恐怖を煽り続けることだろう。

2020-10-08

群集状態と群集心理/『反穀物の人類史 国家誕生のディープヒストリー』ジェームズ・C・スコット


『環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』石弘之、安田喜憲、湯浅赳男
『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ
『文化がヒトを進化させた 人類の繁栄と〈文化-遺伝子革命〉』ジョセフ・ヘンリック
『文化的進化論 人びとの価値観と行動が世界をつくりかえる』ロナルド・イングルハート
『家畜化という進化 人間はいかに動物を変えたか』リチャード・C・フランシス
『親指はなぜ太いのか 直立二足歩行の起原に迫る』島泰三
『人類史のなかの定住革命』西田正規

 ・定住革命と感染症
 ・群集状態と群集心理
 ・国家と文明の深層史(ディープ・ヒストリー)を探れ
 ・穀物が国家を作る

『小麦は食べるな!』ウイリアム・デイビス
『文明が不幸をもたらす 病んだ社会の起源』クリストファー・ライアン
『お金の流れでわかる世界の歴史 富、経済、権力……はこう「動いた」』大村大次郎
『脱税の世界史』大村大次郎
・『対論「所得税一律革命」 領収書も、税務署も、脱税もなくなる』加藤寛、渡部昇一
『人類と感染症の歴史 未知なる恐怖を超えて』加藤茂孝
『感染症の世界史』石弘之
『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』ユヴァル・ノア・ハラリ
・『近代の呪い』渡辺京二
『シリコンバレー式自分を変える最強の食事』デイヴ・アスプリー
『医者が教える食事術 最強の教科書 20万人を診てわかった医学的に正しい食べ方68』牧田善二
『医者が教える食事術2 実践バイブル 20万人を診てわかった医学的に正しい食べ方70』牧田善二

必読書リスト その四

 最初の文字ソースからはっきりわかるのは、初期のメソポタミア人が、病気が広がる「伝染」の原理を理解していたことだ。可能な場合には、確認された最初の患者を隔離し、専用の地区に閉じこめて、誰も出入りさせないというステップを踏んでいる。長距離の旅をする者、交易商人、兵士などが病気を運びやすいことも理解していた。分離して接触を避けるというこの習慣は、ルネサンス時代に各地の港に設置されたラザレット〔ペスト患者の隔離施設〕を予見させるものだった。伝染を理解していたことは、罹患者を避けるだけでなく、その人の使ったカップや皿、衣服、寝具なども回避したことからも示唆される。遠征から還ってきて病気が疑われる兵士は、市内に入る前に衣服と盾を焼き捨てるよう義務づけられた。分離や隔離でうまくいかなければ、人びとは瀕死の者や死亡者を置き去りにして、都市から逃げ出した。もし還ってくるとしたら、病気の流行が過ぎてから十分に期間をおいてからだった。またそうするなかで、逆に病気を辺境へと持って行ってしまうことも多かったに違いない。そのときには、また新たな隔離と逃避が行われたのだろう。わたしは、初期の、記録のない時期に人口密集地が放棄されたうちの相当多くは、政治ではなく病気が理由だったと考えてまず間違いないと思う。

【『反穀物の人類史 国家誕生のディープヒストリー』ジェームズ・C・スコット:立木勝〈たちき:まさる〉訳(みすず書房、2019年)】

 やはりコロナ禍であればこそ感染症に関する記述が目を引く。「初期のメソポタミア人」とは紀元前3000年とか4000年の昔だろう(メソポタミア文明)。恐るべき類推能力といってよい。脳の特徴はアナロジー(類推、類比)とアナログ(連続量)にあるのだろう。

 ここでの目的のために、この群集と病気の論理を適用するのはホモ・サピエンスだけにしておくが、今の例のように、この論理は、病気傾向のあるあらゆる生命体、植物、あるいは動物の群集に容易に適用できる。これは群集に伴う現象だから、鳥やヒツジの群れ、魚の集団、トナカイやガゼルの群れ、さらには穀物の畑にも同じように適用できる。遺伝子が類似しているほど(=多様性が少ないほど)、すべての個体が同じ病原菌に対して脆弱になりやすい。人間が広範に異動するようになるまでは、おそらく渡り鳥が――1カ所にかたまった営巣することや群集して長距離を移動することから――遠くまで疾患を広める主要な媒介生物だっただろう。感染と群集との関係は、実際の媒介生物による伝播が理解されるずっと前から知られていて、利用されてきた。狩猟採集民はそのことを十分にわかっていたから、大きな定住地には近寄らなかったし、各地に離れて暮らすのも、伝染病との接触を避ける方法だと見られていた。

 渡り鳥から他の動物に感染する規模は限られる。ましてその動物と人間が接触する可能性は更に限られる。人間にとって低リスクということはウイルスや微生物にとっては高リスクとなる。奴らが生き延びる可能性は乏しい。

 もう一つ別のシナリオを考えてみよう。寄生生物は宿主(しゅくしゅ)を操る(『心を操る寄生生物 感情から文化・社会まで』キャスリン・マコーリフ)。ひょっとすると寄生生物の操作によって人類は都市化をした可能性もある。リチャード・ドーキンスは「生物は遺伝子によって利用される乗り物に過ぎない」と主張した(『利己的な遺伝子』1976年)が、「寄生生物によって利用される乗り物」ということもあり得るのだ。

 定住とそれによって可能となった群集状態は、どれほど大きく評価してもしすぎにはならない。なにしろ、ホモ・サピエンスに特異的に適応した微生物による感染症は、ほぼすべてがこの1万年の間に――しかも、おそらくその多くは過去5000年のうちに――出現しているのだ。これは強い意味での「文明効果」だった。これら、天然痘、おたふく風邪、麻疹、インフルエンザ、水痘、そしておそらくマラリアなど、歴史的に新しいこうした疾患は、都市化が始まったから、そしてこれから見るように、農業が始まったからこそ生じたものだ。ごく最近まで、こうした疾患は人間の死亡原因の大部分を占めていた。定住前の人びとには人間固有の寄生虫や病気がなかったというのではない。しかし、その時期の病気は群集疾患ではなく、腸チフス、アメーバ赤痢、疱疹、トラコーマ、ハンセン病、住血吸虫症、フィラリア症など、潜伏期間が長いことや、人間以外の生物が保有宿主であることが特徴だった。
 群集疾患は密度依存性疾患ともよばれ、現代の公衆衛生用語では急性市中感染症という。

