2008-05-09

エピジェネティクス(後成遺伝学)/『迷惑な進化 病気の遺伝子はどこから来たのか』シャロン・モアレム、ジョナサン・プリンス


オスの子孫に危険を「警告」する遺伝メカニズム、マウスで発見
『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』フランス・ドゥ・ヴァール
『ママ、最後の抱擁 わたしたちに動物の情動がわかるのか』フランス・ドゥ・ヴァール
『なぜ美人ばかりが得をするのか』ナンシー・エトコフ
『病気はなぜ、あるのか 進化医学による新しい理解』ランドルフ・M・ネシー&ジョージ・C・ウィリアムズ

 ・エピジェネティクス(後成遺伝学)

『あなたはプラシーボ 思考を物質に変える』ジョー・ディスペンザ
『失われてゆく、我々の内なる細菌』マーティン・J・ブレイザー
『ガン食事療法全書』マックス・ゲルソン
『日々是修行 現代人のための仏教100話』佐々木閑
『DNA再起動 人生を変える最高の食事法』シャロン・モアレム

必読書リスト その三

 祖父がアルツハイマーになった。著者が15歳の時だ。祖父が元気な頃、「体調がよくなる」と言って好んで献血をしていた。その理由を学校の先生や、かかりつけの医師に尋ねてみたがわからなかった。15歳の少年は医学図書館へ足繁く通い、遂にヘモクロマトーシスという珍しい遺伝性の病気を発見する。体内に鉄が蓄積される病気だった。少年は直感的に、ヘモクロマトーシスがアルツハイマーと関連していると推測した。だが、子供の話に耳を傾ける大人はいなかった。後年、シャロン・モアレムはこれを証明し、博士号をとった――こんな美しいエピソードからこの本は始まる。専門書にもかかわらずこれほど読みやすいのは、スピーチライター(ジョナサン・プリンス )の力もさることながら、最初の志を失わない研究態度に由来しているのだろう。

 遺伝子は「生命の設計図」といわれる。遺伝情報によって、罹(かか)りやすい病気がある。はたまた、「生きとし生けるものが必ず死ぬ」のも遺伝情報があるためだ。では、なぜわざわざ病気になるような遺伝子が子孫に伝えられてゆくのか?

 40年後にかならず死ぬと決まっている薬をあなたが飲むとしたら、その理由はなんだろう? その薬は、あなたが明日死ぬのを止めてくれるからだ。中年になるころ鉄の過剰蓄積であなたの命を奪うかもしれない遺伝子が選ばれたのはなぜだろう? その遺伝子は、あなたが中年に達するよりずっと前に死ぬかもしれない病気から守ってくれるからだ。

【『迷惑な進化 病気の遺伝子はどこから来たのか』シャロン・モアレム、ジョナサン・プリンス:矢野真千子訳(NHK出版、2007年)以下同】

 つまり、致死性の高い病気の流行から生き延びるために、ヒトは少々のリスクを選び取ったということらしい。当然、国や地域によって固有の遺伝情報が存在する。

 そう、進化はすごいが、完璧ではない。適応というのは言ってみればある種の妥協で、ある状況にたいする改良は別の面で不利益を生む。クジャクの美しい羽根はメスを引きつけるのにはいいが、捕食動物の目も引いてしまう。人類の二足歩行への進化は大きな脳を作ることを可能にしたが、胎児の頭が産道を通り抜けるときに母子ともにひどい苦痛をもたらしている。自然淘汰がはたらけば、いつも「よくなる」とはかぎらない。生存と種の保存の機会が少し高まるだけなのだ。

 その典型が「アレルギー」である。

 次に、身体全体がどれほど絶妙なシステムで健康を維持しているかという例を――

 僕たちの皮膚は太陽光にさらされるとコレステロールをビタミンDに変える。(中略)人間の体はよくできていて、体内に十分なコレステロールがある状態で夏場に日光を浴びておけば、冬場を切り抜けられるだけのビタミンDを備蓄できる。(中略)
 日焼けのもととなる紫外線を遮断する、いわゆる日焼け止めは、皮肉なことにビタミンDを作るのに必要なUVBも遮断してしまう。オーストラリアではこのところ国をあげて、皮膚癌予防のために「長袖シャツを着よう、日焼け止めを塗ろう、帽子をかぶろう」というキャンペーンを展開しているが、そのために予期せぬ結果が生じている。浴びる日光の量が減るとともに、オーストラリア人にビタミンD欠損症が増えているのだ。

