・脇役が光る
・ミステリ&SF
「いや、平手です」マックスは、ヨハンソンの親友よりもまだ大きい右手を広げてみせた。
「鼻を平手打ちしただけで。だって、やつはその前におれのことを車で轢いたんですよ?」
「鼻だって?」こいつ、前にもやっているな――。平手と拳では処分がちがうのを知っていやがる。
「殺さずに出血させるにはいちばんいい場所ですから」マックスは肩をすくめた。「顎や額を殴ったら、死なせてしまうかもしれない。おれは、血を流さずに頭蓋骨を割ることもできますから」
「それだけか」どうやら優しい心ももちあわせているようだ。
「はい。あとはその場を去っただけです」
「やつが生きているといいが」
「もちろん生きてますよ。ちょっと鼻血を出したくらいで死ぬやつはいないでしょう」
「そうだな。他に方法はなかったんだな?」
「ええ。レストランに入って殴ることもできたけど、そんなことしたらたくさんの人に見られてしまう。長官、おれのこと怒ってますか」
「大丈夫だ。お前の言うとおりだとしたら、怒るに怒れない状況だからな」それに、今この瞬間にお前を養子にしたいと名乗り出るやつらを、少なくとも二人は知っている。
「長官、安心してください。おれは嘘はつきません。嘘をつくのは悪いやつだけだ。おれは今まで嘘をつく必要などなかった」
【『許されざる者』レイフ・GW・ペーション:久山葉子〈くやま・ようこ〉訳(創元推理文庫、2018年)】
元国家犯罪捜査局長官が脳塞栓(心臓由来の脳梗塞)で倒れた。入院先の病院で女性主治医から25年前の未解決事件を聞かされる。9歳の少女を強姦した犯人は捕まっていなかった。ラーシュ・マッティン・ヨハンソンは車椅子生活を余儀なくされながらも非公式の捜査に取り掛かる。昨今話題の北欧ミステリだがスウェーデンの微妙な地政学が伺えて興味深い。
ヨハンソンは主役だから人物造形が優れていて当然だが、介護人のマティルダと用心棒役のマックスが秀逸なキャラクターだ。マティルダはピアスまみれだが実は賢い。マックスはロシア生まれ。養護施設で悲惨な目に遭いながら育った。無口だが腕っ節は滅法強い。形を変えた親と子の物語だ。
ラストの賛否が分かれるところだが作者は読者のカタルシスを優先したのだろう。個人的にはマックスを主役にしたシリーズを待望する。
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