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2021-12-06

イデオロギーが知性を歪める/『21 Lessons 21世紀の人類のための21の思考』ユヴァル・ノア・ハラリ


『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ
『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』ユヴァル・ノア・ハラリ

 ・イデオロギーが知性を歪める

 過去数十年の間に、神経科学や行動経済学のような領域での研究のおかげで、科学者は人間のハッキングがはかどり、とくに、人間がどのように意思決定を行なうかが、はるかによく理解できるようになった。食物から配偶者まで、私たちの選択はすべて、謎めいた自由意志ではなく、一瞬のうちに確率を計算する何十億ものニューロンによってなされることが判明した。自慢の「人間の直感(ママ)」も、実際には「パターン認識」にすぎなかったのだ。優れた運転者や銀行家や弁護士は、交通や投資や交渉についての魔法のような直感を持っているわけではなく、繰り返し現れるパターンを認識して、不注意な歩行者や支払い能力のない借り手や不正直な悪人を見抜いて避けているだけだ。また、人間の脳の生化学的なアルゴリズムは、完全には程遠いことも判明した。脳のアルゴリズムは、都会のジャングルではなくアフリカのサバンナに適応した経験則や手っ取り早い方法、時代後れの回路に頼っている。優れた運転者や銀行家や弁護士でさえ、ときどき愚かな間違いを犯すのも無理はない。
 これは、「直感」を必要とされている課題においてさえAIが人間を凌ぎうることを意味している。もしあなたが、AIは神秘的な「勘」に関して人間の魂と競う必要があると考えているのなら、AIには勝ち目はないだろう。だが、もしAIは、確率計算とパターン認識で神経ネットワークと競うだけでいいのなら、それはたいして手強い課題には思えない。
 とくに、AIは【他者についての】直感を求められる仕事では人間を凌ぎうる。歩行者がいっぱいの通りで乗り物を運転したり、見知らぬ人にお金を貸したり、ビジネスの取引の交渉をしたりといった、多くの仕事は、他者の情動や欲望を正しく評価する能力を必要とする。あの子供は今にも車道に飛び出そうとしているのか? スーツを着たあの男性は、私からお金を巻き上げて姿をくらますつもりなのか? あの弁護士は脅し文句を実行に移すつもりか、それとも、はったりをかけているだけなのか? そうした情動や欲望は非物質的な霊によって生み出されていると考えられていたときには、コンピューターが人間の運転者や銀行家や弁護士に取って代わることがありえないのは明白に思えた。というのも、神が創りたもうた人間の霊を、コンピューターが理解できるはずがないからだ。ところが、じつは情動や欲望が生化学的なアルゴリズムにすぎないのなら、コンピューターがそのアルゴリズムを解読できない理由はない。そして、それをホモ・サピエンスよりもはるかにうまくやれない道理はない。(中略)
 このようにAIは、人間をハッキングして、これまで人間ならではの技能だったもので人間を凌ぐ態勢にある。だが、それだけではない。AIは、まったく人間とは無縁の能力も享受しており、そのおかげで、AIと人間との違いは、たんに程度の問題ではなく、種類の問題になった。AIが持っている、人間とは無縁の能力のうち、とくに重要なものが二つある。接続性と更新可能性だ。
 人間は一人ひとり独立した存在なので、互いに接続したり、全員を確実に最新状態に更新したりするのが難しい。それに対してコンピューターは、それぞれが独立した存在ではないので、簡単に統合して単一の柔軟なネットワークにすることができる。だから、私たちが直面しているのは、何百万もの独立した人間に、何百万もの独立したロボットやコンピューターが取って代わるという事態ではない。個々の人間が、統合ネットワークに取って代わられる可能性が高いのだ。したがって、自動化について考えるときに、単一の人間の運転者の能力と単一の自動運転車の能力を比べたり、単一の医師の能力と単一のAI医師の能力とを比べたりするのは間違っている。人間の個人の集団の能力と、統合ネットワークの能力とを比べるべきなのだ。

【『21 Lessons 21世紀の人類のための21の思考』ユヴァル・ノア・ハラリ:柴田裕之〈しばた・やすし〉訳(河出書房新社、2019年/河出文庫、2021年)】

 柴田は好きな訳者だが、かなり文章が悪い。翻訳後に編集を噛ませるべきだった。名訳は常に意訳である。文や義にとらわれれば意を見失う。今時、「コンピューター」と書いている訳者はいないだろう。

 ユヴァル・ノア・ハラリは間違いなく現代の知性を代表する人物の一人であるが、イデオロギーが知性を歪めてしまっている。読むに堪(た)えず1/3ほどで本を閉じた。トランプ大統領を激しくこき下ろし、習近平には甘い彼のイデオロギーを真に受けるわけにはいかない。またビッグテックに寄り添った考え方も胡散臭くてしようがなかった。

 様々な問題を取り上げているが、なぜイスラエルの核保有については沈黙を保っているのか? これが最大の疑問である。

 期せずして私は反知性主義に傾きそうになった。トランプの言動を批判するのは全くの自由なんだが、ハラリやホーキングは自由主義に基づくアメリカの民意まで否定しているような節(ふし)がある。更に完全なグローバリストであるハラリは「アメリカ・ファースト」を許さない。彼が説く自由主義は彼が考える枠にはまっている条件が課せられる。

 私は頭のいい人間は尊敬するが、情緒を欠いた人物を軽蔑する。ハラリには『春宵十話』(岡潔著)を読むことを勧めておこう。

2021-11-03

近未来に必ず起こる七つの大変化/『次のテクノロジーで世界はどう変わるのか』山本康正


『デジタル・ゴールド ビットコイン、その知られざる物語』ナサニエル・ポッパー

 ・近未来に必ず起こる七つの大変化

『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、ケネス・クキエ
『データの見えざる手 ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』矢野和男
『パーソナルデータの衝撃 一生を丸裸にされる「情報経済」が始まった』城田真琴
『マインド・ハッキング あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』クリストファー・ワイリー
『無人の兵団 AI、ロボット、自律型兵器と未来の戦争』ポール・シャーレ
『データ資本主義 ビッグデータがもたらす新しい経済』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、トーマス・ランジ
『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』藤井保文、尾原和啓
『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』キャシー・オニール
『ジャック・マー アリババの経営哲学』張燕
『シリコンバレー最重要思想家ナヴァル・ラヴィカント』エリック・ジョーゲンソン
『お金2.0 新しい経済のルールと生き方』佐藤航陽

情報とアルゴリズム
必読書リスト その三

 ここで何よりも重要なことは、これからの企業はデータ・テクノロジーを活用できなければ確実に衰退し、淘汰されていくという現実だ。そのデータ・テクノロジーの主役が、【人工知能(AI)、5G、クラウド】の3つのメガ(基幹)テクノロジーである。これらの3つが組み合わさることで形成される【三角形=トライアングル】のちからこそが、次代の産業・社会・国家を大きく変えていく原動力となる。とくに次代の企業は、そのすべてがこのトライアングルによって生まれるか、新しく生まれ変わることになる。

【『次のテクノロジーで世界はどう変わるのか』山本康正〈やまもと・やすまさ〉(講談社現代新書、2020年)以下同】

 良書。デジタルトランスフォーメーションの入門書としてうってつけの一冊。山本はプラグラマーではないため、それが功を奏して読者にわかりやすい説明となっている。今後、社会がデジタル化されることで情報集約の次元が完全に変わる。

 ディープラーニングは、人間の脳の仕組みを模したニューラルネットワークが基本となっている。情報を入力する層と、答えを出力する層の間に、情報を判断する層を多層(ディープ)に重ねたため、その名で呼ばれている。
 犬を犬と判断するには、本来はいくつもの特徴を総合的に判断しなければ特定できないはずだ。ディープラーニングが登場する前のマシンラーニング(機械学習)では、ある一つのパターンを人間が細かく設定し、それをAIに犬と認識させた。AIは、そのパターンに当てはまるものだけを犬と判断し、当てはまらないものを犬ではないと判断した。そのため、大雑把な判断しかできなかった。
 ところが、ディープラーニングでは目、耳、鼻、口、体型などを多層に分け、それぞれのパーツにおける犬の特徴を膨大なデータを使って自ら学習していく。この学習によって、犬であるか犬でないかの判断の精度が上がっていく。

 このディープラーニングの精度を高めるには、大量のデータが必要だ。それには「大量のデータを蓄積する」ためのテクノロジーである【クラウド】が必要になる。

 フレーム問題に亀裂を入れたのがディープラーニングだった。人類がチェスでAIに敗れたのは1997年のこと。それでも「将棋と囲碁は無理だろう」と専門家は嘯(うそぶ)いていた。


 2013年、第2回将棋電王戦で人類は将棋も敗北(将棋棋士 vs AIの戦いを振り返る〜名人が敗れるまで〜 | データサイエンス情報局)。最後の砦となって囲碁も2017年、AlphaGoが勝利を収めた(5月27日 囲碁AIが人類最強の棋士に完勝)。これがディープラーニングの破壊力だ。

 昨今、amazonやYou Tubeでは個々人の購買履歴や検索情報を分析し、好みにマッチした情報が提供されるようになった。これをリコメンデーション(レコメンデーション)機能という。「パーソナルデータは新しい石油である」。リコメンデーション機能は購買するごとに、そしてAIが進歩するたびに精度を増し、あなたが探そうとする前に商品情報を提供するようになる。人々の情報を網羅すると社会の動向までもが見えてくる。そのあらゆる相関関係を導き出すのがビッグデータである。

 次の指摘は一々腑に落ちる。

近未来に必ず起こる7つの大変化

【大変化1】データがすべての価値の源泉となる
【大変化2】あらゆる企業がサービス業になる
【大変化3】すべてのデバイスが「箱」になる
【大変化4】大企業の優位性が失われる
【大変化5】収益はどこから得てもOKで、業界の壁が消える
【大変化6】職種という概念がなくなる
【大変化7】経済学が変わっていく

 個人的にアラビア数字を訓読みするのは許し難いので記事タイトルは「七つ」とした。詳細については稿を改める。

2021-10-29

オペレーションズ・リサーチの破壊力/『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』キャシー・オニール


