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2022-02-22

トイレに一冊/『会社四季報 業界地図2022年版』


 ・トイレに一冊


 ま、有り体に言ってしまえば、税金と消費の動向が見えてくる。家計であれば家賃・食料・自動車・保険・学費あたりがメインか。介護とコンビニが肩を並べている事実を知って驚いた。

 日経平均は3万円を突破すると売り浴びせを喰らい、次が三度目の正直となる。世界市場を見渡せば最高値の3万9000円を軽々と超えてもいい状況なのだが、なぜか日本の株価は低迷を続けている。緩和マネーは外国に向かったのであろうか?

 私は現物の取引は行っていないが、時折こうした本に目を通しておくとニュースの見方が変わる。北京冬季五輪も終了したので、いよいよ戦争リスクが高まることだろう。ウクライナではCIAの偽旗作戦が行われているようだが、大掛かりな戦闘にはならないような気がする。

 日本人には中国を軽んじる傾向があるが、国際ユダヤ資本が中国を選ぶようなことがあると世界は一変する。ダボス会議が示した「グレート・リセット」との指標を軽んじてはなるまい。ニクソン・ショックから半世紀が経った。そろそろドル崩壊の時期が訪れると考える。

2022-01-10

技と術/『プロフェッショナルの条件 いかに成果をあげ、成長するか』P・F・ドラッカー、『言語表現法講義』加藤典洋


『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ
『アドラー心理学入門 よりよい人間関係のために』岸見一郎
『手にとるようにNLPがわかる本』加藤聖龍

 ・技と術

 西暦1700年か、あるいはさらに遅くまで、イギリスにはクラフト(技能)という言葉がなく、ミステリー(秘伝)なる言葉を使っていた。技能をもつ者はその秘密の保持を義務づけられ、技能は徒弟にならなければ手に入らなかった。手本によって示されるだけだった。

【『プロフェッショナルの条件 いかに成果をあげ、成長するか』P・F・ドラッカー:上田惇生〈うえだ・あつお〉編訳(ダイヤモンド社、2000年)】

 既に何度も紹介してきたテキストである。個人的には「ミステリー=密教」と読めた。科学は顕教(けんぎょう)である。顕教であるがゆえに訂正され、多くの人々に受け継がれ、そして発展してゆく。一子相伝の秘技は途絶える可能性が高い。

 学、論、法、と来て、さらにいっそう頭より手の方の比重が大きくなると、何になるか、というと、これが術、なんです。術、というのは、アートです。芸術もアート、でも芸術は昔はファイン・アートとファインがついて、美術でした。アートは、技術。フランス語でアルチザンといえば、職人さん。これは、手の比重の方が頭より大きい。そのことで少し頭を楽にしてあげる領域です。

【『言語表現法講義』加藤典洋〈かとう・のりひろ〉(岩波書店、1996年)】

 忘れ得ぬテキストである。ちょうどクリシュナムルティを読んでいた影響もあった。クリシュナムルティが使う術という言葉には確かにアートの意味が込められていた。

 仏教の経論釈広略要とも似通っている。たぶん密教が目指したのは術であったのだろうが、術が目的化したところに形骸化した葬式仏教の原因があったように思われる。マンダラ・マントラ・手印などは瞑想から離れる行為だ。悟りよりも修行を重んじるのは本末転倒だろう。

 現代社会において技と術はスポーツや芸術の専売特許になってしまった感がある。生活や人生における技と術の意味を考える必要があろう。

 

術と法の違い/『湖底の城 呉越春秋』宮城谷昌光

2021-11-17

イノベーションに挑む気概/『ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか』ピーター・ティール with ブレイク・マスターズ


『独創は闘いにあり』西澤潤一
『まず、ルールを破れ すぐれたマネジャーはここが違う』マーカス・バッキンガム&カート・コフマン

 ・イノベーションに挑む気概

『ジャック・マー アリババの経営哲学』張燕
『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』藤井保文、尾原和啓
『シリコンバレー最重要思想家ナヴァル・ラヴィカント』エリック・ジョーゲンソン
『お金2.0 新しい経済のルールと生き方』佐藤航陽
『Dark Horse(ダークホース) 「好きなことだけで生きる人」が成功する時代』トッド・ローズ、オギ・オーガス

 ビジネスに同じ瞬間は二度とない。次のビル・ゲイツがオペレーション・システムを開発することはない。次のラリー・ペイジとセルベイ・ブリンが検索エンジンを作ることもないはずだ。次のマーク・ザッカーバーグがソーシャル・ネットワークを築くこともないだろう。彼らをコピーしているようなら、君は彼らから何も学んでいないことになる。
 もちろん、新しい何かを作るより、在るものをコピーするほうが簡単だ。おなじみのやり方を繰り返せば、見慣れたものが増える。つまり1がnになる。だけど、僕たちが新しい何かを生み出すたびに、ゼロは1になる。何かを創造する行為は、それが生まれる瞬間と同じく一度きりしかないし、その結果、まったく新しい、誰も見たことのないものが生まれる。
 この、新しいものを生み出すという難事業に投資しなければ、アメリカ企業に未来はない。現在どれほど大きな利益を上げていても、だ。従来の古いビジネスを今の時代に合わせることで収益を確保し続ける先には、何が待っているだろう。それは意外にも、2008年の金融危機よりもはるかに悲惨な結末だ。今日の「ベスト・プラクティス」はそのうちに行き詰まる。新しいこと、試されていないことこそ、「ベスト」なやり方なのだ。
 行政にも民間企業にも、途方もなく大きな官僚制度の壁が存在する中で、新たな道を模索するなんて奇跡を願うようなものだと思われてもおかしくない。実際、アメリカ企業が成功するには、何百、いや何千もの奇跡が必要になる。そう考えると気が滅入りそうだけれど、これだけは言える。ほかの生き物と違って、人類には奇跡を起こす力がある。僕らはそれを「テクノロジー」と呼ぶ。
 テクノロジーは奇跡を生む。それは人間の根源的な能力を押し上げ、【より少ない資源でより多くの成果を可能にしてくれる】。人間以外の生き物は、本能からダムや蜂の巣といったものを作るけれど、新しいものやよりよい手法を発明できるのは人間だけだ。人間は、天から与えられた分厚いカタログの中から何を作るかを選ぶわけではない。むしろ、僕たちは新たなテクノロジーを生み出すことで、世界の姿を描き直す。それは幼稚園で学ぶような当たり前のことなのに、過去の成果をコピーするばかりの社会の中で、すっかり忘れられている。

【『ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか』ピーター・ティール with ブレイク・マスターズ:関美和〈せき・みわ〉訳(NHK出版、2014年)】

 瀧本哲史の長い序文が余計だ。翻訳の文体が合わないため挫折した。

 キリスト教文化特有の思い上がりが滲み出た文章だが、イノベーションに挑む気概は見上げたものだ。特に「出る杭は打たれる」風潮が強い我が国の産業界は耳を傾ける意見だろう。

 輝かしい学歴を手にした若者が官僚や大企業のサラリーマンになるのは嘆かわしい限りだ。「グーグル、アップル、ヒューレット・パッカード(HP)、マイクロソフト、アマゾンはいずれもガレージから始まったと言われている」(成功はガレージから始まる…5つの巨大テック企業が生まれた場所を見てみよう | Business Insider Japan)。形ではない。アイディア勝負なのだ。パナソニック、ソニー、ホンダなど日本を代表するメーカーも本を正せばベンチャー企業であった。

 ピーター・ティールイーロン・マスクとPayPalを創業した。フィンテックの走りである。今となってはスマホ決済(電子マネー)の影に隠れてしまった感があるが当時は革命的だった。日本語化が遅れたせいで普及は今ひとつであったように思う。

 ビッグテックのCEOが巨額の資産を有することがともすると批判的に受け止められているが、まず我々一般人が学ぶべきは彼らが巨富を手にしても尚働き続ける事実である。食べるために働く人々とは生きる次元が異なるのだろう。まして、やりたくもない仕事を嫌々させられている面々とは隔絶した別世界に住んでいる。成功は飽くまでも副次的なものであって、彼らにとっては「世界の仕組みを変えること」こそが働く目的なのだろう。

