2018-07-19

武士道はまだ死んでいない/『VTJ前夜の中井祐樹』増田俊也


『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』増田俊也
『七帝柔道記』増田俊也
『北の海』井上靖

 ・武士道はまだ死んでいない

 決勝の相手ヒクソン・グレイシーは顔面を大きく腫らしながら決勝に上がってきた小兵の中井に敬意を表したような戦い方をした。私たちは流れるような2人の寝技戦に魅入った。
 この大会が、本当の意味で日本のMMAの嚆矢(こうし)となった。
 神風を起こしたのは、たしかにグレイシー一族でありUFCであった。
 しかし、神風が吹くだけでは大きな波がおこるだけで、その波を乗りこなせるサーファーがいなければ、波はただ岸にぶつかり砕けて消えるだけだ。
 神風が起こした大波を、右目失明によるプロライセンス剥奪という死刑宣告と引き替えに乗りこなした中井祐樹がいたからこそ、日本に総合格闘技が根付き得た。それだけは格闘技ファンは絶対に忘れてはいけない。

【『VTJ前夜の中井祐樹』増田俊也〈ますだ・としなり〉(イースト・プレス、2014年)】

 増田が4年の時に北大柔道部に入ってきたのが中井祐樹〈なかい・ゆうき〉だった。そして中井が最上級生になった時、北大は12年ぶりに優勝旗を奪還する。中井はその後シューティングへ進み、格闘家として歩む。ヴァーリ・トゥード・ジャパン・オープン1995に参戦し決勝でヒクソンに敗れる。意図的な目潰しをしたのはオランダ人空手家のジェラルド・ゴルドーで、レフェリーの制止を振り切って執拗に行い、中井の眼球の裏側にまで親指を入れた。それ以前にも佐竹雅昭との対戦でサミングをしている。根っからのクズというか、白人なら有色人種に対して何をやってもいいと思っているのだろう。

 本書はノンフィクション短篇集である。『七帝柔道記』のその後や、『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』の執筆エピソードと共に、決して目立つことはなかった本物の武道家たちに光を当てる。

 自分の背負い投げさえ完成すればそれですべては解決する。この背負いさえ完成すれば……。
 すでに尻尾は見えていた。
 堀越はさらに背負いの習得に没頭した。
 そして、ある日、ふとタイミングをつかんだ。
 高校1年から大学4年まで、実に7年近くかけて野村豊和の背負い投げを完全マスターしたのである。自分の形にもっていけば相手が誰だろうと必ず投げることができるようになった。だが、それだけの力がついてきたころには天理大柔道部も代替わりしていた。だから堀越の柔道が大化けしていることに誰も気づかなかった。

 豊和は野村忠宏の叔父である。動画を見るとわかるがその背負い投げは光速と形容するのが相応しい。まさしく人間離れしたスピードである。手首の使い方にコツがあるようだ。

 堀越英範は地味な選手だった。戦績も冴えなかった。しかし一つの技を牛の歩みの如く着実にマスターしていった。そしてスター選手の古賀稔彦と対戦する。

 堀越から組んだ。
 切られた。
 激しく組み手争い。
 組めない。
 まだ組めない。
 組んだ。
 瞬間、堀越は勝てると思った。
 応援の声や会場のざわめきはまったく聞こえなかった。古賀の息遣いだけが耳元で聞こえた。(中略)
 古賀が堀越の左釣り手を切って絞った。
 堀越はこれを待っていた。
 切られた左釣り手で古賀の右腕ごと引っぱり出して抱え、左一本背負いで叩きつけた。一瞬のことだ。あまりに速い背負い投げだった。
 会場の福岡市民体育館はしばらく水を打ったように静まり返り、そして揺り戻すような大歓声が上がった。
 その瞬間、堀越は我に返った。
 勝った……。
 わずか39秒の出来事だった。
 古賀が一本負けしたのは1990年の全日本選手権で小川直也の足車に屈して以来。同階級の日本人に一本負けしたのは生まれて初めてだった。自身得意の背負い投げで投げられたのは中学1年のとき一度きりである。

