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2022-01-24

親子のふれあい/『身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の代価』ガボール・マテ


『悲鳴をあげる身体』鷲田清一
『ことばが劈(ひら)かれるとき』竹内敏晴

 ・幼少期の歪んだ価値観が肉体を破壊するほどのストレスと化す
 ・ストレスにさらされて“闘争”も“逃走”もできなくなった人々
 ・ストレス依存
 ・急性ストレスと慢性ストレス
 ・親子のふれあい

『生きぬく力 逆境と試練を乗り越えた勝利者たち』ジュリアス・シーガル
『身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法』べッセル・ヴァン・デア・コーク
『クレイジー・ライク・アメリカ 心の病はいかに輸出されたか』イーサン・ウォッターズ
『心と体を強くする! メガビタミン健康法』藤川徳美
『最強の栄養療法「オーソモレキュラー」入門』溝口徹
『食事で治す心の病 心・脳・栄養――新しい医学の潮流』大沢博
『オーソモレキュラー医学入門』エイブラハム・ホッファー、アンドリュー・W・ソウル
『ストレス、パニックを消す!最強の呼吸法 システマ・ブリージング』北川貴英
『「疲れない身体」をいっきに手に入れる本 目・耳・口・鼻の使い方を変えるだけで身体の芯から楽になる!』藤本靖
『あなたはプラシーボ 思考を物質に変える』ジョー・ディスペンザ
『瞬間ヒーリングの秘密 QE:純粋な気づきがもたらす驚異の癒し』フランク・キンズロー

虐待と知的障害&発達障害に関する書籍
必読書リスト その二

 2歳から13歳の喘息の子供たちと、健康な子供たちから成る対象群の呼吸パターンを調べた実験がある。子供たちはそれぞれ、自分の母親の声と他人の声を録音したものを聞かされた。「声の調子には関係なく、喘息の子供たちは他人の声よりも母親の声を聞いたときのほうが異常な呼吸パターンを多く示した。この興味深い結果から、子供が母親を安心できる存在と見ていれば当然予想されるはずの効果とは正反対の、ある種の感情的な効果が呼吸に作用したものと考えられる」
 ドイツの研究によると、喘息の子供は健康な対象群の子供より、長期的でしだいにエスカレートするネガティブな相互関係を父親とも母親とも築いているらしい。そのような子供たちの両親は他の子供たちの両親と比べ、子供に対してより批判的な行動を示すという。客観的に測定してみると、喘息の子供は、欲求不満を感じたり批判されたと感じたりすると肺からの空気の流れが悪くなった。これは気道が狭まったということである。このような現象は、喘息の子供に激しい怒りや恐怖を感じた出来事を思いださせたときにも見られた。

【『身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の代価』ガボール・マテ:伊藤はるみ訳(日本教文社、2005年)以下同】

 本書のアクセス数が増えているので、どんどん紹介しよう。

 少し古い本なので参考情報程度に受け止めておくべきだろう。喘息の原因が親子関係にあると早合点しないように。上記の実験の詳細も不明だ。どの地域で何人を調査したか書かれていない。擬似相関の可能性も否定できない。

 子供の世界観は、親子のふれあいの中で確立される。この世界が愛と信頼に満ちたものに映るか、要求を満たしてもらうためには必死で訴えねばならないような冷淡で無関心なものに映るか、あるいは最悪の場合、常に不安を感じて過剰に警戒していなければならないような敵意に満ちたものに映るかは、親子のふれあいによって決まるのである。最初の養育者との関係でできあがった神経回路は、将来の人間関係のあり方を決める鋳型になるのだ。私たちは、自分がこう理解されたと感じたように自分を理解し、最も深い無意識のレベルで感じた愛と同じ愛をもって自分を愛し、幼いころに心の奥底で受け取った思いやりと同じだけの思いやりをもって、自分に接するようになるのである。

 結局、人間をつくるのは人間ということなのだろう。特に母親の影響が強い。母親さえしっかりしていれば子供は育つ。

 まして少子化が進み、兄弟が少ないことを思えば、親の役割は増すことはあっても減ることはないだろう。

 私の場合、親の愛情は薄かったのだが、近所のオジサン、オバサンに見守れながら育ったことが大きい。更に小学3年の頃から人気者になりつつあった。体が大きくなり始め、球技が得意になった。声は生まれつきでかい。この頃から「小野っちょは面白い」と評価されるようになった。人は周囲から認められると張り合いが出てくる。

