2020-07-08

頭隠して尻隠さず/『『ビルマの竪琴』をめぐる戦後史』馬場公彦


『悪魔の思想 「進歩的文化人」という名の国賊12人』谷沢永一

 ・頭隠して尻隠さず

『竹山道雄と昭和の時代』平川祐弘
『ビルマの竪琴』竹山道雄

 だが、長く続いた冷戦は終わった。竹山が身を挺して告発した東ベルリン住民への人権抑圧や、台湾に住む大陸中国の亡命者からの共産中国批判の聞き書きには、たとえそれがのちに事実であったと判明しても、情報としての価値はもはや皆無に近い。となると、『竪琴』の作家ということ以外、消去法でかろうじて残るのは、失われていく日本の伝統文化を愛惜し擁護しようとした、日本主義的ディレッタントということにとどまるかもしれない。
『竪琴』の命運も安泰とは言えないようだ。(中略)最近の『竪琴』を取り上げた戦後世代による評論群からうかがえることは、『竪琴』はアジアを舞台として近代小説としても、日本の戦争に題材をとった戦争文学としても、取り扱い注意品目に指定されつつあるということだ。
 
【『『ビルマの竪琴』をめぐる戦後史』馬場公彦〈ばば・きみひこ〉(法政大学出版局、2004年)】

 馬場は編集者のようだ。こなれた文章で論理的だが直ぐに私の鼻は異臭を嗅ぎ取った。読むほどに嫌な臭いを放っている。池上彰佐藤優と同じ体臭がする。肝心な情報は伏せておいて、都合のいい事実だけを組み合わせて我が田に水を引くという寸法だ。左翼の常套手段は不作為という作為だ。

 馬場の意図は竹山を美術評論家に留(とど)め置くことなのだろう。刊行された2004年という時を思えば竹山道雄は既に「忘れられた作家」であった。そこそこ本を読んできた私も竹山の著書は一冊も読んでいなかった。『ビルマの竪琴』の名場面は知っていたが食指は動かなかった。それでもかような本を出す目的はネトウヨブームに釘を刺し、竹山の著書を禁書扱いしたかったのだろう。そうでもなければ気取った悪口をこれほど延々と綴ることは難しいだろう。

 馬場は上記テキストで竹山の共産主義批判を正面からは取り上げずに時事評論の印象づけを行っている。思わず舌を巻く狡猾(こうかつ)さである。更に返す刀で『ビルマの竪琴』のストーリーは完全に無視した上で誤った時代考証を指摘する。馬場は本書の中で繰り返し竹山を持ち上げてから落とすことを繰り返す。竹山道雄ようなきらめく英知は一つもないし、時流に抵抗する精神も見受けられない。それこそ「皆無」である。

 本書を読むきっかけとなったのは“志村五郎「竹山を今日論ずる人がないことを私は惜しむ」/『竹山道雄と昭和の時代』平川祐弘”で紹介した“馬場公彦著「『ビルマの竪琴』をめぐる戦後史」2004年法政大学出版局刊・3の2 | 知的漫遊紀行 - 楽天ブログ”による。米原子力空母エンタープライズの寄港に関する詳細を知りたかった。ところが馬場が行っているのは朝日新聞と全く同じことなのだ。悪い冗談としか思えない。編集者は創作者ではない。他人をあげつらったり、自分の知識をひけらかしたりするだけの気楽な商売なのだろう。

 本書が平川祐弘〈ひらかわ・すけひろ〉の心に火を点(とも)し、『竹山道雄と昭和の時代』(2013年)や新たな全集『竹山道雄セレクション』(全4冊、藤原書店、2016-17年)の推進力となったことは間違いあるまい。馬場の歯ぎしりが聞こえてきそうだ。

2020-07-07

抜けない指輪を簡単に外す方法


 こういうのは万一に備えて覚えておくべきだ。

2020-07-06

日本の伝統の徹底的な否定論者・竹内好への告発状 その正体は、北京政府の忠実な代理人(エージェント)/『悪魔の思想 「進歩的文化人」という名の国賊12人』谷沢永一


・『書斎のポ・ト・フ』開高健、谷沢永一、向井敏
・『紙つぶて(全) 谷沢永一書評コラム』谷沢永一
『「悪魔祓い」の戦後史 進歩的文化人の言論と責任』稲垣武
『こんな日本に誰がした 戦後民主主義の代表者・大江健三郎への告発状』谷沢永一

 ・進歩的文化人の正体は売国奴
 ・日本罪悪論の海外宣伝マン・鶴見俊輔への告発状 「ソ連はすべて善、日本はすべて悪」の扇動者(デマゴーグ)
 ・日本の伝統の徹底的な否定論者・竹内好(たけうち・よしみ)への告発状 その正体は、北京政府の忠実な代理人(エージェント)

『誰が国賊か 今、「エリートの罪」を裁くとき』谷沢永一、渡部昇一
『いま沖縄で起きている大変なこと 中国による「沖縄のクリミア化」が始まる』惠隆之介
『北海道が危ない!』砂澤陣
『これでも公共放送かNHK! 君たちに受信料徴収の資格などない』小山和伸
『ちょっと待て!!自治基本条例 まだまだ危険、よく考えよう』村田春樹
『自治労の正体』森口朗
『戦後教育で失われたもの』森口朗
・『日教組』森口朗
・『左翼老人』森口朗
・『売国保守』森口朗