 つまり感染症は人類の業病ではなく都市化による禍(わざわい)なのだ。移動しない群れで私が思いつくのは蟻(あり)くらいなものだ。定住・農耕革命は人類を蟻化する営みなのかもしれない。

 いずれにせよ国家システムが進化の理に適っているのであれば人類は感染症と共生できるだろう。そうでなければ感染症によって死に絶えるか、あるいは国家以外のシステムを築いて生き延びるしかない。

 群集状態には感染症リスクが伴うが、群集心理には付和雷同・価値観の画一化・教育やメディアを通した洗脳などの問題があり、こちらの方が私は恐ろしい。

定住革命と感染症/『反穀物の人類史 国家誕生のディープヒストリー』ジェームズ・C・スコット


『環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』石弘之、安田喜憲、湯浅赳男
『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ
『文化がヒトを進化させた 人類の繁栄と〈文化-遺伝子革命〉』ジョセフ・ヘンリック
『文化的進化論 人びとの価値観と行動が世界をつくりかえる』ロナルド・イングルハート
『家畜化という進化 人間はいかに動物を変えたか』リチャード・C・フランシス
『親指はなぜ太いのか 直立二足歩行の起原に迫る』島泰三
『人類史のなかの定住革命』西田正規

 ・定住革命と感染症
 ・群集状態と群集心理
 ・国家と文明の深層史(ディープ・ヒストリー)を探れ
 ・穀物が国家を作る

『小麦は食べるな!』ウイリアム・デイビス
『文明が不幸をもたらす 病んだ社会の起源』クリストファー・ライアン
『お金の流れでわかる世界の歴史 富、経済、権力……はこう「動いた」』大村大次郎
『脱税の世界史』大村大次郎
・『対論「所得税一律革命」 領収書も、税務署も、脱税もなくなる』加藤寛、渡部昇一
『人類と感染症の歴史 未知なる恐怖を超えて』加藤茂孝
『感染症の世界史』石弘之
『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』ユヴァル・ノア・ハラリ
・『近代の呪い』渡辺京二
『シリコンバレー式自分を変える最強の食事』デイヴ・アスプリー
『医者が教える食事術 最強の教科書 20万人を診てわかった医学的に正しい食べ方68』牧田善二
『医者が教える食事術2 実践バイブル 20万人を診てわかった医学的に正しい食べ方70』牧田善二

必読書リスト その四

 紀元前1万年の世界人口は、ある慎重な推定で約400万だった。それから丸5000年が過ぎた紀元前5000年でも、わずかに増えて500万人だった。新石器革命の文明的達成である定住と農業が行われていたとはいえ、これでは人口爆発とはとてもいえない。ところが対照的に、その後の5000年で世界人口は20倍の1億人超にまでなっている。このように、新石器時代への移行期である5000年間は人口統計学上のボトルネックのようなもので、繁殖レベルはほぼ横ばいだったことを示している。人口増加率が人口置換水準をわずかに(たとえば0.015パーセント)上回るだけでも、総人口はこの5000年で2倍以上になっていたはずだ。人類の生業技術は進歩したように見えるのに、長期間にわたって人口が停滞してしまったこのパラドックスの有力な説明は、疫学的に見てこの時期が、おそらく人類史上で最も致死率の高い時期だったということだ。メソポタミアの場合でいえば、まさしく新石器革命の効果によって、この地域に慢性、急性の感染症が集中し、人口に繰り返し壊滅的な打撃を与えたのである。
 ただし、考古学的記録の証拠はほとんど役に立たない。こうした病気は栄養不良と違って、その痕跡が骨に残ることはまずないからだ。思うに伝染病は、新石器時代の考古学記録で「最も声の大きい」沈黙だ。考古学が評価するのは掘出しものだけだから、この場合は、たしかな証拠を越えた部分まで推測するしかない。それでも、最初期の人口センターの多くが突如として崩壊した理由を壊滅的な伝染病だったと考えるだけの証拠は十分にある。それまで人口の多かった場所が突然、ほかに説明のつかない理由で放棄された証拠が繰り返し見つかっている。気候の悪化や土壌の塩類化によっても人口は減少すると予測されるが、そうしたことは地域全体で起こるだろうし、もっとゆっくり進むだろう。もちろんこれ以外にも、人口の多い場所が急にもぬけの殻になったり消えたりしてしまったりしたことの説明は可能だ。内戦、征服、洪水などがそうなのだが、伝染病は、新石器革命のまったく新しい群集状態によって初めて可能になったものだ。その甚大な影響は、文字記録が利用可能になって以後の時代の記述を見ても明らかだから、やはり最も有力な容疑者だろう。また、この文脈での伝染病は、ホモ・サピエンスのものだけにとどまらない。伝染病は、同じように後期新石器時代復習種再定住キャンプに閉じ込められていた家畜動物や作物にも影響した。なにかの疾患で家畜の群れや穀物畑が全滅してしまったら、疫病で人間が直接脅かされたときと同じくらいかんたんに、人口は激減しただろう。

【『反穀物の人類史 国家誕生のディープヒストリー』ジェームズ・C・スコット:立木勝〈たちき:まさる〉訳(みすず書房、2019年)】

 人類がアフリカから発祥したとすれば最も遠くまで移動したホモ・サピエンスはインディアンで、次が日本人となる。インディアンはたぶんアイヌ同様、縄文人の末裔(まつえい)だろう。アメリカへ渡ったインディアンはウイルスに晒(さら)されることが少なかった。そのためヨーロッパ人が持ち込んだ感染症によって千万単位の死亡者を出した。

 紀元前1万~5000年は日本だと縄文時代(紀元前16000~3000年)である。世界最古の土器は青森県大平山元(おおだいらやまもと)遺跡から出土したもので約1万6500年前に作られた無文土器である(No.1078 なぜ世界最古の土器が日本列島から出土するのか?: 国際派日本人養成講座)。因(ちな)みに日本列島が大陸から分離したのが2000年前である(日本海がどうしてできたか知っていますか?(海洋研究開発機構) | ブルーバックス | 講談社)。

 農耕革命・定住革命・食料生産革命を併せて新石器革命という。ここで注意を要するのは我々の思考が革命=進歩という社会主義的観念に毒されていることだ。本書は国家というメカニズムに異を唱え、人類が穀物栽培を選んだのは徴税しやすいためだったと指摘している。