 レールの上を走る人生は安全ではあるが人跡未踏の地に至ることはない。困難の度が増せば増すほど開拓の喜びは大きいのだろう。

2021-10-19

農業の大規模化と個別化/『稼げる!新農業ビジネスの始め方』山下弘幸


『[農業]商売の始め方・儲け方』大森森介

 ・農業の大規模化と個別化

 オランダが先進的な農業国であることは知られていますが、それもICTIoTを活用しているからです。
 オランダの国土面積(3万7000平方キロ)は日本の国土面積(37万7900平方キロ)のおよそ10分の1しかありませんが、平坦な土地が多いため、耕地面積は日本の445万ヘクタールに対して、オランダの184万ヘクタールとおよそ4分の1程度です。
 また、総人口に対する農業者人口とその比率は、日本が3.7%で約290万人、オランダが2.8%で約15万人ですが、農家1戸あたりの農地面積は日本が2.8ヘクタールに対して、オランダは25.9ヘクタールとなっています。
 そのオランダの農業輸出は866億ドルと、1位のアメリカの1449億ドルにつぐ規模です。日本の農業輸出33億ドルの26倍にも相当します(輸出額の2012年の数値)。また、農業就業人口1人あたりの生産額は日本の14倍とも言われています。
 オランダ農業の特徴は、自国に強みのある品目に集中している点にあります。
 たとえばトマト、パプリカ、キュウリなどの施設園芸に特化しているのです。この農業モデルは、オランダが通商国家として発展する過程で培われたものだとされています。17世紀初頭のヨーロッパでは、オランダで栽培されるチューリップがたいへんな人気となり、球根の値段が高騰したあげく、チューリップバブルが発生したほどです。

【『稼げる!新農業ビジネスの始め方』山下弘幸〈やました・ひろゆき〉(すばる舎、2018年)】

 飛ばし読みしようと思ったのだが全部読んでしまった。よく勉強していて目配りが利いている。ビジネス書としてもおすすめできる。

 元々オランダは小規模農家が多かったがEU統合を契機に大規模化が進んだという。日本の農業は規制まみれで大規模化を妨げている。本書では安倍首相が風穴を空けた事実が紹介されているが、それでもまだ道半ばである。

 食糧安全保障という側面から考えれば大規模化せざるを得ない。私は国民兵農化が望ましいと考えているので、一人ひとりが何らかの作物を作ることを目指すべきであると主張したい。

 日本という国家には昔から戦略がない。常に行きあたりばったりである。その最たるものが大東亜戦争だった。各兵士は世界最強であったが指揮官が愚劣すぎた。現在の政治家を見ても、「私は日本をこうする!」という演説を聞いたことがない。細かい政策に終始している。

 まずは憲法改正である。「憲法を改正して中国共産党から日本を守ります!」という政治家を我々は必要としているのだ。次に官僚機構を再編成し、縦割り行政を解消する。更に文科省とNHKから左翼を一掃する。続いて農業革命である。農地と農家の流動化を図る。補助金行政も見直し、まともなインセンティブにすることが望ましい。

 コンビニ各社も地産地消の一翼を担うべきだろう。

2021-08-11

売春に罰則があるのは管理売春のみ/『紀州のドン・ファン 美女4000人に30億円を貢いだ男』野崎幸助


 私のお金目当てで原田容疑者は交際していた……。そのように世間が思うのは自由です。それと同様に、彼女は本気で自分と付き合っていたと考えるのも自由なはずです。世の中には財産を目当てに結婚する人がいることも知っています。反対に愛情だけで結婚するカップルもいるでしょうし、ある程度の打算で結婚するカップルもいることでしょう。
 私はそのどれも否定はいたしません。実際問題として私はエッチのお礼に毎回30万から40万円の謝礼を渡しています。それが高価だからと文句を言われる筋合いはありません。これが私の思考回路です。
 これを売春行為だと指摘する方がいるようです。しかし、そうではありません。売春防止法により売春は罪とされていますが、これには罰則規定がありません。それは、あまりにもグレーな範疇(はんちゅう)であるからです。ホステスに高価なプレゼントをして、その結果、エッチまで行ったとします。これは売春と言えるでしょうか。また、二人で高価な食事をし、(男からでも、女からでも)ブランド物のバッグをプレゼントしてエッチするカップルもいます。それを売春とは言いません。
 売春に罰則があるのは管理売春という罪でして、これは生業(なりわい)として女性を管理、ピンハネをして性行為をさせるというものです。
 私の場合、金銭がモロに出ているので品がないと思う方もいるでしょうが、正直にエッチをしたいから、その対価としてお金を渡しているわけです。高価なプレゼントを渡しても、それを後で換金する女性もいます。むしろ私のほうがよほどストレートで素直です。それに、決して嫌がる女性と無理やりエッチをしているわけではありません。

【『紀州のドン・ファン 美女4000人に30億円を貢いだ男』野崎幸助(講談社+α文庫、2016年)以下同】

 何となく手に取ったのだが面白くて一気読みした。「善人は殺される」との印象を抱いたが実のところはそうでもなさそうだ。ゴーストライターがいるようなのでそこそこ脚色が施されているのだろう。

 もう随分前になるが「結婚も売春である」と主張する人物のメーリングリストがあった。要は経済行為という捉え方なのだろう。資本主義社会においてマネーは狩猟の得点と化す。経済的な余裕は子孫を残す目的に有利に働く。学歴や家柄なども同様で、一切は生存競争という観点から計算される。

「飲む・打つ・買う」という言葉があります。
 私は酒はビールを少々だけで、オッパイは吸いますけれどタバコは吸いません。

 かような茶目っ気が随所に出てくる。

 また、訴訟相手の弁護士と裏で通じて依頼者を丸め込もうとする弁護士も少なくありません。たとえば1000万円の損害賠償請求裁判の場合、500万を落としどころにして裏金を向こうから勝手に取って和解してしまうことがあるのです。
 本来なら顧客である依頼者の意向に沿って、最後まで争うのか、それとも和解に持ち込むのか決めるのが弁護士の仕事です。にもかかわらず、なんだかんだと理屈をこねて自分のやりたい方向に引っ張っていく弁護士のいかに多いことか。

弁護士を信用するな/『証拠調査士は見た! すぐ隣にいる悪辣非道な面々』平塚俊樹

 軽いビジネス書として読むのがいいだろう。コンドームの訪問販売から金貸し業に転じる件(くだり)も若い人には参考になるだろう。

2021-07-01

田中清玄の右翼人物評/『田中清玄自伝』田中清玄、大須賀瑞夫


『日本の秘密』副島隆彦
『ある明治人の記録 会津人柴五郎の遺書』石光真人
『守城の人 明治人柴五郎大将の生涯』村上兵衛
『自衛隊「影の部隊」 三島由紀夫を殺した真実の告白』山本舜勝
『消えたヤルタ密約緊急電 情報士官・小野寺信の孤独な戦い』岡部伸
『日本のいちばん長い日 決定版』半藤一利
『機関銃下の首相官邸 二・二六事件から終戦まで』迫水久恒
『昭和陸軍謀略秘史』岩畔豪雄

 ・会津戦争のその後
 ・昭和天皇に御巡幸を進言
 ・瀬島龍三を唾棄した昭和天皇
 ・田中清玄の右翼人物評

『陸軍80年 明治建軍から解体まで(皇軍の崩壊 改題)』大谷敬二郎
『軍閥 二・二六事件から敗戦まで』大谷敬二郎
『徳富蘇峰終戦後日記 『頑蘇夢物語』』徳富蘇峰

日本の近代史を学ぶ
必読書リスト その四

 ――話は飛びますが、安岡正篤氏とはお付き合いがありましたか。

 全然ありません。そんな意思もありませんしね。有名な右翼の大将ですね。私が陛下とお会いしたという記事を読んで、びっくりしたらしい。いろいろと手を回して会いたいといってきたけど、会わなかった。私は当時、アラブ、ヨーロッパなどへ言ったり来たりで、寸刻みのスケジュールだったこともありましたが、天皇陛下のおっしゃることに筆を加えるような偉い方と、会う理由がありませんからと言ってね(笑)。私には自己宣伝屋を相手にしている時間の余裕などなかった。

