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2021-07-15

自然派志向は老化を促進する/『若返るクラゲ 老いないネズミ 老化する人間』ジョシュ・ミッテルドルフ、ドリオン・セーガン


・『利己的な遺伝子』リチャード・ドーキンス
・『盲目の時計職人』リチャード・ドーキンス
・『遺伝子の川』リチャード・ドーキンス
・『赤の女王 性とヒトの進化』マット・リドレー
・『ゲノムが語る23の物語』マット・リドレー
・『やわらかな遺伝子』マット・リドレー
『遺伝子 親密なる人類史』シッダールタ・ムカジー

 ・自然派志向は老化を促進する

身体革命
必読書 その五

 わたしたちのほとんどは、「自然派志向」の商品がブームになる以前の時代を思い起こすことができない。しかし、50年前にはテクノロジーが王様で、わたしたちは自然を改良することになんの良心の呵責(かしゃく)も感じなかった。1950年代、子供はまだ幼い頃に扁桃腺(へんとうせん)を切られた。喉頭感染症のときに赤くなる傾向があるため、医師は自然がミスを犯したと考えたのだ。1950年代、スポック博士は母乳よりも乳製品を推奨していた。もちろん、「12の方法で体を強くする」と宣伝されたワンダーブレッドも忘れてはならない。
 その後の半世紀にわたって、わたしたちは自然食品や化粧品、石鹸、漢方薬、さらには自然素材の洋服などを勧められてきた。自然=健康。医学界は――とても立派なことに――体の働きを第一に考えることを学び、壊れてもいないものをあわてていじくりまわすのではなく、体に協力して自然治癒を推奨するようになった。こんにち、あらゆる病気に対する自然療法は、それが可能であるときはより好ましいと見なされている。
 そこまではいい。しかし、つぎのステップに進むには、すこし考える必要がある。わたしたちは老化に関するべつの現実に順応しなければならない。自然食や天然のハーブ、自然療法などは、老化を防ぐとは思えない。
 本書は「老化は進化のプログラムの欠陥ではなく、自然に正しく選択された設計特性である」と主張してきた。老化はごく深い意味において“自然”なものであり、進化によって生みだされ、遺伝子に組みこまれたものなのだ。
 自然なものへの崇拝は、そもそも進化への信仰から生まれたものだ。自然なものとは、わたしたちの祖先である生物や人間が進化してきた環境の一部である。ゆえに、わたしたち地震も自然なものに適応していると考えられる。自然食がよいものだとすれば、それは進化がわたしたちの体に合わせて授けた食物だからだ(この論理をさらに推し進めると、原始時代の食事をそっくりそのまま再現しようとする「パレオ・ダイエット」に行きつく)。自然選択はジェット機時代の生活のペースや、スモッグを吸いこんだりコカ・コーラを飲んだりする生活に合わせて人間をつくったわけではない。とすれば、現代生活の不満の多くは、わたしたちが送っている生活と、進化がわたしたちに準備した生活がマッチしていないことから起こるのではないか?
 そして実際、わたしたちの病気の多くが現代という時代の産物であるのは正しいように見える――喫煙や都会のスモッグによる肺癌、ジャンクフードによるメタボリック・シンドローム(脂肪の増加、高血圧、高血糖といった要因による2型糖尿病)、過剰な刺激による神経病、分裂した社会に生きることからくる鬱病。

 人は金をかけて使うことばかりにあくせくし、
 自分たちを取り巻く自然に目を向けようとしない。

 詩人のワーズワースがこの一節を書いたのは、1802年のことだ! 21世紀のわたしたちの生活モードを見たら、ワーズワースはなんというだろうか? 現代の西欧文明が生んだ孤独によって人間が負った傷、化学汚染、レトルト食品、人間の心理的欲求やバイオリズムを無視して押しつけられたスケジュール――これらはすべてすごくリアルで有害だ。しかし、老化とはあまり関係がない。
 老化は現代社会が生んだ疾病ではない。きのう生まれたものではなく、古くから伝わってきたものだ。19世紀の人々の写真を見たり、ヴィクトリア時代の小説に描かれた人たちの年齢を考えてみればいい。こうした人たちは、タバコや農薬やジャンクフードやコミュニティの崩壊以前の世界を生きていた。こんにちの標準からすれば、19世紀の人たちはみな自然食を食べていたにもかかわらず、現代の同年齢の人間より、容姿も感覚もふるまいもずっと年寄りじみている。19世紀の小説では、40代の登場人物はバイタリティを失っているし、50代の登場人物は現代の老人のように描かれている。そしてもちろん、当時は60代まで生きる人はごくまれだった。19世紀の平均余命はいまよりずっと短かったのだ。これは、出産で命を落とす母親が多かったとか、壮年の人々が伝染病で死ぬことが多かったとかいった理由からではない。当時の人たちは、現代のわたしたちが人生の最盛期と考えている年齢で、すでに健康を害し、バイタリティを失い、認知機能が低下していたのである。

 自然が体にいいという説は、「進化はわたしたちを組み立てるにあたって、最高の健康が得られるように設計したはずだ」という考えに由来する。「自然食を摂取することは、自然選択によって設計されたとおりに体を機能させる手助けをしていることであり、わたしたちは一歩うしろの退いて、体がわたしたちを癒すためにしていることを勝手にやらせたほうがいい」――この仮定は、若者の病気にはよく合致する。しかし、本書をここまでお読みになった方なら、老化は遺伝子に組み込まれた自己破壊プログラムであることを理解しているはずだ。この場合、体は自分を癒すためにベストをつくしたりはしない――それどころか、反対に自分自身に対して害をなすことをしている。
 自然食や自然療法は、体が自分自身を破壊する手助けをするのである。

【『若返るクラゲ 老いないネズミ 老化する人間』ジョシュ・ミッテルドルフ、ドリオン・セーガン:矢口誠訳(集英社インターナショナル、2018年)】

 マット・リドレーを読んだのは2年前である。まだ書評を書いていなかったとは……。小難しい本を後回しにするのは悪い癖である。

 本書はネオダーウィニズム批判を旨としており、読みやすい上に豊富なトピックで飽きさせることがない。訳文も平仮名の多用で読むスピードに配慮している。ドリオン・セーガンはカール・セーガンの息子。

 文句なしの面白さだが結論に異議あり。寿命を伸ばすことに固執しすぎだ。もっときれいにスパッと死ぬ準備をするのが進化の道理だろう。

 そもそも健康を意識すること自体が不健康な証拠である(三木清)。菜食主義者は植物の毒を省みることがない。そういう意味では健康もスタイルと化した感がある(石川九楊)。

 19世紀どころの話ではない。磯野波平が54歳と知った時の驚きは今でもありありと覚えている。当時私は52歳だった。『サザエさん』の連載が始まったのは昭和21年(1946年)のこと。昭和40年代あたりまでは特に違和感がなかったように思う。つまり年寄りが若々しくなったのは終戦前後に生まれた世代と考えてよさそうだ。

 栄養学が散々デタラメを流布してきたのも戦後の特徴である。しかしながら、その一方で平均寿命は確実に伸びた。私が二十歳(はたち)の時分は30代の女性が熟女で、40代は年増(としま)と呼称していた。ところが今時と来たら、40代で結婚したり出産することは特段珍しくない。バブルの頃は女性の年齢がクリスマスケーキになぞらえ、26歳になると「売れ残り」みたいな言われ方をしていた。

 社会全体が高齢化することで周囲から「年寄り扱い」をされることが少なくなったのが最大の要因かもしれない。

「19世紀はヨーロッパ――とくに英国――の時代で、地主階級が存在の正当性を失いつつあるときだった。地主階級はその特権的な地位を正当化するために、社会ダーウィニズムの原理に飛びついた」。私の乏しい知識ではネオダーウィニズムと社会ダーウィニズムの違いもよくわからない。

 マット・リドレーを読むとどことなく新自由主義と同じ体臭がする。以前からネオダーウィニズムを批判している人物に養老孟司と池田清彦がいる。灯台下暗しであった。

2019-08-23

利己的であることは道理にかなっている/『徳の起源 他人をおもいやる遺伝子』マット・リドレー


『生き残る判断 生き残れない行動 大災害・テロの生存者たちの証言で判明』アマンダ・リプリー
『人間の本性について』エドワード・O ウィルソン
『理性の限界 不可能性・不確定性・不完全性』高橋昌一郎

 ・利己的であることは道理にかなっている
 ・囚人のジレンマと利他性

『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』フランス・ドゥ・ヴァール
『共感の時代へ 動物行動学が教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール
『道徳性の起源 ボノボが教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール
『ママ、最後の抱擁 わたしたちに動物の情動がわかるのか』フランス・ドゥ・ヴァール
『家畜化という進化 人間はいかに動物を変えたか』リチャード・C・フランシス
・『ゲノムが語る23の物語』マット・リドレー

必読書リスト その五

 この囚人のジレンマは、どうやったらエゴイストたちがタブーや道徳的束縛や倫理的規範に依存せず、協力しあえるようになるのかをはっきりとわれわれに示してくれる。どうしたら自己利益追求を動機とする故人が公共の利益のために行動できるようになるのだろうか。このゲームを囚人のジレンマと呼ぶのは、自分の刑を軽くするために相手に不利な証言をするかどうかの選択を迫られた二人の囚人の寓話がゲームの意味をよく物語っているからである。もしどちらも相手を裏切らなければ、警察は二人を軽い罪で起訴することしかできない。だから、両者が黙っていればどちらも得をするわけである。しかし、もし片方が裏切れば、裏切ったほうはもっと得をするのである。
 なぜか。囚人の話はおいておいて、二人のプレーヤーが特典を争う単純な数学的ゲームをしていると考えてみよう。もし二人が協力しあえば(つまり「沈黙を守れば」)、両者は3点もらえる(これを「報酬」という)。もし二人とも裏切れば1点しかもらえない(「罰則」)。だが、一人が裏切り、一人が協力したなら、協力したほうは得点をもらえず(「お人好しすぎたツケ」)、裏切り者は5点もらえる(「誘惑」)。だから、パートナーが裏切るなら、自分も裏切ったほうが得なのである。そうすれば少なくとも1点はもらえるのだから。しかし、もしパートナーが協力したとすれば、やはり裏切ったほうが得をするのである。3点ではなく、5点も入るのだから。つまり【相手がどういう行動にでようと、裏切るほうが得なのである】。ところが、相手も同じことを考えるはずである。だから当然の結果として、両者ともが相手を裏切る。それで3点とれるところを1点で我慢するはめになるのである。
 道理に迷わされてはならない。二人ともが高潔な人柄で実際には協力しあうとしても、それはこの問題とはまったく関係がない。われわれが追求しているのは、道徳がまったく関与しない場所で理論的に「最良」な行動であり、その行動が「正しい」かどうかはこの際関係ないのである。そして出た結論が裏切ることだったのだ。利己的であることは道理にかなっているのである。