 感染症は過密な人口に対する地球からの警鐘なのだろう。



累進課税の起源は古代ギリシアに/『ソクラテスはネットの「無料」に抗議する』ルディー和子
栄養と犯罪は大きく深く関わっている/『食事で治す心の病 心・脳・栄養――新しい医学の潮流』大沢博
炭水化物抜きダイエットをすると死亡率が高まる/『宇宙生物学で読み解く「人体」の不思議』吉田たかよし

2020-07-18

血のにじむような苦労をした蘭方医の功績/『人類と感染症の歴史 未知なる恐怖を超えて』加藤茂孝


『環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』石弘之、安田喜憲、湯浅赳男
『人類史のなかの定住革命』西田正規

 ・血のにじむような苦労をした蘭方医の功績

『続・人類と感染症の歴史 新たな恐怖に備える』加藤茂孝
『感染症の世界史』石弘之
『感染症の時代 エイズ、O157、結核から麻薬まで』井上栄
『飛行機に乗ってくる病原体 空港検疫官の見た感染症の現実』響堂新
『感染症と文明 共生への道』山本太郎
『感染症クライシス』洋泉社MOOK
『ワクチン神話捏造の歴史 医療と政治の権威が創った幻想の崩壊』ロマン・ビストリアニク、スザンヌ・ハンフリーズ
『病が語る日本史』酒井シヅ
『反穀物の人類史 国家誕生のディープヒストリー』ジェームズ・C・スコット

必読書リスト その四

 しかし、鎖国時代、封建制の束縛下、船しか交通手段のない時代にあって肝心の痘苗(とうびょう)が、手に入らない。痘苗は、現代風にいえば天然痘用の予防ワクチンのことである。痘苗を接種することを種痘と言うが、「苗」と言い、「種」と言い、植物学用語が使われている所が面白い。冷蔵庫・冷凍庫のない当時にあっては、種痘によってできた痘内の液体(痘漿)やかさぶたを次から次へと人間に植え継いで伝えて行くしか保存方法が無かった。つまり、人間の体内で増殖保存し、かさぶたなどで移送していたのである。しかも、それは、長崎であればはるかオランダから船でもたらされる。もちろん実際には、直接オランダからではなく、人から人へ植え継がれながらはるばる日本までたどり着いた。実際に長崎の通詞や医官たちは、痘苗入手の依頼を何度も出島のオランダ商館医にしているが、熱帯を通ってくるオランダ船内でウイルスは死滅してなかなかそれが果たせなかった。しかし、バタビヤ(今のインドネシアのジャカルタ)から来た船によって、ついに何とかまだ生きている痘苗が手に入った。これがモーニケによって公式にもたらされたわが国最初の痘苗である(1849年)。(中略)
 このように西洋医の熱意とネットワークができ上がって来た折に、待ちに待った痘苗がもたらされたので、その全国普及は早かった。多くの蘭方医が血のにじむような苦労をして、この普及に貢献している。楢林宗建(1802~1852年、佐賀藩医、シーボルトの弟子、モーニケのもたらしたかさぶたを3人に接種して、その一人のわが子にのみ発痘し、そこから痘苗が全国へ伝播されて行った。わが国最初の種痘成功例である)、日野鼎哉(ていさい/1797~1850年、楢林宗建から分苗を受けて、京都で除痘館を開いた)、笠原良策(1809~1880年、日野鼎哉から分苗を受けて、痘苗を受け継ぐべき子供達をつれて雪の山越えをして福井に運び除痘館を開いた)、桑田立斎(りゅうさい/1811~1868年、江戸で種痘。6万人に種痘を実施。蝦夷地において6400人のアイヌへの種痘接種を行う)。(句点ママ)長与俊達(しゅんたつ/1791~1855ねん、長崎大村藩で古田山に人痘種痘所を開く。牛痘入手後は、1850年一早く牛痘接種に切り替えた。公認種痘では1番早い)などである。
 中でも、普及を担った中心人物は大阪(当時は大坂)で適塾(てきじゅく)を開いていた緒方洪庵(1810~1863年)である。実施当初は、種痘をすれば牛になるという風評被害で苦しんだが、効果が幕府から認められて、やがて江戸に出て1862年西洋医学所所(ママ)の頭取となった。惜しいことに洪庵は、翌1863年病を得て急逝する。

【『人類と感染症の歴史 未知なる恐怖を超えて』加藤茂孝〈かとう・しげたか〉(丸善出版、2013年)】

 注目すべきはアイヌへの種痘である。「1857(安政4)年には、蝦夷地開発政策の一環としてアイヌに牛痘接種する幕命により、函館から国後まで6400名余りのアイヌ人に種痘を実施した」(諸澄邦彦〈もろずみ・くにひこ〉)。異民族として差別するような真似はしなかったという歴史的事実は重い。


 後に適塾(てきじゅく)は大阪大学となり、西洋医学所は東大医学部となる。洪庵の門下生であった福澤諭吉は慶応大学を創立した。適塾の門下生は18年間で636名に及んだ(Wikipedia)。松下村塾といい、小さな私塾から近代に向かう日本を支えた人材を多数輩出したことは日本の教育史に燦然と輝く偉大な事績である。現代の大学に松蔭や洪庵のありやなしやを問いたくなる。

 それにしても痘苗(とうびょう)がかさぶたを通して人から人へ移されるというのは驚きである。文字通り人柱といってよい。私が子供の時分はまだ種痘を行っていた。当時は天然痘を疱瘡(ほうそう)と呼んでいた。左肩に2ヶ所やれらたのだが痒(かゆ)くてかさぶたを剥いた覚えがある。痕跡は今でもくっきりと残っている。

 まだ読んでいる最中だが文章が素晴らしく、その博識に驚かされる。普段は横書きというだけで本を閉じてしまうことが多いが、本書は読まずにはいられない。

2020-06-15

個と集団の利益相反/『感染症クライシス』洋泉社MOOK


『環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』石弘之、安田喜憲、湯浅赳男
『人類史のなかの定住革命』西田正規
『人類と感染症の歴史 未知なる恐怖を超えて』加藤茂孝
『続・人類と感染症の歴史 新たな恐怖に備える』加藤茂孝
『感染症の世界史』石弘之
『感染症の時代 エイズ、O157、結核から麻薬まで』井上栄
『飛行機に乗ってくる病原体 空港検疫官の見た感染症の現実』響堂新
『感染症と文明 共生への道』山本太郎

