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2021-08-30

元社青同という噂がある池上彰


『ジャーナリズムの現場から』大鹿靖明

 ・元社青同という噂がある池上彰





2018-09-10

わかりやすいニュース解説を求める「池上彰」化/『ジャーナリズムの現場から』大鹿靖明


 ・わかりやすいニュース解説を求める「池上彰」化

『創価学会秘史』高橋篤史
『週刊東洋経済 2018年9/1号 宗教 カネと権力』

 ――そういう気概が報道機関全体で失われてきていませんか? 訴訟はもとより抗議や苦情に恐ろしくナーバスになってしまい、安全運転しかなくなっています。

高橋篤史●そういう業界全体の空気は感じます。とりわけ雑誌ジャーナリズムの衰退を感じますね。「FACTA」ぐらいですよ。がんばっているのは。

【『ジャーナリズムの現場から』大鹿靖明〈おおしか・やすあき〉(講談社現代新書、2014年)以下同】

 勘違いしていた。沖縄の米軍基地反対運動で山城博治が沖縄防衛局職員を暴行した動画を撮影したのは「THE FACT」で幸福の科学が運営している。一方、「FACTA」は元日経新聞論説委員の阿部重夫が立ち上げた情報誌で企業批判や宗教批判に特徴がある。すっかり混同していた。高橋が持ち上げる「FACTA」だが、実は楽天の三木谷浩史が影のスポンサーで捏造記事によって株価を操作しているとの噂もある(地に堕ちた出版社「ファクタ」の裏の顔 : 真相の扉)。

高橋●いまのジャーナリズムを覆っているのは、わかりやすいニュース解説を求める「池上彰」化ですよ。
 池上さん自身の功績は大いにあるとは思いますが、あまりにそればっかりだと読者のリテラシーが一向にあがってこない。それどころか今の読み手は、書き手に対して「もっとわかりやすく解説してくれ」とか「どうすればいいのか答えを教えてほしい」と求めてばかりいるようになってしまう。かつての読み手はもっと向上心、向学心をもって書物に触れていたと思います。

「池上彰」化だってさ(笑)。言い得て妙だ。テレビ番組で何も考えていない若い女性タレントや頭の悪そうな若手芸人を起用するのは、視聴者のレベルに合わせているためか。これをツイッター化と言い換えてもよい。140字以内で説明せよ、と。

 池上彰は馬脚を露(あら)わし始めており、ツイッターでも批判する向きが増えつつある。メディアリテラシーを磨くためには格好の人物で、「何を言ったか」よりも「何を言っていないか」に注目する必要がある。池上彰は意図的に情報を隠蔽(いんぺい)し、ありきたりの見方で一般化し、ひっそりと誤った結論に導く。私は池上を「ソフト左翼」と呼んできたが、実態としては「ソフトな語り口の左翼」に傾いている。

 ただし池上を軽んじるのは危険で、田原総一朗に辟易した視聴者を取り込んでいると思われるが、テレビ局において一定の権力を握りつつあるようだ。

八幡和郎氏「池上彰の番組から取材があってさんざん時間を取らされたあと『池上の番組の方針で、番組では八幡さんの意見ではなく池上の意見として紹介しますがご了解いただけるでしょうか』といわれた」~ネット「そうか!そうだったのか!」 | アノニマスポスト ネット

 高橋篤史の発言は一見するともっともなのだが、その言葉がジャーナリストにも跳ね返ってくることを自覚すべきだろう。取材情報を盛り込みすぎて結論の抽象度が低すぎる記事やノンフィクションが、読者の向上心を奪っているケースも少なくない。「わかりやすい解説」「安易な答え」に需要があるのならばそれを書けばよい。一定数の読者を獲得しながら自分の好きなように書いても遅くはあるまい。やろうと思えば有料メールマガジンの配信やオンデマンド出版は誰にでもできるのだから、書き手にとっては追い風が吹いていると考えてよい。

 大鹿靖明は朝日新聞の記者である。それだけで信用ならない。従軍慰安婦捏造記事によって日本の国威を失墜させたり、中国共産党によるチベット侵略を擁護してきた新聞社(『チベット大虐殺と朝日新聞』岩田温〈いわた・あつし〉)の人間にジャーナリズムを語る資格があるのだろうか? 講談社ノンフィクション賞を受賞した程度で増長するのは早すぎる。本書に安田浩一が入っているのも人選に政治色があり過ぎる。

 特定の政治信条や宗教思想に被(かぶ)れた人々は嘘に目をつぶることができる。理想や目的を目指す彼らの言動・言論はプロパガンダとならざるを得ない。大衆の操作・誘導を旨とする姿勢はやがてファシズムに向かうことを避けられない。自分たちを高みに置いた途端、見えなくなるものが増えてくる。「見える」ことには「見えない」ことを含んでいる。その自覚を忘れてしまえば、彼の言葉の結論は「私に従え」というメッセージとなってしまうだろう。