【『徳の起源 他人をおもいやる遺伝子』マット・リドレー:岸由二〈きし・ゆうじ〉監修:古川奈々子〈ふるかわ・ななこ〉訳(翔泳社、2000年)】

 原書は1996年刊行。上記リンクの順番で読めば理解が深まる。っていうか天才的なラインナップであると自画自賛しておこう。本は読めば読むほどつながる。シナプスもまた。

遺伝子 親密なる人類史』シッダールタ・ムカジーと本書、そして『失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織』マシュー・サイドの3冊は同率1位である。文章ではシッダールタ・ムカジー、難解さではマット・リドレー、好みではマシュー・サイド。

 確かに「利己的であることは道理にかなっている」。騙(だま)す行為を見れば明らかだ。人を騙せば自分が得をする。騙すためには高度な知能が必要だ。なぜなら相手に「誤った信念を持たせる」必要があるためだ。つまり相手の気持ちを想像できなければ騙すことは不可能なのだ。詐欺師、宗教家、政治家、タレントを見よ。彼らは多くの人々を騙すことで懐(ふところ)を膨らませている。否、懐に入りきれないほどの資産を形成し、巧みな綺麗事を並べ立て、欲望を無限に肥大させる。

 ではなぜ我々のように平均的で善良な国民は詐欺を働かないのか? それは詐欺行為が横行すれば社会の存立が危うくなることを自覚しているからだ。大体普通の神経の持ち主であれば知人や友人を騙すことなど到底できない。ところがどっこいビジネスとなると話は別だ。腕のいい営業マンは値段を吹っ掛けた上で契約にまで持ち込むし、高額商品ほど粗利(あらり)も大きい。値引きをしたフリをするのも巧みだ。

 もっと凄いのは税金だ。ガソリンや酒類は二重課税(違法)になったままだし、いつの間にか国民健康保険料は国民健康保険税となり、自治体によっては有料のゴミ袋が指定されており、これまた税に等しい。しかも多くの国民は国民負担率を知らない。日本の租税負担率(所得税+国税+地方税+消費税+社会保障費)は42.5%(平成30年/2018年)である(国民に納税しろと命じるずうずうしい日本国憲法/『反社会学講座』パオロ・マッツァリーノ)。

 実際は国民全員が所得税10%を収めれば国家予算は回るという。つまり、あの手この手を使って金持ちが税金を払っていないのだ。これまた「利己的であることは道理にかなっている」。

 ただし、この話はこれで終わらない(続く)。

2019-05-26

読み始める

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2019-06-14

道徳・モラルの起源


 発行年順に紹介する。

 ・『人間の本性について』エドワード・O ウィルソン:1980年

・『徳の起源 他人をおもいやる遺伝子』マット・リドレー:2000年
・『脳に刻まれたモラルの起源 人はなぜ善を求めるのか』金井良太 :2013年
・『モラルの起源 道徳、良心、利他行動はどのように進化したのか』クリストファー・ボーム:2014年
『道徳性の起源 ボノボが教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール:2014年
・『モラルの起源 実験社会科学からの問い』亀田達也:2017年
・『分かちあう心の進化』松沢哲郎:2018年

 ・『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ

 エドワード・O ウィルソンとユヴァル・ノア・ハラリで挟むところに私の卓抜したセンスがある(笑)。金井・松沢以外は全部読んでいるがマット・リドレーが圧倒的に面白い。尚、道徳と倫理の違いを調べていたところ、次のページを見つけた。

Q.道徳と倫理の違いは何ですか? - まさおさまの 何でも倫理学

 書籍も挙げておく。

・『高校倫理からの哲学 第3巻 正義とは』直江清隆、越智貢編

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2019-08-25

囚人のジレンマと利他性/『徳の起源 他人をおもいやる遺伝子』マット・リドレー


『生き残る判断 生き残れない行動 大災害・テロの生存者たちの証言で判明』アマンダ・リプリー
『人間の本性について』エドワード・O ウィルソン
『理性の限界 不可能性・不確定性・不完全性』高橋昌一郎

 ・利己的であることは道理にかなっている
 ・囚人のジレンマと利他性

『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』フランス・ドゥ・ヴァール
『共感の時代へ 動物行動学が教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール
『道徳性の起源 ボノボが教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール
『ママ、最後の抱擁 わたしたちに動物の情動がわかるのか』フランス・ドゥ・ヴァール
『家畜化という進化 人間はいかに動物を変えたか』リチャード・C・フランシス
・『ゲノムが語る23の物語』マット・リドレー

必読書リスト その五

 ところが、ある一つの実験によってこの結論は覆されたのである。30年ものあいだ、囚人のジレンマからまったく誤った教訓がひきだされていたことがこの実験で示されたのである。結局のところ、利己的な行為は合理的ではないことがわかった。ゲームを2回以上プレイする場合には。

【『徳の起源 他人をおもいやる遺伝子』マット・リドレー:岸由二〈きし・ゆうじ〉監修:古川奈々子〈ふるかわ・ななこ〉訳(翔泳社、2000年)】

「設定」を変えれば全く異なった結果が出る。設定に縛られてきた30年間は脳の癖を示してあまりあり、人間の思い込みや先入観の強さに驚く。現実をゲームに当てはめてしまえば単純な図式しか見えてこない。むしろゲームの方を現実に近づけるべきだ。

 メイナード・スミスのゲーム(※タカとハトの戦い)は生物学の世界の話だったため、経済学者には無視された。しかし、1970年代後半、人々を当惑させるような事態が起こった。コンピュータがその冷静で厳格かつ理性的な頭脳を使って囚人のジレンマゲームをプレイし始めたのである。そして、コンピュータもまた、あの愚かで無知な人間とまったく同じ振る舞いをしたのである。なんとも不合理なことに、協力しあったのだ。数学の世界に警報が鳴り響いた。1979年、若い政治学者、ロバート・アクセルロッドは、協力の理論を探求するためにトーナメントをおこなった。彼は人々にコンピュータ・プログラムを提出してもらい、プログラムどうしを200回対戦させた。同じプログラムどうし、そして他のプログラムともランダムに対戦させたのである。この巨大なコンテストの最後には、各プログラムは何点か得点しているはずである。
 14人の学者が単純なものから複雑なものまでさまざまなプログラムを提出した。そしてみんなを驚かせたことは、「いい子」のプログラムが高得点を獲得したのである。上位8個のプログラムは、自分から相手を裏切るプログラムではなかった。さらに、優勝者は一番いい子で一番単純なプログラムだったのだ。核の対立に興味を持ち、おそらく誰よりも囚人のジレンマについては詳しいはずのカナダの政治学者アナトール・ラパポート(彼はコンサート・ピアニストだったこともある)は、「お返し(Tit-for-tat:しっぺ返し戦略とも言う)」というプログラムを提出した。これは最初は相手に協力し、そのあとは相手が最後にしたのとまったく同じことをお返しする戦略である。「お返し戦略」は、現実にはメイナード・スミスの「報復者戦略」が名前を変えたものである。
 アクセルロッドは再度トーナメントを開催した。今度はこの「お返し戦略」をやっつけるプログラムを募集したのである。62個のプログラムが試された。そして、まんまと「お返し戦略」を倒すことができたのは…「お返し戦略」自身だったのである。またしても、1位は「お返し戦略」であった。

 貰い物があればお返しをする。痛い目に遭わされれば仕返しをする。これは我々が日常生活で実践している営みだ。つまり既に形骸化したと思われている冠婚葬祭や、失われてしまった仇討ち・果たし合い(西洋であれば決闘)といった歴史文化にはゲーム理論的な根拠が十分にあるのだ。すなわち、いじめやハラスメントを受けて泣き寝入りすることは自らの生存率を低くし、社会全体のモラルをも低下させてしまうことにつながる。

 そう考えると「目には目を、歯には歯を」(より正確な訳は「目には目で、歯には歯で」)というハムラビ法典の報復律も社会を維持するための重要な価値観であったことが見えてくる。

 社会を社会たらしめているのは相互扶助の精神であろう。「持ちつ持たれつ」が社会の本質であり、互いに支え合う心掛けを失えばそこに社会性はない。

2011-12-25

他者の苦痛に対するラットの情動的反応/『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』フランス・ドゥ・ヴァール


『迷惑な進化 病気の遺伝子はどこから来たのか』シャロン・モアレム、ジョナサン・プリンス
『なぜ美人ばかりが得をするのか』ナンシー・エトコフ
『徳の起源 他人をおもいやる遺伝子』マット・リドレー

 ・“思いやり”も本能である
 ・他者の苦痛に対するラットの情動的反応
 ・「出る杭は打たれる」日本文化

『共感の時代へ 動物行動学が教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール
フランス・ドゥ・ヴァール「良識ある行動をとる動物たち」
『道徳性の起源 ボノボが教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール
『ママ、最後の抱擁 わたしたちに動物の情動がわかるのか』フランス・ドゥ・ヴァール
『人類の起源、宗教の誕生 ホモ・サピエンスの「信じる心」がうまれたとき』山極寿一、小原克博

「他者の苦痛に対するラットの情動的反応」という興味ぶかい標題の論文が発表されていた。バーを押すと食べ物が出てくるが、同時に隣のラットに電気ショックを与える給餌器で実験すると、ラットはバーを押すのをやめるというのである。なぜラットは、電気ショックの苦痛に飛びあがる仲間を尻目に、食べ物を出しつづけなかったのか? サルを対象に同様の実験が行なわれたが(いま再現する気にはとてもなれない)、サルにはラット以上に強い抑制が働いた。自分の食べ物を得るためにハンドルを引いたら、ほかのサルが電気ショックを受けてしまった。その様子を目の当たりにして、ある者は5日間、別のサルは12日間食べ物を受けつけなかった。彼らは他者に苦しみを負わせるよりも、飢えることを選んだのである。

【『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』フランス・ドゥ・ヴァール:藤井留美訳(早川書房、2005年)】

 既に二度紹介しているのだが、三度目の正直だ。

ネアンデルタール人も介護をしていた/『人類進化の700万年 書き換えられる「ヒトの起源」』三井誠

 カラパイアで米シカゴ大学チームの実験動画が紹介されていた。

ネズミは仲間を見捨てない(米研究)

 興味深い映像ではあるが、実験手法の有効性には少々疑問が残る。っていうか、わかりにくい。

 動画より下に書かれているカラパイアの記事は完全な誤読である。フランス・ドゥ・ヴァールが明らかにしたのは、共感や利他的行為も本能に基づいている事実である。つまり、群れ――あるいは同じ種――の内部で助け合った方が進化的に有利なのだ。

 もちろん、これを美しい物語に仕立てて本能を強化することも考えられるが、実験結果を読み誤ってはなるまい。

チンパンジーの利益分配/『共感の時代へ 動物行動学が教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール

