2014-07-30

【美濃加茂市長収賄事件】保釈請求について 郷原信郎弁護士記者会見





2014-07-29

渡邉哲也、若林栄四、六車由実、高橋史朗、ジョン・フィネガン、他


 9冊挫折、2冊読了。

完全にヤバイ!韓国経済』三橋貴明、渡邉哲也(彩図社、2009年)/本書が渡邉の第一作。タイトルに暴力団用語を配するのはどうなのかね? 個人的に三橋の動画は見るが著作は読まない。

ドル崩壊! 今、世界に何が起こっているのか?』三橋貴明:渡邉哲也監修(彩図社、2008年)/パス。

データで読み解く! マネーと経済 これからの5年』吉田繁治(ビジネス社、2013年)/株式よりも市場規模の大きい国債の解説本。ちょっと小難しい。

アップデートする仏教』藤田一照〈ふじた・いっしょう〉、山下良道〈やました・りょうどう〉(幻冬舎新書、2013年)/近頃この手の本が多いね。砕けた調子の対談が肌に合わず。対談本には緊張感が不可欠だ。

空腹力』石原結實〈いしはら・ゆうみ〉(PHP新書、2007年)/重複した記述が目立つ。構成に難あり。石原の著作は既に2冊読んでいるのでもう十分か。

今あるガンが消えていく食事 進行ガンでも有効率66.3%の奇跡』済陽高穂〈わたよう・たかほ〉(マキノ出版、2008年)/「ビタミン文庫」となっているが文庫本ではなくソフトカバーである。冒頭に体験談を持ってくるという愚を犯している。臨床は重要だが科学的視点を欠けば単なる文学となってしまう。

危険な油が病気を起こしてる』ジョン・フィネガン:今村光一訳(オフィス今村、2000年)/今村光一はマックス・ゲルソンの翻訳者。手に取ったのもそれが理由だ。ちょっと読みにくい。飛ばし読み。

日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと』高橋史朗(致知出版社、2014年)/文章がよくない。リライトすべきだ。

驚きの介護民俗学』六車由実〈むぐるま・ゆみ〉(医学書院、2012年)/「シリーズ ケアをひらく」の一冊。ツイッターで知った本。六車は民俗学者から介護職員に転身した人物。読みやすい文章で、介護現場での失敗も赤裸々に綴っている。真っ直ぐな性格が伝わってくる。ただし手厳しいようだが、民俗学の領域に至っているかどうかは疑問だ。やはり時間を要することだろう。六車が新しい『遠野物語』を紡ぐしかない。「『回想法ではない』と言わなければいけない訳」は結局、介護の世界に男性が少ないことに起因していると思う。私はノーマライゼーションなんかはなっから信じていないし、介護という世界は教育と似ていてパーソナルな関係性がものをいうと考えている。理論に人を当てはめるのが極めて難しい。体位変換ひとつとってもコツを教えるのが厄介なのだ。思いやりを欠いた人物に「思いやりを持て」と言うのに等しい。もう一つ。要介護者に寄り添うことは大切だが、寄り添いすぎると依存し合う関係となりやすい。そのギリギリのところで距離感を保つことが自立への一歩となる。本書はまだ「民俗学者、介護に驚く」といった内容ではあるが、美智子さんとのやり取りを読むだけでも十分お釣りがくる。六車は表情と声がよく、今後に期待できる。

 46冊目『富の不均衡バブル 2022年までの黄金の投資戦略』若林栄四〈わかばやし・えいし〉(日本実業出版社、2014年)/売れているらしい。テクニカルの参考書。牽強付会が目立つので注意が必要だ。

 47冊目『これから日本と世界経済に起こる7つの大激変』渡邉哲也(徳間書店、2014年)/やや総花的ではあるが、渡邉の説明能力は群を抜いている。一人シンクタンク。しかし、どうやってこれほどの情報を集めているのかね? 米中二極体制は既に終焉、と。有料メールマガジンも購読したのだが、こちらはさほど面白くないので購読中止。

2014-07-27

沖仲仕の膂力と冷徹な眼差し/『魂の錬金術 エリック・ホッファー全アフォリズム集』エリック・ホッファー


『エリック・ホッファー自伝 構想された真実』エリック・ホッファー

 ・沖仲仕の膂力と冷徹な眼差し
 ・自己犠牲

 情熱の大半には、自己からの逃避がひそんでいる。何かを情熱的に追求する者は、すべて逃亡者に似た特徴をもっている。
 情熱の根源には、たいてい、汚れた、不具の、完全でない、確かならざる自己が存在する。だから、情熱的な態度というものは、外からの刺激に対する反応であるよりも、むしろ内面的不満の発散なのである。

【『魂の錬金術 エリック・ホッファー全アフォリズム集』エリック・ホッファー:中本義彦訳(作品社、2003年)以下同】

 荷を運ぶ沖仲仕(港湾労働者)の膂力(りょりょく)と思想家の冷徹な眼差しが言葉の上で交錯する。港のコンクリートを踏みしめる足の力から生まれた言葉だ。エリック・ホッファーは言葉を弄(もてあそ)ぶ軽薄さとは無縁だ。

 情熱は騒がしい。そして熱に浮かされている。ファンや信者の心理を貫くのは投影であろう。情熱には永続性がない。エントロピーは常に増大する。つまり熱は必ず冷めるのだ。特に知情意のバランスを欠いた情熱は危うい。

 われわれが何かを情熱的に追求するということは、必ずしもそれを本当に欲していることや、それに対する特別の適性があることを意味しない。多くの場合、われわれが最も情熱的に追求するのは、本当に欲しているが手に入れられないものの代用品にすぎない。だから、待ちに待った熱望の実現は、多くの場合、われわれにつきまとう不安を解消しえないと予言してもさしつかえない。
 いかなる情熱的な追求においても、重要なのは追求の対象ではなく、追求という行為それ自体なのである。

 達成よりも行為を重んじるのは現在性に生きることを意味する。功成り名を遂げることよりも今の生き方が問われる。将来の夢に向かって進む者にとって現在は厭(いと)わしい時間となる。追求よりも探究の方が相応しい言葉だろう。

 われわれは、しなければならないことをしないとき、最も忙しい。真に欲しているものを手に入れられないとき、最も貪欲である。到達できないとき、最も急ぐ。取り返しがつかない悪事をしたとき、最も独善的である。
 明らかに、過剰さと獲得不可能性の間には関連がある。

 空白の欺瞞。

 あれかこれがありさえすれば、幸せになれるだろうと信じることによって、われわれは、不幸の原因が不完全で汚れた自己にあることを悟らずに済むようになる。だから、過度の欲望は、自分が無価値であるという意識を抑えるための一手段なのである。

 欲望は満たされることがない。諸行は無常であり変化の連続だ。一寸先は闇である。我々が思うところの幸福は我が身を飾るアクセサリーに過ぎない。

 あらゆる激しい欲望は、基本的に別の人間になりたいという欲望であろう。おそらく、ここから名声欲の緊急性が生じている。それは、現実の自分とは似ても似つかぬ者になりたいという欲望である。

 名声という名のコスプレ。変身願望を抱く自分からは逃げられない。

 山を動かす技術があるところでは、山を動かす信仰はいらない。

 これぞ、アフォリズム。

「もっと!」というスローガンは、不満の理論家によって発明された最も効果的な革命のスローガンである。アメリカ人は、すでに持っているものでは満足できない永遠の革命家である。彼らは変化を誇りとし、まだ所有していないものを信じ、その獲得のためには、いつでも自分の命を投げ出す用意ができている。

 大衆消費社会の洗礼だ。

 プライドを与えてやれ。そうすれば、人びとはパンと水だけで生き、自分たちの搾取者をたたえ、彼らのために死をも厭わないだろう。自己放棄とは一種の物々交換である。われわれは、人間の尊厳の感覚、判断力、道徳的・審美的感覚を、プライドと引き換えに放棄する。自由であることにプライドを感じれば、われわれは自由のために命を投げ出すだろう。指導者との一体化にプライドを見出だせば、ナポレオンやヒトラー、スターリンのような指導者に平身低頭し、彼のために死ぬ覚悟を決めるだろう。もし苦しみに栄誉があるならば、われわれは、隠された財宝を探すように殉教への道を探求するだろう。

 これが情熱の正体なのだろう。衝動という反応だ。脳が何らかの物語に支配されれば、人は合理性をあっさりと手放す。我々は退屈な日常よりもファナティックを好む。生きがいや理想すら誰かにプログラムされた可能性を考えるべきだろう。中国や韓国の反日感情が、日本人の中で眠っていたナショナリズムを強く意識させる。ひょっとすると日本の若者は既に戦う意志を固めているかもしれない。このようにして感情はコントロールされる。踊らされてはいけない。自分の歩幅をしっかりと確認することだ。



一体化への願望/『生と覚醒(めざめ)のコメンタリー クリシュナムルティの手帖より 1』J・クリシュナムルティ

さようなら韓国、さようなら戦後体制


 菅沼光弘が「朴正煕暗殺事件はアメリカによる犯行」と指摘している(1番目の動画32分10秒)。







「瑞穂の国」の資本主義見抜く経済学これから日本と世界経済に起こる7つの大激変 (一般書)日本はニッポン! 金融グローバリズム以後の世界

2014-07-26

謀略天国日本 日本は情報戦をどう戦うか?