 今でもよく覚えている。私は小学校2年生の時に苫小牧から帯広、そして札幌へと転校を繰り返した。幼い私以上にうんざりした父親はケツをまくってサラリーマンの立場に見切りをつけて独立した。そんなこんなで私は常によそ者だった。特にいじめられたことはなかったが、なんとなく疎外感を抱いていた。ところが小学校3年で学級代表を選ぶ選挙があった際、私に2票が入ったのだ。心底驚いた。夜も眠られぬほどでもなかったが終日昂奮した。誰かはわからぬが私がリーダーに相応しいと考える同級生が二人もいたのだ。次にこれも3年生の時だがドッジボールでファインプレーをした。エンドラインいっぱいでジャンプをして相手チームのパスを奪ったのだ。一瞬後に歓声が上がった。私の球技における運動神経はあの瞬間につながったと確信している。それからというもの球技は何でもこなせるようになった。4年以降は卒業するまで学級代表を務めた。悪いことも随分やったが、とにかく皆、仲がよかった。札幌に転校して一番最初に家まで送ってくれたイガラシとはいまだに付き合いがある。

 人間は信頼されなければ生きてゆくことが難しい動物なのだろう。ところが資本主義になると信用は与信を意味する。我々は長ずるにつれて人間関係よりも資産や賃金を重んじるようになる。人生においては20代の人間関係が重要だと私は考える。ここで不可欠な友情を結んでおかないと人生は無味乾燥なものになる。異性を見る目も曇ってしまうことだろう。多様な関係性の中からしか相手の本当の姿は浮かんでこない。

 嫌なこと、間違ったことに対して「ノー」と言える心を養っておくことだ。それほど難しいことではない。周囲にそれができる人が必ず一人や二人はいるはずだ。そういう人に近づいて話を聞いてみるといい。弱い人間はモデルとなる人物を見つけるのが手っ取り早い。

2022-01-23

急性ストレスと慢性ストレス/『身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の代価』ガボール・マテ


『悲鳴をあげる身体』鷲田清一
『ことばが劈(ひら)かれるとき』竹内敏晴

 ・幼少期の歪んだ価値観が肉体を破壊するほどのストレスと化す
 ・ストレスにさらされて“闘争”も“逃走”もできなくなった人々
 ・ストレス依存
 ・急性ストレスと慢性ストレス
 ・心のふれあい

『生きぬく力 逆境と試練を乗り越えた勝利者たち』ジュリアス・シーガル
『身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法』べッセル・ヴァン・デア・コーク
『クレイジー・ライク・アメリカ 心の病はいかに輸出されたか』イーサン・ウォッターズ
『心と体を強くする! メガビタミン健康法』藤川徳美
『最強の栄養療法「オーソモレキュラー」入門』溝口徹
『食事で治す心の病 心・脳・栄養――新しい医学の潮流』大沢博
『オーソモレキュラー医学入門』エイブラハム・ホッファー、アンドリュー・W・ソウル
『ストレス、パニックを消す!最強の呼吸法 システマ・ブリージング』北川貴英
『「疲れない身体」をいっきに手に入れる本 目・耳・口・鼻の使い方を変えるだけで身体の芯から楽になる!』藤本靖
『あなたはプラシーボ 思考を物質に変える』ジョー・ディスペンザ
『瞬間ヒーリングの秘密 QE:純粋な気づきがもたらす驚異の癒し』フランク・キンズロー

虐待と知的障害&発達障害に関する書籍
必読書リスト その二

 生きていくために不可欠な生理的メカニズムであるストレスが病気の原因になる、というのは矛盾していると思われるかもしれない。この点を理解するためには、“急性ストレス”と“慢性ストレス”とを区別する必要がある。急性ストレスとは、脅威に対して即座に、短時間だけ起こる身体反応だ。慢性ストレスのほうは、ある人がストレッサーの存在に気づかない、または気づいても逃れようがないために継続的にストレスにさらされ、ストレス・メカニズムが長期的に活動を続けている状態である。

【『身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の代価』ガボール・マテ:伊藤はるみ訳(日本教文社、2005年)】

 所与としての自然に対して生物は進化で対応してきた。重力や寒暖差、空気の薄さ(高地や山岳)には適応できた。ストレスの語源は“「物体に圧力を加えることで生じる歪み」を意味する物理学の言葉であった”(語源由来辞典)。