 ・個と集団の利益相反

『病が語る日本史』酒井シヅ
『あなたの体は9割が細菌 微生物の生態系が崩れはじめた』アランナ・コリン
『心を操る寄生生物 感情から文化・社会まで』キャスリン・マコーリフ
『土と内臓 微生物がつくる世界』デイビッド・モントゴメリー、アン・ビクレー

山本●つまり、人間社会がそこにもっとも適合し、流行する感染症を選んで招いているといえるわけです。古くは中世ヨーロッパの十字軍や民族大移動などによってもたらされたとされるハンセン病、18世紀の産業革命が引き起こした環境悪化によって広まった結核など、いずれもわれわれ人類が呼び込み、蔓延(まんえん)させた感染症です。(「人類とともに歩んできた感染症とどのように向き合うべきか?」山本太郎、以下同)

【『感染症クライシス』洋泉社MOOK(洋泉社、2015年)】

 出来の悪いムック本で読むに値するのは山本のインタビュー記事のみ。amazonの古書がべら棒な値となっているが読みたい人は図書館から借りればよい。

 上記テキストはエイズが売春宿から感染拡大した様子を語っている。過密な人口、物や人の移動、動物との接触が感染の原因となる。

山本●ウイルスが性質を変えて人間社会により適合するようになると感染症は一気に広がりますが、そのいっぽうで、燃え広がることなく消えていく感染症もあります。これまで感染症を起こすウイルスばかり注目されてきましたが、そもそも人間社会にどのくらいウイルスが入り込んでいて、そのうち、どんなウイルスがどう消えていくかについては、わかっていません。
 じつはこの消えていくウイルスの存在が、われわれ研究者のあいだで最近のホットトピックになっています。つまり、これまでは微生物が存在することが病気の原因であると考えられてきましたが、そうとばかりいえないのではないか――ある微生物が人体に存在しないことが、私たち人間の健康にマイナスになっているのではないか、と考えられはじめているわけです。人体には膨大な微生物が存在していますが、その個数は兆単位で、重さは5~10キログラム、その遺伝子の総数は人の遺伝子の30倍くらいといわれています。

 ヒトマイクロバイオーム(人体の微生物叢)が注目されるようになったのは2010年のことである。「人類のDNAは99.9%が同じだが、ヒトマイクロバイオームでは構成が同じ人はいない」(Wikipedia)というのだから一人ひとりの個性を支えているのは微生物叢なのだろう。細菌は人間を操ることもあるのだから(『心を操る寄生生物 感情から文化・社会まで』キャスリン・マコーリフ)。

山本●どういうことかというと、そこに感染症を起こすウイルスが存在するかぎり、何パーセントかの人がそれによって亡くなる危険性はあるけれども、集団としては亡くなる人がいわば防波堤になってくれることで守られる。いっぽう、ウイルスを排除してしまえば、その感染症で亡くなる人はいなくなったとしても、次にその感染症が入ってきたときに大きな被害を出す危険性が高い。というように、個人個人は守られても、集団としては脆弱(ぜいじゃく)になってしまうわけです。
 このように個と集団の利益が相反するのは感染症の問題にかぎりません。経済も同じで、たとえば家計を健全にしようと各家庭が消費を抑えると、逆に日本経済は衰退してしまいます。マクロ経済はミクロ経済が積み重なってできているはずなのに、ミクロ経済をよくしようとするとマクロ経済がおかしくなってしまう。生命体の進化もそうで、細胞の分子が集まってひとつの個体ができているにもかかわらず、分子レベルの進化と個体レベルの進化はまったく違います。人間の健康もそうです。個人個人が健康増進に努めてみんなが長生きするようになれば、長寿社会ができあがる。しかし、それは平均年齢の高い高齢社会にほかならず、集団としては脆弱になる部分が出てくる。
 というように、つねに個の利益と集団の利益は相反するわけで、これをどうしたらいいのか? 感染症の問題においても個と集団のどちらを優先するかは容易に答えが出るものではなく、私たちに非常に難しい問題を投げかけています。

 結局凍傷のようなものと考えるしかないのだろう。人体のシステムは生命機能を司る内蔵を守るために手足の指先から犠牲にしてゆく。進化は自然淘汰とセットである。

 感染症は恐ろしい。だが我々は200万年の歴史を生き抜いてきた遺伝子の持ち主なのだ。そのことにもっと自信を持ってよい。ヒトという種全体からすれば私もまた微生物のような存在だろう。もちろんそれで構わない。

「個と集団の利益相反」とは言い得て妙だ。各人が自分以外の多くの人々を利する行動ができれば世の中は格段によくなることだろう。

2020-06-11

感染症とカースト制度/『感染症と文明 共生への道』山本太郎


『感染症の時代 エイズ、O157、結核から麻薬まで』井上栄

 ・健康と病気はヒトの環境適応の尺度
 ・感染症とカースト制度

『感染症クライシス』洋泉社MOOK
『人類と感染症の歴史 未知なる恐怖を超えて』加藤茂孝
『続・人類と感染症の歴史 新たな恐怖に備える』加藤茂孝
『感染症の世界史』石弘之
『人類史のなかの定住革命』西田正規
『環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』石弘之、安田喜憲、湯浅赳男

 高温多湿のガンジス川流域文明の感染症は、インダス川流域文明の住人を圧倒した。それがインド社会にカースト制度をもたらしたという研究者もいる。カースト制度とは、紀元前13世紀頃のアーリア人のインド支配にともなって作られた階級的身分制度である。階級間の移動は認められておらず、階級身分は親から子へ受け継がれる。結婚も同じ階級身分内で行うことを規定した社会制度である。人種差別的制度であり、現在は憲法で禁止されている。
 そのカースト制度について、歴史研究家であるウィリアム・マクニールは、著書『疫病と世界史』の中で以下のように述べている。
「もちろん、ほかにもさまざまな要素や考え方が、インド社会におけるカスト原理の形成と維持に影響している。だが、カストの枠を超えて身体的接触を持つことに対する禁忌(タブー)の存在、そうしたタブーをうっかり犯してしまった場合に体を清めるため守るべき念入りな規定、これらは、インド社会において次第にカストとして固定していったさまざまな社会集団の間で、相互に安全な距離を保とうとした時に、病気へのおそれがいかに重要な動機だtたかを暗示する」
 文化人類学者である川喜田二郎も、カースト制度の起源に、浄不浄によって社会の構成員の交流を管理し、感染症流行を回避しようとした意図があったと、先述のマクニールと同じ説を展開している。もちろん反対意見もある。
 一方、疫学の視点からいえば、これは、選別的交流を行っている集団における感染症流行の問題に置き換えることができる。

