・諜報大国イギリス
・『ベルリン 二つの貌』ジョン・ガードナー
・『沈黙の犬たち』ジョン・ガードナー
・『マエストロ』ジョン・ガードナー
・ミステリ&SF
おそらくケンプは、最後の審判の当日になってもその懐疑的な性格を捨てず、それどころか、みんなの前に進み出て、大天使ガブリエルの職権を証明する書類を見せろと請求し、ガブリエルが自分の身分証明書と天国音楽学校の卒業証明書を提示しないかぎり、審判開始のラッパをたとえ1音符分でも吹き鳴らすことを許さないだろうとは、みんながかねがね噂し合っているところだった。
【『裏切りのノストラダムス』ジョン・ガードナー:後藤安彦〈ごとう・やすひこ〉訳(創元推理文庫、1981年)】
諜報大国といえば真っ先にイギリスの名が上がる。続くのはヴァチカン(市国)である。かつてのソ連は凄まじい深度で資本主義国に浸透したが政治運動の匂いが強い。またアメリカの場合は力を背景にした軍事的な色彩が濃い。
血塗られたヨーロッパの歴史で生き延びるために権謀術数は欠かせない。昔の国王が国を超えて姻戚関係を結んだ事実を思えば近代ヨーロッパは中国春秋時代の趣がある。産業革命を成し遂げ、七つの海を制覇したイギリスは世界の情報を掌握した。
余談になるが「大航海時代」というキーワードは日本人の造語らしい(増田義郎〈ますだ・よしお〉による命名)。欧米では「Age of Discovery」(発見の時代)、「Age of Exploration」(探検の時代)というそうだ(Saki T アメリカ在住翻訳家)。近代がヨーロッパ中心主義であったことは動かし難い事実である。とすればヨーロッパ人の思い上がりをはっきりさせるためにも「Age of Discovery」(発見の時代)と表記した方がいいように思う。
「発見の時代」(Age of Discovery/大航海時代)においてヴァチカンは世界中に宣教師を派遣した。宣教師は世界各地で貿易を生業(なりわい)としながら各国情勢をヴァチカンに報告した。宣教師は植民地の尖兵として機能しながら宗教的な侵略を繰り返した。こうした歴史の積み重ねがヴァチカンの重厚なインテリジェンスとして現在も生かされている。
本書は第二次世界大戦と1970年代を行き来するエスピオナージュである。ジョン・ガードナーはイアン・フレミング亡き後、007シリーズを引き継いだことで知られるが本物のスパイはどこまでも官僚である。ただし日本の官僚と異なるのは工作活動における言葉の操り方である。私からすれば修辞学の粋を凝らしたような駆け引きで、「こいつらの頭の中は一体どうなってるんだ?」と溜め息をつくばかりである。
実際にナチスはノストラダムスの予言を都合よく利用したようだ。
1939年の冬に、ベルリンの宣伝相官邸でゲッベルスは婦人のマグダからいきなり起こされた。彼女はノストラダムスの予言詩集を手に、或る部分をゲッベルスに指し示した。
英国の政策は七度変わりそして二百九十年間血に染まるだろう
独の支配から自由ではあり得ず
ポーランドは東方の焦点となる(3章57番)
その詩を読んだゲッベルスは、ノストラダムスの大予言をナチスの宣伝に使うと思い至ったと言われている。
【ノストラダムスの大予言とヒトラー | ハイパー道楽の戦場日記】
ハービー・クルーガー・シリーズは3部作で番外篇が1冊ある。いずれも500~700ページのボリュームで満腹感を味わえる。初めて読んだのは20年以上前のことだが二度目の方が面白く読めた。
裏切りのノストラダムス (創元推理文庫 204-1)
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