誰も教えないこの国の歴史の真実この国の不都合な真実―日本はなぜここまで劣化したのか?この国を脅かす権力の正体 (一般書)この国はいつから米中の奴隷国家になったのか

モノクロ画像の迫力と豊かさ


 画家のパレットかと思った。強烈な陰影だ。カラーだとこの落差を表現することは難しい。色の実体は陰影なのかもしれない。つまり遠近法だ。大地が手前に位置し、水平線が奥行きを広げる。空間は光と影によって構成されていることが理解できる。

2014-07-25

資本主義のメカニズムと近代史を一望できる良書/『資本主義の終焉と歴史の危機』水野和夫


『〈借金人間〉製造工場 “負債"の政治経済学』マウリツィオ・ラッツァラート
『タックス・ヘイブン 逃げていく税金』志賀櫻

 ・資本主義のメカニズムと近代史を一望できる良書

『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』水野和夫
『悪の論理 ゲオポリティク(地政学)とは何か』倉前盛通
『通貨戦争 崩壊への最悪シナリオが動き出した!』ジェームズ・リカーズ
『ペトロダラー戦争 イラク戦争の秘密、そしてドルとエネルギーの未来』ウィリアム・R・クラーク

必読書リスト その二

 キリスト教の記述がしっかりしており、資本主義のメカニズと近代史を一望できる良書だ。『超マクロ展望 世界経済の真実』では控え目だった水野が本気を出すとこうなるのね。いやはや、ぶったまげたよ。

 近代とは経済的に見れば、成長と同義です。資本主義は「成長」をもっとも効率的におこなうシステムですが、その環境や基盤を近代国家が整えていったのです。
 私が資本主義の終焉(しゅうえん)を指摘することで警鐘を鳴らしたいのは、こうした「成長教」にしがみつき続けることが、かえって大勢の人々を不幸にしてしまい、その結果、近代国家の基盤を危うくさせてしまうからです。
 もはや利潤をあげる空間がないところで無理やり利潤を追求すれば、そのしわ寄せは格差や貧困という形をとって弱者に集中します。そして本書を通じて説明するように、現代の弱者は、圧倒的多数の中間層が没落する形となって現れるのです。

【『資本主義の終焉と歴史の危機』水野和夫(集英社新書、2014年)以下同】

 先進国が金融緩和をし続けているにも関わらず格差が進行するのは富の極端な集中によるものだ。川の水が海を目指すように、富は富者の口座に滞留する。海水は日光によって蒸発し雲となるが、富裕層の富が蒸発することはない。既にトリクルダウン理論も崩壊した。おこぼれが経済を押し上げることはなかった。

 日本の10年国債利回りは、400年ぶりにそのジェノヴァの記録を更新し、2.0%以下という超低金利が20年近く続いています。経済史上、極めて異常な状態に突入しているのです。
 なぜ、利子率の低下がそれほどまでに重大事件なのかと言えば、金利はすなわち、資本利潤率とほぼ同じだと言えるからです。資本を投下し、利潤を得て資本を自己増殖させることが資本主義の基本的な性質なのですから、利潤率が極端に低いということは、すでに資本主義が資本主義として機能していないという兆候です。

 2%程度だとインフレ率を上回らない。つまり国債購入者は損をする羽目になる。それでも尚、安全を求めるマネーは国債購入へ向かう。確かに金利=資本利潤率と考えれば行き場を失ったマネーの姿が見えてくる。

 利子率=利潤率が2%を下回れば、資本側が得るものはほぼゼロです。そうした超低金利が10年を超えて続くと、既存の経済・社会システムはもはや維持できません。これこそが「利子率革命」が「革命」たるゆえんです。

 金利はマネーの需要を示すわけだから、当然、実体経済において企業は設備投資を控える。リターンなき投資世界が現れたと考えてよい。

 では、この異常なまでの利潤率の低下がいつごろから始まったのか。
 私はその始まりを1974年だと考えています。図2のように、この年、イギリスと日本の10年国債利回りがピークとなり、1981年にはアメリカ10年国債利回りがピークをつけました。それ以降、先進国の利子率は趨勢的(すうせいてき)に下落していきます。
 1970年代には、1973年、79年のオイル・ショック、そして75年のヴェトナム戦争終結がありました。
 これらの出来事は、「もっと先へ」と「エネルギーコストの不変性」という近代資本主義の大前提のふたつが成立しなくなったことを意味しているのです。
「もっと先へ」を目指すのは空間を拡大するためです。空間を拡大し続けることが、近代資本主義には必須の条件です。アメリカがヴェトナム戦争に勝てなかったことは、「地理的・物理的空間」を拡大することが不可能になったことを象徴的に表しています。
 そして、イランのホメイニ革命などの資源ナショナリズムの勃興(ぼっこう)とオイル・ショックによって、「エネルギーコストの不変性」も崩れていきました。つまり、先進国がエネルギーや食糧などの資源を安く買い叩くことが70年代からは不可能になったのです。


 そんなに前だったとはね。で、アメリカはというと、水野によれば「電子・金融空間」を開拓した。15世紀半ばから始まった大航海時代の終焉だ。

フロンティア・スピリットと植民地獲得競争の共通点/『砂の文明・石の文明・泥の文明』松本健一

 原油価格の長期的な価格変動はWikipediaのチャートがわかりやすい。今からだと信じ難い話だがオイルショック前の原油価格は1バレル=2~3ドルであった(※現在は100ドル強)。

 私が経済書を読むようになったのは40代からのこと。出来るだけ若いうちから学んだ方がよい。金融・経済の仕組みを理解しなければ、自分が奪われている事実にすら気づかないからだ。

資本主義の終焉と歴史の危機 (集英社新書)
水野 和夫
集英社 (2014-03-14)
売り上げランキング: 9,154

エリック・シュローサー著『ファストフードが世界を食いつくす』が文庫化

文庫 ファストフードが世界を食いつくす (草思社文庫)

 ハンバーガーやフライドチキン、いまや全世界を席巻するファストフードの背後には、巨大化した食品メーカーや農畜産業の利益優先の不合理がはびこっている。化学薬品、香料まみれのハンバーガーの味を刷り込まれる子どもたち、専属契約で廃業に追い込まれる農地や牧場、そして労働者の搾取。ファストフード産業は地球環境と人々の健康を害し、自営農民や労働者、そして文化の多様性を破壊している。わずか半世紀で荒廃したアメリカ人の食と農業構造を緻密な取材と圧倒的筆力で描いた衝撃の書。最新状況をふまえた追記も掲載。

アメリカ食肉業界の恐るべき実態

2014-07-24

目撃された人々 58



ジョン・クラカワー著『信仰が人を殺すとき』が文庫化

信仰が人を殺すとき 上 (河出文庫)信仰が人を殺すとき 下 (河出文庫)

「彼らを殺せ」と神が命じた――信仰とはなにか? 真理とはなにか? 1984年7月、米ユタ州のアメリカン・フォークで24歳の女性とその幼い娘が惨殺された。犯人は女性の義兄、ロナルド・ラファティとダン・ラファティであった。事件の背景にひそむのは宗教の闇。圧巻の傑作ノンフィクション、ついに文庫化。

 弟の妻とその幼い娘を殺害したラファティ兄弟は、熱心なモルモン教信徒であった。著者はひとつの殺人事件を通して、その背景であるモルモン教とアメリカ社会の歴史を、綿密かつドラマチックにひもといてゆく。人間の普遍的感情である信仰、さらには真理や正義の問題を次々突きつけてくる刺激的傑作。

モルモン教の創始者ジョセフ・スミスの素顔
モルモン教の経典は矛盾だらけ
モルモン教原理主義者と一夫多妻制

米国が隠したヒロシマとナガサキ - Democracy Now!


アメリカ人の良心を目覚めさせた原爆の惨禍/『トランクの中の日本 米従軍カメラマンの非公式記録』ジョー・オダネル

借金人間(ホモ・デビトル)の誕生/『〈借金人間〉製造工場 “負債"の政治経済学』マウリツィオ・ラッツァラート


「腐敗した銀行制度」カナダ12歳の少女による講演
30分で判る 経済の仕組み
「Money As Debt」(負債としてのお金)
『サヨナラ!操作された「お金と民主主義」 なるほど!「マネーの構造」がよーく分かった』天野統康
『マネーの正体 金融資産を守るためにわれわれが知っておくべきこと』吉田繁治

 ・借金人間(ホモ・デビトル)の誕生

『紙の約束 マネー、債務、新世界秩序』フィリップ・コガン
『資本主義の終焉と歴史の危機』水野和夫

必読書リスト その二

「負債は、支払い終えることのできない債務者と、汲めどもつきぬ利益を得つづける債権者という関係となる」(ニーチェ)
 人類の歴史において〈負債〉とは、太古の社会では「有限」なるものであったが、キリスト教の発生によって「無限」なるものへと移行し、さらに資本主義の登場によってけっして完済することのない〈借金人間〉が創り上げられたのである。

【『〈借金人間〉製造工場 “負債"の政治経済学』マウリツィオ・ラッツァラート:杉村昌昭訳(作品社、2012年)以下同】

 富の源泉は負債である。実に恐ろしいことだ。現代社会において経済に無知な者はいかなる形であれ必ず殺される。少しずつ。

 この主題の核心にある“債権者/債務者”関係は、搾取と支配のメカニズムやさまざまな関係性を横断して強化する。なぜならこの関係は、労働者/失業者、消費者/生産者、就業者/非就業者、年金生活者/生活保護の受給者などの間に、いかなる区別も設けないからである。すべての人が〈債務者〉であり、資本に対して責任があり負い目があるのであって、資本はゆるぎなき債権者、普遍的な債権者として立ち現れる。新自由主義の主要な政治的試金石は、現在の“危機”がまぎれもなく露わにしているように、今も“所有”の問題である。なぜなら“債権者/債務者”関係は、資本の“所有者”と“非所有者”の間の力関係を表現しているからである。
 公的債務を通して、社会全体が債務を負っている。しかし、そのことは逆に【不平等】を激化させることになり、その不平等は、いまや「階級の相違」と形容してもいいほどのものになっている。

