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2020-04-27

進化における平均の優位性/『病気はなぜ、あるのか 進化医学による新しい理解』ランドルフ・M・ネシー&ジョージ・C・ウィリアムズ


 ・進化医学(ダーウィン医学)というアプローチ
 ・自然淘汰は人間の幸福に関心がない
 ・痛みを感じられない人のほとんどは30歳までに死ぬ
 ・進化における平均の優位性
 ・平時の勇気、戦時の臆病

『迷惑な進化 病気の遺伝子はどこから来たのか』シャロン・モアレム、ジョナサン・プリンス
『失われてゆく、我々の内なる細菌』マーティン・J・ブレイザー

 たとえば、鳥の翼は、空にうまく舞い上がれるだけの長さがなければならず、鳥がコントロールを保てるほど短くなければならない。大嵐のあとで死んだ鳥の翼の長さを測ってみると、並外れて長いか、並外れて短いか鳥が期待値よりも多かった。生き残った鳥は、中間の(より最適に近い)長さの翼をもつ鳥に偏っていたのである。

【『病気はなぜ、あるのか 進化医学による新しい理解』ランドルフ・M・ネシー&ジョージ・C・ウィリアムズ:長谷川眞理子〈はせがわ・まりこ〉、長谷川寿一〈はせがわ・としかず〉、青木千里〈あおき・ちさと〉訳(新曜社、2001年)以下同】

 以前、抜き書きで紹介したテキストだが再掲。平均には優位性がある。よく知られた事実だが多くの人の顔のパーツの平均値でモンタージュされた画像は必ず美人(ハンサム)となる(ただし「絶世の」とはならない)。

 自然現象も社会現象もグラフ化すると正規分布に従うものが多い。グラフの線はベルカーブ(釣り鐘型)を描く。


 例えば極端に大きい人は着る物に困る。ま、両国に行けばその手の店はあるが。また戦争になれば的になりやすいことだろう。草食動物が肉食獣に襲われる時、真っ先に狙われるのは小さな子供である。動きも鈍いため直ぐ捕まる。

 知能や性格はどうだろう? 平均的であれば嫌われることが少ないだろう。突出した個性は嫌われやすい。「能ある鷹は爪を隠す」といった俚諺(りげん)や「韜晦」(とうかい)という言葉は平均を志向している。

 グッピーを、コクチバスと出会わせたときの反応によって、すぐ隠れる個体を「臆病」、泳いで去る個体を「普通」、やってきた相手を見つめる個体を「大胆」と、三つのグループに分ける。それぞれのグループのグッピーたちをバスと一緒に水槽に入れて放置しておく。60時間ののち、「臆病」なグッピーたちの40パーセントと「普通」なグッピーたちの15パーセントは生存していたが、「大胆」なグッピーは1匹も残っていなかった。

 戦時には臆病者が、平時には勇者が生き伸びるのだろう。英雄的人物は死ぬ確率が高い(『生き残る判断 生き残れない行動 大災害・テロの生存者たちの証言で判明』アマンダ・リプリー)。むしろ英雄は死ぬことで魂を残しているのだろう。

2014-01-01

生まれつき痛みを感じない人のほとんどは30歳までに死ぬ/『病気はなぜ、あるのか 進化医学による新しい理解』ランドルフ・M・ネシー&ジョージ・C・ウィリアムズ


 ・進化医学(またはダーウィン医学)というアプローチ
 ・自然淘汰は人間の幸福に関心がない
 ・痛みを感じられない人のほとんどは30歳までに死ぬ
 ・進化における平均の優位性
 ・平時の勇気、戦時の臆病

『迷惑な進化 病気の遺伝子はどこから来たのか』シャロン・モアレム、ジョナサン・プリンス
『失われてゆく、我々の内なる細菌』マーティン・J・ブレイザー

 非常にまれに、生まれつき痛みを感じない人がいる。そのような痛みから解放された生活は幸せのようだが、実はそうではない。痛みを感じとることができない人は、長いあいだ同じ姿勢でいることに不快感を感じないので、そわそわ身動きしないために、関節への血液の供給が損なわれ、青年期になるまでに関節が劣化してしまう。痛みを感じられない人のほとんどは、30歳までに死ぬ。

