2019-12-19

ハリケーン・カトリーナとウォルマート/『アナタはなぜチェックリストを使わないのか? 重大な局面で“正しい決断”をする方法』アトゥール・ガワンデ


・『予期せぬ瞬間』(『コード・ブルー 外科研修医救急コール』改題)アトゥール・ガワンデ

 ・読書日記
 ・ハリケーン・カトリーナとウォルマート

・『医師は最善を尽くしているか 医療現場の常識を変えた11のエピソード』アトゥール・ガワンデ
『死すべき定め 死にゆく人に何ができるか』アトゥール・ガワンデ

必読書リスト その二

 その結果は悲惨だった。水と食糧を満載したトラックは、「我々が頼んだものではない」と政府に追い返された。避難用のバスの手配は何日も遅れ、正式な要請が運輸省に届いたのは、数万人が閉じ込められてから二日後のことだった。地元のバス200台が高地にあったのだが、それらは全く使われなかった。
 政府が決して非情だったというわけではない。だが、複雑な事態に対処するためには権限をできる限り分散させる必要がある、ということを理解していなかった。これが致命的だった。誰もが助けを求めていたが、権限を中央に集中させた政府の救援策は機能しなかった。
 後日、国土安全保障省長官のマイケル・チャートフは「誰にも予想できない、想定の枠をはるかに超えた大災害だった」と弁明した。しかし、それこそがまさしく「複雑な問題」の定義なのだ。それに対処するのが彼らのしごとなのだから、何の説明にもなっていない。「複雑な問題」に対処するには、昔ながらの一極集中の指令システムではなく、別の方法が必要なのだ。
 ハーバード・ケネディスクールの事例研究によれば、この複雑な状況に一番うまく対応したのは大手量販店のウォルマートだった。状況を伝え聞くと、社長のリー・スコットは「わが社はこの最大級の災害に対応していく」と宣言した。そして、ミーティングでこう言った。「自分が持つ権限以上の決断をくださなければならない状況もたくさん発生すると思う。手元にある情報を元にベストの決断をしろ。そして何より、正しいことをしろ」
 社長の命令はそれだけだった。(中略)
 ウォルマートの各店長は自主判断でおむつ、水、粉ミルク、氷を配り始めた。(中略)
 ウォルマートの役員は、細かい指示を出すのではなく、情報が円滑に伝達されるように全力を注いだ。(中略)
「アメリカ政府がウォルマートのような対応をしていれば、このような惨状は防ぐことができただろう」ジェファーソン郡の長官、アーロン・ブルッサードはテレビのインタビューでそう語った。

【『アナタはなぜチェックリストを使わないのか? 重大な局面で“正しい決断”をする方法』アトゥール・ガワンデ:吉田竜〈よしだ・りゅう〉訳(晋遊舎、2011年/原書2009年米国)】

 関連本は読書日記で紹介したので、こちらでは刊行順のリストにした。

 元々読むつもりのなかった本だ。ただアトゥール・ガワンデという著者を辿っただけのことだ。チェックリストに興味を抱く人はまずいないだろう。ところがどうだ。のっけから引き込まれた。恐るべき文才である。複雑化する医療業界にチェックリストを導入することで事故率の減少を目指す奮闘ぶりが骨子であるが、そこに至るまでのエピソードが短篇小説の如く鮮やかに描かれている。なかんづくハリケーン・カトリーナと航空機事故の件(くだり)が忘れられない。

 ヒトの最大の能力は「協力する」ところにある。人類における諸々の革命的な文明の変遷はいずれも集団の変化を示すものだ。一般的には1.農業革命、2.精神革命、3.科学革命とされるが、ユヴァル・ノア・ハラリは認知革命(0.5)を示した。他にも都市革命(2.5)を入れる場合がある。

 ヒトが社会的動物である以上、あらゆる集団・結社は何らかの公益を目的とする。公益を見出さなければ人類が血縁・地縁を超えることはなかったに違いない。ブラック企業や反社会的勢力が追求するのは私益のみだ。連中にはかつての暴力団ほどの連帯意識もない。

 高度経済成長期においてサラリーマンは「猛烈」を体現し、家庭よりも仕事を優先するのが当たり前だった。会社は家族そのものであり定年まで人生を捧げるのが普通だった。バブル景気が崩壊した後、そうした文化はすっかり廃(すた)れてしまったが、派遣社員であれパートタイマーであれ会社に身を置く以上は何らかの自己犠牲と協力、公益追求が求められる。

 ハリケーン・カトリーナ(2005年8月)は北米を襲った最大の台風被害である。

動画

 ウォルマートの社長が「正しいことをしろ」と命じたのは、言い換えれば「社会に尽くせ」ということだろう。社員はそれに応えた。ものの見事に。政府の混乱を尻目にウォルマートは為すべきことを成し遂げた。スーパーマーケットが利益を捨てて公益を優先した。人々は救われた。

 平時の理想よりも有事の行動である。百万言を費やすよりも無死の行動が優(まさ)る。ウォルマートは社会に必要な会社となった。晴れがましく誇らしい社員の顔が浮かんでくる。株価では表せないほどの財産がウォルマートを長く発展させることだろう。


コーネル大学・社団法人新日本スーパーマーケット協会2011年特別セミナー | Retailers

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