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2018-01-28

赤い季節/『北朝鮮利権の真相 「コメ支援」「戦後補償」から「媚朝派報道」まで!』野村旗守編


 作家の小田実氏は朝鮮総聯の手引きで訪朝し、77年1月から雑誌『潮』に「『北朝鮮』の人びと」を連載したが、その中で何度も公式視察を離れて、あてずっぽうに「なだれこみ」取材をしたと誇らしげに書いている。しかしこの取材も北朝鮮側が巧妙に仕組んだヤラセである疑いが強い。小田氏は「テレビはどこの家にももっているだろう。冷蔵庫もたいていの家にはあった」と書いているが、小田氏の見た家は特権階級である党幹部などの家ではないのか。亡命者の話では70年代では、平壌を除く地域では一般家庭で冷蔵庫は無論、テレビを持っているのは特権階級の家だけだった。
 小田実氏の北朝鮮ルポは、北朝鮮をいたく満足させたらしい。77年1月、北朝鮮から朝鮮総聯に伝達された「77年度総聯の事業方針」の中に「小田実のような人物を2~3名工作獲得すること」との項目があったという。

【『北朝鮮利権の真相 「コメ支援」「戦後補償」から「媚朝派報道」まで!』野村旗守〈のむら・はたる〉編(宝島社、2003年)】

 目立たぬ情報に真実がある。小田実〈おだ・まこと〉といえば左翼の大物で“北朝鮮を「地上の楽園」と賛美するキャンペーンを行った進歩的文化人を代表する一人でもあった”(Wikipedia)。そのうえ内縁関係にあった水墨画家の玄順恵(ヒョン・スンヒェ)は在日コリアンだった。北朝鮮にとって「これ以上はない」人選であろう。昔はテレビにもよく出ていた。猫背で傲岸不遜を絵に描いたような人物だった。

『潮』は創価学会系の月刊誌である。上記記事からすっぽり抜け落ちているのは「創価学会も赤い季節に染まっていた」事実だ。在日朝鮮人の帰還事業(1950年代~84年)では相当数の創価学会員が北朝鮮に渡っており、昭和40年(1965年)前後の池田会長講演では「南鮮・北鮮にも我が同志がいる」旨が語られている。

 もともと公明党は結党以来、大衆福祉を掲げて登場したわけだから左翼との親和性は十分にあった。1970年代以降に創価学会が推し進めた反戦・平和路線はポリティカル・コレクトネスそのものだ。しかも日中国交回復(1972年)の橋渡しをしたのは公明党の竹入義勝委員長(当時)だった。

 創価学会にとって日中国交回復は最大の成果である。西園寺一晃〈さいおんじ・かずてる〉を始めとする親中左翼の一部は今尚、池田の民間外交を絶賛し続けている。最大の皮肉は言論出版妨害事件の火消し役を務めた田中角栄がキッシンジャーによってロッキード事件(1976年)で葬られたことだ(『この国の不都合な真実 日本はなぜここまで劣化したのか?』菅沼光弘/『日本人が知らないではすまない 金王朝の機密情報』菅沼光弘)。

 また日本に次いで創価学会員が最も多いのは韓国である。創価学会の様々なロビー活動によって1990年代あたりから弾圧の手が緩くなり、社会的にも肯定されるようになった。こうした背景もあり創価学会の親中・親韓路線は徹底している。

 戦後の復興期から高度経済成長において日本共産党と創価学会にはそれぞれ社会的な役割が確かにあった。日本の大衆を糾合し得たのも事実である。だが彼らの思想や運動は日本を変えるまでには至らなかった。そして中国が強大な力を持ち、牙を剥(む)いて日本に襲い掛かろうとする今、左翼と創価学会はとんでもないお荷物となって憲法改正を阻んでいる。さすがにこの状況を予測し得た人物はいなかったことだろう。

 北朝鮮に拉致された市川修一さんと増元るみ子さんは創価学会員だ。家族は公明党の最高幹部に救出を切望したが、その場しのぎの返事しか返ってこなかった。「一人の人を大切に」と教える創価学会が実は拉致被害者を大切にしていないのである。彼らが説く世界平和も同様で、チベット・ウイグル・パレスチナ・台湾などが完全に無視されている。