 人間が好むスポーツやギャンブル、あるいはゲームや遊びといった行動は意図した急性ストレスなのだろう。単調な暮らしは低ストレス過ぎて耐えられないのだ。

 災害は急性ストレスの要因となるが、果たして戦争はどうだろうか? 今ふと気づいたのだが人生経験の長い大人にとっては急性ストレスかもしれないが、生まれてから数年しか経っていない児童にとっては慢性ストレスとなる可能性がある。少国民世代の反戦憎悪をそのように読み解くことができるような気がする。私が物心ついた頃、毎日のようにベトナム戦争のニュースが流れた。小学校2年の時と記憶するが、突如「永遠に終わらないんだろうな」と思った。「ベトナム戦争が日常化」した瞬間であった。ところが小学6年の時にベトナム戦争は終わった。その長さに圧倒された。12歳の児童にとっては人生の半分以上も続いたわけだから。100歳の年寄りの50年に匹敵する。

 慢性ストレスは重い荷物を長期間持たされているような状態であり、手足の自由を奪われ、走ることもままならない。外すことのできない大リーグボール養成ギブスを装着していれば、さすがの星飛雄馬も潰れてしまったことだろう。

「気づいても逃れようがない」とあるが、児童の場合気づくことすらできない。特に親や教師の影響は深刻だ。近所の目が失われてしまった社会状況では傷ついた子供の行き場がどこにもない。人類のコミュニティ性を思えば、子供にとって最も必要なのは愛情を注ぐ「普通の親」で、その次に来るのは「幼馴染のお兄さんお姉さん」であろう。何でも相談できる年長者が一人でもいれば救われる可能性のある子供たちは多い。

 もう一つ視点を変えて考えてみよう。現代人の慢性的な体調不良の最大の原因は「長時間椅子に坐る」生活をしているためだ(『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』ヴァイバー・クリガン=リード)。ヒトの行動を支えるのは脚である。そして地面と接する足裏は野山を駆け巡るようにできている(土踏まずのアーチ)。つまり人体にとって長時間椅子に坐ることは慢性ストレスなのだ。

 食についても同様のことが言える。遺伝子はあまりにも多くの飢餓状況を経てきたために、食べられる時に脂肪を溜め込むメカニズムが埋め込まれている。糖分や糖質を好むはそのためだ。ところが飽食の時代になると内蔵や血管の機能が阻害される。体内は粗食基準で進化してきたのだろう。16時間断食が有効なのも理解できよう。

 依存症は嗜好や嗜癖に耽溺しているように見えるが、慢性ストレスの反動と考えることもできる。

 慢性とは「業」(ごう)である。性質と行動に働く慣性といってよい。やはり中庸・中道がバランスの正道だ。

2022-01-22

ストレス依存/『身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の代価』ガボール・マテ


『悲鳴をあげる身体』鷲田清一
『ことばが劈(ひら)かれるとき』竹内敏晴

 ・幼少期の歪んだ価値観が肉体を破壊するほどのストレスと化す
 ・ストレスにさらされて“闘争”も“逃走”もできなくなった人々
 ・ストレス依存
 ・急性ストレスと慢性ストレス
 ・心のふれあい

『生きぬく力 逆境と試練を乗り越えた勝利者たち』ジュリアス・シーガル
『身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法』べッセル・ヴァン・デア・コーク
『クレイジー・ライク・アメリカ 心の病はいかに輸出されたか』イーサン・ウォッターズ
『心と体を強くする! メガビタミン健康法』藤川徳美
『最強の栄養療法「オーソモレキュラー」入門』溝口徹
『食事で治す心の病 心・脳・栄養――新しい医学の潮流』大沢博
『オーソモレキュラー医学入門』エイブラハム・ホッファー、アンドリュー・W・ソウル
『ストレス、パニックを消す!最強の呼吸法 システマ・ブリージング』北川貴英
『「疲れない身体」をいっきに手に入れる本 目・耳・口・鼻の使い方を変えるだけで身体の芯から楽になる!』藤本靖
『あなたはプラシーボ 思考を物質に変える』ジョー・ディスペンザ
『瞬間ヒーリングの秘密 QE:純粋な気づきがもたらす驚異の癒し』フランク・キンズロー

