2017-05-31

信じることと騙されること/『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』内山節


『巷の神々』(『石原愼太郎の思想と行為 5 新宗教の黎明』)石原慎太郎
『対話 人間の原点』小谷喜美、石原慎太郎

 ・信じることと騙されること

『人類の起源、宗教の誕生 ホモ・サピエンスの「信じる心」が生まれたとき』山極寿一、小原克博
『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ
『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ

 山村に滞在していると、かつてはキツネにだまされたという話をよく聞いた。それはあまりにもたくさんあって、ありふれた話といってよいほどであった。キツネだけではない。タヌキにも、ムジナにも、イタチにさえ人間たちはだまされていた。そういう話がたえず発生していたのである。
 ところがよく聞いてみると、それはいずれも1965年(昭和40年)以前の話だった。1965年以降は、あれほどあったキツネにだまされたという話が、日本の社会から発生しなくなってしまうのである。それも全国ほぼ一斉に、である。

【『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』内山節〈うちやま・たかし〉(講談社現代新書、2007年)以下同】

 目の付けどころが素晴らしい。やはり現実を鋭く見据える眼差しに学問の出発点があるのだろう。私は道産子だが、歴史の浅い北海道ですら狐憑(つ)きの話は聞いたことがある。

 結局、東京オリンピック(1964年10月10日~24日)が日本社会を一変させたのだろう。ともすると経済的発展のみが注目されがちだが宗教性や精神性まで変わったという指摘は瞠目に値する。

 ただし内山節が試みるのは科学的検証ではない。

 私が知っているのは、かつて日本の人々はあたり前のようにキツネにだまされながら暮らしていた、あるいはそういう暮らしが自然と人間の関係のなかにあったという山のように多くの物語が存在した、という事実だけである。

 つまり「キツネは人を騙(だま)す動物である」という共通認識のもとで、「騙された」という話を共有できる情報空間がかつて存在したのだ。

 内山はコミュニケーションの変化を指摘する。1960年代にテレビが普及したことで口語体に変化が現れた。言葉は映像を補完するものとして格下げされた。また映像が視聴者から想像力を奪った。そして時差も消えた。

 人から人に伝えられる場合、情報には脚色が施される。事実よりも物語性に重きが置かれる。

 さらに電話の普及は、人間どうしのコミュニケーションから表情のもっていた役割をなくさせ、用件のみを伝えるというコミュニケーション作法をひろげていった。
 同時に1960年代に入ると、自然からの情報を読むという行為も衰退しはじめたのである。

 隔世の感がある。電話で長話・無駄話をするようになったのはバブル景気(1986~1991年)の頃からだろう。

公共の空間に土足のままで入り込む携帯電話/『仏の顔もサンドバッグ』小田嶋隆

 そしてバブル景気と歩調を合わせるようにファクシミリポケットベル携帯電話が普及する。

 文明の利器(←もはや死語)は人類から「語り」という文化を奪ったのだろう。古来、ヒトは焚き火や炉を囲んで先祖伝来の物語を伝え、コミュニケーションを図った。現在辛うじて残っているのは日本の炬燵(こたつ)くらいのものだが、エアコンやファンヒーターを併用しているため寄り添う気持ちが弱まる。

 では本題に入ろう。

 幕末から明治時代に新しく生まれた宗教は、ある日一人の人間が神がかりをし、神の意志を伝えるかたちで誕生したものが多い。たとえば大本教(おおもときょう)をみれば、出口なお(※1837-1918年)が神がかりしてはじまる。その出口なおは以前から地域社会で一目おかれていた人ではない。貧しく、苦労の多い、学問もない、その意味で社会の底辺で生きていた人である。その【なお】が神がかりし、「訳のわからないこと」を言いはじめる。このとき周りの人々が、「あのばあさんも気がふれた」で終りにしていたら、大本教は生まれなかった。状況をみるかぎり、それでもよかったはずなのである。ところが神がかりをして語りつづける言葉に、「真理」を感じた人たちがいた。その人たちが、【なお】を教祖とした結びつきをもちはじめる。そこに大本教の母体が芽生えた。
 この場合、大本教を開いた人は出口なおであるのか、それとも【なお】の言葉に「真理」を感じた人の方だったのか。
 必要だったのは両者の共鳴だろう。とすると、「真理」を感じた人たちは、なぜ【なお】の言葉に「真理」を感じとったのか。私は「真理」を感じた人たちの気持のなかに、すでに【なお】と共通するものが潜んでいたからだと思う。自分のなかにも同じような気持があった。しかしそれは言葉にはならない気持だった。表現形態をもたない気持。わかりやすくいえば無意識的な意識だった。そこに【なお】の言葉が共鳴したとき、人々のなかから、【なお】は気がふれたのではなく「真理」を語っていると思う人が現われた。教祖は無意識的な意識に、それを表現しうる言葉を与えたのである。
 この関係は、古くからある宗教でも変わりはないと私は考えている。他者のなかにある無意識的な意識との共鳴が生まれなければ、どれほど深い教義の伝達があったとしても、大きな宗教的動きには転じない。

 内山節は哲学者である。視点が宗教学者よりも一段高く、宗教を社会現象として捉えている。

 よく考えてみよう。これは宗教現象に限ったことであろうか? そうではあるまい。政治にせよ経済にせよ、はたまた科学に至るまで共鳴と流行が見られる。無神論者のアインシュタインでさえ宇宙の大きさは静止した定常状態であると思い込んでいた。脳は情報に束縛されるのだ。それが悟りであろうと神懸(がか)りであろうと脳内情報であることに変わりはない。前世の物語も現在の脳から生まれる。

 国民国家の時代における戦争と平和もひとえに国民の共鳴が織り成す状態と考えられよう。企業の繁栄も社員や消費者の共鳴に支えられている。技術革新がそのままヒット商品になるかといえばそうではない。かつてソニーが開発したベータマックスはソフト(実態としてはエロビデオ)が貧弱であったために普及しなかった。

 我々が「正しい」とか「確かにそうだ」と感じる根拠は理性よりも感情に基づいているような気がする。つまり脳の揺れ(共鳴)が心地よいかどうかで判断しているのだろう。歴史が進化するなどというのは共産主義者の戯言(たわごと)だ。

 内山の達観には敬意を表するが文系の限界をも露呈している。ここまで気づいていながらネットワーク科学~複雑系科学に踏み込んでいない物足りなさがある。

『複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線』マーク・ブキャナン
『急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則』マルコム・グラッドウェル
『新ネットワーク思考 世界のしくみを読み解く』アルバート=ラズロ・バラバシ
『歴史は「べき乗則」で動く 種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学』マーク・ブキャナン
『複雑で単純な世界 不確実なできごとを複雑系で予測する』ニール・ジョンソン

 更にここから意識(心脳問題)や認知科学行動経済学を視野に入れなければ読書量が足りないと言わざるを得ない。

 もう一歩思索してみよう。人々は何に対して共鳴するのだろうか? それはスタイル(文体)である。

歴史とは「文体(スタイル)の積畳である」/『漢字がつくった東アジア』石川九楊

 仏典も聖書も大衆が魅了されるのは論理性ではなく文体(スタイル)であろう。ここが重要だ。そして受け入れらたスタイルは様式となりエートス(気風)に至る。「マックス・ヴェーバーはかくいった。宗教とは何か、それは『エトス(Ethos)』のことであると。エトスというのは簡単に訳すと『行動様式』。つまり、行動のパターンである」(『日本人のための宗教原論 あなたを宗教はどう助けてくれるのか』小室直樹)。

 信じるから騙される。もっと言ってしまおう。信じることは騙されることでもある。言葉という虚構(フィクション)で共同体を維持するためには物語(フィクション)が必要になる(『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ)。神話を信じることは神話に騙されることを意味する。神話を疑う者はコミュニティから弾(はじ)き出される。

 我々だって大差はない。小説、演劇、ドラマ、映画、漫画、歌詞、絵画に至るまで散々フィクションを楽しんでいるではないか。そう。俺たち騙されるのが好きなんだよ(笑)。

2017-05-29

回内運動のコツ/『基礎からのバドミントン』中田稔監修


 どうやって腕をムチのようにしならせることができるのか。そのカギを握るのが「腕のひねり運動」だ。その中でもっとも重要なのが「前腕のひねり運動」。ラケットをもった手首を上下に振るのではなく、手首を曲げて(リストスタンドという)左右に動かすことで前腕をひねるのだ。これを回内(かいない/内側にひねる)、回外(かいがい/外側にひねる)といい、これができるかどうかに初心者と経験者の違いが大きく現れる。

【『基礎からのバドミントン』中田稔〈なかだ・みのる〉監修(ナツメ社、2002年)以下同】

 15年振りにバドミントンを始めたのだが、生まれて初めて運動音痴の気持ちが理解できた。体の反応が鈍く、足が全然動かない。翌日は全身の筋肉痛に苛まれ、歩くこともままならなかった。特に「コートのボクシング」と呼ばれるバドミントンではケツの筋肉痛が顕著だ。1ヶ月後には右ふくらはぎが肉離れを起こした。

 本を読んでスポーツが上手くなることは畳水練と似ているが思い込みや誤りを正すのに役立つ。で、回内運動である。言葉は知っていたが全く理解できなかった。ネットでも散々調べた。スマッシュ時における手首の動作であることは何となくわかった。

バドミントンの回内運動について未だによくわかりません!


 これが一番わかりやすい回内運動の動画である。ところが「過剰な回内運動がスマッシュを妨げる」という指摘もある。


 一番理解しやすいのは以下のページである。

バドミントンで最初にぶつかる壁~回内動作

 本書の挿絵に次の記述がある。

 体温計を振る動作はラケットを振る回内運動に似ている


 この動きがラケット操作の基本となる。わざわざグリップの下部分を延長して練習する必要はない。ラケットを極端に短く持ち(指2本がシャフトに掛かるくらい)、動画の動作を繰り返し、そのまま腕を上に持ち上げればよい。すると腕に対してラケットが直角になってしまうが、この感覚で振り抜けば回内動作が身につく。

 もっと単純に行おう。グリップは通常、握手をするような形で握るが、親指を下げて普通のグーで握る。グリップを耳の後ろへ持ってゆき、肘から先に振り始める。この時ラケットの面は自分の顔の方に向いている。で、インパクトの瞬間に回内動作を行うのだ。グーで握っていれば自然に回内動作となるはずだ。

 つまりバドミントンにおける手首の使い方は野球の珠を投げるような動きとは方向が90度異なる。

 これで回内運動は君のものだ。

【追伸】ラップやアルミホイルの芯、あるいは長めの定規や孫の手で首の後ろを叩いてみよう。それが回内運動である。



力強いショットは回内-回外動作で打つ!!
ペダリングの悟り

悟り四部作/『人類の知的遺産 53 ラーマクリシュナ』奈良康明


『ローリング・サンダー メディスン・パワーの探究』ダグ・ボイド

 ・悟り四部作

・『インドの光 聖ラーマクリシュナの生涯』田中嫺玉
『あるヨギの自叙伝』パラマハンサ・ヨガナンダ
『クリシュナムルティの神秘体験』J・クリシュナムルティ

悟りとは

 しかるにラーマクリシュナの(※エクスタシー)体験は、1回2回というものではない。しばしば脱我の域に没入し、そのまま数時間、ときには旬日にわたることもあった。医者の診断によると、脈拍も心臓の鼓動も感ぜられなかったという。その状態を無分別三昧というのであるが、あるときはほとんど6ヵ月のあいだ、間断なくそのままで居つづけたともいわれる。

【月報第57号/「ラーマクリシュナの神秘性を廻って」玉城康四郎〈たましろ・こうしろう〉】

 私が読んできた限りでは冒頭リンク(田中嫺玉〈たなか・かんぎょく〉を除く)が「悟り四部作」といってよい。これらを古典と位置づけた上で最近刊行されている預流果(よるか)本を開くと理解が一層深まる。共通項は「インド」である。厳密に言えばローリング・サンダーはインド人ではないがアメリカ先住民が「インディアン」と呼ばれた不思議を思わずにはいられない。

 玉城康四郎は仏教学者だがクリシュナムルティに関する論文がある。で、クリシュナムルティの著作を翻訳している藤仲孝司〈ふじなか・たかし〉が批判している。

クリシュナムルティと仏教の交照 玉城康四郎氏の誤読を正す

 私の興味は飽くまでも悟りにあり宗教学なんぞどうでもいい。まして悟っていない外野同士が争うことに意味は見出せない。宗教が民族形成の原動力であることは確かだろうが、近代以降は科学や経済が宗教のポジションに格上げされた。21世紀となってからは原理主義という姿で辛うじて形骸を残している。そう考えると最後の宗教はイスラム教といってよい。

 宗教体験が純正であるかどうか。これは、一つには、その人の日常生活の中に見られる思想や行為から知るほかはない。神秘体験はあくまでも情動的で、その人の内面の精神の問題である。論理、知性の世界の出来事ではない。論証して正しさを証明するものではないのである。ただ、彼は自己のうちに絶対なる何ものかを見、否応(いやおう)なしに自分はそれと一なる存在であることを、今や、知っている。おのずと人格や生活行為の中に、それなりの宗教的自覚と境涯が表出されてくるのは当然なのであって、そこにこそ彼の宗教性の深さが験(ため)されることとなる。
 体験の純正さの証(あかし)としてもう一つ重要なことは、古来よりの宗教伝承を本質面において受け継いでいるか否かということである。自覚的に体験された真実が、師匠に伝えられてきた内容と同じであると師匠が判断すれば問題ないわけで、つまり、仏教流にいえば、師資相承と印可証明の問題である。
 この点、ラーマクリシュナは特定の師匠というべき人をもっていない。特に学校とか僧院で宗教的訓練を受けたわけでもない。19世紀の西ベンガル地方の一農村に貧しいバラモンの息子として生まれ、学校教育もろくに受けていない。しかし、特異な宗教的資質に恵まれ、少年時代から素朴な宗教体験をもっている。20歳頃から自分の信ずるカーリー女神を、「大実母」(マー)と呼び、ちょうど、子供が母親に甘え、すがっていくように、ひたすらな信愛(バクティ)を捧げてマーを見たいと願っていた。その結果、遂に目のあたりに女神の姿を見て、いわゆる見神体験をもった人である。