『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、ケネス・クキエ
『データの見えざる手 ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』矢野和男
『パーソナルデータの衝撃 一生を丸裸にされる「情報経済」が始まった』城田真琴
『マインド・ハッキング あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』クリストファー・ワイリー
『無人の兵団 AI、ロボット、自律型兵器と未来の戦争』ポール・シャーレ
『データ資本主義 ビッグデータがもたらす新しい経済』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、トーマス・ランジ
『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』藤井保文、尾原和啓

 ・アルゴリズムという名の数学破壊兵器
 ・有害で悪質な数学破壊兵器のフィードバックループ
 ・オペレーションズ・リサーチの破壊力

『AI監獄ウイグル』ジェフリー・ケイジ
『快感回路 なぜ気持ちいいのかなぜやめられないのか』デイヴィッド・J・リンデン
『もっと! 愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』ダニエル・Z・リーバーマン、マイケル・E・ロング
『新しい資本主義 希望の大国・日本の可能性』原丈人

情報とアルゴリズム
必読書リスト その三

 営利大学のリクルーターも、怪しげな薬を売るいかさま師も、まずは相手の無知を確認する。そのうえで、つけ入りやすい弱みをもつ人を特定し、彼らのプライベート情報をうまく利用していくのだ。具体的には、相手にとって今一番の苦しみの元である「痛点」がどこにあるのかを探り出す。それは、自尊心の低さかもしれないし、暴力集団が対立を深める地域で子供を育てるストレスかもしれないし、ひょっとすると薬物中毒かもしれない。たいていの人は、グーグル検索で調べものをするときなどに、気づかないうちに自分の痛点を露呈させている。

【『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』キャシー・オニール:久保尚子〈くぼ・なおこ〉訳(インターシフト、2018年/原書、2016年)以下同】

「痛点」とは弱点である。その弱味に付け込んで期待させ、依存させ、契約させ、購買させる。古い広告は一方的なメッセージで本質的にはチラシの延長線上にある。テレビCMは声と動きのあるチラシに過ぎない。これからは違う。パソコンやスマホを通じてあなたの購買履歴、興味、関心、検索キーワード、どこにアクセスし、何分滞在していたか、といった情報をAIが読み解いて、あなたに最も適切な広告が表示される。行動ターゲティングという手法である。スマホの登場によって現実の行動も履歴化される。どの店で何を買ったか、だけではない。ゆくゆくはどの棚の前に長くいたかまでを掌握される。便利と言えば聞こえはいいが、解放された欲望がどんな社会を生み出すのかが明らかではない。

 チビ・デブ・ハゲは痛点である。昔の漫画誌の裏表紙にはシークレットブーツの広告が躍っていた。底上げシューズだ。かつらメーカーはハゲ頭に群がる(『無資本主義商品論 金満大国の貧しきココロ』小田嶋隆)。デブは永遠の搾取対象である。昨今はBMI(ボディマス指数)というデタラメな指数が健康の根拠に格上げされたため、「より美しくより健康に」との二重奏をかなでるようになった。ま、脅し文句の強化だ。

 ブランド品、高級腕時計もわかりやすい。そもそも若者には不釣り合いだ。あるいは大排気量のクルマやバイクなど。これほど信号機が多く、渋滞まみれの日本でこれらのエンジン特性を発揮することは難しい。広告は欲望を刺戟し、切実なレベルにまで引き上げる。周りの人々が所持していれば自分も欲しくなってくる。社会的な動物である人間は欲望をも共有する。

 大半のスケジューリングテクノロジーのルーツは、実用性がきわめて高い、「オペレーションズ・リサーチ(OR)」と呼ばれる応用数学の領域にある。数学者らは、数世紀前からORの基礎を活用してきた。農家のために作物の植え付け計画を作成し、人や貨物の効率的な輸送を実現できる幹線道路地図を作成して土木技師を支えてきた。しかし、この学問領域が本領を発揮するようになったのは、第2次世界大戦が始まってからのことだった。米軍と英軍は、資源の使用を最適化するために、数学者チームを編成した。同盟国はさまざまな形で「交換比率」の記録をつけていた。味方の資源の投入量に対して、敵の資源をどれだけ破壊できたのか、その比率を計算したのだ。1945年3月~8月に実施された米軍の飢餓作戦では、食糧その他の物資が日本に無事に到着するのを妨げるために、第21爆撃集団が日本の商船を破壊する任務を負って飛び立った。この時、ORチームは日本の商船を沈めるのに要する1隻あたりの機雷敷設用航空機の数を最小限に抑えるために働いた。その結果、「交換比率」は40対1を上回った――日本の商船606隻を沈めるために失った航空機の数はわずか15機であった。これはかなり高い効率であり、その一端はORチームの功績だった。
 第2次世界大戦後、大手企業は(米国防総省も)膨大な資源をORに注いだ。ロジスティクスの科学は、商品の製造方法も市場への流通方法も一変させた。
 1960年代に入ると、日本の自動車会社がさらなる大きな飛躍を生んだ。「ジャスト・イン・タイム(かんばん方式)」と呼ばれる生産システムを考案したのだ。ハンドル部分や変速機の在庫を大量に抱え、巨大倉庫から取り出すのではなく、組み立て工場で必要に応じて部品を注文し、部品の待機時間なしで使用する。トヨタとホンダは複雑な供給(サプライ)チェーンを確立し、連絡すれば絶えず部品が届くような体制を整えた。業界全体が1つの生命体のようであり、独自のホメオスタシス(恒常性)制御システムを備えているようだった。

大東亜戦争はアメリカのオペレーションズ・リサーチに敗れた/『藤原肇対談集 賢く生きる』藤原肇

 オペレーションズ・リサーチの破壊力は第二次世界大戦で最大限に発揮された。米軍は国際法を踏みにじって日本の非戦闘員を殺戮(さつりく)した。戦後、日本軍の残虐行為が国際社会で声高に主張されたのは自分たちの非道を隠蔽(いんぺい)するためだった。南京大虐殺というフィクションの犠牲者を30万人としたのも原爆犠牲者と釣り合いをとるためだった。

 オペレーションズ・リサーチこそはアルゴリズムの時代を告げる鐘の音(ね)であった。人類は争うことでそれを見出したのだ。

 合理化の風は止(や)むことなく加速し続ける。コンピュータとWebという約束の地に辿り着いたアルゴリズムは永遠の生命を手にしたも同然だ。フィンテックはマネーの意思を解き放ち、あらゆる決済・取引・交換が低コストで円滑に行われる。銀行や国会運営が過去の遺物となるのは時間の問題だ。一部のトップが行う意思決定はビッグデータに置き換えられる。

 それが薔薇色になるかどうかはわからない。便利になるのは確かだ。

2021-10-26

有害で悪質な数学破壊兵器のフィードバックループ/『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』キャシー・オニール


『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、ケネス・クキエ
『データの見えざる手 ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』矢野和男
『パーソナルデータの衝撃 一生を丸裸にされる「情報経済」が始まった』城田真琴
『マインド・ハッキング あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』クリストファー・ワイリー
『無人の兵団 AI、ロボット、自律型兵器と未来の戦争』ポール・シャーレ
『データ資本主義 ビッグデータがもたらす新しい経済』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、トーマス・ランジ
『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』藤井保文、尾原和啓

 ・アルゴリズムという名の数学破壊兵器
 ・有害で悪質な数学破壊兵器のフィードバックループ
 ・オペレーションズ・リサーチの破壊力

『AI監獄ウイグル』ジェフリー・ケイジ
『快感回路 なぜ気持ちいいのかなぜやめられないのか』デイヴィッド・J・リンデン
『もっと! 愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』ダニエル・Z・リーバーマン、マイケル・E・ロング
『新しい資本主義 希望の大国・日本の可能性』原丈人

情報とアルゴリズム
必読書リスト その三

 本書で論じる数学破壊兵器の多くは、ワシントンDC学区の付加価値モデルも含めて、フィードバックがないまま有害な分析を続けている。自分勝手に「事実」を規定し、その事実を利用して、自分の出した結果を正当化する。このようなたぐいのモデルは自己永続的であり、きわめて破壊的だ。そして、そのようなモデルが世間にはあふれている。

【『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』キャシー・オニール:久保尚子〈くぼ・なおこ〉訳(インターシフト、2018年/原書、2016年)以下同】

フィードバックとは/『進化しすぎた脳 中高生と語る〔大脳生理学〕の最前線』池谷裕二

 作成者の意図によって作られたモデルがアルゴリズムとなって走る。ここにおいてAIが為すのは単なる「振り分け」である。しかもビッグデータが示すのは相関性であって因果関係ではない。「相関関係が因果関係を超える」(『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、ケネス・クキエ)こともあるが、因果関係を滅茶苦茶にする場合も出てくる。なぜならビッグデータはある種の擬似相関であるからだ。大袈裟に言ってしまえば答えが決まっていない連想ゲームみたいな代物だ。

 現在、ビジネスから刑務所まで、社会経済のあらゆる局面の細かな管理が、設計に不備のある数理モデルによって遂行されている。それらの数学破壊兵器には、ワシントンの公立学校でサラ・ウィソッキーのキャリアを狂わせた付加価値モデルと同じ特徴が多く備わっている。中身が不透明で、一切の疑念を許さず、説明責任を負わない。規模を拡大して運用されており、何百万人もの人々を対象に、選別し、標的を絞り、「最適化」するために使用されている。算出された結果と地に足の着いた現実とを混同することによって、有害で悪質な数学破壊兵器のフィードバックループを生み出しているものも多い。

 こうなると「業」(カルマ)と言っていいだろう。アルゴリズムは文明が織り成す業(ごう)なのだ。身口意(しんくい)から離れた業はモデル設計者が神となって下す恩寵と罰となって人々を分断する。信用スコアリングは貧富の固定化に寄与し、より貧困な者に鞭を振るう。合理が生んだ不合理を人類は取り除くことが可能だろうか? AIやビッグデータがインフラストラクチャー化すれば、もう後戻りはできまい。

 人々を苦しめる一番の要因は、有害な悪循環を生むフィードバックループにある。すでに見てきたように、生まれ育った環境に基づいて受刑者をプロファイリングする判決モデルでは、判決そのものが受刑者を追い詰め、判決を正当化するような結果を招いている。この破壊的ループは延々と繰り返され、その過程でモデルはますます不公平になっていく。