 ところで、近代シナ文学の研究者に竹内好(よしみ)という魁偉(かいい)な人物がいました。この人はシナ学を志したくせに、肝心なシナの古典については無学であり、無関心でしたが、それはともかくとして、自分の専攻である近代シナ文学に執着するあまり、近代シナが格別に秀でた国であると信じるようになりました。これまた一向に珍しくもない、ありふれた自然な経過です。
 ところが竹内好の場合は、近代現代のシナを崇敬し高く持ちあげるにとどまらないで、現代シナを尊重し称賛する思い入れを梃(てこ)に用いて、ひたすら、わが国を罵倒する放言に熱意を燃やしました。なにがなんでも、常に悉(ことごと)くシナは正しく清らかであり、そのご立派な尊敬すべきシナに較べて、なにがなんでも、すべて、必ず日本は劣っており間違っている、という結論が一律に導きだされました。
 その生涯を通じて竹内好は、日本に対して肯定的な評価を下したことがなく、彼にとって日本はあらゆる面において否定と非難の対象にしかすぎませんでした。反日的日本人という言葉ができるより遙(はる)か遙か昔、半世紀以上も前から、竹内好は筋金入りの反日的日本人でありました。

【『悪魔の思想 「進歩的文化人」という名の国賊12人』谷沢永一〈たにざわ・えいいち〉(クレスト社、1996年/改題『反日的日本人の思想 国民を誤導した12人への告発状』PHP文庫、1999年/改題『自虐史観もうやめたい! 反日的日本人への告発状』ワック、2005年)】

 私はつくづくこの12人の著作を読んでこなかったことを感謝した。加藤周一の「夕陽妄語」(せきようもうご/朝日新聞連載)に目を通した程度である。とにかく掴みどころのない文章で後に谷沢と向井敏が腐していたのを読んで溜飲を下げた憶えがある。丸山眞男の『現代政治の思想と行動』を読まねばと思ったのは30代になった頃だ。マルティン・ニーメラー牧師の言葉が引用された「現代における人間と政治」は避けて通れないと感じた。が、ついぞ読む機会がなかった。丸山については進歩的文化人の代表であることは動かないが、小室直樹が師事しており政治学者としては優れた見識の持ち主なのだろう。最後は学生運動に愛想を尽かした

 他人の悪口を読むのは後味の悪いものである。感情を一旦突き放して見つめる冷静さを欠くと醜悪な文章になりやすい。「この人はシナ学を志したくせに」は書き過ぎだ。抑制が利いていない。それでも本書が教科書本であるのは確かで、彼らの正体を知らずに著書と親しんでいる人も多いことと思われる。

 竹内好の本は何冊か持っていた。あまり記憶にないので多分売れたのだろう。悪い印象は持っていなかったので本書を読んで吃驚仰天(びっくりぎょうてん)した。中国人は客をもてなすのが巧い。たとえそれがカネや女であったとしても、誰に何を与えればどう動くかをきちんと読んでいる。毛沢東や周恩来が生き抜いてきた政争は日本の比ではない。周恩来の養女・孫維世〈そん・いせい〉は留置所で惨殺されている。

 文化大革命時代には、女優としての名声の高さと毛沢東との男女関係から江青の嫉妬を買い、迫害を受けた。孫維世は養父である周恩来が署名した逮捕状を以って、北京公安局の留置場に送られ、1968年10月14日に獄中で死亡した。遺体は一対の手枷と足枷のみ身に付けた全裸の状態であった。一説には江青が刑事犯たちに孫維世の衣服を剥ぎ取らせて輪姦させ、輪姦に参加した受刑者は減刑を受けたと言う。また、遺体の頭頂部には一本の長い釘が打ち込まれていたのが見つかった。これらの状況から検死を要求した周恩来に対し、「遺体はとうに焼却された」という回答のみがなされた。

Wikipedia

 周恩来には表の顔と裏の顔があったが、そうでもしなければとっくに失脚していたことだろう。

 アメリカと中国は、表面的には対立していても裏の情報世界ではもともとツーカーなんです。そもそもCIAの前身OSS時代には、長官ドノバンの命令でOSS要員が延安の共産党根拠地に出向いて、対日抗戦を支援していた。60年代の中ソ対立時代も米中はあらゆる場面で結託してソ連に対抗していたし、79年のソ連アフガニスタン侵攻で、ムジャヒディンを支援しタリバン政権を後押ししたのも、米中の情報機関です。スパイマスター周恩来によって育まれた中国共産党の情報機関、中央委員会調査部は胡耀邦総書記の時代、公安部の一部と合併、国家安全部として、現在では、かつてのソ連のKGBをしのぐ巨大組織になっています。

【『この国を支配/管理する者たち 諜報から見た闇の権力』中丸薫、菅沼光弘(徳間書店、2006年)】

 中国の手に掛かれば政治家はもとより作家・ジャーナリスト・学者などはイチコロだろう。子供に飴を与えるようなものだ。中国へ渡ると親中派になって帰国する人が多いのも当然だ。細君を伴わない政治家は確実に女を充てがわれていると見てよい。