【『病気はなぜ、あるのか 進化医学による新しい理解』ランドルフ・M・ネシー&ジョージ・C・ウィリアムズ:長谷川眞理子、長谷川寿一、青木千里訳(新曜社、2001年)】

 明けましておめでとうございます。


 私の余生もあと20~30年と思われるので、一日一テキストを心掛けてゆきたい。

 歯科衛生士の女性から「この歯は神経を抜いてあるので痛みは感じませんよ」と言われた。すかさず「だったら、なぜすべての歯の神経を抜かないのだろう?」と訊(たず)ねると、「そうすると虫歯になっても痛みを感じなくなってしまいます」と答えた。で、彼女にこの話を紹介したわけ。

 痛みは生命の危機を告げるサインだ。我々は痛みを忌避するが、痛みを感じない人が若死にするという事実が逆説の真理となって胸に迫る。

 痛みと快楽は同一線上にある。極端に走れば死に向かうのも一緒だ。苦痛を解消するのに麻薬(麻酔)を使うことからも明らかだ。そして快楽に溺れる人は痛みに弱い。

 私が常々不思議に思うのは誰もが苦痛を知っているのに、他人の痛みに鈍感な人々がいることだ。きっと痛みと痛みが及ぼす心理的作用は別物なのだろう。

 日本の政治は社会保障を切り捨て増税に向かっている。彼らはとっくに死んでしまっていて、もはや人の顔すら持っていない。財務省、政治家、新聞社……。おお、国民の痛みから快楽を貪る人々よ。

 尚、進化医学に関してはシャロン・モアレム、ジョナサン・プリンスの『迷惑な進化 病気の遺伝子はどこから来たのか』という名著もある。

2009-03-16

自然淘汰は人間の幸福に関心がない/『病気はなぜ、あるのか 進化医学による新しい理解』ランドルフ・M・ネシー&ジョージ・C・ウィリアムズ


 ・進化医学(ダーウィン医学)というアプローチ
 ・自然淘汰は人間の幸福に関心がない
 ・生まれつき痛みを感じない人のほとんどは30歳までに死ぬ
 ・進化における平均の優位性
 ・平時の勇気、戦時の臆病

『迷惑な進化 病気の遺伝子はどこから来たのか』シャロン・モアレム、ジョナサン・プリンス
『失われてゆく、我々の内なる細菌』マーティン・J・ブレイザー

 人体は遺伝子の乗り物に過ぎないという考え方がある。

 私たちは、自然界の生物は幸せで健康なものだと考えたがるが、自然淘汰は、私たちの幸福には微塵も関心がなく、遺伝子の利益になるときだけ、健康を促進するのである。もし、不安、心臓病、近視、通風や癌が、繁殖成功度を高めることになんらかのかたちで関与しているならば、それは自然淘汰によって残され、私たちは、純粋に進化的な意味では「成功」するにもかかわらず、それらの病気で苦しむことだろう。

【『病気はなぜ、あるのか 進化医学による新しい理解』ランドルフ・M・ネシー&ジョージ・C・ウィリアムズ:長谷川眞理子、長谷川寿一、青木千里訳(新曜社、2001年)】

 つまり、子孫のために我が身を犠牲にする働きともいえる。子孫を残すためなら、いかなる病気も引き受け、苦痛にものた打ち回るってわけだ。まったく嫌な話だ。

 しかし、である。ヒトというのは生殖可能な期間が過ぎ去っても尚、生き延びる。老齢期が最も長い動物なのだ。これは、遺伝子本位の考えとどのような整合性を持つのであろうか。孫子に人生の智慧を伝授する役目でもあるのだろう。

 ダーウィン医学が胡散臭く思えるのは、例えば犯罪をも遺伝子の働きで説明しかねない雰囲気があるところだ。そして、生存競争に勝った時点から過去を読み解くわけだから、ちょっと後出しじゃんけんっぽいんだよね。