 流した汗の量だけで勝てるほど甘い世界ではない。技が不可欠なのだ。来る日も来る日も同じ行為を繰り返し、技に磨きをかけ、考える前に動く精密機械のように肉体を鍛え上げるのだ。「なぜ、そこまで?」と問うのは愚かだ。ただ、そういう高みで生きる人間がいることを我々は目撃するだけだ。

 日本の武士道はまだ死んでいないことを思い知らされる。




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2018-07-18

昭和黎明期のバンカラ柔道部/『北の海』井上靖


『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』増田俊也
『七帝柔道記』増田俊也

 ・昭和黎明期のバンカラ柔道部

『VTJ前夜の中井祐樹』増田俊也

「稽古はそんなに烈しいですか」
「まあ、烈しいと言えましょうね。朝稽古、昼稽古、夜稽古」
「ほう、すると、勉強は?」
「勉強なんて、そんな余分なものはしませんよ。勉強しに学校へはいって来たんじゃないから」
「じゃ、何のためにはいったんです」
 遠山が訊くと、
「もちろん、柔道をやるためですよ。僕は今年入学して来た1年下の連中に言ったんです。学をやりに来たと思うなよ、柔道をやりに来たと思え」
「ほう」
 洪作は、ここでもまた“ほう”と言う以外仕方なかった。

【『北の海』井上靖(中央公論社、1975年)、新潮文庫、1980年】

『しろばんば』、『夏草冬濤』(なつぐさふゆなみ)、そして本書で自伝三部作となる。井上靖は明治40年(1907年)生まれだから、旧制四高(しこう/現金沢大学)に入ったのは昭和2年(1927年)である。私と同じ旭川出身だとは知らなかった。旧制中学に主席で入学したというのだから元々秀才だったのだろう。主人公の洪作は複雑な家庭環境で育ち、非常に冷めた性格の持ち主となる。ところが受験を控えた時期に蓮見と出会い、春秋の色合いが深まる。

「それにしても、たいへんな学校ね。よくそんなところへはいる者がいると思うね。勉強もしないで、柔道ばかりやって」
「そう思うでしょう。僕もそう思う。だから、考えたらだめなんですよ。考えたら、柔道なんて、やれません。別に柔道家になるわけじゃない。高専大会で優勝することだけが目当なんですからね。でも、練習量がすべてを決定する柔道というものを、僕たちは造ろうとしている。そういう柔道があると思うんです。そういう柔道があるかどうかは、僕たちが自分でやってみないことには判らない。それをやろうと思っている」

 洪作は四高受験を決めた。「練習量がすべてを決定する柔道」との言葉が胸の内に響き渡り、全身を震わせた。まず感心するのは柔道部のスカウト活動である。様々な地域に足を運び、柔道経験者を次々と寝技の餌食にし、「勝つために力を貸して欲しい」と熱弁を振るうのだ。共産党のオルグ活動や日蓮系の折伏といい勝負である。柔道部の人間関係も軍隊というよりは宗教的な次元に近い。二十歳前後の若者とは到底思えぬほど立派な振る舞いである。

 杉戸は説明してくれた。なるほど少し登ると折れ曲り、また少し行くと折れ曲っている。
「腹がへると、何とも言えずきゅうと胃にこたえて来る坂ですよ。あんたも、あしたから、僕の言っていることが嘘でないことが判る。稽古のひどい時には、この辺で足が上らなくなる。なんで四高にはいって、こんなに辛い目にあわかねればならぬかと、自然に涙が出て来る」
「ほんとに涙が出るんですか」
「そりゃあ、出る。1年にはいって、1学期の間は、毎日のように、この坂の途中で涙を出す。実際に足が上らなくなるんだから、涙だって出て来ますよ。だが、1学期が終ると、大体諦めてしまう。こういうものだと思ってしまう。僕などは、現在、そうしたとこへ来ている。鳶のように深刻に考えたりしない。たいしたことではない。3年間、捨ててしまうだけの話なんだ」
「鳶さんも1年ですか」
「そう」
「僕は2年生かと思いました」
「2年の部員はすじ金入りですよ。人間らしい血なんて、1滴も持たなくなる。さかさにして振っても、人間の血なんか1滴も出て来ない。出て来るのは汗ばかりだ。そうなると、みごとですよ。六高(※現岡山大学)に勝つことしか考えなくなる。親のことも、兄弟のことも考えなくなる。考えることは、六高に勝つことばかりだ。人生も、学校の成績も、落第も、及第も考えなくなる。全く、ねえ、変な学生があるものだ」