 透明性と異議申し立ての担保が不可欠なのは言うまでもないが、ビッグテックのような民間企業に対してどこまで規制できるのかが不明である。彼らは法整備よりも遥か彼方にまで進んでいる。また潤沢な資金でロビー活動も活発に行っている。政治はマネーに支配され、人間はアルゴリズムに従う時代の到来だ。

 要約すると、不透明であること、規模拡大が可能であること、有害であること――この3つが数学破壊兵器の三大要素である。

 私は原子爆弾、銀行の決済システム、そしてインターネットが、現代のラッダイト運動を不可能にしてしまったと考えている。これは民主政の根幹に関わる問題なのだ。例えば米騒動を起こすことは可能だろう。だが同様の目論見で銀行へ行ったところで銀行に現金はそれほどない。また、どれほどの国民が武装蜂起したとしても原爆にはかなわない。パソコン上の重要な情報はクラウドにアップロードされ、いつでも別の場所でダウンロードできる。つまり何かを破壊することで国家を転覆させることはもう不可能なのだ。

「そのために選挙というシステムがあるのではないか?」という声が聞こえてきそうだが、かつての民主党があっさりとマニフェストを放り投げて地に落としてからというもの、選挙公約に意味はなくなった。自民党の派閥は政策集団ではなく選挙互助会に堕している。国民もまた政策など気にもかけていない。会社の指示や、テレビで見た印象、マスコミの煽り方であっちへ入れたりこっちへ入れたりしているだけである。自分の政治信条に合致した政党を支持しているのは左翼だけだ。公明党は例外で教団益(税務調査回避)を目指している。

 我々は既にデバイスなしで生きてゆくことは難しい。スマホの次はウェアラブルな端末となり、やがては人体にデバイスが埋め込まれる。人類は進化を遂げてロボットになるのだ。

2021-10-23

アルゴリズムという名の数学破壊兵器/『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』キャシー・オニール


『デジタル・ゴールド ビットコイン、その知られざる物語』ナサニエル・ポッパー
『次のテクノロジーで世界はどう変わるのか』山本康正
『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、ケネス・クキエ
『データの見えざる手 ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』矢野和男
『パーソナルデータの衝撃 一生を丸裸にされる「情報経済」が始まった』城田真琴
『マインド・ハッキング あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』クリストファー・ワイリー
『無人の兵団 AI、ロボット、自律型兵器と未来の戦争』ポール・シャーレ
『データ資本主義 ビッグデータがもたらす新しい経済』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、トーマス・ランジ
『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』藤井保文、尾原和啓

 ・アルゴリズムという名の数学破壊兵器
 ・有害で悪質な数学破壊兵器のフィードバックループ
 ・オペレーションズ・リサーチの破壊力

『AI監獄ウイグル』ジェフリー・ケイジ
『快感回路 なぜ気持ちいいのかなぜやめられないのか』デイヴィッド・J・リンデン
『もっと! 愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』ダニエル・Z・リーバーマン、マイケル・E・ロング
『新しい資本主義 希望の大国・日本の可能性』原丈人

情報とアルゴリズム
必読書リスト その三

 すべての負け犬たちに捧ぐ

【『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』キャシー・オニール:久保尚子〈くぼ・なおこ〉訳(インターシフト、2018年/原書、2016年)以下同】

 巻頭のエピグラフである。原題は『Weapons of Math Destruction : How Big Data Increases Inequality and Threatens Democracy:数学破壊兵器 ビッグデータがどのように不平等を拡大し、民主主義を脅かすか』。著者は数学者でハーバード大学で博士号を取得し、コロンビア大学の終身在職付き教授となる。その後、クオンツ(金融工学の専門家)に転身し大手ヘッジファンドで働く。リーマンショックを経て、「ウォール街を占拠せよ」運動にコミットした。

 かつて私を保護してくれた数学は、現実世界の問題と深く絡んでいるだけではなかった。数学が問題を大きくしてしまうことも多いという事実を、この経済崩壊はまざまざと見せつけてくれた。住宅危機、大手金融機関の倒産、失業率の上昇――いずれも、魔法の公式を巧みに操る数学者によって助長された。それだけではない。私が心から愛した数学は、壮大な力をもつがゆえに、テクノロジーと結びついてカオスや災難を何倍にも増幅させた。いまや誰もが欠陥があったと認めるようなシステムに、高い効率性と規模拡大性を与えたのも数学だった。
 なぜあの時、冷静な頭で考えられなかったのか。経済が崩壊した時点で一歩引き返し、なぜ数学が誤った使われ方をしたのか、将来起こりうる同様の大惨事を防ぐために何かやれることはないかと考えることもできただろう。しかし、経済危機の後も、私たちは立ち止まらなかった。これまで以上に人々を熱狂させる新たな数学的手法が次々に生み出され、その応用領域は今も拡大し続けている。

 サブプライムショックが2007年の7月25日である。私は日経先物で大損をしたのでよく憶えている。だが社会的に深刻の度合いが深かったのは翌年のリーマンショックである。あの時点で「資本主義が終わった」と指摘する書籍も多い。大半は隠れ左翼の願望であるが、長年に渡る金融緩和でもデフレを脱却できない現状を見ると、満更デタラメとも言い切れない。

 ロングターム・キャピタル・マネジメントが破綻(1999年)しても金融工学は死ななかった。ブラック–ショールズ方程式は現在でも有効とされている。続いてエンロンが倒産した(2001年)。ITバブル~住宅バブルに向かう中で現れた重要な指標であった。

 リーマンショック以降、緩和マネーが株式相場を押し上げ、新型コロナショックで緩和の蛇口は更に緩められた。

 でも、私には弱点が見えていた。数学のちからで動くアプリケーションがデータ経済を動かすといっても、そのアプリケーションは、人間の選択のうえに築き上げられている。そして、人間は過ちを犯す生き物だ。モデルを作成する際、作り手は、最善の意図を込め、良かれと思って選択を重ねたのかもしれない。それでもやはり、作り手の先入観、誤解、バイアス(偏見)はソフトウェアのコードに入り込むものだ。そうやって創られたソフトウェアシステムで、私たちの生活は管理されつつある。神々と同じで、こうした数理モデルは実体が見えにくい。どのような仕組みで動いているのかは、この分野の最高指導者に相当する人々――数学者やコンピューターサイエンティスト――にしかわからない。モデルのよって審判が下されれば、たとえそれが誤りであろうと有害であろうと、私たちは抵抗することも抗議することもできない。しかも、そのような審判には、貧しい者や社会で虐げられている者を罰し、豊かな者をより豊かにするような傾向がある。

 TEDでも「アルゴリズムとはプログラムに埋め込まれた意見なのです」と喝破している。


 アルゴリズムという名の数学破壊兵器が社会を分断し、富の偏重を加速させ(世界の最富裕層1%、富の82%独占 国際NGO)、貧困を固定化する。

 中盤からエピグラフに込めた思いが行間で谺(こだま)し始める。キャシー・オニールは数学者として「AI・ビッグデータの罠」を追求しながらも、ポリティカル・コレクトネスの罠に嵌(はま)っている。ポリティカル・コレクトネスは白人による人種差別を覆い隠すために編み出された概念だ(『人種戦争 レイス・ウォー 太平洋戦争もう一つの真実』ジェラルド・ホーン)。声高な主張は明らかな民主党支持の言葉となって幻滅させる。それでもAIやビッグデータを新時代の夢のように語る書籍が巷間(こうかん)に溢れている事実を思えば、耳を傾けるべき警鐘であろう。

 チャイナは共産党の一党独裁で管理社会を築き、自由の象徴であるアメリカはAI・ビッグデータで管理社会を実現しつつある。国家というアルゴリズムが目指すのは『一九八四年』(ジョージ・オーウェル)の世界なのだろうか? 完全に合理化された社会が現れれば、生きるに値しないと認定される人々が出てくることだろう。つい数十年前にドイツでは実際に行われた。

 しかもアルゴリズムやシステム、およびデータを格納するウェブ上の膨大なスペースは限りある資源だ。その対価を誰かが支払う必要がある。とても広告クリックで賄(まかな)えるような代物ではあるまい。犠牲になるのは中小零細企業と貧困者だ。アメリカでは犯罪の再犯予測や就職でAIが活用されている。この結果に異論を唱えたり抗議をすることは許されない。なぜならアルゴリズムの内容を誰も知らないためだ。もはやアルゴリズムは神と変わらない。ただ振り下ろされる鉄槌を御業(みわざ)と受け止めるしかないのだ。こうした状況に「待て!」と両手を広げて立ち塞がったのがキャシー・オニールその人である。





行動嗜癖を誘発するSNS/『僕らはそれに抵抗できない 「依存症ビジネス」のつくられかた』アダム・オルター

2021-10-16

データリッチ市場が経済の仕組みを変える/『データ資本主義 ビッグデータがもたらす新しい経済』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、トーマス・ランジ


『デジタル・ゴールド ビットコイン、その知られざる物語』ナサニエル・ポッパー
『次のテクノロジーで世界はどう変わるのか』山本康正
『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、ケネス・クキエ
『データの見えざる手 ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』矢野和男
『パーソナルデータの衝撃 一生を丸裸にされる「情報経済」が始まった』城田真琴
『マインド・ハッキング あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』クリストファー・ワイリー
『無人の兵団 AI、ロボット、自律型兵器と未来の戦争』ポール・シャーレ

 ・データリッチ市場が経済の仕組みを変える

『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』藤井保文、尾原和啓
『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』キャシー・オニール