2008-11-04

進化医学(ダーウィン医学)というアプローチ/『病気はなぜ、あるのか 進化医学による新しい理解』ランドルフ・M・ネシー&ジョージ・C・ウィリアムズ


 ・進化医学(ダーウィン医学)というアプローチ
 ・自然淘汰は人間の幸福に関心がない
 ・痛みを感じられない人のほとんどは30歳までに死ぬ
 ・進化における平均の優位性
 ・平時の勇気、戦時の臆病

『迷惑な進化 病気の遺伝子はどこから来たのか』シャロン・モアレム、ジョナサン・プリンス
『失われてゆく、我々の内なる細菌』マーティン・J・ブレイザー

 ユニークな学術書。トリビアネタ満載。短い章立てとなっており、すんなり読める。ただし、訳文が酷い。

 進化医学の基本的な考えはこうだ――

 私たちは、自然界の生物は幸せで健康なものだと考えたがるが、自然淘汰は、私たちの幸福には微塵も関心がなく、遺伝子の利益になるときだけ、健康を促進するのである。もし、不安、心臓病、近視、通風や癌が、繁殖成功度を高めることになんらかのかたちで関与しているならば、それは自然淘汰によって残され、私たちは、純粋に進化的な意味では「成功」するにもかかわらず、それらの病気で苦しむことだろう。

【『病気はなぜ、あるのか 進化医学による新しい理解』ランドルフ・M・ネシー&ジョージ・C・ウィリアムズ:長谷川眞理子、長谷川寿一、青木千里訳(新曜社、2001年)】

 つまり、病気の至近要因と進化的要因とを区別し、「なぜそのようなDNAを持つに至ったのか」を探る医学である。もう少しわかりやすく言えば、「なぜ病気になったのか?」ではなく、「病気になる何らかの理由があるはずだ」というアプローチをする。で、「何らかの理由」とは「進化上、種(しゅ)全体にとって有利な」という意味だ。そしてDNAは「繁殖成功度を高める」方向にのみ進化し続ける。ま、必要悪としての病気と言ってよい。

 我々の身体は、暑いとダラダラと汗をかき、寒ければガタガタと震え、風邪をひけば高熱を発する。だがこれは一面的な見方で本当の意味は違う。汗をかくのは気化熱で身体を冷やすためであり、震えるのは体温を高めるためであり、高熱を発するのは体内の病原菌を死滅させるためなのだ。快適な生活空間は、こうした身体機能を損なっている可能性がある。そして対症療法的な医療も。

 仏法では生老病死と説き、成住壊空(じょうじゅうえくう)と断ずる。これ、万物流転のリズムか。ならば、病気は避けられない。となると、上手く付き合ってゆく他ない。病気を根絶することが進化上、有利かどうかは判断のしようがないためだ。その意味で、ダーウィン医学は東洋的なアプローチ法(運命論よりは宿命論に近い)といえる。

2008-05-09

エピジェネティクス(後成遺伝学)/『迷惑な進化 病気の遺伝子はどこから来たのか』シャロン・モアレム、ジョナサン・プリンス


オスの子孫に危険を「警告」する遺伝メカニズム、マウスで発見
『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』フランス・ドゥ・ヴァール
『ママ、最後の抱擁 わたしたちに動物の情動がわかるのか』フランス・ドゥ・ヴァール
『なぜ美人ばかりが得をするのか』ナンシー・エトコフ
『病気はなぜ、あるのか 進化医学による新しい理解』ランドルフ・M・ネシー&ジョージ・C・ウィリアムズ

 ・エピジェネティクス(後成遺伝学)

『あなたはプラシーボ 思考を物質に変える』ジョー・ディスペンザ
『失われてゆく、我々の内なる細菌』マーティン・J・ブレイザー
『ガン食事療法全書』マックス・ゲルソン
『日々是修行 現代人のための仏教100話』佐々木閑
『DNA再起動 人生を変える最高の食事法』シャロン・モアレム