 強欲は子孫を破滅させる。世紀末から現在に至る世界の混乱は、白人文化の終焉を告げるものだと思う。



英雄的人物の共通点/『生き残る判断 生き残れない行動 大災害・テロの生存者たちの証言で判明』アマンダ・リプリー
ラットにもメタ認知能力が/『人間らしさとはなにか? 人間のユニークさを明かす科学の最前線』マイケル・S・ガザニガ
マネーと言葉に限られたコミュニケーション/『お金の流れでわかる世界の歴史 富、経済、権力……はこう「動いた」』大村大次郎
大塩平八郎の檄文/『日本の名著27 大塩中斎』責任編集宮城公子

2017-07-23

“芯の堅い”利他主義と“芯の柔らかい”利他主義/『人間の本性について』エドワード・O ウィルソン


『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』フランス・ドゥ・ヴァール
『共感の時代へ 動物行動学が教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール
『生き残る判断 生き残れない行動 大災害・テロの生存者たちの証言で判明』アマンダ・リプリー
『ハキリアリ 農業を営む奇跡の生物』バート・ヘルドブラー、エドワード・O・ウィルソン

 ・“芯の堅い”利他主義と“芯の柔らかい”利他主義

・『道徳性の起源 ボノボが教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール
・『モラルの起源 道徳、良心、利他行動はどのように進化したのか』クリストファー・ボーム
『徳の起源 他人をおもいやる遺伝子』マット・リドレー
『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ
・『ハキリアリ 農業を営む奇跡の生物』バート・ヘルドブラー、エドワード・O・ウィルソン
『宗教を生みだす本能 進化論からみたヒトと信仰』ニコラス・ウェイド
『文化がヒトを進化させた 人類の繁栄と〈文化-遺伝子革命〉』ジョセフ・ヘンリック
『家畜化という進化 人間はいかに動物を変えたか』リチャード・C・フランシス
『文化的進化論 人びとの価値観と行動が世界をつくりかえる』ロナルド・イングルハート

宗教とは何か?
必読書リスト その五

 この奇妙な選択性を理解し、人間の利他行動にまつわる謎を解くためには、我々は、協力的な行動の二つの基本的な形態を区別しておかねばならない。まず第一に、利他的な行動は、非理性的な形で、一方的に行使されることがある。この場合行為者は、意識の上で等価的見返え(ママ)りを望んでいないばかりでなく、同時に、無意識的な振舞いにおいても、結果としてそういった報いを望むのと同じ効果を示すような行動は、示さないのである。このような形態の行動を私は、“芯の堅い”利他主義 hard-core altruism と呼んでいる。これは、子供期以後の社会的賞・罰によっては、あまり影響を受けない一群の反応である。仮にこのような行動が見られるならば、それはおそらく、血縁選択、すなわち、競争関係にある家族または部族そのものを単位として作用する自然選択に基づいて進化したものと考えられる。“芯の堅い”利他主義は、非常に近縁な血縁者に向けられるものであり、相手との近縁の程度が薄まるに従って、その出現頻度や強度は急激に減少するものと予想される。これに対してもう一つ、“芯の柔らかい”利他主義 soft-core altruism と呼ぶべきものがあり、こちらは本質的には利己的な行為である。この場合、“利他的行為者”は、社会が、彼自身あるいはそのごく近縁な親族に、お返しをしてくれることを期待しているからである。彼の善行は損得計算に基づいており、この計算は、しばしば完全に意識的な形で実行されている。彼は、うんざりする程複雑な、各種の社会的拘束や社会的要請をうまく活用しながら、あの手この手を行使するのである。“芯の柔らかい”利他主義の能力は、主として個体レベルの自然選択に基づいて進化したものと考えられ、同時に、文化進化のきまぐれな変動にも大幅な影響を受けているものと思われる。“芯の柔らかい”利他行動の心理学的媒介項となるのは、嘘、見せかけ、欺瞞などである。欺瞞には自己欺瞞も含まれている。自分の振舞いに嘘いつわりはないと信じ込んでいる行為者は、最も強い説得力を示すだろうからである。

【『人間の本性について』エドワード・O ウィルソン:岸由二〈きし・ゆうじ〉訳(思索社、1980年思索社新装版、1990年/ちくま学芸文庫、1997年)】

 旧ブログの抜き書きを削除してこちらに移す。再読して痛感したのだが、やはり「第7抄 利他主義」が本書の白眉である。

 2009年に読んであっさりと挫けたのだが、昨年何とか読了した。私にとっては忘れ難い読書道のメルクマール(指標)となった一冊である。エドワード・オズボーン・ウィルソン(1929-)は昆虫学者で社会生物学を提唱したことで知られる。

「情けは人の為ならず巡り巡って己(おの)が為」という。親切な行為には何らかの自己犠牲が伴うものだが時に疲労を覚えることがある。裏切られることも決して少なくない。「巡り巡って己(おの)が為」をエゴイズムと捉える向きもあるようだがそうではない。利他とは自分を取り巻く環境に正義や公正を実現する営みなのだ。困っている者や弱い者、打ちひしがれた者を助けるのは当たり前だ。躊躇(ちゅうちょ)や逡巡が入り込む隙(すき)はない。

「“芯の堅い”利他主義」とは例えば我が子が目の前で溺れた時に発揮される行動であろう。それに対して「“芯の柔らかい”利他主義」とは文化的・社会的・宗教的価値観に基づく判断と考えられる。殉教や自爆テロなど。

 因(ちな)みに仁義の仁とは自分と近しい人に施す情愛で、義は距離に関係なく示される正義のこと。

 このテキストだけではわかりにくいと思うが、冒頭の「奇妙な選択性」とは国際社会で無視された大量虐殺を示している。中東の例を出してインディアン虐殺を出さないところがいかにもアメリカ人らしい。

 利他主義を相対的に捉えるのはウィルソンの「暫定的な理神論」という立場とも関係があるのかもしれない。

“芯の堅い”と“芯の柔らかい”は先天的・後天的に置き換えることも可能だろう。ところが私の育った家庭を振り返るとこれに該当しない。全く困ったものである。父は惜しみなく弱者を助ける性質で少々大袈裟にいってしまえば英雄的気質があった。ただし立派な父親ではなかった。私は長男だが物心ついてから会話らしい会話をした記憶がない。極端に正義感が強いと家庭を省みることが少なくなる。つまり父や私に関しては“芯の堅い”利他主義は存在しない。むしろ逆で血縁関係を軽んじるところがある。

 日本において核家族化が急速に進んだのは私が生まれた1963年(昭和38年)のこと。出生率のピークは10年後の1973年(昭和48年)で209万人(出生率 2.14)となっている。核家族・少子化の影響も考慮する必要があるだろう。

「義を見てせざるは勇無きなり」(『論語』「為政」)という。「弱きを助け強きを挫く」のは当然だ。利他行動を失えばもはや動物である。その意味からも社会機能を正常に維持するためには窃盗や詐欺などの犯罪には厳罰を課すべきだ。特に振り込め詐欺を放置してきた警察・銀行・政府与党の責任は重い。

2008-05-07

“思いやり”も本能である/『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』フランス・ドゥ・ヴァール


『迷惑な進化 病気の遺伝子はどこから来たのか』シャロン・モアレム、ジョナサン・プリンス
『なぜ美人ばかりが得をするのか』ナンシー・エトコフ
『徳の起源 他人をおもいやる遺伝子』マット・リドレー

 ・“思いやり”も本能である
 ・他者の苦痛に対するラットの情動的反応
 ・「出る杭は打たれる」日本文化

『共感の時代へ 動物行動学が教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール
フランス・ドゥ・ヴァール「良識ある行動をとる動物たち」
『道徳性の起源 ボノボが教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール
『ママ、最後の抱擁 わたしたちに動物の情動がわかるのか』フランス・ドゥ・ヴァール
『人類の起源、宗教の誕生 ホモ・サピエンスの「信じる心」がうまれたとき』山極寿一、小原克博

必読書リスト その三

「本能」の定義が変わるかも知れない、と思わせる内容。取り上げられているのはチンパンジーとボノボ。同じ類人猿でも全く性格が異なっている。わかりやすく言えば、チンパンジーは暴力的な策略家で、ボノボはスケベな平和主義者。社会構造も違っていて、ボノボはメスが牛耳っている。

・動物の世界は力の強い者が君臨している。
・食べる目的以外で殺すのは人間だけ。
・動物は同種同士で殺すことはない。
・動物には時間の概念がない。
・動物は「会話する言葉」を持たない。
・快楽目的の性行為をするのは人間だけ。

 これらは全て誤りだった。丸々一章を割いてボノボの大らかな性の営みについて書かれているが、まるでエロ本のようだ(笑)。ビックリしたのはディープキスもさることながら、オス同士でもメス同士でも日常的に性的な触れ合いがあるとのこと。

 あまりの衝撃に翌日まで脳味噌が昂奮しっ放し(笑)。知的ショックは脳を活性化させる。読めば読むほど、「ヒト」はチンパンジーからさほど進化してないことを思い知らされる。ボノボはエッチだが、穏和なコミュニティを形成していて人間よりも上等だ。

 メガトン級の衝撃は、「“思いやり”も本能である」という考察だ。我々が通常考えている「人間性=非動物的、あるいは非本能的」という図式がもろくも崩れる。全てはコミュニティを存続させるため=種の保存のための営みであることが明らかになる。

 今世界は、米国というボスチンパンジーに支配されている。日本は自民党チンパンジーが支配し、大企業チンパンジーが後に続いている。ヒトがボノボに進化しない限り、滅亡は避けられない。そんな気にさせられる。

 野生チンパンジーに対する先入観は、さらにくつがえされる(1970年代、日本人研究者によって)。それまでチンパンジーは、平和的な生きものだと思われており、一部の人類学者はそれを引きあいに出して、人間の攻撃性は後天的なものだと主張していた。だが、現実を無視できなくなるときがやってくる。まず、チンパンジーが小さいサルを捕まえて頭をかち割り、生きたまま食べる例が報告された。チンパンジーは肉食動物だったのだ。

【『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』フランス・ドゥ・ヴァール:藤井留美訳(早川書房、2005年)以下同】

「ベートーヴェンエラー」とは、過程と結果はたがいに似ていなければならないという思い込みである。
 完璧に構成されたベートーヴェンの音楽を聴いて、この作曲家がどんな部屋に住んでいたか当てられる人はいないだろう。暖房もろくにない彼のアパートメントは、よくぞここまで臭くて汚い部屋があると訪問者が驚くほどで、残飯や中身の入ったままの尿瓶、汚れた服が散乱し、2台のピアノもほこりと紙切れに埋まっていた。ベートーヴェン本人も身なりにまったくかまわず、浮浪者とまちがわれて逮捕されたこともある。そんなブタ小屋みたいな部屋で、精緻なソナタや壮大なピアノ協奏曲など書けるはずがない? いや、そんなことは誰も言わない。なぜなら、ぞっとするような状況から、真にすばらしいものが生まれうることを私たちは知っているからだ。つまり過程と結果は、まったくの別物なのである。