情報とアルゴリズム
必読書リスト その三

「市場」は、ソーシャル・イノベーション(社会問題を解決する革新的な仕組み)として大成功を収めたコンセプトだ。限られた資源を効率的に分配しやすくする仕組みであり、その効果は絶大だ。市場のおかげで80億人もの人口の大半の衣食住が満たされ、生活の質も寿命も大幅に改善されることになった。市場の取引は、長い間、人々の交流の場でもあり、人間らしさとも見事に合致していた。だからこそ市場はほとんどの人々にとって自然なものと受け取られ、社会の構造に深く根付いたのである。そして経済の重要な構成要素となったのだ。
 市場が力を発揮するためには、データが円滑に流れることが前提で、人間にはこのデータを解釈して意思決定する能力が求められる。これはまさに市場での取引の仕組みそのものであり、意思決定が1ヵ所に集中せずに参加者一人ひとりに分散している特徴がある。市場が簡単に壊れない強靭さを持ち、何かあってもさっと立ち直る優れた回復力を備えている理由はここにある。だが、その大前提として、今、市場に出回っている商品について総合的な情報を誰でも簡単に入手できなければならない。
 とはいえ、市場でそのような充実した情報を流通させることは、つい最近まで手間もコストもかかっていた。そこで対応策として、こうしたさまざまな情報を圧縮してひとつの尺度で表すことにした。それが「価格」である。つまり貨幣の力を借りて、そのような情報を運ぶことにしたのである。
 実際、価格と貨幣は、情報伝達という難題を少しでも和らげるうまい当座しのぎになったし、それなりに効果も発揮した。だが、情報が圧縮されているため、詳細や微妙なニュアンスは抜け落ちているから、本当に最適な取引とまでは言えなくなる。情報が圧縮されているために、市場に出回っている商品を完全に把握できなかったり、誤解したりすれば、我々の選択は失敗してしまう。もっとましな解決策がなかったため、長い間、この不完全な解決策を我慢して受け容れてきたのである。
 今、それが変わろうとしている。まもなく豊富なデータが市場を広範囲にわたって、迅速に、しかも低コストで駆け巡ることになる。膨大な量のデータに、機械学習や最先端のマッチング・アルゴリズムを組み合わせ、絶えず状況の変化に合わせて自動的に適応していくシステムを構築すれば、市場で裁量の取引相手を見つけ出せるようになる。とにかく手軽なので、単純極まりない取引にまでこの手法が使われるようになるだろう。

【『データ資本主義 ビッグデータがもたらす新しい経済』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、トーマス・ランジ:斎藤栄一郎〈さいとう・えいいちろう〉訳(NTT出版、2019年/原書、2018年)以下同】

 素晴らしいamazonレビューがあるので紹介しておこう。

Mkengar 面白いけれど情報経済学の視点に偏りすぎでは

 私はむしろ「兵とは詭道なり」(『新訂 孫子』金谷治訳注)の思いを強くした。欧米人の説明能力の高さはギリシャ哲学~キリスト教文明によるものだと思われるが、大脳新皮質(=ロゴス)のレベルで戦えば、とてもかなう相手ではない。日本人の武器は万葉集である。だが三十一文字で論理を尽くすことは難しい。飽くまでも情緒で押し切る他ない。

 市場はシステムであり場でもある。インターネット市場は金融から始まったものと思われるが、現在は生活必需品にまで至る。ただし五感情報の判断を必要とするものは依然として「市場」(いちば)が優位である。衣類の色や手触り、食品の香りや生鮮度をネット上で表現することは困難だ。何にも増して人と人とのコミュニケーションは「会う」ことに極まる。

 便利を推し進めると大切な周辺情報が捨象される。人生を彩り豊かにする偶然や予想外が乏しくなる。実際に山を登るのとストリートビューを眺める行為の違いを思えばわかりやすい。何らかの危険があるからこそ五官が生き生きと機能するのだ。画像やテキストに傾く情報は所詮チラシのようなものだろう。

 交換が合理的に行われれば無駄が排除できる。そのためには独占や規制を排除する必要がある。少し前から政府主導で携帯料金が下げられたが、携帯会社が料金を下げる努力を怠ってきた事実をよくよく考えねばならない。また社会に影響を与える大企業が国の支援を仰ぐことができるのも自由競争を妨げているように見える。

 価格は買った瞬間に正当化される。だが価格の正しさに一票を投じるのは飽くまでも購買者に限られる。より多くの人々に買ってもらうためには利益をぎりぎりまで小さくする歩み寄りが欠かせない。日用品は薄利多売が基本である。行動経済学は価格操作が可能な事実を示したが、長い目で見れば一定範囲に収斂(しゅうれん)される。可処分所得を大きく逸脱することは考えにくい。

 理論上、市場は「最適な取引」というメリットをもたらすものなのだが、情報流通上の制約で実現できていなかった。これがデータリッチ市場(豊富なデータを原動力に動く市場)になると実現するのである。
 この重大な変化が生み出すメリットは、あらゆる市場に波及する。小売や旅行はもちろん、金融、投資にも当てはまる。(中略)
 また、従来の貨幣中心の市場は、誤解や誤判断によるバブルなどの惨事に苦しめられてきたが、これもデータリッチ市場では減少する見込みだ。(中略)
 データリッチ市場による再編の波はありとあらゆる分野に及ぶ。非効率を絵に描いたような仕組みで大手公益事業者の懐を潤し、一般家庭の財布から莫大な額を吸い上げてきたエネルギー分野も例外ではない。運輸・物流分野も、はたまた労働分野も医療分野も同じようにその影響から逃れられない。教育でさえ、データ主導の市場を生かせば、教師、生徒、学校の最適なマッチングを追求できるようになる。

 社会がスムーズに動けば現在と何が変わるのだろうか? データリッチ市場は消費者のデータ供与によって形成される。市場と同時に消費者も合理化の対象となる。信用(与信)のランク付けに始まり、消費傾向から趣味に至るまでを把握される。AIには作り手の意図がそのまま反映する。完璧なアルゴリズムは存在しない。フィードバックを欠けばアルゴリズムは暴走する。

 アメリカでは司法にAIが導入されており刑期の延長などを決定している。ビッグデータを基にした判断だが具体的な理由は不明である。誰にもわからないのだ。勾留者や服役者は抗弁することもできない。AIは既に神の相貌を現しつつある。

 更に見逃せないのはデータリッチ市場が必要とする電力量である。Google社の電気使用量が76億kWhである(2017年)。沖縄県内の電力使用量(76.2億kWh)に等しい(電気をつくる| 沖縄電力)。IoTが限界まで進めば、現在の数倍から数十倍の電力が必要となるに違いない。

 企業が先導する以上、デジタルトランスフォーメーションが消費に向かうことは避けられないが、最終的にはやはり人と人との出会いを創出する方向を目指すべきだ。特に地域の力を活性化させるのが望ましいと考える。



2021-10-11

パーソナルデータは新しい石油である/『パーソナルデータの衝撃 一生を丸裸にされる「情報経済」が始まった』城田真琴


『デジタル・ゴールド ビットコイン、その知られざる物語』ナサニエル・ポッパー
『次のテクノロジーで世界はどう変わるのか』山本康正
『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、ケネス・クキエ
『データの見えざる手 ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』矢野和男

 ・パーソナルデータは新しい石油である

『マインド・ハッキング あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』クリストファー・ワイリー
『無人の兵団 AI、ロボット、自律型兵器と未来の戦争』ポール・シャーレ
『データ資本主義 ビッグデータがもたらす新しい経済』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、トーマス・ランジ
『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』藤井保文、尾原和啓
『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』キャシー・オニール

「パーソナルデータ:新たな資産の誕生(Personal Data: The Emergence of a New Asset Class)」というやや刺激的なタイトルのレポートが世界経済フォーラム(WEP:World Economic Forum)から、2011年2月に発表されている。レポートの冒頭には次のようなくだりがある。

「パーソナルデータは新しい石油である。21世紀の価値ある資源である。今後、社会のあらゆる場面で新たな資産として登場するようになるだろう」

【『パーソナルデータの衝撃 一生を丸裸にされる「情報経済」が始まった』城田真琴〈しろた・まこと〉(ダイヤモンド社、2015年)以下同】

「はぁ?」と思う人が多いことだろう。石油は古来「燃える水」として知られていた。精製することで灯油やガソリンとなり、ガスを生み、更にはプラスチック、ビニール、ナイロンなどの石油化学製品を誕生させた。一人のパーソナルデータは一滴の石油みたいなものだ。それが大量に集まると消費動向や社会現象が解析できるようになるのだ。

 クラウド~スマホ~アプリといった流れの中で個人情報はいともたやすく企業が掌握できるようになった。クレジットカードは購買情報に過ぎないが、スマホ決済は消費+行動までを辿ることができる。昨今、GメールアドレスやフェイスブックアカウントがIDとして罷(まか)り通っているが、GAFAMに情報が集積されつつあると考えてよかろう。

 これに対して欧州ではパーソナルデータの「コントロール権」を消費者に取り戻す動きがあるという。

 ここでいう「パーソナルデータ」とは、年齢や性別、職業、年収の他、趣味、関心事、所有している車、商品の購買履歴、電力やガスの使用履歴、あるいは自分の健康情報(血圧や心拍数に加え、人間ドックで測定するような詳細な情報)、さらには遺伝子情報といった究極の個人情報まで多岐に渡る。場合によっては、無償で提供するのではなく、金銭と引き換えに「パーソナルデータへのアクセス権」を提供することも想定されている。

 パーソナルデータは「便利さ」と引き換えに提供される。詳細な健康情報を与えることで病気に気づくことができる。趣味や好みを伝えることで欲しい品物がピンポイントで紹介してもらえる。つまり欲望が実現しやすくなるのだ。

「われわれはあなたがどこにいるか知っている。どこにいたかも知っている。あなたが考えていることもおおよそ把握している(We know where you are. We know shere you’ve been. We can more or less know what you’re thinking about.)」
 2010年10月、当時グーグルのCEOであったエリック・シュミット氏は米国の経済誌『ジ・アトランティック』のインタビューを受けた際、このように語っている。

 ビッグブラザーのご託宣だ(『一九八四年』)。これに対して多くの善男善女は「別に悪いことをしているわけでもないから結構だ」と考える人が多いことだろう。しかも相手はAIだ。特定の誰かが覗き見しているわけではない。この安易さが怖い。一昔前まで監視カメラはプライバシーを侵害するという理由で人々から毛嫌いされていた。ところが現在では防犯カメラという名前で人々に安心を与えている。警備会社はホームセキュリティという新しい分野を開拓し、順調に業績を伸ばしている。