2014-12-07

朝鮮併合~日本企業による開発/『日本人が知らないではすまない 金王朝の機密情報』菅沼光弘


『日本はテロと戦えるか』アルベルト・フジモリ、菅沼光弘:2003年
『この国を支配/管理する者たち 諜報から見た闇の権力』中丸薫、菅沼光弘:2006年
『菅沼レポート・増補版 守るべき日本の国益』菅沼光弘:2009年
『この国のために今二人が絶対伝えたい本当のこと 闇の世界権力との最終バトル【北朝鮮編】』中丸薫、菅沼光弘:2010年
『日本最後のスパイからの遺言』菅沼光弘、須田慎一郎:2010年
『この国の権力中枢を握る者は誰か』菅沼光弘:2011年
『この国の不都合な真実 日本はなぜここまで劣化したのか?』菅沼光弘:2012年

 ・朝鮮併合~日本企業による開発
 ・日朝国交正常化をを二度に渡って阻んだアメリカ
 ・北朝鮮は核開発の基礎を日本で学んだ

『国家非常事態緊急会議』菅沼光弘、ベンジャミン・フルフォード、飛鳥昭雄:2012年
『この国はいつから米中の奴隷国家になったのか』菅沼光弘:2012年
『誰も教えないこの国の歴史の真実』菅沼光弘:2012年
『この世界でいま本当に起きていること』中丸薫、菅沼光弘:2013年
『神国日本VS.ワンワールド支配者』菅沼光弘、ベンジャミン・フルフォード、飛鳥昭雄
『日本を貶めた戦後重大事件の裏側』菅沼光弘:2013年

 大韓民国は建国からわずか65年という歴史のなかで、300万人以上の韓国人が「脱南者」としてアメリカに行ってしまったと言われています。このままでいったら韓国はどんどんおかしくなっていくばかりです。

【『日本人が知らないではすまない 金王朝の機密情報』菅沼光弘(徳間書店、2012年)以下同】

 北朝鮮を脱出する脱北者は知っていても脱南者を知る人はいないだろう。私も初耳だ。ただし韓国議会の混乱や、強姦が多い(「2013年の10万人あたりのレイプ発生率」国連調べでは33.7でワースト4位/※『SAPIO』の間違い記事 「韓国の強姦は日本の40倍」も参照せよ)社会情況を思えば、モラルの低さは何となく伝わってくる。

 発展する韓国経済を牽引(けんいん)しているのは財閥企業で恐るべき格差が進行するとも聞く。しかも金融や株式の多くを外国人投資家に牛耳られているため国内に富が蓄積されない現状がある。韓国企業は他国の技術をパクり技術開発を怠ってきたので、何かの拍子で一気に崩壊へ傾くことは十分あり得る。

 私は日本の近代史に疎(うと)いため、菅沼本を読むたびに蒙(もう)が啓(ひら)かれる思いがする。韓国併合は植民地化ではなかったが事実上、日本は宗主国であったといってよい。

 教育をみてもソウル大学の前身は1924年に設立された京城帝国大学です。京城帝国大学ができて、そこの歴史学科で彼らは初めて朝鮮の歴史というものを学んだのです。李王朝の時代は歴史もなかった。年号すらなかった。あったのは中国の歴史であり、中国の年号です。

 迂闊(うかつ)にも私は知らなかったのだが韓国併合の韓国とは大韓帝国のことであり北朝鮮を含む朝鮮全域を指す。ならば「朝鮮併合」と記述した方がわかりやすいだろう。そして朝鮮を開発し、インフラを整備したのは日本企業であった。

