2020-12-27

醤油の原型は鎌倉時代に/『日本文明と近代西洋 「鎖国」再考』川勝平太


日本の近代史を学ぶ

 認識の契機は共感にあるのではないか。万巻の書をひもといても、深く共感するところがなければ身にはつかない。感性(パトス)にうったえることのない論理(ロゴス)はいかに精緻であっても空虚である。一方、ロゴスに高められないパトスは出口をふさがれた牢獄のごときものであろう。「古典を読め」とはよくいわれるが、相性のわるい古典はいくら読んでも得心がいくものではない。カントは「われわれの認識は感性から悟性へ進みついに理性におわる」といったが、名著も自己をかえりみる鑑として、自己の感性をひらき、理性的な認識に深めていく手だてでしかない。学問の道が自己修養といわれるゆえんであろう。 【『日本文明と近代西洋 「鎖国」再考』川勝平太〈かわかつ・へいた〉(NHKブックス、1991年)以下同】

 川勝平太は現静岡県知事である。上から目線全開の文章で学問とは思い上がりの道具でしかないことがよく理解できる。

 2020年10月7日の知事定例会見において、日本学術会議が推薦した会員候補105人のうち政府が6人の任命を拒否した問題について、「菅義偉という人物の教養のレベルが図らずも露見したということではないか」「学問をされた人ではない。単位のために大学を出られた」「任命権があるとか何も語ってないに等しい。信教、学問、言論の自由は基本中の基本。日本の学問立国に泥を塗る汚点」などと発言した。10月12日、静岡県議会最大会派の自民改革会議はこの発言に対し「学歴に関して個人への誹謗中傷に当たるような発言はいかがなものか。周囲に物議をかもす発言はしないよう今後は気を付けてほしい」と川勝に公の場での発言には慎重を期すよう申し入れることを決めた。静岡県議会では、静岡県議会議長が「公の場で個人の資質に言及するのは遺憾だ」と語った。自民会派は「過去にも行きすぎた言動で本質と懸け離れた部分で物議を醸すことが多々あった。同じ轍(てつ)を踏むことを遺憾に思う」。(中略)川勝は「大切なのは学歴ではなく学問。菅首相が学問を本当に大切にしている人かどうかについて疑問を持った」と述べ、発言を訂正する必要は無いと述べたが、10月16日、発言の一部(「菅首相が夜学を出た」「政治権力のトップにあるものが任命を拒否するのは教養がない」)について、事実認識に誤りがあったとして撤回、陳謝した。県に対し、14日までにメールや電話で寄せられた1192件の意見のうち、976件が発言を批判する内容だった。

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「認識の契機は共感にあるのではないか」と書いた当人が「共感を欠く」姿を晒(さら)し、学者の言葉が羽毛のように軽いことが証明された。かような面々を後期仏教(大乗)では「二乗」(にじょう)と斥(しりぞ)けた。

 参考文献に挙げられた『時計の社会史』『火縄銃から黒船まで』などが目を引く。本書のテーマは私の興味にドンピシャリであったが快調な出だしに対して、中盤から考察の澱(よど)みを感じた。

 醤油の日用品化は特に重要である。なぜならば、世界のほとんどの地域の料理には香辛料が必要だが、これは南洋に産するから輸入しなければならない。だが、日本は醤油のおかげでその輸入に頼らなくてすむことになった。醤油の歴史は魚醤(ぎょしょう)にさかのぼれる。これが醤(ひしお)に発展したが、今日の醤油の原型は鎌倉時代の禅僧が、中国からもたらした怪山寺味噌の製法過程で偶然発見したといわれる。これが改良されて醤油になった。醤油が初めて文献にあらわれるのは1597年に刊行された『易林本節用集』である。家庭に愛用されるようになったのは室町時代以降のことであった。そのほかにもこの時期にはいってきた重要な日用品がある。砂糖やタバコがそうだ。同じ時期に、サツマイモ、ジャガイモ、磁器、白糸といわれる生糸・絹織物もはいってきた。これらのどれひとつとして後代の日本人の生活様式にかかわらぬものはない。

 貨幣経済の発展も鎌倉時代のことである。思想・宗教の花が咲く時代は人心と共に脳の構造も大きく変化するのだろう。日本の湿気を嫌う人は多いが、世界で最も豊かな発酵文化があるのも、その湿度のお蔭なのだ。

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