【『田中清玄自伝』田中清玄〈たなか・きよはる〉、インタビュー大須賀瑞夫〈おおすが・みずお〉(文藝春秋、1993年/ちくま文庫、2008年)以下同】

「筆を加えるような」とは終戦詔書(=玉音放送)を校閲したことを指す(『機関銃下の首相官邸 二・二六事件から終戦まで』迫水久恒)。細木数子が結婚騒動を起こして安岡の晩節を汚している。多分そういう人物だったのだろう。戦前戦後を通して長く政治家の指南役を務めた人物だ。田中の人物評は寸鉄人を刺す趣がある。しかも直接見知っているのだからその評価は傾聴に値する。

終戦の詔書 刪修 | 公益財団法人 郷学研修所・安岡正篤記念館

 児玉(誉士夫)は聞いただけで虫唾(むしず)が走る。こいつは本当の悪党だ。児玉をほめるのは、竹下や金丸をほめるよりひでえ(笑)。赤尾敏というのもいたな。彼をねじあげて摘み出したことがあった。俺がまだ学生の頃です。

 児玉誉士夫〈こだま・よしお〉は特攻生みの親・大西瀧治郎〈おおにし・たきじろう〉の自決(介錯なしの十字切腹)に立ち会ったエピソードが有名だ。児玉も後に続こうとしたが「馬鹿もん、貴様が死んで糞の役に立つか。若いもんは生きるんだよ。生きて新しい日本を作れ」と大西は諫(いさ)めた。首と胸を刺したが大西は半日以上も苦痛の中で生きた。いかなる悪事に手を染めようと児玉の心中では大西が生きているのではないかと私は考えてきた。が、違ったようだ。

 ――戦後の右翼はどうですか。

 ほとんど付き合いはありません。土光さんが経団連会長の時に、野村秋介(しゅうすけ)が武器を持って経団連に押し入り、襲撃したことがありましたね。政治家と財界人の汚職が問題になった時のことでした。どこかの新聞社の電話と野村とが繋がっていると聞いたので、俺はすっ飛んで行って、その電話を横取りするようにひったくって、こう言ってやった。
「おい、野村、貴様、即刻自首しろ。貴様は土光さんに会いたいというなら、それは俺が取り計らってやるとあれほど言ったじゃねえか。それを、約束を破って経団連を襲うとは何ごとだ」
 そうしたら、野村はつべこべ言った揚げ句に、謝りに来ると言うから「貴様は約束を反古にした。顔も見たくねえ」と言って、それっきり寄せつけない。約束を守らないようなやつは駄目だ。その前に藤木幸太郎さんに一度会わしたことがあったが、藤木さんは「あいつは小僧っ子だな」って、そう言ったきりだったな。

 昨今、ネット上で児玉誉士夫や野村秋介を持ち上げる人物がいるので、慌てて書評をアップした次第である。新右翼は「左翼への対抗」を目的としており理論武装せざるを得ない。そして左翼と同じ体臭を放つようになる。

 ――三島由紀夫という人物をどう評価されますか。

 剣も礼儀も知らん男だと思ったな。自衛隊に入りたいというので、世田谷区松原にあった僕の家に、毎日のように来ていたんだが、2回目だったか、「稽古の帰りですので、服装は整えてませんが」とか言って、紺色の袴に稽古着を着け、太刀と竹刀を持って寄ったことがある。不愉快な感じがした。これは切り込みか果し合いの姿ですからね。人の家を訪ねる姿ではありませんよ。

 生真面目な三島がそれを知らなかったとは思えない。悪ふざけか冷やかしのつもりだったのだろう。それが通用する相手ではなかった。三島が田中に胸襟を開いていれば長生きした可能性はあっただろうか? 否、長く生きて輝きを失うよりは、花の盛りで散ってゆくことが彼の願いであったに違いない。

 私が本当に尊敬している右翼というのは、二人しかおりません。橘孝三郎さんと三上卓君です。二人とは小菅で知り合い、出てきてからも親しくお付き合いを致しましたが、お二人とも亡くなられてしまった。橘さんは歴代の天皇お一人お一人の資料を丹念に集めて、立派な本を作られた。そのために私もいささかご協力をさせていただきました。

 三上卓については『五・一五事件 海軍青年将校たちの「昭和維新」』(小山俊樹〈こやま・としき〉著、中公新書、2020年)が詳しい。野村秋介の師匠である。

2021-06-30

瀬島龍三を唾棄した昭和天皇/『田中清玄自伝』田中清玄、大須賀瑞夫


『日本の秘密』副島隆彦
『ある明治人の記録 会津人柴五郎の遺書』石光真人
『守城の人 明治人柴五郎大将の生涯』村上兵衛
『自衛隊「影の部隊」 三島由紀夫を殺した真実の告白』山本舜勝
『消えたヤルタ密約緊急電 情報士官・小野寺信の孤独な戦い』岡部伸
『日本のいちばん長い日 決定版』半藤一利
『機関銃下の首相官邸 二・二六事件から終戦まで』迫水久恒
『昭和陸軍謀略秘史』岩畔豪雄

 ・会津戦争のその後
 ・昭和天皇に御巡幸を進言
 ・瀬島龍三を唾棄した昭和天皇
 ・田中清玄の右翼人物評

『陸軍80年 明治建軍から解体まで(皇軍の崩壊 改題)』大谷敬二郎
『軍閥 二・二六事件から敗戦まで』大谷敬二郎
『徳富蘇峰終戦後日記 『頑蘇夢物語』』徳富蘇峰

日本の近代史を学ぶ
必読書リスト その四

 もう一つ彼(※中曾根康弘首相)に言っているのは、付き合う人間を考えろということです。彼の周りにはいろんな人間がいましたからねえ。
 例えば瀬島龍三がそうだ。第二臨調の時に彼は瀬島を使い、瀬島は土光さんにも近づいて大きな顔をしていた。伊藤忠の越後(正一元会長)などは瀬島を神様のように持ち上げたりしていたが、とんでもないことだ。かつて先帝陛下は瀬島龍三について、こうおっしゃったことがあったそうです。これは入江さんから僕が直接聞いた話です。
「先の大戦において私の命令だというので、戦線の第一線に立って戦った将兵達を咎(とが)めるわけにはいかない。しかし、許しがたいのは、この戦争を計画し、開戦を促し、全部に渡ってそれを行い、なおかつ敗戦の後も引き続き日本の国家権力の有力な立場にあって、指導的役割を果たし、戦争責任の回避を行っている者である。瀬島のような者がそれだ」
 陛下は瀬島の名前をお挙げになって、そう言い切っておられたそうだ。中曾根君には、なんでそんな瀬島のような男を重用するんだって、注意したことがある。私のみるところ瀬島とゾルゲ事件の尾崎秀実は感じが同じだね。

【『田中清玄自伝』田中清玄〈たなか・きよはる〉、インタビュー大須賀瑞夫〈おおすが・みずお〉(文藝春秋、1993年/ちくま文庫、2008年)】

 かような人物が「昭和の参謀」と持て囃(はや)され、2007年(平成19年)まで生きた。これが「日本の戦後」であった。その狡猾と無軌道ぶりこそ戦後日本の歩みであった。国防を蔑(ないがし)ろにしながら経済一辺倒の政治を国民の支持し続けた。安倍政権は戦後レジームからの脱却を目指したが、瀬島龍三の影響を払拭していなかった。日本の弱さ、デタラメさがここにある。