【『人類の知的遺産 53 ラーマクリシュナ』奈良康明〈なら・やすあき〉(講談社、1983年)】

 智ギ(天台大師)の弟子である章安の言葉に「自解仏乗」(じげぶつじょう)とある。23歳で法華三昧の中で悟りを開いた智ギの徳を称(たた)えたものだ。


 ラーマクリシュナは天衣無縫の人であった。数少ない写真からは全く構えることのない姿が窺える。

 奈良の指摘はもっともであるが常識の範疇(はんちゅう)を出ていない。社会的価値はクルクルと移り変わる。戦前までは見合い結婚が主流であった。私が子供の自分は教師が体罰を下すことは珍しくはなかった。戦争や事件、あるいは技術革新や経済的発展によって価値観はガラリと変わる。悟りという状態が非日常であれば、それを非常識と言い換えてもよかろう。常識で測るのは無理がある。

 悟りを考える上でぶつかるのが人格神の問題である。クリシュナムルティも最初の覚醒の時には神と邂逅(かいこう)している。当てずっぽうで言ってしまえばヒンドゥー教の影響だと思う。情報としてのヒンドゥー教文化が真理を化身化するのではないだろうか。私は人格神を重んじないのでどうしてもラーマクリシュナやヨガナンダに肩入れできない。

人類の知的遺産〈53〉ラーマクリシュナ
奈良 康明
講談社
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2017-05-27

高砂族にはフィクションという概念がなかった/『台湾高砂族の音楽』黒沢隆朝


『セデック・バレ』魏徳聖(ウェイ・ダーション)監督
Difang(ディファン/郭英男)の衝撃

 ・高砂族にはフィクションという概念がなかった

ディープ・フォレスト~ソロモン諸島の子守唄
『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ
『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ

 一行は途中アブダン駐在所に休憩し、約14キロの山道を、時には鉄線橋とよばれる長い吊橋を渡って、目的地カビヤン社に着いたのは5時5分。
 この途中驚くべき事件に逢った。私を乗せた椅子駕籠が先頭にたっていたが、先棒の青年が急に立ち止まった。そして相棒の青年と緊張した面もちで語り合っている。「何が起こったのか」の私の問いに、彼らは、「昨日、ここを親子づれの鹿が通って右の谷へ下りた」というのだ。そして明日鹿狩りをしようとの相談らしかった。砂利道に鹿の足跡などわかるものではない。「どうしてわかるのか、これか」といって鼻を指さしたが、彼らは笑っているだけである。
 聞くところによると、雨が降らなければ、3日ぐらい前に通ったものの識別ができるという。これはまったく名犬の嗅覚ではないか。
 動物の種類はもちろん、人間でも自社のものか他社のものか、男か女か、2人づれか3人づれか。この特技を使って、当時花運港付近の捕虜収容所から脱走して行方不明になっていたアメリカ兵2名を、3日後に山の岩陰から嗅ぎ出したというエピソードもあった。とにかく高砂族という原始民族は、耳も鼻も、眼も、兎やキリンのように、犬のように、猫や豹のように、人間が神によって創生されたままの感覚を、いまだにもっていたのである。

【『台湾高砂族の音楽』黒沢隆朝〈くろさわ・たかとも〉(雄山閣、1973年)以下同】

 1973年(昭和48年)に刊行されているが、内容は第二次世界大戦以前のフィールドワークに基づいている。上記テキスト最後の部分は差別意識というよりは率直な驚きを表明したものだろう。500ページを超す極めて本格的な学術書で各部族の音楽は当然のこと、楽器の詳細にまで研究が及ぶ。台湾は日清戦争で1895年に割譲され、1945年まで日本の一部であった。幸か不幸か台湾原住民は日本語という共通語を持つことで初めて部族間の意思の疎通が可能となった。もしも日本の統治がなければ各部族の文化は歴史の谷間に埋没していたことだろう。高砂族の人間離れした能力は戦時においても遺憾なく発揮され、高砂義勇隊の結成に至る。

 さて今夜の結婚式は疑似結婚式であるが、高砂族中の文化人でありながら、偽りの結婚式は神をあざむくものだというので、人選には、なかなか苦労したようである。
 青年たちも顔を見合わせて応じてくれない。中には今晩ひと晩だけ結婚を許してくれるならやってもいいというモダンボーイもいて、大変なごやかになる。この時部長殿が頭目に酒を呑ませて相談を重ねると、頭目は「では神様に詫びを入れるから、酒をもう1本供えてほしい」ということになり、駐在所員の飲み料の1升びんが持ち出された。頭目はにこりともせず栓をぬき、なに事か呪文らしきつぶやきがあって、さていうには「今晩のまね事は、神様が見ぬふりをすることに話がついた」と宣言した。こうして、結局指定によって青年団の幹部である模範青年たちが、晴れの席についたのである。
 高砂族はこのように、フィクションというものが考えられない民族で、今まで仮面を含めて、演劇という形式が育たなかった。これも民俗学の問題になるテーマであろうかと思う。

 ライ社(カビヤン社の同族)でのエピソードである。私の頭の中で電球が灯(とも)った。Difang~『セデック・バレ』を経て台湾にハマったわけだが、その道筋はこの文章に出会うためだったとさえ思えた。

 ユヴァル・ノア・ハラリはフィクションを信じる力が人類を発展させた(『サピエンス全史』)と説くが、未開部族にはフィクションという概念が存在しなかった。つまり主観だけで生きていることになる。先祖から代々受け継がれてきた物語や、あるいは右脳の声(ジュリアン・ジェインズ)はそのまま事実として認識されたのだろう。

 小説における劇中劇をメタフィクションという。小説の中で小説を読んだり、小説を批評する手法である。知能が発達した動物は自己鏡像認知が可能であるが、メタフィクションは合わせ鏡認知といってよい。高砂族はメタ認知能力を欠いていた。部族がより大きなコミュニティ(国家)に発展できなかった原因もここにある。

 この凄さが理解できるだろうか? 高砂族に対する私の憧れはいや増して太陽のように輝く。フィクションという概念がないのだから高砂族は嘘をつくことができない。すなわち「騙(だま)す」という行為と無縁である。

 フィクションは多くの人々を結びつけ機能を有した嘘である。我々は自ら喜んで騙される。宗教や国家に。アイデンティティとは信じられる虚構の異名に過ぎない。

 もちろん集団が大きくなればなるほど文明は発達し、社会も高度化される。事実として高砂族は日本や中華民国あるいは中国共産党に勝つことができなかった。だが一対一ならば我々は負ける。彼らの優れた身体能力と首刈りの勇気に太刀打ちすることは難しい。

 果たしてどちらが幸せなのだろうか? 私には判断がつかない。ただじっと高砂族の音楽に耳を傾けるだけだ。

 昨年の12月のことだが母の誕生日にCDを贈った。プレゼントをするのは小学2年生以来のこと。45年前、私は大事にしていた赤いプラスチックの指輪を母に手渡した。今思えば取るに足らないお菓子のオマケだが私にとっては宝物だった。そして45年後に再び宝物といえる音楽と巡り合った。虚構(フィクション)なき歌声に耳を傾けよ(『Mudanin Kata/ムダニン・カタ』デヴィッド・ダーリング、ブヌン族)。




2017-05-24

「感謝の心、忘れずに」=手記で彩花さん母-神戸連続児童殺傷事件


『淳』土師守
『彩花へ 「生きる力」をありがとう』山下京子
『彩花へ、ふたたび あなたがいてくれるから』山下京子
加害男性、山下さんへ5通目の手紙 神戸連続児童殺傷事件
神戸・小学生連続殺傷事件:彩花さんの母・山下京子さん手記全文「どんな困難に遭っても、心の財だけは絶対に壊されない」
元少年A(酒鬼薔薇聖斗)著『絶歌』を巡って

 ・「感謝の心、忘れずに」=手記で彩花さん母-神戸連続児童殺傷事件

 山下彩花さんの命日を前に、母京子さんは時事通信社に手記を寄せた。全文は以下の通り。(表記は原文のまま)

 彩花が10歳でこの世を去って20年。彩花が生きた時間の倍の歳月が流れました。どれほどの時間が流れようとも姿は見えなくとも彩花の存在が薄れることはなく、私たちの中にしっかりと根を下ろしています。
 当時は、悲しみと絶望感に押しつぶされそうな毎日で、明日のことさえ考えられませんでした。そんな私たちに寄り添い、励まし支えてくださったたくさんの真心のおかげで今日まで日々を重ねることができました。毎年、3月23日は感謝の思いを確認する日でもあります。
 神戸の事件以降、少年法が改正され犯罪被害者等支援条例が制定される自治体も増えてきました。また教育現場や地域でも子どもを守り育てるという意識が大きく変わったように思います。しかしながら、残虐で短絡的な殺人やいじめによる自殺、虐待など子どもを取り巻く事件は後を絶ちません。悲劇が繰り返されるたびに心が痛くなるのは私だけではないでしょう。
 このような日本社会になってしまった理由には、自分さえよければいいという利己主義とお金やモノを多く所有することが幸せと感じる物質至上主義があるように思います。そういった刹那(せつな)的な幸福感はゆがんだ嫉妬心や孤独感を生み出します。事件の火種は全てこの思想にあると言っても過言ではありません。では何が必要なのでしょうか。それは、物質とは対極にある目に見えないものに価値があると認識することと利他の精神だと強く感じています。
 それを子どもたちに教えるには、大人が自ら人のために心を尽くし、人の役に立てる喜びを言葉だけではなく姿を通して伝えるしかありません。どんな状況にあっても誰も皆その人にしかできないお役目が必ずあるのです。そして、自分が生かされている現実や、周りの人に「ありがとう。おかげさまで」と感謝する心を忘れないことです。遠回りのようですが、こういった小さな積み重ねが命を大切にする思いにつながっていくのではないでしょうか。
 私たち家族が20年をかけて学んだのは、「試練の中でこそ魂が磨かれ、人の幸せを願う深みのある優しさと、倒れても立ち上がろうとする真の強さが育まれる」ということです。家族の絆もさらに強くなりました。それらは決してお金で買うことができない宝物であり、彩花が命をかけて教えてくれたことに他なりません。これからも、体験し学んだことを丁寧に社会にお返ししていくことが、私たちの役目だと確信しています。

【時事通信 2017年3月23日】

狙われた弱者/『淳』土師守


 ・狙われた弱者

『彩花へ 「生きる力」をありがとう』山下京子
『彩花へ、ふたたび あなたがいてくれるから』山下京子
加害男性、山下さんへ5通目の手紙 神戸連続児童殺傷事件
神戸・小学生連続殺傷事件:彩花さんの母・山下京子さん手記全文「どんな困難に遭っても、心の財だけは絶対に壊されない」
元少年A(酒鬼薔薇聖斗)著『絶歌』を巡って
『心にナイフをしのばせて』奥野修司
大阪産業大学付属高校同級生殺害事件
「感謝の心、忘れずに」=手記で彩花さん母-神戸連続児童殺傷事件

 わが家にとっていつもと変わらぬ土曜日の午後でした。
「おじいちゃんのとこ、いってくるわ」
 ソファーのうしろの6畳間から淳の声が聞こえました。いつの間にか居間のうしろの部屋でジグソーパズルを始めていたようです。
「寒いから、ジャンパー着ていきなさい」
 この日は比較的肌寒い日で、妻はいつも淳が着ているウィンドブレーカーを着ていくよう、声をかけました。
 まもなくバタンとドアの閉まる音がして、淳は家を出ていきました。
 私たち家族は、この時、誰も淳の姿を見てはいませんでした。
 これが、私たち家族と淳との永遠の別れになってしまいました。

【『淳』土師守〈はせ・まもる〉(新潮社、1998年/新潮文庫、2002年)】

 著者は酒鬼薔薇事件(神戸連続児童殺傷事件/1997年)で殺害された土師淳〈はせ・じゅん〉君(享年11歳)の父親である。もう一人の犠牲者・山下彩花ちゃん(享年10歳)の母親京子さんが1997年12月に手記を発表している。子供を持つ全ての親御さんに読んでもらいたい。

 土師守さんは医師だ。その珍しい苗字で著書を刊行することにはプライバシーを犠牲にする覚悟が必要であった。努めて冷静に書かれた文章の行間に悲しみが立ち込めている。

「いったい、あのAさんという人は何んやのん? みんなが心配して淳を捜しにいっているというのに、その家の留守番をしながら、たまごっちをふたつも持ち込んでたんよ」
「それを一生懸命に面倒みて、その上、口を利けば自分のとこの子供の自慢話ばっかりして、何んていう人や。あんまり腹が立ったから、姉の私がきましたから、もう結構ですというて、すぐに帰ってもらったわ」
 と姉は怒っていました。

 淳君が行方不明となりPTAや近隣の人々が駆けつけ、皆で捜索する。土師宅の留守番も入れ替わりで行われた。その時のエピソードである。このAさんが実は酒鬼薔薇の母親であった。他にも何度か登場するが明らかに非常識で社会性を欠いた振る舞いが目立つ。加害者の親については山下さんもその不誠実ぶりに苦言を呈している。