 借金がないからといって胸を撫で下ろしてはいけない。税という名目で我々全員に債務が押しつけられているのだ。収奪された税金は富める場所を目指してばら撒かれる。

 もしも完璧な政府が生まれ、完璧な税制を行えば、支払った税金は100%戻ってくるはずだ。否、乗数効果を踏まえれば増えて戻ってくるのが当然である。

政府が100万円支出を増やせば、GDPが233万円増えるということになる/『国債を刷れ! 「国の借金は税金で返せ」のウソ』廣宮孝信
乗数効果とは何だろうか:島倉原

 国家や地方の予算で潤っている連中が存在する。それを炙(あぶ)り出すのがジャーナリズムの仕事であろう。天下り法人についても追求が甘すぎる。

官僚機構による社会資本の寡占/『独りファシズム つまり生命は資本に翻弄され続けるのか?』響堂雪乃

 日銀によるドル円の為替介入もアメリカに対する日本からの資金提供と見ることができる。利益が出ているにもかかわらず、東日本大震災の被災者を支援するために使われなかった。つまり利益を確定することができないのだろう。意外と知られていない事実だが、アメリカの不動産バブルを全面的に押し上げたのもゼロ金利のジャパンマネーであった。

 相次ぐ金融危機は、すでに出現していた【ある主体の姿】を荒々しく浮かび上がらせたが、それは以後、公共空間の全体を覆うことになる。すなわち〈借金人間〉(ホモ・デビトル)という相貌である。新自由主義は、われわれ全員が株主、われわれ全員が所有者、全員が企業家といった主体の実現を約束したのだが、それは結局、われわれをアッという間に、「自らの経済的な運命に全責任を負う」という原罪を背負わされた〈借金人間〉(ホモ・デビトル)という実存的状況に落とし入れた。

〈借金人間〉(ホモ・デビトル)――恐ろしい言葉だ。資本主義は遂にホモ属の定義をも変えたのだ。間もなくDNAも書き換えられることだろう。人類は生存率を高めるために、その多くを働き蜂や働き蟻のように生きることを指示し、一握りの女王蜂や女王蟻のみが自由を享受する社会が出現しつつある。

 カネが人を狂わせる、のではない。カネは人類をも狂わせるのだ。資本主義は有限なるものを奪い尽くす。エネルギーや食糧が不足した時、人類は滅びる運命にある。今からでも遅くないから、火の熾(おこ)し方や食べられる植物の見分け方を身につけておくべきだろう。



信用創造の正体は借金/『ほんとうは恐ろしいお金(マネー)のしくみ 日本人はなぜお金持ちになれないのか』大村大次郎

不動産屋の原状回復詐欺に気をつけろ








2014-07-22

過去40年にわたって蓄積されてきた負債は返済されない/『紙の約束 マネー、債務、新世界秩序』フィリップ・コガン


『マネーの正体 金融資産を守るためにわれわれが知っておくべきこと』吉田繁治

 ・過去40年にわたって蓄積されてきた負債は返済されない

『〈借金人間〉製造工場 “負債”の政治経済学』マウリツィオ・ラッツァラート

 経済史とは、マネーの特性を戦場とする債務者と債権者の戦いの歴史であり、現在の危機はその最新の小競り合いにすぎない

【『紙の約束 マネー、債務、新世界秩序』フィリップ・コガン:松本剛史〈まつもと・つよし〉訳(日本経済新聞社、2012年)以下同】
 お見事。資本主義の本質は債権と債務にある。金を融通すると書いて金融とは申すなり。借金こそが資本主義の生命線だ。もちろん返したり返せなかったりするわけだがマネーが消えることはない。誰かが損失を被ったとしても投資されたマネーは経済市場の中を移動してとどまることがない。

 人生の大切な時期に、人は借金をする。子供の教育費を支払うため、耐久消費財や持ち家を買うために、負債を抱える。国が借金をするのは、われわれ国民が進んで納める税金の額が国民の望む公的支出の総額になかなか見合わないためだ。
 負債(debt)の別名「クレジット」(credit)はラテン語の credere (信じる)に由来する。お金の貸し借りとは、信用(クレジット)と信頼(コンフィデンス)の両方から成る行為だ。貸し手は、借り手がお金を返してくれることを信じなくてはならない。家を買う人が、賃貸よりもローンを借りるほうを選ぶのは、住宅の価格が上がるという信頼があるためだ。銀行は顧客がクレジットカードを使って借金を増やしていくのに任せる。顧客が元本と利子を返済するという信頼があるからだ。

 これを与信という。現代社会における信用とは「いくら借金ができるか」(与信枠)を意味するのだ。

 過去40年にわたって蓄積されてきた負債は、もはや全額を返すことはとうてい不可能だし、実際に返済されもしないだろう。ギリシャ、アイルランド、ポルトガルの債務危機は、単なる始まりにすぎない。いくつかの国、特にヨーロッパの経済情勢の悪化の原因は、人口の高齢化にある。労働者の数に対する引退者の数の割合がどんどん大きくなっているのだ。その結果、こうした国では、収入増加のペースが負債の利子の増加に追いつかなくなる。そして形式的なデフォルト、つまり借り手が負債の一部だけを返す、もしくは事実上のデフォルト、つまり通貨切り下げやインフレによって購買力を失った通貨で返済するといった事態が起こる。今後10年間の経済と政治は、この問題を中心に展開していくだろう。そして最も大きな痛手を被るのはどの社会階級、どの国になるかといったことが論じられていくだろう。

 新自由主義が世界を席巻してからというもの、明らかに雇用の質が低下している。昨今のマーケットはアメリカの雇用統計に過激な反応を示すが、アメリカの失業率は求職者だけが分母となっていて、パートタイマーが増えても失業率は改善されたことになる。先進国の国内格差は拡大する一方で中流階級の没落が顕著だ。

 大きすぎて潰せない企業には税金が投入される。負担するのは国民だ。つまり可処分所得が低下する中で税負担は増え続ける。これが負債の本質だ。企業は利益を出しても設備投資を手控え、内部留保や配当に回しているのは世界的な傾向だ。富は持てる者に集中し、持たざる者には負担だけが押し付けられる。

 金融緩和が通貨の切り下げである。マネーストックが増えるのだから当然マネーの価値は下がる。で、物の価値が上がるかといえば中々上がらない。インフレは借金を相対的に減らす。ところがどっこいアメリカやEUはデフレに向かいつつある。

 膨大なマネーが津波を起こすのも時間の問題だ。資産家の資産価値が激しく下落すれば、少しはまともな世界となることだろう。

紙の約束―マネー、債務、新世界秩序

マレーシア機撃墜を巡ってロシアがウクライナへ質問状







ミツバチ大量死、原因は害虫用殺虫剤 分析で成分検出


 夏に北海道などの北日本で多発しているミツバチの大量死現象は、害虫のカメムシを駆除するため水田に散布される殺虫剤が原因の可能性が高いとする調査結果を18日、農研機構畜産草地研究所(茨城県つくば市)などの研究チームがまとめた。

 研究チームは2012年夏、北日本の水田地帯に養蜂家がミツバチの巣箱を置いた8地点(計415箱)を調査。1カ月間に5地点で、巣箱の近くで死んだミツバチが山のように積み重なっているのを確認した。

 死んだミツバチを分析したところ、全てからネオニコチノイド系を中心に2種類以上の殺虫剤成分が検出された。ウイルスによる病気やスズメバチの襲来などはなく、カメムシ用の殺虫剤が原因の可能性が高いと結論づけた。

朝日新聞デジタル 2014-07-19

2014-07-21

信用貨幣と複式簿記/『マネーの正体 金融資産を守るためにわれわれが知っておくべきこと』吉田繁治


「腐敗した銀行制度」カナダ12歳の少女による講演
30分で判る 経済の仕組み
「Money As Debt」(負債としてのお金)
武田邦彦『現代のコペルニクス』 日本の重大問題(2)国の借金
『サヨナラ!操作された「お金と民主主義」 なるほど!「マネーの構造」がよーく分かった』天野統康

 ・信用貨幣と複式簿記

『〈借金人間〉製造工場 “負債"の政治経済学』マウリツィオ・ラッツァラート
・『紙の約束 マネー、債務、新世界秩序』フィリップ・コガン

株式の資本主義を作った複式簿記

 金属貨幣から離脱した信用貨幣(紙幣)は、株として資本を集めて使う資本主義における(貸借関係を記録する)複式簿記のような大きな発明です。複式簿記も、14世紀から15世紀にベネチア商人の帳簿から生まれています。資本主義は【信用による資本調達の制度】と言っていいものです。信用貨幣と資本主義の複式簿記の発生は、ベネチアで同時でした。

【『マネーの正体 金融資産を守るためにわれわれが知っておくべきこと』吉田繁治〈よしだ・しげはる〉(ビジネス社、2012年)以下同】

 現金の流れだけを追うのが単式簿記(家計簿や小遣い帳)で、複式簿記は貸方・借方というバランスシート方式で資産は負債+資本と必ず一致する。このため複式簿記の方がインチキをしにくい。実は初心者用の複式簿記本しか読んでいないので、その程度しか理解できておらず(涙)。それでも資本主義が借金で回っている事実がよく見えてくる。