 だれでも経験のあることだと思うが、皮膚の色は太陽の光を浴びることで一時的に濃くなる。いわゆる日焼けだ。人が自然な状態で太陽光にさらされると、ほぼ同時に下垂体が反応してメラノサイトの稼働率をアップさせるようなホルモンを出す。ところが、この増産命令は意外なものでじゃまをされる。下垂体は情報を視神経から得る。視神経が日光を感知するとその信号を下垂体に伝え、メラノサイトに増産命令を下す。そんなとき、サングラスをかけていたら? 視神経に届く日光の量が少ないので下垂体に送られる信号も少なくなり、下垂体が出すホルモンの量が減り、メラニンの生産量も減る。結果、日焼けによる皮膚の炎症を起こしやすくなる。もしあなたがいま、ビーチで紫外線カットのサングラスをかけてこの本を読んでくれているのなら、悪いことは言わない、そのサングラスをはずしたほうがいい。

 便利さや快適さが、本来受けるべきシグナルを遮断する。

「特定の人類集団は特定の遺伝的遺産を共有しており、その遺伝的遺産はそれぞれが暮らした環境に適応するようそれぞれの淘汰圧を受けた結果だ」

 科学や医学など、文明の発達によって淘汰圧は少なくなっている。ということは、遺伝子が進化(変化)するチャンスは少なくなりつつあるのだろう。それでも、環境汚染や食品添加物などは淘汰圧といえる。

 有機農業がときに諸刃(もろは)の剣(つるぎ)となることを説明するには、セロリがいい例になる。セロリはソラレンという物質を作って防衛している。ソラレンはDNAや組織を傷つける毒で、人間にたいしては皮膚の紫外線への感受性を高める性質をもつ。(中略)
 セロリの特徴は、自分が攻撃されていると感じると急ピッチでソラレンの大量生産をはじめることだ。茎に傷がついたセロリは無傷のセロリとくらべて100倍ものソラレンが含まれている。合成殺虫剤を使っている農家というのは、基本的には植物を敵の攻撃から守るためにそれを使っている(もっとも、殺虫剤を使うことでさまざまな別の問題も生み出しているわけだが、それについてはここでは割愛する)。有機栽培農家は殺虫剤を使わない。つまり、虫やカビの攻撃でセロリの茎が傷つくのをそのままにして、ソラレンの大量生産を野放しにしていることになる。殺虫剤の毒を減らそうとあらゆる努力をしている有機農家は、結果的に植物の天然の毒を増やしているというわけだ。
 いやはや、生き物の世界は複雑だ。

 この前後に、ウイルスが宿主としての人間をどのようにコントロールしているかが書かれていて実に面白い。普段のくしゃみは異物の混入を防ぐ行為だが、風邪をひいた時のくしゃみは、ウイルスを撒き散らすために行われている、というような発想がユニーク。

 でもって、著者が出した結論は何か――

 イーワルドは、病原体の進化のしくみを理解すれば毒力を弱めることは可能だと考えている。この考え方の基本はこうだ。「人間を動き回らせる以外には病原体を広める手段がない」という状況にしてしまえば、病原体は人間をとことん弱らせる方向には進化しないのではないか。

 このことから、僕たちはひじょうに重要なことを学べる。すなわち、抗生物質による「軍拡競争」で細菌をより強く、より危険にしてしまうのでなく、細菌を僕たちに合わせるよう変える方法を探ったほうがいいということだ。
 イーワルドはこう述べている。

 病原体の進化をコントロールすることで、その毒力を弱め、人類と共存しやすい病原体に変えていくことが可能になる。病原体が弱毒性のものになれば、私たちの大半はそれに感染したことさえ気づかなくなるかもしれない。つまりは、ほとんどの人が体内に無料の生きたワクチンを入れているような状態になるのだ。