 遺体が発見され土師夫妻は須磨警察署に向かった。

 間もなく五十がらみの刑事さんが入ってきて、静かに私たちの前に座りました。
「淳が見つかったんですか」
 私は、刑事さんが口を開く前に、尋ねました。
 その人は、黙ってうなずきました。私が、
「どんな状態だったんですか?」
 とさらに聞くと、刑事さんは、自分の首を指さしながら、
「首から上が見つかりました」
 と、ひとこといいました。
 首から上? 一瞬にして少なくとも、淳がまともな状態にないということが頭を駆けめぐりました。
「ひどい! 怖い!」
「こんなところイヤ!」
 私より妻が先に叫びました。号泣。
 それから、ただ、妻は号泣しました。
 私は、言葉を発することもできませんでした。

 しかも後に判明することだが淳君の生首は中学の正門に置かれ、口は耳まで切り裂かれていた。そして口の中には「酒鬼薔薇聖斗」なる名前で犯行声明文が挟まれていた。


 淳君には知的発達障碍があった。以前、少年Aからいじめを受けていた。Aは「殺したい欲望」を自分より弱い者に向けた。淳君の死因は絞殺であるがあっさりと死んだわけではなかった。

第三の事件

 少年法の一番の問題は「『罪を犯したらそれに相応する罰が加えられる』という応報概念が現行法には全く見られない」(少年法に関する基礎知識)点にある。法の目的は社会秩序の維持にある。チンパンジーの群れは20~100頭(チンパンジーについて)でルールを破った者はその場で殺される。人類は近代以降、魔女狩りなどを経て私刑を禁じた。数千万人から数億人単位の国家というコミュニティを形成したヒトは法律に則って暮らすこととなる。

 異常者は法律を軽々と超え、コミュニティを崩壊する。社会から隔離するのは当然であり、日本国民の80%以上は死刑もやむなしと考えている。これに対して左翼系弁護士は声高に人権を唱え、反対運動を展開してきた。古くは永山則夫連続射殺事件(1968年)が知られる。酒鬼薔薇事件でも彼らは少年Aを擁護した。

 私は少年Aに生きる資格はないと考える。もしも私が彼の親であれば迷うことなく自分の手で始末をつけるだろう。

 事件から20年が経過した。

【神戸連続児童殺傷20年】「生きている限り、償い…」加害男性の両親、連絡取っているが会ってない 書面で心境

 神戸市須磨区で平成9年に起きた連続児童殺傷事件で、小学6年だった土師(はせ)淳君=当時(11)=が殺害されてから24日で20年となるのを前に、加害男性(34)の両親が代理人の弁護士を通じ、報道各社に文書で現在の心境などを明らかにした。男性とは連絡を取り合っているが直接会ってはいないとみられ、「生活状況は分からない」という。遺族や被害者に対しては謝罪の言葉を繰り返し、将来的に男性から事件の真相を聞き取って遺族らに伝えたいとの希望も明かした。
 両親はこの20年を振り返り、「被害者遺族の方々には大変申し訳なく思っています。年月が流れるにつれ、怒り、悲しみ、憎悪は増していると思います」と改めて謝罪。「生きている限り、ご冥福を祈りながら償いをさせていただきたい」とした。
 男性とはたまに連絡を取り合っているが、生活状況については話してもらえないといい、「(男性が)心配をかけないようにしているのではないか」との見方を示した。会うことはできていないとみられ、「長い時間がかかると思いますが、少しずつ色々な話をしていきたい。本人自身が私たちに会いたいと思う気持ちになるまで待ち続けたい」とした。
 さらに、男性が平成27年6月に手記「絶歌」を出版したことについては「順序を間違えている」とする一方、「少年院を退院してからの様子など一部が分かった」と言及。「(男性から)まだ何も聞けていないという思いがある」と明かし、「何とか会って『絶歌』を出したことや事件の真相について聞きたい。それがかなえば、ご遺族にもお伝えしたいと考えております」とした。

【産経WEST 2017年5月23日】

 二人の児童を殺意満々で殺しても14歳というだけで死刑を免れるのが腑に落ちない。更生の可能性を考慮するのもおかしな話だ。飽くまでも犯した罪を見つめるのが筋ではないのか。

 脳が「なぜ?」という物語(因果)から自由になることはない。本当は幸福も不幸も幻想なのだろう。仏教では殺人といえばアングリマーラのエピソードが必ず引き合いに出されるが、サンガと国家を同列に論じることはできない。

 その後、佐世保小6女児同級生殺害事件(2004年)、佐世保女子高生殺害事件(2014年)などが起こっている。定期的に心理テストなどを行い、異常性を早期発見する手立てが必要ではないか。

2017-05-20

スマックボールの壁打ちに関する覚え書き


 ・バドミントン~自宅で壁打ちをする方法(スマックボール)
 ・スマックボールの壁打ちに関する覚え書き

 先日、初めて橋脚で壁打ちを行った。実際にシャトルを打ってみるとやはり勝手が違う。不規則なバウンドが多く、1時間ほど頑張ったのだが50回続けるのがやっとだった。スマックボールの欠点は何と言ってもインパクトの弱さにある。そしてガットが少しずつスマックボールを削ってゆく。意外と無視できないほどのゴミが生じる。

 あれこれと思案した結果、妙案が浮かんだ。素振り用のラケットカバーを着用するのだ。風の抵抗でインパクトの弱さをカバーできるしゴミも出ない。早速注文したのだが、やはり正解であった。カバーの風圧で恐ろしいほど変化する。100回くらい打っていると手首が疲れてくる。

 amazonは高いので楽天での購入を推奨する。

認知革命~虚構を語り信じる能力/『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ


物語の本質~青木勇気『「物語」とは何であるか』への応答
『ものぐさ精神分析』岸田秀
『続 ものぐさ精神分析』岸田秀
『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ
『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ

 ・読書日記
 ・目次
 ・マクロ歴史学
 ・認知革命~虚構を語り信じる能力
 ・イスラエル人歴史学者の恐るべき仏教理解

・『ハキリアリ 農業を営む奇跡の生物』バート・ヘルドブラー、エドワード・O・ウィルソン
『身体感覚で『論語』を読みなおす。 古代中国の文字から』安田登
『文化がヒトを進化させた 人類の繁栄と〈文化-遺伝子革命〉』ジョセフ・ヘンリック
『家畜化という進化 人間はいかに動物を変えたか』リチャード・C・フランシス
『人類史のなかの定住革命』西田正規
『反穀物の人類史 国家誕生のディープヒストリー』ジェームズ・C・スコット
『文明が不幸をもたらす 病んだ社会の起源』クリストファー・ライアン
『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル
『AIは人類を駆逐するのか? 自律(オートノミー)世界の到来』太田裕朗
『Beyond Human 超人類の時代へ 今、医療テクノロジーの最先端で』イブ・ヘロルド
『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』ユヴァル・ノア・ハラリ
『21 Lessons 21世紀の人類のための21の思考』ユヴァル・ノア・ハラリ

世界史の教科書
必読書リストその五

 今からおよそ135億年前、いわゆる「ビッグバン」によって、物質、エネルギー、時間、空間が誕生した。私たちの宇宙の根本を成すこれらの要素の物語を「物理学」という。
 物質とエネルギーは、この世に現れてから30万年ほど後に融合し始め、原子と呼ばれる複雑な構造体を成し、やがてその原子が統合して分子ができた。原子と分子とそれらの相互作用の物語を「化学」という。
 およそ38億年前、地球と呼ばれる惑星の上で特定の分子が結合し、格別大きく入り組んだ構造体、すなわち有機体(生物)を形作った。有機体の物語を「生物学」という。
 そしておよそ7万年前、ホモ・サピエンスという種に属する生き物が、なおさら精巧な構造体、すなわち文化を形成し始めた。そうした人間文化のその後の発展を「歴史」という。
 歴史の道筋は、三つの重要な革命が決めた。約7万年前に歴史を始動させた認知革命、約1万2000年前に歴史の流れを加速させた農業革命、そしてわずか500年前に始まった科学革命だ。三つ目の科学革命は、歴史に終止符を打ち、何かまったく異なる展開を引き起こす可能性が十分ある。本書ではこれら三つの革命が、人類をはじめ、この地上の生きとし生けるものにどのような影響を与えてきたのかという物語を綴っていく。

【『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』(上下)ユヴァル・ノア・ハラリ:柴田裕之〈しばた・やすし〉訳(河出書房新社、2016年)以下同】

 高い視点が抽象度を上げる(『心の操縦術 真実のリーダーとマインドオペレーション』苫米地英人)。しゃがんだ位置から見える世界と高層ビルから見下ろす世界は異なる。宇宙空間から俯瞰すれば全くの別世界が開ける。

 約7万年前から約3万年前にかけて、人類は舟やランプ、弓矢、針(暖かい服を縫うのに不可欠)を発明した。芸術と呼んで差し支えない最初の品々も、この時期にさかのぼるし、宗教や交易、社会的階層化の最初の明白な証拠にしても同じだ。
 ほとんどの研究者は、こられの前例のない偉業は、サピエンスの認知的能力に起こった革命の産物だと考えている。(中略)
 このように7万年前から3万年前にかけて見られた、新しい思考と意思疎通の方法の登場のことを「認知革命」という。


 歴史の痕跡が人類における革命を物語っている。認知革命とは言葉の獲得によって虚構(フィクション)を想像し、虚構を共有することで集団の協力が可能となったことを意味する。言語-社会化という図式は誰もが何となく気づくことだが、実は言語そのものが虚構である。

 共同が協働に結びつき、その過程で表現する力が養われたのだろう。「見てくれる人」がいなければ表現という欲求は生まれない。そして新たな表現が言葉をより豊かに発展させ神話や宗教が生まれる。

 伝説や神話、神々、宗教は、認知革命に伴って初めて現れた。それまでも、「気をつけろ! ライオンだ!」と言える動物や人類種は多くいた。だがホモ・サピエンスは認知革命のおかげで、「ライオンはわが部族の守護霊だ」と言う能力を獲得した。虚構、すなわち架空の事物について語るこの能力こそが、サピエンスの言語の特徴として異彩を放っている。
 現実には存在しないものについて語り、『鏡の国のアリス』ではないけれど、ありえないことを朝食前に六つも信じられるのはホモ・サピエンスだけであるという点には、比較的容易に同意してもらえるだろう。(中略)
 だが虚構のおかげで、私たちはたんに物事を想像するだけではなく、【集団】でそうできるようになった。聖書の天地創造の物語や、オーストラリア先住民の「夢の時代(天地創造の時代)」の神話、近代国家の国民主義の神話のような、共通の神話を私たちは紡ぎ出すことができる。そのような神話は、大勢で柔軟に協力するという空前の能力をサピエンスに与える。アリやミツバチも大勢でいっしょに働けるが、彼らのやり方は融通が利かず、近親者としかうまくいかない。オオカミやチンパンジーはアリよりもはるかに柔軟な形で力を合わせるが、少数のごく親密な個体とでなければ駄目だ。ところがサピエンスは、無数の赤の他人と著しく柔軟な形で協力できる。だからこそサピエンスが世界を支配し、アリは私たちの残り物を食べ、チンパンジーは動物園や研究室に閉じ込められているのだ。

 たぶん宗教は天候不良や災害の説明から始まったのだろう。雷を「天(神)の怒り」と想像するのはそれほど難しいことではない。日本では稲妻(元は稲夫〈いなづま〉)が受精して米という実りをもたらすと考えられてきた。

 岸田秀が語った「共同幻想」をユヴァル・ノア・ハラリはより学術的に精緻な検証を試みる。信仰や政治、そして恋愛や戦争もフィクションなのだろうか? そうだとすれば我々が感じる幸不幸は妄想である可能性が高い。

 我々は何となく言葉の虚構性に気づいている。だからこそスポーツに熱狂し、歌詞のない音楽の虜(とりこ)となり、性行為に溺れるのだろう。本来であれば言葉はコミュニケーションの道具に過ぎないのだが、言葉以外のコミュニケーションを失ってしまった。

「理解というものは、私たち、つまり私とあなたが、同時に、同じレベルで出会うときに生まれてきます」(『自我の終焉 絶対自由への道』J・クリシュナムーティ)。人間と人間の出会いを言葉が妨げている。知識はあっても知性を欠き、語られる愛情は欲望に基づいている。

 虚構は国家という大きさにまで拡張した。更に大きな虚構を人類は手にすることができるのだろうか? それとも虚構を捨て去って全く新しい生き方に目覚めるのだろうか?