 バンカラという言葉はハイカラをもじったもので蛮カラとも書く。だが、ここまでくると野蛮そのものである。獣のように力だけが支配する世界のわかりやすさがヒトの古い脳を刺激する。我々の社会にはびこる悪知恵や誤魔化しは一切通用しない。

 読み進むうちに『七帝柔道記』との違いがわからなくなり、不思議な混迷に襲われる。時代は違えども彼らは全く同じ青春を生きているからだろう。

 余談ではあるが、井上が育った静岡の言葉が味わい深く、洪作の四高行きを知った人々が集まってくる場面では、田舎の人々が実にしっかりとした口上で挨拶をしており、失われた文化を思い知らされる。

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目撃された人々 72


 午前9時、気温は33℃を超えていた。

2018-07-16

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美しい青春/『七帝柔道記』増田俊也


『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』増田俊也

 ・美しい青春

『北の海』井上靖
『VTJ前夜の中井祐樹』増田俊也

 ひたすら苦しく辛い練習が続いた。
 北大キャンパスで柔道部の時計だけが進まなかった。遅々として進まなかった。たった一日の休みである日曜日が来るまでがあまりに長かった。あまりに苦しかった。拷問のような時間だった。
 いや、毎日の練習が終わるまでの数時間でさえ、それまで経験した時間の流れの100倍にも200倍にも感じられた。500倍にも1000倍にも1万倍にも感じられた。ときに乱取り一本の6分間が数百時間にも感じられた。毎日毎日、残りの本数を数えながら乱取(らんど)りを繰り返した。汗の蒸気のなかで寝技乱取りを繰り返した。道場には汗の蒸気とうめき声しかなかった。いったい引退までにこの乱取りを何万本こなさなければならいのか――。

【『七帝柔道記』増田俊也〈ますだ・としなり〉(角川書店、2013年/角川文庫、2017年)】

 柔道の関連書として山口絵理子著『裸でも生きる 25歳女性起業家の号泣戦記』を挙げておく。七帝柔道(ななていじゅうどう/しちていじゅうどう)は高専柔道の流れを汲むもので寝技が中心である。異種格闘技で名を馳せるグレイシー柔術(ブラジリアン柔術)も同じ流れの中にある。一般的に知られるのは講道館柔道でかなりルールが違う。講道館ルールでは投げ技に続く寝技しか認められていないが、七帝柔道では引き込みが可能で、「待て」がなく、場外もなしで、勝敗は「一本」のみとなっている。関節技が決まっても「参った」をしない選手が多く、骨折に至ることが珍しくない。武道の中でも最も苛酷を極める。

 本書は増田俊也の学生時代を描いた自伝である。高校で柔道を経験した増田ですら悶絶するほどの苦しい練習だった。北海道警察への出稽古シーンなどはまさに修羅場といってよい。絞め技・関節技が中心で人体の限界を思わせるほどの壮絶さである。

 多くの人々がスポーツに魅了される理由は、彼らの苦行に秘密があるのだろう。ストイックな日々は修行そのものだ。のんべんだらりと毎日を過ごす我々は自分が見失った理想を彼らに見出す。宗教が色褪せたのは自らを苦しめる真剣さをなくしたためだろう。

 そしてこれだけの練習をしても北大は最下位だった。語り継がれる伝統と勝利への貪欲な責任感が宗教的な次元にまで高められ、その他の青春を全て犠牲にする。充実した青春は多いが美しい青春は稀(まれ)だ。




七帝柔道記 (角川文庫)
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2018-07-13

【討論】サヨクの本質-共産主義は本当に死んだか?[桜H30/2/24]


 これは勉強になった。岩田温〈いわた・あつし〉が新風を吹き込んでいる。ただし中国が簡単に滅ぶという見方は甘すぎる。アメリカが世界覇権から一歩退くのは中国が前面に出てくることが大前提となっているのだから。


「リベラル」という病 奇怪すぎる日本型反知性主義
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2018-07-12