 さて、ジャンクDNAの話をおぼえているだろうか? これは、タンパク質を作る指示である暗号(コード)を出さない「非コードDNA」だ。人間はなぜ、こんな役立たずの膨大なDNAを背負って進化の旅を続けているのだろう? そもそも科学者たちがこれらのDNA を「ジャンク」と呼ぶようになったのは、それが役立たずだと思ったからだ。しかし、その科学者たちもいまや、非コードDNAの役割に注目しはじめている。最初の鍵となったのはジャンピング遺伝子だった。
 科学者がジャンピング遺伝子の存在と重要性を認めるや、研究者たちは人間を含むあらゆる生き物のゲノムのそれを探しはじめた。そしてまず驚いたのは、非コードDNAの半分近くがジャンピング遺伝子で占められていることだった。さらに、もっと驚いたのは、ジャンピング遺伝子が特殊なタイプのウイルスにひじょうによく似ていることだ。どうやら、人間の DNAのかなりの割合はウイルス由来のようなのだ。

 ね、凄いでしょ。ドキドキワクワクが止まらんよ(笑)。本を読む醍醐味ってのは、こういうところにあるのだ。題して「ウイルスとの共生」。しかも、遺伝子自体がそのようにできてるってんだから凄い。

 昂奮のあまりまとまらないので、あとは抜き書きしておくよ(笑)。

 遺伝子があることと、その遺伝子が機能することは別なのだ。

 人間のエピジェネティクス(後成遺伝学)研究で、現在もっとも注目されているのは胎児の発生についてだ。受精直後の数日間、母親自身まだ妊娠したとは気づいていない時期が、かつて考えられていた以上に重要であることはいまや明白になっている。この時期に重要な遺伝子のスイッチが入ったり切れたりしている。また、エピジェネティックな信号が送られるのは早ければ早いほど、胎児にその指示が伝わりやすい。言ってみれば、母親の子宮は小さな進化実験室だ。新しい形質はここで、胎児の生存と発育に役に立つものかどうかが試される。役に立たないとわかったら、それ以上育てずに流す。実際に、流産した胎児には遺伝的な異常が多く認められている。
 エピジェネティックが小児肥満の大流行に関与している理由をここで説明しておこう。アメリカ人の奥さんが食べているいわゆるジャンクフードは、高カロリー高脂肪でありながら、栄養分、とくに胚の発生時に重要な栄養分がほとんど入っていない。妊娠1週目の妊婦が典型的なジャンクフード中心の食事をしていれば、胚は、これから生まれ出る外の世界は食糧事情が悪いという信号を受け取る。こうしたエピジェネティックな影響を複合的に受けて、さまざまな遺伝子がスイッチをオンにしたりオフにしたりしながら、少ない食料で生き延びられる体の小さな赤ん坊を作る。(中略)
 母親が妊娠初期に栄養不良だと、節約型の代謝をする体の小さな赤ん坊が生まれる。だがその節約型の代謝のせいで、その後はどんどん脂肪をためこんで太るというわけだ。

 エピジェネティック効果や母性効果の不思議について、ニューヨークの世界貿易センターとワシントン近郊で起きた9.11テロ後の数か月のことを眺めてみよう。このころ、後期流産の件数は跳ね上がった――カリフォルニア州で調べた数字だが。この現象を、強いストレスがかかった一部の妊婦は自己管理がおろそかになったからだ、と説明するのは簡単だ。しかし、流産が増えたのは男の胎児ばかりだったという事実はどう説明すればいいのだろう。
 カリフォルニア州では2001年の10月と11月に、男児の流産率が25パーセントも増加した。母親のエピジェネティックな構造の、あるいは遺伝子的な構造の何かが、胎内にいるのは男の子だと感じとり、流産を誘発したのではないだろうか。
 そう推測することはできても、真実については皆目わからない。たしかに、生まれる前も生まれたあとも、女児より男児のほうが死亡しやすい。飢餓が発生したときも、男の子から先に死ぬ。これは人類が進化させてきた、危機のときに始動する自動資源保護システムのようなものなのかもしれない。多数の女性と少数の強い男性という人口構成集団のほうが、その逆よりも生存と種の保存が確実だろうから。(1995年の阪神大震災後も同様の傾向が出ている)

 すでにご存じのことと思うが、癌というのは特定の病気の名前ではない。細胞の増殖が軌道を外れて暴走してしまう病気の総称だ。

 おそらく、老化がプログラムされていることは個人にとって有益なのではなく、種にとって進化上有益なのだろう。老化は「計画された旧式化」の生物版ではないだろうか。計画された旧式化とは、冷蔵庫から自家用車まで、あらゆる工業製品に「賞味期限」をあたえるという概念だ。

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