信じることと騙されること/『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』内山節
現代の華厳経/『アファメーション』ルー・タイス
人種差別というバイアス/『隠れた脳 好み、道徳、市場、集団を操る無意識の科学』シャンカール・ヴェダンタム

2017-05-19

侠気と詭弁/『仮面を剥ぐ 文闘への招待』竹中労


『折伏 創価学会の思想と行動』鶴見俊輔、森秀人、柳田邦夫、しまねきよし

 ・侠気と詭弁

『篦棒(ベラボー)な人々 戦後サブカルチャー偉人伝』竹熊健太郎

「自由な言論」はゆきつくところ、もの書く場を失っていく。

【『仮面を剥ぐ 文闘への招待』竹中労〈たけなか・ろう〉(幸洋出版、1983年)】

 コアなファンが多い竹中労だが元新左翼であることが見逃せない。左翼は元々暴力革命を標榜しているが、その既成左翼を批判し急進的な革命を目指すのが新左翼である。21世紀であれば立派なテロリストとして認定できる。その竹中が創価学会にエールを送る。創価学会が言論出版妨害事件(1960年代末-1970年代)や宮本顕治宅盗聴事件(1970年)を起こし、日蓮正宗宗門との紛争によって池田大作が会長辞任(1979年)に追い込まれた後のこと。創共協定(1974年)が事実上頓挫しこととも関係があるのかもしれない。

 竹中はその後『聞書・庶民烈伝 牧口常三郎とその時代』(全4冊、潮出版社、1983〜1987年)を月刊誌『潮』で連載するが、編集部の方針と相容れず中途半端な形で終わってしまった。

 読んでから10年近く経過しているためテキストを見ても文脈が思い出せない。どんどん紹介してしまおう。

 一方的な敵意をエスカレートさせるのみで、問題の本質に迫る論争が不在であるこのような力関係で、“勝敗”をきめるのは結局、物量の差でしかあるまい。
 ――「言論の自由」は、多数派工作で獲得される。それが、民主主義である。世論によって人々は判断し、善と悪とを弁別する。だが、その世論をつくるのはマス・コミュニケーション、大衆操作の力学である。圧殺されるマイノリティ、「自由な言論」は、ついに抵抗の手段を持たないのだ。

 更にこう続ける。

 中立公正を守ろうとすれば、そうした客観主義にジャーナリズムは純化していく。【そこに陥穽がある】。言論・思想の統制は、強権によるものとは限らない。言論と言論・思想と思想とが火花を散らして闘い、黒白を争うことを“表現の自由”というのだ。事実に是(これ)を求めて(実事求是)、主張を読者大衆に問うのが、ジャーナリズムの仕事(使命などとあえて言うまい)である。論理を失った感情のせめぎあい、根拠を持たぬ醜聞の氾【乱】と等しく、死灰のような自主規制は報道の頽廃である。

 旧ブログ(はてなダイアリー)に抜き書きをアップしていたのだが、『折伏 創価学会の思想と行動』との関連を考慮してこちらに移動した次第である。

 今読むともっともらしい詭弁に思える。また当時はインターネットがなかったことを考慮する必要があるだろう。1980年代には週刊誌が執拗に創価学会バッシングを繰り返していた。竹中の侠気(おとこぎ)は称賛に値するが、政党を有する750万世帯のマンモス教団を「マイノリティ」と同列に扱うのは無理がある。

 1980年代から90年代にかけての創価学会を巡る言論については以下のページが詳しい。

創価学会のこと(「創価学会批判」論序章)1

 時折、ジャーナリストが自虐的に売文業と自称することがある。新聞といえども商業ジャーナリズムであり、テキストは広告や金銭と交換される商品となったのが現実である。ゆえにジャーナリストは「書きたいこと」と「売れる商品」の間で揺れ、自分なりの折り合いをつけるしかない。

 ま、「ジャーナリズムは既に死んだ」と言っても差し支えないだろう。小さな範囲で取材をして、でかい顔をするのが連中の生態だ。

2017-05-17

大衆運動という接点/『折伏 創価学会の思想と行動』鶴見俊輔、森秀人、柳田邦夫、しまねきよし


『巷の神々』(『石原愼太郎の思想と行為 5 新宗教の黎明』)石原慎太郎
『対話 人間の原点』小谷喜美、石原慎太郎

 ・恵まれた地位につく者すべてに定数がある
 ・大衆運動という接点

『仮面を剥ぐ 文闘への招待』竹中労
『黒い手帖 創価学会「日本占領計画」の全記録』矢野絢也
『「黒い手帖」裁判全記録』矢野絢也
『乱脈経理 創価学会 VS. 国税庁の暗闘ドキュメント』矢野絢也

 学会の用いる折伏は、単なる説得ではない。一個の人格を社会的、経済的、心理的諸要素、それも主として弱点から攻撃し、批判し、いわば逆さにふって血も出ないところまで追いつめる激しさと執拗さをもっている。背後には確固とした対話の技術を準備している。
 このことは、伝統的に対話の習慣に馴れていない、“ものいわぬ”日本の民衆を、驚愕させ、呆れさせ、果ては反発させる。人生の途上に現れた異質の体験なのだ。(柳田邦夫)

【『折伏 創価学会の思想と行動』鶴見俊輔、森秀人、柳田邦夫、しまねきよし(産報ノンフィクション、1963年4月15日)以下同】

 古い書籍で――因みに私が生まれる3ヶ月前に刊行されている――創価学会員ですら読んでいる者が少ない。少し前まで入手困難であったため地元図書館にリクエストを申請し取り寄せてもらった。

 書き手の中心にいる鶴見俊輔(1922-2015年)は谷沢永一が「『ソ連はすべて善、日本はすべて悪』の扇動者(デマゴーグ)」と批判した(『悪魔の思想 「進歩的文化人」という名の国賊12人』)進歩的文化人の一人だ。

「鶴見氏は一九三七年に、一五歳でアメリカに留学して都留氏に出会って以来、『世界史の中の日本の動きについて、この七○年、時代の区切り目ごとに、私は都留重人から示唆を得てきた』」(季刊誌『考える人』二○○六年夏号)との文章を今見つけた。都留重人(1912-2006年)の妻は木戸幸一(1889-1977年)の姪(めい)で、木戸の戦争責任を回避するために暗躍したマルクス主義者である。

伊原吉之助教授の読書室:木戸幸一の保身

 上記論文で挙げられた書籍を私は一通り読んだ。確証を欠くのは確かだが状況証拠は揃っているように思われる。

 日本の近代史が今尚モヤモヤとしているのは左翼が果たした役割がまだ明らかになっていないためだ。GHQ内部の左翼は大半がニューディーラーであった。そもそもフランクリン・ルーズベルト(1882-1945年)大統領がソ連建国にエールを送り、スターリン(1878-1953年)と親しい間柄であった。ルーズベルトの周辺はコミンテルンのスパイだらけで、日本を戦争に追い込んだハル・ノートを起草したハリー・デクスター・ホワイト(1892-1948年)もその一人である。第二次世界大戦は左翼スパイが世界各国で暗躍した事実を忘れてはならない。

ルーズベルトの周辺には500人に及ぶ共産党員とシンパがいた/『日本の敵 グローバリズムの正体』渡部昇一、馬渕睦夫

 一方、創価学会は元々保守主義・民族主義的色彩が強かった。


 牧口常三郎(初代会長/1871-1944年)と戸田城聖(二代会長/1900-1958年)は大日本皇道立教会(1911年創立)に参加している。上の画像の後列左端が牧口で、後列の右から二人目が児玉誉士夫(1911-1984年)である。創価学会は戦時中に治安維持法と不敬罪で弾圧されたが、決して反天皇制というわけではなく学会員の行き過ぎた折伏が招いた結果であった。

 ところが池田大作(三代会長/1928-)の時代になると左方向に大きく旋回した。平和主義・国際主義を前面に打ち出し、共産主義と全く同じ手法で組織拡張に成功した。池田は卓越したオルガナイザーであった。

グローバリズムと共産主義は同根/『国難の正体 世界最終戦争へのカウントダウン』馬渕睦夫

 本書刊行が1963年で、松本清張(1909-1992年)の仲介による創共協定(日本共産党と創価学会との合意についての協定)が結ばれるのは1974年のこと。松本清張は偶然の産物としているが、とてもそうは思えない。

 わたしはあるチンドン屋の娘を知っている。チンドン屋夫婦の子として生れ育ったかの女には大きな劣等感が渦巻いていた。頭もいいほうではない。学校にも行けなかった。貧困が家庭を破壊していたのだ。くわえてかの女は弱身で蓄膿症をはじめいくつかの病気をかかえていた。わたしはそんなかの女と、ときおりあう。かの女は女中のごとく家の中のこまごまとした仕事やチンドン屋仲間の飯づくりに多忙であったが、映画や小説が好きで暇さえあれば楽しんでいた。
 わたしがそういう映画の感想をきいても、批評はおろか感想もいえなかった。ただ読み観るというだけの話だった。強い意見があるわけでもないかの女にはそれが、他のふつうのひとたちと同様、とうぜんのことであった。
 しばらくわたしはかの女と会わないでいた。わたしはかの女の存在を忘却していた。ふつうの、平凡な、ありきたりの娘だったので、軽い同情があっても、忘れるのがあたりまえだ。ところがしばらく会わないでいると、かの女のほうから訪ねてきた。顔がいきいきとしている。さては、恋人でもできて劣等感から解放されたのかな、と思った。映画の帰りだという。そうしてペラペラと、その映画の批評をする。わたしはあっけにとられる思いでかの女をみつめた。かの女は、その映画の主人公の生き方を痛罵しているのである。わたしは愉快になって、ひとつふたつ反問すると、まえにはわたしの説明を素直にきいた娘なのにむきになって、反論して、自説を固く守る。それでいて、つっけんどんな調子はまったくなく、柔軟な口調である。わたしはますます驚いた。劣等感で口もきけなかったあの娘が、いま面前で、にこやかに微笑してい、自信をもって、映画批評をしている。ひらかれた瞳は、まっすぐにわたしの眼に注がれ、まばたきもしないのだ。
 かの女は、やがて平和であるとか、ふつうの日本人のまず口にしない言葉を平気で使いだした。使命というようなききなれぬ言葉も使った。そのときはそれでかの女は去っていった。わたしは間もなく、かの女が創価学会にすでに入会している信者であることを知った。入会前のかの女と、入会後のかの女の、その見事な変貌ぶりに、わたしはあらためて創価学会のちからを知った。まさにかの女は、ふつうの人から、信念の人に、かわったのである。
 自殺でもしなければよいが、とわたしは思っていた。そんなかの女が、見事に、自分を回復したのである。あの暗い、蔭のような存在であった日本の娘が、平和を説き、仏法を説くのである。わたしには仏法のことなど、どうでもいい、一人の日本の娘が、自分でちゃんと大地に立った、という事実が感動をあたえるのだ。(森秀人)

 これが「人間革命」の姿である。1960年代という時代背景を思えば左翼のオルグ活動と創価学会の折伏がぶつかることは珍しくなかったに違いない。例えば石牟礼道子のこんな証言がある。

石牟礼●国も行政も地域社会も担いませんから、全部引き受け直して自覚的になって、もうゆるす境地になられました。未曽有な体験をなさいましたが、もう恨まず、ゆるす。ゆるさないとおもうと、きつい。もうきつい。いっそう担い直す。人間の罪をみなすべて引き受ける。こう言われるようになったのです。これは大変なことなのです。今まで水俣にいて考えるかぎり、宗教も力を持ちませんでした。創価学会のほかは、患者さんに係わることができなかった。

【『石牟礼道子対談集 魂の言葉を紡ぐ』石牟礼道子〈いしむれ・みちこ〉(河出書房新社、2000年)】

 水俣病は1952年から1960年代にかけて被害者を出した公害病である。石牟礼は心情左翼あるいは同調者である。デビュー作『苦海浄土 わが水俣病』(講談社、1969年)が傑作であることは確かだが、石牟礼は後にフィクションを盛り込んでいることを白状している。「必読書」に入れてないのもそのためだ。チッソ株式会社が当時の法律を遵守していた事実を見失ってはならない。

 創価学会はその進軍の度合いにおいて既に左翼を凌駕していた。学会員も貧病争を克服するために必死であったのだろう。だが単なるご利益信仰ではなく、教学を通した人材育成が強靭な組織を築き上げた。左翼が親近感を抱いたのは大衆運動という接点によるものだ。

 邪教であろうとなんであろうと、創価学会のいうとおり信心すれば人間とその社会が幸福になるものならば、それはいいことだ。商人の口車にのって買った品物がよいものならばそれはそれでいい。そうして、現実に、創価学会に入って自信をもち、明るく、幸福そうになった多くの人間がいるのである。すくなくとも創価学会は、自殺王国の日本にあって、自殺者の数をできるかぎりすくなくした第一の団体であることに間違いはない。学会がファシズムにおもむくことを恐れるまえに、われわれは、われわれの喪失した人間の原理について、もう一度ふかく反省しなければならない。果してわれわれは、あの信者たち以上に生きているのであろうか。あの信者たちのように自信をもって、感動し、欲求し、行動しているのであろうか。人間としてどちらが、解放されているのであろうか。戸田城聖ではないが、勝負してみなければならぬだろう。そうして負けたと思ったら一度は創価学会に入るべきである。負けぬと思った者は、自分の考える〈創価学会〉を創るべきである。どちらでもない者は、黙って沈黙していればいい。それが自然の掟なのである。(森秀人)

 こういう視点が侮れない。知性とは事実をありのままに見つめることだ。激しい折伏は世間から反発を買い、創価学会は白い目で見られていた。実際の姿を見たとしても簡単に先入観を払拭できるものではない。学生運動は血なまぐさい暴力闘争に向かうが、創価学会には確かな明るさがあった。これほどの理解を示すところに左翼の懐の深さを感じる。

 なぜ日蓮宗(※北一輝、石原莞爾、宮沢賢治、妹尾義郎、立正佼成会、創価学会、日本山妙法寺など)だけが近代日本において、思想としての活力を保ち得たのか。その答えは、ほかの仏教諸流派とちがって、日蓮宗が、外国人であるシャカから日本人である日蓮に、崇拝の対象を移し、日本の問題を宗教的関心の中心にすえたことにある。日本をどうやって救うか、それが宗教としてのもっとも重要な問題とされた。正しい方向から政府がそれた時には、政府をいさめ正さなければならぬ。国家をいさめ正すことを宗教者の任務とし、そのことに命をかけたところに、日蓮の本領があった。そしてこれは、近代の市民の政治的権利の自覚ときわめて近しいものなのだ。(鶴見俊輔)