 左翼は国家の伝統を破壊し漂白した後に社会主義の樹立を目論む。人権・平等・ジェンダーといった綺麗事に騙されてはならない。彼らは単なる破壊者なのだ。

2020-07-05

ユーカリ・ムーンラグーンの芽が出た


ユーカリ・ムーンラグーンの種蒔き

 ・ユーカリ・ムーンラグーンの芽が出た

 6月26日に蒔いた種が昨日やっと芽を出した。今日見てみると4本から12本に増えていた。それにしても恐ろしく細い。明らかに糸よりも細い。種が細かく挽(ひ)いた胡椒みたいな大きさだったので納得できる。




 ユーカリの種類を選ぶ際は耐寒温度に留意する必要がある。因みにムーンラグーンは-7℃である。日本の気候に合っているといわれるグニーは-14℃だ。

 植物を育てると「待つ」ことを教えられる。子育てと全く同じだ。こちらにできることは環境を整えることだ。ただし手を加え過ぎるとひ弱になってしまう。水やり、追肥、植え替えにはタイミングがある。子育ても時機を誤れば抑圧する結果になる。

 そう考えると、やはり自然の営みに畏敬の念が湧いてくる。太陽との距離を一定に保ちながら、グルグル自転するだけでこれほど多用な生物を育んでいるのだから。

2020-07-04

読み始める

日本罪悪論の海外宣伝マン・鶴見俊輔への告発状  「ソ連はすべて善、日本はすべて悪」の扇動者(デマゴーグ)/『悪魔の思想 「進歩的文化人」という名の国賊12人』谷沢永一


・『書斎のポ・ト・フ』開高健、谷沢永一、向井敏
・『紙つぶて(全) 谷沢永一書評コラム』谷沢永一
『「悪魔祓い」の戦後史 進歩的文化人の言論と責任』稲垣武
『こんな日本に誰がした 戦後民主主義の代表者・大江健三郎への告発状』谷沢永一

 ・進歩的文化人の正体は売国奴
 ・日本罪悪論の海外宣伝マン・鶴見俊輔への告発状 「ソ連はすべて善、日本はすべて悪」の扇動者(デマゴーグ)
 ・日本の伝統の徹底的な否定論者・竹内好への告発状 その正体は、北京政府の忠実な代理人(エージェント)

『誰が国賊か 今、「エリートの罪」を裁くとき』谷沢永一、渡部昇一
『いま沖縄で起きている大変なこと 中国による「沖縄のクリミア化」が始まる』惠隆之介
『北海道が危ない!』砂澤陣
『これでも公共放送かNHK! 君たちに受信料徴収の資格などない』小山和伸
『ちょっと待て!!自治基本条例 まだまだ危険、よく考えよう』村田春樹
『自治労の正体』森口朗
『戦後教育で失われたもの』森口朗
・『日教組』森口朗
・『左翼老人』森口朗
・『売国保守』森口朗

 この本(※鶴見俊輔著『戦時期日本の精神史 1931-1945』)を一貫する方針としていちばん目立つのは、共産主義ソ連が日本人に加えた仕打ちはことごとく正しくて、すべて日本人が悪いことをしたからそうなったのだという強烈な主張です。その姿勢を押しだした最も代表的な表現が、つぎの一句です。

 戦争が終ったとき(中略)ソビエト・ロシア領内に残されているはずの60万人が長いあいだ帰ってきませんでした。(134頁)

 まことにものは言いよう、ですなあ。共産主義ソ連が戦争終了にもかかわらず、捕虜を無法にも引っ捕えてシベリアに連行して監禁し、「長いあいだ」苛酷な強制労働を課した、この残忍な事実を、けっして事実として認めない、鶴見俊輔のこの熱烈な弁護の志向は感嘆に値します。共産主義ソ連が帰らせなかったのではなく、日本人が「帰ってきませんでした」と言いくるめる語法の見えすいた苦しさ。鶴見俊輔の言い方は、日本人捕虜60万人が60万人全員の意向によって帰りたくなかったのだとほのめかしているようにも受けとれます。
 しかも、このねじまげた論法は、実は、次のように述べたてるための伏線だったのです。

 60万人の人たちがまだ帰ってこないということは、戦後の日本人のあいだに不安と苛立たしさを生み、それが戦後の日本政府によって長い年月にわたって植えつけられてきた。また戦後新たに米国の占領軍政府によって取り除かれていない赤色恐怖と結びついて、戦後のひとつの潮流をつくり出しました。(134頁)

 つまり「帰ってきませんでした」ことを怨(うら)んだり嘆いたりしてはイケナイのです。そうですか、共産主義ソ連にもいろいろご事情がありましょうから、と平静に、安穏な気持ちで受けとめるべきだったんですねえ。それなのに国民が「不安と苛立たしさ」に赴(おもむ)いたものですから、そのため「戦後のひとつの潮流」、すなわち共産主義ソ連への反感が募ったのです。
 それは昔の「赤色恐怖と結びついて」いるイケナイ考え方であるぞよ、と鶴見俊輔は婉曲(えんきょく)に説教を垂れます。いかなる事情に基づくにせよ、いかなり理由があるにせよ、共産主義ソ連を憎んではならないんです。事態が発生した根源の理由は、ただもう絶対にただひとつ、日本人が、日本人だけが、ワルイことをしたのですから。

