2008-05-19

美は生まれながらの差別/『なぜ美人ばかりが得をするのか』ナンシー・エトコフ


『迷惑な進化 病気の遺伝子はどこから来たのか』シャロン・モアレム、ジョナサン・プリンス

 ・美は生まれながらの差別

整形手術の是非あるいは功罪
『売り方は類人猿が知っている』ルディー和子
『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』フランス・ドゥ・ヴァール
『ママ、最後の抱擁 わたしたちに動物の情動がわかるのか』フランス・ドゥ・ヴァール

必読書リスト その三

「まともなコラムニストが読めば、死ぬまでネタには困らないだろう」――と思わせるほど、てんこ盛りの内容だ。タイトルはやや軽薄だが、内容は“濃厚なチョコレートケーキ”にも似ていて、喉の渇きを覚えるほどだ。著者は心理学者だが、守備範囲の広さ、興味の多様さ、データの豊富さに圧倒される。アメリカ人の著作は、プラグマティズムとマーケティングが根付いていることを窺わせるものが多い。

 人びとは美の名のもとに極端なことにも走る。美しさのためなら投資を惜しまず、危険をものともしない。まるで命がかかっているかのようだ。ブラジルでは、兵士の数よりエイヴォン・レディ(エイヴォン化粧品の女性訪問販売員)のほうが多い。アメリカでは教育や福祉以上に、美容にお金がつぎこまれる。莫大な量の化粧品――1分あたり口紅が1484本、スキンケア製品2055個――が、売られている。アフリカのカラハリ砂漠のブッシュマンは、旱魃(かんばつ)のときでも動物の脂肪を塗って肌をうるおわせる。フランスでは1715年に、貴族が髪にふりかけるために小麦粉を使ったおかげで食糧難になり、暴動が起きた。美しく飾るための小麦粉の備蓄は、フランス革命でようやく終わりを告げたのだった。

【『なぜ美人ばかりが得をするのか』ナンシー・エトコフ:木村博江訳(草思社、2000年)以下同】

 もうね、最初っから最後までこんな調子だよ(笑)。学術的な本なんだが、「美の博物館」といった趣きがある。雑学本として読むことも十分可能だ。それでいて文章が洗練されているんだから凄い。

 手っ取り早く結論を言ってしまうが、「美人が得をする」のは遺伝子の恵みであり、進化上の勝利のなせる業(わざ)だった。

 美は普遍的な人間の経験の一部であり、喜びを誘い、注意を引きつけ、種の保存を確実にするための行動を促すもの、ということだ。美にたいする人間の敏感さは本性であり、言い換えれば、自然の選択がつくりあげた脳回路の作用なのだ。私たちがなめらかな肌、ゆたかで艶(つや)のある髪、くびれた腰、左右対称の体を好ましく感じるのは、進化の過程の中で、これらの特徴に目をとめ、そうした体の持ち主を配偶者に選ぶほうが子孫を残す確率が高かったからだ。私たちはその子孫である。

 科学的なアプローチをしているため、結構えげつないことも書いている。例えば、元気で容姿が可愛い赤ちゃんほど親に可愛がられる傾向が顕著だという。つまり、見てくれのよくない子に対しては本能的に「劣った遺伝情報」と判断していることになる。更に、家庭内で一人の子供が虐待される場合、それは父親と似てない子供である確率が高いそうだ。

 ビックリしたのだが、生後間もない赤ん坊でも美人は判るらしいよ。実験をすると見つめる時間が長くなるそうだ。しかも人種に関わりなく。するってえと、やはり美は文化ではなく本能ということになる。

 また背の高さが、就職や出世に影響するというデータも紹介されている。

 読んでいると、世間が差別によって形成されていることを痛感する(笑)。そう、「美は生まれながらの差別」なのだ。ただし、それは飽くまでも「外見」の話だ。しかも、その価値は異性に対して力を発揮するものだ。当然、「美人ではあるが馬鹿」といったタイプや、「顔はキレイだが本性は女狐(めぎつね)」みたいな者もいる。男性であれば、結婚詐欺師など。

 人びとは暗黙のうちに、美は善でもあるはずだと仮定している。そのほうが美しさに惹かれるときに気持ちがよく、正しい世界に感じられる。だが、それでは人間の本性にある矛盾や意外性は否定されてしまう。心理学者ロジャー・ブラウンは書いている。「なぜ、たとえばリヒャルト・ワーグナーの謎に関する本が2万2000種類も書けるのか。その謎とは、崇高な音楽(『パルジファル』)や高貴でロマンチックな音楽(『ローエングリン』)、おだやかな上質のユーモアにあふれる音楽(『マイスタージンガー』)を書けた男が、なぜ熱心な反ユダヤ主義者で、誠実な友人の妻(コジマ・フォン・ビューロー)を誘惑し、嘘つき、ペテン師、策士、極端な自己中心主義者、遊蕩(ゆうとう)者でもあったかということだ。だが、それがいったい意外なことだろうか。本当の謎は、経験を積み、人格や才能にはさまざまな矛盾がまじりあうことを承知しているはずの人びとが、人格は道徳的に一貫しているべきだと信じている、あるいは信じるふりをしていることだ」

 でも、幸福の要因は「美しい心」「美しい振る舞い」「美しい生きざま」にあるのだと思う。



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