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2021-12-14

民主政の欺瞞/『自由と民主主義をもうやめる』佐伯啓思


『国家の品格』藤原正彦
『日本人の誇り』藤原正彦
『日本の敵 グローバリズムの正体』渡部昇一、馬渕睦夫

 ・左翼と保守の顛倒
 ・米ソ冷戦後、左右の構図が変わった
 ・民主政の欺瞞

・『反・幸福論』佐伯啓思 2012年
・『さらば、資本主義』佐伯啓思 2015年
・『さらば、民主主義 憲法と日本社会を問いなおす』佐伯啓思 2017年
・『「脱」戦後のすすめ』佐伯啓思 2017年
・『「保守」のゆくえ』佐伯啓思 2018年
・『死と生』佐伯啓思 2018年
・『死にかた論』佐伯啓思 2021年

日本の近代史を学ぶ

 結局、民主主義的な討論の場では、ひとたびある方向に流れができると、誰もなかなか反対できない、いかにももっともらしい言葉だけが通用し、流通することになります。たいていの場合、表層的に立派なことや、情緒的なことが、まかり通っていきます。一見反対しづらい形だけの正論がまかり通る、あるいは、声の大きいものの意見が通っていきます。
 これが、私が民主主義を信頼できない大きな理由です。その意味で私は、民主的な政治の「公的」な場面で発せられる言辞よりも、「私」の微妙な感情や事情のほうが気になるのです。

【『自由と民主主義をもうやめる』佐伯啓思〈さえき・けいし〉(幻冬舎新書、2008年)以下同】

 何度も書いてきたが「民主主義」という誤訳がまずい。デモクラシーに「イズム」は付いていない。民主政あるいは民主制とするのが当然だ(『民主主義という錯覚 日本人の誤解を正そう』薬師院仁志)。佐伯は具体例として政治とカネや談合を挙げている。言いたいことはわかるが、まずは政策本位で投票するエートスを涵養するのが先だ。選挙が政策競争となっていないところに最大の問題がある。地盤・看板・カバンを投票する側が無視しないことには始まらない。

 世の中には「非合理的なものの効用」ということがあります。「あいまいなものの効用」もあるのです。大声では言えないが、大事だと思うことがある。私には、非合理的なものを改めれば世の中が豊かになるという、近代主義的・進歩主義的な考え方ですべてがうまくいくとは、とても思えませんでした。

 規制緩和をした後に言うべきことだ。自由競争を阻む規制を一掃し、既得権益を全部潰してからの話である。

 イギリスに入ってすぐ感じるのは、イギリスが、いかに近代なるものを警戒しているかということです。「近代」や「進歩」なるものを、無視こそしないものの、軽信する姿勢を、可能なかぎり避けようとする。逆に、古いものや伝統的なものをいかに守るか、それぞれの時代に合わせてどううまく活かすか、そのことに非常に腐心している。

 イギリスには古いものを尊(たっと)ぶ伝統がある。ご存じのようにイギリス車はモデルチェンジすることも少ない。よい物を長く使う文化がある。一方同じ島国でありながら日本の場合はどうか? 温故知新という言葉はあるが生活空間に占める物は新しいものばかりだろう。新奇なもの(特に舶来品など)を好む性質もあるが、雨の多さと湿度の高さが影響しているように思う。建物もそうだが100年単位で保つことは難しい。カビや腐敗には逆らえない。

 価値観が多様化すると「非合理さ」や「曖昧さ」はコミュニケーションの妨げとなる。「察する」ことも大切だが、「はっきり言いたいことを述べる」技術も必要だろう。

 民主政の欺瞞は左翼政党の政策に現れる。平和を説きながら他国を利し、人権を主張しながら外国人に行政サービスを受けさせようとする。彼らが「日本を破壊したい」「天皇制を妥当したい」と率直に語ることはない。

米ソ冷戦後、左右の構図が変わった/『自由と民主主義をもうやめる』佐伯啓思


『国家の品格』藤原正彦
『日本人の誇り』藤原正彦
『日本の敵 グローバリズムの正体』渡部昇一、馬渕睦夫

 ・左翼と保守の顛倒
 ・米ソ冷戦後、左右の構図が変わった
 ・民主政の欺瞞

・『反・幸福論』佐伯啓思 2012年
・『さらば、資本主義』佐伯啓思 2015年
・『さらば、民主主義 憲法と日本社会を問いなおす』佐伯啓思 2017年
・『「脱」戦後のすすめ』佐伯啓思 2017年
・『「保守」のゆくえ』佐伯啓思 2018年
・『死と生』佐伯啓思 2018年
・『死にかた論』佐伯啓思 2021年