【『悪魔の思想 「進歩的文化人」という名の国賊12人』谷沢永一〈たにざわ・えいいち〉(クレスト社、1996年/改題『反日的日本人の思想 国民を誤導した12人への告発状』PHP文庫、1999年/改題『自虐史観もうやめたい! 反日的日本人への告発状』ワック、2005年)】

 文体が独特でとっつきにくいのだが、ひょっとすると小室直樹の影響かもしれない。1996年に刊行されているが「新しい歴史教科書をつくる会」の結成と同じ年だ。前年の大江健三郎批判本といい時代情況を思えば、その勇気を過小評価してはなるまい。

 私は鹿野武一〈かの・ぶいち〉の生きざまに強く影響を受け、深く感化された。日ソ中立条約を踏みにじってソ連が終戦間際のどさくさに紛れて日本を侵攻したこと、満州の地で日本人女性を強姦しまくったこと、そしてシベリア抑留を思えば、断じてロシアと友好条約を結ぶべきではないと考える。敗戦以降、経済を優先してきた成れの果てが現在の日本である。経団連を始めとする財界は労働力をコストと見なし、その削減のために外国人労働者をどんどん日本に呼ぼうと企んでいる。国の行く末を憂えるような経済人は皆無だ。自分の懐勘定しかできないような輩は国家に巣食う寄生虫のような存在だ。

 それにしても鶴見俊輔の文章は巧妙で老獪(ろうかい)の悪臭が漂う。左翼は自らの知識をもって嘘を真実(まこと)にする詐術に富んでいる。侮れないのは彼らが「物語の力」を理解している点だ。知識の悪用とコンプレックスの利用が左翼の得意技である。

 嘘を嘘と見抜くことが智恵の第一歩である。虚実を盛り込んだ左翼の言論に惑わされてはならない。

法定通貨が政府の「信用」で成り立っているという誤解/『今だからこそ、知りたい「仮想通貨」の真実』渡邉哲也


『ギャンブルトレーダー ポーカーで分かる相場と金融の心理学』アーロン・ブラウン
『サヨナラ!操作された「お金と民主主義」 なるほど!「マネーの構造」がよーく分かった』天野統康
『マネーの正体 金融資産を守るためにわれわれが知っておくべきこと』吉田繁治
『デジタル・ゴールド ビットコイン、その知られざる物語』ナサニエル・ポッパー

 ・法定通貨が政府の「信用」で成り立っているという誤解

 インターネット上で流通し、お金のように取引されている「仮想通貨」は、中郷銀行や金融機関を経由せずに取引されるデジタルデータで「紙幣」も「貨幣」もなく、国家による価値の保証もありません。しかし、専門の取引所(仮想通貨取引所)で円やドルなどの法定通貨に交換可能で、価格が大きく値上がりし、億単位の利益を得た「億(おく)り人(びと)」も登場したことで話題になり、仮想通貨の取引を始める人が増えました。

【『今だからこそ、知りたい「仮想通貨」の真実』渡邉哲也〈わたなべ・てつや〉(WAC BUNKO、2018年)】

 正確には暗号通貨(crypto currency)である。仮想通貨という言葉は現代のマネーシステムが仮想である事実を見失わせるので好ましくない。渡邉の著書は粗製乱造気味で食指が伸びない。本書もさほど期待せずに読んだのだが暗号通貨の取引をやめる契機になった。専門家はおしなべてブロックチェーン技術は優れているが暗号通貨そのものは危ういと説く。渡邉の主張は中央銀行がブロックチェーンを導入すれば現在流通しているデジタル通貨は吹き飛ばされるというものだ。確かに一定の説得力はある。

 今回紹介したいのは以下のテキストである。

 かつては紙幣は金や銀などと交換することができた。しかし現在流通しているドルや円は政府が何とも交換することのない不換紙幣である。「何もしない」ということが不換貨幣のそもそもの意味である。保証も何もあるはずがない。政府は逆に紙幣印刷でそれを暴落させることはするだろう。

 法定通貨が政府の「信用」で成り立っていると主張する人々もいるがこれも完全な間違いである。信用とは基本的に将来何かしてくれるかどうかという意味である。したがって紙幣における信用とは「紙幣を持っていけば政府が何か(例えばゴールド)と交換してくれる」信用があるという意味であり、何とも交換してはくれない不換紙幣にはそもそも信用という概念さえ存在しない。

 円やドルはファンダメンタルズで考えれば金本位制を廃止した時点で価値がゼロになっていなければおかしいのである。(あるいは紙としての価値は残るだろう。)現在の法定通貨は信用ではなく、単に完全なバブルによって成り立っている。

ジム・ロジャーズ氏: 仮想通貨の価値はゼロになる | グローバルマクロ・リサーチ・インスティテュート

 これは難しい問題だ。ペイオフ解禁で預金の最低保証は1000万円までとなった。預金保険機構による保証は政府保証と考えてよい。ニクソン・ショック(1971年)でドルはゴールドの裏づけを失ったが、これは通貨の価値を変動相場制に委ねたことを意味する。現実にはアメリカ政府がドルとゴールドを交換することはないわけだが、マーケットや販売所にゆけば交換(トレード)できる。つまり国民がドルの価値を信用することで経済活動が成り立っているのだ。一方のゴールドを支えているのはその稀少性で、現在までの採掘量はオリンピックプール4杯分に満たない(3.8杯分)。マネーの価値はインフレ率分だけ年々下がっていくが、ゴールドは更なる高値を目指すことだろう。なぜなら中国がゴールドを買いまくっているためだ。そして世界各国の通貨の信用が剥げ落ちた時、ゴールド価格は想像を超える高値をつけるに違いない。