 私は映画『トゥルーマン・ショー』を思い出さずにはいられない。トゥルーマンはラストシーンで舞台から去った。満たされた生活よりも自由を選んだのだ。バブル景気が崩壊し、失われた20年を経て人々の価値観は大きく変わった。我々が欲するのは「買う自由」だ。幸福とは「欲しいものを買う」ことであり、自由とは「好きな時に買える」ことを意味する。ここにおいてパーソナルデータの提供を拒む理由はなくなる。

 自分の行動を全て知られてしまえば、これからの行動をコントロールすることが容易になる。ビッグデータは行動経済学や心理学をも実装し、我々の幸福を規定するに違いない。そこに満足はあっても自由はない。

2021-10-10

あなたが1日に使えるエネルギーの総量とその配分の仕方は法則により制限されている/『データの見えざる手 ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』矢野和男


『次のテクノロジーで世界はどう変わるのか』山本康正
『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、ケネス・クキエ

 ・あなたが1日に使えるエネルギーの総量とその配分の仕方は法則により制限されている

『パーソナルデータの衝撃 一生を丸裸にされる「情報経済」が始まった』城田真琴
『マインド・ハッキング あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』クリストファー・ワイリー
『無人の兵団 AI、ロボット、自律型兵器と未来の戦争』ポール・シャーレ
『データ資本主義 ビッグデータがもたらす新しい経済』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、トーマス・ランジ
『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』藤井保文、尾原和啓
『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』キャシー・オニール
・『アフターデジタル2 UXと自由』藤井保文
・『UXグロースモデル アフターデジタルを生き抜く実践方法論』藤井保文、小城崇、佐藤駿
・『アフターデジタルセッションズ 最先端の33人が語る、世界標準のコンセンサス』藤井保文監修

 これらの方程式が自然法則の基本であり、それらがすべて保存則、とくに「エネルギーの保存則」から派生する式だとすれば、「エネルギー」の概念こそが、自然現象の科学的な理解の中心にあることは疑いない。
 実は、このエネルギーの概念が、形を変えてあなたの今日の時間の使い方と関係があるのである。あなたが1日に使えるエネルギーの総量とその配分の仕方は、法則により制限されており、そのせいであなたは意思のままに時間を使うことができないのだ。
 あなたのまわりで起きているあらゆる現象や変化には、エネルギーが必要である。エネルギーはいろいろな形態で蓄積され、あらゆる現象に関わっている。原子力のエネルギーもあれば、化学エネルギーもあれば、熱エネルギーもあれば、電気エネルギーもある。
 エネルギーは形こそ変えるものの、トータルでは、増えもしなければ減りもしない。宇宙も地球も常に変化しているように見える。しかし、エネルギーは一定で増えも減りもしない。
 それでは、なぜ世界は変化するのだろうか。目に見えるあらゆる変化は、実は、エネルギーが別のエネルギー形態に変わることで起こる。たとえば、リンゴが木から落ちるとき、リンゴの重力エネルギーがリンゴの運動エネルギーに変化している。しかし、合計は少しも変化しない。総量は変わらず、その「配分」が変わるのである。
 逆に、配分を変えても実現できない変化は起きない。たとえば、低いところにある物体が、力を加えないのに自然に高いところに昇(ママ)ることはない。これはエネルギーを新たに生み出していることになるからだ。配分を変えることでは実現できない変化である。エネルギーの配分という見方が、科学的に起きうることと起きえないことを明らかにする。
 この300年の物理科学の歴史は、突き詰めれば、あらゆる自然現象をこのように「エネルギーの配分」という統一原理によって説明することであった。

【『データの見えざる手 ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』矢野和男〈やの・かずお〉(草思社、2014年/草思社文庫、2018年)】

 ウェアラブル(wearable)は「着用できる、身につけられる」との意(著者は「ウエアラブル」と表記している)。

 上記テキストは実験データに基づいている。矢野は自ら立ち上げたプロジェクトでリストバンド型ウェアラブルセンサを8年間にわたって装着。1秒間に20回も計測するこのデータによって、いつ寝返りを打ち、いつ作業に集中していたかが解析できる。つまり「左手の動き」という取るに足らないデータであってもビッグデータ化することで思わぬ人間行動や社会現象を探ることが可能になったのだ。

 私は先週の金曜日まで休みなしで21日間働き詰めだった。金曜日はいくつかの予定をやり過ごし、昨日は修理したバイクでツーリングにでも行こうと考えていた。ところが2~3km進んだところで何となく引き返してきた。夜は久し振りにウォーキングをしようと家を出たものの、やはり2~3kmで戻った。何となく疲労の蓄積が霧のように体を取り巻いていた。昨夜は22時に寝た。4時に目が醒めた。再び寝転がった。時計を見ると8時だった。結局起きたのは13時のこと。15時間も寝てしまった。

 私の場合、保存則は睡眠時間にはっきりと現れる。基本的に寝ないと駄目なタイプである。その代わり寝てしまえば、そこいらの男の3倍くらいのパワーを発揮する。

「エネルギーを使えばつかうほど時間が早く進む」という本川達雄の指摘とも重なる(『「長生き」が地球を滅ぼす 現代人の時間とエネルギー』)。多分、竜宮城では時間がゆっくり進んでいたのだろう。浦島太郎が一瞬で老け込んだのもエネルギー量の違いに原因を求めることができよう。

 一つ疑問に思ったことは、スポーツ選手の場合どうなるのか? マラソン選手が短命な事実は知られているが高々数年程度である。その運動量を思えば辻褄が合わないような気がする。

2021-10-09

あらゆる行動がオンラインデータになって個人のIDとして結びつく/『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』藤井保文、尾原和啓


『デジタル・ゴールド ビットコイン、その知られざる物語』ナサニエル・ポッパー
『次のテクノロジーで世界はどう変わるのか』山本康正
『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、ケネス・クキエ
『データの見えざる手 ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』矢野和男
『パーソナルデータの衝撃 一生を丸裸にされる「情報経済」が始まった』城田真琴
『マインド・ハッキング あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』クリストファー・ワイリー
『無人の兵団 AI、ロボット、自律型兵器と未来の戦争』ポール・シャーレ
『データ資本主義 ビッグデータがもたらす新しい経済』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、トーマス・ランジ

 ・あらゆる行動がオンラインデータになって個人のIDとして結びつく

・『BANK4.0 未来の銀行』ブレット・キング
『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』キャシー・オニール

『AI監獄ウイグル』ジェフリー・ケイジ
『ジャック・マー アリババの経営哲学』張燕
『シリコンバレー最重要思想家ナヴァル・ラヴィカント』エリック・ジョーゲンソン
『お金2.0 新しい経済のルールと生き方』佐藤航陽

情報とアルゴリズム
必読書リスト その三

 近年、中国は「デジタル先進国」として注目されています。約14億人の国民が生み出すビッグデータと優秀なIT人材、政府の強力な後押しによって、新たな社会インフラサービスを高スピードで生み出しています。

【『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』藤井保文〈ふじい・やすふみ〉、尾原和啓〈おばら・かずひろ〉(日経BP、2019年)以下同】

 次代の新しい顔が見える。横書きテキストを嫌悪する私が間もなく読了する。見出しデザインに何の工夫もなく、まるで教科書以下の体裁だが内容は超弩級(ちょうどきゅう)である。更に藤井は中国在住だけあって、日本を凌駕するデジタルトランスフォーメーションの実態がありありとわかる。日本の場合、張り巡らされた官僚システムとサラリーマン社長が変容(トランスフォーメーション)を阻害する。

【こうした世界の変化において一番重要なことは、「オフラインがなくなる時代の到来」です】。今まではデータとして取得できなかった消費者のあらゆる行動が、オンラインデータになって個人のIDとして結びつくのです。

 買い物をした時の動き、どこで止まって、どこで迷い、結局何を買ったか、までが掌握されるという。現在はamazonのレコメンド機能(あなたへのおすすめ)など大雑把な商品推薦にとどまっているが、膨大なデータ集積によって自分の欲望にドンピシャリの商品がピンポイントで示されるようになる。

 モバイル決済ツールの浸透、そして、シェアリング自転車などデジタル技術にひも付いた新しいサービスの普及によって、より多くの行動データが集まると、新しいことができるようになります。それが、「信用経済・評価経済の活用」です。

 一時期、中国のニュースが報じられた。個人の信用(与信)をデータ化し、ヤフーオークションのように評価されるシステムだ。

 日本でジーマ・クレジットが報道されることはありますが、その際、負の側面にスポットライトを当て過ぎているように思います。よくある報道は、信用スコアが下がり過ぎて新幹線のチケットが飼えなくなったとか、ディストピア的な管理社会につながるといった悲観的な内容です。私は実際中国に住んでいて、窮屈で肩身の狭い実感はありませ。むしろ、信用スコアのサービスは「データを提供すると点数が上がってメリットがもらえるゲーム」といった印象です。

 その背景には、中国にはこれまでまともな与信管理がなく、多くの人が信用情報を持っていない状態にあったため、個人貸付などがまともにできなかったという現状があります。さらに、都市戸籍を持つ人と農村戸籍を持つ人は生まれながらにして権利が違い、農村戸籍を持つ人が都市に住もうとすると、社会保障・生活保障制度がなく、医療保険も年金もまともに受けられず、家を借りる時にも優先されないという状況でした(現在、中国政府が2020年までにこの格差をなくすと発表し、実現方法を議論しています)。

 続けてこうだ。

 これは私の主観ですが、【信用スコアが浸透してから中国人のマナーは格段に上がった】ように感じられます。(中略)

 中国では文化大革命の後、そうした儒教的な文化や考え方が一度リセットされたのです。そうした状況で信用スコアという評価体系が登場したことで、【「善行を積むと評価してもらえる」】とかンゲルようになりました。文化や習慣ではできなかったことが、データとIT技術によって成し遂げられようとしているのです。

 善行の点数制だ。陰徳のデータ化。ありとあらゆるものが「見える」ようになったら、どんな社会が出現するのだろう? 全てのデータを管理するAIが神の位置に君臨するのは確実だ。無駄がなくなり、合理化が限界まで推進した暁に待ち受ける世界象がどうも浮かんでこない。一定の必要悪を認めなければ、何らかの圧力が社会のそこかしこに形成されることだろう。