 2対1という構図は、チンパンジーの権力闘争を多彩なものにすると同時に、危険なものにもしている。ここで鍵を握るのは同盟だ。チンパンジー社会では、一頭のオスが単独支配することはまずない。あったとしても、すぐに集団ぐるみで引きずりおろされるから、長続きはしない。チンパンジーは同盟関係をつくるのがとても巧みなので、自分の地位を強化するだけでなく、集団に受けいれてもらうためにも、リーダーは同盟者を必要とする。トップに立つ者は、支配者としての力を誇示しつつも、支援者を満足させ、大がかりな反抗を未然に防がなくてはならない。どこかで聞いたような話だが、それもそのはず人間の政治もまったく同じである。

 ふだん動物と接している人は、彼らがボディランゲージに驚くほど敏感なことを知っている。チンパンジーは、ときに私自身より私の気分を見抜く。チンパンジーをあざむくのは至難のわざだ。それは、言葉に気をとられなくてすむということもあるのだろう。私たちは言語によるコミュニケーションを重視するあまり、身体から発信されるシグナルを見落としてしまうのだ。
 神経学者オリヴァー・サックスは、失語症患者たちが、テレビでロナルド・レーガン大統領の演説を聴きながら大笑いしている様子を報告している。言語を理解できない失語症患者は、顔の表情や身体の動きで、話の内容を追いかける。ボディランゲージにとても敏感な彼らをだますことは不可能だ。レーガンの演説には、失語症でない者が聞いても変なところはひとつもない。だが、いくら耳ざわりの良い言葉と声色を巧みに組みあわせても、脳に損傷を受けて言葉を失った者には、背後の真意が見通しだったのである。

 下の階層に属する者が、力を合わせて砂に線を引いた。それを無断で踏みこえる者は、たとえ上の階層でも強烈な反撃にあうのだ。憲法なるもののはじまりは、ここにあるのではないだろうか。今日の憲法は、厳密に抽象化された概念が並んでいて、人間どうしが顔を突きあわせる現実の状況にすぐ当てはめることはできない。類人猿の社会ならなおさらだ。それでも、たとえばアメリカ合衆国憲法は、イギリス支配への抵抗から誕生した。「われら合衆国の人民は……」ではじまる格調高い前文は、大衆の声を代弁している。この憲法のもとになったのが、1215年の大憲章(マグナ・カルタ)である。イギリス貴族が国王ジョンに対し、行きすぎた専有を改めなければ、反乱を起こし、圧政者の生命を奪うと脅して承認させたものだ。これは、高圧的なアルファオスへの集団抵抗にほかならない。

 民主主義は積極的なプロセスだ。不平等を解消するには働きかけが必要である。人間にとても近い2種類の親戚のうち、支配志向と攻撃性が強いチンパンジーのほうが、突きつめれば民主主義的な傾向を持っているのは、おかしなことではない。なぜなら人類の歴史を振りかえればわかるように、民主主義は暴力から生まれたものだからだ。いまだかつて、「自由・平等・博愛」が何の苦労もなく手に入った例はない。かならず権力者と闘ってもぎとらなくてはならなかった。ただ皮肉なのは、もし人間に階級がなければ、民主主義をここまで発達させることはできなかったし、不平等を打ちやぶるための連帯も実現しなかったということだ。

「他者の苦痛に対するラットの情動的反応」という興味ぶかい標題の論文が発表されていた。バーを押すと食べ物が出てくるが、同時に隣のラットに電気ショックを与える給餌器で実験すると、ラットはバーを押すのをやめるというのである。なぜラットは、電気ショックの苦痛に飛びあがる仲間を尻目に、食べ物を出しつづけなかったのか? サルを対象に同様の実験が行なわれたが(いま再現する気にはとてもなれない)、サルにはラット以上に強い抑制が働いた。自分の食べ物を得るためにハンドルを引いたら、ほかのサルが電気ショックを受けてしまった。その様子を目の当たりにして、ある者は5日間、別のサルは12日間食べ物を受けつけなかった。彼らは他者に苦しみを負わせるよりも、飢えることを選んだのである。

 霊長類は群れのなかにいると、大いに安心する。外の世界は、外敵がいるわ、意地悪なよそ者がいるわで気が休まらない。ひとりぼっちになったら、たちまち生命を落とすだろう。だから群れの仲間とうまくやっていく技術が、どうしても必要なのである。彼らが驚くほど長い時間――1日の活動時間の最高10パーセント――をグルーミング(毛づくろい)に費やすのもうなずける。そうやって相手との関係づくりに努めているのだ。野生のチンパンジーを観察すると、仲間と良好なつながりを保つメスほど、子どもの生存率が高いことがわかる。



進化宗教学の地平を拓いた一書/『宗教を生みだす本能 進化論からみたヒトと信仰』ニコラス・ウェイド
「我々は意識を持つ自動人形である」/『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ
大阪産業大学付属高校同級生殺害事件を小説化/『友だちが怖い ドキュメント・ノベル『いじめ』』南英男
曖昧な死刑制度/『13階段』高野和明
社会主義国の宣伝要員となった進歩的文化人/『愛国左派宣言』森口朗

2016-07-19

必読書リスト その五


     ・キリスト教を知るための書籍
     ・宗教とは何か?
     ・ブッダの教えを学ぶ
     ・悟りとは
     ・物語の本質
     ・権威を知るための書籍
     ・情報とアルゴリズム
     ・世界史の教科書
     ・日本の近代史を学ぶ
     ・虐待と精神障害&発達障害に関する書籍
     ・時間論
     ・身体革命
     ・ミステリ&SF
     ・必読書リスト その一
     ・必読書リスト その二
     ・必読書リスト その三
     ・必読書リスト その四
     ・必読書リスト その五

『イスラム教の論理』飯山陽
『「自分で考える」ということ』澤瀉久敬
『壊れた脳 生存する知』山田規畝子
『「わかる」とはどういうことか 認識の脳科学』山鳥重
『世界はありのままに見ることができない なぜ進化は私たちを真実から遠ざけたのか』ドナルド・ホフマン
『ウィリアム・フォーサイス、武道家・日野晃に出会う』日野晃、押切伸一
『物語の哲学』野家啓一
『精神の自由ということ 神なき時代の哲学』アンドレ・コント=スポンヴィル
『完全教祖マニュアル』架神恭介、辰巳一世
『宗教は必要か』バートランド・ラッセル
『無責任の構造 モラルハザードへの知的戦略』岡本浩一
『原発危機と「東大話法」 傍観者の論理・欺瞞の言語』安冨歩
『服従の心理』スタンレー・ミルグラム
『権威の概念』アレクサンドル・コジェーヴ
『一九八四年』ジョージ・オーウェル:高橋和久訳
『「絶対」の探求』バルザック
『絶対製造工場』カレル・チャペック
『華氏451度』レイ・ブラッドベリ
『われら』ザミャーチン:川端香男里訳
『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ
『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ
『あなたの知らない脳 意識は傍観者である』デイヴィッド・イーグルマン
『人間この信じやすきもの 迷信・誤信はどうして生まれるか』トーマス・ギロビッチ
『予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』ダン・アリエリー
『隠れた脳 好み、道徳、市場、集団を操る無意識の科学』シャンカール・ヴェダンタム
『しらずしらず あなたの9割を支配する「無意識」を科学する』レナード・ムロディナウ
『マインド・ハッキング あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』クリストファー・ワイリー
『アメリカ民主党の崩壊2001-2020』渡辺惣樹
『確信する脳 「知っている」とはどういうことか』ロバート・A・バートン
『集合知の力、衆愚の罠 人と組織にとって最もすばらしいことは何か』 アラン・ブリスキン、シェリル・エリクソン、ジョン・オット、トム・キャラナン
『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』テンプル・グランディン、キャサリン・ジョンソン
『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル
『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』ケヴィン・ケリー
・『LIFE3.0 人工知能時代に人間であるということ』マックス・テグマーク
『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』ユヴァル・ノア・ハラリ
『苫米地英人、宇宙を語る』苫米地英人
『数学的にありえない』アダム・ファウアー
『悪の民主主義 民主主義原論』小室直樹
『死生観を問いなおす』広井良典
『日本人のための宗教原論 あなたを宗教はどう助けてくれるのか』小室直樹
『君あり、故に我あり 依存の宣言』サティシュ・クマール
『脳はいかにして〈神〉を見るか 宗教体験のブレイン・サイエンス』アンドリュー・ニューバーグ、ユージーン・ダギリ、ヴィンス・ロース:茂木健一郎訳
『なぜ、脳は神を創ったのか?』苫米地英人
『宗教を生みだす本能 進化論からみたヒトと信仰』ニコラス・ウェイド
『神はなぜいるのか?』パスカル・ボイヤー
『人類の起源、宗教の誕生 ホモ・サピエンスの「信じる心」が生まれたとき』山極寿一、小原克博
『人間の本性について』エドワード・O ウィルソン
『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ
『ハキリアリ 農業を営む奇跡の生物』バート・ヘルドブラー、エドワード・O・ウィルソン
『徳の起源 他人をおもいやる遺伝子』マット・リドレー
『遺伝子 親密なる人類史』シッダールタ・ムカジー
『若返るクラゲ 老いないネズミ 老化する人間』ジョシュ・ミッテルドルフ、ドリオン・セーガン
『音と文明 音の環境学ことはじめ』大橋力
『トレイルズ 「道」と歩くことの哲学』ロバート・ムーア
『潜在意識をとことん使いこなす』C・ジェームス・ジェンセン
『こうして、思考は現実になる』パム・グラウト
『こうして、思考は現実になる 2』パム・グラウト
『自動的に夢がかなっていく ブレイン・プログラミング』アラン・ピーズ、バーバラ・ピーズ
『あなたという習慣を断つ 脳科学が教える新しい自分になる方法』ジョー・ディスペンザ
『ゆだねるということ あなたの人生に奇跡を起こす法』ディーパック・チョプラ
『同じ月を見ている』土田世紀
『ブッダは歩むブッダは語る ほんとうの釈尊の姿そして宗教のあり方を問う』友岡雅弥
『反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」』草薙龍瞬
『手にとるようにNLPがわかる本』加藤聖龍
『怒らないこと 役立つ初期仏教法話1』アルボムッレ・スマナサーラ
『怒らないこと2 役立つ初期仏教法話11』アルボムッレ・スマナサーラ
『人生の短さについて』セネカ:茂手木元蔵訳
『怒りについて 他一篇』セネカ:茂手木元蔵訳
『怒りについて 他二篇』セネカ:兼利琢也訳
『中国古典名言事典』諸橋轍次
『奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき』ジル・ボルト・テイラー
『悟り系で行こう 「私」が終わる時、「世界」が現れる』那智タケシ
『わかっちゃった人たち 悟りについて普通の7人が語ったこと』サリー・ボンジャース
『ザ・ワーク 人生を変える4つの質問』バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェル
『タオを生きる あるがままを受け入れる81の言葉』バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェル
『シッダルタ』ヘルマン・ヘッセ
『小説ブッダ いにしえの道、白い雲』ティク・ナット・ハン
『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元訳
『ブッダのことば スッタニパータ』中村元訳
『子供たちとの対話 考えてごらん』J・クリシュナムルティ
『生と覚醒(めざめ)のコメンタリー クリシュナムルティの手帖より 1』J・クリシュナムルティ
『生と覚醒(めざめ)のコメンタリー クリシュナムルティの手帖より 2』J・クリシュナムルティ
『生と覚醒(めざめ)のコメンタリー クリシュナムルティの手帖より 3』J・クリシュナムルティ
『生と覚醒(めざめ)のコメンタリー クリシュナムルティの手帖より 4』J・クリシュナムルティ
『生の全体性』J・クリシュナムルティ、デヴィッド・ボーム、デヴィッド・シャインバーグ