日本の近代史を学ぶ

 この図式が意味することは何なのでしょうか。
 憲法にせよ、教育基本法や戦後教育システムによせ、戦後日本の体制の基軸です。戦後日本の国の柱は、公式的に言えば、国民主権、基本的人権、平和主義を三本柱とする憲法、そして、自由と平等、個性尊重を掲げる戦後教育です。
「左翼」は、この戦後体制を守ろう、もしくは、その理念をもっと実現しようと言っている。戦後の認識について言えば、左翼は徹底して「体制派」です。いわば「戦後体制」の優等生が「左翼」ということになります。
 これに対して、むしろ、「保守」のほうが「反体制的」と言えます。少なくとも心情的には、戦後社会に強い違和感を持ち、憲法や戦後教育に対して批判的です。
 左翼=反体制派、保守=体制べったり、と多くの人が思っています。だが、これはかつての話、冷戦体制時代のことです。冷戦体制のもとでは、確かに、左翼は、あわよくば革命でも起こして社会主義を実現したい、と考えていた。これは確かに反体制的でしょう。これに対して、保守のほうは、自由主義的な資本主義陣営を守りたい、と考えている。その意味では、体制派でした。
 しかし、冷戦は終わりました。すなわち、もうこのような図式は成り立たない、ということです。実際、「左翼」が「サヨク」に変わったとき、進歩主義運動は、もはや、体制を変革して、社会主義のような新たな社会をつくり出すのではなく、自由や民主主義、人権、平和主義などを謳(うた)った戦後日本を全面的に肯定し、ともかくも、戦後日本というその枠組みを守っていくという体制的なものへと変わってしまったのです。
 それに比べ、冷戦以降、いわゆる「保守」の側からこそ、戦後日本を変えていこうという様々な問題が提示されてきました。近年、もっとも真正面から「保守」と唱えた安倍元首相の掲げたテーマからして、「戦後レジームからの脱却」だったのです。
 これは、「戦後体制」の根本的変革、ということです。これほどまでに正面から、「現体制」の変革を唱えた政治家はいません。しかも政権政党の党首で、一国の首相が、「現体制」の変革を訴えるという、驚くべき提案です。
 しかし、「左翼」はこれに反対した。ある左翼のコメンテーターが、テレビで「いったい、体制を変える、などということをしてもいいのでしょうか」などというコメントをしていました。左翼と言えば「反体制」の代名詞だった時代を思うと、冗談のような話です。

【『自由と民主主義をもうやめる』佐伯啓思〈さえき・けいし〉(幻冬舎新書、2008年)】

 テキストは前回の続き。戦後教育は「日本を嫌いにするための教育」だった。特に愛国心はタブーであった。愛国は右翼の看板だった。で、右翼とは街宣右翼を意味した。民族派の台頭も功を奏したとは言い難い。

 GHQによる占領期間が日本史の空白期間であったとしても、それだけで戦後の動きを全部GHQにするのはお門違いだ。戦前に大いなる嘘があったのだろう。そう考えなければ平仄(ひょうそく)が合わない。「戦後体制」を敷いたのはGHQだが、それをよしとしたのは戦後の日本人である。

 政府与党は、日教組や日弁連、あるいは新聞社やテレビ局を長らく放置してきた。竹島も放置し、尖閣諸島も放置しつつある。極めつけは拉致被害者の放置だ。そして今、虐殺され、生きながら臓器を抜かれるウイグル人をも放置しようとしている。

左翼と保守の顛倒/『自由と民主主義をもうやめる』佐伯啓思


『国家の品格』藤原正彦
『日本人の誇り』藤原正彦
『日本の敵 グローバリズムの正体』渡部昇一、馬渕睦夫

 ・左翼と保守の顛倒
 ・米ソ冷戦後、左右の構図が変わった
 ・民主政の欺瞞

・『反・幸福論』佐伯啓思 2012年
・『さらば、資本主義』佐伯啓思 2015年
・『さらば、民主主義 憲法と日本社会を問いなおす』佐伯啓思 2017年
・『「脱」戦後のすすめ』佐伯啓思 2017年
・『「保守」のゆくえ』佐伯啓思 2018年
・『死と生』佐伯啓思 2018年
・『死にかた論』佐伯啓思 2021年