ベネチアの複式簿記の記録法によって証券と株が発生

 負債を示す証券と株式は複式簿記から生まれています。複式簿記は、会社が所有する資産を左側に、負債と資本を右側に書きます。実感からは変ですが「資産=負債(簿記の基本)」という構造をもつものです。
 資本主義をつくった株式は、出資した株主にとっては資本という資産です。
 発行した会社にとっては、株主に対し、事業を行った結果の利益を配当する義務がある負債です。
 資本は会社が預かってはいますが会社のものではありません。株主が所有権をもちます。
 株が譲渡可能になって、売買の株式市場ができた理由は、会社の、1.資産・負債の対照構造(バランス・シート)と、2.事業の結果(損益計算書)を真正に公開するということからです。
 株主が、株券という証券を受け取って資本(マネー)を出すのは、銀行預金よりは高い利益配当があるだろうという会社への将来信用からです。こうした「信用」が資本主義をつくったものです。金細工師のバランス・シートに、信用(物的には空洞です)から生まれた株式資本主義の原型が見えます。金利は、貸付金の、未来の不確実性(リスク)をカバーするために生まれたものです。

「資産=負債」という原理に資本主義の本質がある。眼から鱗が50枚くらい落ちたよ。そして株式会社が株主のものであることもよく理解できよう。株主が会社に投資し、会社が事業に投資をする。投資→利益→投資というサイクルが企業活動に運命づけられているのだ。

 現在、主要国の金利が下がっている。その先頭を走っているのが我が日本だ。先進国でいち早くデフレに陥ったためだ。ゼロ金利でもデフレを脱却できないため量的緩和まで行っている。アメリカのQE3(第三次量的緩和)は年内に終了する予定で、FRBは既にテーパリング(量的緩和の縮小)を開始した。FRBが市場に放出した資金を回収すれば、当然のようにドル高圧力がかかる。そこで思いも寄らぬ事態が待ち受けていることだろう。

 金利は「貨幣の時間的価値と信用リスクの対価としての性質を有するもの」(Wikipedia)と考えられているが、それにしても不思議である。マネーの将来価値が低くなることを織り込んでいるわけだから。マネーは金利によって増殖し、増刷されることで価値を下げる。世界各国がインフレターゲット政策を掲げ、健全なインフレ率(2~3%)を設定するのも、金利の為せる業(わざ)なのだろう。

 経済政策が上手くゆかないのはマネーが国境を軽々と超えるためだ。インターネットが普及した現在では一般人の資産すら海外へ移動することはたやすい。マネーはリターンを求めてリスクに向かいバブルを形成し、バブルが弾けるや否や安全な場所へ回避する。逃げ足の速い投機マネーが世界経済を混乱へと招く。

 サブプライム・ショック(2007年)、リーマン・ショック(2008年)を経て、資本主義崩壊が囁かれ始めた。新しい形の世界はまったく見えてこない。だが、やがて人類は必ずカネ以外の価値を見つけることだろう。

マネーの正体

2014-07-19

ビスマルクとロスチャイルド家/『通貨戦争 影の支配者たちは世界統一通貨をめざす』宋鴻兵


『超帝国主義国家アメリカの内幕』マイケル・ハドソン
『ロスチャイルド、通貨強奪の歴史とそのシナリオ 影の支配者たちがアジアを狙う』宋鴻兵

 ・ビスマルクとロスチャイルド家

 前著刊行後、5000万字の資料を参考にし、1日5万文字を1000日にわたって閲覧して書かれたのが本書である。

 若きビスマルクは勤勉で、勉強好きで、権力と叡智に極端なほどの憧れを抱いていた。彼の政治的野心と抱負はすぐにアムシェルとその養子のマイヤーの気に入るところとなった。ロスチャイルド家はとにかく政治的に有望な青年を育てるのが好きで、伯楽であることを自負していた。彼らはビスマルクが投資する価値のある優良株であると判断した。欧州の近代史上、若いころにロスチャイルド家に援助され、後に世界史において傑出した政治家になった人物には、ビスマルクのほかに、後のイギリス首相、ベンジャミン・ディズレーリ、そしてダービー競馬に勝つこと、資産家の令嬢を嫁にすること、イギリスの首相になること、この3つの夢をすべてかなえたロスチャイルド家の婿のローズベリー、そしてイギリスの名物首相、チャーチルがいた。
 ネイサン・ロスチャイルドは「大英帝国の通貨の発行権を握っている」と公言していた。欧州の名門貴族たちは、彼の金銭的な権勢に屈服せざるを得なかったにもかかわらず、ロスチャイルド家のような新興ユダヤ人「成金」を内心では軽蔑していた。ビスマルクも同じであった。ユダヤ銀行家たちを利用しながら軽蔑していたのである。

【『通貨戦争 影の支配者たちは世界統一通貨をめざす』宋鴻兵〈ソン・ホンビン〉: 橋本碩也〈はしもと・せきや〉監訳、河本佳世〈かわもと・かよ〉訳(武田ランダムハウスジャパン、2010年)以下同】

 資本主義は近代以降、政治とカネを切っても切れないものへと変えた。つまり「政治とカネの問題」というテーマは資本主義の否定につながる矛盾を抱えている。民主主義はカネで動くと理解した方がよさそうだ。政治が国家予算(税金)の分捕り合戦である一面を思えば腑に落ちる。

 驚くべき真実であるが、政治も文化も宗教もマネーを制した者が勝つ。「先立つものは金」というわけだ。そして潤沢な資金はプロパガンダ(広告)に費やされ、マネー獲得の目的に向かって直進する。こうしてあらゆる組織が資本増強を目指す。

 ロスチャイルド家は金融の本質を誰よりも早く知悉(ちしつ)していた。欧州貴族の軽蔑すら彼らの目には好機と映ったことだろう。名誉よりも実利が重いのだから。

 そして近代からアメリカが生まれ、そのアメリカからプラグマティズムが産声(うぶごえ)を上げたのも偶然ではあるまい。教会の権威を嫌い、信仰の実を選んだピルグリム・ファーザーズも宗教上の実利を志向している。



 戦争を通じてビスマルクは金銭の重要性を認識した。特に、大事な時に政治家は往々にして銀行家に屈服せざるを得なかった。デンマーク戦争とほぼ同時期に発生したアメリカの南北戦争リンカーン暗殺について、ビスマルクは次のように述べている。

「アメリカを南北の二つの弱い連邦に分けることは、内戦勃発前から欧州の金融権力者によって決められていたことである」

 カネがなければ戦争もできない。すなわちマネーを制する者は戦争をもコントロールできるのだ。

 20世紀末になりインターネットの普及がマネーの移動を自由自在にした。増殖するマネーはバブルとなって膨らんでは弾ける。バブル-バブル崩壊を繰り返しながらマネーはウイルスのように襲いかかる。バブルは富める者を更に富ませ、中産階級を貧困化する。極端な富の集中が資本主義そのものを崩壊させるのも時間の問題だ。

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将は将を知る/『楽毅』宮城谷昌光


『孟嘗君』宮城谷昌光
『長城のかげ』宮城谷昌光

 ・マントラと漢字
 ・勝利を創造する
 ・気格
 ・第一巻のメモ
 ・将軍学
 ・王者とは弱者をいたわるもの
 ・外交とは戦いである
 ・第二巻のメモ
 ・先ず隗より始めよ
 ・大望をもつ者
 ・将は将を知る

『青雲はるかに』宮城谷昌光
『奇貨居くべし』宮城谷昌光

 孟嘗君〈もうしょうくん〉が楽毅〈がっき〉の家を訪ねる。

 もっとも広い部屋に孟嘗君と従者をみちびきいれた楽毅は、躍(おど)る胸をおさえながら、言辞において喜びをあらわした。
 それにいちいちうなずいた孟嘗君は、ふと淡愁(たんしゅう)をみせ、
「わしが斉(せい)にいるあいだ、将軍は中山(ちゅうざん)で戦っていた。中山王は斃死(へいし)せず、中山の民は熄滅(そくめつ)しなかった。それが中山をあずかっていた将軍の愛の表現であると、わしは臨■(りんし)にいて考えていた。将軍は、まことによくなされた。みごとであったとたれも褒めぬのであれば、ここでわしが天にとどくほどの声で褒めよう」
 と、いった。いつのまにか孟嘗君の目が濡(ぬ)れている。その目をみた楽毅は、自分を囲んでいたものが音をたてて崩れはじめたように感じられた。
 ――ああ、このかたは、人の深奥(しんおう)がわかるのだ。
 と、おもいあたるや、どっと涙があふれた。楽毅はめずらしく泣いた。孟嘗君のまえにいるから泣けたともいえる。孟嘗君も泣いている。このふたりをみて室内にいるすべての者が、涙ぐみ、とくに楽毅の手足となって生死の境を走りぬけ、苦難をしのぎにしのいできた丹冬(たんとう)と趙写(ちょうしゃ)は、背をふるわせて欷歔(ききょ)した。

【『楽毅』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(新潮社、1997年/新潮文庫、2002年)】

 楽毅が孟嘗君とまみえるのは留学していた時以来で二度目のこと。中山は小国であったがゆえに楽毅は将軍となってからも順風満帆とはいえぬ苦境の連続を凌(しの)いできた。将は将を知る。孟嘗君は楽毅の孤独をすくい上げるように自らの思いを述べた。美しい名場面である。

 人は年を重ねるにつれて妥協を余儀なくされ、いつしか腐臭の中に身を置くようになる。自分で自分に言いわけをしながら、やがて他人に言いわけを強いるような存在に変わってゆく。戦うことをやめた瞬間から人は老いる。老いとは成長を失った姿だ。

 孟嘗君と楽毅は勇猛で知られた人物だが、彼らが戦ったのは戦場だけではなかった。将は王ではない。駒(こま)のように扱われることもあった。その中で配下や民を思いやり、大義を追求した。二人は常に風雪にさらされる山頂のごとき高みにいた。