虐待と知的障害&発達障害に関する書籍
必読書リスト その二

 医学ではふつう、ストレスとは非常に厄介なではあるが単独の出来事、たとえば突然の失業、結婚生活の破綻、大切な人の死などの出来事だと考えられている。確かにこうした大事件は多くの人にとってストレスの原因になり得るが、もっと目立たない、しかしからだにもって長期的な害をあたえるような日常的なストレスがあるのだ。心の中から生じたストレスは、外からはまったく正常であるように見せかけるが、からだにしっかり悪影響を与えるのである。
 心の中に生じたストレスに幼いころから慣れてしまった人々は、ストレスがないと不安になり、退屈で生きる意味がないような気がしてくる。これをセリエは、アドレナリンやコルチゾールといったストレスホルモンの嗜癖(しへき)が身についてしまうせいだと考えた。そのような人にとってストレスは望ましいものであり、なくなっては困るものなのである。

【『身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の代価』ガボール・マテ:伊藤はるみ訳(日本教文社、2005年)以下同】

 人間にとって最大のストレスは死である。もしもあなたが「余命3ヶ月です」と医師から告知されたらどうなるだろう? 生き方が一変するだろうか。それとも相変わらずのんべんだらりと余生を過ごすだろうか。「死の受容」についてはエリザベス・キューブラー=ロスが『死ぬ瞬間 死とその過程について』でモデル化を試みている。

 ストレッサー(ストレスの要因)は生命の危機感に由来すると思われるが、これが嗜癖になる事実は暴走族を見ればわかるだろう。あるいは遊園地など。スリルは生の実感を高める。安全と冒険の間を揺れ動くのが人生といってよい。

 子供は環境に逆らえない。生まれた家庭は所与のものである。よその家庭との比較も不可能だ。どんな家庭で育ったとしてもそれが「普通」の基準となる。暴言・暴力・ネグレクト(育児放棄)が与えるダメージは深刻で脳の発育に影響を及ぼす。感情や言葉を上手くコントロールできなければ社会生活が行き詰まる。子供たちは「変な奴」を避ける。時にのけものにし、あるいはいじめる。

 親から叩かれて育った子供は外で喧嘩をするようになる。私がそうだ。幼稚園から20代まで直ることがなかった。ストレスホルモンの嗜癖はスポーツ選手において顕著だ。強い負荷や抵抗が強靭な体をつくる。水泳巧者は水の抵抗を嫌うことがない。

 ただし判断を誤ると常にDV男を選んでしまう女性のような羽目に陥る。一種のマゾヒズムであろう。

 それなら、ストレスとは何なのか?(中略)セリエは、ストレスとはひとつの生物学的プロセス、体内の後半な作用の総体であり、原因や自覚のあるなしは無関係だと考えた。ストレスとは、ある有機体がその存在や健康への脅威を知覚したときに起こる、体内の変化――目に見えるかもしれないし見えないかもしれない――なのである。神経の緊張はストレスのひとつの構成要素かもしれないが、緊張を感じることなくストレスを受けることもある。反対に、緊張を感じてもストレスの生理的メカニズムが始動しないこともあり得る。

 小さなストレスが大きな被害につながることがある。特に慢性的な体の不調がある人は要注意だ。食欲不振や睡眠障害があれば既に病気の隣にいると言ってよい。人間にとって本質的な欲望が阻害されているわけだから。心は見えない。それゆえ体を見つめるのが手っ取り早い。

2009-03-30

ストレスにさらされて“闘争”も“逃走”もできなくなった人々/『身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の代価』ガボール・マテ


『悲鳴をあげる身体』鷲田清一
『ことばが劈(ひら)かれるとき』竹内敏晴

 ・幼少期の歪んだ価値観が肉体を破壊するほどのストレスと化す
 ・ストレスにさらされて“闘争”も“逃走”もできなくなった人々
 ・ストレス依存
 ・急性ストレスと慢性ストレス
 ・心のふれあい

『生きぬく力 逆境と試練を乗り越えた勝利者たち』ジュリアス・シーガル
『身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法』べッセル・ヴァン・デア・コーク
『ストレス、パニックを消す!最強の呼吸法 システマ・ブリージング』北川貴英
『心と体を強くする! メガビタミン健康法』藤川徳美
『最強の栄養療法「オーソモレキュラー」入門』溝口徹
『食事で治す心の病 心・脳・栄養――新しい医学の潮流』大沢博
『オーソモレキュラー医学入門』エイブラハム・ホッファー、アンドリュー・W・ソウル
『「疲れない身体」をいっきに手に入れる本 目・耳・口・鼻の使い方を変えるだけで身体の芯から楽になる!』藤本靖
『あなたはプラシーボ 思考を物質に変える』ジョー・ディスペンザ
『瞬間ヒーリングの秘密 QE:純粋な気づきがもたらす驚異の癒し』フランク・キンズロー