【『感染症と文明 共生への道』山本太郎(岩波新書、2011年)】

 人類の業病(ごうびょう)は「飢饉と疫病と戦争」(『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』ユヴァル・ノア・ハラリ)である。宗教は祈ることで人々の心をまとめ上げ、これらの業病に対処してきた。宗教的タブー(禁忌)はたぶん病(やまい)に対応したものと考えられる。

 異なる民族が出会う時、必ず病気が交換される。アメリカのインディアンは「コレラ、インフルエンザ、マラリア、麻疹、ペスト、猩紅熱、睡眠病(嗜眠性脳炎)、天然痘、結核、腸チフス」を移され、ヨーロッパ人は梅毒に罹患(りかん)した(感染症の歴史 - Wikipedia)。ポンティアック戦争(1763-66年)では「今日でも知られている出来事としては、ピット砦のイギリス軍士官が天然痘の菌に汚染された毛布を贈り物にし、周辺のインディアンにこれを感染させたことである」(Wikipedia)。

 洋の東西を問わず古いコミュニティがよそ者(ストレンジャー)を警戒したのは「この村の掟に従うかどうか」という疑心と、もう一つは伝染病に対する恐れからだ。

 カースト制度については米原万里が面白いことを書いている。

 親類筋の女性Tがかつてネルーの信奉者だった。ネルーの思想と活動に手放しで共鳴し、親譲りの潤沢な資産を惜しげもなく注(つ)ぎ込んだ。熱烈なる敬愛の念は相手にも通じたらしく、インド独立式典への招待状が舞い込み、いそいそと出かけていった。貴賓席で待ち受けていると、憧れの君は民衆の歓喜の声に包まれて颯爽(さっそう)と登場。ボロをまとった女たちが感極まって駆け寄り壇上のネルーの靴に口付けしようとした瞬間、ネルーはあからさまに汚らわしいという表情をして女たちを足蹴(あしげ)にし、ステッキを振り上げて追い払った。周囲の囁(ささや)きから、女たちが不可触賤民(アンタッチャブル)であることを知る。その刹那、Tの「百年の恋」は冷めた。

【『打ちのめされるようなすごい本』米原万里〈よねはら・まり〉(文藝春秋、2006年/文春文庫、2009年)】

 左翼の米原が書くと階級闘争の政治臭を放つが、カーストの根深さはよく理解できる。かつては意味のあった禁忌(きんき)も形骸化すると悪しき伝統に変貌する。宗教は何千年も祈ることしかしてこなかった。一方、科学は原因を調べ対策を講じる。近代とは宗教が科学に追い越された時代であった。神の地位は科学が発達するに連れて低下した。それでもまだ死んではいないが。

 不可触民という言葉からも明らかなようにヒンドゥー教は極端なまでに「穢(けが)れ」を恐れる。このため日常的に接触を避ける行動が貫かれており衛生意識も高い。飲食についても厳格な規定がある。宗教的浄化を求める人々は肉食を避ける。こうした風習が感染症対策であることは明らかだろう。インドは歴史を通じて人種差別解消よりも感染症対策を重んじたということなのだろう。

2020-05-25

ペストは中世キリスト教会の権威も打ち負かした/『飛行機に乗ってくる病原体 空港検疫官の見た感染症の現実』響堂新


『コロンブスが持ち帰った病気 海を越えるウイルス、細菌、寄生虫』ロバート・S・デソウィッツ
『感染症の時代 エイズ、O157、結核から麻薬まで』井上栄

 ・ペストは中世キリスト教会の権威も打ち負かした

『感染症と文明 共生への道』山本太郎
『人類と感染症の歴史 未知なる恐怖を超えて』加藤茂孝
『続・人類と感染症の歴史 新たな恐怖に備える』加藤茂孝
『感染症の世界史』石弘之
『人類史のなかの定住革命』西田正規
『環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』石弘之、安田喜憲、湯浅赳男

 かつて“黒死病”の悪名で恐れられたペストは、記録に残っているだけでも、これまでに三度の大流行を起こしている。最初の大流行は、6世紀半ばの東ローマ帝国(ビザンチン帝国)で起きた。ユスティニアヌス皇帝統治下の541年にエジプトで始まったペストの流行は、またたく間に北アフリカ、ヨーロッパ、中央アジア、アラビア半島へと広がっていった。首都コンスタンティノープル(現在のイスタンブール)では、全人口の40パーセントがペストで命を落としたといわれている。
 二度目の大流行は、14世紀半ばのヨーロッパで起こる。シチリア島に突然現れたペストは、あっという間にヨーロッパ全土に広がった。ドーバー海峡を隔てたイギリスでも、フランス帰りの一人の船員が持ち込んだペスト菌が原因で、多くの犠牲者を出した。
 結局、このときの流行で命を落としたのはおよそ4400万人。これは、当時のヨーロッパの全人口の3分の1にあたる。ペストの大流行は、単に人口を激減させただけでなく、人々の精神面にも重大な影響を与えた。疫病から救ってくれなかったキリスト教会に対する強い不信感は、中世の終焉(しゅうえん)を早める大きな要因となった。イタリア・ルネッサンスを代表する作品の一つであるボッカチオの『デカメロン』には、こうした社会状況が見事に描き出されている。
 三度目の大流行は、1860年代に中国で始まった。1890年代に入ると流行は香港にも及び、そこから船で南米、アフリカ、アジアへ、さらにはアメリカ合衆国のありフォルニアにまで飛び火していった。インドは、この時期の大流行によって最も大きな被害を受けた国の一つで、20世紀前半だけで、1000万人以上がペストによって命をおとしている。
 1948年、抗生物質ストレプトマイシンがペストに有効であることが確認され、“感染するとただちに死に繋がる病気”として恐れられていたペストにも、ようやく治療の道が開かれた。
 しかし、その後もベトナムや中国、アフリカや南米の一部の国で散発的な小流行が続き、現在に至っている。