 祖国を貶(おとし)める反日勢力を一掃できるかどうかに日本の命運が掛かっている。作家風情の丸山健二三島由紀夫を小馬鹿にするような風潮を見逃してはならないのだ。戦後教育の巧妙な刷り込みに気づかぬ国民が国を亡ぼすと銘記せよ。

2021-06-29

昭和天皇に御巡幸を進言/『田中清玄自伝』田中清玄、大須賀瑞夫


『日本の秘密』副島隆彦
『ある明治人の記録 会津人柴五郎の遺書』石光真人
『守城の人 明治人柴五郎大将の生涯』村上兵衛
『自衛隊「影の部隊」 三島由紀夫を殺した真実の告白』山本舜勝
『消えたヤルタ密約緊急電 情報士官・小野寺信の孤独な戦い』岡部伸
『日本のいちばん長い日 決定版』半藤一利
『機関銃下の首相官邸 二・二六事件から終戦まで』迫水久恒
『昭和陸軍謀略秘史』岩畔豪雄

 ・会津戦争のその後
 ・昭和天皇に御巡幸を進言
 ・瀬島龍三を唾棄した昭和天皇
 ・田中清玄の右翼人物評

『陸軍80年 明治建軍から解体まで(皇軍の崩壊 改題)』大谷敬二郎
『軍閥 二・二六事件から敗戦まで』大谷敬二郎
『徳富蘇峰終戦後日記 『頑蘇夢物語』』徳富蘇峰

日本の近代史を学ぶ
必読書リスト その四

 ――『入江日記』によれば、お会いになったのは、1945(昭和20)年12月21日ですね。

 ええ。場所は生物学御研究所の接見室で、石渡荘太郎宮内大臣、大金益次郎次官、藤田尚徳侍従長、木下道雄侍従次長、入江相政侍従、徳川義寛侍従、戸田康英侍従らがご臨席でした。大金さんは「君が思うことをお上にお話ししてくれて結構だ。君は思うことをズバズバ言う方だから、その通りにやってもらいたい」と言われた。

【『田中清玄自伝』田中清玄〈たなか・きよはる〉、インタビュー大須賀瑞夫〈おおすが・みずお〉(文藝春秋、1993年/ちくま文庫、2008年)以下同】

 これほど面白い人物はそうそういない。小室直樹池田大作を軽く凌駕していると思う。元々は瀬島龍三の部分だけ確認するつもりで読んだ。ところが一気に引きずり込まれた。大言壮語や嘘がつきまとう人物だが、それを割り引いても圧倒的な面白さがある。

 それから私は三つのことを申し上げた。一つは、
「陛下は絶対にご退位なさってはいけません。軍は陛下にお望みでない戦争を押し付けて参りました。これは歴史的事実でございます。国民はそれを陛下のご意思のように曲解しております。陛下の平和を愛し、人類を愛し、アジアを愛するお心とお姿を、国民に告げたいと思います。摂政の宮を置かれるのもいけません」
 ということ。当時、退位論が盛んでしたから、摂政の宮をおけという議論もあった。もう一つは、
「国民はいま飢えております。どうぞ皇室財産を投げ出されて、戦争の被害者になった国民をお救いください。陛下の払われた犠牲に対しては、国民は奮起して今後、何年にもわたって応えていくことと存じます」
 ということ。三つ目は、
「いま国民は復興に立ち上がっておりますが、陛下を存じ上げません。その姿を御覧になって、励ましてやって下さい」
 というものだった。

 ――それに対する昭和天皇のお答えは。

「うーん、あっ、そうか。分かった」と。そりゃあ、もう、びっくりしたような顔をされて、こっちがびっくりするぐらい大きく頷かれたなあ。その後、これを陛下はすべて御嘉納になられて、おやりになった。

 田中清玄(きよはる)が本当に日本のことを考えていたことがよくわかる。しかも自分を大きく見せようとする姿勢が微塵もない。昭和天皇の御巡幸を日本国民は伏し目がちに迎え、声の限りを尽くして万歳を叫んだ。この陛下と国民との邂逅(かいこう)が復興の転機となるのである。


 ――昭和天皇のほうからは、どんなお話があったのですか。

 次々と御下問がありました。私の出身の会津藩のことや、土建業をおこして、戦後の復興に携わっていることなど、いろいろ聞かれ、「田中、何か付け加えることはあるか」とおっしゃった。それで私は「昭和16年12月8日の開戦には、陛下は反対であったと伺っております。どうしてあの戦争をお止めにはなれなかったのですか」と伺った。一番肝心な点ですからね。そうしたら言下に、
「自分は立憲君主であって、専制君主ではない。憲法の規定もそうだ」
 と、はっきりそう言われた。それを聞いて私はびっくりした。我々は憲法を蹂躙(じゅうりん)して勝手なことをやって、俺なんか治安維持法に引っかかっている。そんなにも憲法というものは守らなければいかんものなのかと(笑)。最初は20~30分ということでしたが、結局、1時間余りですかねえ。それで僕は、お話し申し上げていて、陛下の水晶のように透き通ったお人柄と、ご聡明さに本当にうたれて、思わず「私は命に懸けて陛下並びに日本の天皇制をお守り申し上げます」とお約束しました。そうしたら、終わって出てきてから、入江さんに「あなた、大変なことを陛下にお約束されましたね」って言われたなあ。それと「我々が言えないことを本当によく言ってくれました」とね。

 これまた重要な歴史的証言である。田中の率直な問いに、陛下は率直な答えで応じている。天皇が神であるのは、一切の人間らしさを捨てて原理に生きているためなのだろう。私は「人間ではない」という意味において天皇陛下は神であると受け止めている。

2020-11-12

人類史の99%以上は狩猟採集生活/『売り方は類人猿が知っている』ルディー和子


『なぜ美人ばかりが得をするのか』ナンシー・エトコフ
『予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』ダン・アリエリー

 ・人類史の99%以上は狩猟採集生活

『ソクラテスはネットの「無料」に抗議する』ルディー和子

必読書 その三

 うつ病、不安障害、パニック障害といった心の病に悩む人たちが多くなっているのは、私たちの脳が、現代の環境にまだ適応していないからだといわれます。
 200万年前ごろに始まったとされる旧石器時代に生きていた先行人類のころから、私たちは、進化の歴史の99%以上を狩猟採集生活をして暮らしてきました。農業文明や工業文明になってからの歴史は1%にも満たないのです。私たちの脳は、まだ、群れをつくって狩猟採集生活をしていたころに適応していた心の仕組みから、現代の環境に合った仕組みには変わってきてはいないのです。
 遺伝子解説技術の発達によって、現生人類の中には10万年ほど前から故郷アフリカを出て、世界に広がっていったグループがいたことがわかっています。中東・中央アジアに進出したグループもあり、その一部が1万年以上前に日本にたどりつきました。その日本においても長い間狩猟採集生活が続いたわけで、稲作は紀元前3500年ごろには始まっていたといわれてはいますが、農業文明の始まりとなれば紀元前500年ごろでしょう。日本人の場合は、長い進化の時間の中で農業文明や工業文明が占める割合は0.1%です。

【『売り方は類人猿が知っている』ルディー和子(日経プレミアシリーズ、2009年)】

 ナンシー・エトコフを思わせるほどの出来映えだ。マーケティング本の枠に収まらない広汎(こうはん)な知識がわかりやすい文章で綴られている。

 アメリカでパレオダイエットが持て囃(はや)されている。パレオとはパレオリシック=旧石器時代の略だ。原始人ダイエットとも称する。ダイエットは食習慣の意味だ。加工食品が体に悪いことは以前から指摘されていたが、グルテンフリー~パレオダイエットの流れはそれを不自然な穀物食にまで拡張したものだ。

 磨製石器の誕生によって新石器革命と名づけられているが重要なのは農耕(1万年前)と牧畜(5000年前)である。どちらも長い歴史を経て品種改良が施された。と同時に定住革命が起こる。