虐待と知的障害&発達障害に関する書籍
必読書リスト その二

 この本ではやたら「多発性硬化症」という病気が出てくるが、これは日本人には少ない病気だ。斎藤秀雄の最初の奥方(ドイツ人)がこの病気にかかっている。

 小児麻痺は感染症の一種であり、一度重くなった症状が回復すると、足などに障害が残るものの、そこで症状が固定するのが特徴である。一方、多発性硬化症の場合は中枢神経を冒す原因不明の自己免疫疾患で、再発を繰り返すことが多い。この病気は欧米人に頻度が高い。日本人が10万人に4〜5人の割合で発症するのに対し、欧米人は100人から150人である。若い人の手足の麻痺の原因疾患としては、まず最初に疑われるべき頻度の高い病気なのである。 【『嬉遊曲、鳴りやまず 斎藤秀雄の生涯』中丸美繪〈なかまる・よしえ〉(新潮社、1996年)】

 自己免疫疾患とは、免疫機能が過敏に働いてしまい体内の正常な組織や細胞を攻撃してしまう病気である。

 ストレスの観点から多発性硬化症を検討した論文に実例としてあげられた患者たち、そして私がインタビューした患者たちは、この研究で用いられた不運なラットたちと非常によく似た状態にあったといえる。彼らは子供時代の条件づけのせいで慢性的なきびしいストレスにさらされ、必要な「闘争か逃走」反応を起こす能力を損なわれていたのだ。根本的な問題は、いろいろな論文が指摘している人生上の一大事件など外部からのストレスではなく、闘争あるいは逃走するという正常な反応をさまたげる無力感、環境によって否応なく身につけさせられた無力感なのである。その結果生じた精神的ストレスは抑圧され、したがって本人も気づかない。ついには、自分の欲求が満たされないことも、他者の欲求を満たさざるを得ないことも、もはやストレスとは感じられなくなる。それが普通の状態になる。そうなればその人にはもはや戦う術がない。

【『身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の代価』ガボール・マテ:伊藤はるみ訳(日本教文社、2005年)】

「逃げる」と「挑む」はシンニュウとテヘンしか違わない。ま、中身は天地雲泥の差であるが、ベクトルの向きが異なるだけとも言える。しかし、その選択すらできない状況下に置かれた人々がいるのだ。つまり、幼児期から“心を死なせる”ことで生き延びている人々だ。

 この文章は実に恐ろしいことを指摘している。なぜなら、「無力感」とは「自分が必要とされていないことに対する自覚」であり、「否定された自分を抱えながら生きてゆく」ことに他ならないからだ。大事なのは、それが客観的な事実であるかどうかではなく、子供自身がそう感じてしまっていることだ。完全無欠な疎外感、と言っていいだろう。幼児は論理的思考ができない。だから、「この世とは、そういうものなのだ」と割り切ることができてしまうのだろう。すると、助けを求めることすら出来なくなってしまう。

 それでも、精神は耐える。彼女達は静かに微笑んでみせることもできる。そして10年、20年を経た後に、身体が悲鳴を上げるのだ。これが、ガボール・マテの主張である。

2008-10-19

幼少期の歪んだ価値観が肉体を破壊するほどのストレスと化す/『身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の代価』ガボール・マテ


『悲鳴をあげる身体』鷲田清一
『ことばが劈(ひら)かれるとき』竹内敏晴

 ・幼少期の歪んだ価値観が肉体を破壊するほどのストレスと化す
 ・ストレスにさらされて“闘争”も“逃走”もできなくなった人々
 ・ストレス依存
 ・急性ストレスと慢性ストレス
 ・心のふれあい