 私は「市民」という言葉を見掛けたら眉に唾をつけることにしている。鶴見の文章は典型的なプロパガンダで日蓮を左翼的視線で眺めているだけのことだ。森秀人の率直さが鶴見にはない。

 その後、創価学会が作った公明党が先導して日中国交回復(1972年)が実現する。池田大作の民間外交は緊張関係にあったソ連と中国をも融和させた。日本共産党がやりたくても出来なかったことを果たしたのだ。一方的な礼賛でもなく、浅はかな誹謗中傷でもなく、きちんとした評価と批判を行うべきだろう。

折伏―創価学会の思想と行動 (1963年) (産報ノンフィクション)
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レッドからグリーンへ/『環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』石弘之、安田喜憲、湯浅赳男

王仏冥合について/『対話 人間の原点』小谷喜美、石原慎太郎


『巷の神々』(『石原愼太郎の思想と行為 5 新宗教の黎明』)石原慎太郎

 ・王仏冥合について

『折伏 創価学会の思想と行動』鶴見俊輔、森秀人、柳田邦夫、しまねきよし
『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』内山節

石原●わたくし、先生にお目にかかかって、ひじょうに興味があるといっては失礼ですが、「ここに一人の人間がいる」という感じが強くするのです。「大丈夫」という言葉があります。りっぱな人間、確固とした人間のことをいうわけですが……。
 先生にお目にかかると、先生は女でいらっしゃるけれど、「大丈夫」がいるという気がします。それはやっぱり、さっきおっしゃいました、目に見えるものと見えないものとの和、つりあいというものを、きちっと、もっていらっしゃるみごとさだと思うんです。

【『対話 人間の原点』小谷喜美〈こたに・きみ〉、石原慎太郎(サンケイ新聞社出版局、1969年)以下同】


 小谷喜美(1901-1971年)は見るからに温和で福々しい表情をしている。霊友会の創設者は久保角太郎(1892-1944年)であるが、事実上の教祖は小谷であるといってよい。

 本書を読む限りでは小谷から宗教的英知を感じられない。そこが逆に凄いと思う。久保角太郎からはいじめさながらの仕打ちを受け、貧苦の中で他者を救う壮絶な修行を通して小谷は霊感を会得した。石原の指摘通り、人間としての存在感が際立っていたのだろう。前回、新興宗教の教祖は神懸り的色彩が濃く、統合失調症タイプであると書いた。民族宗教はシャーマニズムとセットであるが、論理を無視し超越しているため浸透の度合いが深い。右脳の発する声が人々に受け入れられれば教祖となり、奇異と思われれば病人となる。

小谷●ところで、「王仏冥合」を、どういうふうに考えていますか。
石原●「王仏冥合」ですか、あれは別に創価学会だけの言葉じゃない。つまり仏の言葉です。政治と宗教というものの理想が重なるということは、これにこしたことはないと思いますけれど、ただ、やっぱり、自分のところの教義以外は、みんなだめなんだという教条的な排他的なものの考え方が、その王仏冥合の中の“仏”であるのは困りますね。このごろ創価学会は、そうじゃないということをいっておりますが、確かに、ひとりの政治家が、朝、仏壇にお燈明をあげ、線香をおあげするような、つまり、仏心をもっている人間としての理念を政治に反映するということで、王仏冥合は人間的にありうることだと思います。ただ、これはひじょうにむずかしい、一人の人間の内ではできても、それを社会的に現出させるということは。

 小谷の質問は創価学会の動向を気にするというよりは、霊友会の政治進出を考慮したものだろう。『巷の神々』の取材で小谷と知遇を得た石原はその後霊友会の支持を取り付け、1968年(昭和43年)に自民党から参議院選挙に打って出る。知名度が高かったとはいえ全国区で301万票という空前絶後の得票数で当選を勝ち取った。石原がどのタイミングで霊友会の信者になったのか私は知らないが、単なる選挙目当ての取引であったようには見えない。

石原●ですから、王仏冥合というのは、なにも日本の仏教で考えだされた言葉でもなければ、日蓮聖人の言葉だけじゃなしに、やっぱり、すべての人間の胸の中に、神・仏を念じるような、まじめな、ひたむきな姿勢というのが、政治というものに重なりあったら、どんなにすばらしいものができるだろうかという願い、期待としては、洋の東西を問わず、古今を問わず、あるわけです。とくに、現在のような時代の政治は、実は、古今東西にわたってある王仏冥合に対する人間の基本的な願いというものを、かなえていく政治を行なうということを目ざさなくちゃならないと思いますが、どうも、日本の政治家は、先生がおっしゃるように、その場しのぎの、あした、あさって、あるいは1年、2年先のことしか考えていない。

 政治と宗教は祭政一致政教一致政教分離という歴史を辿ってきた。日蓮(1222-1282年)はとても中世の人物とは思えないほど傑出した国際感覚の持ち主で強い国家意識を持っていた。まだ日本が統一されていない時代であるにもかかわらず。その一生は政治闘争と弾圧の繰り返しであったといっても過言ではない。日蓮の王仏冥合は亡国を回避するために政治理念の必要性を説いたものであろう。日蓮が明言した蒙古襲来の予言が当たったことで鎌倉幕府は彼を無視できなくなる。

 大東亜戦争の敗戦は国家神道の敗北でもあった。そして雨後の筍(たけのこ)のように新興宗教が出現した。失意の中で「神も仏もあるものか」と落胆した人々が飛びついた。だが宗教性は復興することなく政治に取り込まれてしまった感がある。しかも若者は学生運動に流れた。それ以降は経済一辺倒である。

 政治に宗教的理念があってもいいだろう。これだけ多くの宗教があるのだから、むしろあって当然だ。しかし教団ぐるみで政治にコミットするのは問題がある。例えば創価学会の場合、公明党支援が政教分離原則に抵触するわけではない。宗教者が誰に投票しようと自由だ。最大の問題は――誰も指摘していないが――個々の学会員が立候補する自由を奪っているところにある。また東京都議会選挙のために全国の信者が応援にゆくのも民主政のルールを踏みにじる行為だ。

人間の原点―対話 (1969年)
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2017-05-16

戦後に広まった新興宗教の秀逸なルポ/『巷の神々』(『石原愼太郎の思想と行為 5 新宗教の黎明』)石原慎太郎


『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ 若き医師が死の直前まで綴った愛の手記』井村和清

 ・戦後に広まった新興宗教の秀逸なルポ

『対話 人間の原点』小谷喜美、石原慎太郎
『折伏 創価学会の思想と行動』鶴見俊輔、森秀人、柳田邦夫、しまねきよし
『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』内山節
『ローリング・サンダー メディスン・パワーの探究』ダグ・ボイド

悟りとは
宗教とは何か?

 私は昨年の暮、弁天宗(※辯天宗)教団の感謝祭に宗祖に面会し、長時間話を聞いたが、その時、家族に連れられて5~6歳の女の子供が来ていた。
 宗祖は談話の内に、その子供を指し、
「あの子供の話をしましょうか」
 と言って、宗祖とその彼女の期せぬ巡(めぐ)り合いについて話してくれた。
 昨年のある日、宗祖が東京支部の行事のために上京し、それをすませて大阪に帰るために東京駅から新幹線に乗ろうとした時、丁度、団体客か何かで混み合っていた八重洲側の中央改札口にさしかかった。
 見ると、母親連れの5~6歳の女の子が、人波にもまれてはずみで親と手が離れ、親の方は先に改札をすませて中へ入ってしまったが、子供のほうはまだ外にとりのこされている。
 親は内側で、「早くおいで」と招いて待ち、子供は親のいるところへいこうと改札口を入ろうとするが、混み合った大人の人波に入り切れず、二、三度入り口に近づいてははじき出される。
 それを見ていた宗祖が、子供に近づき、
「小母ちゃんと一緒にいきましょうね」
 とその手をとった。
 子供は言われるまま、こっくりして、その手を見知らぬ、優しそうな小母さんに預けた。
 そのまま少女は手を曳かれて無事に改札口を入った。
 待っていた母親が宗祖に礼を言ったが、相手が荷物を持っているので、
「ついでにこのまま上までお連れしますよ。お嬢ちゃん、小母ちゃんと一緒にいこうね」
 と、恐縮する母親の前で手をとり直して、そのまま上のプラットホームまで上った。
 手をつないで階段を上り切り、列車の前まで来て、
「それじゃここでさようなら。はい、いい子でね」
 と子供に言って頷(うなず)き、その手を離した。
 子供はこっくりと頷くと、宗祖の見ている前で踵(きびす)を返し、側で待っていた母親のところへ
「アキ子、あの小母ちゃんに、手を曳いてもろうた」
 言って駈け戻った。
 とたん、母親は仰天して腰を抜かした。
 その筈である。その少女は、生まれてから6年この方、薬石効なく、どう尽しても直(ママ)らなかった、生れながらの唖(おし)だったのだ。
 母親は、娘の手を曳いてくれた人が誰であるかを質し、その場で信者になったと言う。天王寺の下駄屋の母娘の実話である。

【『巷の神々』石原慎太郎(サンケイ新聞出版局、1967年/産経新聞出版、2013年『石原愼太郎の思想と行為 5 新宗教の黎明』)以下同】

 驚愕した。石原慎太郎といえば功罪の相半ばする政治家であるが教養人としても知られる。それにしても34歳前後で日本の新興宗教をここまで俯瞰できる能力は並大抵の代物ではない。しかも文学者でありながら科学的懐疑の精神で検証し、各教団の教祖とも実際に会って話をしている。注目すべきは創価学会に関する記述で、その近代的な組織のあり方や政治進出を積極的に評価している。石原が後に「悪しき天才、巨大な俗物」(『週刊文春』平成11年3月25日号)と池田大作を評したことを思えば隔世の感がある。ほんのわずかな誤謬は見受けられるが、全体的に記述は正確で独創性もある。まだ学生運動が激しい中で戦前戦後の新興宗教に目をつけたのは卓見といってよい。それぞれの教祖の神通力も日本的なアニミズム(先祖崇拝)を探る上で大変参考になった。「宗教とは何か?」「悟りとは」に追加。長らく絶版で古書価格も数千円から1万円という高値がついていたが産経新聞出版から再刊された。旧版は9ポイントほどの活字で上下二段450ページの分量である。(読書日記より)

「悟りとは」に入れたのはわけがある。それは新興宗教の教祖は一様に神懸(がか)りともいうべき体験をしており特異なためだ。敢えて「統合失調症タイプ」(『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ)と極言してもいいだろう。卑弥呼の延長線上に位置している。


 私が親だったとしても信者になるのは確実だ(笑)。奇蹟には逆らえない。宗教の基本は「病気を治す」ところにある。これがない宗教は絶対に広まらない。教祖と呼ばれる人々は必ず何らかの奇蹟を起こしていると考えてよい。奇蹟は瞬間的に死の不安を解消する。神通力とは言い得て妙だ。

 栄える宗教には、それなりの魅力があり、その指導者には人間の現実に及ぼす力がある。それはただうらやんでも、自らにそなわるものではない。その魅力その力が何故自らにはないか、と言うことを多くの坊主どもは知るべきだ。それは彼らが信奉する教えが、現代では古くなった、と言うことでは決してない。
 卑俗なたとえだが、人間と宗教との最初の結びつきは、蟻と砂糖のようなものだ。蟻は己の味覚触感で敏感に塩と砂糖をより分け、砂糖にしかたからない。
 人間でも、味の良い店と悪い店をより分け、旨(うま)い店は繁昌する。信徒も人間であり、人間は現金なものだ。
 人間は現実にいろいろな不幸を持つ。転んだり金を喪くしたり、病気したり。しかし転んで痛い膝はさすれば直(ママ)るし、喪くした金は、稼げばとり戻せる。
 しかし人間は誰でも、自分の注意や願望に反して、何故こんな不幸不運が起るのか、と思い疑う。
 それについて、転んだのはただの過失であり、不運は不運でしかない。その内に運も向くだろう、と言うのでは答にならぬし、人々も満足はしまい。
 そうした原因については、訳がある。その訳を極め、それを正せば、それから抜け出すことが出来る、と言うことで初めて、人間の求めている救いがある。
 宗教は、その訳を、即ち、眼に見えぬものの力、即ち、神、心霊の力に依るものであるとし、ジェイムズの言うが如くに、その力の秩序に順応することで、安心立命があり、救済がある、とする。
 その秩序への順応、即ち信仰と言っても、それにはいろいろな段階があろうが、その初めは矢張り、一つの体験によって、その力の秩序の存在を感じ、知ると言うことに他ならない。
 信仰と言うのは、或る意味であくまでも一つの観念操作だが、しかし、その基点となるものは、あくまでも一個の現実認識である。
 それを欠く信仰は、砂の上にかけた梯子のように、上るにつれ、足元がぐらついて来る。
 その、信仰の出発点、第一段階の基礎固めを、人間に与えることの出来ぬ宗教は、最も根源的な力を欠いていると言われるべきだ。

 石原はウィリアム・ジェームズ著『宗教的経験の諸相』(原書は1901年/星文館、1914年/警醒社、1922年/誠信書房、1957年/岩波文庫、1969年)を軸に各新興宗教を読み解く。何の先入観もなく、直接自分の目と耳で判断する姿勢にはある種の勇ましさが窺える。