 一般的には第二次世界大戦以後(1945年)を現代と呼ぶが、それ以前の人類は貧困と飢餓を克服していなかった。日本人が食うのに困らなくなったのはたぶん昭和31年(1956年)あたりからだろう(「もはや戦後ではない」が流行語。ついでに書いておくと日本で公害問題が表面化したのも1950年代から60年代にかけてのこと)。

 で、鱈腹(たらふく)食べられるようになると今度は食べ過ぎで健康が阻害される羽目となった。中庸や少欲知足は難しいものだとつくづく思う。有吉佐和子が高齢者の認知症問題を取り上げたのが1972年である(『恍惚の人』)。

 食べ過ぎているなら食べる量を減らせばいいのだが食欲を抑えるのはかなり難しい。意志の強弱と考えられがちだがそうではあるまい。飢餓を回避する回路が埋め込まれているためだろう。もしも明日、世界から食料が消え失せれば、デブの方が長生きできることは明らかだ。

 糖質制限は元々糖尿病患者の食事療法であったが、狩猟生活が長かった人類の歴史を思えば理に適っている。農耕は穀物を食べることを強制する。穀物はいずれも高でんぷん質で消化された後ブドウ糖(糖質)となる。

 GI値(グリセミック・インデックス)は食品による血糖値上昇の度合いに注目した指数だが、「主な食品のGI値」を見ると高GI(70以上)の食品は狩猟民族が容易に食べられるものではないことに気づく。穀物の収穫は秋になるまで待つ必要があるし、根菜やイモ類も毎日見つけることは難しいだろう。さほど神経質になることもないと思うが、「食欲の秋」と言うくらいだから秋から冬(貯蔵食品に頼る季節)にかけては、むしろ高GIが望ましいのかもしれない。

 マラソンランナーは大会数日前から炭水化物を多く摂取する。軍隊の特殊部隊も同様で作戦数日前からは一切の訓練をやめて炭水化物漬けの食事を摂る。体力を使う場合は好きなだけ米を食べればいい。

 我々が伝統と考えていることは人類史のわずかな期間に過ぎない。文明に依存すればするほど家畜化が進む。狼なら大自然の中で生きてゆけるが座敷犬には無理だろう。内なる野生の声に耳を傾けよ。

2020-09-25

会津戦争のその後/『田中清玄自伝』田中清玄、大須賀瑞夫


『日本の秘密』副島隆彦
『ある明治人の記録 会津人柴五郎の遺書』石光真人
『守城の人 明治人柴五郎大将の生涯』村上兵衛
『自衛隊「影の部隊」 三島由紀夫を殺した真実の告白』山本舜勝
『消えたヤルタ密約緊急電 情報士官・小野寺信の孤独な戦い』岡部伸
『日本のいちばん長い日 決定版』半藤一利
『機関銃下の首相官邸 二・二六事件から終戦まで』迫水久恒
『昭和陸軍謀略秘史』岩畔豪雄

 ・会津戦争のその後
 ・昭和天皇に御巡幸を進言
 ・瀬島龍三を唾棄した昭和天皇
 ・田中清玄の右翼人物評

『陸軍80年 明治建軍から解体まで(皇軍の崩壊 改題)』大谷敬二郎
『軍閥 二・二六事件から敗戦まで』大谷敬二郎
『徳富蘇峰終戦後日記 『頑蘇夢物語』』徳富蘇峰

日本の近代史を学ぶ
必読書リスト その四

 ――昭和3年、秩父宮殿下が松平家の勢津子さんと結婚されたとき、会津の人達は「これで賊軍の汚名は晴らされた」と、泣いて喜んだという話を聞いたことがあります。

 その通り。もともと会津武士たちを賊軍扱いにしなかったのは、大本営にいた西郷隆盛さんですよ。実際の司令官で会津まで来ていたのは黒田清隆、その下に板垣退助中島信行がいた。彼等は会津戦争の悲惨さを実際に見て知っている。田中の家の隣が西郷頼母の家で、そのあたり一帯は梅屋敷と呼ばれていたのですが、西郷家などは、12歳の少女まで21名全員が自決し、最後に奥方が命を絶っているんですね。板垣、中島はここへも検分に来ていますが、あまりの悲惨さに、黙って手を合わせただけで出てきたという話も残っています。こうした様子を二人は、大本営にいた西郷隆盛さんにつぶさに報告したんだと思いますね。
 ですからいくさがすんだ後は、函館の五稜郭に立て籠もった榎本武揚大鳥圭介以下、一人も殺されていないし、みな禁錮2年とか4年ぐらいで出てきて、その後、北海道開拓使長官となった黒田清隆が会津の武士たちを積極的に取り立てています。
 しかし、田中家としては中老・玄純は北海道で亡くなり、大老・玄清は会津で腹を切り、一族のものは散り散りばらばらですよ。それは悲惨なものでした。とくに新政府の命令で下北半島の斗南(となみ)にやられた者たちは大変でした。これはもう人間の住むところじゃないですよ。核燃料のリサイクル基地か何かにしようと、今もむつ小川原あたりでやっているが、大変な湿地帯のうえに土地が荒れて作物が育たないから、食べ物に難渋しましてねえ。
 田中玄純の倅に源之進玄直(はるなお)という者がおりますが、これが私の曾祖父です。この人も黒田清隆に取り立てられた一人です。

【『田中清玄自伝』田中清玄〈たなか・きよはる〉、インタビュー大須賀瑞夫〈おおすが・みずお〉(文藝春秋、1993年/ちくま文庫、2008年)】

「戦前に逮捕されて共産主義から転向し、戦後は政商になった人物」程度に思っていた。底の浅い先入観は見事に外れた。まあ、とんでもない人物だ。在野の国士と言ってよい。岩畔豪雄〈いわくろ・ひでお〉は立場上、発言が慎重にならざるを得ないが、田中清玄(1906-93年)はビックリするほど明け透けに語る。筋を通す生き方がいかにも会津人らしい。

 田中は戦前の非合法時代における武装共産党の中央委員長を務めた。学生時代に空手を行っていたので腕っ節も滅法強い。田中が転向したきっかけは実母の諫死(かんし)であった。詳細には触れていないが多分切腹したものと思われる。その瞬間、田中は「やったな!」と直感したという。その後獄中にあってスターリンの胡散臭さを見抜いていた彼は「果たして何が真実なのか?」という哲学的煩悶に取り憑かれる。田中が出した答えは「尊皇」であった。会津士魂が蘇ったとしか思えない。

 長らく抱えていた疑問が氷解した。山川捨松〈やまかわ・すてまつ〉の留学(『現代語縮訳 特命全権大使 米欧回覧実記』久米邦武)も同様の措置であったのだろう。ただし、それで清算できたわけではない。

 1986年に、友好都市提携の申し入れを拒否した。萩市は、戊辰戦争で会津藩と戦った長州藩の本拠地である。萩市から、敵として戦った戊辰戦争から120年を記念しての友好都市提携の申し入れがあったが、会津若松市民の間から「我々は(戊辰戦争の)恨みを忘れていない」、当時の福島県知事松平勇雄を指し「孫がまだ生きている」との意見があったため、これを拒否した。ただ、実際この騒動の後に萩市と会津若松市は友好都市関係を結ぶことこそ無かったが、活発に交流するようになり、この騒動はそのきっかけとなった。

Wikipedia:会津若松市

 会津藩は朝敵となってしまったため靖国神社にも祀(まつ)られていない。靖国神社にとっては瑕疵(かし)で済まされない歴史である。

2020-07-13

金融工学という偽り/『新しい資本主義 希望の大国・日本の可能性』原丈人


『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』キャシー・オニール
鉄オタ父子鷹と思いきや……原丈人が描く壮大な日本の未来図
原丈人〈はら・じょうじ〉の父と祖父