2014-09-05

プラハの春と朝日新聞


 そこにいた記者のほとんど全部がウオツカなどで酔っ払っていた。酔い泣きに泣いている者までいた。さほど酔っていない記者が説明してくれたという。「プラハの特派員がこの侵入と弾圧はよくない、と打電してきているのに、その正反対を書かねばならないからだ」▼「酔ってでもなければ、そんなことは書けない」。1968年、チェコスロバキアの民主化の動き「プラハの春」をソ連が戦車で蹂躙(じゅうりん)したあと、モスクワでソ連共産党機関紙プラウダの編集局を深夜ひそかに訪ねたときの光景を、作家の堀田善衛が書き残している。党機関紙であっても記者の心根に変わりはないと知った。▼朝日新聞が一度は掲載を拒んだジャーナリスト池上彰さんのコラムを、「判断は適切でなかった」という謝罪とともにきのう載せた。その間、朝日の記者たちがインターネット上に実名で意見を公にしている。「掲載拒否」に「はらわたが煮えくりかえる」、掲載後は「拒否した理由がますます分からない」というふうに。▼慰安婦報道に対する朝日の検証を、池上さんは「遅きに失した」「謝罪もすべきだ」と批判した。しかし朝日を侮辱しているようには読めない。なのに、なぜ記者の心根とかけ離れた方針になったのか。記者の不満が紙面以外のどこかに噴き出すのはいいことなのか。民主主義の国だってメディアは危うさをはらんでいる。

春秋/日本経済新聞 2014年9月5日

2013-09-02

分割統治/『そうだったのか! 現代史 パート2』池上彰


『そうだったのか! 現代史』池上彰

 ・ソ連がアフガニスタンを侵攻するようにアメリカが誘導した
 ・分割統治

 ヨーロッパの強国は、世界各地で植民地支配をする上で、「分割統治」の原則を貫いてきました。たとえばフランスは、カンボジアを植民地にしたときに、ベトナム人を使って間接統治しました。このため、カンボジア人の恨みはベトナム人に向けられ、いまでもカンボジア人のベトナム人嫌いの原因になっています。
 ベルギーは、アフリカのルワンダを植民地にしたときに、ツチ族とフツ族という二つの民族を対立させて支配しました。この結果、二つの民族の間に憎悪が残り、1994年の内戦の遠因になりました。
 イギリスは(インドの)「分割統治」を進めるために、間接統治と共に、「対立させて支配する」という方式を実行しました。

【『そうだったのか! 現代史 パート2』池上彰(ホーム社、2003年/集英社文庫、2008年)】



 古代ローマにおける分割統治とは、広大なローマ帝国を築き上げるために支配下の都市に対して行った政策のことだ。分割統治はまた、大航海時代の15世紀から20世紀にかけて、ヨーロッパ列強が植民地を支配するための基本的な戦略としても用いられた。

山崎淑子の「生き抜く」ジャーナル!



 列強たちはそれぞれの取り分を、一つの国として統治したのか?というと全然違う。いくつもの国として統治。しかも、ここで編み出した知恵が分割統治。あえて、民族や宗教等が違う人たちを少しだけ入れるように工夫して線を引く。しかも、その反対側(隣の国)はその比率が逆になるように。

世界地図を見てみよう:分割統治の怖さが見える:吉川由紀枝



 欧米の分割統治とは、少数の民族や華僑に特権を与えて大多数の現地人を支配させ、その上に欧米人が坐るという支配のしかたのことである。

欧米の伝統「分割統治」



 支配される側を一級市民と二級市民に分けて、扱いに差をつけます。すると生活に不満があっても、一級市民は二級市民を見下すことで不満のはけ口にします。「自分はまだあいつらよりもマシだ」。とうぜん、二級市民は一級市民を敵視するようになります。支配される側の人々は仲たがいをし、小さな利害でも対立するようになるのです。

 支配される側の人々は互いに争うので、支配階層に対する批判の矛先を逸らすことができるのです。分断統治は、人々が持つ差別意識や優越意識を利用しています。

権力闘争「分断して統治せよ」



 スリランカでは、その分割統治の定石通りに植民地支配が行われて、インドから連れてこられたタミル人は土着のシンハラ人をよそに安定した仕事と富を得ることになった。

 そして、イギリスの目論み通り、シンハラ人とタミル人は憎しみ合い、数十年にも渡る激しい闘争を繰り広げていたのである。

 この構図は、香港でも、シンガポールでも使われた。そして、パレスチナでも分割統治の名残りとしてユダヤ人が植民されて、中東の火薬庫となっていった。

セイロン茶葉の紅茶を飲みながら、イギリスの分割統治を思う:鈴木傾城〈すずき・けいせい〉



 本願寺側にとっては失礼な物言いになるかもしれませんが、秀吉と家康による本願寺の「分割統治」(ぶんかつとうち)が見事に成功し、それが未だに続いているといっても過言ではないのです。

家康の政策 ~分割統治と権益による統制 その1



 戦後、日本本土はドイツのように分割されることなく、アメリカを中心とする連合国による占領統治が行われましたが、戦争中には、連合国が日本本土を分割して占領する「日本の分割統治計画」が存在しました。

Divide and Rule: 分割し統治せよ



日本共産党はコミンテルンの日本支部/『日本最後のスパイからの遺言』菅沼光弘、須田慎一郎
李承晩の反日政策はアメリカによる分割統治/『この国を呪縛する歴史問題』菅沼光弘