・『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル
・『AIは人類を駆逐するのか? 自律(オートノミー)世界の到来』太田裕朗
・『トランセンデンス』ウォーリー・フィスター監督
・『LUCY/ルーシー』リュック・ベッソン監督、脚本
・人間が「マシン化」する未来
・『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』ケヴィン・ケリー
・『養老孟司の人間科学講義』養老孟司
・『隠れた脳 好み、道徳、市場、集団を操る無意識の科学』シャンカール・ヴェダンタム
・『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ
・『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』ユヴァル・ノア・ハラリ
・『文明が不幸をもたらす 病んだ社会の起源』クリストファー・ライアン
・『われわれは仮想世界を生きている AI社会のその先の未来を描く「シミュレーション仮説」』リズワン・バーク
コートニー・S・キャンベルを中心とする生命倫理学者の研究グループは、2007年にCambridge Quarterly of Healthcare Ethics誌に論文を投稿して、次のように述べている。
「ある時点まで来ると、おそらく『他者』であるマシンと、それが埋め込まれている『自己』との区別をつけることが、ますます困難になるだろう。マサチューセッツ工科大学人工知能研究所のディレクター、ロドニー・A・ブルックスの見解によると、『人は過去50年ほどの間にマシンに【頼る】ようになったが、今世紀になってからは、人が【マシン化】しつつある』」。
【『Beyond Human 超人類の時代へ 今、医療テクノロジーの最先端で』イブ・ヘロルド:佐藤やえ訳(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2017年)】
現代人が眼鏡や靴を文明の恩恵と感じることはない。「あるのが当たり前」で思い出すのはなくした時くらいだろう。例えば義歯がなければ健康を維持することは難しい。あるいは鬘(かつら)によって人間心理ががらりと変わる場合もあるだろう。デバイスや周辺機器が脳内や体内に埋め込まれれば人類はポストヒューマンへと進化する。マンマシンシステムが構築されると我々の視界もターミネーターのようになるはずだ。
すでに、障害を持つ人たちにコンピュータチップや半導体アレイを植え込んで、視覚や聴覚、運動能力、記憶力などを修復しようとする試みは、もう準備が整いつつある。この流れでいくと、いずれ私たちが現在持っている「標準」的な能力をはるかに超えて、知覚を増幅させたり、記憶力や学習能力を強化したりするテクノロジーへと進化することは間違いない。
知識や記憶は既にパソコンかウェブ上に存在する。思い出す営みは検索という作業に変わり果てた。知識は記憶するよりも、ラベルやタグで検索に紐づける方が効果的だ。完璧なライフハックがあれば記憶や性格のアップロード、ダウンロードも可能になるはずだ。人間は情報的存在と化して死んでも尚ウェブ上で生き続けることだろう。
この事態が避けられないと見る理由のひとつは、「標準」という概念の定義のしにくさにある。科学者と哲学者の間では「標準」の定義についての議論が続いているが、いつか私たちが能力増強テクノロジーを幅広く受け入れるようになれば、何を「標準」とするかの考え方も変わってくることだろう。
既に高性能の義足は陸上競技において健康な脚を上回るポテンシャルを秘めている。ゆくゆくはタイヤ付きの義足が登場するかもしれない。更にモーターやエンジンがつけば年老いた人々もどんどん外に出ることができる。
ただしユートピアを想像するのは間違いだ。国家が国民に対して常に求めるのは賦役(ふえき)と徴兵である。ロボットが不得手なのは肉体労働である。知的労働のスキルを持たない多くの人々はやがて肉体労働に従事する羽目となる。社会は形を変えた貴族と奴隷に分かれる。こうした未来を察知すればこそ発達障害や自閉傾向が顕著になってきているのだろう。貧困層は炭水化物中心の食事となり生活習慣病や慢性疾患、あるいはアレルギー疾患や知的障碍を持つ子供たちが生まれてくる。
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