 孟嘗君は楽毅の饗応に対し、細やかな配慮を見過ごすことなく応じた。これが人間と人間の出会いというものなのだろう。心浅くして人を知ることはできない。

楽毅〈1〉 (新潮文庫)楽毅〈2〉 (新潮文庫)楽毅〈3〉 (新潮文庫)楽毅〈4〉 (新潮文庫)

水野和夫、中原圭介、マックス・ゲルソン、アルボムッレ・スマナサーラ、他


 17冊挫折、2冊読了。

般若心経は間違い?』アルボムッレ・スマナサーラ(宝島社新書、2007年/宝島SUGOI文庫、2009年)/「我こそ正義」という思いがチラチラ透けて見える。著作の多さも仏教者らしくない。解説者としては尊敬できるがつかみどころのない人物でもある。

小さな「悟り」を積み重ねる』アルボムッレ・スマナサーラ(集英社新書、2011年)/これも期待外れ。

老いと死について』アルボムッレ・スマナサーラ(大和書房、2012年)/食傷気味。

生きる勉強 軽くして生きるため上座仏教長老と精神科医が語り合う』アルボムッレ・スマナサーラ、香山リカ(サンガ新書、2010年)/スマナサーラの最大の欠点は声の悪さにある。しかも意図的に飄々と語ることでふざけた印象を与える。これほど多くの著作がありながらも、誰から何を教わったか、修行にまつわる苦労、テーラワーダ仏教の内情については何も書いていない。

イエス復活と東方への旅 誕生から老齢期までのキリストの全生涯』ホルガー・ケルステン:佐藤充良訳(たま出版、2012年)/これは表紙がダメだろうよ(笑)。タイミングが合わなくて中止。世界で400万部のベストセラーらしい。

カリスマ受験講師細野真宏の経済のニュースがよくわかる本 世界経済編』細野真宏(小学館、2003年)/タイトルが醜悪。無駄な改行が多いのも解せない。初心者向けの経済解説で基本的な経済の用語や仕組みについて書かれている。横書き。

円高の正体』安達誠司(光文社新書、2012年)/トンデモ本といってよいと思う。

誰も言わない政党助成金の闇 「政治とカネ」の本質に迫る』上脇博之(日本機関紙出版センター、2014年)/著者は共産党シンパと思われる。文章の独善的なところが赤旗そっくりだ。出版社もサイトを見る限りではそれっぽい。

どっこい大田の工匠たち 町工場の最前線』小関智浩〈こせき・ともひろ〉(現代書館、2013年)/文章を飾りすぎて時々行方がわからなくなる。

鉄を削る 町工場の技術』小関智弘〈こせき・ともひろ〉(太郎次郎社、1985年/ちくま文庫、2000年)/エッセイ風の文章が肌に合わず。

3日食べなきゃ、7割治る!』船瀬俊介(三五館、2013年)/トンデモ本でした。

漢字の字源』阿辻哲次〈あつじ・てつじ〉(講談社現代新書、1994年)/構成にもう一工夫欲しいところ。後半は飛ばし読み。

国家破産 これから世界で起きること、ただちに日本がすべきこと』吉田繁治(PHP研究所、2011年)/ロジックに傾きすぎていて読みにくい。

大恐慌情報の虚(ウソ)と実(マコト)』三橋貴明、渡邉哲也(ビジネス社、2011年)/渡邉哲也の著作を全部読もうと思っていたのだが、これ軽すぎて駄目。砕けた調子が雑談に見えてしまう。編集者に芸が無さすぎる。

ドル・円・ユーロの正体 市場心理と通貨の興亡』坂田豊光(NHKブックス、2012年)/文章が論文のように固くて読めず。

代替医療解剖』サイモン・シン、エツァート・エルンスト:青木薫訳(新潮文庫、2013年/新潮社、2010年『代替医療のトリック』改題)/代替医療を批判することで結果的に西洋医学を礼賛している。発想が逆だ。土俗宗教を嘲笑うことでキリスト教を持ち上げる手法と似ている。西洋医学が効果を発揮しているのは感染症くらいだろう。平均寿命が延びているのは医学の力ではなく衛生によるところが大きい。順序からいえば製薬会社を批判するのが先だ。

ガン食事療法全書』マックス・ゲルソン:今村光一訳(徳間書店、1989年)/残念ながら1/3も読めなかった。関連作品を読む予定だ。マックス・ゲルソンは本書を著した後に不審な死を遂げた。暗殺説が根強い。

 44冊目『インフレどころか世界はこれからデフレで蘇る』中原圭介(PHP新書、2014年)/面白かった。シェール革命によってエネルギー価格が押し下げられ、世界がデフレに向かうという推測。中原によれば、よいインフレ、悪いインフレ、よいデフレ、悪いデフレの4種類があるという。長期的なファンダメンタルズに興味のある人は必読。

 45冊目『資本主義の終焉と歴史の危機』水野和夫(集英社新書、2014年)/刮目の一書。資本主義を通した近現代史が俯瞰できる。キリスト教に関する記述もしっかりしていて目配りが行き届いている。やや重複した記述が目立つが、この手の本の中では頭ひとつ抜きん出た傑作だ。必読書入り。

2014-07-14

無我/『小説ブッダ いにしえの道、白い雲』ティク・ナット・ハン


『シッダルタ』ヘルマン・ヘッセ

 ・等身大のブッダ
 ・常識を疑え
 ・布施の精神
 ・無我

『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元訳
『ブッダのことば スッタニパータ』中村元訳
『怒らないこと 役立つ初期仏教法話1』アルボムッレ・スマナサーラ
『ブッダが説いたこと』ワールポラ・ラーフラ

ブッダの教えを学ぶ
必読書リスト その五

 シッダールタは、心とも体とも別の自己――すなわち、アートマン(我)――という考えを超え、ヴェーダで提唱されている誤ったアートマンの考え方の虜になっていた自分に気づいて唖然とした。実在の本質はわかれてはいない。無我――すなわち、アナートマン――こそが存在するすべての本質だった。アナートマンは何か新しい実在を表す言葉ではなく、すべての謬見を破壊する雷のごときものであった。シッダールタはあたかも瞑想の戦場で、無我を旗印に、洞察という名刀をふりかざす将軍のようであった。昼も夜もピッパラ樹の下に坐りつづけ、新しい気づきが稲妻の閃光のように次々と解き放たれていった。

【『小説ブッダ いにしえの道、白い雲』ティク・ナット・ハン:池田久代訳(春秋社、2008年)】

 出家したシッダールタは二人の師につくがやすやすと無所有処に至り、驚くべきスピードで非想非非想処(天界の最上位である有頂天)をも体得した。

2.ゴータマ・ブッダの出家と修行
非想非非想処と涅槃
滅尽定とニルヴァーナ

 悟りには明確な段階があるのだ。

 傍目からはなかなか判断できませんが、それぞれの段階の悟りを開いた人は、自分では自分がどの段階に悟ったか、よくわかるようです。それだけ明確な悟りの「体験」と、それによる心の変化が、悟りの各段階にあるからです。

【『悟りの階梯 テーラワーダ仏教が明かす悟りの構造』藤本晃(サンガ新書、2009年)】

 諸法無我を悟った瞬間が劇的に描かれているのだが致命的な誤りがある。「無我――すなわち、アナートマン――こそが存在するすべての本質だった」――いくら何でも「本質」はないだろう。たぶん翻訳ミスだと思われる。アナートマンとは否定語のアン+アートマンで無我・非我と訳す。訳語としては非我が相応しいような印象を受けるが、非我だとまだ我の存在を払拭できていない。ゆえに無我が正しいと私は考える。

梵我一如と仏教の関係

 デカルトは徹底した思索の果てに我を見据えた。ブッダは瞑想の果てに我を解体した。我は錯覚であり妄想であった。トール・ノーレットランダーシュは意識の正体を「ユーザーイリュージョン」と喝破した。

「私が存在する」という感覚から欲望が生まれる。人生の悩みは一切が私に基づいている。つまり私とは、神・幽霊・宇宙人に匹敵する錯覚なのだ。生はただ縁りて起こるものだ(縁起)。生は川の流れのように一瞬もとどまることがない。そこに「変わらざる自分」を見出すところに凡夫の過ちがある。自分から離れて、ただ生の流れに身を任すことが自然の摂理にかなっている。インディアンは確かにそういう生き方をしていた。

2014-07-13

語もし人を驚かさずんば死すとも休せず/『日本警語史』伊藤銀月


 3年前に読んだのだが書き忘れていた。書くのが不得手なため、どうしても読む量に追いつけない。多忙であっても読む時間は捻出するが、書く時間は失われる。限りある人生は優先順位によって進んでゆく。

 Google日本語入力に「警語」はない。やがては警句が死語になるのも時間の問題か。警語とは「人を驚かすような、奇抜な言葉」(デジタル大辞泉)である。「警」の字には「注意を与え、身を引き締めさせる。非常の事態に備える」(デジタル大辞泉)の意がある。類語には寸鉄(アフォリズム)など。

 伊藤銀月は萬朝報(よろずちょうほう)の記者をしていた人物で明治~昭和初期の小説家・評論家。

 語もし人を驚かさずんば死すとも休せず 何ぞ警語の日本史あらずして可ならんや

【『日本警語史』伊藤銀月〈いとう・ぎんげつ〉(実業之日本社、1918年/講談社学術文庫、1989年)以下同】

 今調べて初めて知ったのだが前段は杜甫の詩のようだ。

為人性僻耽佳句,語不驚人死不休。(わたしは人となりがすこしかたよった性質のようで、よい詩句を作ることにけんめいになっている。人を驚かすような良い語句を吐きだすまでは死んでも休まないということである)