 咸鏡南道(ハムギョンナムド)はどういうところかというと、道都は咸鏡で、ここは李王朝の始祖・李成桂の生れ故郷です。李王朝時代は本当にのどかで、日本でいえば奈良のような古都でした。
 その咸鏡の南に興南というところがあります。1927年、ここに日本窒素肥料株式会社の創設者である野口遵(したがう)という実業家が進出してきて、朝鮮窒素肥料という会社を設立、アンモニアや硫安などの肥料を作る東洋一の化学コンビナート造成しました。
 しかしコンビナートを稼働させるには電力がいる。ということで朝鮮水力発電という電力会社を設立し、咸鏡の北の山岳地帯の河川を堰(せ)きとめて赴戦江(プチョンガン)ダムや長津江(チャンジンガン)ダムなどの巨大なダムを建設しました。日本では当時、鋼管が作れなかったのでスウェーデンから取り寄せ、山地の地下を刳(く)り貫(ぬ)いて高低差700メートルぐらいの水力発電所を完成させたのです。その電力を興南のコンビナートに送って工場を動かしました。そこから咸興を中心に朝鮮半島の近代化が始まったのです。
 その後、野口遵は当時の満州国と朝鮮の国境を流れる鴨緑江(アムノッカン)に水豊(スプン)ダムという、琵琶湖のほぼ半部に匹敵する世界最大級のダムを建設しています。そこに当時世界最大の水力発電所が作られました。そしてその下流に位置する新義州(シニジュ)に三井金属がアルミニウムの精錬工場を建て、アルミニウムからジュラルミンを生産して、そのジュラルミンは航空機の製造にも使われました。新義州も重工業地帯でした。
 水豊ダムの建設は1937年に始まり、完成したのは44年の3月です。投じられた資金は当時の金額で約5億円と言われています。ところが45年8月にソ連軍が侵攻してきて7台の発電機のうち5台が略奪されました。さらに朝鮮戦争のときにはアメリカ軍の攻撃を受けています。しかしダムが頑丈に造られていたため決壊することもなく、その後、北朝鮮が発電機を新たに設置して現在も主要な発電所として稼働しています。
 北朝鮮の北部は山岳地帯ですが、とくに咸興北道(ブクド)は山しかありません。しかしそこに銅、鉛、亜鉛、タングステンなどの非鉄金属が眠っている。また鉄もあるし、金まで出る。それを調査したのは日本の鉱山会社です。
 日本鉱業はもともと日立銅山を開発した久原房之介という人物が創設した会社で、それを日産コンツェルンの総帥鮎川義介が譲り受けたものです。現在はいろいろ吸収合併があって、JX日鉱日石金属となっていますが、北朝鮮でどんな金属が採れるかというデータはそこが持っているはずです。
 また北東アジア最大といわれる茂山(ムサン)鉄鉱山を開発したのは三菱鉱業です。この茂山鉱山の採掘権を中国企業が取得したことが報じられましたが、もとはといえば日本が開発したものであり、北朝鮮も中国もその業績の上に乗っかっているだけなのです。

 歴史の事実を知れば、韓国や北朝鮮が日本を恨むのは筋違いであることがわかってくる。朝鮮戦争後、韓国に反日感情を埋め込んだのはアメリカであった。李承晩はアメリカの傀儡(かいらい)で反日レジスタンスでも何でもない。結局、アメリカは韓国の教育で反日憎悪を刷り込むことに成功した。見事な洗脳プログラムであり巧みなプロパガンダといえよう。

 野口遵〈のぐち・したがう〉の名前が出てきてビックリした。あの水俣病を引き起こしたチッソの野口である。現在は旭化成、積水化学工業、積水ハウス、信越化学工業、センコー、日本ガスなどの母体企業でもある。当時の公害に違法性はなかったとはいえ、石牟礼道子〈いしむれ・みちこ〉著『苦海浄土』を読んだ人であればその衝撃が理解できるだろう。これほどの大物だったとはね。公害認定に至るまでには野口の政治的な影響力への配慮もあったことと想像する。

 正真正銘の本音を書いておこう。私は再び朝鮮を併合するべきだと思う。そしてまた日本が朝鮮の歴史を教えることでしか反日憎悪を解消することができないと考えるためだ。その意味からも北朝鮮との国交回復が望まれる。で、挟み撃ちにする格好で韓国を飲み込むという寸法だ。日本の核開発が遅れて日中戦争が勃発すれば自(おの)ずからそういう方向にむかうことだろう。

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