布教インペリアリズム/『みじかい命』竹山道雄


『昭和の精神史』竹山道雄
『竹山道雄と昭和の時代』平川祐弘
『見て,感じて,考える』竹山道雄
『西洋一神教の世界 竹山道雄セレクションII』竹山道雄:平川祐弘編
『ビルマの竪琴』竹山道雄
・『歴史的意識について』竹山道雄
・『主役としての近代 竹山道雄セレクションIV』竹山道雄

 ・×踏み絵 ○絵踏み
 ・布教インペリアリズム

キリスト教を知るための書籍
日本の近代史を学ぶ
必読書リスト その四

 往きて宣べつたへ「天国は近づけり」と言へ――このイエズスの命令は、おそらく人々にこの世の崩壊が明日にも迫っていることを教え、すべては融けて消えてなくなると説き、その中にあってもなお永遠の生命を保つためには、ゴッドの教えをきいてゴットの国に入れ、ということであったのだろう。その教えをきかない者は呪われた者だった。
 年と共に、これが歴史の実体としては、行きて宣べて、しかもかつ略奪劫掠せよということとなったことは、疑いをいれない。宗教宣伝が領略の名目となったことはまちがいがなかった。むしろ、この両者は一体のものだったろう。12世紀の十字軍遠征を扇動した法王の言葉は他に紹介したことがある。彼はこれによって集団ヒステリーをかきたてた。西欧の方々の国の村から町から異教徒という被害妄想に憑かれた人々が、群をなし列をなしてぞろぞろと東へ征った。
 バテレンの布教は日本征服と関係がある――この結びつきは、徳川時代において日本人の固定観念だった。それが明治に布教が再開されるに及んで消えた。その間の時期に日本の指導層は合理的に物を考えるようになっていた。しかし、近頃バテレンの機密文書がぞくぞくと発表されるに及んで、やはり前の固定観念が正しかったことが明らかになった。その証拠はかぎりがない。
 大航海時代に南ヨーロッパ諸国民が世界に雄飛した動機について告白したものは、聖なる教えを奉ずる自己の利益となる行為は正しいものであるということを、表明している。じつにキリスト教徒でない者は、まだ人間であるか否かを疑われ、むしろ家畜として使役すべきものだった。

【『みじかい命』竹山道雄(新潮社、1975年)】

 40代でクリシュナムルティと出会い、50代で竹山道雄を知ったことは私の読書人生もあながち的外れではなかったことを証(あか)しているようで少しばかり自慢気になる。若い頃から抱いてた疑問の数々はすべて晴れたといっても過言ではない。

 本書は江戸時代を舞台としたキリスト教小説である。竹山は1903年(明治36年)生まれだから刊行時は72歳だ。竹山の前半生は戦争と共にあった。

日清戦争(1894-95年)
日露戦争(1904-05年)
第一次世界大戦(1914-18年)
満州事変(1931-32年)
支那事変日中戦争(1937-45年)
大東亜戦争(1941-45年)

 明治開国で日本は辛うじて植民地となることは免れたが長く不平等条約に苦しめられた。明治政府は白人帝国主義の外圧に対抗すべく富国強兵を掲げ殖産興業に邁進した。日露戦争は近代史における一大事件で初めて有色人種が白人を打ち負かした近代戦争であった。その後も半世紀近くにわたって日本はロシアの南下と戦い続ける。

 竹山は戦前にドイツとパリへ3年間留学している(※当時一高のドイツ語講師)。また鎌倉の海岸で偶然出会ったベルナルト・レーリンク(オランダの裁判官で東京裁判の判事を務めた)とも親交を重ねた。言うなれば「誰よりもヨーロッパを知る日本人」であった。彼はいち早くナチスの欺瞞を見抜いた。そしてナチスという現象の歴史的由来を探った。竹山は「キリスト教にその原因あり」と喝破した。

 竹山の経験・見識を総動員して描かれた小説が本書である。SF的手法を用いた原爆投下の悪夢や、戯画的に綴られる性描写、リアリズムを追求するがゆえの残酷さなどは好みが分かれることと思われるが、私はその全てに息が止まるほどの激情を覚えた。主人公の湯浅を竹山の分身と捉えることも可能だろう。