 信仰を「一つの観念操作」と言ってのける鋭さが侮れない。認知科学的な視点すら垣間見える。

 私が石原慎太郎を見直したのは「小林秀雄を諌めたエピソード」(今だから話せるこの国への思い(後編) 石原慎太郎氏(作家)×德川家広氏)を知ったことが大きい。石原が『太陽の季節』で文壇デビューしたのは1955年(昭和30年)のこと。文士劇が1962年だったとすれば(文士劇)、小林(1902-1983年)が60歳で石原(1932-)は30歳である。小林は若い時分から遠慮を知らぬ男で、酔っ払って正宗白鳥(1879-1962年)に絡んだり、対談で柳田國男(1875-1962年)を泣かせたりしている。たぶん小林は若い石原に自分と同じ匂いを嗅ぎ取ったのだろう。

石原愼太郎の思想と行為〈5〉新宗教の黎明宗教的経験の諸相 上 (岩波文庫 青 640-2)宗教的経験の諸相 下 (岩波文庫 青 640-3)

2017-05-14

新しい表現/『二十一世紀の諸法無我 断片と統合 新しき超人たちへの福音』那智タケシ


『悟りの階梯 テーラワーダ仏教が明かす悟りの構造』藤本晃
『奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき』ジル・ボルト・テイラー
『ザ・ワーク 人生を変える4つの質問』バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェル
『わかっちゃった人たち 悟りについて普通の7人が語ったこと』サリー・ボンジャース
『悟り系で行こう 「私」が終わる時、「世界」が現れる』那智タケシ

 ・新しい表現

悟りとは

 人間が様々な与えられた観念、断片によって支配され、条件付けられていることを知るためには、まず最初に、自我を支配し、まとわりついた様々な観念の断片に気づき、落とすことが必要になります。つまり、自分自身という存在が断片の集合体にすぎないという自覚――これが逆説的に、あなたを様々な断片の支配から解放する手段なのです。
「私」も含めた一切の事物は、独立した存在ではなく、世界の断片の一つにすぎない――この認識を仏教では、悟りと呼び、そのありようを諸法無我と名づけました。しかし、仏教の既成の言葉では、もはや私たちの混沌とした世界、私たちの入り組んだ精神を解きほぐし、新しい道筋を示すことは困難になりつつあります。真実は、常に時代に即した、新しい表現を求めているのです。

【『二十一世紀の諸法無我 断片と統合 新しき超人たちへの福音』那智タケシ(ナチュラルスピリット、2014年)以下同】

 預流果(よるか)に至った那智タケシが徒然なるままに綴った短文を編んだもの。言わば箴言集(しんげんしゅう)の体裁だが書籍としての出来は悪い。悟りという強烈な体験に脳が激しく揺さぶられ、酔っ払っているような印象を受けた。ま、それも当然だろうと思う。新しい言葉を紡ぎ出そうとする試みから悟り体験の生々しさが伝わってくる。

 宗教者は古人の言葉をなぞるだけで新しい展開を欠く。時にテキストの奴隷と化して争い合う姿も珍しくない。法という真理は見失われ、律という自制心は形式化し、s時も素っ気もない「法律」という言葉だけが生き残っている。

 世界の中心に特別な「私」、特別な「神」という巨大な断片がある限り、断片はばらばらなままであり、新たな世界を生み出すことがない。

 先日、「真実の智慧とは『ありのままに見る』ことなのだ」(ブッダの遺言「自らをよりどころとし、法をよりどころとせよ」~自灯明・法灯明は誤訳/『ブッダ入門』中村元)と書いた。我々は五官からの情報で世界を認識している。ところが五官には意識(≒自我)というフィルターが掛かっているのだ。そして初めて世界と接触した瞬間のことを完全に忘れ去っている。

視覚の謎を解く一書/『46年目の光 視力を取り戻した男の奇跡の人生』ロバート・カーソン

「見る」ことにはこれほどの衝撃と感動がある。とすれば我々は見ているようで見ていないのだろう。

 あなたは、笑う。あなたは、泣く。あなたは、怒る。葛藤多き日常生活の中で、人間の内に、実に様々な感情が隆起する。しかし、その感情もまた、一つの断片である。ゆえにその断片にいつまでも拘泥することは、あなたという存在を卑小なものに貶める。

 分断された世界で人間がアトム化したことは多くの人々が指摘しているところであるが、量子力学によって存在の意味は一変した。マクロの世界を知れば存在という概念はあやふやになってくる。「原子の99.99パーセントが空間」(『本当にあった嘘のような話 「偶然の一致」のミステリーを探る』マーティン・プリマー、ブライアン・キング)というのだから文字通り「空」の存在といえよう。そのスカスカ状態に電気信号が流れ、化学反応が起こり、自我が形成される。これに勝る不思議はない。

 諸法無我が真理であるならば、様々な事象に実体を見出す我々の思考や感情は妄想であるといってよい。つまり自我とは妄想装置なのだ。世界で繰り広げられているのは妄想の正しさを証明する闘争である。

 自らが世界のゆがみの一つであり、断片にすぎないと認識した時、自我の底蓋が開き、一切の葛藤が自身に根付くことなく滑り落ちる。これを身心脱落という。

 蝉の幼虫が脱皮するように自我をふるい落とすことが悟りか。

 真実は、何かを信じることによってではなく、一つ一つの虚偽を落としていくことによってのみ現れる。

 最後に立ちはだかるのは「自分」という虚偽だ。「我悟る、ゆえに我なし」。

 悟りもまた、あなたの人生においては一つの断片である。

 中々言える言葉ではない。

 身心脱落を脱落する――これを脱落身心という。

 捨てて捨てて、落として落として、超えて超え続けるところに人生の真実があるのだろう。

「1+1=2は正しい。絶対に正しい」という発想からは何も生まれない。むしろ1+1=2を疑うことが今必要なのだ。その1が0.6と0.7であれば1+1=1だし、1.3と1.4ならば1+1=3となる。また二進法であれば1+1=10だ。十進法という前提に束縛されているのが信仰者の姿だろう。

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仏教における「信」は共感すること/『出家の覚悟 日本を救う仏教からのアプローチ』アルボムッレ・スマナサーラ、南直哉


『知的唯仏論』宮崎哲弥、呉智英
『日々是修行 現代人のための仏教100話』佐々木閑

 ・仏教における「信」は共感すること

『希望のしくみ』アルボムッレ・スマナサーラ、養老孟司
『死後はどうなるの?』アルボムッレ・スマナサーラ

(※上座部仏教に魅惑されながらも)では、なぜ、再出家を実行しなかったのか。
 道元禅師に帰依したが故、と言えば格好がつくのだろうが、実は最大の理由はそれではない。そうではなくて、私自身の仏教に対する身構えの問題である。
 この対談でもふれているが、私は仏教、釈尊や道元禅師の教えが「真理」だと思って出家したのではない。私は、自分自身に抜き差しならぬ問題を抱えていて、これにアプローチする方法を探し求めた果てに、仏教に出合ったのである。つまり、仏教は問題に対する「答え」としての「真理」ではなく、問題解決の「方法」なのだ。

【『出家の覚悟 日本を救う仏教からのアプローチ』アルボムッレ・スマナサーラ、南直哉〈みなみ・じきさい〉(サンガ選書、2011年)以下同】

 言葉に哲学的な明晰さがあるのは南が病弱で幼い頃から死を凝視してきたためだろう。自分がよく見えている文章だ。

 今回のスマナサーラ長老との対談で、話が噛み合わないところが見えるとしたら(見えるはずだが)、その理由は、我々の民族・文化・宗教の違いだけではない。多数派における、ほとんど完璧な論理と実践を体得した指導者と、足もと覚束ないままに開き直った少数派修行僧の間の、懸隔であろう。
 今、私は忍耐強く私との対談に付き合ってくださった長老に深く感謝申し上げたいと思う。
 私たちの間には、今述べたような身構えの違いが厳然とあった。それは、対談開始直前に、
「さあ、何でも質問してください。答えますから」
 と言われた瞬間にわかったことだった。長老は「真理」の教師であり、私は「問題」に迷う生徒だったのだ。

 私はたちどころに卑屈の匂いを嗅ぎ取った。しかも怜悧な卑屈である。だが注目すべきはそこではない。数十年の修行を経ても尚且つ保ち得た「率直さ」が侮れないのだ。南は自分に対して正直に生きてきたのだろう。ここには名の通った僧侶にありがちな見栄や傲岸さは微塵もない。スマナサーラの言葉に悪意はなかったことだろう。そして私は南の率直さを通してスマナサーラの傲慢が見えた。南のことを「先生」とは呼びながらも、養老孟司の対談とは全く違った態度を取っている。仏教に対するアプローチが異なる二人の対談が噛み合うわけもない。

スマナサーラ●「『信じる』とはどういうことですか?」と尋ねられたとき、「共感することです。それしかないのです」と答える。それが、仏教の言う「信」――「信仰」ではなくて「信」なのです。

ブッダは信仰を説かず/『原訳「法句経(ダンマパダ)」一日一話』アルボムッレ・スマナサーラ

「信仰」とは一神教の神を仰ぐ姿勢である。日本の仏教だと「信心」だ。「信じる」とは何も考えないことである。疑えば信は生じない。鎌倉仏教で信心を説いたのは法然(浄土宗)・親鸞(浄土真宗)と日蓮だ。いずれもマントラ仏教といってよい。信じる→呪文を唱える→悟る、との三段論法である。

 法華経に信解品第四があり、涅槃経には「信あって解(げ)なければ無明を増長し、解あって信なければ邪見を増長する。信解円通してまさに行の本(もと)と為る」とある。法華経の成立年代については諸説あるが西暦40~150年である。ブッダ滅後400~550年となる。三乗(声聞・縁覚・菩薩)を否定的に捉え一乗を説いたのは初期仏教(上座部)に対する後期仏教(大乗)の政治的な戦略であろう。そのためにわざわざ「信」を強調したとしか思えない。三乗を悟っていない存在に貶め、人智の及ばぬ高み(一仏乗)を設定した上で「信」を勧めるのである。日蓮は信解(しんげ)・理解(りげ)と分けたがそうではあるまい。信と理の対立よりも「解」に重みがあると私は考える。

 信が共感であれば、クリシュナムルティが説く「理解」と一致する。

南●人間が、何かを考えるときに、必ず言語を使うでしょう? 私が思ったのは、無明というのは、人間が言語を使うときに、必然的に引き起こすある作用だろう、と思ったのです。
スマナサーラ●ああ、なるほど、それもそれで正しいとは思います。しかし、私は認識のほうに行くのです。(中略)そこで、分析してみると、我々の認識全体に、欠陥があることが発見できるのです。
南●私もそう思います。
スマナサーラ●その欠陥が、無明なのです。
南●ああ、わかりました。

 南直哉は僧侶の格好をした哲学者である。彼が仏法に求めたのは『方法叙説』(デカルトの主著。刊行当時の正確なタイトルは『理性を正しく導き、学問において真理を探究するための方法の話(方法序説)。加えて、その試みである屈折光学、気象学、幾何学。』1637年)の「方法」であろう。

 南は最も世間に広く届く言葉を持った宗教者であり、深き思考が世相の思わぬ姿を照射する。私は本書を読んで南を軽んじていたのだが、『プライムニュース』(BSフジ)を見て評価が一変した。

『プライムニュース』動画

 普段は軽薄なフジテレビの女子アナが思わず話に引き込まれ、素の表情をさらけ出している。

 南直哉と友岡雅弥の対談が実現すれば面白い。司会はもちろん宮崎哲弥だ。

2017-05-11

ブッダの遺言「自らをよりどころとし、法をよりどころとせよ」~自灯明・法灯明は誤訳/『ブッダ入門』中村元


自らを島とし、杭とせよ(自帰依・法帰依)

