・『隠蔽捜査』今野敏
・「ならば、変えなければならない」
・『疑心 隠蔽捜査3』今野敏
・『初陣 隠蔽捜査3.5』今野敏
・『転迷 隠蔽捜査4』今野敏
・『宰領 隠蔽捜査5』今野敏
・『自覚 隠蔽捜査5.5』今野敏
・『去就 隠蔽捜査6』今野敏
・『棲月 隠蔽捜査7』今野敏
・『空席 隠蔽捜査シリーズ/Kindle版』今野敏
・『清明 隠蔽捜査8』今野敏
・『選択 隠蔽捜査外伝/Kindle版』今野敏
・『探花(たんか) 隠蔽捜査9』今野敏
・ミステリ&SF
・必読書リスト その一
世間のことを知らなければ的確な指示が出せないという警察官僚もいるが、竜崎にいわせれば、その程度の者は警察官僚になるべきではない。一生現場にいればいいのだ。
国家公務員がすべきことは、現状に自分の判断を合わせることではない。現状を理想に近づけることだ。そのために、確固たる判断力が必要なのだ。竜崎はそう信じている。世俗の垢にまみれる必要などない。指揮官に求められるのは、合理的な判断なのだ。
【『果断 隠蔽捜査2』今野敏〈こんの・びん〉(新潮社、2007年/新潮文庫、2010年)以下同】
家族の不祥事で左遷の憂き目に遭った竜崎は警察署長となった。主人公が現場の最前線で指揮を執ると、やはりストーリーの精彩が上がる。立場が変わっても竜崎の信念が揺らぐことはなかった。彼は警察の仕事に心から誇りを抱いていた。
前巻では父子の対話であったが、本巻ではPTAとの会話がエリートと大衆の落差を象徴している。発想が違うのだ。竜崎の発言にPTAはさることながら、教師や同行した警察幹部までが唖然とする。
竜崎は、手を止めて貝沼を見つめた。貝沼の表情は読めない。真意がまったくわからなかった。
「じゃあ、方面本部が死ねと言えば、君は死ぬのか?」
「時と場合によありますが、そういうこともあるという覚悟はしております」
「警察の指揮系統と言ったが、それは幹部がまともな命令を下すという前提で重視されるべきものだ。そうじゃないか? 理不尽な命令に盲従する必要などない」
「ですが、それが警察というものです」
「ならば、変えなければならない」
貝沼副署長が無表情のまま見返してきた。斎藤警務課長も、無言のまま立ち尽くしている。
「なんだ?」
竜崎は、二人に尋ねた。「私は何か、おかしなことを言ったか?」
「いえ」
貝沼副署長が言った。「本当に、野間崎管理官のことはよろしいのですか」
「いい」
「では、お任せします」
ようやく二人は出て行った。
竜崎にだって、二人が何を恐れているかくらいはわかる。警察というのは、古い体質が残っている。それは、ひょっとしたら明治に警察庁ができて以来変わらないのではないかとすら思えてしまう。冗談のようだが、いまだに薩長閥が幅をきかせている。
「ならば、変えなければならない」との一言に竜崎の真骨頂がある。清濁併せ呑んで物分かりがよくなることが大人なのではない。大人とはある責任を引き受けた上で若者の手本となる人物をいうのだ。幾度となく煮え湯を呑まされている内に精神が澱(よど)み、濁ってゆく男がそこここにいる。彼らが上司に逆らったり、組織を改革することはないだろう。せいぜい酒場で他人の悪口を言うのが関の山だ。
官僚組織の複雑さを初めて知った。野間崎は役職が竜崎よりも上だがノンキャリアだ。キャリア組も同様で役職よりも入庁年度がものを言うらしい。
もちろん竜崎一人が頑張ったところで警察組織が変わるはずもない。だが署内は確実に変わってゆく。
捜査が差し迫ってゆく中で竜崎の妻が倒れる。ラストシーンでやり取りされる夫婦の会話が短篇小説のように味わい深く、静かな余韻を響かせる。
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