 キリスト教小説として読めば飯嶋和一作品(『黄金旅風』以降)の底の浅さがよく見えてくる。ただし飯嶋がキリスト教を道具立てとして使っているのか、宣教を目的にしているのかは不明である。

 キリスト教ヨーロッパによる布教インペリアリズム(帝国主義)を理解せずして近代史を把握することはできない。アフリカ・アジアの殆どの国が植民地として農地同然の扱いを受けた。日本はやっとの思いで日露戦争・日清戦争に打ち勝ち、一等国として扱われた。

 第二次世界大戦の枠組みで形成される国際社会ではいまだに日本を貶める話題に事欠かない。例えば慰安婦捏造問題が挙げられよう。チャイナ・マネーとつながっているヒラリー・クリントンがセックス・スレイブ(性奴隷)と口にしたことは記憶に新しい。私は常々思っているのだが慰安所という当時の日本文化を通して反撃することが正しい。慰安所は現地での性犯罪を防ぐ目的で設置された。衛生面にも配慮がなされており、過酷な労働に対する報酬も高額なものだった。慰安婦と結婚した兵士も少なからず存在した。明治維新の志士だって遊郭の女性を妻や妾にしている例は多い。

 アメリカ兵はノルマンディーに上陸し、フランスをナチスドイツから解放すると、フランス人女性を次々と強姦した。「GIはどこでも所かまわずセックスしていた」(「解放者」米兵、ノルマンディー住民にとっては「女性に飢えた荒くれ者」)。同盟国の女性すら強姦するのだから敵国ともなると残虐の度合いが桁違いとなる。ベトナム戦争では「一人の女が赤熱した銃剣を性器にぐさりと深く突き立てられるのも見た」という米兵の証言もある(『人間の崩壊 ベトナム米兵の証言』マーク・レーン)。

 アングロサクソンも恐ろしいがもっと凄いのはロシア兵だ。イナゴの大群が作物を食い尽くすように強姦しまくる。第二次世界大戦のドイツでは少女から老人に至るまで犯された。満州では日本人女性も多数の犠牲者を出している。

 白人は自らの歴史を振り返って反省することがない。なぜなら彼らはキリスト教という正義に取り憑かれているためだ。本来であれば東洋から学問的追求をするべきなのだが、自国の歴史すらまともに知ることができない現状である。

 私が知る限りではどの宗教学者や仏教者よりも竹山はキリスト教の本質を鋭く捉え、日本文化を通して見事な鉄槌を下している。

みじかい命 (1975年)
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2018-07-11

伊藤隆の藤岡信勝批判


 新しい歴史教科書をつくる会にも発足時から参加した。理事を務め、扶桑社の中学校歴史教科書執筆者の一人となった。「つくる会」でも数少ない専門の歴史研究者として重きをなした。しかし、内紛が続いた「つくる会」に嫌気がさしたとして2006年3月に理事を辞任した。辞表の中で創設メンバーの一人である藤岡信勝を激しく批判し、「私が積極的に参加していた時期にも繰り返し内紛が繰り返されていた、その際必ず藤岡信勝氏がその紛乱の中心の当事者であったこと、それがこの会の発展の阻害要因ともなってきた」と述べた。

伊藤隆 (歴史学者) - Wikipedia

2018-07-08

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精神のあとをたずねて (1955年)
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2018-07-05

アメリカに「対外貿易」は存在しない/『ボーダレス・ワールド』大前研一


『プーチン最後の聖戦  ロシア最強リーダーが企むアメリカ崩壊シナリオとは?』北野幸伯

 ・アメリカに「対外貿易」は存在しない

『略奪者のロジック 支配を構造化する210の言葉たち』響堂雪乃

 まず、アメリカに「対外貿易」はない。アメリカは外国から物を買うための「外貨」を稼いだためしがない。ただ国内経済を拡大し、貿易相手国をのみ込んでしまえばすむからである。アメリカが海外から品物を購入すると、それは「輸入品」として記録される。貿易統計は結局のところ「国と国との境を通過する商品」を測定するものだからである。しかし、外国商品の購入に使われる資金は依然としてドル建てなので、そうした取引は、たとえばカリフォルニア産のオレンジやテキサス産のパソコンを買うのと、いささかも変わりがない。

