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2020-05-08

目撃された人々 74


 目が醒めると喉が痛んだ。まずい。無呼吸症候群があるため仰向けで寝ていると口が開いてしまう。で、慢性化した扁桃腺炎がぶり返す。痛みが酷くなると喉にカミソリが入っているような症状に至る。取り敢えず薬が欲しかったので咽喉科を探した。どこもかしこも休みだ。近所の総合病院はやっていたが混雑しているようで電話がつながらなかった。少し遠い個人病院に予約が取れた。

 待合室で普段はつけることのないマスクを着用しようとしたところ右側のゴムが千切れた。証券会社が送ってきたものだ。届いた時の感謝は跡形もなく消え失せた。

 私よりも後から入ってきた母子が先に案内された。少女はまだ3歳になっていない年頃だ。診察室に入るや否や少女の叫び声が建物を震わせた。必死で恐怖と戦っているのだろう。泣き声はしばし止むことがなかった。母親も医師も少女の真意を聞き出そうとしなかった。かくも強烈なメッセージをどうして無視できるのか不思議でならなかった。

 診察を終えた少女は既に泣き止んでいた。私と目が合った。ちょっとばかり変顔(へんがお)をしたところ、クスッと笑った。反応がいい。母親や医師よりもはるかに反応がいい。

 少女は去ったが泣き声の余韻はそこここに残っていた。私の待ち時間は軽く1時間を超えていた。読んでいた『怒りについて』(セネカ)をパタンと閉じた。病院の待合室は身体の苦痛と待たされ続ける心理的苦痛を交換する場所だ。朝方は煙草を吸うのも難儀したほどだが、痛みは軽くなっていた。受け付けに「時間がないので……」と告げて病院を後にした。

 五月晴れの抜けるような青空が広がっていた。少女の泣き声は完全に消え去った。

2019-07-01

目撃された人々 73


 失敗した過去、行き詰まる現在を赤裸々に語ることができるのは心が開かれている人に限られる。四十、五十と年を重ねるごとにこれができる人は少なくなる。資本主義の哲学は成功だ。大人はあたかも自分が成功したように見せ掛ける技能を磨く。

「あたしさ……」と彼女が言った。「そうか」と私は聴いた。「こんな風に考えてしまうのは更年期障害のせいかな」と呟いた。「多分」と答えた。10年、20年前の私なら全力で励ましたことだろう。悩みとは解決されるべきマイナス要因であって停滞に他ならないと考えていたからだ。

 ところがそうでもないらしい。一つの悩みが解消されると別の悩みが芽を出し、やがて大きく生長するのだ。悩みとは観念という妄想が構築する脳のアルゴリズムなのだろう。とすれば悩むというメカニズムを見極め、悩むよりも具体的な問題処理の行動を一歩踏み出した方がよい。

 実に不思議なことだがその人の悩みは往々にして自分で自分を罰しているような側面がある。特に親子関係の複雑さが原因となっていることが多い。

 率直な言葉を通して相手の輪郭がくっきりと浮かび上がってくる。それは一人泣いている母親を見ていた幼い彼女の姿だ。母親を尊敬する彼女は自分が幸福になることを許さない。

子は親の「心の矛盾」もまるごとコピーする/『子は親を救うために「心の病」になる』高橋和巳

2018-07-18

目撃された人々 72


 午前9時、気温は33℃を超えていた。

2016-12-03

目撃された人々 71




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