・『やがて消えゆく我が身なら』池田清彦
・石油とアメリカ
・文明とエントロピー
・『正義で地球は救えない』池田清彦、養老孟司
・『生物にとって時間とは何か』池田清彦
石油とアメリカ
僕は常々、文化系の人が書かない大切なことがいくつかあると思っています。そのひとつが、環境問題に関しては、アメリカとは何かということを考えざるをえないということです。実は環境問題とはアメリカの問題なのです。つまりアメリカ文明の問題です。簡単に言えばアメリカ文明とは石油文明です。古代文明は木材文明で、産業革命時のイギリスは石炭文明ですね。そしてその後にアメリカが石油文明として登場するのだけれども、一般にはそういう定義はされていませんよね。
1901年にテキサスから大量の石油が出て、1903年にはフォードの大衆車のアイデアが登場した。アメリカはそれ以来、石油文明にどっぷりと浸かってきました。普通に考えたら、ジョン・ウェインの西部劇の世界とニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンとはまったくつながらないですよ。つながる理由が何かと言えば、石油なのです。(中略)
石油問題に関しては、アメリカが世界の中で最も敏感で、ヨーロッパはそれより鈍かった。日本のほうはさらに鈍かった。そして最もにぶかったのが、古代文明を作った中国でありインドだった。文明というのは石油なしでも作れるという考えが頭にあった順に鈍かったということです。
アメリカが戦後一貫して促進してきた自由経済とは、原油価格一定という枠の中で経済活動をやらせることをその実質としていました。原油価格が上がってはいけないというのは、上がった途端にアメリカが不景気になっちゃうからね。ものすごく単純な話なんですよ。自然のエネルギーを無限に供給してけば、経済はひとりでにうまくいっていた。それを自由経済という美名でごまかしてきたのが、20世紀だったわけです。ひとり当たりのエネルギー消費では、日米の差は、僕が大学を辞めることには2倍あった。ヨーロッパ人の2倍、中国人の10倍です。科学の業績などをアメリカが独占するのは当たり前でしょう。戦争に強いとか弱いとかにしてもね、日本は石油がないのに戦争をしたのだから。9割以上の石油を敵国に頼って戦争をするのがどれだけ不利だったか、ということです。それだけのことなのです。
それからこれも文化系の人は書かないことですが、ヒトラーがソ連に侵入した理由が、歴史の本を読んでもどうも分からない。答えは簡単なことです、石油です。当時もソ連は産油国だったのですよ。コーカサスの石油が欲しかったから、ドイツはスターリングラードを攻めた。そこをはっきり言わないから色々なことが分からない。日本の場合も、「持たざる国」と言い続けてきたけれども、根本にあるのは石油、つまりエネルギーの問題です。古代文明を見てもそうでしょう。木材に依存した文明の場合、最も大量に消費できたのは始皇帝時代の秦ですからね。木を大量に伐採したから万里の長城が作られたわけですよ。現在の砂漠化の要因をたどれば、この時代になるでしょうね。(養老孟司)
【『ほんとうの環境問題』池田清彦、養老孟司〈ようろう・たけし〉(新潮社、2008年)】
文章から察すると書き下ろしならぬ語り下ろしか。池田清彦と養老孟司という組み合わせはその語り口の違いからすると泉谷しげると小田和正ほどの差がある。二人の共通項は虫採りだ。政治的な立場は池田が反権力で、養老はよくわからない。わからないのだが保守でないのは確かだろう。
「頭のよさ」は物事の本質を抉(えぐ)り出すところに発揮される。戦争とエネルギーと経済と歴史を「石油」というキーワードで解くのは実にすっきりとした方程式で、ストンと腑に落ちる。
ここで新たな疑問が生じる。次のエネルギーシフトは石油から何に変わるのだろうか? またぞろ何かを燃やすのか? あるいは別の方法でコンプレッサーのように圧力を掛ける方法を開発するのか? いずれにせよそれは電気エネルギーに変換する必要がある。養老はエントロピーという観点から代替エネルギーに関しては否定的だ。燃焼から去ることができないのであれば効率化を目指すのが王道となる。
科学は核分裂のエネルギー利用を可能にはしたがゴミの問題をまだ解決できていない。21世紀のエネルギー源として核融合による発電の開発が進められているが今世紀半ばに実現されるのだろうか?
アメリカはシェール革命をきっかけに世界の警察官を辞めた(オバマ大統領のテレビ演説、2013年9月10日/トランプ大統領、2018年12月26日)。警察官が不在になれば悪者がはびこる。つまり中東と東アジアが安定することはあり得ない。
つくづく残念なことだが革新的な技術は戦争を通して生まれる。利権なきエネルギーが誕生するまで人類は戦争を行い続けるのだろう。