春・春水 を詠う 律詩、絶句 : 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩 杜甫全詩集1500

 近代デジタルライブラリーに本書の画像がある。

近代デジタルライブラリー

 ある意味においての名物男某なる者ありき。欧米における軽薄なる方面の流行を模(も)して、ただ到らざらんことを恐れ、その人目(じんもく)に新たなる特徴として、元来短く出来たる頸(くび)に、極めて高き襟(えり)を着け、これがためにほとんど咽喉(のど)を締めて頤(あご)を突き上げられたるが如き痛苦(つうく)と不便とを感じつつも、ひとえに外観の犠牲となりて忍耐し、己(おのれ)の足許(あしもと)を見るべく要求する時には、面(おもて)を俯(うつむ)くること能(あた)わざるをもって腰を直角に曲げ、背後(うしろ)より呼びかけられたる場合にも、頸だけ廻らねば、くるりと全身の方向を転ずるの労力に甘んぜるを得ず。かくて、その着くるところの標識たる高襟(ハイカラー)は、同時にその人格の浅薄劣悪をシンボライズするところの標識となり、「ハイカラー!」の一語よく彼を冷殺(れいせつ)もし、時人(じじん)の嘲笑の的とも為し、ついには、彼をして社会に安住するの重量を失わしむるに及びて已(や)みぬ。
 否、この語の感伝力の強大なる、すでにその本来の目的を達するに到りてもなお已みしにあらず、さらに広布(こうふ)して、「ハイカラー」より転化したる「ハイカラ」となり、あるいは「灰殻」(はいから)という宛字(あてじ)によって変形せしめられ、あらゆる皮相の欧化者流を嘲笑する目的に供せられ、女性にしてその頭髪を洋風にする者もまた、「ハイカラ」の部類に編入せらるるを免れざるに到りたるが、広布の範囲大なるに随(したが)って、これに含まるる嘲笑味もまた稀薄とならざるを得ず、何時(いつ)しか、「ハイカラ」の称呼がこれを受けたる者を傷つくる力を失うを致せり。

 ね、面白いでしょ(笑)。文語体の罵倒には短刀のような鋭さがある。ネトウヨ諸君もかくの如き格調高い言説を試みるべきであろう。ハイカラも既に死語だ。私の世代がこの言葉を知っているのは子供の時分にアニメ「はいからさんが通る」が放映されていたためだ。


 時代は歩調を早めた。1900年頃は西洋かぶれを表したハイカラという言葉は、やがて進歩的・お洒落を意味するようになる。今、我々が読むと古い時代にしがみつくジイサンの戯言(たわごと)のように感じるのは、書き手の不明がわかっているからだ。

 ある一時両国の本場所における力士が、正々堂々の角抵(かくてい/相撲)を避け、褌(ふんどし)を緩(ゆる)くして敵の指し手を無効ならしめんことを試むるところの、卑劣なる計画の流行を来(きた)りしより、「緩褌」(ゆるふん)の一語もって軟骨陋心(なんこつろうしん)の政客(せいかく)を冷罵(れいば)するの目的に応用せらるるに到り、人をしてその婉曲(えんきょく)んしてしかも痛切なるに感嘆を禁ずる能わざらしめしも、またこの類にあらずとせざるなり。警語(けいご)とはこれ此(かく)の如きものを意味するなり。

 今なら「八百長」あるいは「出来レース」か。緩褌は政治家の緊張を欠いた姿勢を衝(つ)くものだが、官僚のシナリオを演じる政治家には相応しくない言葉だろう。

 西大陸の植民新たに独立を企て、亜米利加(アメリカ)合衆国建設の萌芽(ほうが)を見るべき機運まさに到らんとせし際、衆心(しゅうしん)なおぎ疑懼(ぎく)の間にあり。このとき、火の舌と焔(ほのお)の気とをもって天より降(くだ)されたる革命の子パトリック・ヘンリーあり。狂的熱弁を揮(ふる)って同胞を鼓舞し、最後に寸鉄殺人的一句を添加して曰く、「未だ諸君の出ずる所何(いず)れに在るかを知らずと雖(いえど)も、予はただ予自身のために祈る。神よ、予に自由を授けよ、しからずんば死を授けよ!」と。自由にあらずんば死。なんぞそれ語の沈痛なる。これを聴く者ためにひとたび■然(しょうぜん/りっしんべん+束)として黙思(もくし)し、しかして後(のち)、頭脳破裂して血液併発(併はニンベンではなくシンニュウ)せるが如き喝采の声を併せたり。この声須臾(しゅゆ/わずかの時間)に波動を伝えて、すなわち、新大陸を震撼するの激浪洪濤(げきろうこうとう)となり、人として革命の歌に合唱を与えざる者あらざるに至りぬ。警語とはそれ此(かく)の如きものを意味するなり。

「自由を与えよ。然らずんば死を(Give me Liberty, or give me Death!)」との有名な言葉が劇的に綴られている。警世の言が人々の胸に突き刺さり、時代を動かした。

 警語は、時として熱語(ねつご)なることあり、冷語(れいご)なることあり、正語(せいご)なることあり、奇語(きご)なることあり、軟語(なんご)なることあり、硬語(こうご)なることあり、柔語(じゅうご)なることあり、豪語なることあり、温語(おんご)なることあり、痛語(つうご)なることあり、甘語(かんご)なることあり、苦語(くご)なることあり、倹語(けんご)なることあり、誇語(こご)なることあり、また、必ずしも毒語(どくご)、悪語(あくご)、邪語(じゃご)なるを妨げざることあり。要するに、これを発する場所と時機とに適応して寸分の過不及(かふきゅう)なく、凱切(がいせつ)にして徹底、人の胸を刺し貫いて、鋒尖(ほうせん)白く脊梁(せきりょう)に出ずるものなれば足れるなり。したがって、警語は如何なる場合にも決して冗漫なるを得ざるの約束に支配せらる。節の長短、調(ちょう)の緩急は、場合によりての手加減あるべしと雖も、必ず常に、十二分に鍛錬緊縮せられて、精髄を結晶せしめたるが如く簡潔純粋なるものならざるべからざるなり。

 結局のところラジオやテレビが警語を死なせたのだろう。そして新聞は官報と堕した。大政翼賛に加担することで新聞記者は筆を折り、戦後はGHQに屈する格好で更に筆を折ったのだろう。既にペン先しか残っていないがゆえに、彼らはキーボードに乗り換えたのだ。

 しかして、警語はある場合においては批評たり、ある場合において形容たり、ある場合において告白たり、ある場合において主張たり、ある場合において論詰(ろんきつ)たり、ある場合において断定たり。

 死んだのは警語ばかりではない。言葉そのものが死につつある。やはり政治や教育の影響が大きいのだろう。歌われるのは恋愛沙汰ばかりで人生そのものが不毛になりつつある。

 もう一つだけ紹介しよう。

 彼等(※江戸っ子)はややもすれば、「蹴飛ばした!」と云い、「蹴飛ばされた!」と云う。

 古今亭志ん生の落語で聴いたような聴かなかったような……。うっちゃったとか、ひっくり返したも使っていそうだ。東京の人の多さがひしひしと伝わってくる。

 なお、ミスター警語といえば斎藤緑雨(『緑雨警語』)であり、アフォリズムとしてはエリアス・カネッティ著『蝿の苦しみ 断想』を推す。

2014-07-06

クリストファー・スタイナー、佐々木閑、齋藤孝、アルボムッレ・スマナサーラ、他


 7冊挫折、4冊読了。

インド仏教変移論 なぜ仏教は多様化したのか』佐々木閑〈ささき・しずか〉(大蔵出版、2000年)/「大乗仏教は、部派仏教の延長線上に現れた、出家者僧団の宗教であった」という説を提示。『仏教研究』誌に掲載された8編の論文が元になっており、後に佛教大学(※本文では仏教大学と表記)の学位論文として提出している。一般人からすれば重複した文章が多く冗長に感じた。私は学術的な意義に興味はなく、閃きを求めているゆえピンとこなかった。横書きというのも致命的だ。

科学するブッダ 犀の角たち』佐々木閑〈ささき・しずか〉(角川ソフィア文庫、2013年)/真面目な科学書。初歩的な内容なのでやめた。

「10年大局観」で読む 2019年までの黄金の投資戦略』若林栄四〈わかばやし・えいし〉(日本実業出版社、2009年)/過去の自分の姿に酔っている節があり薄気味悪い。名の通った元ディーラーだがチョビ髭は伊達じゃなかったのね。ナルシストは苦手だ。

アメリカは日本の消費税を許さない 通貨戦争で読み解く世界経済 』岩本沙弓〈いわもと・さゆみ〉(文春新書、2014年)/前著との重複が多い。たぶん読み返すことはないだろう。

流れよわが涙、と警官は言った』フレドリック・ブラウン:友枝康子〈ともえだ・やすこ〉訳(ハヤカワ文庫、1989年)/名作といわれているがサービス精神が旺盛すぎて安っぽい印象を受けた。後半をパラパラとめくり仕掛けがわかったが、今となってはちょっと古いね。ただし時折キラリと光る名言が出てくるのはさすがである。

竹林はるか遠く 日本人少女ヨーコの戦争体験記』ヨーコ・カワシマ・ワトキンズ著・監訳:都竹恵子訳(ハート出版、2013年)/ベストセラー。米国では中学の教科書に掲載されているとのこと。韓国でも刊行されたが後に発売中止に。『流れる星は生きている』(藤原てい)の方が面白い。若い人たちは読むといい。動画を紹介しておこう。