【『ボーダレス・ワールド』大前研一:田口統吾訳(プレジデント社、1990年)以下同】

 北野本で紹介されていた一冊。後半だけ読んだ。驚くべき指摘であるが米ドルを基軸通貨とするブレトンウッズ体制(1944-71年)を思えばストンと腑に落ちる。むしろ気づかなかった自分の不明に恥ずかしさを覚える。

 アメリカは案外、大雑把でデタラメなところがある。例えば第二次世界大戦が終わる直前にソ連を引きずり込んだことが挙げられよう。その後の冷戦の種を自ら蒔(ま)いたようなものだ。ベトナム戦争もずるずると長引かせたし、湾岸戦争・アフガニスタン戦争・イラク戦争も賢明な判断とは思えない。特に湾岸戦争以降は国際資本が政治を振り回しているように見える。

 アメリカが受け取る外国からの投資についても、これはアメリカの国としての統計上は対外債務として計上されるが、その大半は利子など払う必要もなく、たとえ払ったとしても、国内の債権者に払うのと同じドル建てであり、「対外」債務とはいいがたい。
 とすれば、貿易の不均衡を「是正」する目的でドルの価値を調整するのは、無意味といわなければならない。同じ量の商品を買うのに、わざわざドル紙幣の増刷を行なうようなものだ。アメリカ国内に外国商品を買おうとするニーズが存在するかぎり、ドルの価値の調整で得られる効果はただ、輸入品の統計上の金額(ドル建て)を膨らませるだけだ。アメリカ国内に自由にこれらの商品が出回っている以上、輸入の勢いが減速することはない。
 くどいようだが、外国との貿易にドルが「決済通貨」として用いられているかぎり、アメリカには原理的に「対外貿易」が存在しないのである。それなのに政策担当者は「ドルを安くすれば貿易競争力が高まる」と信じて、ドルの価値を下げている。これでは遅かれ早かれ、ドルがアメリカの貿易相手国に決済通貨として受け入れられなくなる日が、必ずやってくる。これは大問題だ。そうるなるとアメリカは、輸入超過分の代金支払いに外国通貨を借りなければならなくなる。したがってドルを強くしておくことが、最もアメリカの利益になるのだ。「弱い通貨で輸出が伸びなくなるものなら、アルゼンチンはいまごろ世界最強の貿易国になっているはずだ」と、ベア・スターンのある研究員も首をかしげている。

 発展途上国がなぜ外貨を必要とするのか。私が理解したのはちょうど40歳になった頃だった。増田俊男の著作を片っ端から読んで初めて理解できた。詐欺師からでも学べることは多い。特に頭のいい詐欺師からは。

 アメリカの鷹揚なデタラメさを思えば当初は国力の強さから世界経済の立て直しを引き受ける気持ちでブレトンウッズ体制は始まったのかもしれない。ところがアングロサクソン特有の悪知恵(戦略)が働いた。「どれほど貿易赤字になろうともドルを印刷すりゃチャラになるわな」と。ただし経済はそれほど単純なものではないため、折に触れて広がりすぎたドルをアメリカに還流させる必要がある。で、ダウ銘柄を中心とする米株相場を意図的に釣り上げ、世界各国の資金をアメリカ市場に流れさせ、定期的にでかい会社を潰すのだ。すると流れ込んだ資金はアメリカ国内から出ることはなくなる。エンロン、ワールドコム、リーマン・ブラザースなど。

 そもそも「貿易赤字の何が問題なんだ?」という指摘もある。我々の消費を考えてみればわかるだろう。消費はすべて赤字行為である。たとえ貿易赤字でもGDPが成長することは十分可能だ。

 大前の最後の指摘は意味深である。ニクソン・ショック(1971年)以降ドルの価値が低下しているのは紛れもない事実である。そこに経済合理性だけでは推し量ることのできないアメリカの深慮遠謀があるのだろう。2020年以降になると、米ドル・ユーロ・人民元の三国志時代がくるかもね。通貨戦争は静かに始まっている。