 ・金融工学という偽り

・『「公益」資本主義 英米型資本主義の終焉』原丈人

必読書リスト その二

 だが、そのようにして金融ばかりを大きくすればするほど、実業の部分はどんどん疎(おろそ)かにされ、力を失っていく。金融に都合のいい仕組みを振りまわせば振りまわすほど、価値の源泉を踏みにじり、壊してしまう。そこで、「金融工学」なるものを駆使して、お金がお金を生む方法ばかりを加速させるしかなくなってしまったのである。
 この金融工学が、また曲者(くせもの)である。なぜなら、まず経済学そのものが、「完全競争」「参入障壁はない」などといった、いくつものありえない話を構築しているものだからである。前提が狂ってしまったら、すべてが文字どおり台無しだ。「サブプライムローンがあれほどの破綻(はたん)に見舞われたのも、その前提が間違っていたから」というのは、まさに象徴的だろう。
 そのような架空の前提に立って、さらに数式で表現できない部分を捨て去ることで組み立てられているものこそ「金融工学」なのである。
 端的にいおう。「幸せ」を数式で表すことができるだろうか。人間の感情を数式で表すことができるだろうか。新しい技術の芽はどこにあるかを数式が教えてくれるだろうか。たとえば、社員の家族の健康まできちんと見てくれるような経営であれば、みんな喜ぶだろうが、社員の家族の健康と株価をどう評価できるだろう。

【『新しい資本主義 希望の大国・日本の可能性』原丈人〈はら・じょうじ〉(PHP新書、2009年)】

21世紀の国富論』(平凡社、2007年)は挫折していたので、やや腰が引けたのだが驚くほど読みやすく、動画の語り口そのものだった。原丈人〈はら・じょうじ〉は威勢がいい。気持ちのよい躍動感がある。更に実務的で観念を弄(もてあそ)ぶところがない。そして見逃すことができないのは相槌の深さである。「この人は武士だな」と私は直観した。

 新自由主義に異を唱えた人物としては宇沢弘文〈うざわ・ひろぶみ〉が有名だが、原はより具体的かつ実際的にアメリカ型の株主資本主義の誤りを説く。

 経済学の基本的な考え方だと「会社は株主のもの」である。会社の目的は利潤追求だから株主利益を最大化するのが社長の仕事となる。しかもアメリカ型経営ではヘッドハンティングで経営者の首をすげ替えることが日常的に行われている。経営と労働が棲み分けされているのだ。経営者はより短期間で収益を上げることを求められるので一番簡単なコストカットに手を染める。こうして工場は低賃金の海外へ誘致され、技術が流出する。日本のメーカーも同じ道を歩み、そして日本経済の地盤沈下が今も尚続いている。

 原が提唱するのは「公益資本主義」だ。会社は社会の公器であり、社中(しゃちゅう/社員・顧客・仕入先・地域社会・地球)に貢献することで企業価値を上げる。日本の伝統的な価値観ではあるが、多くの企業がバブル崩壊以降これを否定してきた。その結果としてもたらされたのが経済格差である。

 文明の発達は移動・通信を飛躍的に進化させ、国家という枠組みが融(と)け始めた。しかしながら国際ビジネスで行われているのは国力を背景にした熾烈な競争であり、その実態は経済戦争である。一方でGDP世界第2位までに経済発展した中国は一国二制度の約束を踏みにじり香港を弾圧している。中国では国家の枠組みを強化し、アメリカの衰退を待ち構えている。社会主義国は国家の負の側面を見事に象徴している。

 経済の語源は経世済民(けいせいさいみん)である。「世を経(おさ)め民を済(すく)う」と読む。経済とは利益分配に尽きると私は考える(チンパンジーの利益分配)。なぜ分配する必要があるのか? それは集団を維持するためだ。数十人単位で移動しながら生活していた古代を想像すればいい。集団は分業を可能にし子孫の生存率を高める。集団であれば他集団からの暴力にも対抗できる。一匹狼という言葉はあるが実際に一匹で生きる狼は存在しない。そもそも子ができないだろう。人類の集団は中世において国家へと成長を遂げた。これを超えることはないだろう。世界政府は言語や宗教を思えば現実的ではない。分裂と統合を繰り返すのが人間にはお似合いだ。

 リーマン・ショック以降、各国の中央銀行が驚くべき量の金融緩和をしているにもかかわらず景気が上向かない。マネーがどこかで堰(せ)き止められているのだ。ダムとなっているのは会社と金融市場である。緩和マネーは社内留保となって動きを失い、余剰マネーはマーケットに流れ込んで高い株価を支えている。

 戦争の原因は寒冷化にあるというのが私の持論だが、経済的な冷え込みは寒冷時の食物不足と同じ意味を持つと考えてよい。

 アメリカでは2011年に「ウォール街を占拠せよ」の運動が興(おこ)り、今年になって「ブラック・ライヴズ・マター」(BLM)が猛威を振るっている。前者はリベラルな抵抗であったが、後者は単なる破壊活動で左翼の存在がちらついている。ただ、いずれにしても格差が背景にあることは間違いないだろう。金融工学の成れの果てを見ている心地がする。



農業の産業化ができない日本/『脱ニッポン型思考のすすめ』小室直樹、藤原肇

2019-11-15

アトゥール・ガワンデ


『新・人は皆「自分だけは死なない」と思っている』山村武彦
『人が死なない防災』片田敏孝
『無責任の構造 モラルハザードへの知的戦略』岡本浩一
『最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか』ジェームズ・R・チャイルズ
『生き残る判断 生き残れない行動 大災害・テロの生存者たちの証言で判明』アマンダ・リプリー
『死すべき定め 死にゆく人に何ができるか』アトゥール・ガワンデ
『失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織』マシュー・サイド

 ・読書日記
 ・ハリケーン・カトリーナとウォルマート

『集合知の力、衆愚の罠 人と組織にとって最もすばらしいことは何か』 アラン・ブリスキン、シェリル・エリクソン、ジョン・オット、トム・キャラナン
『予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』ダン・アリエリー

必読書リスト その二

「人」は誤りやすい。だが、「人々」は誤りにくいのではないだろうか。(79ページ)

【『アナタはなぜチェックリストを使わないのか? 重大な局面で“正しい決断”をする方法』アトゥール・ガワンデ:吉田竜〈よしだ・りゅう〉訳(晋遊舎、2011年)】

 内容に興味はなかった。ただガワンデを辿ってみただけだ。しかしながら彼の文才と着想に驚嘆した。凡庸なタイトル、意味不明な片仮名(アナタ)から受ける底の浅い印象が木っ端微塵となった。上に挙げた関連書は決して盛り込みすぎたわけではない。日本人に襲い掛かった現実問題として振り返り、本書まで読み進めば何らかの災害対応チェックリストの必然性が浮かび上がってくるのだ。ハリケーン・カトリーナに襲われた際にウォルマートがとった臨機応変の対応、そして「ハドソン川の奇跡」など、それぞれのエピソードが完成されたノンフィクションでありながら短篇小説の香りを放っている。ユヴァル・ノア・ハラリシッダールタ・ムカジー、そしてアトゥール・ガワンデはたぶん「進化した人類」に違いない。

2018-07-05

アメリカに「対外貿易」は存在しない/『ボーダレス・ワールド』大前研一


『プーチン最後の聖戦  ロシア最強リーダーが企むアメリカ崩壊シナリオとは?』北野幸伯

 ・アメリカに「対外貿易」は存在しない

『超帝国主義国家アメリカの内幕』マイケル・ハドソン
『金価格は6倍になる いますぐ金を買いなさい』ジェームズ・リカーズ
『略奪者のロジック 支配を構造化する210の言葉たち』響堂雪乃

 まず、アメリカに「対外貿易」はない。アメリカは外国から物を買うための「外貨」を稼いだためしがない。ただ国内経済を拡大し、貿易相手国をのみ込んでしまえばすむからである。アメリカが海外から品物を購入すると、それは「輸入品」として記録される。貿易統計は結局のところ「国と国との境を通過する商品」を測定するものだからである。しかし、外国商品の購入に使われる資金は依然としてドル建てなので、そうした取引は、たとえばカリフォルニア産のオレンジやテキサス産のパソコンを買うのと、いささかも変わりがない。