 なんだかんだとケチをつけたがるのは私が古い時代の人間であるためだ。人間と人間は自ずと信頼関係を結べる。とは言うものの、バブル崩壊以降、人間と人間が分断されバラバラになってきたのも確かな事実だ。既に人間関係ですら非正規化しつつある。そんな世紀末状況にある中で、AIやビッグデータというツールを利用して、再び人と人とが信じ合える世界を構築できるとすれば、その推進を妨げることはできない。ただし人間の身体能力や感性が劣化しなければ、という条件付きである。

2021-09-04

ロボットは「自動的に動く」存在から「自律的に動く」存在へ/『AIは人類を駆逐するのか? 自律(オートノミー)世界の到来』太田裕朗


『人類が知っていることすべての短い歴史』ビル・ブライソン
『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ
『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ
『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』テンプル・グランディン、キャサリン・ジョンソン
・『人間原理の宇宙論 人間は宇宙の中心か』松田卓也
全地球史アトラス
『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル

 ・ロボットは「自動的に動く」存在から「自律的に動く」存在へ

『トランセンデンス』ウォーリー・フィスター監督
『LUCY/ルーシー』リュック・ベッソン監督、脚本
『Beyond Human 超人類の時代へ 今、医療テクノロジーの最先端で』イブ・ヘロルド
『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』ケヴィン・ケリー
・『養老孟司の人間科学講義』養老孟司
『隠れた脳 好み、道徳、市場、集団を操る無意識の科学』シャンカール・ヴェダンタム
『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ
『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』ユヴァル・ノア・ハラリ
『文明が不幸をもたらす 病んだ社会の起源』クリストファー・ライアン

情報とアルゴリズム

「ロボットによって暮らしが便利になるなら、とにかくいいことなのでは?」
 そう思う方もいるかもしれませんが、事はそう単純ではありません。なぜなら、これからのAIが搭載されたロボットは、「自動的に動く」存在から「自律的に動く」存在へと、さらに劇的に転換していくからです。(中略)
 ロボットが自律的に動くとは、それが自律性(オートノミー:autonomy)を獲得していることを意味します。自律とは「自らを律する」と字のとおり、他の支配を受けず、自分が持つ規律に従って行動を設計し、実行することです。

 自分の行動を選択するとき、人間なら身体的な感覚や感情、さらには道徳や倫理まで動員して、意思決定を行います。「私は~したい」「~すべきだ」「~すべきではない」という内発的な決断を通して、行動に移ります。
 人間には、長い進化の歩みの中で獲得された生存意欲があります。本能と呼ばれるものです。人間のあらゆる意思決定の根底には、それが生存にどう寄与するかということに翻訳され、ある意味でスコア化されたものがあるのです。
 では、ロボットはどうなのか。生きた肉体を持たないロボットが、生存価値を最上位とする本能を自分の力で身に付けることはありません。何が価値あるものなのか、その根本を自分でゼロから探し出すことはできないのです。しかし、ロボットに行動の選択をさせるためには、価値判定のための何らかのルールが必要です。結局それは、人間が授けるものになるでしょう。

【『AIは人類を駆逐するのか? 自律(オートノミー)世界の到来』太田裕朗〈おおた・ひろあき〉(幻冬舎、2020年)】

「自律的に動くロボット」とは我々のことではないだろうか? 競争というルールの下(もと)で勝ち上がった者が選良(エリート)のメダルを手に入れる。資本主義社会で行われるのはマネー獲得ゲームである(「我々は意識を持つ自動人形である」)。

 テクノロジー進化の速度がシンギュラリティ(特異点)を超える時、自律型ロボットはロボット同士で通信を始め、ロボット集合体が超個体と化す。ヒトは農業や都市化において超個体性を発揮するが、残念ながら最大限に発揮されるのは戦争である。つまり人類は永続性のある超個体にまでは進化できていない。まだまだシロアリやハキリアリにも劣る存在だ。

 ロボットとヒトの上下関係を決定するのは超個体性である。ロボットが人間以上の想像力を発揮してロボットを作ることができれば、人類が必要とされるのは奴隷労働しかなくなるかもしれない。我々がかつてロボットに行わせていたことを、今度は我々がやる羽目になるのだ。

 感情の意味は共感するところにあり、超個体性へと誘(いざな)う目的があったと思われる。神話や宗教が説くのは正しい感情の方向性なのだろう。産業革命を通して人々の仕事が農業から工業へと移り変わると、コミュニティは村(地域)から会社へと変化した。近代化の意味はこの辺りから探るのが適切だろう。

 コーポレーションは現代の超個体と言い得るが、さほど永続性がない。更に役割分担(人事や分業)がデタラメで有用な超個体性を発揮しているとは思えない。軍事ほどの計画性を欠いており、死の覚悟はどこにも見当たらない。その意味からいえば宗教の方が成功しているように見える。殉教という一点において。しかも信者は喜んで税金を支払う。

 人類は感情の意味を問い直す時期を迎えつつある。マスメディアから流れてくる情報を一瞥しても感情の有益よりも害悪を思わせるものが圧倒的に多い。そして業(ごう)を形成するのもまた感情なのだ。バイアスが世界を歪める。晴朗かつ豊かな感情で人類が結びつかない限り、ロボットの未来が待ち受けている。

2020-12-22

プロパガンダ装置として作動するフェイスブック/『マインド・ハッキング あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』クリストファー・ワイリー


・『トゥルーマン・ショー』ピーター・ウィアー監督
『すばらしい新世界』オルダス・ハクスリー
『一九八四年』ジョージ・オーウェル
『服従の心理』スタンレー・ミルグラム
『予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』ダン・アリエリー
『ソクラテスはネットの「無料」に抗議する』ルディー和子
SNSと心理戦争 今さら聞けない“世論操作”

 ・プロパガンダ装置として作動するフェイスブック

『アメリカ民主党の崩壊2001-2020』渡辺惣樹
『デジタル・ゴールド ビットコイン、その知られざる物語』ナサニエル・ポッパー
『次のテクノロジーで世界はどう変わるのか』山本康正
『無人の兵団 AI、ロボット、自律型兵器と未来の戦争』ポール・シャーレ
『データの見えざる手 ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』矢野和男
『パーソナルデータの衝撃 一生を丸裸にされる「情報経済」が始まった』城田真琴
『データ資本主義 ビッグデータがもたらす新しい経済』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、トーマス・ランジ
『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』藤井保文、尾原和啓
『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』キャシー・オニール
『快感回路 なぜ気持ちいいのかなぜやめられないのか』デイヴィッド・J・リンデン
『もっと! 愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』ダニエル・Z・リーバーマン、マイケル・E・ロング
『ストーリーが世界を滅ぼす 物語があなたの脳を操作する』ジョナサン・ゴットシャル

必読書リスト その五

  「デジタルコモンズ」一大拠点で進む社会の分断

 数億人ものアメリカ人がフェイスブックユーザーになっている。写真をシェアしたり、セレブをフォローしたりできる「楽しくて無害な場所」と思って。友人とつながり、ゲームやアプリで退屈しのぎをするのに「便利な場所」と思って。フェイスブックからは、「ここは人と人とをつなげてコミュニティーをつくる場所」との説明を受けている。実はここに落とし穴がある。同社が描くコミュニティーの世界では、同類が集まるコミュニティーが無数に誕生し、それぞれが隔離されているのだ。
 フェイスブックはユーザーを観察し、投稿を読み、友人との交流を調べる。そのうえでアルゴリズムを使ってユーザーをカテゴリー化し、デジタルコミュニティーをつくる。個々のデジタルコミュニティーを構成するのは、フェイスブックが「ルックアライク(類似した消費傾向や行動様式を持つユーザー)」と呼ぶ同類だ。もちろん目的はターゲティング広告。それぞれのカテゴリー用にカスタム仕様にしたナラティブを渡すわけだ。ユーザーの大半は自分が特定のカテゴリーに入れられているとは気付かないし、ほかのカテゴリーから切り離されているとも気付かない。当然のことながら、ルックアライクごとのカテゴリー化が進めば進むほど、社会がますます分断されていく。これがソーシャルメディアの実態だ。
 アメリカはソーシャルメディアを生誕地として、ニュースフィードやフォロワー、「いいね!」、者絵などで成り立つ「デジタルコモンズ(デジタル共有資源)」の一大拠点になった。気候変動は海岸線や森林、野生生物に少しずつゆっくりと影響を及ぼしており、全体像を把握するのは難しい。ソーシャルメディアも同じで、社会にどんな影響を及ぼしているのか、全体像は簡単には把握できない。
 それでも個別事例は確認できる。ソーシャルメディアが猛威を振るい、突如として国全体を揺るがすこともあるのだ。2010年代半ばのこと。フェイスブックはミャンマーに参入して急成長し、人口5300万人の同国であっという間に2000万人のユーザーを得た。同社のアプリはミャンマーで売られるスマホの多くにプリインストールされ、国民にとって主要なニュースソースになった。
 17年8月、フェイスブック上でヘイトスピーチが拡散した。イスラム系少数民族ロヒンギャを標的にし、「イスラム教徒のいないミャンマー」といったナラティブが流れたり、地域一帯の民族浄化を求める声が広がったりしていた。このようなプロパガンダを用意して拡散させたのは、情報戦を展開する軍部だった。ロヒンギャの戦闘員が警察施設を襲撃すると、ミャンマー軍はオンライン上での支持拡大をテコにして大規模な報復に出た。何万人にも上るロヒンギャ族を殺害したり、れいぷしたり、重傷を負わせたりしたのである。軍部以外も虐殺に加担し、フェイスブック上ではロヒンギャ攻撃を求める動きが強まる一方だった。ロヒンギャの村落が焼き払われ、70万人以上のロヒンギャ難民が国教を越えてバングラデシュに流れ込んだ。
 そんななか、フェイスブックはミャンマー内外の団体から繰り返し非難された。結局、やむにやまれず行動を起こした。自社プラットフォーム上からロヒンギャの反政府勢力を排除したのだ。ミャンマー軍と親政府勢力はそのままにして。当然ながらロヒンギャに対するヘイトスピーチはその後も拡散し続けた。国連はミャンマーの状況について「教科書に出てくるような民族浄化の典型例」と糾弾していたのに、フェイスブックの耳には届かなかったようだ。
 18年3月、国連はついに「ロヒンギャの民族浄化でフェイスブックは決定的役割を果たした」と結論した。フェイスブックはフリクションレス(ストレスがなくスピーディーという意味)な設計思想に基づいているから、ヘイトスピーチを信じられないようなスピードで拡散させ、暴力を助長する格好になった。これに対するフェイスブックの反応はよそよそしく、まさにオーウェリアン(全体主義的な監視社会)的だった。4万人の民族浄化に加担したと指摘されたのに、「われわれはヘイトスピーチや暴力的コンテンツの排除に全力で取り組んでいます。プラットフォーム上にはヘイトも暴力も入り込む余地はありません」との声明を出したのだ。これを読んで世界各地の独裁者はどう思っただろうか。独裁体制を維持するうえでフェイスブックほど頼りになる民間企業はない、と結論したのではないだろうか。
 インターネットの誕生によって素晴らしい世界が到来する――。最初はインターネットに対する期待は大きかった。人と人を隔てるバリアが取り払われ、突如として誰もが世界中の誰とでも話ができるようになるのだから。
 実際には違う世界が現れ、現実社会の問題を増幅させている。人々はソーシャルメディア上で何時間も過ごし、似たような思考や趣味を持つユーザーをフォローする。そのうち地区別にキュレーションされたニュース記事を読むようになる。キュレーションを行っているのはフェイスブックのアルゴリズムであり、アルゴリズムの唯一の“道徳規範”はクリックスルー率(インターネット広告の効果を測る指標)だ。
 これは何を意味しているのか。キュレーションされたニュース記事は一元的な価値観を前面に出し、ユーザーをクリック中毒のような極端な行動に走らせる。結果として起きるのが「認知セグリゲーション (隔離)」だ。ユーザーはそれぞれの「情報ゲットー」へ隔離され、その延長線上で現実社会の分断を引き起こす。フェイスブックが言う「コミュニティー」は、実は「ゲーテッドコミュニティー」なのだ。