「信用という概念さえ存在しない」との指摘はどうか? 銀行が信用創造をしていることを踏まえれば「信用は機能している」と言えよう。ではニクソン・ショックをどう考えるべきなのか? アメリカ政府は1オンス35ドルの兌換(だかん)をやめたわけだが、現在ゴールドの価格は1オンス1800ドルとなっている。約半世紀でゴールド価格は51倍になった。逆に考えればドルの価値が1/51になったとも言える。対円だと360円から107.5円(今現在)に下がっている。円の価値は米ドルに対して3.35倍の価値が上がったわけだ。

 リーマン・ショック(2008年)以降、世界各国の中央銀行は量的緩和を行ってきた。わかりやすく言えば紙幣を刷りまくったわけだ(実際に印刷しているわけではない)。通貨の供給量が増えるわけだからコモディティ(商品)の相対的価値が上がる。ところがインフレ傾向にあるのは株価だけだ。デフレ後の経済は奇々怪々な状況を呈しており、ヘリコプターマネーは富豪の資産や大企業の内部留保となってとどまっている。川の流れが途絶えれば緑野は砂漠と化し、人体の血流が悪くなると冷え性が生じ、やがては動脈硬化・脳梗塞などを起こす。

 政治が格差を是正できなければ低所得者は社会主義になびくことだろう。左翼にとっては好機到来である。ソ連の崩壊で自由主義・資本主義が勝利したものと思い込んでいたが、もう少し長いスパンで見なければ本当の勝敗はわからない。

2020-07-02

解放の時/『休戦』プリーモ・レーヴィ


『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録』V・E・フランクル:霜山徳爾訳
『それでも人生にイエスと言う』V・E・フランクル
『アウシュヴィッツは終わらない あるイタリア人生存者の考察』プリーモ・レーヴィ

 ・フルビネクという3歳児の碑銘
 ・邪悪な秘密結社
 ・解放の時

『溺れるものと救われるもの』プリーモ・レーヴィ
『プリーモ・レーヴィへの旅 アウシュヴィッツは終わるのか?』徐京植
『イタリア抵抗運動の遺書 1943.9.8-1945.4.25』P・マルヴェッツィ、G・ピレッリ編
『石原吉郎詩文集』石原吉郎

必読書リスト その二

 巨大な馬にまたがった彼らは、灰色の空と灰色の雪の間で、宙に浮いているかのようで(道は収容所よりも高かった)、その骨肉をそなえた存在感は圧倒的だった。彼らは雪解けの気配を感じさせる湿った風にあおられながら、じっと立(ママ)たずんでいた。
 私たちが光の消えた天体のようにして、十日間、内部をさ迷い続けた、死でいっぱいの虚無が、その堅固な核を、凝結する核を見出したように思えたし、それは実際にそうだったのだ。4人の武装した男たち。だがその武器は私たちに向けられたものではなかった。4人の平和の使者。彼らは厚い毛皮の帽子の下に、まだ幼さの残る素朴な顔つきを見せていた。
 彼らはあいさつもせず、笑いもしなかった。彼らは憐れみに以外に、訳の分からないためらいにも押しつぶされているようだった。それが彼らの口をつぐませ、目を陰うつな光景に釘付けにしていた。それは私たちもよく知っていたのと同じ恥辱感だった。選別の後に、そして非道な行為を見たり、体験するたびに、私たちが落ち込んだ、あの恥辱感だった。それはドイツ人が知らない恥辱感だった。正しいものが、他人の犯した罪を前にして感じる恥辱感で、その存在自体が良心を責めさいなんだ。世界の事物の秩序の中にそれが取り返しのつかない形で持ち込まれ、自分の善意はほとんど無に等しく、世界の秩序を守るのに何の役にも立たなかった、という考えが良心を苦しめたのだ。
 こうして私たちにとっては、解放の時さえも、重苦しく、閉ざされたものになった。心は、喜びと同時に、過度の慎みの感覚に満たされた。私たちはこうした感覚によって、良心の呵責(かしゃく)を軽減し、わだかまっている不快な記憶を取り去れると思った。だが心の中には苦痛も入り込んできた。なぜなら私たちはそれが起こりえないことを感じていたからだ。冒涜(ぼうとく)の印は私たちの中に永遠に刻まれ、それに立ち会ったものたちの記憶に、それが置きた場所に、これから語られる物語の中にずっと残るはずだった。というのも、これは私たちの民族、私たちの世代の恐ろしい特権なのだが、私たち以上に、疫病のように伝染する、その冒涜(ぼうとく)の癒(い)やしがたい性質を理解しているものはいなかったからだ。人間の正義がそれを根絶するなどと考えるのは愚かなことである。それは無尽蔵の悪の根元なのだ。それは収容所に入れられた犠牲者の体と心をずたずたにし、打ちのめし、破滅させた。そして虐待者には汚名としてつきまとい、生き残ったものには憎悪として永遠に巣くって、みなの意志に反し、復讐(ふくしゅう)の渇望、道徳的敗北、拒絶感、厭世(えんせい)観、諦念(ていねん)といった具合には、様々な形で現れるのだった。