監獄ビジネス グローバリズムと産獄複合体』アンジェラ・デイヴィス:上杉忍訳(岩波書店、2008年)/学術書。民営化という手法で成立したのが監獄ビジネスだ。犯罪率と関係なくしょっ引かれている模様。これもショック・ドクトリンの影響だろう。

 40冊目『「やさしい」って、どういうこと?』アルボムッレ・スマナサーラ(宝島社、2007年)/内容はいいのだが薄っぺらいスカスカ本。スマナサーラは積極的に出版ビジネスを展開しているように見える。

 41冊目『偏愛マップ キラいな人がいなくなる コミュニケーション・メソッド』齋藤孝(NTT出版、2004年/新潮文庫、2009年)/面白かった。自分の偏愛マップも作ってみたい。齋藤孝の説明能力は評価するが、彼の文章はあまりにもバラ色すぎる。優秀なマーケティング野郎だと思うよ。

 42冊目『本当の仏教を学ぶ一日講座 ゴータマは、いかにしてブッダとなったのか』佐々木閑〈ささき・しずか〉(NHK出版新書、2013年)/これは読みやすかった。しかも勉強になる。ただし佐々木には閃きが感じられない。何かとオウム真理教を持ち出すところも感心しない。手垢にまみれたやり方だ。佐々木は『服従の心理』をしっかり読んで出直すべきだ。

 43冊目『アルゴリズムが世界を支配する』クリストファー・スタイナー:永峯涼〈ながみね・りょう〉訳(角川EPUB選書、2013年)/アルゴリズム本には必ず金融マーケットの話が出てくる。多少の知識がないとちょっと苦しいかも。「情報とアルゴリズム」に追加した。終盤の失速が惜しまれる。

2014-07-05

近代において自由貿易で繁栄した国家など存在しない/『略奪者のロジック 支配を構造化する210の言葉たち』響堂雪乃


・『独りファシズム つまり生命は資本に翻弄され続けるのか?』響堂雪乃

 ・近代において自由貿易で繁栄した国家など存在しない

 この社会は「文明の衝突」に直面しているのかもしれない。国家の様態は清朝末期の中国に等しく、外国人投資家によって過半数株式を制圧された経済市場とは租界のようなものだろう。つまり外国人の口利きである「買弁」が最も金になるのであり、政策は市場取引されているのであり、すでに政治と背徳は同義に他ならない。
 TPPの正当性が喧伝されているが、近代において自由貿易で繁栄した国家など存在しないのであり、70年代からフリードマン(市場原理主義者)理論の実験場となった南米やアジア各国はいずれも経済破綻に陥り、壮絶な格差と貧困が蔓延し、いまだに後遺症として財政危機を繰り返している。
 今回の執筆にあたっては、グローバル資本による世界支配をテーマに現象の考察を試みたのだが、彼らのスキームは極めてシンプルだ。
 傀儡政権を樹立し、民営化、労働者の非正規化、関税撤廃、資本の自由化の推進によって多国籍企業の支配を絶対化させる。あるいは財政破綻に陥ったところでIMFや世界銀行が乗り込み、融資条件として公共資源の供出を迫るという手法だ。それは他国の出来事ではなく、この社会もまた同じ抑圧の体系に与(くみ)している。
 我々の錯誤とは内在本質への無理解なのだけれども、おおよそ西洋文明において略奪とは国営ビジネスであり、エリート層の特権であるわけだ。除法平価の軍隊がカリブ海でスペインの金塊輸送船を襲撃し、中国の民衆にアヘンを売りつけ、インドの綿製品市場を絶対化するため機織職人の手首を切り落とし、リヴァプールが奴隷貿易で栄えたことは公然だろう。
 グローバリズムという言葉は極めて抽象的なのだが、つまるところ16世紀から連綿と続く対外膨張エリートの有色人種支配に他ならない。この論理において我々非白人は人間とはみなされていないのであり、アステカやインカのインディオと同じく侵略地の労働資源に過ぎないわけだ。
 外国人投資家の利益を最大化するため労働法が改正され、労働者の約40%近くが使い捨ての非正規労働者となり、年間30兆円規模の賃金が不当に搾取されているのだから、この国の労働市場もコロンブス統治下のエスパニョーラ島と大差ないだろう。

【『略奪者のロジック 支配を構造化する210の言葉たち』響堂雪乃〈きょうどう・ゆきの〉(三五館、2013年)】

 前著と比べるとパワー不足だが、言葉の切れ味とアジテーションは衰えていない。テレビや新聞の報道では窺い知るのことのできない支配構造を読み解く。ナオミ・クライン著『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く』の後塵を拝する格好となったが説明能力は決して劣っていない。

 興味深い210の言葉を紹介しているが、人名やタイトルだけで出展が曖昧なのは三五館の怠慢だ。ともすると悲観論に傾きすぎているように感じるが、警世の書と受け止めて自分の頭で考え抜くことが求められる。元々ブログから生まれた書籍ゆえ、この価格で著者に責任を押しつけるのはそれこそ読者の無責任というべきだ。

 一気に読むのではなくして、トイレにおいて少しずつ辞書を開くように楽しむのがよい。前著は既に絶版となっている。3.11後の日本を考えるヒントが豊富で、単なる陰謀モノではない。

略奪者のロジック
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響堂 雪乃
三五館
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アメリカに「対外貿易」は存在しない/『ボーダレス・ワールド』大前研一

読書人階級を再生せよ/『人間の叡智』佐藤優


労働力の商品化
・読書人階級を再生せよ

 そこで私が必要を強く感じるのが、階級としてのインテリゲンチャの重要性です。かつての論壇、文壇は階級だったわけです。編集者も階級だった。その中では独特の言葉が通用して、独特のルールがあった。ギルド的な、技術者集団の中間団体です。国家でもなければ個人でもなく、指摘な利益ばかりを追求するわけでもない。自分たちの持っている情報は、学会などの形で社会に還元する。
 時代の圧力に対抗するにはこういう中間団体を強化するしか道はない。なんでもオープンにしてフラット化すればよい、というものではありません。
 新書を読むような人はやはり読書人階級に属しているのです。ものごとの理屈とか意味を知りたいという欲望が強い人たちで、他の人たちと少し違うわけです。読書が人間の習慣になったのは新しい現象で、日本で読書の広がりが出てきたのは円本が出版された昭和の初め頃からでしょうから、まだ80年くらいのものではないですか。円本が出るまでは、本は異常に高かった。いずれにせよ、現代でも日常的に読書する人間は特殊な階級に属しているという自己意識を持つ必要があると思います。
 読書人口は、私の皮膚感覚ではどの国でも総人口の5パーセント程度だから、日本では500~600万人ではないでしょうか。その人たちは学歴とか職業とか社会的地位に関係なく、共通の言語を持っている。そしてその人たちによって、世の中は変わって行くと思うのです。

【『人間の叡智』佐藤優〈さとう・まさる〉(文春新書、2012年)】

 読者の心をくすぐるのが巧い。しかも本書が文庫化されないことまで見通しているかのようである(笑)。ニンマリとほくそ笑んだ挙げ句に我々は次の新書を求めるべく本屋に走るという寸法だ。

 佐藤優は茂木健一郎の後を追うような形で対談本を次々と上梓している。茂木と異なり佐藤の場合は異種格闘技とも思える相手が目立つ。その目的はここでも明言されている通り「中間団体の強化」にある。佐藤なりの憂国感情に基づく行動なのだろう。

 共通言語に着目すれば佐藤のいう中間団体はサブカルチャー集団とも考えられる。共通言語から文化が生まれ、規範が成り立つ(下位文化から下位規範が成立/『消費税は民意を問うべし 自主課税なき処にデモクラシーなし』小室直樹)。人々の行動様式(エートス)を支えるのは法律ではなく村の掟、すなわち下位規範である。佐藤は驚くべき精力でそこに分け入る。

 佐藤の該博な知識は大変勉強になるのだが、どうも彼の本心が見えない。イスラエル寄りの立場が佐藤の存在をより一層不透明なものにしている。



問いの深さ/『近代の呪い』渡辺京二

2014-07-04

躍る影と舞う影


 久し振りにtumblrにアクセスしたところ、2枚のイカした画像を発見。


 身体の陰と地面の影が二重奏をかなでる。躍る影は不思議なほど明るさを帯びている。動きを寸断しているにも関わらず彫像のようにどっしりと安定している。ボールの位置がまた見事で右1/3、下1/3に配置。絶妙なバランス感を生んでいる。


 これまた私の好みにドンピシャリの一枚。海水のうねりと下部の陰影が秀逸だ。まるで女性が太陽から産み落とされた瞬間を捉えたような錯覚をおぼえる。海水で歪んだ太陽と弧を描く身体によって円環のモチーフが際立つ。光と影、水と空気、生と死が構成する小宇宙だ。

2014-07-02

アルゴリズムが人間の知性を超える/『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル


・『人類が知っていることすべての短い歴史』ビル・ブライソン
『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ
・『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ
・『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』テンプル・グランディン、キャサリン・ジョンソン
・『人間原理の宇宙論 人間は宇宙の中心か』松田卓也
全地球史アトラス

 ・指数関数的な加速度とシンギュラリティ(特異点)
 ・レイ・カーツワイルが描く衝撃的な未来図
 ・アルゴリズムが人間の知性を超える

『AIは人類を駆逐するのか? 自律(オートノミー)世界の到来』太田裕朗
『トランセンデンス』ウォーリー・フィスター監督
『LUCY/ルーシー』リュック・ベッソン監督、脚本
『Beyond Human 超人類の時代へ 今、医療テクノロジーの最先端で』イブ・ヘロルド
『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』ケヴィン・ケリー
・『養老孟司の人間科学講義』養老孟司
『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』ユヴァル・ノア・ハラリ
『文明が不幸をもたらす 病んだ社会の起源』クリストファー・ライアン

