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2020-01-25

人類が獲得した投擲能力/『ナチュラル・ボーン・ヒーローズ 人類が失った“野生"のスキルをめぐる冒険】クリストファー・マクドゥーガル


・『BORN TO RUN 走るために生まれた ウルトラランナーVS人類最強の“走る民族"』クリストファー・マクドゥーガル

 ・人類が獲得した投擲能力

「人間は驚嘆すべき投擲手です。あらゆる動物のなかでも人間は異色の存在で、投射物を速いスピードで、かつ信じがたい精度で投げる能力をもっています」。そう語るのはジョージ・ワシントン大学のニール・ローチ博士。地球上のほかの霊長類とは異なり、なぜわれわれだけが必殺の投擲で獲物を殺せるのか、という謎に取り組んだ2013年の研究の筆頭著者だ。(中略)
 では、われわれにあってチンパンジーにないものとは何か? 肩に広がる「ゴムのようなぬるぬるしたもの」――筋膜と靭帯、そして伸縮性のある腱だ。腕を振りあげることは、ぱちんこ(スリングショット)のゴム紐を引くようなものだと、ローチ博士は説明する。「このエネルギーが解き放たれると、上腕の急激な回転の動力となります。それは人体が生み出すもっとも速い動作です――プロのピッチャーなら角度にして毎秒9000度の回転(25回転)にも達するのです!」速い投擲は単なる筋肉の活動ではなく、弾力の三段階にわたる解放の賜物だ。

 投げる手の反対側の足で【踏みこむ】。
 腰を、つづいて肩を【回転させる】。
 そして腕、手首、手の関節を弾いて【しならせる】。

 われわれは昔からそんな榴弾砲を具えていたわけではない、とローチ博士はつづける。およそ200万年前、われわれの祖先はいくつか重要な構造的変化を発展させ、木登りや腐肉漁りをする者から生ける投擲器に変貌を遂げた。腰はやや広がり、肩はやや下がり、手首はしなやかさを増し、上腕は若干まわしやすくなった。いったん〈揺らぎ力〉のこつをつかみ、棒に先端をつけることを学ぶと、われわれは地球上でもっとも殺傷能力が高いばかりか、もっとも賢い生き物となった。投げ方がうまくなればなるほど、どんどん知的になっていった。

【『ナチュラル・ボーン・ヒーローズ 人類が失った“野生"のスキルをめぐる冒険】クリストファー・マクドゥーガル:近藤隆文訳(NHK出版、2015年)】

 野球の魅力がやっとわかった。投げることは元より打撃もまた形を変えた投擲(とうてき)である。バットを手放せばそこそこ飛んでゆくことだろう。私は野球を観ない。ずっと「一体どこが面白いんだ?」と思ってきた。中学の時は札幌優勝チームの4番打者をしていたがそれほど面白くはなかった。まず第一に動きが乏しい。体育に野球を取り入れてないのもこれが理由だ。バレーボールやバドミントンの方がはるかに面白い。だが投擲という動きに注目するとこれほどはっきりと「投げる」スポーツは他にない。槍で獲物を仕留める感覚に最も近いのではあるまいか。

 日本の武術と同じ次元の話がてんこ盛りである。体の智慧を思わせるエピソードが豊富だ。しかしながら訳文が悪く読みにくい。私は『BORN TO RUN』も読み終えることができなかった。つくづくもったいないと思う。

 関連動画を紹介しておく。




2019-12-31

肥田春充の色心不二/『鉄人を創る肥田式強健術』高木一行


『究極の身体(からだ)』高岡英夫
『フェルデンクライス身体訓練法 からだからこころをひらく』モーシェ・フェルデンクライス
『運動能力は筋肉ではなく骨が9割 THE内発動』川嶋佑
『ウィリアム・フォーサイス、武道家・日野晃に出会う』日野晃、押切伸一
『大野一雄 稽古の言葉』大野一雄著、大野一雄舞踏研究所編
『武学入門 武術は身体を脳化する』日野晃
『気分爽快!身体革命 だれもが身体のプロフェッショナルになれる!』伊藤昇、飛龍会編
『月刊「秘伝」特別編集 天才・伊藤昇と伊藤式胴体トレーニング「胴体力」入門』月刊「秘伝」編集部編
・『幻の超人養成法肥田式強健術 腰腹同量正中心の鍛錬を極めよ!』佐々木了雲

 ・肥田春充の色心不二

・『肥田式強健術2 中心力を究める!』高木一行
『表の体育裏の体育 日本の近代化と古の伝承の間(はざま)に生まれた身体観・鍛錬法』甲野善紀
『武術の新・人間学 温故知新の身体論』甲野善紀
『惣角流浪』今野敏
『鬼の冠 武田惣角伝』津本陽
『会津の武田惣角 ヤマト流合気柔術三代記』池月映
『透明な力 不世出の武術家 佐川幸義』木村達雄
『日本の弓術』オイゲン・ヘリゲル
・『火の呼吸!』小山一夫、安田拡了構成
・『新正体法入門 一瞬でゆがみが取れる矯正の方程式』佐々木繁光監修、橋本馨
・『仙骨姿勢講座 仙骨の“コツ”はすべてに通ず』吉田始史
『ストレス、パニックを消す! 最強の呼吸法システマ・ブリージング』北川貴英