【『休戦』プリーモ・レーヴィ:竹山博英訳(岩波文庫、2010年/脇功訳、早川書房、1969年)】

 解放の時は静かに訪れた。姿を見せたのは若いソ連兵だった。プリーモ・レーヴィがアウシュヴィッツから解放されたのは1945年のこと。カティンの森事件が1940年である。ソ連兵はスターリンによる粛清の嵐を呼吸しながら育ったのだろう。強大な暴力の痕跡は驚くほど酷似している。それがどんな暴力であったにせよ。人々を傷つけ、切り裂き、踏みつけ、穴を開け、ズタズタにし、朽ち果てさせるのだ。

 長い無力感の中で潮が満ちるように増した怒りは歳月にしたがって大きく育ってゆくに違いない。「歴史を変えることはできない」というプリーモ・レーヴィの宣言とも読める。しかしながら当事者以外は改竄(かいざん)された歴史を鵜呑みにし、歴史から目を背け、歴史を忘却し、同じ歴史を繰り返すのだ。殺戮(さつりく)が人間の業であれば、これを転換した宗教はいまだにない。むしろ宗教は虐殺の燃料として憎悪の火炎を拡大させた。

 あまりにも静かな精神は「変えることのできない過去」をじっと見つめていた。それが起こり得た世界を許すことは決してできないだろう。アウシュヴィッツを出ても、癒えぬ傷から血を流しながら生きてゆくことに変わりはない。まるで生きることは罪であるかのようだ。

2020-06-30

無責任な戦争アレルギー/『戦争と平和の世界史 日本人が学ぶべきリアリズム』茂木誠


『新戦争論 “平和主義者”が戦争を起こす』小室直樹
『日本国民に告ぐ 誇りなき国家は滅亡する』小室直樹
『日本の敗因 歴史は勝つために学ぶ』小室直樹
『悪の戦争学 国際政治のもう一つの読み方』倉前盛通

 ・無責任な戦争アレルギー

世界史の教科書
必読書リスト その四

 第二次世界大戦後の歴史教育は、戦争を悲惨なもの、あってはならないものとしてタブー視し、戦争について語ることさえはばかられるという風潮を作ってきました。サッカーの公式試合にぼろ負けしたチームが、敗因の分析をまったく行わず、「二度とサッカーはしない。ボールは持たない」と誓いを立てたのです。
 あの軍民合わせて300万人もの日本人を死に至らしめた満州事変から第二次世界大戦に至る戦争についても「そもそも間違っていた」と断罪するだけで、「なぜ負けたのか? 今後二度と負けないためにはどうすればよいのか?」という議論は封殺されてきたのです。
 しかし現実の世界では苛烈な「試合」が今も続いており、日本が望むと望まざるとにかかわらず、巻き込まれる可能性が高まってきました。北朝鮮の核兵器搭載可能な弾道ミサイルが日本列島の上空を通過し、中国海上警察の公船が日本の領海侵犯を繰り返しているのです。武力紛争に巻き込まれないためにはどうすればいいのか、もし巻き込まれた場合はどうするのか、を真剣に議論しないのは、あまりにも無責任だと思います。

【『戦争と平和の世界史 日本人が学ぶべきリアリズム』茂木誠〈もぎ・まこと〉(TAC出版、2019年)】

「ゲームに負けた」というカテゴライズだと戦争とサッカーにさしたる差はない。確かに。それまで馬関戦争薩英戦争など特定の地域が敗れたことはあった。黒船ペリーに膝は屈したものの倒れはしなかった。ニチベイ戦争は日本にとって初めての敗北であった。その衝撃はあまりにも大きかった。日本人の精神的な空白状態を衝いてGHQが洗脳を施した(WGIP)。吉田茂首相は粘り腰で老獪(ろうかい)な交渉を行ったが、マッカーサーの顔ばかり窺って国民の表情を見ることがなかった。日本人は一種のPTSD(心的外傷後ストレス障害)状態に陥り、生々しい記憶を封印した。明治以降の急激な近代化を想えば、虐待された幼児のような心理状態であったことだろう。

 敗戦の原因を軍部の暴走に求めるのは左翼史観で日本が民主政であった事実を見失っている。日清戦争の三国干渉以降、日本国民は臥薪嘗胆(がしんしょうたん)を合言葉にロシアへの報復を待った。その後日露戦争には勝利したものの大きな戦果はなかった。こうした心理的抑圧は第一次世界大戦の戦勝国となったことで益々肥大していったのだろう。抑圧を解消するには戦争をする他なかった。その姿は家庭内暴力に目覚めた中高生のような姿であった。しかし白人帝国主義を打ち破ったわけだから彼らの権益を奪ったことは大いなる戦果とせねばなるまい。

 GHQ支配の往時を知るアメリカ人は日本がいまだに憲法第9条を改正していない事実に皆驚く。「確かに我々はあの時、日本から爪と牙をもぎ取ったが、その後のことは自分たちで選択したのだろう。それをアメリカのせいにするのはお門違いだ」と言う。アメリカからの政治的圧力は現在でもある。日本の政治家は結局吉田茂と同じ道を歩んだといってよい。しかしながらそれは飽くまでも経済面に限られていた。