情報とアルゴリズム

 まず、われわれが道具を作り、次は道具がわれわれを作る。
  ──マーシャル・マクルーハン

【『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル:井上健〈いのうえ・けん〉監訳、小野木明恵〈おのき・あきえ〉、野中香方子〈のなか・きょうこ〉、福田実〈ふくだ・みのる〉訳(NHK出版、2007年)以下同】

 出たよ、マクルーハンが。本当にこの親父はもの思わせぶりな言葉が巧いよな。道具とはコンピュータである。

 われわれの起源を遡ると、情報が基本的な構造で表されている状態に行き着く。物質とエネルギーのパターンがそうだ。量子重力理論という最近の理論では、時空は、離散した量子、つまり本質的には情報の断片に分解されると言われている。物質とエネルギーの性質が究極的にはデジタルなのかアナログなのかという議論があるが、どう決着するにせよ、原子の構造には離散した情報が保存され表現されていることは確実にわかっている。

 波であれば連続的で、量子であれば離散的になる。既に時間も長さも最小単位が存在する(プランク時間プランク長)。

生い立ちから「ディジタル」…「量子論」

 生物の知能進化率と、テクノロジーの進化率を比較すると、もっとも進んだ哺乳類では、10万年ごとに脳の容量を約16ミリリットル(1立法インチ)増やしてきたのに対し、コンピュータの計算能力は、今現在、毎年おおよそ2倍になっている。

 指数関数的に技術革新が行われることで進化スピードを凌駕するのだ。

 これから数十年先、第5のエポックにおいて特異点が始まる。人間の脳に蓄積された大量の知識と、人間が作りだしたテクノロジーがもついっそう優れた能力と、その進化速度、知識を共有する力とが融合して、そこに到達するのだ。エポック5では、100兆の極端に遅い結合(シナプス)しかない人間の脳の限界を、人間と機械が統合された文明によって超越することができる。
 特異点に至れば、人類が長年悩まされてきた問題が解決され、創造力は格段に高まる。進化が授けてくれた知能は損なわれることなくさらに強化され、生物進化では避けられない限界を乗り越えることになる。しかし、特異点においては、破壊的な性向にまかせて行動する力も増幅されてしまう。特異点にはさまざまな面があるのだ。

 アルゴリズムが人間の知性を超える瞬間だ。このあたりについてはクリストファー・スタイナー著『アルゴリズムが世界を支配する』が詳しい。人間がコンピュータに依存するというよりも、人間とコンピュータが完全に融合する時代が訪れる。

 今のところ、光速が、情報伝達の限界を定める要因とされている。この制限を回避することは、確かにあまり現実的ではないが、なんらかの方法で乗り越えることができるかもしれないと思わせる手がかりはある。もしもわずかでも光速の限界から逃れることができれば、ついには、超光速の能力を駆使できるようになるだろう。われわれの文明が、宇宙のすみずみにまで創造性と知能を浸透させることが、早くできるか、それともゆっくりとしかできないかは、光速の制限がどれだけゆるぎないものかどうかにかかっている。

 これが量子コンピュータの最優先課題だ。量子もつれが利用できれば光速を超えることが可能だ。

 この事象のあとにはなにがくるのだろう? 人間の知能を超えたものが進歩を導くのなら、その速度は格段に速くなる。そのうえ、その進歩の中に、さらに知能の高い存在が生みだされる可能性だってないわけではない。それも、もっと短い期間のうちに。これとぴったり重なり合う事例が、過去の進化の中にある。動物には、問題に適応し、創意工夫をする能力がある。しかし、たいていは自然淘汰の進み方のほうが速い。言うなれば、自然淘汰は世界のシミュレーションそのものであり、自然界の進化スピードは自然淘汰のスピードを超えることができない。一方、人間には、世界を内面化して、頭の中で「こうなったら、どうなるだろう?」と考える能力がある。つまり、自然淘汰よりも何千倍も速く、たくさんの問題を解くことができる。シミュレーションをさらに高速に実行する手段を作りあげた人間は、人間と下等動物とがまったく違うのと同様に、われわれの過去とは根本的に異なる時代へと突入しつつある。人間の視点からすると、この変化は、ほとんど一瞬のうちにこれまでの法則を全て破壊し、制御がほとんど不可能なくらいの指数関数的な暴走に向かっているに等しい。
  ──ヴァーナー・ヴィンジ「テクノロジーの特異点」(1993年)

 たぶんエリートと労働者に二分される世界が出現することだろう。いい悪いではなく役割分担として。その時、労働者はエリートが考えていることを理解できなくなっているに違いない。驚くべき知の淘汰が行われると想像する。

 超インテリジェント・マシンとは、どれほど賢い人間の知的活動をも全て上回るほどの機械であるのだとしよう。機械の設計も、知的な活動のひとつなので、超インテリジェント・マシンなら、さらに高度な機械を設計することができるだろう。そうなると、間違いなく「知能の爆発」が起こり、人間の知性ははるか後方に取り残される。したがって、人間は、超インテリジェント・マシンを最初の1台だけ発明すれば、あとはもうなにも作る必要はない。
  ──アーヴィング・ジョン・グッド「超インテリジェント・マシン1号機についての考察」(1965年)

 万能チューリングマシンの誕生だ。仮にコンピュータが自我を獲得したとしよう(「心にかけられたる者」アイザック・アシモフ)。マシンの寿命が近づけば自我もろともコピーすることが可能だ。そう。コンピュータは永遠の生命を保てるのだ。ここに至り、光速と同様に人間の寿命がイノベーションの急所であることが理解できよう。

 自我は個々人に特有のアルゴリズムと考えることができる。そんな普遍性のないアルゴリズムはノイズのような代物だろう。コンピュータが人類を凌駕した時、真実の人間性が問われる。

ミステリマガジン700/SFマガジン700

ミステリマガジン700 【海外篇】 (ハヤカワ・ミステリ文庫)ミステリマガジン700 【国内篇】 (ハヤカワ・ミステリ文庫)SFマガジン700【海外篇】 (ハヤカワ文庫SF)SFマガジン700【国内篇】 (創刊700号記念アンソロジー)

2014-07-01

カルビー フルグラ 800g×6袋

カルビー フルグラ 800g

 フルーツグラノーラと言えばカルビーフルグラ。複数の穀物を香ばしく焼き上げ、程よい甘さのドライフルーツをミックスした本格シリアル。食物繊維や鉄分がたっぷりで8種類のビタミンが1日に必要量の1/3とれます。

【栄養成分】エネルギー:222kcal、たんぱく質:3.6g、脂質:7.7g、(糖質):32.4g、(食物繊維):4.5g、ナトリウム:91mg、カリウム:127mg、カルシウム:15mg、リン:88mg、鉄:5.0mg、ビタミンA:150μg、ビタミンD:1.67μg、ビタミンB1:0.34mg、ナイアシン:3.7mg、ビタミンB6:0.34mg、ビタミンB12:0.67μg、葉酸:67μg、パントテン酸:1.9mg

大望をもつ者/『楽毅』宮城谷昌光


『孟嘗君』宮城谷昌光
『長城のかげ』宮城谷昌光

 ・マントラと漢字
 ・勝利を創造する
 ・気格
 ・第一巻のメモ
 ・将軍学
 ・王者とは弱者をいたわるもの
 ・外交とは戦いである
 ・第二巻のメモ
 ・先ず隗より始めよ
 ・大望をもつ者
 ・将は将を知る

『青雲はるかに』宮城谷昌光
『奇貨居くべし』宮城谷昌光

 名君とはそういうものだ、といわれれば、そうかもしれない。しかしながら楽毅のおもう名君に武霊王はあてはまらない。なぜなら武霊王は自信過剰のためか、辞儀が高すぎる。
湯王(とうおう)や武王(ぶおう)を鑑(み)よ」
 ほんとうに大望をもつ者は、野人(やじん)にさえ頭をさげ、辞を低くする謙虚さがなくてはならぬ。武霊王にはその種の逸話がまったくない。だから武霊王にはかならず弱点があるはずだと楽毅はおもう。

【『楽毅』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(新潮社、1997年/新潮文庫、2002年)以下同】

 大事業は人を得て成る。一人で築いたものは一代で終わる。精神の広がりは必ず人に伝わる。狭量な人物が大事業を成すことはない。

 精神と精神が打ち合い、魂と魂が通う中に音楽(リズムやメロディ)が生まれる。これがコミュニケーションの本質であろう。打たなければ音は出ない。そうでありながらも大太鼓と撥(ばち)は依存する関係ではない。息を吹き込まれて発する笛の音は息だけでも笛だけでも生まれないのだ。

 常に心を開いていれば必ず人は見つかる。自分の物差しに固執すれば規格外の人を見失う。盛衰興亡の差もここにあるのだろう。

 ――頭の高い者は、足もとが見えない。

 ゆえに躓(つまづ)き、そして転ぶ。時に足をすくわれ、払われる。

 人生(じんせい)の大病(たいびょう)は
 ただこれ一(いち)の傲(ごう)の字(じ)なり

【『伝習録』下巻】

 傲(おご)りが視野を狭め、盲点をつくる。心と目は同時に開く。

楽毅〈1〉 (新潮文庫)楽毅〈2〉 (新潮文庫)楽毅〈3〉 (新潮文庫)楽毅〈4〉 (新潮文庫)