【『ボーダレス・ワールド』大前研一:田口統吾訳(プレジデント社、1990年)以下同】

 北野本で紹介されていた一冊。後半だけ読んだ。驚くべき指摘であるが米ドルを基軸通貨とするブレトンウッズ体制(1944-71年)を思えばストンと腑に落ちる。むしろ気づかなかった自分の不明に恥ずかしさを覚える。

 アメリカは案外、大雑把でデタラメなところがある。例えば第二次世界大戦が終わる直前にソ連を引きずり込んだことが挙げられよう。その後の冷戦の種を自ら蒔(ま)いたようなものだ。ベトナム戦争もずるずると長引かせたし、湾岸戦争・アフガニスタン戦争・イラク戦争も賢明な判断とは思えない。特に湾岸戦争以降は国際資本が政治を振り回しているように見える。

 アメリカが受け取る外国からの投資についても、これはアメリカの国としての統計上は対外債務として計上されるが、その大半は利子など払う必要もなく、たとえ払ったとしても、国内の債権者に払うのと同じドル建てであり、「対外」債務とはいいがたい。
 とすれば、貿易の不均衡を「是正」する目的でドルの価値を調整するのは、無意味といわなければならない。同じ量の商品を買うのに、わざわざドル紙幣の増刷を行なうようなものだ。アメリカ国内に外国商品を買おうとするニーズが存在するかぎり、ドルの価値の調整で得られる効果はただ、輸入品の統計上の金額(ドル建て)を膨らませるだけだ。アメリカ国内に自由にこれらの商品が出回っている以上、輸入の勢いが減速することはない。
 くどいようだが、外国との貿易にドルが「決済通貨」として用いられているかぎり、アメリカには原理的に「対外貿易」が存在しないのである。それなのに政策担当者は「ドルを安くすれば貿易競争力が高まる」と信じて、ドルの価値を下げている。これでは遅かれ早かれ、ドルがアメリカの貿易相手国に決済通貨として受け入れられなくなる日が、必ずやってくる。これは大問題だ。そうるなるとアメリカは、輸入超過分の代金支払いに外国通貨を借りなければならなくなる。したがってドルを強くしておくことが、最もアメリカの利益になるのだ。「弱い通貨で輸出が伸びなくなるものなら、アルゼンチンはいまごろ世界最強の貿易国になっているはずだ」と、ベア・スターンのある研究員も首をかしげている。

 発展途上国がなぜ外貨を必要とするのか。私が理解したのはちょうど40歳になった頃だった。増田俊男の著作を片っ端から読んで初めて理解できた。詐欺師からでも学べることは多い。特に頭のいい詐欺師からは。

 アメリカの鷹揚なデタラメさを思えば当初は国力の強さから世界経済の立て直しを引き受ける気持ちでブレトンウッズ体制は始まったのかもしれない。ところがアングロサクソン特有の悪知恵(戦略)が働いた。「どれほど貿易赤字になろうともドルを印刷すりゃチャラになるわな」と。ただし経済はそれほど単純なものではないため、折に触れて広がりすぎたドルをアメリカに還流させる必要がある。で、ダウ銘柄を中心とする米株相場を意図的に釣り上げ、世界各国の資金をアメリカ市場に流れさせ、定期的にでかい会社を潰すのだ。すると流れ込んだ資金はアメリカ国内から出ることはなくなる。エンロン、ワールドコム、リーマン・ブラザースなど。

 そもそも「貿易赤字の何が問題なんだ?」という指摘もある。我々の消費を考えてみればわかるだろう。消費はすべて赤字行為である。たとえ貿易赤字でもGDPが成長することは十分可能だ。

 大前の最後の指摘は意味深である。ニクソン・ショック(1971年)以降ドルの価値が低下しているのは紛れもない事実である。そこに経済合理性だけでは推し量ることのできないアメリカの深慮遠謀があるのだろう。2020年以降になると、米ドル・ユーロ・人民元の三国志時代がくるかもね。通貨戦争は静かに始まっている。

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2017-08-18

値引き販売による機会損失/『「値引きして売れるなら捨てるよりマシ」は本当か? 将来どちらのほうが儲かるかで考える損得学』古谷文太


「コンビニエンスストア最大手のセブン-イレブン・ジャパンに、消費期限の迫った食品や飲料などの値引き(見切り販売)を制限され、商品の廃棄を余儀なくされ損害を受けたとして、北海道、大阪、兵庫の3道府県の加盟店オーナー4人が同社に計約1億3980万円の損害賠償を求めた訴訟に対する判決が8月30日、東京高等裁判所で出された」(セブン-イレブン、見切り品値下げ販売裁判敗訴で失ったもの〜異なる同業他社の方針)。



 さてここで、オーナーたちはどんな損得計算をしたのでしょうか?
 捨ててしまえば「入ってくるお金」は0円、「出ていくお金」としては、おそらく廃棄費用がかかるはずです(仕入代金はすでに発生しているので該当しません)。
 一方、値引き販売するのであれば、「入ってくるお金」としては値引き後の販売代金。「出ていくお金」は廃棄費用がかからなくなるので0円のはずです。……こうやって見ていくと、値引き販売をしたほうが得なように見えます。
 では、10円でも20円でも、とにかく売れれば捨てるよりはマシなのでしょうか? この点については、もう一度よく考え直してみる必要があります。
 コンビニ客は、売れ残った弁当を値引き販売しているからといって、ワーッと集まってきたり弁当を余計に買ったりはしないものです。あくまでも、お腹がすいたから必要な分を買おうと店に入り、そこにある選択肢の中から選んで買う……つまり、値引き販売をしたからといって客数や販売数が増えるわけではないということです。値引き商品を棚に並べれば、単に【通常価格で売れたはずの分が値引き販売分に置き換わってしまう】のです。
 この、値引き販売によって売れなくなる通常販売の部分を「機会損失」といいます。

【『「値引きして売れるなら捨てるよりマシ」は本当か? 将来どちらのほうが儲かるかで考える損得学』古谷文太〈ふるや・ぶんた〉(ダイヤモンド社、2010年)】

 廃棄した場合と値引き販売した場合を比較した図表が掲載されており、仕入れ価格50円、通常販売価格120円のおにぎりを廃棄するのに10円の費用がかかるとすると、60円以上の価格にしなければ利益が出ない。

「セブンイレブン商法が特徴的なのは、売れ残った商品の廃棄で生じる損失(廃棄ロス)よりも、商品の発注が少なすぎて売上げを逃すロス(機会ロス)を避けることを重視している点だ」(加盟店に弁当を廃棄させて儲けるセブン-イレブンのえげつない経営術)。

「コンビニの場合はある程度の売れ残りは仕方がないものとして扱い、多めに発注を行っているチェーンが多いです。売れ残りのロスチャージを増やすためではなく、ある程度多めに発注をした方が売上が増えることが多いことが経験から分かっているからです」(セブンイレブンのロスチャージ問題とコンビニの値下げ販売)。

 フランチャイズオーナーというシステムは出店リスクをオーナーに付け替える制度である。儲かるとわかっていればオーナーに出資させる必要はない。セブン-イレブンはドミナント戦略で成功を収めてきた。特定の地域に集中して出店すれば、いくつかの店が失敗するのは当然だ。つまり損をする店舗があったとしても全体で収益が上がればセブン-イレブンとしては構わないわけだ。

 機会損失を通して見えてくるのは、合理的な経営が地球環境を破壊し尽くす未来像だ。利益のためなら何でもするのが企業の使命である。フランチャイズ店を潰し、従業員を馘首(かくしゅ)し、売れ残った商品を廃棄しながら、本社は我が世の春を謳歌する。