 戦争アレルギーは1960年代の学生運動や進歩的文化人の言論を通して強化された。彼らの目的は日本を「戦争のできない国」にすることだった。ソ連が侵略する地ならしをしていたのだ。ベトナム戦争反対運動やウーマンリブ運動は何となく時代の先端を行っているようなムードがあった。その後、左翼知識人は犯罪をおかした少年の権利を擁護し、ジェンダー問題(女性の権利)~セクハラ糾弾、環境問題など、手を変え品を変え伝統的文化の破壊を試みている。

 中国や北朝鮮は既に沖縄と北海道を侵略しつつあるが日本政府は何ら対応をしようとしていない。将棋でいえば先手が10手くらい指したような状態だ。ここから挽回するのは難しいだろう。日中戦争は必至と見ているが勝てる見込みが年々薄くなっている。

2020-06-29

税務調査を恐れる必要はない/『税務署員だけのヒミツの節税術 あらゆる領収書は経費で落とせる【確定申告編】』大村大次郎


『お坊さんはなぜ領収書を出さないのか』大村大次郎
・『あらゆる領収書は経費で落とせる』大村大次郎

 ・税務調査を恐れる必要はない

『お金の流れでわかる世界の歴史 富、経済、権力……はこう「動いた」』大村大次郎
『税金を払わない奴ら なぜトヨタは税金を払っていなかったのか?』大村大次郎
・『お金の流れでわかる世界の歴史 富、経済、権力……はこう「動いた」』大村大次郎
・『起業のためのお金の教科書』大村大次郎
・『お金の流れで読む日本の歴史 元国税調査官が「古代~現代史」にガサ入れ』大村大次郎
・『知らないと損する給与明細』大村大次郎

 所得控除の中には、雑損控除というものもあります。
 雑損控除というのは、災害、盗難、横領で、生活上の資産の被害を受けた場合に受けられる控除のことです。
 この雑損控除、一般の人はあまりご存知ないですよね? サラリーマンの方などもほとんど知らないのではないでしょうか?
 でもサラリーマンの方もちゃんと使えるのです。
 災害や盗難などの被害に遭った場合、その損失額が5万円以上だったら、控除の対象となるのです。スリに財布を盗まれたような場合も該当します。
 王女できる額は(被害額-5万円)です。
 たとえば、盗難に遭って50万円の被害に遭ったとします。この場合は、
 50万円-5万円=45万円
 この45万円を、所得から控除できるのです。税額にすれば、だいたい5万円から数十万円の還付になります。ただ詐欺による被害はダメです。詐欺の場合には自己責任の部分もあるということでしょうか。

【『税務署員だけのヒミツの節税術 あらゆる領収書は経費で落とせる【確定申告編】』大村大次郎〈おおむら・おおじろう〉(中公新書ラクレ、2012年)】

「税金は国家と国民の最大のコミュニケーション」(小室直樹)である。国家は道路を始めとするインフラや安全保障を提供し、国民は税と兵役を提供する。この交換関係・契約関係に国家-国民の基盤がある。元税務調査員の大村(仮名)がなぜ節税を勧めるのだろうか? それは日本が税を支払うに値しない国家であるからだ。メディアが情報の取捨選択をすることで大衆は目隠しをされている現状がある。昨年、消費税が10%に増税されたが、新聞・テレビはこれを推進し、国民は「やむなし」と判断した。大規模な反対運動やデモは起こっていないゆえ国民は合意したと判断できる。私はこれが日本を崩壊に導く楔(くさび)になったと考える。

 税務調査員には扶養家族が多いという。なぜなら別居でも扶養家族に入れることができるからだ。初耳だ。別居している親が年金収入一人約120万円以下であれば不要家族にすることができる。仕送り額の明確なルールは存在しない。また当然ではあるががフリーターやニートの子供も扶養家族にできる。大体、38~63万円の扶養控除が受けられる。更に夫が失業した場合、パートタイマーであっても妻の扶養家族にすることができる。

 領収書というのは、経費を証明する、重要な証票類ではあります。しかし、これがなくては絶対に経費として認められないのか、というとそうではないのです。実際に支払いがあるのなら、領収書がなくても経費として認められるのです。(中略)
 ですから、ちょっとした支払いや買い物ならば、レシートで十分なのです。レシートには、その支払内容と金額、日付などが明記されていますから、証票類として立派にその役目を果たすのです。
 何かの支払いをしたときに、必ず領収書をもらわなくてはならない、と思っている方も多いようですが、決してそうではありません。コンビニなどでも、わざわざ領収書をもらっている方をときどき見かけますが、あれはまったく無駄なことです。

 これは知っていた。レシートもない場合はメモ書きで十分だ。領収書の法的規定はない。要は事業に必要な経費として「いつ」「いくら」「何に」使ったかを証明できればいいわけだ。

 そして税金の申告は、原則として申告通りに認められます。つまり、納税者が申告した内容は、原則として認められるということです。税務当局は、申告内容に間違いがあるときに限って、それを修正させたり追徴したりできるわけです。
 つまり、納税者が「自分の申告が正しい」という証明をしなければ申告が認められないのではなく、税務当局がその申告が正しくないという証明をしない限り、申告は認められるのです。
 ということは、概算での申告であっても、一旦、申告は認められます。そしてその申告に誤りがあったときに初めて修正されたり、追徴されたりするわけです。