2020-11-24

共同体のもつ【集団脳(集団的知性)】/『文化がヒトを進化させた 人類の繁栄と〈文化-遺伝子革命〉』ジョセフ・ヘンリック


『人間の本性について』エドワード・O ウィルソン
・『徳の起源 他人をおもいやる遺伝子』マット・リドレー
『環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』石弘之、安田喜憲、湯浅赳男
『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ

 ・共同体のもつ【集団脳(集団的知性)】
 ・戦争が向社会的行動を促す

『文化的進化論 人びとの価値観と行動が世界をつくりかえる』ロナルド・イングルハート
『家畜化という進化 人間はいかに動物を変えたか』リチャード・C・フランシス
・『家畜化という進化 人間はいかに動物を変えたか』リチャード・C・フランシス
『人類史のなかの定住革命』西田正規
『反穀物の人類史 国家誕生のディープヒストリー』ジェームズ・C・スコット
『文明が不幸をもたらす 病んだ社会の起源』クリストファー・ライアン
『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』ユヴァル・ノア・ハラリ

 このようにして、文化進化によって生まれた【自己家畜化】のプロセスが、ヒトの遺伝的な変化を促し、その結果、私たちは向社会的で、従順で、規範を遵守する動物になっていった。共同体に監視されながら社会規範に従って生きることを、当然のこととして受け入れるようになったのだ。(中略)  人類の成功の秘密は、個々人の頭脳の力にあるのではなく、共同体のもつ【集団脳(集団的知性)】にある。この集団脳は、ヒトの文化性と社会性とが合わさって生まれる。つまり、進んで他者から学ぼうとする性質をもっており(【文化性】)、しかも、適切な規範によって社会的つながりが保たれた大規模な集団で生きることができる(【社会性】)からこそ、集団脳が生まれるのである。狩猟採集民のカヤックや複合弓から、現代の抗生物質や航空機に至るまで、人類の特長とも言える高度なテクノロジーは、一人の天才から生まれたのではない。互いにつながりを保った多数の頭脳が、何世代にもわたって、優れたアイデアや方法、幸運な間違い、偶然のひらめきを伝え合い、新たな組み合わせを試みる中から生まれたものなのだ。  規模が大きく、しかも成員相互の連絡性が高い社会ほど、高度なテクノロジーや、豊富なツールキット、多くのノウハウを生み出せるのはなぜか? 小さな共同体が突如孤立すると、高度なテクノロジーや文化的ノウハウがしだいに失われていくのはなぜか? いずれも、集団脳の重要性で説明できることを第12章で示す。後ほど詳しく述べるが、人類のイノベーションは、個々人の知性よりもむしろ、社会のあり方に依存している。言うまでもなく、共同体の分断や社会的ネットワークの崩壊をいかにして防ぐかということが、長い歴史を通じてずっと、人類にとっての重要な課題だったのだ。

【『文化がヒトを進化させた 人類の繁栄と〈文化-遺伝子革命〉』ジョセフ・ヘンリック:今西康子訳(白揚社、2019年)】

 飛ばし読み。再読するかどうかは未定である。脳やメンタルの調子もさることながら、本は読む順序にも大きく影響される。『反穀物の人類史 国家誕生のディープヒストリー』の衝撃が大きすぎて、どうもまったりした印象を拭えなかった。

 冒頭の文章は危うい。環境要因と遺伝要因を入れ替えることも可能だろう。定住-農耕から文明が誕生したわけだが、文明の発達は人間を自然環境から遠ざけ、身体性を弱め、思考重視の生活様式に傾斜してゆく。その様相はまさしく「家畜化」と言ってよい。もしも明日、食料品がなくなれば先進国の大半の人々は餓死するはずだ。食べることのできる野草や木の実の種類も知らないのだから。

 集団脳だとあたかも中心的な実態や存在があるように感じられるため、集団的知性の方が言葉としては適切だろう。例えば蜂や蟻の社会的生態を想えば腑に落ちる。




 下の動画はハキリアリの巨大な巣である。彼らは空調システムを完備(アリ塚と空調、自然に学ぶエネルギー)した巣でキノコを培養する。「廃棄された菌床には窒素などが多く含まれていて、それがやがて土に還り、森をより豊かにする」(第44回 ハキリアリは農業を営む(パート2))。「アリやハチなどの社会性昆虫と同様にシロアリは社会の中で生きているが、そこではコロニーの集団の力が個体の力をはるかに凌駕する。超個体の一部となることで、小さなシロアリは強大な力を得る。しかしシロアリのアリ塚は、監督のいない建設現場のようなもので、計画の責任を担うシロアリは存在しない」(巨大なアリ塚を築くシロアリの集合精神)。「個々のシロアリは考えるというより反応しているだけだが、集団レベルではある意味周囲の環境を認知しているように振る舞う。同様に脳では、個々のニューロンが考えているわけではないが、そのつながりの中で思考が発生する」(同頁)。

 集団システムから創発される何かを我々は「社会」(social)と呼ぶのだろう。

 社会学者の故・蔵内数太によると、会社も社会も「(同じ目的を持つ人々による)結合の一般概念」で、その起源は中国の「社」に遡ります。その後「company(会社)」は「営利目的の組織」を意味する言葉として、「society(社会)」はより生活をともにする共同体に近い意味に分化していきました。

「会社」と「社会」と「ソーシャル」:日本経済新聞

 古い本なので致し方ない側面はあるが柳父章〈やなぶ・あきら〉の指摘(『翻訳語成立事情』)が身分を問題視するのはマルクス主義の影響が濃い。むしろ身分そのものが社会的なコミュニケーションの形であり、適応の様態と見るべきではないか。

 アルビン・トフラーが「情報革命の波」を示したのが1980年である(『第三の波』)。40年語にGAFAが世界を席巻する時代が到来した。それは言葉と商品を網羅するビッグデータが基本となっている。しかしそれに収まらない情報も存在する。我々がスポーツや音楽を愛してやまないのはそこに言葉以外のコミュニケーションが成立し、論理に収まらない感情の昂(たか)ぶりを感じるためだ。

 社会性昆虫が思考を介在させることなくして社会システムを構築できるのであれば、果たして人間に同じことが可能だろうか? サッカーは11人のプレイヤーがいるが、1億人で政治というゲームをプレイしてサッカーの試合のように盛り上がることはできるだろうか?

2020-02-12

「出る杭は打たれる」日本文化/『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』フランス・ドゥ・ヴァール


『人類進化の700万年 書き換えられる「ヒトの起源」』三井誠
『徳の起源 他人をおもいやる遺伝子』マット・リドレー

 ・“思いやり”も本能である
 ・他者の苦痛に対するラットの情動的反応
 ・「出る杭は打たれる」日本文化

『共感の時代へ 動物行動学が教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール
フランス・ドゥ・ヴァール「良識ある行動をとる動物たち」
『道徳性の起源 ボノボが教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール
『ママ、最後の抱擁 わたしたちに動物の情動がわかるのか』フランス・ドゥ・ヴァール
『人類の起源、宗教の誕生 ホモ・サピエンスの「信じる心」がうまれたとき』山極寿一、小原克博

必読書リスト その三

 アメリカでは「きしむ車輪ほど油を差してもらえる(声が大きいほど得をする)」のに対し、日本では「出る杭は打たれる」のだ。

【『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』フランス・ドゥ・ヴァール:藤井留美〈ふじい・るみ〉訳(早川書房、2005年)】

 出る杭は打たれ、打たれなければ出る悔い。12年前に読んだのだが当時とは受け止め方が違う。他民族の距離が近く、戦争に明け暮れてきたヨーロッパの歴史を踏まえれば自己主張するのが自然である。一方、日本のような同質社会では言葉を介さぬ阿吽(あうん)の呼吸が空気を支配する。日本男児には長らく多弁を嫌う伝統があった。「男は黙ってサッポロビール」(1970年)というわけだ。

 日本人は感性を解き放つ道具としては言葉を大切にしてきたが、他人を説得するための理窟を忌避してきたように見える。「理窟じゃない」「口先だけなら何とでも言える」「生意気を言うな」などといった表現には言葉を低い価値と捉える日本的な感覚が表出している。言葉とは「言(こと)の端(は)」で言(こと)は事(こと)に通じる。言葉が「事の端」を示し幹や根ではないことに留意すれば日本人の達観が理解できよう。

 村八分(火事と葬式で二分)は稲作の水利権を巡って始まったとする説がある。水の管理は村(集落)全体で行う必要がある。そこで勝手な真似をする輩が出てくれば皆が迷惑を被る。出る杭が打たれるのは当然で、むしろ積極的に打つ必要さえあったのだろう。ところがコミュニティが町や都市、はたまた国家へと拡大する中で同様のメンタリティが働けば新しい産業の創出が阻まれる。天才も登場しにくい。イノベーションを成し遂げるのはいつの時代も型破りな人間なのだ。ここに大東亜戦争以降、変わらることのない日本の行き詰まりがあるのだろう。

2021-03-04

野生動物が家畜化を選んだ/『家畜化という進化 人間はいかに動物を変えたか』リチャード・C・フランシス


『人間の本性について』エドワード・O ウィルソン
『徳の起源 他人をおもいやる遺伝子』マット・リドレー
『環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』石弘之、安田喜憲、湯浅赳男
『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ
『文化がヒトを進化させた 人類の繁栄と〈文化-遺伝子革命〉』ジョセフ・ヘンリック
・『文化的進化論 人びとの価値観と行動が世界をつくりかえる』ロナルド・イングルハート

 ・野生動物が家畜化を選んだ

『人類史のなかの定住革命』西田正規
『反穀物の人類史 国家誕生のディープヒストリー』ジェームズ・C・スコット
『文明が不幸をもたらす 病んだ社会の起源』クリストファー・ライアン
『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』ユヴァル・ノア・ハラリ

