2018-11-18

シリーズ中唯一の駄作/『疑心 隠蔽捜査3』今野敏


『隠蔽捜査』今野敏
『果断 隠蔽捜査2』今野敏

 ・シリーズ中唯一の駄作

『初陣 隠蔽捜査3.5』今野敏
『転迷 隠蔽捜査4』今野敏
『宰領 隠蔽捜査5』今野敏
『自覚 隠蔽捜査5.5』今野敏
『去就 隠蔽捜査6』今野敏
『棲月 隠蔽捜査7』今野敏
・『空席 隠蔽捜査シリーズ/Kindle版』今野敏
『清明 隠蔽捜査8』今野敏
・『選択 隠蔽捜査外伝/Kindle版』今野敏
・『探花 隠蔽捜査9』今野敏

ミステリ&SF

 まったく、恋愛というやつは理解に苦しむ。いや、恋愛感情を否定するわけではない。男女の関係にルールやしきたりがあるような風潮が理解できないのだ。
 もっと理解できないのが、あたかもこの世で一番大切なものが恋愛であるかのようなテレビドラマや映画が人気を博していることだ。世間の人々の関心事が恋愛なのではないかと思えてしまう。
 実際にそうなのかもしれない。
 そんな国は滅ぶ。竜崎は、本気でそう考えていた。(中略)
 思う人に思われない。いわゆる片思いというのが、恋の悩みの大部分を占めるのだろうが、恋愛に限らず人生うまくいかないのが当たり前だ。大人ならそれくらいのことは充分に認識できるはずだ。
 昨今、交際を断られたことが動機となる若者の凶悪犯罪が目立つ。社会的なトレーニングの欠如だろうと、竜崎は思う。
 断られることなで、長い人生においてはどうということはないのだ。だが、それを受け容(い)れることができずに、感情的になって犯行に及ぶのだろう。
 交際を断られたから、刺し殺した。
 無視されたから、殺した。
 振り向いてもらえなかったから、猟銃で撃ち殺した……。
 枚挙にいとまがない。
 こうした犯罪の一因として、恋愛至上主義ともいえる昨今の風潮があるかもしれない。

【『疑心 隠蔽捜査3』今野敏〈こんの・びん〉(新潮社、2009年/新潮文庫、2012年)】

 その竜崎が生まれて初めて恋を経験する。ありきたりの展開は若い読者に向けたサービス精神の現れか。終始、感情移入することができなかった。堅物のキャリ官僚も一皮むけば普通の人間と変わらなかった、という話のどこが面白いのだろう? 中学生でも思いつくプロットだ。

 ただしシリーズ物としての意味がないこともない。隠蔽捜査シリーズの「.5」は短篇集なのだが、新しいストーリーに発展させているところはさすがである。

 恋愛至上主義は歌に始まる。思春期であればまだしも、年老いた演歌歌手までが男と女の心の綾を熱唱する。他に歌うものがないのだろうか? ないんだな、これが(笑)。俳句の伝統を思えばもっと自然や風景を歌うべきだし、社会風刺や流行、科学や技術革新、労働と生活、友情や信頼関係などが歌われるべきだ。「野球部に入っていると爪水虫になりやすいぞ」なんていう歌があったら俺は水虫にならなくて済んだのに。料理や算数の歌だってもっとあっていいはずだ。大体、相対性理論や量子力学が歌われていない現実がおかしいのだ。

 私の親友が恋の悩みを先輩に打ち明けた。「本当に相手のことを大切に思っているのか? そして結婚まで考えているのか?」と先輩は訊(き)いた。「はい」と応じると先輩は答えた。「君の気持ちが純粋なことはよくわかった。恋愛感情というのは時に美しく感じられるものだが本当は違う。我々男たちが最終的に考えているのは『やりたい』ってだけのことなんだ。その欲望をよく見極めて行動するように」と。

 恋愛とは優れた遺伝子を探す本能に基づく条件反射だ。美男美女(『なぜ美人ばかりが得をするのか』ナンシー・エトコフ)に衆目が集まるのは、遺伝情報が顔に現れやすいためだ。均整のとれた体型も同様である。更に家柄・学歴は社会で生きてゆく上でのメリットであるが、基本的には子孫の生存率が高まることを意味する。人類の歩みを振り返れば男性の優位性は暴力・体力→政治力→財力とシフトしてきているように見える。政治力・財力は知力と置き換えてもよい。要は「他人からいかに奪うか」というのが男の本領であろう。

 自分に最適な遺伝子を見つける方法は案外簡単である。それは体臭だ。相手の体臭を「いい匂い」と感じれば、それが最もタイプの遠い遺伝子を示しており、自分の遺伝子と掛け合わせることで強い子供が生まれるという寸法だ。整形手術で顔は誤魔化せても体臭は変えようがない。

 ここで最大の疑問が生じる。なぜ人類は進化しているように見えないのだろう? 実に不思議なことだ。

 恋愛至上主義は自分が大切にされてこなかったことに対する反動だ。高度成長期にフォークやニューミュージックが一世を風靡(ふうび)したのも偶然ではあるまい。生活の豊かさが愛情を枯渇させたのだ。大事にされた経験が人の目方の中心を成す。軸の弱い人は風に翻弄されやすい。他人の視線や顔色を窺いながら自分の人生を見失ってゆく羽目に陥る。

「いのち短し 恋せよ乙女/あかき唇 あせぬ間に/熱き血潮の 冷えぬ間に/明日の月日は ないものを」(『ゴンドラの歌』大正4年〈1915年〉)――ま、「若いうちに子供を産め」って歌だわな。


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