身体革命
悟りとは
必読書リスト その二

 しかるにどうだ。それからわずか数年でこの虚弱(きょじゃく)な体が鋼鉄(こうてつ)の身に一変されてしまったのである。その間の経緯(けいい)を記(しる)した春充〈はるみち〉の著書が後に刊行されると、たちまち全国から講演、実演の依頼が殺到(さっとう)した。
 春充が上半身裸体となって壇上(だんじょう)に立つやいなや、会場は突如(とつじょ)として一変してしまう。触(ふ)れることさえできそうなほどの緊張感が全聴衆(ちょうしゅう)を支配する。まばたきする者もなく、身動きする者もない。
「裸体となって壇上に現れた氏の体格は、古代ローマの彫像(ちょうぞう)を見るが如(ごと)く、実に男性美を発揮したるものなり。殊(こと)にその腹胸(ふくきょう)式呼吸法における腹胸部膨張(ぼうちょう)力の旺(さか)んなること、3、4升(しょう)の鍋(なべ)を飲(の)みこみたる観(かん)あり。体格の調和せる、動作の敏捷(びんしょう)なる、気力の充実(じゅうじつ)せる、思わず驚嘆(きょうたん)の目を見張らしめたり」(大阪毎日新聞の一部)
「不思議といわんか、至妙(しみょう)といわんか、神の舞踏(ぶとう)といわんか。人間業(わざ)とは思われぬ優観(ゆうかん)、美観、否、壮観……瞬間我等(われら)は頭上より足の爪先(つまさき)まで電流を通じたるが如(ごと)く、或(あ)る力に撲(う)たれたり……」(東洋大学哲学科生)
「先生の体全体が力の泉の如くに見えた。四隣(しりん)に響き渡る気合いの発生はわれわれの心肝(しんかん)を突き、覚えず茫然自失(ぼうぜんじしつ)、ただ偉大(いだい)なる魅力に圧倒されてしまった」
「私は水が滴(したた)るような裸体姿の美しいのに見惚(みほ)れてしまいました。艶(つや)があって滑(なめ)らかで、緊張すれば鉄の如くに締(し)まる筋肉が自然のままでゆったりと肥(こ)えているところは実に見事なものでした……」(中里介山〈なかざと・かいざん〉、小説『大菩薩峠』の著者として有名)
「……その結果、以前の茅棒(かやぼう)は実に絶美(ぜつび)の体格を獲得し、この道に造詣(ぞうけい)の深い二木(ふたき)医学博士も理想的自然の発達よと嘆賞(たんしょう)するに至(いた)った」(「実業之日本誌」より)
 二木医学博士とは、玄米菜食(げんまいさいしょく)を唱導(しょうどう)し、桜沢如一〈さくらざわ・にょいち〉とならんで日本の食餌(しょくじ)法における草分け的存在である二木謙三〈ふたき・けんぞう〉のことだ。彼は春充の身体を「今まで見たなかでいちばん立派(りっぱ)な体だ」「即身即仏」といい、また強健術に関しては「それこそ真の理想的方法である」と絶賛(ぜっさん)した。このほか大隈重信〈おおくま・しげのぶ〉や東郷平八郎〈とうごう・へいはちろう〉などをはじめとする各界の名士も春充の肉体美を讃(たた)えている。
 春充の次なる著者(ママ)『心身強健術』は非常な売れ行きで重版(じゅうはん)また重版、ついに100版を突破するに至った。

【『鉄人を創る肥田式強健術』高木一行〈たかぎ・かずゆき〉(学研プラス、1986年)】

 日野晃の著書で肥田式強健術を知った。創始者の肥田春充〈ひだ・はるみち〉は明治16年(1883年)生まれで生来の虚弱体質であった。幼い頃は茅棒(かやぼう)と渾名(あだな)され、死の宣告を受けたことも一度ではなかった。春充が風邪に伏していた時、父親が仏壇の前で泣きながら祈っている姿を見た。春充は不甲斐のなさに声を上げて泣いた。ここから一念発起して後の強健術が生まれるのである。17歳の少年は物に取り憑かれたように鍛錬を重ねた。

 肥田の相貌と肉体は人間離れしている。日本の武術においては筋肉よりも骨が重視される。腹部は柔らかくなくてはいけない。



 威風が吹いてくるような体である。「」(からだ)と旧字で書くのが相応(ふさわ)しい。

 肥田春充は悟った人物であり、生をコントロールした彼は死をもコントロールした。日本仏教が開いた禅的アプローチは後に「道」(武道、茶道、華道、歌道など)となるが、それを可能ならしめたのは「術」であった。すなわち仏道修行の「行」を「術」に変換することで「業」(ぎょう、ごう)へと昇華したところに独創の花が咲いた。それにしても武術の深さは際立つが、仏道修行の浅さはどういうわけか。