『生きぬく力 逆境と試練を乗り越えた勝利者たち』ジュリアス・シーガル
『身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法』べッセル・ヴァン・デア・コーク
『クレイジー・ライク・アメリカ 心の病はいかに輸出されたか』イーサン・ウォッターズ
『心と体を強くする! メガビタミン健康法』藤川徳美
『最強の栄養療法「オーソモレキュラー」入門』溝口徹
『食事で治す心の病 心・脳・栄養――新しい医学の潮流』大沢博
『オーソモレキュラー医学入門』エイブラハム・ホッファー、アンドリュー・W・ソウル
『ストレス、パニックを消す!最強の呼吸法 システマ・ブリージング』北川貴英
『「疲れない身体」をいっきに手に入れる本 目・耳・口・鼻の使い方を変えるだけで身体の芯から楽になる!』藤本靖
『あなたはプラシーボ 思考を物質に変える』ジョー・ディスペンザ
『カシミールの非二元ヨーガ 聴くという技法』ビリー・ドイル
『瞬間ヒーリングの秘密 QE:純粋な気づきがもたらす驚異の癒し』フランク・キンズロー

虐待と知的障害&発達障害に関する書籍
必読書リスト その二

 珍しい名前なんでアジア人かと思いきや、カナダ人医師だった。「ストレス理論」の提唱者ハンス・セリエ博士の弟子でもある。

「2200円でソフトカバーはねーだろーよ」と思ったが、400ページあったので許そう。

 自己免疫疾患やALS、はたまた乳癌やアルツハイマー型痴呆症までが、ストレス由来の可能性があると指摘している。

 ハンス・セリエ博士がストレス学説を発表したのは、1936年(昭和11年)の『ネイチャー』誌上(「種々の有害作用から生ずる一症候群」)でのこと。そんなに古かったんだね。で、誤解している人が多いが、ストレスそのものは否定されるべき代物ではない。人間には「適度なストレス」が必要とされている。

 問題は負荷の掛かり方だ。例えば互いに好意を抱いている男女がいたとしよう。やがて、二人の間には愛情が芽生え、ムフフという関係になる。この時点でムフフは快感だ。時は移ろい、四季は巡る。ある時、女性の中に秘められていた性的嗜好が目を覚ます。女は鞭とローソクを用意して男を縛り上げたのだった。男が感じたのは痛みだけであった。とまあ、性的なコミュニケーションと暴力ですら、力の加減によるものなのだ。

 そもそも、産道を通る時だってストレスを感じたであろうし、我々は24時間地球に引っ張られているのである。自分の体重ですらストレスの要因となりかねない。ストレス解消のために食べる→体重が増える→膝関節と靴底に負荷が掛かる→またぞろ食べる、これがストレス性デブの無限スパイラルだ。数年後には地面の中に足がめり込んでいることだろう。

 メアリーのからだは、彼女の心ができなかったことを実行していたのではないだろうか? 子供のころは無理やり押しつけられ、大人になってからは進んで自分に課してきた執拗な要求――常に自分より他者を優先する生き方――を拒絶するということを。1993年、医学コラムニストとして初めて『グロー、アンド・メイル』紙に執筆した記事で、私はメアリーのケースを採りあげ、今ここに記したような見解を披露した。そしてこう記した。「ノーと言うことを学ぶ機会を与えられずにいると、ついには私たちのからだが、私たちの変わりにノーと唱えることになるだろう」。コラムには、ストレスが免疫系におよぼす悪影響に関する医学論文もいくつか引用しておいた。

【『身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の代価』ガボール・マテ:伊藤はるみ訳(日本教文社、2005年)】

 価値観は選べない。なぜなら、生まれて来る時に親を選ぶことができないからだ。人は誰もが「正しくありたい」と望み、「正しくあろう」と努力する。ところが、そうした正義感が教条主義と化せばストレスとなってしまう。「大義のために死ね」ってことだ。

 ところが「正しい行為」が習慣化されていると、行動しない場合、更なるストレスに襲われる。こうなると背水の陣どころか、四方八方すべて海だ。がんじがらめの緊縛プレイ。縛り上げられたマゾは、動くだけでもロープが食い込み身体が痛む。

 このような人生を歩むことによって、「ノー」と言えなくなる。だが、負荷は掛かり続ける。そして、信号機が黄色になるように、ウルトラマンの胸のカラータイマーが点滅するように、肉体がシグナルを発する。これが病気だ、というのが本書の骨子。

 かなり説得力がある。私なんぞは完全に鵜呑みにしている。本のページ数に限りがあるためと思われるが、反対意見を紹介すれば、更なる説得力が増すことだろう。女性で、その辺の下らないカウンセラーに金を払っている人がいれば、本書を読んだ方がましだ。自分を理解する一助となることだろう。