 ・ブッダの遺言「自らをよりどころとし、法をよりどころとせよ」~自灯明・法灯明は誤訳

「〈私は修行僧の仲間を導くであろう〉とか、〈修行僧の仲間は私に頼っている〉とか、このように思う者こそ、修行者の集いに関して何ごとかを語るであろう。しかし、向上につとめた人は、〈私は修行僧の仲間を導くであろう〉とか、あるいは〈修行僧の仲間は私に頼っている〉とか思うことがない。向上につとめた人は修行僧の集いに関して何を語るであろうか」
「向上」という言葉、これは禅の言葉にもなっています。修養、修行につとめるという意味です。釈尊には「おれがこの仲間を導くのだ」という意識はなかった。では何が導くのか。それはダルマ(法)である。人間の真実、それが人を導くのである。
「アーナンダよ。私はもう八十となった。たとえば古ぼけた車が革紐の助けによってやっと動いていくように、私の身体も革紐の助けによって長らえているのだ。……。
 この世で自らを島とし、自らをよりどころとし、他人をよりどころとせず、法を島とし、法をよりどころとし、他のものをよりどころとせずにあれ」
 自分に頼れ。他のものに頼るな。「自分に頼れ」というのはどういうことか。それは、自分を自分たらしめる理法、ダルマに頼るということである。
 この強い確信は、ダルマに基づいているという自覚から現われます。「百万人といえども、われ行かん」という言葉がありますね。百万の人がぜんぶ自分に反対しても、自分はこの道を行く。なぜ「この道を行く」とあえて言い切れるのか。自分の行こうとしているこの道が、人間のあるべき道、あるべきすがたにしたがっているからです。だから他の人がどんなに反対しても、自分はこの道を行くのだといえる。すると、「自分に頼る」ということと「法に頼る」ということは、実は同じことなのです。釈尊の説法に、この点が明快に示されています。
 そして「自らを島とせよ」と説かれました。「島」というよりは「洲(す)」といったほうがいいように思います。漢訳にも「洲」という字が出ています。原語はディーパです。
「自らを洲とする」というのはどうもわかりにくいかもしれません。これはインド人の生活環境を念頭において考えれば、理解しやすいと思います。  インドの洪水は、日本とはずいぶん様子が違うのです。日本は山国で、川もだいたいが急流でしょう。だから洪水が起こると水がどっと流れてきて、何でもかんでも押し流してしまう。ところがインドの洪水は、押し流すというよりも、いたるところで水が氾濫するのです。だだっぴろいところに水がずうっと及んできて、一面が水浸しになる。ものが押し流されることもあるにはありますが、押し流されないでただ水浸しになってしまうという場合が、非常に多いのです。
 インドでは、土地が平らだから、地面に立って向こうを見渡しても、山なんか見えないところが多いのです。日本で山が見えないところというと、たとえば関東平野ですが、それでもお天気のいい日で空気が澄んでいると、秩父の山が見えますね。ところによっては富士山も見えますね。ところがインドだと、ウッタルプラデーシュ州、ビハール州、オリッサ州などでは、山が見えないのです。ただ一面にずうっと地面が広がっている。
 そういうところが水浸しになると、一面の海のようになる。その中で人間はどうするかというと、土地が平らとはいっても多少の高低はあるから、ちょっと高くなっていて水浸しにならない場所で難を避けるのです。それが「洲」です。
 日本で「洲」というと川中島みたいな場所を考えますが、そうではないのです。あたり一面が水浸しになって、ちょっと高いところだけが水につかっていない。そこへみんな逃げていくのです。だから「洲」というのは、頼りになるところという意味になるのです。
 ときにはそこに木がそびえていたりする。退屈すると彼らは木の上に上(ママ)ったり、親しい友だち同士でチェスなんかして遊んでいる。それがインド人にとっての洪水です。釈尊の言葉も、そういうところから来ているのです。
 ところがこれはやはりシナ人には理解しにくかったのでしょう。「ディーパ」には「洲」という意味の他に、もう一つ「灯明」という意味があります。語源は全然違います。同音異義語ですね。ところが、シナ人が漢訳するときには、「ディーパ」をこの意味に解釈して、「自己を灯明とせよ、法を灯明とせよ」とした。この方がシナ人、日本人にはわかりやすい。とくに日本人は圧倒的にわかりやすいですね。

【『ブッダ入門』中村元〈なかむら・はじめ〉(春秋社、1991年)/新装版、2011年】

 後期仏教(大乗)に法四依(ほうしえ)との教えがある。「法に依りて人に依らざれ。義に依りて語に依らざれ。智に依りて識に依らざれ。了義経に依りて不了義経に依らざれ」(『国訳一切経涅槃経部』)と。

 依法不依人(えほうふえにん):真理(法性)に依拠して、人間の見解に依拠しない
 依義不依語(えぎふえご):意味に依拠して、文辞に依拠しない
 依智不依識(えちふえしき):智慧に依拠して、知識に依拠しない
 依了義経不依不了義経(えりょうぎきょうふえふりょうぎきょう):仏の教えが完全に説かれた経典に依拠して、意味のはっきりしない教説に依拠しない

Wikipedia

「依て」は「よりて」とも「よって」とも読むようだ。問題はこれを思想的発展と受け止めるか、あるいは盛り過ぎた脚色と捉えるかである。ブッダの言葉として残っているのは「法に依りて」だけだ。

「依法不依人」は一般的には「経文によって人師(にんし)の解釈によるべきではない」との意である。にもかかわらず「義に依りて語に依らざれ」と続き見過ごせない矛盾をはらんでいる。了義経に至っては初期仏教軽視の言い掛かりとしか思えない。

 極めて巧妙に後期仏教(大乗)を持ち上げようとするプロパガンダであると私は考える。それが証拠に「智慧に依拠して、知識に依拠しない」と言いながら教義論争に明け暮れてきたのが仏教3000年の歴史ではなかったか。

 長い人生を歩む途上で津波に押し流されるような場面は誰にでもあることだろう。我々はある時は医学を頼み、またある時は軍事力をよりどころとし、更にある時はお金や他人を当てにする。人間最後は必ず死ぬ。この人生で確かなことは死ぬことだけである。その最重要の場面でよりどころとなるのは自分だけだ。残念ながら神はいない。

 悟りとは智慧の異名である。そして智慧は自らの内から湧き出るものだ。誰かから授かるものではない。極論すれば智慧とは「ありのままの現実を悟る」ことだろう。自分が当てにならないのは「自我」というフィルターが邪魔をしているためだ。

 ブッダは最初の説法で正見(しょうけん/八正道の一つ)を説いた。天台智ギは『摩訶止観』を講義し、日蓮は『観心本尊抄』(かんじんのほんぞんしょう)を著した。そしてクリシュナムルティは「虚偽を虚偽と見、虚偽の中に真実を見、そして真実を真実と見よ」と教えた。

 すなわち真実の智慧とは「ありのままに見る」ことなのだ。私が見ているのは「世界」ではない。たぶん鱗(うろこ)の裏側なのだろう(笑)。

ブッダ入門

新しい表現/『二十一世紀の諸法無我 断片と統合 新しき超人たちへの福音』那智タケシ

2017-05-10

バドミントン~自宅で壁打ちをする方法(スマックボール)


 ・バドミントン~自宅で壁打ちをする方法(スマックボール)
 ・スマックボールの壁打ちに関する覚え書き

 15年振りにバドミントンを始めた。私は53歳だが生まれて初めて運動音痴の気持ちが理解できた。まだ15年前はジャンプスマッシュもフライングレシーブもできた。バドミントンは遊び程度の経験しかなかったが、高校時代はバレーボールをやっていたので勘が働いた。それがどうだ。幾分スマートになった体が全く思うように動かない。基礎打ちも満足にできないレベルなので壁打ちを行う必要性を感じた。

 で、近隣を探し回ったのだが中々いい壁がない。数日前にやっと橋脚を見つけたのだが1kmほどの距離があって少し遠い。そこで何とか自宅で壁打ちをする方法を考えた。持ち家であれば壁に穴が空いても問題ないが借家だとそうはいかない。

 やはり同じことを考える人がいるようで自宅壁打ち用の商品を二つ見つけた。一つは「かべ打ち君」(3万4128円)で、もう一つは「壁打ちマスター スーパーサイレント」(7344円)である。

 壁だけ作るのは簡単だ。





 ホームセンターで確認したところ、いずれも1000円ちょっとの値段である。サイズは3×6(さぶろく)で920×1830mmだ。配達の料金は普通500円程度だと思う。店によっては無料で軽トラックを貸してくれるところもある。問題は音である。ビニールシート、ゴム、あるいは布を貼りつければ何とかなりそうだ。

 だが、やはり音が心配だ。血眼になって探し回ったところ妙案が浮かんだ。網戸である。早速ベランダの網戸でやってみたのだが反発力に欠ける。ベニヤやコンパネをくり抜いて「壁打ちマスター スーパーサイレント」を自作することも考えたが、どうも乗り気になれない。再び検索の鬼と化して調べてみた。あったあった。素晴らしい商品があった。スポンジボールからスマックボールに辿り着くのにさほど時間は掛からなかった。



 何と壁打ち動画まであるではないか。


 迷わず注文し、昨日届いた。いやはやこれは凄い。殆ど音がしないのだ。アパートでも使用できるだろう。窓でもしっかり反発する。動画のやり方はあまり上手くない。もっと壁の近くに立ち、手首の力は使わないでフォア-バックと繰り返し、ラケットを横8の字に回す感覚で行うとよい。私の場合、壁との距離は120cmである。シャトルと比べればスピードは落ちるが微妙に変化するので動体視力も鍛えられる。

 初心者のレシーブはラケットの動かし方が早すぎるところに問題がある。


 スマックボールの壁打ちはシャトルを懐に呼び込む動作が身につく。一石二鳥だ。

 もちろん橋脚での壁打ちも行う予定である。傷んだシャトルも山ほどもらってきた。スマックボールで行う壁打ちの目的はラケットワークにある。8畳くらいの部屋であれば二人で打ち合うことも可能だろう。

 全く関係ないのだが類似商品に「ウィッフルボール」がある。野球用であればこちらもオススメである。



ウィッフルボール2個 セット WIFFLE ball 箱入 米国正規品ウィッフルボール専用バットとボール1個付き WIFFLE ball

2017-05-08

日本の仏教は祖師信仰/『希望のしくみ』アルボムッレ・スマナサーラ、養老孟司


『出家の覚悟 日本を救う仏教からのアプローチ』アルボムッレ・スマナサーラ、南直哉

 ・日本の仏教は祖師信仰

『死後はどうなるの?』アルボムッレ・スマナサーラ

――日本の仏教とテーラワーダがもっとも違うのは、どこでしょうか。
スマナサーラ●違いはたくさんありますが、いちばんはやはり日本の仏教がいわゆる祖師信仰だという点でしょうね。祖師信仰では、その宗派を開いた祖師さんの言うことは何でも、自分ではちょっとどうかなと思っても、信仰しなさいと強要します。つまり、祖師の色に染まるんですね。

【『希望のしくみ』アルボムッレ・スマナサーラ、養老孟司〈ようろう・たけし〉(宝島社、2004年/宝島SUGOI文庫、2014年)以下同】

 スマナサーラ本の書評はページ末尾のラベルをクリックのこと。養老孟司と編集者の鼎談(ていだん)である。誰に対しても媚びることがない養老に、スマナサーラが低姿勢に出ているのが面白かった(笑)。

 端的な日本仏教批判が本質を鋭く衝(つ)いている。「自らをたよりとして、法をよりどころにせよ」(『ブッダ最後の旅 大パリニッバーナ経』中村元訳)というのがブッダの遺言であった。後期仏教(大乗)の思想的な飛翔が無意味なものであるとは思わないが、ブッダの前に立ちはだかる夾雑物と化している側面が確かにある。

 日蓮宗日興門流の一部では日蓮本仏論を唱えており、ブッダよりも日蓮を上位としている。こうした思想の背景には日本特有の本地垂迹(ほんぢすいじゃく)論があり、神を仏の化身と捉えることで神仏習合を可能たらしめた。つまり日本仏教は父がブッダで母が神道という混血なのだ。

 鼎談の続きを紹介しよう。

――日本の仏教は祖師を信仰しますが、テーラワーダはお釈迦さまを信仰するんですね。
スマナサーラ●いえ、そうじゃないんです。むしろ「お釈迦さまの説かれた教えを信じて実践する」と言ったほうが正しいですね。
 それに、そもそもお釈迦さまは、信仰には断固として反対していたんですよ。私を拝んでどうなるのかと。
――どうして信仰に反対なのですか?
スマナサーラ●お釈迦さまが説いたのは、「真理」です。真理は、誰が語っても、いつの時代でも変わらないものです。お釈迦さまは真理を提示して、「自分で調べなさい、確かめなさい、研究しなさい」という態度で教えたんです。「私を信じなさい」とは、まったく言っていません。

ブッダは信仰を説かず/『原訳「法句経(ダンマパダ)」一日一話』アルボムッレ・スマナサーラ

 西洋で宗教一般を批判する際、仏教を除外するのはこのためである。仏教は宗教というよりも哲学に近いとの見解からだ。その妥当性は不問に付しても仏教の際立った独創性を示す証左にはなるだろう。

 ブッダが悟ったのは「法」である。空海(774-835年)は宗教的天才であったが大日如来を本尊として立てた。やはり異流儀と言わざるを得ない。あれこれ考えると日本仏教で目ぼしいのは道元(1200-1253年)くらいではないだろうか。「ゼン」(禅)が西洋世界に広まったのも思想の普遍性を示しているように思われる。


序文「インド思想の潮流」に日本仏教を解く鍵あり/『世界の名著1 バラモン教典 原始仏典』長尾雅人責任編集、『空の思想史 原始仏教から日本近代へ』立川武蔵
「私」という幻想/『悟り系で行こう 「私」が終わる時、「世界」が現れる』那智タケシ

2017-05-04

「私」という幻想/『悟り系で行こう 「私」が終わる時、「世界」が現れる』那智タケシ


『悟りの階梯 テーラワーダ仏教が明かす悟りの構造』藤本晃
『奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき』ジル・ボルト・テイラー
『ザ・メンタルモデル 痛みの分離から統合へ向かう人の進化のテクノロジー』由佐美加子、天外伺朗
『無意識がわかれば人生が変わる 「現実」は4つのメンタルモデルからつくり出される』前野隆司、由佐美加子
『ザ・メンタルモデル ワークブック 自分を「観る」から始まる生きやすさへのパラダイムシフト』由佐美加子、中村伸也
『わかっちゃった人たち 悟りについて普通の7人が語ったこと』サリー・ボンジャース

 ・「私」という幻想
 ・悟りとは認識の転換

ジム・キャリー「全てとつながる『一体感』は『自分』でいる時は得られないんだ」
『二十一世紀の諸法無我 断片と統合 新しき超人たちへの福音』那智タケシ
『ザ・ワーク 人生を変える4つの質問』バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェル
『タオを生きる あるがままを受け入れる81の言葉』バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェル

悟りとは
必読書リスト その五

 みなさん、それぞれに「私」という単位を主体にして生きていらっしゃることと思います。つまり、何はともあれ、この世に生きているからにはまず最初に「私」という自意識なり、肉体があり、その「私」の集合体が家族であり、国であり、世界であるというわけです。

 それでは悟りとは何かというと――最初から端的に言ってしまいますが――その「私」というものが幻想であり、虚構であることを自覚することなのです。

【『悟り系で行こう 「私」が終わる時、「世界」が現れる』那智タケシ〈なち・たけし〉(明窓出版、2011年)以下同】

 つまり「私」はないということ。「で、そう言っているお前さんは誰なんだ?」と言われそうだな(笑)。「私」とは思考や感情の主体である。近世哲学の祖とされるフランス野郎は「我思う、ゆえに我あり」と語った。キリスト教の場合、神という絶対的な位置から全てが始まるため存在論に傾く。それに対して仏教は現象論だ。デカルトが「我」に思い至る2000年前にブッダは諸法無我と説いた。

 デカルトの方法的懐疑は思考のレベルであり、しかも自我や神を疑うまでに至っていない。野郎の論法でいけば生まれたばかりの赤ん坊や動植物は存在しないことになる。また「我眠る、ゆえに我なし」と言われたらどう反論するのか?