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2018-07-04

武田邦彦:縁起と群れ




アコースティック哲学

マスコミのクズっぷり/『安全太郎の夜』小田嶋隆


『我が心はICにあらず』小田嶋隆

 ・パソコンの世界は「死」に覆われている
 ・小田嶋隆の正論
 ・意外とデタラメの多い新聞記事
 ・「強い本」と「弱い本」
 ・ビールに適量はない
 ・本に対する執着は、人生に対する執着に他ならない
 ・マスコミのクズっぷり

『パソコンゲーマーは眠らない』小田嶋隆
『山手線膝栗毛』小田嶋隆
『仏の顔もサンドバッグ』小田嶋隆
『コンピュータ妄語録』小田嶋隆
『「ふへ」の国から ことばの解体新書』小田嶋隆
『無資本主義商品論 金満大国の貧しきココロ』小田嶋隆
『罵詈罵詈 11人の説教強盗へ』小田嶋隆
『かくかく私価時価 無資本主義商品論 1997-2003』小田嶋隆
『イン・ヒズ・オウン・サイト ネット巌窟王の電脳日記ワールド』小田嶋隆
『テレビ標本箱』小田嶋隆
『テレビ救急箱』小田嶋隆

「そっとしておいてください」
 と遺族は言ったのだ。
 が、「〈そっとしておいてください〉と、遺族の方はおっしゃっています」
 と、記者は言った。

【『安全太郎の夜』小田嶋隆(河出書房新社、1991年)】

 私はマスゴミという言葉を使わない。だってゴミに失礼だから。ゴミは捨てられる直前まで必要とされている。一方、マスコミは事実を歪めた不要な情報でもって社会を撹乱(かくらん)する。つまりマスコミはゴミ以下の存在なのだ(←断言してしまうぞ)。

 もちろん事実を報道することに一定の意味があることは私も認めよう。だが増長した彼らは「何を報じ、何を報じないかは我々が決める」とまで錯覚し、かつては世論を誘導して大東亜戦争に至らしめた過去がある。佐藤栄作首相が退任記者会見(1972年)において新聞社を追い出したことは有名だが、この時新聞記者が首相の話に口を挟んだ事実を見逃してはならないだろう。


 各紙は3日間ほど佐藤批判に紙面を割いた。明らかな意趣返しである。さしずめ「俺たちに逆らうとどうなるか思い知らせてやる」といったところか。

 それでもまだ昭和が終わる頃までは新聞とテレビを人々は【信じて】いた。そこにあるのは全部「正しい情報」だと思い込んでいた。辞書と同じくらい信用していた。

 もともと人間のクズだったマスコミが(※「ゴミとクズは同じだろう!」という突っ込みはご勘弁を。最低という意味合いの比喩だと受け止めてくれ給え)いよいよその正体を露わにしたのは朝日新聞珊瑚記事捏造事件いゆわるKY事件であった。1989年(平成元年)のこと。私は当時、朝日新聞を購読していたのでよく覚えている。朝日新聞社は過去にも伊藤律会見報道事件(1950年〈昭和25年〉)という虚偽報道を行っている。極めつけは日本の報道史における最大の禍根といってよい「朝日新聞の慰安婦報道問題」である。1982に始まり2014年の訂正記事を出すまで何と32年の長きにわたって嘘を報じ続けた。ったく『ドカベン』かよ。

 報道はイエロージャーナリズムに変わり果てた。かつてネット上の書き込みを「便所の落書き」と評したのは筑紫哲也〈ちくし・てつや〉だが、マスコミはウンコの位置にまで低下した。


 座間の連続殺害事件でも同じことがあった。




「実名報道しないで下さい」という張り紙があったことを、実名で報道する。相模原障害者施設殺傷事件でも被害者のプライバシーは晒(さら)された。

 かつて「メディアは下水管だ」(『無資本主義商品論 金満大国の貧しきココロ』)と書いた小田嶋が、「新聞には編集という作業が伴う」と持ち上げた。ラジオ番組の発言だから新聞社をヨイショした可能性もあるが、私の眼には変節と映った。

 小田嶋の著作でおすすめできるのはアルコール中毒が極まった『イン・ヒズ・オウン・サイト』までである。内田樹〈うちだ・たつる〉に師匠と持ち上げられ、平川克美が接近してからは読むに堪(た)えない。

安全太郎の夜
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