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2014-04-11

フレーミング効果/『感性の限界 不合理性・不自由性・不条理性』高橋昌一郎


『ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論』高橋昌一郎
『理性の限界 不可能性・不確定性・不完全性』高橋昌一郎
『知性の限界 不可測性・不確実性・不可知性』高橋昌一郎

 ・フレーミング効果

『予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』ダン・アリエリー
『隠れた脳 好み、道徳、市場、集団を操る無意識の科学』シャンカール・ヴェダンタム
『意識は傍観者である 脳の知られざる営み』デイヴィッド・イーグルマン

認知科学者●私たちも、行動経済学の成果を研究する必要がありそうですね。とくに今のお話にあった「フレーミング効果」に関連して、興味深い実験結果があります。
 これはミシガン大学の心理学者ポール・スロヴィックが行った実験なのですが、被験者になったのは、アメリカ法廷心理学会に所属する心理学者と精神科医の479名でした。彼らは、長年の経験を積んだ大学や研究組織の所属社で、さまざまな裁判で専門的な意見を述べる法廷心理学の専門家ばかりです。
 スロヴィックは、この専門家集団をランダムに二つのグループに分けて、「精神疾患を抱えたヴェルディ氏」を退院させるか否かについての意見を求めました。ヴェルディ氏は、暴力的傾向を抑制できずに強制入院させられた患者ですが、すでに治療が終わり、現時点での精神は安定しています。
 二つのグループには、ヴェルディ氏の事件記録やカルテなど、まったく同じレポートが渡されましたが、最後の専門医師による所見のみが異なっていました。
 第一のグループに渡された所見は「ヴェルディ氏のような患者が退院後半年の間に暴力行為を繰り返す確率は、20パーセントであると思われる」であり、第二のグループに渡された所見は、「ヴェルディ氏のような患者は、退院後半年の間に、100人中20人が暴力行為を繰り返すと思われる」でした……。

司会者●ちょっとお待ちください。私の聞き間違いでしょうか、「20パーセント」と「100人中20人」だったら同じことですよね?

認知科学者●そうです。聞き間違いではなく、スロヴィックは、まったく同じことを二つのグループで表現を変えて述べただけのことです。
 ところが、結果は驚くべきものでした。ヴェルディ氏の退院に対して、第一のグループでは21パーセントが反対したのに対し、第二のグループではその倍の41パーセントが反対したのです!

大学生C●信じられない! どうしてそんなことになったんですか?

認知科学者●それは私の方が伺いたいくらいですよ。その原因がヒューリスティックバイアスであることはわかっていますが、なぜそんな結果になるのかは、現在の認知科学の中心課題のひとつですからね。

大学生A●つまり、言い方の問題ですよね。私にはわかるような気がします。「20パーセント」と言われてもピンとこないけど、「100人中20人」が暴力行為に及ぶと言われたら、実際に暴力行為を行っている人間の姿が浮かんできますから、こちらの方が感情を刺激するのではないでしょうか?

【『感性の限界 不合理性・不自由性・不条理性』高橋昌一郎〈たかはし・しょういちろう〉(講談社現代新書、2012年)】

 高橋昌一郎の限界シリーズ第4作(『ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論』を「数学の限界」とする)。今回のディスカッションは行動経済学&認知科学入門である。偏った知識に全体観を与えてくれる好著。高校のテキストにするべきだと思う。若いうちに読んでおけば無駄な読書をしなくて済むことだろう。軽めの読み物でありながら軽薄に堕していないところがミソ。議論の本筋と関係のない部分にまで細心の注意が払われている。

 フレーミング効果で最もよく知られているのは以下の問いである。

“フレーミング効果”言葉遣いの極意

 マッテオ・モッテルリーニダン・アリエリーを読んだ人にはお馴染みの話。言葉が与える印象によって我々は判断を変えるのだ。マーケティングではこれが悪用される。っていうか、元々アメリカでは心理学とマーケティングは手を携えて歩んできた経緯がある(ヴァンス・パッカード)。

 ヒューリスティクスとは直感的に素早く結論を出す方法のこと(『世界は感情で動く 行動経済学からみる脳のトラップ』マッテオ・モッテルリーニ)。これはAI(人工知能)の大きな課題のひとつでもある。直感は合理的ではないが時間を節約できる。我々はあらゆる事態を想定し得るほどの頭脳をもっていないし、そんな真似をしていたら外を歩くこともできない。行動には大なり小なりリスクが伴う。

 ダン・アリエリーは「消費者が支払ってもいいと考える金額は簡単に操作することができる」と指摘している(『予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』ダン・アリエリー)。比較する行為には罠が仕掛けられている。