 新石器革命が始まった当初、地球の人口は1000万だったと見積もられているが、いまや地球上には70億を超える人々が住んでいる。人口の爆発的な増加は、人間以外のほとんどの生物にとって災難でしかない。しかし、幸運にも家畜や作物としての身分を保障されている生物にとってはそうではない。家畜や作物はわたしたちとともに繁栄の道を歩んできたのである。新石器時代以降、生物の絶滅率は、それ以前の6000万年間に対して100~1000倍になっている。タルバン(ウマの祖先)やオーロックス(ウシの祖先)など、家畜化された動物の祖先(野生原種)の多くも新石器時代以降に絶滅した。だが、家畜のなかには絶滅したものはいない。ラクダやイエネコ、ヒツジ、ヤギについては、それぞれの野生原種は消滅の瀬戸際にいるが、家畜化された子孫たちは地球上の大型哺乳類のなかで最も多い部類に入るのである。進化という観点からすれば、家畜化されて損はなかったのだ。  だが、家畜の成功にはそれ相応の代償もある。進化の主導権を握られてしまうのだ。家畜や作物がどのように進化するか、その運命の支配権のかなりの部分を、人間は自然からもぎとってしまっている。そのため、家畜や作物は、進化の過程を理解するための多くの情報をもたらしてくれる存在になっているのである。実際、家畜や作物は非常にドラマチックな進化の実例なのだ。特殊創造説〔生物の種は天地創造の6日間に神が創造したものであり、それぞれの種はそれ以来変化していないという説〕の信奉者でさえも、オオカミからイヌへの変化は進化によるものであったことを、ある程度にせよ認めてはいる。家畜の作出では、特定の形質をもつ品種を作り出すために人為選択が行われる。ダーウィンは「自然選択」(自然による選択)と「人為選択」(人間による選択)はよく似た過程だと考えていた。だからこそ、イヌやハトの人為選択について、かなり注力して議論したのである。

【『家畜化という進化 人間はいかに動物を変えたか』リチャード・C・フランシス:西尾香苗〈にしお・かなえ〉訳(白揚社、2019年)以下同】

 新石器時代とは大雑把にいえば紀元前6000~紀元前3600年の牧畜・農耕を開始した時代である。紀元前9000年前という説もある。「イギリスの考古学者J.ラボックによって設定された時代名。打製石器に加えて磨製石器が出現し,土器も用いられた。気候が温暖となり,農耕,家畜飼育が行われた。人類は定住・集団生活に移り,ムラ国家を経て氏族国家を形成するようになる」(百科事典マイペディアの解説)。謂わばムラからクニ(≒階級社会)へと文明が階段を上った時代である。

 私は今まで野生の畸形化が家畜と考えてきた。その典型が座敷犬である。畸形同士を交配させることで小型化に成功したわけだ。ところがリチャード・C・フランシスの指摘は全く異なる様相を示している。家畜化とは共生系への移行らしい。

 世界には、牛約14億頭、豚約10億頭、羊約10億頭、鶏190億羽の家畜がいる。それに対し人口は68億人である。人間2人に対し、家畜1頭と鶏5羽の比率である。現在、地表面積の42パーセントが畜産業(家畜飼育の場所や家畜の飼料生産)に使われており、国連食糧農業機関(FAO)は「家畜は世界最大の土地利用者」であると述べている。例えば毎日グラス1杯の牛乳のためには650㎡の土地が必要であり、この面積は乳代替品(豆乳やライスミルク、アーモンドミルク)等と比較して10倍も高い。

Wikipedia

 食用作物41品目の収穫物として,世界全体で総計9.46×1015;(9.46兆)カロリーが生産された。この55%が人間の食用,36%が家畜飼料,9%がその他(工業利用やバイオ燃料)に利用された(表1)。飼料に利用された熱量の89%がロスされ,畜産物に保持されたのは12%,つまり,4%(36×0.12=4.32%)が人間の食料に変換されただけであった。換言すると,食用作物41品目中の熱量の59%(55%+4%)だけが,作物と畜産物として人間の食料として利用され,41%が非食用に利用されたりロスされたりしたことになる。

No.244 穀物を家畜でなく人間が直接食べれば,世界の人口扶養力が向上 | 西尾道徳の環境保全型農業レポート

 米は殆どが食用になっているが、小麦は2割、トウモロコシは6割が飼料用だ(PDF:世界の穀物需給の行方)。バイオ燃料は食い物を燃やすわけだから日本人からすれば罰当たりな話だ。

 本書でこれから見ていくように、多くの場合、家畜化過程をスタートさせるのは人間ではなく動物自身である。理由はさまざまだが、動物が人間のすぐそばで生活するようになるのが第一歩である。この自発的な人馴れ〔原語はself-taming」。2017年、国立遺伝学研究所が「人になつく動物の遺伝子領域を解明」と発表した。そのなかで、「自ら人に近づく」ことを「能動的従順性」としている。人間の近くに自ら近づいてきたオオカミには、この「能動的従順性」があったといえるだろう〕の過程は、主として通常の自然選択を通じて起こる。人間による意識的な選択、つまり人為選択が行われるのは、家畜化過程のもっとあとの段階である。

 衝撃の事実である。なぜこんな簡単なことに気づかなかったのだろう? 動物を無理矢理飼うことはできても慣れさせることは難しい。当初はゴミ漁りが目当てだったのだろう。やがてヒトが餌を与えると大人しく撫でられるようになった。更には自らヒトに体をこすりつけたのだろう。人間にとって犬は最良の友である(『ゴルゴ13』第130巻)。

 人間による選択がイヌの行動に及ぼした効果がドラマチックなのはいうまでもない。なかでも注目に値するのは、イヌが人間の意図を「読み取る」能力を進化させたという点だ。イヌは人間のジェスチャー、たとえば離れたところにある食べものを指さすなどの意味を理解する。野生のオオカミにはこんなことはできない。実際、人間の意図を読み取ることにかけては、人間に最も近い親戚であるチンパンジーやゴリラよりも、イヌのほうがよほど上手だ。ということはある意味、社会的認知に関しては、イヌのほうが大型類人猿(チンパンジー、ゴリラ、オランウータン)よりも人間に似通っているというわけだ。

 これまたビックリである。イヌとオオカミの脳の違いを調べて欲しいものである。「頭がよくなった」ということよりも「コミュニケーション能力を高めた」事実が重い。なぜならその方が圧倒的に進化的優位性が増すからだ。ここで一つ問題が浮かび上がる。高いコミュニケーション能力を進化とするならば、コミュニケーション能力が低い自閉症や発達障害をどう考えればいいのか? しかもイヌとのコミュニケーションは言葉を介さない。テンプル・グランディンは自らのアスペルガー症候群を『動物感覚』と表現した。知性は群れの形を変える。その先が今の私には見えてこない。

 ただ、野生動物が家畜化を選んだのが事実であるならば、人間が奴隷化の道を歩むのは必然と言えそうだ。



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2011-06-21

チンパンジーの利益分配/『共感の時代へ 動物行動学が教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール


『徳の起源 他人をおもいやる遺伝子』マット・リドレー
『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』フランス・ドゥ・ヴァール

 ・チンパンジーの利益分配

フランス・ドゥ・ヴァール「良識ある行動をとる動物たち」
『道徳性の起源 ボノボが教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール
『ママ、最後の抱擁 わたしたちに動物の情動がわかるのか』フランス・ドゥ・ヴァール

 霊長類研究の世界的権威によるエッセイ。形式は軽いが内容は重量級だ。読者層を拡大する意図があったのか、あるいはただ単にまとめる時間がなかったのかは不明。ファンの一人としてはもっと体系的・専門的な構成を望んでしまう。勝手なものだ。

 霊長類といっても様々で、チンパンジーは暴力的な政治家で、ボノボは平和を好む助平(すけべい→スケベ)だ。ヒトは多分、チンパンジーとボノボの間で進化を迷っているのだろう。ドゥ・ヴァールの著作を読むとそう思えてならない。

 今時、強欲は流行らない。世は共感の時代を迎えたのだ。
 2008年に世界的な金融危機が起き、アメリカでは新しい大統領が選ばれたこともあって、社会に劇的な変化が見られた。多くの人が悪夢からさめたような思いをした――庶民のお金をギャンブルに注ぎ込み、ひと握りの幸運な人を富ませ、その他の人は一顧だにしない巨大なカジノの悪夢から。この悪夢を招いたのは、四半世紀前にアメリカのレーガン大統領とイギリスのサッチャー首相が導入した、いわゆる「トリクルダウン」(訳注 大企業や富裕層が潤うと経済が刺激され、その恩恵がやがて中小企業や庶民にまで及ぶという理論に基づく経済政策)で、市場は見事に自己統制するという心強い言葉が当時まことしやかにささやかれた。もうそんな甘言を信じる者などいない。
 どうやらアメリカの政治は、協力等社会的責任を重んじる時代を迎える態勢に入ったようだ。

【『共感の時代へ 動物行動学が教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール:柴田裕之訳、西田利貞解説(紀伊國屋書店、2010年)以下同】

トリクルダウン理論

「おこぼれ経済」だと。ところがどっこい全然こぼれてこない。私のところまでは。経常利益は内部留保となって経営効率を悪化させている。だぶついた資金が経済全体の至るところで血まめのようになっている。血腫といった方が正確か。その結果がこれだ。

利子、配当は富裕層に集中する/『エンデの遺言 根源からお金を問うこと』河邑厚徳、グループ現代

 私たちはみな、同胞の面倒を見るのが当たり前なのだろうか? そうする義務を負わされているのだろうか? それとも、その役割は、私たちがこの世に存在する目的の妨げとなるだけなのだろうか? その目的とは、経済学者に言わせれば生産と消費であり、生物学者に言わせれば生存と生殖となる。この二つの見方が似ているように思えるのは当然だろう。なにしろ両者は同じころ、同じ場所、すなわち産業革命期にイングランドで生まれたのであり、ともに、「競争は善なり」という論理に従っているのだから。
 それよりわずかに前、わずかにきたのスコットランドでは、見方が違った。経済学の父アダム・スミスは、自己利益の追求は「仲間意識」に世で加減されなくてはならいことを誰よりもよく理解していた。『道徳感情論』(世評では、のちに著した『国富論』にやや見劣りするが)を読むとわかる。

 これは古典派経済学進化論を指しているのだろう。

 人間と動物の利他的行為と公平さの起源については新たな研究がなされており、興味をそそられる。たとえば、2匹のサルに同じ課題をやらせる研究で、報酬に大きな差をつけると、待遇の悪い方のサルは課題をすることをきっぱりと拒む。人間の場合も同じで、配分が不公平だと感じると、報酬をはねつけることがわかっている。どんなに少ない報酬でも利潤原理に厳密に従うわけではないことがわかる。不公平な待遇に異議を唱えるのだから、こうした行動は、報酬が重要であるという主張と、生まれつき不公平を嫌う性質があるという主張の両方を裏付けている。
 それなのに私たちは、利他主義や高齢者に満ちた連帯意識のかけらもないような社会にますます近づいているように見える。