日本の近代史を学ぶ

 今日の両者(※左翼と保守)の争点は、しいて言えば、憲法問題、あるいはナショナリズムや歴史問題と言ってよいでしょう。ある意味、奇妙なことなのですが、冷戦後、90年代のグローバリズムの時代になって、ナショナリズムや歴史認識が人々の大きな関心事になってきたのです。
 憲法改正を含めて、日本の国の防衛問題をどうするのか。国際社会で日本がバカにされずに責任を果たすにはどうすればよいのか。90年代の後半あたりから、こうしたテーマが浮上します。
 また、中国、韓国の動きとも連動した形で、あらためて、「あの戦争」についての解釈問題が出てきます。アジアへの謝罪をどうするか、という問題が提示され、それとともに、「あの戦争」についての歴史観論争、さらには、歴史教育の問題、と続いていきます。
 むろん、「左翼」は憲法改正に反対、歴史教科書の見直しにも反対です。これに対して、「保守」は、憲法を改正して集団的自衛権を認めよ、と言う。歴史認識の見直しを要求して、「新しい歴史教科書」を作ったりします。
 なんとも、妙な構図ができてしまったものです。もともとは「革新」や「進歩」を唱えていた「左翼」が、徹底して新しい動きに抵抗し、憲法にせよ、教育によせ、基本的に現状維持を訴える。むしろ、「保守」の側が変革を唱える、というねじれた図式です。

【『自由と民主主義をもうやめる』佐伯啓思〈さえき・けいし〉(幻冬舎新書、2008年)】

 わかりやすい文章で丁寧に説くのが佐伯流である。保守にありがちな威勢のよさは全く見受けられない。真のリベラルは静かだ。竹山道雄中西輝政の間に位置する印象を受けた。

 1990年代の時代の動きを簡潔に素描(そびょう)している。無論、これは2000年代から振り返って初めて見える風景である。私が気づいたのは2010年代のこと。90年代はまだまだ左翼が優勢であった。新しい歴史教科書をつくる会は右翼扱いされていたし、私なんぞは友人と「谷沢永一も変わり果ててしまったな」と嘆いたものだ。保守反動という感覚はそれほど根強かったのだ。90年代のテレビ番組の動画を見れば一目瞭然である。筑紫哲也〈ちくし・てつや〉や本多勝一、加藤周一が、まだもてはやされていた。『週刊金曜日』の創刊が1993年である。94年には村山富市が首相となり、村山内閣総辞職に伴い社会党は社民党に名前を変える。1989年参院選(土井ブーム)と1990年衆院選あたりを絶頂期と見ていい。

 当時、私は6人の後輩を喪ったこともあり、世情のことはよく覚えていない。テレビを持っていなかったし、寝しなのアルコールが記憶を洗い流した感がある。きっと多忙すぎたのだろう。

 ネトウヨ(ネット右翼)という言葉を目にするようになったのは2000年代に入ってからのことである。多分、新しい歴史教科書をつくる会の動きを理解する人々が増え初めた頃だろう。ほぼ同時に自虐史観というキーワードが散見されるようになったと記憶している。第一次安倍政権の「戦後レジームからの脱却」というメッセージも大きな影響を及ぼした。

 その後、2005年の中国における反日活動が報じられると、日本人の反中国感情が一気に高まった。嫌韓本が次々と発行されたのもこの頃からだ。中韓の反日行動が、日本人を覚醒させ近代史に目を向けたさせたのだ。

 2000年代になり左翼はサヨクと変質しリベラルを名乗り始める。90年代の混乱は米ソ冷戦構造の終焉(91年、ソ連崩壊)がもたらした結果であった。それから10年を経て、左翼は環境・人権・フェミニズムに舵を切る。その有り様は「言論のゲバ棒化」といってよい。理論武装というヘルメットを着用しながら。左翼弁護士や活動家は国連や中国・韓国を焚き付け、日本の戦争責任を追求させる。そうした反日行動を全面的にバックアップしてきたのが朝日新聞であり岩波書店であった。