【『飛行機に乗ってくる病原体 空港検疫官の見た感染症の現実』響堂新〈きょうどう・あらた〉(角川oneテーマ21、2001年)】

 環境史という学問的視点に立つと戦争は寒冷化で起こるという。農作物の不作~住居の移動が人々の衝突を生む。ペストが中世キリスト教会の権威も打ち負かしたとすれば、人類史の大きな変化は人間の主体性よりも環境要因の方が大きいように感じてくる。

 環境への適応が進化を決定するなら、あらゆる生物は環境が育んだと考えてよかろう。仏教東漸(とうぜん)で教義が目まぐるしく変遷してきた歴史を思えば、言語や民族の違いも環境に由来するのだろう。

 人類の課題は「飢饉と疫病と戦争」(『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』ユヴァル・ノア・ハラリ)である。日本が島国であることを卑屈に捉える向きもあるが、「飢饉と疫病と戦争」という観点から考えると明らかに地の利が優る。日本の国土は66%が森林で耕地面積は12.6%と少ない。しかしながら多くの海流が集まっており漁撈(ぎょろう)で賄(まかな)える。海で隔てられているため感染症リスクも低い。戦争に至っては200年を超える鎖国政策で平和を堅持してきた実績がある。

 日本は温暖湿潤気候で最も暮らしやすい環境である。雨も豊富だ。現在、世界を席巻している新型コロナウイルスについても「日本人は重症化を防ぐ免疫を持っている」のではないかという仮説が出てきた(中村ゆきつぐのブログ : 日本人は重症化しにくい理由 精密な抗体検査でわかった免疫学的な動き 完全な中和抗体ではないけど日本人は重症化を防ぐ免疫を持っている)。

 人類が病から解放されることは決してないだろう。ひょっとすると病んで恢復(かいふく)する中に進化の鍵があるのかもしれない。

2020-05-11

インフルエンザ・ワクチンが新型コロナウイルスの感染率を36%高める






2020-05-01

ビル・ゲイツと新型コロナウイルス


武漢ウイルス予言の書か?/『闇の眼』ディーン・R・クーンツ

 ・ビル・ゲイツと新型コロナウイルス

ビル・ゲイツは如何にして世界の公衆衛生を独占したか
『コロナ騒ぎ謎解き物語 コロナウイルスよりもコロナ政策で殺される』寺島隆吉

 期間限定公開の動画であるが紹介しよう。ビル・ゲイツと新型コロナウイルスのつながりに関しては私も昨日知ったばかりである。


 2015年、TEDという公開トークイベントで、ビル・ゲイツが「The next outbreak? We’re not ready(もし次の疫病大流行[アウトブレイク]が来たら? 私たちの準備はまだ出来ていない)」というスピーチを行ったことにある。そのスピーチの内容が、まさに今現在起こっている新型コロナウイルスによるパンデミックを予言していたのだ。

ビル・ゲイツ「新型コロナ予言」の背景を徹底解説! エボラ、SARS、疑惑のスピーチ…事実ベースに陰謀論を読み解く - TOCANA

 2015年、TEDでいち早くパンデミックの到来を予言したビル・ゲイツは、なんと2019年には、来るべきパンデミックをシミュレーションした公開演習「イベント201」を開催していたのだ。
 このイベントは、ジョンズ・ホプキンズ大学ヘルスセキュリティセンター、国際経済フォーラム、ビル&メリンダ・ゲイツ財団が共同で主催したものである。

ビル・ゲイツは去年10月に新型コロナ演習を実施していた! 疑惑の「イベント201」を超徹底解説! 18カ月で、6500万人死亡!? - TOCANA

 もう一つ興味深いのは、武漢でコロナウイルスが大発生する以前の2019年10月に、「次に起きるパンデミックはコロナウイルスによる」ことを想定した『イベント201』がニューヨークで行われていたことだ。ビル&メリンダ・ゲイツ財団、ジョンズ・ホプキンス健康安全保障センター、世界経済フォーラムの共催で行われたこのイベントでは、コロナウイルスは18カ月以内に6500万人の死者を出し、世界経済を大暴落に追い込んでいくというシミュレーションがなされていた。

[温故知新] 新型コロナウイルスの起源 - 大阪日日新聞

 具体的には、最初の1年間にワクチンが入手できる可能性はなく、パンデミックの初期には累積感染者数は毎週2倍に増え、そして患者と死亡者が増えるにつれて経済的・社会的影響はますます深刻になるとサイトでは書かれています。
 このシナリオは、1年半も続き、6500万人が死亡するとされています。世界的なパンデミックは、効果的なワクチンが登場するか、世界人口の80~90%が感染するまである程度のペースで続くとも推測されているわけです。

新型コロナウイルスのアウトブレイクとウクライナ航空機墜落は同じ勢力が起こした可能性|Atlasマンツーマン英会話,札幌

 ゲイツ財団グローバル開発担当プレジデントのクリス・イライアスは、次のように述べています。「イベント201や、先行するClade Xのようなシミュレーションは、世界的な公衆衛生上の危機に有効に対処するために何が必要であるかのみならず、準備ができていない場合に生じる結果についても理解する上で不可欠なツールです。」
 本演習は、オープン・フィランソロピー・プロジェクトより資金援助を受けています。

ジョンズ・ホプキンス健康安全保障センター、世界経済フォーラム、ビル&メリンダ・ゲイツ財団が広域流行病シミュレーション・ライブ配信を主催 | Business Wire




ビル・ゲイツ氏、最短9カ月でコロナワクチン開発できる可能性と指摘 - Bloomberg

2020-04-30

健康と病気はヒトの環境適応の尺度/『感染症と文明 共生への道』山本太郎


『感染症の時代 エイズ、O157、結核から麻薬まで』井上栄

 ・健康と病気はヒトの環境適応の尺度
 ・感染症とカースト制度

『感染症クライシス』洋泉社MOOK
『人類と感染症の歴史 未知なる恐怖を超えて』加藤茂孝
『続・人類と感染症の歴史 新たな恐怖に備える』加藤茂孝
『感染症の世界史』石弘之
『人類史のなかの定住革命』西田正規
『環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』石弘之、安田喜憲、湯浅赳男

 農耕の開始は、それまでの社会のあり方を根本から変えた。
 第一に農耕は、単位面積あたりの収穫量増大を通して、土地の人口支持力を高めた。第二に、定住という新たな生活様式を生み出した。定住は、出産間隔の短縮を通して、さらなる人口増加に寄与した。狩猟採集社会における出産間隔が、平均4-5年であったのに対し、農耕定住社会における出産間隔は、平均2年と半減した。移動の必要がなくなり、育児に労働力を割けるようになったことが大きい。ちなみに、樹上を主たる生活場所とする他の霊長類を見てみれば、チンパンジーの平均出産間隔は約5年、オランウータンのそれは約7年となっている。