必読書リスト その三

 祖父がアルツハイマーになった。著者が15歳の時だ。祖父が元気な頃、「体調がよくなる」と言って好んで献血をしていた。その理由を学校の先生や、かかりつけの医師に尋ねてみたがわからなかった。15歳の少年は医学図書館へ足繁く通い、遂にヘモクロマトーシスという珍しい遺伝性の病気を発見する。体内に鉄が蓄積される病気だった。少年は直感的に、ヘモクロマトーシスがアルツハイマーと関連していると推測した。だが、子供の話に耳を傾ける大人はいなかった。後年、シャロン・モアレムはこれを証明し、博士号をとった――こんな美しいエピソードからこの本は始まる。専門書にもかかわらずこれほど読みやすいのは、スピーチライター(ジョナサン・プリンス )の力もさることながら、最初の志を失わない研究態度に由来しているのだろう。

 遺伝子は「生命の設計図」といわれる。遺伝情報によって、罹(かか)りやすい病気がある。はたまた、「生きとし生けるものが必ず死ぬ」のも遺伝情報があるためだ。では、なぜわざわざ病気になるような遺伝子が子孫に伝えられてゆくのか?

 40年後にかならず死ぬと決まっている薬をあなたが飲むとしたら、その理由はなんだろう? その薬は、あなたが明日死ぬのを止めてくれるからだ。中年になるころ鉄の過剰蓄積であなたの命を奪うかもしれない遺伝子が選ばれたのはなぜだろう? その遺伝子は、あなたが中年に達するよりずっと前に死ぬかもしれない病気から守ってくれるからだ。

【『迷惑な進化 病気の遺伝子はどこから来たのか』シャロン・モアレム、ジョナサン・プリンス:矢野真千子訳(NHK出版、2007年)以下同】

 つまり、致死性の高い病気の流行から生き延びるために、ヒトは少々のリスクを選び取ったということらしい。当然、国や地域によって固有の遺伝情報が存在する。

 そう、進化はすごいが、完璧ではない。適応というのは言ってみればある種の妥協で、ある状況にたいする改良は別の面で不利益を生む。クジャクの美しい羽根はメスを引きつけるのにはいいが、捕食動物の目も引いてしまう。人類の二足歩行への進化は大きな脳を作ることを可能にしたが、胎児の頭が産道を通り抜けるときに母子ともにひどい苦痛をもたらしている。自然淘汰がはたらけば、いつも「よくなる」とはかぎらない。生存と種の保存の機会が少し高まるだけなのだ。

 その典型が「アレルギー」である。

 次に、身体全体がどれほど絶妙なシステムで健康を維持しているかという例を――

 僕たちの皮膚は太陽光にさらされるとコレステロールをビタミンDに変える。(中略)人間の体はよくできていて、体内に十分なコレステロールがある状態で夏場に日光を浴びておけば、冬場を切り抜けられるだけのビタミンDを備蓄できる。(中略)
 日焼けのもととなる紫外線を遮断する、いわゆる日焼け止めは、皮肉なことにビタミンDを作るのに必要なUVBも遮断してしまう。オーストラリアではこのところ国をあげて、皮膚癌予防のために「長袖シャツを着よう、日焼け止めを塗ろう、帽子をかぶろう」というキャンペーンを展開しているが、そのために予期せぬ結果が生じている。浴びる日光の量が減るとともに、オーストラリア人にビタミンD欠損症が増えているのだ。

 だれでも経験のあることだと思うが、皮膚の色は太陽の光を浴びることで一時的に濃くなる。いわゆる日焼けだ。人が自然な状態で太陽光にさらされると、ほぼ同時に下垂体が反応してメラノサイトの稼働率をアップさせるようなホルモンを出す。ところが、この増産命令は意外なものでじゃまをされる。下垂体は情報を視神経から得る。視神経が日光を感知するとその信号を下垂体に伝え、メラノサイトに増産命令を下す。そんなとき、サングラスをかけていたら? 視神経に届く日光の量が少ないので下垂体に送られる信号も少なくなり、下垂体が出すホルモンの量が減り、メラニンの生産量も減る。結果、日焼けによる皮膚の炎症を起こしやすくなる。もしあなたがいま、ビーチで紫外線カットのサングラスをかけてこの本を読んでくれているのなら、悪いことは言わない、そのサングラスをはずしたほうがいい。