2019-09-18

越境する武道/『ウィリアム・フォーサイス、武道家・日野晃に出会う』日野晃、押切伸一


『究極の身体(からだ)』高岡英夫
『フェルデンクライス身体訓練法 からだからこころをひらく』モーシェ・フェルデンクライス
『心をひらく体のレッスン フェルデンクライスの自己開発法』モーシェ・フェルデンクライス
『運動能力は筋肉ではなく骨が9割 THE内発動』川嶋佑

 ・越境する武道

『大野一雄 稽古の言葉』大野一雄著、大野一雄舞踏研究所編
『武学入門 武術は身体を脳化する』日野晃
『気分爽快!身体革命 だれもが身体のプロフェッショナルになれる!』伊藤昇、飛龍会編
『月刊「秘伝」特別編集 天才・伊藤昇と伊藤式胴体トレーニング「胴体力」入門』月刊「秘伝」編集部編
・『火の呼吸!』小山一夫、安田拡了構成
・『新正体法入門 一瞬でゆがみが取れる矯正の方程式』佐々木繁光監修、橋本馨
・『仙骨姿勢講座 仙骨の“コツ”はすべてに通ず』吉田始史
『ストレス、パニックを消す! 最強の呼吸法システマ・ブリージング』北川貴英
『肚 人間の重心』 カールフリート・デュルクハイム

身体革命
必読書リスト その二

 私の手の動きがまったく見えないから、目が点になっている。ダンサーだから早い動きは充分できる。しかし、気配なく動く私の手や足は、まったく理解できないようだ。
 そこから、肘の使い方に入っていき、自然にワークになっていた。腕を動かすためには「肘の操作」が重要で、そのためにはまず肘の力を抜くことを稽古しなければならない。
 そして、肘を操作するためには上半身の柔軟性が求められるからこそ、「胸骨操作」が重要なのだ。
 その一連の動きを「上半身と下半身を切り離す」稽古とともにする。
 上半身と下半身の切り離しは、腹部腰部の脱力と比例する。この辺りの筋肉の緊張か弛緩かが、上半身も下半身も柔軟に、そして自由に動かすための要になる。

【『ウィリアム・フォーサイス、武道家・日野晃に出会う』日野晃〈ひの・あきら〉、押切伸一〈おしきり・しんいち〉(白水社、2005年)以下同】

 フランクフルト・バレエ団を経てザ・フォーサイス・カンパニーの一員となった安藤洋子〈あんどう・ようこ〉は日本へ帰国すると日野晃の道場に通った。ドイツへ戻ると安藤の動きは明確に変わっていった。同僚ダンサーが教えを請う。挙げ句の果てにはウィリアム・フォーサイスが「皆の前で(武道の動きを)伝えて欲しい」と切り出した。安藤は密かな目論見を口にした。「これ以上のことを教わりたければ、日本の先生を招いて下さい」と。フォーサイスは即断した。「直ぐに呼んでくれ」と。


 私は以下の動画で日野を知った。








 私は上記テキストで自転車のポジションを変えた。胸骨を引っ込めることで肩甲骨が開いて楽に走れるようになった。最後の動画を見ると明らかだが日野は足首に至るまで自在に動かしている。

 胸骨の動きに注目した人に伊藤昇がいる。伊藤の存在も日野の著書で知った。「相手を目で倒す」のはシステマでも行われている。予(かね)てより私はシステマが近接格闘術で最高峰と考えてきたが実は忍術の方が上であった。武神館宗家〈ぶじんかんそうけ〉・初見良昭〈はつみ・まさあき〉も日野の著書で知った。私は決して日本万歳を唱える者ではないが、やはり日本は底知れない文化を持つ国である。世界最強の傭兵(ようへい)といえばグルカ兵と相場は決まっているが、そのグルカ兵ですら恐れたのが大日本帝国の軍人であったことは意外と知られていない。

 全員が輪になって正座をした。その姿が初日とはくらべものにならないくらい、様になっている。夕陽に横顔を照らされた日野が口を開いた。

「私は57年間生きている。しかし私は何を目的として生きてきたのかを知らなかったが、ここフランクフルトに来て、そしてフォーサイスに出会って、はっきりした。この時期を過ごし、そして、皆と出会うためだった、と」

 本書のキーワードは「理解」である。越境する武道がバレエダンサーを虜(とりこ)にするのは武術が単なる目先の技術ではなく、長い伝統という裏打ちがあるためだろう。教えた日野が教えられる。学ぶ謙虚さが武術を無限に進化させるのだろう。「理解」という点において『往復書簡 いのちへの対話 露の身ながら』(多田富雄、柳澤桂子著)と併読することをお勧めしよう。