【『感染症と文明 共生への道』山本太郎(岩波新書、2011年)以下同】

 著者は医師である。俳優上がりのそそっかしい政治家と同姓同名だが誤解なきよう。

「新型コロナウイルスに負けない 私たちは人間だ」と書かれた幟(のぼり)が天神橋筋商店街に掲げられたという(産経フォト 2020-04-30)。進化論的には適応するかしないかだけのことだ。感染症や自然災害は「戦って勝てる相手」ではない。どうも日本人の精神性は「進め一億火の玉だ」から変わっていないようだ。

「農耕定住社会」という正確な記述が目を惹く。出産間隔が短くなったことが人口を増加させた事実は覚えておく必要がある。

 健康と病気は、ヒトの環境適応の尺度とみなすことができる。ここでいう環境とは、気候や植生といった生物学的環境のみでなく、社会文化的環境を含む広義の環境をいう。この考えは、次のリーバンの定義と重なる。
 「健康と病気は、生物学的、文化的資源をもつ人間の集団が、生存に際し、環境にいかに適応したかという有効性の尺度である」
 こうした考えの下では、病気とは、ヒトが周囲の環境にいまだ適応できていない状況を指すことになる。
 一方、環境は常に変化するものである。このことは、環境への適応には、適応する側にも不断の変化が必要になることを意味する。こうした関係は、小説『鏡の国のアリス』のなかで、「赤の女王」が発した言葉を想起させる。「ほら、ね。同じ場所にいあるには、ありったけの力でもって走り続けなくちゃいけないんだよ」
 環境が変化すれば、一時的な不適応が起こる。変化の程度が大きいほど、あるいは変化の速度が速いほど、不適応の幅も大きくなる。農耕の開始は、人類にとって環境を一変させるほどの出来事であった。長い時間のなかで、比較的良好な健康状態を維持していた先史人類は、農耕・定住を開始した結果、変化への適応対処に苦慮することになり、その苦慮は現在も続いている、ということなのかもしれない。

「社会文化的環境」から精神疾患が生まれる。ストレス理論の開祖はウォルター・B・キャノン(1914年)とハンス・セリエ(1936年)の二人である(『身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の代価』ガボール・マテ)。PTSD(心的外傷後ストレス障害)が広く認知されるようになったのはベトナム戦争(1955-1975年)後のことだ。近代~大衆消費社会~高度情報化社会は「心の時代」と括ることができよう。

 農耕は自然を無理矢理ヒトの側に適応させる営みである。牧畜・魚介類の養殖も同様だ。ここでもまた病気を防ぐために様々な薬品が用いられる。人間の意図によって自然にかけられる負荷が自然にとってはストレスと化すのが当然だ。ブロイラーの実態を知ればケンタッキー・フライドチキンでニコニコできなくなる。

飼育密度が高すぎる日本の鶏肉(ブロイラー)

「赤の女王」は遺伝子本でもよく引用されている。マット・リドレーに『赤の女王 性とヒトの進化』という作品がある。

2020-04-29

アフリカで誕生した人類はなぜ北へ向かったのか?/『コロンブスが持ち帰った病気 海を越えるウイルス、細菌、寄生虫』ロバート・S・デソウィッツ


 ・アフリカで誕生した人類はなぜ北へ向かったのか?

『感染症の時代 エイズ、O157、結核から麻薬まで』井上栄
『飛行機に乗ってくる病原体 空港検疫官の見た感染症の現実』響堂新
『感染症と文明 共生への道』山本太郎
『感染症の世界史』石弘之

 一部の病気は、つねに熱帯地域にだけ発生してきた。そのすべてとはいわないまでも、大部分は寄生虫、細菌、そしてウイルスによる感染症だ。これらの病原体の多くは、蚊や巻貝など無脊椎動物との精妙な生物学的依存関係のなかで、宿主から宿主へ媒介される。(中略)
 これらの病原体が現在熱帯地域に限局しているのは、おもにその宿主の生息地域が地理的にかぎられているせいである。

【『コロンブスが持ち帰った病気 海を越えるウイルス、細菌、寄生虫』ロバート・S・デソウィッツ:藤田紘一郎〈ふじた・こういちろう〉監修、古草秀子〈ふるくさ・ひでこ〉訳(翔泳社、1999年)】

「黒人は温かい地域に住んでいるので鼻が低く横に広がっていて、白人は寒い場所で暮らしているので鼻が高くほっそりしている」。小学生のとき読んだ本にそう書かれていた。雑なイラスト付きで。私は中程度のショックを受けた。「なぜこんな簡単な事実に気づかなかったのだろう?」と。と同時に「アフリカで誕生した人類はどうして北へ向かったのか?」という疑問が群雲のように湧いてきた。約半世紀を経てやっとわかった。人類は感染症を避けて北へ向かったのだろう。目安になるのは食物が腐敗する速度だ。

 不思議なことだが日本と西欧の緯度はほぼ一致している。


 共に温暖の決め手となっているのは海流である。四季の色合いを思えば日本の気候が好ましいが、その代わり地震と津波のリスクがある。地震の少ないヨーロッパは石材を使った建築物が多い。

乾極と湿極の地政学/『新・悪の論理』倉前盛通

 倉前は更に「二十世紀以降の主要文明は、海流流線の集中点近くに栄えるであろう」という仮説のテーゼを示している(『悪の論理 ゲオポリティク(地政学)とは何か』倉前盛通)。

 色々と考え合わせると日本の首都が京都から江戸へ移ったのも得心がゆく。もしも遷都(せんと)をするなら次は東北か北海道が望ましい。無論、感染症対策だ。

 宿主(しゅくしゅ)であるヒトが長距離の移動を可能にするとウイルスも世界中に拡散する。ウイルスにとって人体は大地や海のようなものだ。科学技術によってウイルスを撲滅するよりは、ウイルスに適応する進化を遂げるのが自然の摂理にかなっているだろう。

