2022-01-14

竜崎伸也というキャラクター/『転迷 隠蔽捜査4』今野敏


『隠蔽捜査』今野敏
『果断 隠蔽捜査2』今野敏
『疑心 隠蔽捜査3』今野敏
『初陣 隠蔽捜査3.5』今野敏

 ・竜崎伸也というキャラクター

『宰領 隠蔽捜査5』今野敏
『自覚 隠蔽捜査5.5』今野敏
『去就 隠蔽捜査6』今野敏
『棲月 隠蔽捜査7』今野敏
・『空席 隠蔽捜査シリーズ/Kindle版』今野敏
『清明 隠蔽捜査8』今野敏
・『選択 隠蔽捜査外伝/Kindle版』今野敏
・『探花 隠蔽捜査9』今野敏

 その折口理事官から電話があったのは、夕刻のことだった。
「記者会見はご覧になりましたか?」
「見ました」
「さぞかし、歯がゆい思いをされたことでしょうね?」
「そんなことはありません。妥当な落としどころだと思います」
「本音ですか?」
「私は本音しか言いません」
「そうでしょうね。あなたは、やはり面白い方だ」
「別に面白くはないと思いますよ」
「あなただけです。私の悩みをずばり指摘してくださったのは……」
「自責の念にかられていたということですね?」
「あなたは私の苦しみを理解してくださった。私の野心が八田さんと若尾さんを死なせる結果になってしまったのです」
「後悔しても二人は生き返りません。また、事実を隠蔽したところで、何の解決にもなりません」
「おそらく、あなたのおっしゃるとおりなのだと思います」
「私たちは国家公務員です」
「ええ……」
「国家公務員は、国のために働いている。それはつまり、戦いの最戦線にいるということです。戦いなのだから、時に犠牲者も出ます」
 しばらく無言の間があった。
「勇気が出るお言葉です」
「同じ間違いを繰り返さないことです」
「やはり、あなたは一所轄の長に甘んじているような方ではない」

【『転迷 隠蔽捜査4』今野敏〈こんの・びん〉(新潮社、2011年/新潮文庫、2014年)】

「9」が刊行される(1月19日発売)ことを知り、1から読み直しているところ。1日2冊ペースで読んでいる。2と4(本作)が出色の出来だ。

 初めて読んだのは4年前のこと。謎解きの部分はきれいさっぱり忘れている。物覚えが悪いのも捨てたものではない。同じ本を何度も楽しめるのだから。

 今野敏の名前は知っていたがそれまで読んだ作品はなかった。1978年、大学在学中にデビューし、その後は長らく賞と無縁な時代が続いた。『隠蔽捜査』で2005年の吉川英治文学新人賞、『果断 隠蔽捜査2』で2008年の山本周五郎賞と日本推理作家協会賞を受賞した。「玄人(くろうと)筋では評価が高かった」(西上心太〈にしがみ・しんた〉:「果断」文庫版解説)、「無冠の帝王であった」(村上貴史〈むらかみ・たかし〉:「初陣」文庫版解説)などと持ち上げる向きもあるが買い被り過ぎだろう。本シリーズ以外の作品を2~3冊読んだが全く面白くなかった。

 つまり、だ。今野敏は「竜崎伸也」〈りゅうざき・しんや〉というキャラクターを生み出すのに作家人生の四半世紀を費やしたことになる。

 キャラクターは特徴・性質を表す言葉で、個人を表すのはパーソンである。パーソンはペルソナ(仮面)に由来する。竜崎伸也というパーソンを生んだ途端、物語は勝手に走り出したのだろう。確立されたキャラクターは自律運動を始めるのだ。

 キリスト教の場合だとアダムとイブが該当する。ま、神そのものにも特徴があるゆえ、大いなるペルソナと考えてよかろう。

 そこまで気づくと、結局我々の人生も「どのようなキャラクター作りを行うか」がテーマになっていることが理解できる。思春期に方針が決まらないと、外部の様々な情報に振り回される羽目になる。私のように3歳でキャラクターが決まっていれば、あれこれ迷うことは全くない。間もなく還暦を迎えるが、他人の顔色を窺ったことは片手で数えるほどしかない。いつだって喧嘩上等である。

 本シリーズが独創的なのは警察庁のキャリア官僚を主役にしたところだが、原理原則と合理性を重んじる竜崎は、役人の理想を体現しているように見える。しかしそれだけではあまりにも小物である。ヒーローたり得ない。竜崎の価値観は本音と建て前を使い分ける日本の文化や、上意下達の官僚組織や、縦割り行政の矛盾を衝くために必要不可欠なのだ。

 エリート官僚の世界は足の引っ張り合いが横行し、縄張り意識で省庁や警察署同士がいがみ合い、権限のある者が威張り散らす。大東亜戦争を思い起こすほど、この国の権力機構は変わっていない。彼らの仕事の半分以上は無駄なもので、国民の利益よりも自分たちの面子をひたすら重んじる。

 キャリアとノンキャリアの差別も酷いものだ。日本では22歳で競争が終わってしまうのだから。大器晩成型の人材は役所で生きてゆくことはできないだろう。エリート選抜システムの単純さがこの国を亡ぼすかもしれない。そんな危惧すら抱かせる。

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