【『マインド・ハッキング あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』クリストファー・ワイリー:牧野洋〈まきの・よう〉(新潮社、2020年)】

 鈴木傾城〈すずき・けいせい〉のブログで「フェイスブックを使うと個人情報がバレバレになる」との記述を読み、私は直ちに撤収した。半年ほどしか使っていなかったこともあり特に不便は感じなかった。少し経ってGoogle+のサービスが終了した。SNS覇権を制したのはフェイスブック、ツイッター、インスタグラムで、フリッカーやタンブラーは出遅れた感がある。

 本書はロシアゲート問題の重要な証言である。クリストファー・ワイリーはカナダ生まれで、10代から選挙運動に関わってきたコンピュータプログラマーだった。マイクロターゲティングという手法を編み出し、アルゴリズムで「特定のグループに分類された人々の行動や興味・関心、意見等をデータ解析によって予見し、そこから彼らにとって最も効果的な反応を引き出すメッセージが発信される」(Wikipedia)。

 彼に目をつけたのがイギリスのケンブリッジ・アナティリカ社(以下CA社)でワイリーを引き抜き、ケニア大統領選挙でケニヤッタ陣営の選挙運動全般を請け負い、ハニートラップをも駆使して勝利に導いた。ナイジェリアの大統領選挙にも介入し実績を積み重ねた。

 15年発表の研究論文──執筆者はヨウヨウ、コシンスキー、スティルウェルの3人──によれば、人間行動の予測という点では、フェイスブックの「いいね!」を利用するコンピューターモデルは圧倒的なパフォーマンスをたたき出す。
 Aの行動を予測するとしよう。「いいね!」10個で、Aの職場の同僚よりも正確に予測できる。150個で、Aの家族よりも正確に予測できる。300個で、Aの配偶者よりも正確に予測できる。なぜこうなるのか? 友人や同僚、配偶者、両親はAの人生の一面しか見ていないからだ。

トランプ当選のためSNSから8700万人分の個人情報を抜き取った男の手口 巧妙な「性格診断アプリ」というワナ | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

 ワイリーはフェイスブック経由で「マイパーソナリティー」という性格診断アプリをダウンロードさせることで個人情報を掌握し、更には友人関係の情報まで芋づる式に掻き集めた。アメリカから風采の上がらない中年男性がやってきた。スティーブ・バノンである。バノンはCA社にロバート・マーサーと娘のレベッカを紹介した。アメリカ保守系の超タカ派で共和党の有力スポンサーだ。CA社はマイクロターゲティングを用いてトランプ陣営のバックアップに取り組む。ワイリーは知らなかったがCA社はロシアとも深い関係を結んでいた。

 フェイスブック社のデータ管理は元々杜撰な上、データ研究を推奨していた。フェイスブックはプログラマーからすれば十分過ぎる情報の宝庫であった。

 これを「心理戦版大量破壊兵器」と呼ぶのが適当かどうかは微妙だ。なぜなら「緻密なマーケティング」とも言い得るからだ。つまりマインド・ハッキング(原題は「Mindf*ck」)か誘導かがはっきりしないのだ。これをマインドハックとしてしまえば全ての宣伝広告はマインドハックになってしまう。

 文章が巧みでIQの高さが窺えるが、如何せん初めにトランプ批判ありきで妙な政治色を帯びている。トランプ批判が具体的であるのに対して、オバマを一方的に持ち上げるのは彼がゲイであるため民主党に肩入れしているようにしか見えない。

 オバマ政権に関しては北野幸伯〈きたの・よしのり〉が前半は駄目だったが、後半は米国にとってよい政権だったと指摘している。

 尚、訳者の牧野洋は武田邦彦を個人攻撃したファクトチェック・イニシアティブのアドバイザーを務めていることを付記しておく。



CNN.co.jp : トランプ大統領、駆け込みで恩赦と減刑 ロシア疑惑で有罪の2人も
行動嗜癖を誘発するSNS/『僕らはそれに抵抗できない 「依存症ビジネス」のつくられかた』アダム・オルター

2019-06-20

マネーによる民主政/『デジタル・ゴールド ビットコイン、その知られざる物語』ナサニエル・ポッパー


『エンデの遺言 「根源からお金を問うこと」』河邑厚徳、グループ現代

 ・マネーによる民主政

・『今だからこそ、知りたい「仮想通貨」の真実』渡邉哲也
『次のテクノロジーで世界はどう変わるのか』山本康正
『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、ケネス・クキエ
『パーソナルデータの衝撃 一生を丸裸にされる「情報経済」が始まった』城田真琴
『マインド・ハッキング あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』クリストファー・ワイリー
『無人の兵団 AI、ロボット、自律型兵器と未来の戦争』ポール・シャーレ
『データ資本主義 ビッグデータがもたらす新しい経済』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、トーマス・ランジ
『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』藤井保文、尾原和啓
『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』キャシー・オニール
『シリコンバレー最重要思想家ナヴァル・ラヴィカント』エリック・ジョーゲンソン

情報とアルゴリズム
必読書リスト その三

 新しいタイプの通貨を創るなどという考えは、多くの人には奇異で無意味な企てに思えるだろう。現代に生きるほとんどの人は当たり前のように、通貨とは各国が発行する紙幣や硬化だと思っている。通貨を発行する権限こそ、国家の有するもっとも重要な力の一つであり、それはバチカン市国やミクロネシアなどの小国であっても変わらない。
 しかし、これは比較的新しい現象なのだ。アメリカも南北戦争までは流通している貨幣の多くは民間銀行が発行したものであり、多種多様な貨幣が混在していた。そして発行元の銀行が倒産すれば紙屑になった。当時は多くの国が、他国が発行した硬貨を使っていた。
 金(きん)、貝殻、石片、桑白皮(ソウハクヒ)など、人類が飽くことなく通貨のよりよい形態を探すなかでは、こうした状況が長いあいだ続いてきた。
 通貨のよりよい形態を探すことは、身のまわりのモノの価値を測るための、より信頼性の高い、そして統一的方法を見つけることである。材木1本、1日分の大工仕事、森を描いた絵画など、さまざまなモノの価値を信頼性のあるかたちで比較できる単一の指標である。社会学者ナイジェル・ドッドの言葉を借りれば、よい通貨とは「さまざまなモノの質的違いを量的違いに転換し、交換できるようにするもの」だ。
 サイファーバンクのめざす通貨は、通貨のもつ標準化という特徴をとことん追求し、どこでも使える普遍的なものった。国境を越えるたびに両替しなければならないなどの制約の多い国ごとの通貨とは違う。

【『デジタル・ゴールド ビットコイン、その知られざる物語』ナサニエル・ポッパー:土方奈美〈ひじかた・なみ〉訳(日本経済新聞出版社、2016年)以下同】

 読んで直ぐ必読書に入れた。しばらくして外した。ビットコインの理念は崇高なものだが現在の金融システムを支配している連中が黙って見過ごすわけがない。実際に私は本書を読んで仮想通貨を購入し、更に渡邊本を読んでから売却した。直後に私が利用していた取引所のZaifで不正アクセスによる70億円の不正出金が発覚した。

 大衆消費社会では神を信じる人も神を信じないも、お金の価値だけはしっかりと信じている。マネーこそは現代の神であり誰もが疑うことのない常識だ。ところが我々は財布の中の紙幣や硬貨がどのような仕組みで生まれているかを知らない。金融機関に勤めている人でも信用創造を理解する人は稀だ。

 1971年8月15日のニクソン・ショックによってブレトン・ウッズ体制は崩壊した。兌換(だかん)紙幣の終焉はマネーの仮想化を意味する。金(ゴールド)の裏づけを失った紙切れを信用の名の下で交換する行為はまさに宗教的である。

 エリックがビットコインの世界に飛びこんだ理由はカネであってカネではなかった。フェイスブックの投稿でビットコインの存在を知った直後から、その価値が天文学的ペースで成長するだろうと予測できた。しかしそうした成長は、ビットコインの複雑なソースコードによって、ウォール街の金融機関や各国政府など既存の権力構造が覆(くつがえ)された結果、実現するものだとずっと信じていた。インターネットが郵便制度やメディ業界にもたらした変化が、金融世界でも起きると思っていた。ビットコインが成長すれば金持ちになれるだけでなく、政府が勝手に戦争にカネを出すようなまねはできなくなり、個人が自分のおカネと運命を管理できる、もっと正しく平和な社会が実現するのだと見ていた。