2020-04-27

遺伝子多様性の小さい集団は伝染病に弱い/『感染症の時代 エイズ、O157、結核から麻薬まで』井上栄


『コロンブスが持ち帰った病気 海を越えるウイルス、細菌、寄生虫』ロバート・S・デソウィッツ

 ・遺伝子多様性の小さい集団は伝染病に弱い

『飛行機に乗ってくる病原体 空港検疫官の見た感染症の現実』響堂新『感染症と文明 共生への道』山本太郎
『人類と感染症の歴史 未知なる恐怖を超えて』加藤茂孝
『続・人類と感染症の歴史 新たな恐怖に備える』加藤茂孝
『感染症の世界史』石弘之

 遺伝子多様性の小さい集団は伝染病に弱い。特にウイルス病に対して弱い。通常、人がウイルスの感染を受けても、病気に(ママ)なりやすさは個人個人で異なる。個人個人の感染に対する遺伝的感受性が異なるからである。しかし、ウイルス感染を起こしやすくする遺伝子が個人個人で同じであった場合には、そのような人々が密集して居住する都市にいったんそのウイルスが侵入したら、あっという間に感染が広がってしまう。マクニールによれば、1520年、メキシコ地域の人口は2500万から3000万であったのが、100年後には10分の1以下になってしまった。これは戦争よりも、旧世界人が持ち込んだ天然痘および麻疹による死亡の影響の方が大なのである。
 新大陸文明の次の大きな特徴は、家畜がいなかったことである。牛、山羊、羊、馬、豚はいなかった。ヒト伝染病ウイルスは、もともとは動物から来たものと考えられる。新大陸には動物から人(ママ)へうつる病原体はたくさんあるが、ヒトだけに感染するように変化したウイルスはなかった。

【『感染症の時代 エイズ、O157、結核から麻薬まで』井上栄〈いのうえ・さかえ〉(講談社現代新書、2000年)】

 感染症の本には大抵インディアンの歴史が書かれている。スペイン人を中心とするヨーロッパ人にインディアンは虐殺されたが、最も多かったのは感染症による死亡であった。家畜文明をもつヨーロッパ人はウイルスにさらされてきたのだろう。そのヨーロッパ人がアメリカで移されたのは梅毒であった。病気のフェアトレードだ。

 こうした歴史からも明らかなように感染症を起こす最大の原因は人の移動である。特に交通機関が発達してから人や食料、更には動物や昆虫の類いまでもが世界を駆け巡るようになった。日本が辺境(ヨーロッパから見て)の島国であることにネガティブな感情を抱く人も多いと思うが、人類が感染症と戦ってきた歴史を思えば海で隔てられているのは大きな利点である。また日本の国土は縦に長いため一定の遺伝子多様性があるようにも思う。

 動物由来の感染は触れたり食べることで移るケースと、ダニやノミを介して移るケースとがある。動物には害がなくとも人間を死に至らしめるウイルスも少なくない。

 ウイルスは生物と非生物の間に存在しており単独で生きることはできない。つまり人間を殺してしまえばウイルスも心中する羽目となるのだ。ウイルスと人間は共生系である。ウイルスを撲滅することは不可能ゆえ、互いに進化する他ない。

微生物の耐性遺伝子は垂直にも水平にも伝わる/『感染症の世界史』石弘之


『環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』石弘之、安田喜憲、湯浅赳男
『人類史のなかの定住革命』西田正規
『人類と感染症の歴史 未知なる恐怖を超えて』加藤茂孝

 ・人口過密社会と森林破壊が感染症拡大の原因
 ・微生物の耐性遺伝子は垂直にも水平にも伝わる

『感染症の時代 エイズ、O157、結核から麻薬まで』井上栄
『感染症と文明 共生への道』山本太郎
『ワクチン神話捏造の歴史 医療と政治の権威が創った幻想の崩壊』ロマン・ビストリアニク、スザンヌ・ハンフリーズ
『病が語る日本史』酒井シヅ
『あなたの体は9割が細菌 微生物の生態系が崩れはじめた』アランナ・コリン
『心を操る寄生生物 感情から文化・社会まで』キャスリン・マコーリフ
『土と内臓 微生物がつくる世界』デイビッド・モントゴメリー、アン・ビクレー
『失われてゆく、我々の内なる細菌』マーティン・J・ブレイザー
『反穀物の人類史 国家誕生のディープヒストリー』ジェームズ・C・スコット

 抗生物質によってほとんどの細菌は死滅するが、耐性を獲得したものが生き残って増殖を開始する。細菌は抗生物質を無力化する酵素をつくりだし、自身の遺伝子の構造を変えて攻撃に耐えられるように変身できるからだ。
 とくに、人と微生物の世代交代の時間と変異の速度を考えると、抗生物質と耐性獲得のこの追いかけっこは圧倒的に微生物側に分がある。ヒトの世代交代には約30年かかるが、大腸菌は条件さえよければ20分に1回分裂をする。ウイルスの進化の速度は人(ママ)の50万~100万倍にもなる。現生人類の歴史はせいぜい20万年だが、微生物は40億年を生き抜いてきた強者(つわもの)だ。
 この耐性の獲得は「親から子へ」という「垂直遺伝」だが、非耐性の菌が別の菌から耐性遺伝子を受け取る「水平遺伝」も耐性菌の勢力拡大の強力な武器である。

【『感染症の世界史』石弘之〈いし・ひろゆき〉(角川ソフィア文庫、2018年/洋泉社、2014年『感染症の世界史 人類と病気の果てしない戦い』を加筆修正)】

 遺伝子の水平伝播は初めて知った。こりゃ、かなわんな。我々人類はウイルスに対してまず白旗を掲げるのが正しい所作なのかもしれない。

 恋愛感情を支えているのは遺伝子だ。美人(あるいはハンサム)がモテるのは顔が遺伝的優位性を示しているためだ(『なぜ美人ばかりが得をするのか』ナンシー・エトコフ)。体型も同様である。多くの男性がくびれた腰を好むが、「ウェストとヒップの黄金比率は7対10。この比率、実は女性の健康と深い相関関係がありました。この比率から離れれば離れるほど、女性は病気にかかりやすくなり、妊娠力にも深い関係があることがわかっています」(女性の魅力…男性が「腰のくびれ」を好む深い理由! | NotesMarche (ノーツマルシェ))。

 口づけの真の目的は細菌の交換にある。それでもヒトの遺伝子が水平に伝わることはない。せいぜいエピジェネティックな変化が関の山だ。

 結局のところ大小の犠牲を払いながらウイルスに適応するしか道はなさそうだ。

武田邦彦「コロナ顛末記」