2014-12-02

リスクマネジメントを学ぶ/『伝説のトレーダー集団 タートル流 投資の黄金律』カーティス・フェイス


『伝説のトレーダー集団 タートル流投資の魔術』カーティス・フェイス

 ・リスクマネジメントを学ぶ

【不確実性】はリスクの源だ。われわれがもし、未来のありようを的確に見定めるすべを知っていたら、差し出されたリスクを引き受けるかどうかを、つねに潜在的な利得の見積もりだけで決めることができる。事の成否が予測可能であったり、確実であったりしたら、リスクなど存在しない。
 しかし、“妥当”な決断を下すのにじゅうぶんな情報が手もとにない場合もある。また、どんなに周到に調べても、あるいはどれだけの数の代案をどんなにくわしく検討しても、込み入った要素が多すぎて、未来の出来事を予測しかねる場合もある。1週間以上先の天気は、予測できない。一国の経済の変動は、予測できない。原油価格は、予測できない。ドルのレートは、予測できない。住宅市場の勢いは、予測できない。2カ月後のS&P500種株価指数の値は、予測できない。
 以上の例を整理すると、ふたつのタイプの不確実性が浮かび上がってくる。

【1 情報の不確実性……情報が不足していることによる不確実性】
【2 無秩序の不確実性……複雑すぎることによる不確実性】

【『伝説のトレーダー集団 タートル流 投資の黄金律』カーティス・フェイス:飯尾博信+常盤洋二監修、楡井浩一〈にれい・こういち〉訳(徳間書店、2009年)】

 アマゾンの評価が低いのは読者が投資手法を求めたことによるものだろう。それほど前著と内容が懸け離れている。まずタイトルに難あり。徳間書店が下劣な商魂を逞しくしたために読者をミスリードする結果となっている。内容は決して悪くない。

 一寸先は闇というのが仏教の立場で、「未来」という言葉は「未だ来(きた)らず」の謂(いい)である。ここに願望や計画が紛れ込むと「将来」(将〈まさ〉に来〈きた〉る)と表現する。仏典に将来という語は出てこない。

 未来のことはわからない。この事実が肚に据えられていないと不測の事態に翻弄される羽目となる。事故・病気・怪我・失業など不慮の出来事と遭遇するたびに嘆き悲しみ、人生を恨んでも仕方がない。正しい判断と迅速な対処が求められる。ただそれだけのことだ。

 投資もギャンブルも不確実性(リスク)に賭けるゲームだ。本質的には競争相手ではなく時間との勝負になる。つまり、より長くゲームに参加できれば必然的に勝ちを収めることができる。そこで問われているのがリスクマネジメントであり、ポジションサイズと損切りが命運を分かつ。含み損を強い意志で切ることができないプレイヤーはあっと言う間に退場させられる。

 不確実な世界においては、生起事象は既定のものとして扱われる。未来に何が起こるかを正確に予測することなどできない。精いっぱいの推測をするしかないが、それでさえはずれることが多い。【現われた結果に対処する最善の方法は、それを悪いこととしてではなく、“避けられない現実”として見ることだ】。つまるところ、それが結果というものなのだから。

 我々は不運な出来事に遭遇すると「予測できなかったこと」を悔やむ。そこに愚かさがあるのだろう。一切が予測可能であれば、人生もゲームも全くつまらないものに変わってしまうだろう。人生とは不確実性を生きることである。運命も因果も及ばぬダイナミズムを私は不確実性と呼ぶ。

 最後に小林秀雄の言葉を紹介しよう。

小林●ぼくら考えていると、だんだんわからなくなって来るようなことがありますね。現代人には考えることは、かならずわかることだと思っている傾向があるな。つまり考えることと計算することが同じになって来る傾向だな。計算というものはかならず答えがでる。だから考えれば答えは出(ママ)るのだ。答えが出なければ承知しない。

【『人間の建設』小林秀雄(新潮社、1965年、『小林秀雄全作品 25』2004年/新潮文庫、2010年)】

伝説のトレーダー集団 タートル流 投資の黄金律人間の建設 (新潮文庫)

個性が普遍に通ずる/『小林秀雄全作品 25 人間の建設』小林秀雄

2012-10-10

ワタミとステーキけん



2012-05-27

海堂尊〈かいどう・たける〉が語る仕事「一点突破の足場を作る」


人は打たれ強くなれる

何を言われても死にはしない

 今の日本があちこちで停滞していると言われることに、僕は憤りを感じます。年かさの人間が、「若い人材がいない」と嘆くことも同じようにやり切れない。僕が医療の世界に居ながら小説を書いたことも、アカデミズムの世界では眉をひそめられる行為です。本当にそれでいいのかと思いますね。

 戦国時代や明治維新などの激動の時に、日本は素晴らしい若い人材が輩出していますが、あの時代が異常だったのかと言えばそうではない。もともと私たちは進取の気性に富んだ国民なのです。しかし安定した時代が続く日本では、力を持った年配者が自分の権限にしがみつき、未来の子孫の時間や、伸びていく可能性や、彼らに投入すべき資金を食い潰してはいないでしょうか。権限を持っている人間が自分の力を10割行使するのではなく、せめて8割くらいまでにとどめ、残る2割を若い人にすっかり預けてみる度量は発揮できないものでしょうか。仕事はそうやって、若い人間が思い切って実行することで飛躍点を見つけてきたと思うのです。

 逆に、行き詰まりを感じている若い人は、正しいと思うなら周囲の顔色をうかがわずにやんちゃをしてみてください。本当に社会のためになることなら、組織の中に反対者が大多数であっても、見ている人はちゃんと見ている。現代では、どんな発言や行動をしても命まで狙われることはないでしょう。自分の信じることを見つける、それを必死で主張する。それくらい面白い仕事の仕方はないと思いますよ。

攻撃してくる人には習性がある

 たたかれている時には、人から疎まれている事実だけで精神的にへとへとになります。僕も気持ちが真っ暗になることもありました。でもいろんな方面からたたかれているうちに、それが正しい理論で発言されているのではなく、個人の立場を守るための保守的な見解だったり、組織の役割を維持するための後ろ向きな態度からだったりするのだと見えてきました。結局、攻撃してくる人は、自分の足元が脅かされるのが怖いんですよね。

 もしあなたが多くの部下を持つ人なら、押さえつけ守っている自分の領域に、若い人が呼吸できる場所を与えて上げて欲しい。やるべきことを見定めている若い人なら、攻撃してくる人の気持ちの底を見てください。そして慣れていくこと、タフになっていくことです。

 僕が続けていた剣道で教えられたことは二つ。「集中力」と「今一時(いっとき)」ということです。相手と相対して面を打つ。決まればこちらの勝ちで、返されれば向こうの勝ち。剣道ほどの瞬時の決断を迫られることは、人生の局面ではそうはないと思うけれど、打たれても型が分かる。打たれ強くなりながら、自分の目的に近づいていけばいいのです。(談)

朝日求人 2012-05-27

チーム・バチスタの栄光(上) 「このミス」大賞シリーズ (宝島社文庫 599) チーム・バチスタの栄光(下) 「このミス」大賞シリーズ (宝島社文庫 600) 救命―東日本大震災、医師たちの奮闘 死因不明社会―Aiが拓く新しい医療 (ブルーバックス)

2011-11-29

少年時代の小泉三申/『出世を急がぬ男たち』小島直記


 小泉三申〈こいずみ・さんしん=小泉策太郎〉は、小学校を卒業しても、進学は許されなかった。村には漢学塾があったが、一ヶ月十銭の謝礼がはらえない。他家の子守にやとわれた三申は、子供を背中におぶさったまま塾の庭に立ち、もれ聞こえる講義の声を聞いて自分の血肉とした。

【『出世を急がぬ男たち』小島直記〈こじま・なおき〉(新潮社、1981年/新潮文庫、1984年)】

 貧しい国々の子供たちは皆一様に学びたがっている。日本では見られない光景だ。とすると、子供たちの学ぶ意欲を誰かが殺してしまったのだろう。小中学校は教育という名目を掲げたプレス工場と化している。

出世を急がぬ男たち