・『オールド・ボーイ』パク・チャヌク監督
・『マトリックス』ラリー・ウォシャウスキー、アンディ・ウォシャウスキー監督
・『トランセンデンス』ウォーリー・フィスター監督
・悟りの諸相
・『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル
・意識と肉体を切り離して考えることで、人と社会は進化する!?【川上量生×堀江貴文】
・『AIは人類を駆逐するのか? 自律(オートノミー)世界の到来』太田裕朗
・『Beyond Human 超人類の時代へ 今、医療テクノロジーの最先端で』イブ・ヘロルド
・『われわれは仮想世界を生きている AI社会のその先の未来を描く「シミュレーション仮説」』リズワン・バーク
これは面白かった。amazonレビューの評価が低いところを見ると「人を選ぶ」作品なのだろう。主人公の女性ルーシーがひょんなことから犯罪に巻き込まれる。目が覚めると腹部を切開し薬物を挿入されていた。CPH4という新種の麻薬は普通の人が10%しか使っていない脳の力をフルに発揮できる作用を及ぼす。「脳の10%神話」はもちろん誤りだが、能力の10%程度しか使っていないような自覚は誰にでもあることだろう。特に現代人の場合、身体能力を発揮する機会が乏しい。
囚われの身となっていたルーシーが手下の一人に腹を蹴り上げられる。腹部でCPH4が漏れる。ルーシーの脳内で爆発が起こり、体が宙を舞う。「脳の20%」が目覚めた。彼女はスーパーウーマンと化す。
場面は変わってノーマン教授の講義となる。内容は「脳の10%神話」だ。合間に差し込まれた連続カットが地球の壮大な歴史を映し出す。ノーマンの講義は人類の進化を示唆する。
ルーシーが手術台の上から母親に電話をする。
「ママ、すべてを感じる」
「何のこと?」
「空間や 大気 大地の振動 人々 重力も感じる 地球の回転さえも
私の体から出る熱 血管を流れる血 脳も感じる
記憶の最も奥深く… 歯列矯正装置をつけた時の口の中の痛み 熱が出た時ママが額に当ててくれた手の感覚
猫を撫でた時の柔らかな感触 口に広がるママの母乳の味も覚えてる 部屋 液体」
ルーシーは1歳の時の記憶までをありありと【見た】。病院を出ると樹木の導管が見えた。これは「薬物による悟り」である。悟れば「世界が変わる」。世界とは「目に映るもの全て」だ。アップデートされた五官は一切の妄想を廃して世界をありのままに感じる。
ルーシーがネット情報を調べてノーマン教授に辿り着く。そこで彼女は自分が脳の28%を使うことができ、やがて100%に至り死ぬことを予期している。「これから私はどうすればいいのか?」と尋ねる。人間らしさが失われるに連れて脳内で知識が爆発すると告げる。ノーマン教授は「それを伝えることだ」と助言する。これはまさしく「ヴェーダ」(知識)である。
ノーマンと彼が集めた同僚の前で未知の領域へのアクセスが可能となったルーシーは語る。
(グルグルと周る)走る車を撮影し――速度を上げていくと――車は消える 車の存在を示す証拠は?
“時”が存在の証となる “時”だけが真実の尺度 “時”が物質の存在を明かす “時”なくして――何ものも存在しない
ルーシーは80%を超越して過去の歴史を目の当たりにする。これはジャータカ(本生譚)であろう。類人猿と指を触れさせるのはミケランジェロ作「アダムの創造」だ。類人猿はもちろんアウストラロピテクスのルーシーだ。ヒロインのネーミングが秀逸である。
ルーシーは過去と宇宙をさまよう。残りのCPH4を全て投与して100%の能力を発揮した彼女は黒い液体と化しコンピュータと結合する。刑事が教授に尋ねる。「彼女は どこに?」。するとすかさず携帯にメッセージが来る。「“至るところにいる”」と。ルーシーは空(くう)なる存在へと昇華した。
1960年代のヒッピームーブメントでは実際にLSDを用いて悟りにアプローチする者が多数いた。脳科学は悟りが側頭葉で起こるところまで突き止めた。預流果(よるか)に至った人々は修行らしい修行をしていない(『わかっちゃった人たち 悟りについて普通の7人が語ったこと』サリー・ボンジャース)。悟りが他性であるならば修行だろうと薬物だろうと構わないような気がする。ゆくゆくは電気刺激で悟りを開くヘッドギアも販売されることだろう。
悟りの諸相を描いた傑作といってよい。無論、真の悟りは回転するコマのように不動(止観)であるが本作が表現したのは遠心力だ。ヘルマン・ヘッセ著『シッダルタ』といい西洋の表現力・構想力に驚かされる。
・ヴェーダとグノーシス主義
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