 ということは予(あらかじ)め「受け取るべき報酬」という概念をサルが持っていることになる。しかも異議申し立てをするのだから、明らかに自我の存在が認められる。「不公平を嫌う性質」は「群れの健全性」として働くことだろう。

 では霊長類の経済システム(交換モデル)はどうなっているのだろう。

 アトランタ北東にある私たちのフィールド・ステーションでは、屋外に設置した複数の囲いの中でチンパンジーを飼っていて、ときどきスイカのような、みんなで分けられる食べ物を与える。ほとんどのチンパンジーは、真っ先に手に入れようとする。いったん自分のものにしてしまえば、他のチンパンジーに奪われることはめったにないからだ。所有権がきちんと尊重されるようで、最下位のメスでさえ、最上位のオスにその権利を認めてもらえる。食べ物の所有者のもとには、他のチンパンジーが手を差し出してよってくることが多い(チンパンジーの物乞いの仕草は、人間が施しを乞う万国共通の仕草と同じだ)。彼らは施しを求め、哀れっぽい声を出し、相手の面前でぐずるように訴える。もし聞き入れてもらえないと、癇癪(かんしゃく)を起こし、この世の終わりがきたかのように、金切り声を上げ、転げ回る。
 つまり、所有と分配の両方が行なわれているということだ。けっきょく、たいていは20分もすれば、その群れのチンパンジー全員に食べ物が行き渡る。所有者は身内と仲良しに分け与え、分け与えられたものがさらに自分の身内と仲良しに分け与える。なるべく大きな分け前にありつこうと、かなりの競争が起きるものの、なんとも平和な情景だ。今でも覚えているが、撮影班が食べ物の分配の模様をフィルムに収めていたとき、カメラマンがこちらを振りむいて言った。「うちの子たちに見せてやりたいですよ。いいお手本だ」
 と言うわけで、自然は生存のための闘争に基づいているから私たちも闘争に基づいて生きる必要があるなどと言う人は、誰であろうと信じてはいけない。多くの動物は、相手を譲渡したり何でも独り占めしたりするのではなく、協力したり分け合ったりすることで生き延びる。

 まず「早い者勝ち」。所有権が尊重されるというのだから凄い。どこぞの大国の強奪主義とは大違いだ。結局、コミュニティ(群れ)はルールによって形成されていることがわかる。これはまずコミュニティがあって、それからルールを決めるというものではなくして、コミュニティ即ルールなのだろう。分業と分配に群れの優位性がある。

 幼児社会はチンパンジー・ルールに則っている。ところが義務教育でヒト・ルールが叩き込まれる。こうやって我々は進化的優位性をも失ってきたのだろう。

 したがって、私たちは人間の本性に関する前提を全面的に見直す必要がある。自然界では絶え間ない闘争が繰り広げられていると思い込み、それに基づいて人間社会を設定しようとする経済学者や政治家があまりに多すぎる。だが、そんな闘争はたんなる投影にすぎない。彼らは奇術師さながら、まず自らのイデオロギー上の偏見というウサギを自然という防止に放り込んでおいて、それからそのウサギの耳をわしづかみにして取り出し、自然が彼らの主張とどれほど一致しているかを示す。私たちはもういい加減、そんなトリックは見破るべきだ。自然界に競争がつきものなのは明らかだが、競争だけでは人間は生きていけない。

 ドゥ・ヴァールが説く共感はわかりやす過ぎて胡散臭い。実際はそんな簡単なものではあるまい。ただ、動物を人間よりも下等と決めつけるのではなくして、生存を可能にしている事実から学ぶべきだという指摘は説得力がある。

 共感能力を失ってしまえば、人類は鬼畜にも劣る存在となる。そのレベルは経済において最もわかりやすい構図を描く。格差拡大が引き起こす二極化構造をチンパンジーたちは嘲笑ってはいないだろうか。



コミュニケーションの可能性/『逝かない身体 ALS的日常を生きる』川口有美子
英雄的人物の共通点/『生き残る判断 生き残れない行動 大災害・テロの生存者たちの証言で判明』アマンダ・リプリー
集合知は沈黙の中から生まれる
「法人税の引き下げによる経済効果はゼロないしマイナス」/『消費税は0%にできる 負担を減らして社会保障を充実させる経済学』菊池英博
進化宗教学の地平を拓いた一書/『宗教を生みだす本能 進化論からみたヒトと信仰』ニコラス・ウェイド
比類なき言葉のセンス/『すばらしい新世界』オルダス・ハクスリー:黒原敏行訳
愛着障害と愛情への反発/『消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』高橋和巳
強欲な人間が差別を助長する/『マネーロンダリング入門 国際金融詐欺からテロ資金まで』橘玲
ものごとが見えれば信仰はなくなる/『ブッダが説いたこと』ワールポラ・ラーフラ
アンシャン・レジームの免税特権/『タックスヘイブンの闇 世界の富は盗まれている!』ニコラス・シャクソン
マネーと言葉に限られたコミュニケーション/『お金の流れでわかる世界の歴史 富、経済、権力……はこう「動いた」』大村大次郎
金融工学という偽り/『新しい資本主義 希望の大国・日本の可能性』原丈人
大塩平八郎の檄文/『日本の名著27 大塩中斎』責任編集宮城公子

2020-11-25

戦争が向社会的行動を促す/『文化がヒトを進化させた 人類の繁栄と〈文化-遺伝子革命〉』ジョセフ・ヘンリック


『人間の本性について』エドワード・O ウィルソン
・『徳の起源 他人をおもいやる遺伝子』マット・リドレー
『環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』石弘之、安田喜憲、湯浅赳男
『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ

 ・共同体のもつ【集団脳(集団的知性)】
 ・戦争が向社会的行動を促す

『文化的進化論 人びとの価値観と行動が世界をつくりかえる』ロナルド・イングルハート
『家畜化という進化 人間はいかに動物を変えたか』リチャード・C・フランシス
・『家畜化という進化 人間はいかに動物を変えたか』リチャード・C・フランシス (
『人類史のなかの定住革命』西田正規
『反穀物の人類史 国家誕生のディープヒストリー』ジェームズ・C・スコット
『文明が不幸をもたらす 病んだ社会の起源』クリストファー・ライアン
『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』ユヴァル・ノア・ハラリ

 社会規範が強化され、共同体の結束が強まると、より多くの、より活発な共同体組織が生まれてくるようだ。戦争の【影響を受けていない】共同体で、農業協同組合や婦人団体のような新たな地域組織が設立されたところは【まったく】なかった。それに対し、戦争の影響を受けた共同体では、その40%において、戦後、新たな組織が設立されていた。暴力を経験した共同体では、新組織の設立がなかったところでも、既存の組織や外部の者た起ち上げた組織組織の活動が、暴力を受けていない村の組織よりも活発になった。戦争を経験したことで向社会的な規範が強まり、その結果、より多くの活力に満ちた共同体組織が生まれたのである。  戦争にはなぜ、このような向社会的行動を促進する効果があるのだろう?  何十万年にもわたって集団間競争が繰り広げられるなかで、さまざまな社会規範が広まっていった。団結して共同体を守ろうとする気運を高め、干魃、洪水、飢饉のような自然災害に対処するためのリスク共有ネットワークを作り、食物、水、その他の資源の分かち合いを促すような社会規範である。つまり、時が経つにつれてだんだんと、個人の生存や集団の存続は、集団を利する向社会的な規範を遵守できるかどうかで決まるようになっていった。とくに、戦争の脅威が迫っているとき、飢饉に襲われたとき、干魃が続くときはそうだった。  このような世界では、文化-遺伝子共進化によって、集団間競争に対する心理的反応が促された可能性がある。集団の結束力を高めなければ生き残れないような脅威にさらされると、あるいはそれが常態化した環境に置かれると、個々人をしっかりと監視し、違反者に厳しい懲罰を加える習慣が集団間競争で有利になって広まるので、その結果、(飢饉にときに食物を分かち合わないなど)規範を破ろうとする誘惑は抑え込まれていく。また、そうした脅威のもとでは、違反者は村八分、鞭打ち、死刑など苛酷な制裁を受けるようになるので、その結果として、人々は無意識かつ反射的に社会規範を遵守するようになり、信念や価値観や世界観をも含め、集団やその社会規範にしがみついて生きるようになっていったのかもしれない。  つまり、集団間競争がきっかけとなって、集団の結束力や自集団への帰属意識が強められ、規範を守ろうとする意識が高まっていったのだ。規範意識が高まると、規範が遵守されるようになると同時に、違反行為に対するネガティブな反応が強まる。

【『文化がヒトを進化させた 人類の繁栄と〈文化-遺伝子革命〉』ジョセフ・ヘンリック:今西康子訳(白揚社、2019年)】

 逆説的ではあるが戦争が向社会的行動を促すのは国民の結束を強めるためだろう。もう一段深く捉えれば国民感情の結合が戦争を求める姿が浮かび上がってくる。これだけでも驚くべき指摘だが、後半のテキストは私がかねがね考えてきた「集団と暴力」の実相を鮮やかに描写している。

 集団には必ず同調性が働き、時に同調圧力となって個人の自由を抑制する。教室コミュニティからいじめがなくならないのは同調圧力が作動するためだ。加担しなければ次は我が身に降り掛かってくることがわかれば、リスクを回避する行動は自動的に選択される。いじめが多勢で行われるのも「団結の形」である。マイナスのインセンティブを与える何らかのシステムが必要だ。

 向社会的行動からコミュニティ内の団結が生まれる。そう考えると最強の社会は軍隊で、次に官僚・政党・宗教団体が続き、その後を企業や組合が追いかける。いずれも利益(国益)が原動力となっていることがわかる。

 自由が自発性に基づくのであれば理想的な社会はスポーツチームやオーケストラであろう。個々人は部分に過ぎないが協力から全く新しい価値が生み出される。

 中国共産党の一党支配や、イスラム教の独裁王政、インドのカースト制度を批判するのはたやすいことだが、社会規範として機能するからには何らかのメリットがあると考えられる。民主政こそが正しい政治システムだと思い込むのは勝手だが他国にまで押しつける道理はない。

 振り返ると明治維新前後は様々な結社ができた。その後も雨後の筍のように政治結社を輩出した。大正デモクラシーに至るまでの半世紀に渡って日本人は離合集散を繰り返して多彩な化学反応をし続けた。そして昭和に入ると行き過ぎた政党政治を払拭すべく軍が立ち上がった(昭和維新)。

 戦後は労働運動や学生運動は活発化したが、結社の伝統が根づくことはなかった。このあたりがイギリスとは異なる(『結社のイギリス史 クラブから帝国まで』綾部恒雄監修、川北稔編)。日本はもう一度私塾からやり直した方がよさそうだ。

2019-08-21

ナチス・ドイツに先んじたアメリカの優生政策/『遺伝子 親密なる人類史』シッダールタ・ムカジー


『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』)ユヴァル・ノア・ハラリ
・『がん 4000年の歴史』シッダールタ・ムカジー