 つまりビットコインの理念はマネーによる民主政といってよい。インターネットは距離と時間の革命であった。通貨を管理するのは国家であり、国内で使用すれば税が課され、外国と取引すれば為替レートに振り回され、更に両替手数料が発生する。第二次世界大戦以降は米ドルが基軸通貨となっておりオイルや兵器の支払いは米ドルで行われれる。サダム・フセインは原油のユーロ決済を認めたことで殺された。

「お金とは何か?」を我々は教えられてこなかった。税についても同様である。日本国憲法では納税が国民の義務と規定されているが、政府や官僚には何の義務も課されておらず血税を湯水の如く無駄遣いする温床となっている。

 アメリカの金融とメディアを牛耳っているのはユダヤ資本である。アメリカの中央銀行であるFRB(連邦準備銀行)は日銀などとは異なり完全な民間会社である。アメリカ政府は一株も持っていない。FRBがドルを印刷して米国債を購入する。FRBは紙と印刷代だけで国債の利息を手に入れるのである。つまり発行されるドルはそのまま米国民の債務となる。銀行券ではなく債券証書なのだ。

 大統領のリンカーンやケネディは政府による通貨発行を企てて暗殺された。とすればビットコインがどれほど優れた技術に裏づけられたとしてもドル基軸体制を揺るがすことは考えにくい。

 正真正銘の良書である。ただし仮想通貨には手を出すな。

2017-12-31

テクノロジーは人間性を加速する/『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』ケヴィン・ケリー


『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル
『AIは人類を駆逐するのか? 自律(オートノミー)世界の到来』太田裕朗
『Beyond Human 超人類の時代へ 今、医療テクノロジーの最先端で』イブ・ヘロルド
『インフォメーション 情報技術の人類史』ジェイムズ・グリック
『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、ケネス・クキエ
『デジタル・ゴールド ビットコイン、その知られざる物語』ナサニエル・ポッパー

 ・テクノロジーは人間性を加速する

必読書リスト その五

 現在の生活の中のどんな目立った変化も、その中心には何らかのテクノロジーが絡んでいる。テクノロジーは人間性を加速する。テクノロジーによって、われわれが作るものはどれも、何かに〈なっていく〉(ビカミング)プロセスの途中にある。あらゆるものは何か他のものになることで、【可能性】から【現実】へと撹拌(かくはん)される。すべては流れだ。完成品というものはないし、完了することもない。決して終わることのないこの変化が、現代社会の中心軸なのだ。
 常に流れているということは、単に「物事が変化していく」以上の意味を持つ。つまり、流れの原動力であるプロセスの方が、そこから生み出される結果(プロタクト)より重要なのだ。過去200年で最大の発明は、個別のガジェットや道具でなく、科学的なプロセスそのものだ。ひとたび科学的な方法論が発明されれば、それなしでは不可能だった何千ものすばらしいものをすぐに創れるようになる。方法論として常に変化し進歩するというプロセスは、ある特定のプロダクトを作り出すより100万倍も優れ、おかげで何世紀にもわたって100万もの新しいプロダクトを生み出してくれた。現行のプロセスを正しく使えば、それは今後も利益を生み出していくだろう。われわれの新しい時代には、プロセスが製品(プロダクト)を凌駕するのだ。
 プロセスへと向かうこうした変化によって、われわれが作るすべてのものは、絶え間ない変化を運命づけられる。固定した名詞の世界から、流動的な動詞の世界に移動していく。

【『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』ケヴィン・ケリー:服部桂〈はっとり・かつら〉訳(NHK出版、2016年)】

 飛行機に乗ったスー族は空港で魂が到着するのを待った(『裏切り』カーリン・アルヴテーゲン)。そしてエネルギーを使えばつかうほど時間が早く進む(『「長生き」が地球を滅ぼす 現代人の時間とエネルギー』本川達雄)。新たなテクノロジーがエネルギーを最大化する。ここにイノベーション(技術革新)の本質がある。

「まえがき」がまだるっこしくて読むのを躊躇(ちゅうちょ)したが、本文に入るやいなや独創性あふれる視点と文体に引きずり込まれた。「プロダクトよりもプロセスが重要だ」という指摘はツイッターを見れば明らかだ。新聞やブログなどの固定した記事よりも、返信・引用・リツイートという「流れ」に人々は注目する。かつての掲示板(BBS)は議論することが目的だった。ところがツイッターは基本的につぶやき(独語)である。情報の取捨選択は自分に委ねられている。膨大な数のツイートがあたかも脳内のシナプスのように発火し、つながり、回路を形成してゆく。いつの日か優れた知性と感情が世界を覆い尽くすようになれば、その流れは「神」と呼ばれてもおかしくはない(『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル)。

 ここでクリシュナムルティの『人はどのようにして変容し、「なる」(ビカミング)から「ある」(ビーイング)ことへのこの根源的変化を起こしたらいいのでしょう?』(『自由とは何か』J・クリシュナムルティ)との提起を引用するのは場違いだ。ケヴィン・ケリーが指摘する「ビカミング」は人類全体が種(しゅ)として変化する様相を指すのだ。

 ヒトは言葉を生み、文字を発明した。紙、印刷技術、通信、ラジオ、テレビ、そしてコンピュータ、インターネットに至るイノベーションは「人類が一つになる」方向を目指している。邪悪と凡庸は恐るべきスピードで淘汰(とうた)されてゆくことだろう。

 誰かに言われた一言や一冊の本が人生を変えることは決して珍しいことではない。新しい時代はそれが日常的かつ連続的に起こるのだ。融合することで個の影は薄くなる。これがネット時代の諸法無我だ。「私は変わった」ではなく、「変わり続ける流れが『私』」となる。

 つまり大脳新皮質の外側を覆うべく、インターネットを介して大脳超新皮質が誕生するのだ。

2017-09-18

相関関係が因果関係を超える/『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、ケネス・クキエ


『複雑系 科学革命の震源地・サンタフェ研究所の天才たち』M・ミッチェル ワールドロップ
『歴史は「べき乗則」で動く 種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学』マーク・ブキャナン
『複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線』マーク・ブキャナン
『急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則』マルコム・グラッドウェル
『インフォメーション 情報技術の人類史』ジェイムズ・グリック
『デジタル・ゴールド ビットコイン、その知られざる物語』ナサニエル・ポッパー
『次のテクノロジーで世界はどう変わるのか』山本康正

 ・相関関係が因果関係を超える

『正論』2021年6月号
『データの見えざる手 ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』矢野和男
『パーソナルデータの衝撃 一生を丸裸にされる「情報経済」が始まった』城田真琴
『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』ケヴィン・ケリー
『無人の兵団 AI、ロボット、自律型兵器と未来の戦争』ポール・シャーレ
『データ資本主義 ビッグデータがもたらす新しい経済』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、トーマス・ランジ
『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』藤井保文、尾原和啓
『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』キャシー・オニール
『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』ユヴァル・ノア・ハラリ

必読書リスト その三

 現時点でビッグデータの捉え方(と同時に、本書の方針)は、次のようにまとめることができる。「小規模ではなしえないことを大きな規模で実行し、新たな知の抽出や価値の創出によって、市場、組織、さらには市民と政府の関係などを変えること」。
 それがビッグデータである。
 ただし、これは始まりにすぎない。ビッグデータの時代には、暮らし方から世界との付き合い方まで問われることになる。特に顕著なのは、相関関係が単純になる結果、社会が因果関係を求めなくなる点だ。「結論」さえわかれば、「理由」はいらないのである。過去何百年も続いてきた科学的な慣行が覆され、判断の拠り所や現実の捉え方について、これまでの常識に疑問を突きつけられるのだ。
 ビッグデータは大変革の始まりを告げるものだ。望遠鏡の登場によって宇宙に対する認識が深まり、顕微鏡の発明によって細菌への理解が進んだように、膨大なデータを収集・分析する新技術のおかげで、これまではまったく思いもつかぬ方法で世の中を捉えられるようになる。やはりここでも真の革命が起こっているのは、データ処理の装置ではなく、データそのもの、そしてその使い方だ。

【『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、ケネス・クキエ:斎藤栄一郎訳(講談社、2013年)】

 いやはや吃驚仰天(びっくりぎょうてん)の一書だ。刊行されてから4年も本書に気づかなかった不明を恥じた次第である。

 Google社が検索データからインフルエンザを予測した。Googleでは1日に30億件以上の検索が実行されるが、上位5000万件の検索キーワードを抽出し、4億5000万に上る膨大な数式モデルを使って分析した。その結果、特定の検索キーワード45個と特定の数式モデルを組み合わせると、米国疾病予防管理センター(CDC)の公式データと高い相関関係を示した。

 これだけでも凄いのだが、CDCのデータには風邪をひいてから病院へ行くまでの時間やデータ調査にまつわる時間(週に一度)などのタイムラグがあるが、Googleの予測はほぼリアルタイムなのだ。つまりビッグデータによる予測という点では【相関関係が因果関係を超える】。これが驚かずにいられようか。

 科学的視点に立てば相関関係を因果関係と混同するところに誤謬(ごびゅう)が生じる。

相関関係=因果関係ではない/『精神疾患は脳の病気か? 向精神薬の化学と虚構』エリオット・S・ヴァレンスタイン
相関関係と因果関係の違いが一発でわかる具体例5選

「あなたが不運なのはご先祖様をきちんと供養していないからだ」ってなわけだよ。「祈ったから病気が治った」「高価な壷を買って人生が好転した」なんてのも同様だ。

 ところが膨大なデータから浮かび上がる相関関係は未来予測を可能にする。「風が吹けば桶屋が儲かる」のは因果関係を辿ったものだが、ビッグデータは風が吹く前にネズミ捕りが売れることを予測するのだ。

 ビッグデータはさながら人の無意識を思わせる。「巨大で複雑なデータ集合の集積物」(Wikipedia)が阿頼耶識(あらやしき)であるとするならば、データマイニングは一種の悟りなのかもしれない。



有害で悪質な数学破壊兵器のフィードバックループ/『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』キャシー・オニール