 便利さや快適さが、本来受けるべきシグナルを遮断する。

「特定の人類集団は特定の遺伝的遺産を共有しており、その遺伝的遺産はそれぞれが暮らした環境に適応するようそれぞれの淘汰圧を受けた結果だ」

 科学や医学など、文明の発達によって淘汰圧は少なくなっている。ということは、遺伝子が進化(変化)するチャンスは少なくなりつつあるのだろう。それでも、環境汚染や食品添加物などは淘汰圧といえる。

 有機農業がときに諸刃(もろは)の剣(つるぎ)となることを説明するには、セロリがいい例になる。セロリはソラレンという物質を作って防衛している。ソラレンはDNAや組織を傷つける毒で、人間にたいしては皮膚の紫外線への感受性を高める性質をもつ。(中略)
 セロリの特徴は、自分が攻撃されていると感じると急ピッチでソラレンの大量生産をはじめることだ。茎に傷がついたセロリは無傷のセロリとくらべて100倍ものソラレンが含まれている。合成殺虫剤を使っている農家というのは、基本的には植物を敵の攻撃から守るためにそれを使っている(もっとも、殺虫剤を使うことでさまざまな別の問題も生み出しているわけだが、それについてはここでは割愛する)。有機栽培農家は殺虫剤を使わない。つまり、虫やカビの攻撃でセロリの茎が傷つくのをそのままにして、ソラレンの大量生産を野放しにしていることになる。殺虫剤の毒を減らそうとあらゆる努力をしている有機農家は、結果的に植物の天然の毒を増やしているというわけだ。
 いやはや、生き物の世界は複雑だ。

 この前後に、ウイルスが宿主としての人間をどのようにコントロールしているかが書かれていて実に面白い。普段のくしゃみは異物の混入を防ぐ行為だが、風邪をひいた時のくしゃみは、ウイルスを撒き散らすために行われている、というような発想がユニーク。

 でもって、著者が出した結論は何か――

 イーワルドは、病原体の進化のしくみを理解すれば毒力を弱めることは可能だと考えている。この考え方の基本はこうだ。「人間を動き回らせる以外には病原体を広める手段がない」という状況にしてしまえば、病原体は人間をとことん弱らせる方向には進化しないのではないか。

 このことから、僕たちはひじょうに重要なことを学べる。すなわち、抗生物質による「軍拡競争」で細菌をより強く、より危険にしてしまうのでなく、細菌を僕たちに合わせるよう変える方法を探ったほうがいいということだ。
 イーワルドはこう述べている。

 病原体の進化をコントロールすることで、その毒力を弱め、人類と共存しやすい病原体に変えていくことが可能になる。病原体が弱毒性のものになれば、私たちの大半はそれに感染したことさえ気づかなくなるかもしれない。つまりは、ほとんどの人が体内に無料の生きたワクチンを入れているような状態になるのだ。

 さて、ジャンクDNAの話をおぼえているだろうか? これは、タンパク質を作る指示である暗号(コード)を出さない「非コードDNA」だ。人間はなぜ、こんな役立たずの膨大なDNAを背負って進化の旅を続けているのだろう? そもそも科学者たちがこれらのDNA を「ジャンク」と呼ぶようになったのは、それが役立たずだと思ったからだ。しかし、その科学者たちもいまや、非コードDNAの役割に注目しはじめている。最初の鍵となったのはジャンピング遺伝子だった。
 科学者がジャンピング遺伝子の存在と重要性を認めるや、研究者たちは人間を含むあらゆる生き物のゲノムのそれを探しはじめた。そしてまず驚いたのは、非コードDNAの半分近くがジャンピング遺伝子で占められていることだった。さらに、もっと驚いたのは、ジャンピング遺伝子が特殊なタイプのウイルスにひじょうによく似ていることだ。どうやら、人間の DNAのかなりの割合はウイルス由来のようなのだ。