 ・ナチス・ドイツに先んじたアメリカの優生政策

・『ゲノムが語る23の物語』マット・リドレー
・『双子の遺伝子 「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける』ティム・スペクター
・『遺伝子は、変えられる。 あなたの人生を根本から変えるエピジェネティクスの真実』シャロン・モアレム
・『生物進化を考える』木村資生
・『遺伝子「不平等」社会 人間の本性とはなにか』池田清彦
『若返るクラゲ 老いないネズミ 老化する人間』ジョシュ・ミッテルドルフ、ドリオン・セーガン

必読書リスト その五

 エマとキャリーは惨めな暮らしをしており、施しや、食料の寄付や、間に合わせの仕事で貧しい生活を支えていた。噂(うわさ)によれば、エマは金のために男の客を取り、梅毒に感染し、週末には稼いだ金を酒につぎこんでいるとされていた。その年の3月、彼女は町の通りで捕まり、浮浪罪か、あるいは売春をおこなったかどで登録され、地方裁判所に連行された。1920年4月1日にふたりの医師がおこなったぞないな精神鑑定によって、エマは「知的障害者」と判定され、リンチバーグのコロニーに送られた。
 1924年、「知的障害者」は最重度の白痴(idiot)、より軽度の痴愚(imbecile)、そして最軽度の魯鈍(ろどん/moron)の三つに分類された。白痴は最も分類しやすく、アメリカ合衆国国勢調査局によれば、「精神年齢が35カ月以下の精神障害者」と定義されているが、痴愚と魯鈍の分類はあいまいだった。論文上はより軽度の認知障害と定義されているが、そうした言葉は意味論の回転ドアのようなもので、内側に簡単に開いたかと思えば、売春婦、孤児、うつ病患者、路上生活者、軽犯罪者、統合失調症患者、失語症患者、フェミニスト、反抗的な若者といったさまざまな男女(精神障害をまったく患っていない者まで)をどっさり通した。要するに、その人物の行動、欲求、選択、外見が一般的な基準からはずれいる者ならば誰でも、痴愚や魯鈍に分類されたのだ。
 知的障害をもった女性たちは隔離のためにバージニア州立コロニーに送られた。女たちがこれ以上子供を産みつづけて、その結果、さらなる痴愚と魯鈍で社会を汚染することがないようにするためだった。「コロニー」という言葉は目的を表しており、そこは病院でもなければ、保護施設でもなく、最初から隔離施設として設計されていた。

【『遺伝子 親密なる人類史』シッダールタ・ムカジー:仲野徹〈なかの・とおる〉監修、田中文〈たなか・ふみ〉訳(早川書房、2018年/ハヤカワ文庫、2021年)以下同】

 冒頭のエピグラフに村上春樹の『1Q84 BOOK1』が引用されていて驚いた。とにかく文章が素晴らしい。ポピュラーサイエンスが文学の領域にまで迫りつつある。私はかねてから論理的な解説や表現は日本人よりも白人の方が優れていると考えてきたがどうやら違った。シッダールタ・ムカジーはインド人である。すなわち論理の優位性は英語にあったのだ。私の迷妄を打ち破ってくれただけでも今年読んだ中では断トツの1位である。

 キャリー・バックは1924年1月23日にコロニーへ送られることになり、3月にヴィヴィアンという女の子を産んだ。精神疾患はなく、読み書きもでき、身だしなみもきちんとしていたが、なぜか「魯鈍」と判定された。コロニーの監督者はアルバート・ブリディという町医者だった。彼は「知的障害者には優生手術を受けさせるべきだ」という政治運動を展開していた。バージニア州の上院は優生手術を受ける人物が「精神科病院委員会」の検査を受けるという条件つきで州内での優生手術を許可した。ブリディは証人を集めてキャリーを知的障害者に仕立て上げた。卵管結索手術についてキャリーは「皆さんにお任せします」と答えた。ブリディはこれを裁判所に認めさせれば一気に悪い種を殲滅できると考えた。バック対ブリディ裁判はブリディの死後ジョン・ベルが引き継バック対ベル裁判として歴史に名をとどめた。1927年、アメリカの連邦最高裁判所は知的障害者に不妊手術を強制するバージニア州の法律を8対1で合憲と判断した。この最高裁の判断が7万人の断種に道を開いた。ナチス・ドイツがユダヤ人をゲットーに閉じ込めたのは1940年代のことである。

「民族自滅」や「民族荒廃」という神話に対置していたのは、民族と遺伝子の純粋さという神話だった。20世紀初頭に何百万人ものアメリカ人が夢中になって読んだ人気小説のひとつがエドガー・ライス・バローズの『類猿人ターザン』だ。孤児となり、アフリカのサルに育てられたイギリスの貴族を主人公とする冒険小説である。サルに育てられても、主人公は両親から受け継いだ白い肌や、ふるまいや、体格を保っていただけでなく、清廉さや、アングロサクソン人の価値観や、食器類の直感的な正しい使い方までも忘れていなかった。「非のうちどころのないまっすぐな姿勢と、古代ローマ最強の剣闘士のような筋肉」の持ち主であるターザンは「育ち」に対する「生まれ」の究極の勝利を体現していた。ジャングルのサルに育てられた白人ですらフランネル・スーツに身を包んだ白人の品(ひん)を保つことができるなら、民族の純度というのはまちがいなく、どんな環境においても、保持することができるはずだった。

 インディアンを殺戮(さつりく)し、黒人を奴隷にして栄えたのがアメリカという国家である。ナチス・ドイツに先んじたアメリカの優生政策は人種差別大国であることの証で、アメリカ国民全員がクー・クラックス・クラン(KKK)であったといってよい。イエロー・モンキーが住む日本に原爆2発を落とした程度で反省するわけがない。

2019-12-31

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 今年は稀に見る豊作であった。手にした本は500冊強。読了したのは180冊ほどか。読書日記が書けていないので多目に紹介する。いずれも必読書・教科書本で、特にベスト10については甲乙つけがたく僅差の違いしかない。6歳から本を読み始めて丁度半世紀を経たわけだが、本に導かれて歩んできた道が妙味を帯びてきた。尚、『悪の論理』は三度読み、他の倉前本は二度読んでいる。

『許されざる者』レイフ・GW・ペーション
・『運転者 未来を変える過去からの使者』喜多川泰
・『泣き虫しょったんの奇跡 サラリーマンから将棋のプロへ』瀬川晶司
『将棋の子』大崎善生
・『したたかな寄生 脳と体を乗っ取る恐ろしくも美しい生き様』成田聡子
『野菜は小さい方を選びなさい』岡本よりたか
・『オオカミ少女はいなかった スキャンダラスな心理学』鈴木光太郎
・『森林飽和 国土の変貌を考える』太田猛彦
『ペトロダラー戦争 イラク戦争の秘密、そしてドルとエネルギーの未来』ウィリアム・R・クラーク
・『人類の起源、宗教の誕生 ホモ・サピエンスの「信じる心」が生まれたとき』山極寿一、小原克博
・『医学常識はウソだらけ 分子生物学が明かす「生命の法則」』三石巌
・『宇宙は「もつれ」でできている 「量子論最大の難問」はどう解き明かされたか』ルイーザ・ギルダー
『「わかる」とはどういうことか 認識の脳科学』山鳥重
『アルツハイマー病 真実と終焉 “認知症1150万人”時代の革命的治療プログラム』デール・ブレデセン
・『やさしい図解 「川平法」歩行編 楽に立ち、なめらかに歩く 決定版!家庭でできる脳卒中片マヒのリハビリ』川平和美監修
『ベッドの上でもできる 実用介護ヨーガ』成瀬雅春
・『寡黙なる巨人多田富雄
・『56歳でフルマラソン 62歳で100キロマラソン』江上剛
・『走れ!マンガ家 ひぃこらサブスリー 運動オンチで85kg 52歳フルマラソン挑戦記!』みやすのんき
『あなたの歩き方が劇的に変わる! 驚異の大転子ウォーキング』みやすのんき
・『体の知性を取り戻す』尹雄大
『ウィリアム・フォーサイス、武道家・日野晃に出会う』日野晃、押切伸一
『月刊「秘伝」特別編集 天才・伊藤昇と伊藤式胴体トレーニング「胴体力」入門』月刊「秘伝」編集部編
『鉄人を創る肥田式強健術』高木一行
・『日本の弓術』オイゲン・ヘリゲル:柴田治三郎訳
・『1日10分で自分を浄化する方法 マインドフルネス瞑想入門』吉田昌生
・『戦争と平和の世界史 日本人が学ぶべきリアリズム』『経済は世界史から学べ!』『ニュースの“なぜ?”は世界史に学べ 日本人が知らない100の疑問』茂木誠
・『日教組』『左翼老人』『自治労の正体』森口朗
・『これでも公共放送かNHK! 君たちに受信料徴収の資格などない』小山和伸
・『誰が国賊か 今、「エリートの罪」を裁くとき』谷沢永一、渡部昇一
・『「よど号」事件最後の謎を解く 対策本部事務局長の回想』島田滋敏
・『忘却の引揚げ史 泉靖一と二日市保養所』下川正晴
『シベリア抑留 日本人はどんな目に遭ったのか』長勢了治
『評伝 小室直樹』村上篤直
『中国古典名言事典』諸橋轍次
『乃木大将と日本人』スタンレー・ウォシュバン
・『陸奥宗光』『重光・東郷とその時代』『吉田茂とその時代 敗戦とは』岡崎久彦
・『なぜニッポンは歴史戦に負け続けるのか中西輝政、西岡力
・『英霊の聲』三島由紀夫
・『自衛隊幻想 拉致問題から考える安全保障と憲法改正』荒木和博、荒谷卓、伊藤祐靖、予備役ブルーリボンの会
・『奇蹟の今上天皇』『アメリカの標的 日本はレーガンに狙われている』『韓国の呪い 広がるばかりの日本との差』『アメリカの逆襲 宿命の対決に日本は勝てるか』小室直樹

 10位 倉前盛通『悪の論理』『新・悪の論理』『情報社会のテロと祭祀 その悪の解析』『悪の運命学 ひとを動かし、自分を律する強者のシナリオ』『悪の戦争学 国際政治のもう一つの読み方
 9位 『徳の起源 他人をおもいやる遺伝子』マット・リドレー
 8位 『アルツハイマー病は治る 早期から始める認知症治療』ミヒャエル・ネールス
 7位 『失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織』マシュー・サイド
 6位 『あなたの体は9割が細菌 微生物の生態系が崩れはじめた』アランナ・コリン
 5位 『心を操る寄生生物 感情から文化・社会まで』キャスリン・マコーリフ
 4位 『遺伝子 親密なる人類史』シッダールタ・ムカジー
 3位 『死すべき定め 死にゆく人に何ができるか』アトゥール・ガワンデ
 2位 『アナタはなぜチェックリストを使わないのか? 重大な局面で“正しい決断”をする方法』アトゥール・ガワンデ
 1位 『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』ユヴァル・ノア・ハラリ