 税務調査と聞いただけで社長や個人事業主は震え上がってしまうものだが、実はそれほど恐れる必要はないことがわかった。ビクビクしてしまえば相手はそこに付け込んでくる。連中の仕事は「違反を見つてなんぼ」の世界である。思い上がったクズが多いようなので、一朝事が起こった場合は刺し違えてみせるほどの気概を見せておいた方がいいだろう。

 納税を年貢意識で支払っていれば国民が国家の主体となることはない。税務署の捕捉率は「トーゴーサン(10:5:3)」と言われる。サラリーマンは10割、自営業者は5割、農家が3割の所得を捕捉されているという意味だ。サラリーマンは源泉徴収で所得は完全にガラス張りだ。自営業者と農家は労働人口の1割ちょっとである。彼らが優遇されているのはどう考えてもおかしい。自民党が農家に甘いことはよく覚えておくべきだろう。

 大村は国民目線で税の不平等を指摘し続けている。高橋洋一でさえ言っていないような事実も多い。特に一貫して大企業や金持ち優遇のメカニズムを暴露している。立派な国をつくるためには国民が賢くなるしかない。なぜなら民主政で選ばれた政治家は国民の平均値を上回ることはないからだ。

TIMELAPSE OF THE FUTURE: A Journey to the End of Time (4K)


2020-06-28

アメリカに逆らうことができない日本/『戦後史の正体 1945-2012』孫崎享


 ・アメリカに逆らうことができない日本

日本の近代史を学ぶ

 しかしその後、発案者の高村(こうむら)大臣が内閣改造で外務省を去ります。ここで外務省内の風向きが変わりました。米国からの圧力によって、日本はハタミ大統領を招待するような親イラン政策をとるべきでないという空気がしだいに強くなったのです。
 けれども私も官僚として長年仕事をしてきましたので、物事を動かすためのそれなりのノウハウをもっています。そちらを総動員し、なんとかハタミ大統領の訪日にこぎつけました。このときハタミ大統領訪日の一環として、日本はイラクのアザデガン油田の開発権を得ることになったのです。この油田の推定埋蔵量は、260億バレルという世界最大規模を誇ります。非常に大きな経済上、外交上の成果でした。
 しかし、イランと敵対的な関係にあった米国は、
「日本がイランと関係を緊密にするのはけしからん、アザデガン油田の開発に協力するのはやめるべきだ」
 と、さらに圧力をかけてきました。日本側もなんとか圧力をかわそうと努力しましたが、結局最後は開発権を放棄することになりました。
 もし、日本がみずからの国益を中心に考えたとき、アザデガン油田の開発権を放棄するなどという選択は絶対にありえません。エネルギー政策上、のどから手がでるほどほしいものだからです。しかし米国からの圧力は強く、結局日本はこの貴重な権益を放棄させられてしまったのです。その後、日本が放棄したアザデガン油田の開発権は中国が手に入れました。
 私がかつてイランのラフサンジャニ元大統領と話をしたとき、彼が、
「米国は馬鹿だ。日本に圧力をかければ、漁夫の利を得るのは中国とロシアだ。米国と敵対する中国とロシアの立場を強くし、逆に同盟国である日本の立場を弱めてどうするのだ」
 といっていたことがありますが、まさにその予言どおりの展開です。アザデガン油田の開発権という外交上の成功は、結局、米国の圧力に屈したのです。
「なぜ日本はこうも米国の圧力に弱いのだろう」
 この問いは、私の外務省時代を通じて、つねにつきまとった疑問でもありました。

【『戦後史の正体 1945-2012』孫崎享〈まごさき・うける〉(創元社、2012年)】

 アメリカからの圧力は現場で働く官僚にまで及ぶという。もはや属国というレベルを超えている。市町村扱いだ。更にアメリカは圧力を掛けやすくするため首相周辺に権力が集中するよう仕向けているそうだ。

 アメリカに葬られた政治家といえば田中角栄が真っ先に浮かぶ。情報を寄せたアメリカの民間航空会社は司法取引で無罪放免だった。個人的にはロッキード事件を名を売った立花隆や堀田力〈ほった・つとむ〉はアメリカの犬だったと考える。小室直樹が孤軍奮闘して田中角栄を擁護したが刀の切っ先はどこにも届かなかった。

 田中が抹殺された理由は二つある。まず日中国交回復をアメリカに先んじて行ったこと。次にウラン取引に手を出したこと。一国の政治としては何もおかしなところはない。しかしアメリカは縄張りを侵されたと激怒した。我々が信じる資本主義における自由競争は全くの錯覚だ。

 読んでから7年ほど経つので記憶が曖昧だ。孫崎の政治的スタンスもよくわからない。刊行直後はネットやテレビによく登場していたが、その言動はやや思い込みが強く、老人特有の狷介(けんかい)さが滲(にじ)んでいた。ただし佐藤優がけちょんけちょんに貶(けな)していたので読む価値はあると考えてよい。

 まともな軍隊を持たない国は国家として一人前の扱いを受けない。もしも民主政が優れたシステムであれば中小国連合が覇権に対抗し得るはずだ。それが実現しないのは核兵器と金融によって世界がコントロールされているからだ。『沈黙の艦隊』は秀逸な軍事的なアイディアだが、もっと巧妙かつ静穏な長期的戦略でアメリカに対抗することが望ましい。