 ね、凄いでしょ。ドキドキワクワクが止まらんよ(笑)。本を読む醍醐味ってのは、こういうところにあるのだ。題して「ウイルスとの共生」。しかも、遺伝子自体がそのようにできてるってんだから凄い。

 昂奮のあまりまとまらないので、あとは抜き書きしておくよ(笑)。

 遺伝子があることと、その遺伝子が機能することは別なのだ。

 人間のエピジェネティクス(後成遺伝学)研究で、現在もっとも注目されているのは胎児の発生についてだ。受精直後の数日間、母親自身まだ妊娠したとは気づいていない時期が、かつて考えられていた以上に重要であることはいまや明白になっている。この時期に重要な遺伝子のスイッチが入ったり切れたりしている。また、エピジェネティックな信号が送られるのは早ければ早いほど、胎児にその指示が伝わりやすい。言ってみれば、母親の子宮は小さな進化実験室だ。新しい形質はここで、胎児の生存と発育に役に立つものかどうかが試される。役に立たないとわかったら、それ以上育てずに流す。実際に、流産した胎児には遺伝的な異常が多く認められている。
 エピジェネティックが小児肥満の大流行に関与している理由をここで説明しておこう。アメリカ人の奥さんが食べているいわゆるジャンクフードは、高カロリー高脂肪でありながら、栄養分、とくに胚の発生時に重要な栄養分がほとんど入っていない。妊娠1週目の妊婦が典型的なジャンクフード中心の食事をしていれば、胚は、これから生まれ出る外の世界は食糧事情が悪いという信号を受け取る。こうしたエピジェネティックな影響を複合的に受けて、さまざまな遺伝子がスイッチをオンにしたりオフにしたりしながら、少ない食料で生き延びられる体の小さな赤ん坊を作る。(中略)
 母親が妊娠初期に栄養不良だと、節約型の代謝をする体の小さな赤ん坊が生まれる。だがその節約型の代謝のせいで、その後はどんどん脂肪をためこんで太るというわけだ。

 エピジェネティック効果や母性効果の不思議について、ニューヨークの世界貿易センターとワシントン近郊で起きた9.11テロ後の数か月のことを眺めてみよう。このころ、後期流産の件数は跳ね上がった――カリフォルニア州で調べた数字だが。この現象を、強いストレスがかかった一部の妊婦は自己管理がおろそかになったからだ、と説明するのは簡単だ。しかし、流産が増えたのは男の胎児ばかりだったという事実はどう説明すればいいのだろう。
 カリフォルニア州では2001年の10月と11月に、男児の流産率が25パーセントも増加した。母親のエピジェネティックな構造の、あるいは遺伝子的な構造の何かが、胎内にいるのは男の子だと感じとり、流産を誘発したのではないだろうか。
 そう推測することはできても、真実については皆目わからない。たしかに、生まれる前も生まれたあとも、女児より男児のほうが死亡しやすい。飢餓が発生したときも、男の子から先に死ぬ。これは人類が進化させてきた、危機のときに始動する自動資源保護システムのようなものなのかもしれない。多数の女性と少数の強い男性という人口構成集団のほうが、その逆よりも生存と種の保存が確実だろうから。(1995年の阪神大震災後も同様の傾向が出ている)

 すでにご存じのことと思うが、癌というのは特定の病気の名前ではない。細胞の増殖が軌道を外れて暴走してしまう病気の総称だ。

 おそらく、老化がプログラムされていることは個人にとって有益なのではなく、種にとって進化上有益なのだろう。老化は「計画された旧式化」の生物版ではないだろうか。計画された旧式化とは、冷蔵庫から自家用車まで、あらゆる工業製品に「賞味期限」をあたえるという概念だ。