預流果(よるか)恐るべし」――これが本書を読んだ率直な感想である。

 例えば日蓮の『開目抄』(1272年)という遺文には「我れ日本の柱とならむ、我れ日本の眼目とならむ、我れ日本の大船とならむ、等とちかいし願、やぶるべからず」とある。「我れ」だらけで「あんたホントに悟ってんの?」と言いたくなる。こうした自意識を知った信者が祖師信仰(『希望のしくみ』アルボムッレ・スマナサーラ、養老孟司)に向かうのは当然の成り行きといえよう。

 那智タケシが悟りを開いたのは上司に叱られている時であった。もうこれには吃驚仰天(びっくりぎょうてん)である。那智は「自我が落ちた」(身心脱落〈しんじんだつらく/元は心塵脱落〉)と禅語で表現している。

 実は、宗教的信念との同化は、これまたエゴイズムの延長線上にあるものなのです。彼らもまた「私の神のために」生き、そして死んでいるのであって、「他人の神のために」という発想は皆無だからです。それどころか「他人の神を殺す」ために、彼らは自分の命も投げ出すのです。というわけで、現代の国家的宗教のほとんどは、エゴイズムの問題を解決するばかりか、助長し、拡大化している始末なのです。
 一つの宗教への信仰は、人類を殺しこそすれ、救わない。個々人の信仰による救済はともかくとして(宗教の問題は後に触れます)、これはまず歴史的事実として私たちが認識しなくてはいけないことだと思います。

 一つ悟れば物事の本質が見えてくるのだろう。一神教の神は自我の延長線上にあり、仏を神格化(妙な表現ではあるが)した後期仏教(大乗)も同じ罠に嵌(はま)っている。教団は党となった。

 農耕――すなわち経済の発展によって、「私」のために生きるようになった我々は、戦争、テロリズム、核、宗教分裂といった危機にさらされた恐ろしい時代を生きています。
 20世紀は二つの大戦によってかつてない数の人間が死んだ激動の時代でしたが、今世紀はそれ以上の悲劇が待ち構えているかもしれません。いや、おそらく待ち構えていることでしょう。

 農業革命が蓄え=富を誕生させ、都市革命が交易を発達させた。続いて精神革命(枢軸時代)~科学革命~産業革命を経て、現在の情報革命に至る。

 精神革命とは二分心ジュリアン・ジェインズ)から脳が統合化され意識が芽生えた時代と私は捉える。

 インドのバラモン教(古代ヒンドゥー教)が説いたカルマ(業)の教えは自我意識を過去世から来世まで延長したものだ。西洋風に言えば「我苦しむ、ゆえに我(≒カルマ)あり」ということだ。諸法無我とはアートマン(真我)の否定である。「我」(が)は存在しないのだから思考や感情は幻想である。人生とは一種のメタフィクションなのだろう。

 トール・ノーレットランダーシュは意識のことを「ユーザーイリュージョン」(利用者の錯覚)と名づけた。



呪術の本質は「神を操ること」/『日本人のためのイスラム原論』小室直樹

悟りには段階がある/『悟りの階梯 テーラワーダ仏教が明かす悟りの構造』藤本晃


 ・悟りには段階がある

『奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき』ジル・ボルト・テイラー
『ザ・ワーク 人生を変える4つの質問』バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェル
『わかっちゃった人たち 悟りについて普通の7人が語ったこと』サリー・ボンジャース
『悟り系で行こう 「私」が終わる時、「世界」が現れる』那智タケシ
『二十一世紀の諸法無我 断片と統合 新しき超人たちへの福音』那智タケシ

悟りとは

 また、傍目(はため)からはなかなか判断できませんが、それぞれの段階の悟りを開いた人は、自分では自分がどの段階に悟ったか、よくわかるようです。それだけ明確な悟りの「体験」と、それによる心の変化が、悟りの各段階ごとにあるからです。お釈迦さまやお坊様方が、「あなた(あの人)は、悟りのこの段階に悟りました」と、お弟子や信者さんの悟りを認定(授記〈じゅき〉)することもよくありました。

【『悟りの階梯 テーラワーダ仏教が明かす悟りの構造』藤本晃〈ふじもと・あきら〉(サンガ新書、2009年)以下同】

 まったく酷い文章である。言葉の混乱は明晰さと相容れない。説明能力というよりもコミュニケーションの姿勢に問題があるように思う。悟りは明晰さを伴う。だが明晰=悟りではない。詐欺師は皆一様に説明能力が高い。

 後期仏教(大乗)で「授記」とは記別を授けることで、将来的な成仏のお墨付きである。悟りの認定であるとは初めて知った。

 余談となるがブッダに近侍し多聞第一と謳われたアーナンダ(阿難)が阿羅漢果に至ったのはブッダ死後のことである。この事実は悟りに導くことが不可能であることを示すものだ。

 四つの階梯(※預流果〈よるか〉、一来果〈いちらいか〉、不還果〈ふげんか〉、阿羅漢果〈あらかんか〉)に一つずつ悟り、最後に完全な阿羅漢果に悟るとする、いわゆる「漸悟」説です。二つ目の見解は、「一気にパッと完全に悟る」と主張する、いわゆる「頓悟」説です。パッと悟ると主張するのものは、北伝部派仏教の一派・説一切有部(せついっさいうぶ)の『倶舎論』(くしゃろん)に基づく倶舎宗など、いわゆる「小乗」仏教の説です。
 説一切有部と同じく「小乗」に分類される南伝の上座部が保持するパーリ語経典では、『倶舎論』と同様に、預流、一来、不還、阿羅漢の四段階の悟りを説きますから、上の分類に従えば、徐々に悟る「漸悟」説ということになります。

 それぞれの内容については「四向四果」(しこうしか)を参照せよ。

『わかっちゃった人たち』などで紹介されている人々の悟りは預流果(よるか)と考えられる。「預流果で消える煩悩は無知に基づく三つだけ」と藤本は偉そうに述べるが、果たして預流果に至った宗教者はどの程度いるのか? 私は既に半世紀以上生きてきたが一人しか知らない。

 尚、仏道の目的である解脱(げだつ)とは一切の執着から離れて涅槃(ねはん/ニルヴァーナ)に至ることだが禅定には八つの段階がある。

 初禅 → 第二禅 → 第三禅 → 第四禅 → 空無辺処 → 識無辺処 → 無所有処 → 非想非非想処 → 滅尽定(滅尽定とニルヴァーナ

 最後の「滅尽定」が解脱と考えていいだろう。「八解脱」(「ブッダ伝」第17章 ウッダカ仙人にも学ぶ)という言葉もあるようだ。

 非想非非想処が「有頂天」である。

 涅槃とは「吹き消す」意である。つまり悟りの段階とは煩悩が消えてゆく様相を示すもので生命の自由度を表している。

 ブッダ以前にもブッダ(目覚めた人)と呼ばれた人々は存在した。釈迦族のゴータマ・シッダッタ(パーリ語読み。サンスクリット語ではガウタマ・シッダールタ)のみがブッダと呼称されるのはその悟りが空前絶後の深さと高さを伴っていたためだ。ブッダの言葉は経典化された。そしてテキストが重視されればされるほどブッダの悟りは霞(かす)んでいった。

 仏教東漸(とうぜん)の歴史において宗教的天才は何人も登場したが、ブッダと肩を並べる人物は一人も見当たらない。私が知る限りではクリシュナムルティただ一人である。

2017-05-02

西洋におけるスピリチュアリズムは「神との訣別」/『わかっちゃった人たち 悟りについて普通の7人が語ったこと』サリー・ボンジャース


『悟りの階梯 テーラワーダ仏教が明かす悟りの構造』藤本晃
『奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき』ジル・ボルト・テイラー
『ザ・メンタルモデル 痛みの分離から統合へ向かう人の進化のテクノロジー』由佐美加子、天外伺朗
『無意識がわかれば人生が変わる 「現実」は4つのメンタルモデルからつくり出される』前野隆司、由佐美加子
『ザ・メンタルモデル ワークブック 自分を「観る」から始まる生きやすさへのパラダイムシフト』由佐美加子、中村伸也
『ザ・ワーク 人生を変える4つの質問』バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェル

 ・西洋におけるスピリチュアリズムは「神との訣別」

『悟り系で行こう 「私」が終わる時、「世界」が現れる』那智タケシ
『二十一世紀の諸法無我 断片と統合 新しき超人たちへの福音』那智タケシ


悟りとは
必読書リスト その五

 こういう目覚め、見ること、まあ呼び名はどうでもいいとして、それは過去にどんなことをしてきたとか、逆に何をしてこなかったかということにはまるで関係なく起こる。つまりこれは人が左右できるようなことではないのだ。(ジェフ・フォスター)

【『わかっちゃった人たち 悟りについて普通の7人が語ったこと』サリー・ボンジャース:古閑博丈〈こが・ひろたけ〉訳(ブイツーソリューション、2014年)以下同】

 あまりよくは知らないのだがジェフ・フォスターという人物はノンデュアリティ(非二元)のリーダー的存在のようだ。ついでにもう一つ白状しておくと最近よく目にするノンデュアリティもよくわからない。

 当てずっぽうの説明を試みよう。1960年代にカウンターカルチャーのムーブメントが起こる。ロックが世界を席巻し、若者は髪を伸ばし、ドラッグに手を染めた。ヒッピーはルンペンではない。それまでの西洋のあり方に対するプロテスト(抵抗)行動であった。アメリカはベトナム戦争をする一方で公民権運動というジレンマを抱え込んだ。この時、物から心へという価値観の変化が現れ、ニューエイジが誕生する。我々日本人からするとニューエイジは仏教の基本知識を心理学の言葉で飾り立てたケーキのように見えるが、西洋の歴史においては一つの重要な転換点と見なすことができよう。

 ワンネス(単一性、調和)とかホリスティック(全体性)とかトランスパーソナル(超個的)というキーワードが特徴である(『現代社会とスピリチュアリティ 現代人の宗教意識の社会学的探究』伊藤雅之)。その延長線上にノンデュアリティがあると考えてよかろう。

 ニューエイジの総本山は神智学協会(『仏教と西洋の出会い』フレデリック・ルノワール)であった。そしてクリシュナムルティが祀(まつ)り上げられる。既に神智学協会と袂(たもと)を分かっていたにもかかわらず(『クリシュナムルティ・目覚めの時代』メアリー・ルティエンス)。

 西洋におけるスピリチュアリズムは「神との訣別」であると私は考える。多用されるリアリティという言葉が示すのは「神が支配する世界」の否定であろう。

 本書のタイトル『わかっちゃった人たち』は軽妙よりはやや軽薄に傾いているが、「期せずして悟ってしまった」様子を巧みに表現している。すなわち悟りに修行は必要ない。

 その秘密は想像したのとはまるで違う。それは宗教も、イデオロギーも、信念も、そして「覚醒」や「悟り」といった概念も超越したものだ。自由だ。何の条件もない。その秘密は今にありすぎて、それについて何か言ったところで、そんな言葉はすぐに灰になってしまう。それはどんな目標とも、達成とも、欲求とも、後悔とも、スピリチュアルな成就とも、世俗的な失敗とも、まったく関係がない。自分とはまったく何の関係もないのだ。それは今あって、ここにある。これはトニー・パーソンズの言葉で言えばオープン・シークレット、つまり公然の秘密だ。あまりにうまく隠されていて、あらゆるものとして現れているのに、文字どおりあらゆるものとして現れているのに、人にはそれが見えないのだ。(ジェフ・フォスター)

 もちろん悟りに段階があることは知っている(『悟りの階梯 テーラワーダ仏教が明かす悟りの構造』藤本晃)。だが訳知り顔で「段階がある」と語る人よりも、実際に悟った人の言葉が重い。

 悟りが気づきであれば、単純に「見えるか」「見えないか」の違いしかないのだろう。彼らの言葉は一様に単純でわかりやすく、理窟をこねくり回すような姿勢は微塵もない。何にも増して「静か」である。他人に対して何かを強要するようなところがない。欲望を超越したというよりは、脳のシステム構成が変わったような印象を受ける。欲望から離れることが目的なのではなく、欲望に基づく価値観が真実を見失わせていることに気づかされる。

 クリシュナムルティは訪れる悟りを「他性(アザーネス)」と表現してる(『クリシュナムルティの神秘体験』J・クリシュナムルティ)。クリシュナムルティは理想も努力も否定する(『自由とは何か』J・クリシュナムルティ)。修行は悟りを保証するものではない。

 私が世界であれば(『あなたは世界だ』J・クリシュナムルティ)、欲望に基づく私の行動が世界の混乱を招いている事実に気づく。自(おの)ずから調和を目指す行為や言動となることだろう。過去の怒りや恨みから離れることも可能だ。私は悟っていない。悟っていない瞳に映るのは誤った世界である。だから私の感情は決して正しくない。悟れば世界はありのままに見える。