 そう考えると、印象がどれほど当てにならないかが理解できよう。よい印象にせよ、悪い印象にせよ、なぜそう認知したかを我々は説明することができない。説明されたものは全部後付けである。どのように「よい」かを説明することは可能だが、なぜ「よい」かは説明不能なのだ。

「感性の限界」は「本能の限界」でもある。合理性を欠けば騙されやすくなる。バイアスとは歪みを意味するが、認知そのものにバイアスがある以上、歪んだ情報を受け取っている自覚が必要だ。私の瞳が世界をありのままに見つめることは決してない。見たいものを見たいように見ているだけのことだ。

 国家や企業の嘘を鋭く見抜くためにも本書は有益だ。

感性の限界――不合理性・不自由性・不条理性 (講談社現代新書)
高橋 昌一郎
講談社
売り上げランキング: 35,993

2008-11-16

ゲーデルの生と死/『ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論』高橋昌一郎


『死生観を問いなおす』広井良典

 ・ゲーデルの生と死
 ・すべての数学的な真理を証明するシステムは永遠に存在しない
 ・すべての犯罪を立証する司法システムは永遠に存在しない
 ・アインシュタイン「私は、エレガントに逝く」
 ・クルト・ゲーデルが考えたこと

『理性の限界 不可能性・確定性・不完全性』高橋昌一郎
『知性の限界 不可測性・不確実性・不可知性』高橋昌一郎
『感性の限界 不合理性・不自由性・不条理性』高橋昌一郎

宗教とは何か?
必読書 その三

 ゲーデルの不完全性定理入門。これは良書。新書でこれだけの内容を盛り込めるのだから、高橋昌一郎の筆力恐るべし。ただ、読点が多過ぎるのが気になった(「、ゲーデルが、」が目立つ)。

 巻頭でゲーデルの人生がスケッチされているが、これまた秀逸。一気に引き込まれる――

 クルト・ゲーデルは、1978年1月14日、71歳で生涯を閉じた。死亡診断書に記載された死因は、「人格障害による栄養失調および飢餓衰弱」である。身長5フィート7インチ(約170センチメートル)に対して、死亡時の体重は65ポンド(約30キログラム)にすぎなかった。死の直前のゲーデルは、誰かに毒殺されるという強迫観念に支配された。そのため、食事を摂取できなくなり、医師の治療も拒否して、自らを餓死に追い込んだのである。彼は、椅子に座ったまま、胎児のような姿勢で亡くなっていた。
 3月3日、ゲーデルの追悼式典が、プリンストン高等研究所で開催された。司会を務めた数学者アンドレ・ヴェイユは、「過去2500年を振り返っても、アリストテレスと肩を並べると誇張なく言えるのは、ゲーデルただ一人である」と述べた。このような賛辞は、ゲーデルにとって生存中から珍しいものではない。
 すでに1950年代、高等研究所所長だったロバート・オッペンハイマーは、入院中のゲーデルの担当医師に向かって、「君の患者は、アリストテレス以来の最大の論理学者だからね」と声をかけている。70年代には、物理学者ジョン・ホイーラーが、「アリストテレス以来の最大の論理学者と呼ぶくらいでは、ゲーデルを過小評価しすぎだ」と述べている。天才的と呼ばれる数学者や物理学者にとっても、ゲーデルは、さらに別格の天才だったのである。
 1929年、23歳のゲーデルは、ウィーン大学博士論文で「完全性定理」を証明した。この定理は、古典論理の完全性を表したもので、アリストテレスの三段論法に始まる推論規則が完全にシステム化されることを示している。つまり、ゲーデルは、完全性定理によって古典論理学を完成させたのであり、この時点でアリストテレスと肩を並べたと言っても、過言ではない。
 その翌年、24歳のゲーデルは、「不完全性定理」を証明した。この定理は、古典論理とは違って、自然数論を完全にシステム化できないことを表している。一般に、有意味な情報を生み出す体系は自然数論を含むことから、不完全性定理は、いかなる有意味な体系も完全にシステム化できないという驚異的な事実を示したことになる。オッペンハイマーが「人間の理性一般における限界を明らかにした」と述べたように、不完全性定理は、人類の世界観を根本的に変革させたのである。

【『ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論』高橋昌一郎〈たかはし・しょういちろう〉(講談社現代新書、1999年)】

 で、不完全性定理だ。昨今の科学本には、量子力学と共に必ず登場する。いやはや私も衝撃を受けた。心底驚いたよ。

 本物の学説は、それまでの研究成果を台無しにする破壊力に満ちている。それは、まさしく「革命」の名に値する。何とはなしに、「ブッダやイエスが説いた教えを初めて聞いた人々も、こんな衝撃を受けたんだろうな」と思ってしまうほど。

 数学が神の領域に達する様相は、実にスリリングで脳味噌が激しく揺さぶられる。



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